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参考人(
玉木伸介君)
大妻女子大学短期大学部の
玉木でございます。本日は、
意見を述べる
機会をいただき、誠にありがとうございます。
御審議中の
法案につきましては、私としては賛成でございます。本日は大変貴重な時間をいただいておりますので、
法案の多岐にわたる内容のうち、短時間
労働者への
適用拡大と
年金額の改定
ルールの
見直しについて簡単に申し上げた上で、
GPIFの組織及び業務運営の在り方に関する私の考えるところを御説明いたしたく存じます。
まず、
適用拡大ですが、
公的年金は
国民年金、
厚生年金のいずれも保険であり、セーフティーネットであるというところから出発をいたしましょう。
保険というからには、火災保険における火災、自動車保険における交通事故のような保険事故、保険金
支払の原因になる出来事があるはずでございます。
公的年金保険は何が保険事故かといえば、障害
年金における障害や遺族
年金における家族の死亡ももちろん重要ですが、最も多くの国民に関わってくるのは長生きです。
公的年金保険は、主に長生きリスク、長生きによって貧困に陥ってしまうリスクに対する保険です。
長生きした人は
生活費が多く要ります。自助努力で平均寿命までは
生活は大丈夫と言えるだけの貯蓄をしたとしても、二分の一の確率でそれ以上に長生きしますから、二人に一人は貯蓄が不足します。五人に一人、十人に一人の長生きの可能性を考えたら、どんなに自助努力をしても安心は得られません。だからこそ、保険の出番となります。
こういう保険を誰が最も必要とするでしょうか。二百歳まで生きても
生活には絶対に困らない億万長者には必要ありません。このようなごく一握りの人を除き、誰もがリスクに備える必要があるのではないでしょうか。老後、貯蓄を十分に行うだけの余裕の乏しい人、具体的には
賃金、収入の少ない人は非正規の短時間
労働者において特に多いでしょう。この方々こそ、なるべく幅広く二階部分の
給付を受けられる二号被
保険者になって、より多くの安心を手にしていただきたいと
思います。
また、
企業においては、非正規だから
保険料負担をしなくていいというのはおかしな話です。五百人以下の
企業において、なるべく多くのところで
労使の
合意が成立して、より多くの
労働者が先ほど申し上げたようなより多くの安心を手にすることが望ましいと考えます。
続いて、
年金額の改定
ルールの
見直しの件でございます。
今回の
法案には、例えば
物価が下がって、それ以上に
賃金が下がるときに、
賃金を基準に
年金額を改定する、つまり下げるという
高齢者にも
現役世代と同様に我慢していただくという考え方が盛り込まれています。
今、我が国は
少子高齢化もあって、経済成長の基調的な力が落ちています。これを高めるべく様々な取組がなされています。こうした取組が功を奏するならば、近年のような湿っぽい経済から脱却できます。そうすれば、
年金財政にも、
年金で支えられる
高齢者の
生活にも良い影響が及びます。これこそ我々が目指すべきものです。
しかし、非常に長期にわたって運営される
年金制度では、自然災害も含め、日本経済に及ぶ様々なショックのリスクに備えておく必要があります。つまり、全天候型の
ルールを用意しておく必要があるということです。
私は短大の教員ですから、これから二十歳になって被
保険者になる学生と日常的に接しています。彼女らは間もなく勤労し、
保険料を払うようになり、かなり遠い将来に
高齢者になる将来
世代です。今日の午後か来週の授業では、一年生、すなわち十八歳か十九歳の学生に対して、社会保険の仕組みを説明しようと思っているのですが、特に
年金につきましては、彼女らが
給付を受けるのは半世紀先のことでございますので、説明を丁寧にしなければと思っております。
先ほど将来
世代という言葉を私は使いましたけれども、学生たちに説明するに当たっては、私のような間もなく支給開始年齢に到達する者の視点ばかりでなく、これから勤労して私たちの
世代の引退後の
生活を支えてくれる学生たち、将来
世代に属する若者たちの視点も意識しなければと
思います。
彼女らは二十歳で働き始め、額面十七万円、十八万円の月給から奨学金を返済しつつ、一万円以上の
厚生年金保険料を払うことになります。大変な金額です。このお金の持つ意味、
公的年金保険
制度の意味について、私から、これは
世代間の助け合いなんだよ、日本経済がどんどん成長すれば君たちの給料も上がるし
高齢者の
給付も増える、他方、万が一日本経済が堅調でない場合には、
高齢者を含めて全ての
世代でひとしく受け止める、そういう仕組みなんだよと言えるのであれば、学生も納得しやすいでしょう。社会全体で、いいことも悪いこともフェアに受け止める仕組みであって初めて、若者たちの
公的年金保険
制度への信認、それも素朴な信認を確保できるのではないでしょうか。
全ての
世代が豊かに暮らすには、労働生産性の
向上や引退年齢の
引上げなど、基調的な成長率、すなわち潜在成長率の
上昇につながる変革が不可欠です。そのための努力を従来にも増して推し進めねばなりません。この点はあえて繰り返します。
この努力と並行して、万一に備えて
世代間で分かち合う、そういう仕組みがあらかじめ整っている方が若者の
公的年金保険
制度への信頼が高まり、ひいては
高齢者の命綱である
公的年金の
持続可能性も高まるのではないでしょうか。
マクロ経済スライドは、賦課方式の
制度の
持続可能性を高める
機能を有しています。この
法案の成立によって、
キャリーオーバー分の
調整を実施し、
マクロ経済スライドの
機能発揮の場をなるべく広くしていただくとともに、名目
賃金が下がって、実質
賃金も下がっている局面では
賃金変動に合わせて
年金額を改定することとして、将来
世代の
年金水準を確保していただきたいと
思います。
学生たちに接していて私が
思いますことは、世の中の仕組みには参加する意思がある
人たちが多いということでございます。こういう若者たちに
世代間の連帯の輪の中にきちんと納得して入ってもらえるような仕組みを構築することが間もなく支給開始年齢に達する私のような
世代の者の責務ではないかと
思います。
次いで、
GPIFの組織等の
見直しについて
意見を述べます。
第二次安倍内閣になって以降、
GPIFについては株式運用のウエートを高めたことに注目が集まりがちですが、組織的な面でも
改革が進んでいます。さらに、今回の経営
委員会を導入する等の
改革が進めば器の整備が一段と進むと
思います。
今の理事長による独任制は、
年金福祉事業団から
GPIFが生まれた後、特殊法人
改革の流れの中で独立行政法人という組織形態を選択したからそうなっているのであって、
GPIFの業務の特徴に最も適合しているのが独任制であるからそうなっているということでは必ずしもないだろうと
思います。今の運用
委員会は諮問機関ですが、経営
委員会が合議による決定機関として
機能するというのはごく自然な道と言えましょう。
その上での話ですが、
GPIFによる積立金運用が国民の信認を得るには幾つかの留意点がございます。その最たるものは、国民に
GPIFの運用が長期的な運用であることをよく御
理解いただくこと、そのために、あらゆる
機会を捉えて国民に繰り返ししつこいくらいに訴えていくこと、そういうことではないかと
思います。
GPIFが四半期ごとに運用状況を公表すると、メディアは大きく取り上げます。損失が出たときは特にそうです。しかし、数十年後の
年金給付原資の確保の
観点からは、四半期ベースのリターンの変動はほぼ無意味です。より大事なことは、十年単位あるいはそれ以上の長期の平均的なリターンの確保です。今年度は、第一・四半期がマイナス五・二兆円、第二・四半期がプラス二・四兆円です。第三・四半期は株価
上昇と円安で第二・四半期以上のプラスになってもおかしくありません。
このように大きく振れてはいますが、第一・四半期の
GPIFが怠け者であったりスキルが低かったりしたからマイナスになったのではなく、第二・四半期の
GPIFが立派であったからプラスになったのでもありません。
GPIFは、最近、四半期の運用状況の公表資料において、当該四半期の数字のほかに長期の数字、例えば二〇〇一年の市場運用開始以降の累積の収益額、こういったものでございますが、これらを並べて出しております。そうやって国民の
理解を求めているわけでございますが、こうしたものは小さなアクションではありますけれども、積み重ねとして大変大事ではないかと
思います。
もう
一つ、株式のインハウス運用が一時話題になりました。今
GPIFは、株式運用は全て外部の運用機関に委託しています。自分では銘柄選択をしませんし、株式の議決権も行使しません。議決権を行使するのは、投資顧問会社等の運用機関です。こういう現在の仕組みに対し、自分で銘柄を選び、株主にもなるインハウス運用をやるべきではないかという
意見もあると
思います。そのような
意見の源は、
GPIF自らが株式の取引をすることによって、市場の情報が格段に多く入ってくる、株式運用に関する自らの力量も
向上するという認識です。この認識には共感できます。
実は、私、かつて日本銀行に勤務しておりまして、その仕事の一環として為替の介入実務をやったことがございます。ふだんの日は介入はしませんので、市場の動向は金融機関から間接的に聞くだけでございます。でも、介入した日には自らのアクションに対する市場のリアクションに直接接することとなりますので、市場の動きをよりビビッドにつかむことができました。そういう経験を
GPIFが日常的に積んでいくことで運用者としての力量が上がっていくことは容易に想像できることでございます。
また、株価の変動でリターンが上下することについては、インハウス運用であろうと今までの外部委託運用であろうと同じです。インハウス運用だからといって問題が広がるわけではありません。
では、株式のインハウス運用をやったらいいのでしょうか。
結論から申し上げると、私は相当慎重に対処すべきと
思います。インハウス運用をすると、必ず株式の議決権が付いてきてしまいます。株主として
企業統治に直接向き合わねばならないのです。例えば、各
企業の取締役の人選に直接関与することになります。こういう大変生々しいことに
公的年金積立金が関わることについて国民がどう思うのか、経済に関してこの国の形としてどうなのか、こういう点に関して
年金制度あるいは
社会保障制度の枠を超えた幅広い
議論があってしかるべきであります。
そこで、浮かび上がってくる非常に大きな問題は、株式の議決権は資本主義社会における最も強力なパワーの源でありますので、そのようなパワーを公的機関に持たせるとすれば、パワーが変な使い方をされないよう厳重に管理しなければならないということです。
GPIFは運用益の獲得を目的とする巨大な機関投資家でございます。これが
政府機関、公的機関として存在しているということ自体、立ち止まってよく考えるべき事柄なのです。
政府は、様々な規制等に関する権限を持ち、市場経済においてレフェリーあるいは
ルールメーカーとして
機能する、そういう存在です。しかし、機関投資家であるということは、
政府機関である
GPIFがプレーヤーであるということでもあります。
政府と
企業社会との間に何か根本的な不整合は生じないのでしょうか。
今の日本の
制度は、外部の運用機関に議決権行使の判断を含め委託することで、今申し上げました何やら哲学的な問題を回避しています。これはこれでなかなかうまい方法でございます。
外国ではどうでしょうか。カナダは、
GPIFに相当する組織を徹底的に中央
政府から独立させて、あたかも民間主体であるかのようにしてしまうという選択をしています。これは
一つのソリューションとして国際的な評価も高いところです。
我が国の独立行政法人という組織形態は、主務大臣が強い権限を持つものであり、
政府から独立させるという思想がそもそもありません。では、独立行政法人ではない、
政府から遠く離れたカナダのような仕組みは可能でしょうか。カナダでは、独立性を、実は権限を中央の連邦
政府と各州の
政府に分散することで確保しています。国のつくりが高度に分権的なカナダならではのやり方でございます。このやり方は日本では難しいと
思います。
この辺りの
議論は、日本ではまだまだ生煮えです。今回の
法案提出に先立つ
社会保障審議会年金部会の
議論でも、
議論し切っていないポイントがあるという認識が共有されていたのではないでしょうか。この
法案の
附則には三年後の
見直し規定がございます。この
見直しに向けた
議論は、
結論はどうあれ、是非幅広い
観点から精力的に行っていただきたいと
思います。
最後に、今後の
GPIFに関する私の希望を
一つ申し上げます。それは、
GPIFには、是非、高度な調査研究を踏まえて
公的年金積立金にふさわしい運用を実現してほしいということです。
GPIFが取り組んでいる長期的な
観点からの運用の手法は、常時変化、進化しつつあります。ということは、出来合いの正解はない、常に国際的にも最先端の調査研究を突き詰め、実務に落とし込む試行錯誤を繰り返さねばならないということです。
GPIFに求められる調査研究とは、決して今年度末の株価や為替相場を当てるためのものではありません。金融をめぐる様々な技術、例えばフィンテックは、細かく見ていけば日々進化しています。リーマン・ショックの直後で、金融機関に対する規制、監督の実際の在り方、あるいはその基本思想は様変わりです。
GPIFが追い求めるべき長期的な
観点からの安全かつ確実な運用の具体像は変化していきます。各国の
年金相当の機関投資家、特に長期的な運用を責務とする機関投資家は同じような
課題に直面しています。この問題の克服に向けて膨大な知的エネルギーが注がれています。この流れに
GPIFが取り残される姿は見たくありません。
GPIFが国民の期待に応えるためには十分な人材が
GPIFの中に確保されることが必要でありますが、それだけでは不十分です。組織の文化として実務を見据えつつ高度な調査研究を蓄積していく、そういう努力を大事にしてほしいと
思います。
以上、私の
意見と希望を申し上げました。
御清聴、誠にありがとうございました。