○大久保
参考人 リクルートワークス研究所の大久保と申します。
私は、主に企業の経営、人事の領域の
調査研究を行っておりまして、昨今、働き方改革とかあるいは長時間
労働の是正をそれぞれの会社が取り組んでおられるわけですが、その内容についていろいろと御相談をいただいて、我々なりにアドバイスをさせていただいている、そういうところでございます。
今、長時間
労働の改善というのは本当に喫緊の課題でありますが、これの解決のシナリオをつくっていくためには、やはり、何で長時間
労働がこんなに変わらず続くんだろうかという原因のところをしっかりと見定めていく必要があるというふうに思います。
今、お二方から法
制度上の問題については御
指摘がありましたので、それ以外のところの周辺的なテーマについて私の方から少し
お話をさせていただこうかと思います。
六つほどちょっと原因を挙げさせていただきたいんです。
一つは、実際に長時間
労働の問題でいろいろな企業に
お話をしに行くと必ず実感することがあるんですけれ
ども、それは、経営者、経営層の方々であるとかあるいは管理職層の方々が、ある程度の長時間
労働については、むしろいいものだといいますか、必要なものだというふうに考えているということを実感いたします。
それは端的にどこに出てくるかというと、人材育成なんですね。必ず出てくるお決まりの質問なんですけれ
ども、人が成長するためには、ある時期とことん
仕事漬けになってやることが必要なんだ、自分たちもそうやって成長してきたんだ、それは大事だよね、こんな
お話が出てくるわけでありますが、私は、このあたり、根本的に疑問に思っております。
確かに、今の中高年以上の方々は経験的にそういうことをやってきて今に至っているんだと思いますが、実は、例えば新人が部署に配属されますね、そうするとその配属先の上司が、自分の経験として、本当に新人のときにさんざん
仕事漬けにされて、プライベートもなければ睡眠時間も削られるような
生活をしてくると、またそれを同じ教育として再現していくわけですよね。これは今でも結構多く会社内で行われている。本当にその方法が合理的な人材育成なんだろうかというと、私はそこにちょっと疑問を感じています。
日本の場合は、OJTといっても、大体計画なきOJTでありまして、ほとんど現場の管理職、直属の上司に任せちゃうわけですよね。もっと、どうやったら人が育つのかということは計画的に、ある意味科学的にやっていくものであって、実際の人材育成はもっと短い時間で一定のスキルを獲得することができると思うんですが、そこに対する企業の経営チャレンジがおくれているというのが私の感じる一点目でございます。
特に新人たちの場合は、ある程度ベテランになってくると適度にかわすことができるんですけれ
ども、新人は正面から受けとめますので、そうすると追い込まれていくということがあります。
二つ目は、人事評価の問題でありまして、生産性を組み込んだ評価になっていないということです。
これは以前にも上場企業、大企業ですけれ
ども、
調査して驚いたんですが、評価するときの項目の一番目は、管理職も一般社員も両方ともそうなんですけれ
ども、成果じゃないんですよ。
仕事に対する取り組みのプロセスとか姿勢というのを評価するわけですね。ですから、おのずと、一生懸命取り組んでいるというプロセスを見せた方が評価が高くなる。同じアウトプットを出すときに、本当は短い時間で仕上げた人の方が高く評価されるはずなんですけれ
ども、結果的には、長い間かけて一生懸命取り組んできたというふうに見える人の方が評価されやすいということがある。
ここについては、
労働時間、残業手当の問題も重なってくるんですけれ
ども、最近は、一部の企業はこの問題に踏み込み始めていまして、短い時間で同じアウトプットを出した組織に賞与で還元をするといった会社も出てきていますし、やっとこの生産性の問題というのが評価の中に組み込まれ始めてきた。大変いいことだと思いますけれ
ども、まだまだ現在、多くの会社はそうではないということが二つ目の理由であります。
それから三つ目は、各業界の過当競争から生まれてきた、途中からは顧客が必ずしも求めていない
サービスを展開して、そこに
労働をつぎ込んでいく、そういう企業間競争が非常に起こっているということであります。
こういう例を挙げるのがいいかどうかわかりませんが、例えば二十四時間営業するということになったときに、本当にそれをどれだけ消費者が望んでいるんだろうか。これは、ある時間はお客さんが余りいなくて生産性は低いんですけれ
ども、企業間の競争の結果としてそういうものが続いていくと、それは価格に転嫁できませんから、結果的に
賃金、
報酬という形にもなかなか割りつけられないという
状態で、
労働時間が長くなっていく。
こういう問題をやっと今、正面から見定めて変えていこうという企業が出始めてきています。飲食業とか小売業とか運輸業とか、全体的に、そこについて、売り上げを拡大していくことだけを考えずに、もうちょっと業務を圧縮して生産性と働き方ということに目を向けていこうという動きがやっと出てき始めたのでありますが、これがもともとの大きな原因の一つだったというふうに思います。
それから、四つ目でありますが、下請構造の問題。これは大変大きいと思います。取引慣行ですね。
これは、どうしても発注元の大企業の方に力があるわけでありまして、そこから注文が来れば、納期も含めて中小企業は断ることはできないということがありますし、発注側の生産性を維持するために下請側に手待ち時間を発生させる、そういうことになりやすい問題であります。こういう取引慣行のところに手を入れていかないと、なかなか、実際には下請企業、中小企業にとっては自助解決への道筋はない、こういうことになるわけであります。
それから、五つ目でありますが、これはずっと取り組み続けているはずなんですけれ
ども、今でもまだ進んでいないと思うんですが、いわゆるITを含めたテクノロジーの活用が
労働集約的な業界ほど余り進んでいない。
これはやはり、導入することによって随分時間効率、削減につながりますけれ
ども、どうしてもこういった問題がおくれている業界で過重
労働が発生しやすい。もちろん、極度にITが進んだところはまた別の形で、ずっとどこに行ってもメールが追っかけてくるという問題はあるんですけれ
ども、ある程度ITによって解決できることもあることは事実だと思います。
それから、六番目でありますけれ
ども、今現在は非常に採用しづらい、求人難の
状態が続いております。
これは、
労働力の減少、人口の減少という問題も背景にありますけれ
ども、例えば、特に急成長するような企業が人を欲しいと思っても、その瞬間、
労働時間が長くなると、解決するために人を採用しようと思っても、あの会社は
労働時間が長いらしいよといううわさが立った瞬間に、ほぼ採用というのは本当にしにくくなりますから、その悪循環にはまってしまうと、抜け出す構造がなかなかないという問題もあります。
もちろん、一般的な企業も、退職者が出た場合に補充はなかなかできなくて、結果的にほかの人たちが
仕事を割り振って請け負うという構造になってしまうので、長時間
労働が持続しやすい。
やはりこれらの問題があわせて、これは法制だけの問題じゃなくて、背景にありますので、現在、既に多くの企業が長時間
労働の改善に取り組んでおりますけれ
ども、それを促進するためには、法改正とセットで、幾つかの政策パッケージをもって展開していかないとなかなか解決ができないということになっているだろうと思います。
ポイントは幾つかありますが、一つは、やはり業界別に解決の道筋をつけていくということが大事かなと思います。
これはもう先例がございまして、一番
労働時間の長いトラックドライバーに関しては、既に運送
事業者と荷主と行政が一体となって、いわゆる取引環境の改善であるとか長時間
労働の抑制に乗り出しております。これは、荷物を配達したときの受け取りと渡しのところの手待ち時間がすごく長くて、それが長時間
労働につながっているというのがわかっていますので、そういう取引慣行を変えることによって長時間
労働を改善しようと。
これは運送業界だからそういう対策になるわけで、またほかの業界にはほかの業界の対策があるわけですね。そういうものを個別にやって、踏み込んでやっていかないと解決できない。こういうことで、一つは、業界別の対策ですね。
それから、先ほどちょっと申し上げました、いわゆる過当競争の結果として過剰品質になるようなことに関して言えば、恐らくこれは株主と消費者を巻き込まないと解決できません。
つまり、売り上げの拡大以上に、効率化とその企業の持続性みたいなところをより株主が評価すれば経営の改革も進むんでしょうけれ
ども、そういう理解が株主に必要でありますし、あるいは、過剰品質と申し上げたところについては、多少は国民が我慢しなきゃいけないところだったりとか、あるいは、受益者負担で、一部は価格転嫁を受け入れなければいけないところもあると思いますので、そういうことを含めた改革に持っていく必要があるのではないかというふうに思います。
また、助成とか表彰とかという
制度も最近はうまく取り入れて、必ずしも法規制だけではなくて、うまく持ち上げるところも含めての展開が必要だろうというふうに思いますし、あるいは、やはり労使のコミュニケーションの問題も非常に重要で、
労働組合の組織率が落ちている中で、
従業員の過半数を代表するといっても、なかなかコミュニケーションが機能しないところがあって、労使が一緒に生産性の向上と長時間
労働の改善を考えて、協力してやっていくところにどうしたら持ち込めるかということも一つのテーマになろうと思います。
また、長時間
労働が原因でメンタルヘルスの問題を発症する社員がいます。この問題に関しては、一年少々前からストレスチェックという仕組みが導入をされていまして、かなり高ストレスの人たちを判定する仕組みができ上がっておりますけれ
ども、なかなか、高ストレスと判定された人たちが、みんながみんな産業医の面談を受けて改善のところにつながっていくかというと、そうではございません。
大半の人たちは判定を受けたままで終わっているという状況もございまして、その段階で何がしかの予防対策がしっかりとれるかどうか。これは、現在の産業医等々だけではなかなか手が回らないところもありますので、ここに新たな体制が必要なのかなというふうに私は思っております。
長時間
労働を含めた働き方改革というのは、いわゆる働き方改革と呼ばれる人事的な側面だけでは解決しない問題が非常に多くて、業務改革を含めた経営改革として全般的にやって初めて解決するものが多い。そういう意味では、総合的な取り組みを
支援する形の政策パッケージが必要なんだろうというふうに思っております。
これは、さまざまな施策がとられていますけれ
ども、実は全部つながっております。例えば、多様な人たちが活躍するダイバーシティー、そういう多様な人たちを使うためには、やはり働き方の改革、
労働時間を短くして、あるいはテレワークを認めてということが必要になってくる。そうすると、今度は企業の中のマネジメントを変えないと、旧来のマネジメントでは動かないんですよね。そこを変えていく。そういう中で本当の競争力のあるプロをつくっていき、その人たちがまた多様な人たちと一緒に組んでいくという好循環のメカニズムをつくって、その中で長時間
労働を是正し、イノベーションを促進していくという枠組みが回っていくような、そういう企業の経営をつくっていくことが非常に大きな意味での改善策なのではないかなというふうに思いながら取り組んでおります。
育児とか
介護とか、あるいは病気によって働く時間や場所に制約のある人たちがたくさんいます。こういう人たちが本当に強みとか個性を持って生きていける、
仕事がしていけるような
社会をつくることとか、あるいは、健康とワーク・ライフ・バランスに配慮された
労働環境を
実現することとか、その上で、時間当たりの
労働生産性を改善したものがきちんと働いている人の
報酬として返っていくような、こういうメカニズムをつくっていくということが非常に重要である。その真ん中に、もちろん
労働時間法制の問題はあると思いますけれ
ども、それを含めた一体的な改革を御議論いただきたいなというふうに私は思っております。
以上で私の話は終わらせていただきます。ありがとうございました。(拍手)