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平野委員 ありがとう。通告していないし、よくわかりました。
ただ、特区というのは、そこの特定地域のためにやることですから。
教育というのは、特定地域のためにやるものではありません。ここだけはしっかり言っておきますので、我が国の
教育の
あり方としてどうなのかという観点で見詰めていただきたい、かように思います。
それでは、もともと準備した
部分でありますが、いや、もう疑念、
疑惑が山のようにあるものですから、四十分という時間では到底
求められませんが、ただ、
予算委員会等々各
委員会でいろいろ御
議論がありました、特に
天下りの問題と森友に絞ってやります。
この案件で、私、国会で
質問に立つ立場として、
文科大臣経験者としては初めてだろうと思いますし、私も立ちたくはなかったんです、本当は。しかしながら、やはり
文部科学省においてこのような問題が立ち上がったということについては極めて残念でもありますし、私の在任中にも
あっせんのこの仕組みが徐々に検討されていた、このことについては私も道義的な責任の一端を、全てではありません、一端を感じざるを得ない、こういう立場で私は
質問をしたいと思っています。
まだまだ
解明がほとんどできておりません。この機会に全てのうみをやはり出し切ってもらいたい、こういうふうに思いますし、いろいろな論点を同僚議員含めて追及をされております。
文科省の中でも
調査をしている、こういうことでありますが、私も、
大臣を経験したという立場で
松野大臣について
議論をしたいと思いますし、また、ここにおりませんが、
文科省の
職員に対しても私はぜひ思いを話したい、こういうふうに思うんです。
当時、民主党の政権のときには、役所による
天下りは、
あっせんについては全面的に禁止をいたしました。平成二十一年九月二十九日の総理指示という指示のもとに、全面的に禁止をいたしました。三年間余りの間に、政権全体としては、また私、その当時、官房長官でございましたから、個人的にも、
文科大臣としても、
天下りの根絶については努力してきたつもりでございました。
一方、
文科大臣になって
文科省に来て、
天下りがなくなって幹部人事が滞留する、こういうお声もあって、役所の面々が四苦八苦しているというところも、ある
意味、私はかいま見ました。
あの当時、ねじれ国会ということで、
内閣人事局などの霞が関の人事の改革が進まなかったという
部分も、ある
意味、一歩下がって見たときにはあったのかもしれません。その当時、
前川官房長ともこの問題のことを
議論したこともあります。正直に申し上げれば、
文科大臣当時、役所の諸君の士気を将来においてどう高めていくか、こういうところが十分に、制度設計を含めて、今議題になっております
天下りの問題において、
文科省職員全体が士気を落としているということにあるならば、私は、本当に
皆様方には申しわけないという気持ちでいっぱいでございます。だからこそ、あえてここで申し上げたいわけであります。
幹部が組織的に再
就職の
規制を破ってこの案件が出てきたということは、許されない。
文科省に、みずからうみをこの際に出し切ってもらいたい。と同時に、役所全体から見れば、
文科省だけを標的にしてスケープゴートにするのではなくて、全体のものとしてこれをやはりしっかりと
解明していく、こういうことが大事な視点だと思うのであります。
そこで、
大臣、少しお聞きしたいのでありますが、再
就職の人事については、私のときにもそうでございましたが、政務三役の方にこの情報というのは上がってこなかったんですが、
松野大臣のときには上がってきましたか。来たか来ないかのイエス、ノーでいいです。