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加藤参考人 本日は、
社会の
基本法である
民法の大
改正に際しまして、
国会の
先生方にお話をさせていただける貴重な機会をいただきましたこと、心から御礼申し上げます。
現行民法が明治三十一年に施行されてから百二十年の歳月がたっております。その間、
社会は大きく変化いたしましたので、その変化に合わせて
民法を
改正しようとするのは極めて自然なことであります。したがって、本来でしたら、この時期に
民法の
抜本的改正をすることは歓迎されてしかるべきでございます。しかしながら、現在
国会に上程されている
改正案を見ますと、首をかしげたくなる点も多々ございます。
なぜこのような首をかしげざるを得ないような案が出てきたのか、それをお話しする必要があるかと思うのですが、その前に、どの点で今回の
改正案がすぐれており、どの点で首をかしげざるを得ないのかを、時間の制約もありますので何点かに絞りますが、お話しさせていただきたいと思います。
まず、賛成する点ですが、先ほど
岡参考人の方から話がありましたが、
法定利率を
固定利率から
変動利率にして、
市場利率を反映させるというようにした点は、もろ手を挙げて賛成したいと思います。
現在は、
民法の
法定利率が五%、
商法のそれは六%で、
市場利率よりも高い状況です。そうしますと、
利息狙いで
訴訟遅延を図ったり、あるいは、高い利息を払うのは嫌なので争わずに和解に応じたりする動きが出て、訴訟の健全な姿がゆがめられております。この点を是正する
改正案には心から賛成いたします。
しかし、
反対すべき点も多々ございます。
まず、今回の
債権法改正の動きが始まった段階で大問題となったのは、当時
法務省参与と呼ばれていました
内田貴さんを中心になされた、
債務不履行による
損害賠償を
過失責任から
無過失責任に転換しようとする
提案でした。これは、ドイツ、フランス、
日本等の
大陸法諸国ではずっと
過失責任とされていた
法制度を
英米流の
無過失責任にするもので、
民法のこの部分を
大陸法型から
英米法型に転換しようとするものです。
我が国では、
債権法改正作業が始まる前まで、
債務不履行を
無過失責任にすべきであるという主張があったわけではありませんし、内田さん御自身も、御
自身の教科書では
債務不履行が
過失責任であると説明し、それに別段異議を唱えていませんでした。
社会に
無過失責任の要請がないのにこのような
改正をいたしますと、
取引社会も
法曹実務も混乱するだけですので、
東大民法の
河上正二さんは、この
改正をナンセンスという強い言葉で批判され、
東大ローマ法の木庭さんは、前代未聞の
厳格責任と、
厳格責任というのは
無過失責任のことですが、批判しましたし、
会社法制定の立て役者の
江頭憲治郎さんは、
民法の
債務不履行が仮に
厳格責任になっても、
商法の方は
商法の条文が残っている限り
過失責任のままでいくと言明しました。また、各地の
弁護士会も
反対意見を述べましたし、
全国二千人の
弁護士を対象とした
アンケート調査でも、
無過失責任に賛成するのはわずか百八十八名だけで、
反対が千五百五十九名と圧倒的でした。
そこで、内田さんたちは、
自分たちの
改正方向を示した「
債権法改正の
基本方針」の中では、
債務不履行の
規定から
帰責事由を
意味する
文言を除き、
無過失責任を一旦明示したわけですが、今回
国会に提示された
改正案では、
帰責事由を
意味する
文言を復活させました。しかし、現在でも、
法制審議会民法部会の
委員であった
潮見佳男さんは、この
文言に「
取引上の
社会通念に照らして」という
修飾語がついているので、今回の
改正条文は
過失責任原則の否定であるということを著書で明言していらっしゃいますし、
法務省民事局参事官室の公表した
資料でも似たようなことが述べられております。
つまり、一旦公表した
無過失責任化案は
反対が強いので、
文言を
玉虫色にしておいて、後から
立法者意思に基づく解釈として
無過失責任であることを主張し、巻き返しを図ろうとしているとしか思えないというのが、
法務省民事局参事官室の解説を見たときの私の印象でございます。
実は、
債務不履行の無
過失化は、今回の
債権法改正の天王山とも言えるものでした。ところが、
法務省が
国会に提出した
改正の
理由からは、この点がすっぽり抜け落ちております。恐らく
法務省は、この点が
国会で
議論され、
一つの争点となるのを避けたいと考えたのだろうと思います。
私は、本日の
委員会配付資料として、「
債権法改正法案の
総合的検討に向けて
債権法改正の実相を探る」という小さな冊子を配付いたしました。その百二十一
ページには、今回の
債権法改正をめぐる
法務省のやり方につき、裁判所の中枢におられた元裁判官が、今回はこそこそ
改正作業を行ったので、
不信感が出ているのが実情なのではないかと評している旨を紹介いたしました。また、私
自身も、
債権法改正の一番の目玉とされてきた問題を
国会提出の
改正の
理由から外す一方、
法務省民事局参事官室の解説では
無過失責任化を説く
法務省の今回の
手法につき、「
国会審議を裏口ですり抜けるような
手法は、
民主主義国家においてはとってはならない」とその
ページに記しました。
この問題に関しまして、ここにいらっしゃる
法務委員会の
先生方にお願いしたいことがございます。
国会で、
改正法案の第四百十五条一項が
無過失責任か
過失責任なのかをぜひ
法務省に質問していただければと願っております。
法務省は
玉虫色の
官僚答弁をするかもしれませんが、突き詰めた質問をすれば、回答は
無過失責任か
過失責任のいずれかにならざるを得ないと思います。
無過失責任と答えたら、なぜこれまでの
改正作業で最もヒートした争点を
法務省が
国会提出の
改正の
理由に挙げなかったのか、あたかも裏口入学ならぬ
裏口立法を狙っているかのごとき
法務省の姿勢につき、
国会で問いただしていただきたいと私は願っております。
また、
過失責任と答えたら、このままでは、
民法の最も重要な
規定の
一つである
債務不履行につき、
過失責任と
無過失責任の双方の主張がなされるような状況は望ましくなく、また、このままでは
民法と
商法という私法の二大法典の分裂を招く
可能性もあるとして、
改正法案の第四百十五条一項から「
契約その他の
債務の
発生原因及び
取引上の
社会通念に照らして」という
文言を削除する修正をしていただけませんでしょうか。そうすれば、今後、
法務省民事局参事官室等が今回の
改正による
債務不履行は
無過失責任であると主張する根拠がなくなりますので、混乱の芽が摘まれます。
次に、
保証に移りたいと思います。
法務省が
国会に提出した
参考資料の概要には、
取締役等以外の
個人が
事業債務について
保証人となるためには、
公証人が
保証意思を確認しなければ効力を生じないものとすると書かれており、
改正法案の第四百六十五条の六にもそのための
規定が置かれております。
ただ、
国会におられる
先生方は、一九九九年に、当時の
商工ファンドの社長の
大島健伸氏が
国会で
証人喚問を受けたことを御記憶かと思います。
商工ファンドは、お金に困った
中小企業とその
保証人をしゃぶり尽くし、次々と
自殺者を出しました。その
手法は
公証人を使ったものでした。具体的には、
公証人役場に行って
執行証書と呼ばれている
執行受諾文言つきの
公正証書をつくってもらえば、判決をもらわなくても
強制執行が可能になります。
商工ローンは、この
手法を使って次々と
強制執行をかけ、相手を破綻させていったのです。
今回の
債権法改正によって、
保証人が
公証人のところに行くことが
保証することの前提となれば、ついでに
執行証書にしてもらうことは簡単になります。要するに、今回の
債権法改正の
規定は、
商工ローンの再現に道を開くものとしか私には思われません。このような
改正がなされてよいものなのでしょうか。
ある方から、
法務省民事局幹部が、
公証人に対する教育を行うので問題は起こらないと言っている旨を伺いました。しかし、
公証人に対する教育では問題は片づきません。ある
公証人から伺ったところでは、問題がある
公正証書の作成の依頼も中にはあるのですが、その作成を断っても、結局ほかの
公証人役場でつくってもらうことになるので、
意味がないのですとのことでした。
公証人は基本的に
手数料仕事なので、
意味がない
断り方も仕方がないと考えることになりがちなのです。
公証人役場は
法務省の法務局の所管ですので、このような
公証の実態は
法務省民事局は熟知しているはずです。まさか、まだ、
商工ローンで
公証制度が悪用されたことを忘れてはいないと思います。それなのに、今回のような
改正をし、一見すると見ばえがする、口当たりのいい
改正をしようとする。この
改正によって、
商工ローンと同じような
保証人の自殺が出てくるようになったら、
法務省はどのように
責任をとるのでしょうか。今回の
保証法の
改正案を見ると、
法務省民事局は、行政庁としての
責任感を忘れ、
法案を通すための体裁だけを整えようとする無
責任体制に陥っているようにしか私には思えません。
法務委員会の
先生方の手で、ぜひ、
改正法案の第四百六十五条の五から第四百六十五条の九までの
改正条文を削除し、別の形での
保証人保護を考えていただければと願っている次第です。
次に、先ほ
どもお話が出ました
消滅時効に移りたいと思います。
改正条文案では、第百六十六条一項で、債権等の
消滅時効は、「債権者が
権利を行使することができることを知った時から五年間」、「
権利を行使することができる時から十年間」行使しないと、債権は時効消滅するとされています。前者が
主観的起算点、後者は客観的起算点と呼ばれます。今回の
改正は、これまでの一元的起算点という考えをとっていた
消滅時効を二元的起算点の制度に変更しようとするものです。先ほど、
不法行為の
消滅時効が二元的だとおっしゃいましたが、
不法行為のあれが二元的なのは、時効制度全体の中では極めて例外的な現象です。
そして、時効は、
民法ばかりではなく、
商法や数多くの行政法規等、さまざまな
法律にも
規定されています。これらの数多い
法律の時効制度は、これまで客観的起算点だけで、一元的起算点制度で運営されてきました。それらの法規についての
改正がない以上、今後も一元的起算点の制度が維持されていくことになるだろうと思います。
そうしますと、多数の
法律にまたがる時効制度の中で、唯一
民法だけが突出した二元的起算点制度を導入することになります。これでは、
民法の一般法としての性格が、事時効に関しては放棄されることになります。これまで、環境法の分野では、国の
法律よりも地方の条例の方が規制基準が強い、いわゆる横出し条例、上乗せ条例が見られることがありました。ところが、今回の
改正では
民法典が横出し法規になるという、一般法としての
民法の自殺現象が見られるのです。
なぜ、このような奇妙な
改正がなされるのでしょうか。それは、一般的に二元的起算点制度が欧米で行われているからです。今回の
債権法改正では、欧米の物まね
改正という
提案が数多く行われました。最初にお話しした
債務不履行の
無過失責任化もその一例です。時効についても、日本の法体系全体を考えずに物まね
改正をしようとしているのが今回の時効法の
改正提案だと思います。
もっとも、時効法の
改正でも、
意味があるものもあります。それは、債権の
消滅時効期間は一般には十年なのに、
現行民法が例外として認めている五年、三年、二年、一年の短期
消滅時効の多くの
規定を廃止したことです。この多数に上る短期
消滅時効の
規定の廃止自体は望ましいものです。
ただ、気をつけなければいけないことは、短期
消滅時効の対象となるのは、商品代金とか運賃とか飲食料金等の少額債権となるものが多いということです。元来、
消滅時効制度は、二重請求された場合に、領収書をなくしていても、時効ですと言えば二重請求による被害を免れられることに
意味があります。だから、
現行民法は、商品代金、運賃、飲食料金等について短期
消滅時効を用意したわけです。これらの
現行民法の
規定を廃止しただけでは、これらについての領収書を十年間とっておかないと、二重請求の危険にさらされます。
そうであるとしたら、短期
消滅時効規定を廃止する際に少額債権一般についての短期
消滅時効を用意しておかないと、国民は十年の長きにわたってこれらの領収書をとっておく必要に迫られます。これらの少額債権の領収書を長期間とっておくことは期待しにくいところです。
本当に国民の生活を考えるのであれば、錯綜している
現行民法の短期
消滅時効の廃止をすること自体はいいのですが、それと同時に少額債権一般についての短期
消滅時効の導入を考えるべきなのに、
改正法案はそのための手当てを置いていません。失礼な言い方ではありますが、こののうてんきな
改正案を見ると、
法務省民事局が果たして国民の生活を守ろうとしているのかどうか疑わしいという気さえ起こってしまうのです。
次に、
民法の取り消し関連の
規定に移りたいと思います。
今回の
改正法案は、
現行民法百二十一条本文の取り消しの効果の
規定を基本的には維持しながら、その次に第百二十一条の二「原状回復の義務」という
規定を挿入しました。これは、
法律行為が無効な場合に限定した不当利得絡みの
規定です。
改正法では、
契約が無効な場合にはこの
改正規定による原状回復が認められることになります。しかし、
契約が不存在なのに誤って履行してしまった場合にも不当利得が問題になるはずです。しかし、
改正民法では、それは
民法七百三条の
規定によって不当利得の返還がなされることになります。
今挙げた二つの事例は、これまではどちらも給付利得と呼ばれ、
民法七百三条が規律するとされていました。
現行民法七百三条は不当利得の条文ですが、不当利得については類型論という
議論があり、給付利得はその一類型とされてきましたが、給付利得分断論などは、日本でも世界でもこれまで聞いたこともありません。一体、
法務省民事局は、ローマ法以来の
民法の歴史、不当利得の歴史を踏まえてこのようなへんぱな
改正案を
提案したのでしょうか。
その上、原状回復については、不当利得のほかに物権的返還請求権も問題になるところです。ところが、
改正案はこの点にも触れていません。二重三重におかしな、ある
意味で、
現行民法の精緻な法体系を破壊するだけの思いつき
提案としか私には評価することはできません。
民法典をまともなものにするために、
先生方には、ぜひ第百二十一条の二の
改正提案の削除を考えていただければと願っております。
これ以外にも、約款、債権者代位権、詐害行為
取消権等、おかしな
提案はたくさんあります。ただ、二十分という時間がありますので、全てを語ることはできません。
改正提案の問題点は、やはり配付
資料の、大分分厚くはありますが、「
債権法改正法務省案の問題点の
総合的検討」に今言った三点を含め検討しておきましたので、御一読いただけることを願っております。
ただ、今までの私の話を聞いて、一体なぜ
法務省がこのように問題が多い
改正法案を
国会に提出したのか、不思議に思われる
先生方も多いことと思います。そこで、今回の
改正の背景事情をお話ししたいと思います。
法制審議会に
民法部会が立ち上げられる三年前、
民法(債権法)
改正検討
委員会が立ち上げられました。その
民法(債権法)
改正検討
委員会の規程を見ますと、
改正試案の原案作成は準備会の任務とされていましたが、設立された五つの準備会の全てに、
法務省参与の内田さんと、参事官の、現在では民事法制管理官ですが、筒井さんが
委員として入っていました。また、この規程によりますと、幹事として
法務省民事局の局付が準備会に参加することも認められていました。学者で複数の準備会の
委員になった人は一人もおりません。この
民法改正検討
委員会は、全体
会議こそ学者が多数でしたが、原案作成は
法務省の影響下にあるように組織が組み立てられておりました。
この
委員会が立ち上げられると、学界から
法務省に移籍した内田さんが
委員会の事務局長に就任しました。そして、
法務省に移籍した翌年に、論文で、「伝統的な
民法が想定していた「人」の概念が
消費者を上手く包摂できないことを正面から認め、
民法の中にも
消費者という概念を使って
消費者のための
規定を置こう、という
立場」があると主張しました。内田さんは、
法務省に移籍する以前にはこのような主張をしていたわけではないと私は
理解しております。
そして、この論文を発表した翌年、みずからが事務局長を務める
民法(債権法)検討
委員会が「
債権法改正の
基本方針」を発表する中で、
改正法案の中に、「
消費者・事業者の定義
規定を一対をなすものとして置くものとする。」、「
消費者契約法から私法実体
規定を削除」した上で
民法典に取り込み、「
消費者契約法を
消費者団体訴訟を中心とする
法律として再編する」という
方向をうたい上げました。そして、その翌年の
法制審議会民法部会に、次のような内容の
資料を提出したのです。
総論(
消費者・事業者に関する
規定の可否等)
従来は、
民法には全ての人に区別なく適用されるルールのみを
規定すべきであるとの
理解もあったが、
民法の在り方についてこのような考え方を採る必然性はなく、むしろ、
市民社会の構成員が多様化し、「人」という単一の概念で把握することが困難になった今日の
社会において、
民法が私法の一般法として
社会を支える役割を適切に果たすためには、「人」概念を分節化し、
消費者や事業者に関する
規定を
民法に設けるべきではないかという指摘がある。
これが
法制審の
資料です。
このような
資料を見た
法制審議会の
民法部会の
委員の
方々は、第三者の指摘に
民法部会が耳を傾けようとしていると御
理解なさったと思います。しかし、この指摘をあらかじめしたのは内田参与です。これは、同一人物が法務官僚でもあり、かつ研究者であるという一人二役であることを利用しつつ、かつ、
審議会の場では同一人物のものであることを秘匿し、みずからが書いた論文をあたかも第三者の執筆であるかのごとき印象を与えるような
資料の提出をしたことになります。
このことを正当化するために、別の論文で内田さんは次のように書いております。私は現在、
法務省に所属していますが、参与という身分で、担当者の求めに応じて学問的見地から自由に
意見を述べる
立場にあります。本書も、長年大学教授として
民法を研究してきた私
個人の考え方を自由に述べたものであり、
法務省の見解とはかかわりがないことをお断りしておきたいと思いますと。
私は、
民法(債権法)
改正検討
委員会が立ち上げられた段階では、その
委員会に入らないかと誘われ、別段、当時は
法務省の意図も
理解しておりませんでしたので、そこに参加させていただきました。ただ、この
民法(債権法)
改正検討
委員会で
提案される事務局原案は、余りにも跳びはねた内容のものが多く、
日本国民、日本
社会にとって無
意味どころか有害であることも多かったので、
反対意見を述べることも多々ありました。
また、そのような
反対により事務局原案が否決されるようなこともありまして、そのような
経緯がありましたので、私も含め、事務局原案に
反対したことがある者は、
法制審民法部会には誰も参加しませんでした。先ほどの参考
意見で、
法制審民法部会全会一致ということを言われましたけれ
ども、それは、あらかじめ
反対意見をした人は全て排除してからの全会一致であることは御記憶していただきたいと思います。
ただ、
民法部会が発足してから半年ほど、私は、政府の公式の
審議会であれば、もう跳びはねた
議論はしないだろう、まともな
議論がされるだろうということを期待いたしまして、沈黙を守りました。しかしながら、
議事録を見ると、跳びはねた
議論が続くもので、覚悟を決めました。そこで、沈黙を破りました。
そのときに考えたことは、今回の
債権法改正の本来の、ただ、秘められている目的は、
消費者法制定の段階で
法務省が、形式的にはともかく実質的に失った
消費者契約についての権限を
消費者庁から奪還することにある。そこで、
自分たちが
改正原案をつくった
民法(債権法)
改正委員会を学者の団体であると言い立てて、
消費者契約についての
規定を
民法に移すという
改正案を学者
提案としようとしたのだ。そして、この問題が
議論の焦点になることを防ぐために、木は森に隠せの格言よろしく、数多くの
改正提案の中に
消費者契約の問題を紛れ込ませた。そして、
債務不履行の
無過失責任とか、多くの明らかに
反対を呼びそうな
改正案を提示し、
消費者契約の問題以外に
改正案の
議論の焦点を誘導した。
このように考えた私は、「
民法(債権法)
改正 民法典はどこにいくのか」という本等を著し、以上に述べたような構造を世の中に明らかにしました。その結果かどうかはわかりませんが、
法務省は、最初の段階では
法制審議会に
提案していた
消費者契約に関する
規定を
民法に置くことは諦めたようで、この
法案には
消費者契約の問題は残っておりません。残ったのは、当初は
消費者契約についての権限奪還の弾よけのために提起された跳びはねた
改正提案だけだったのです。
もちろん、このような
改正提案には、当然のことながら、学者、裁判官、
弁護士等の多くの
反対があります。裁判所の中枢におられた元裁判官の中には、今回の
改正は、その
改正の内容も
改正の進め方も、どちらも公益という姿勢に反しているのではないかとおっしゃっている方もいますし、別の裁判官は、本当に国民のための
改正ですかと問い直したいとおっしゃっています。
このような
反対がありましたので、当初
提案よりは、現在の
改正法案は大分穏やかになっております。それでも、今回最初に述べましたような
債務不履行、
保証、時効、原状回復の
改正点にあらわれているように、極めて深刻な問題が多々残されております。私
個人は、
法務省の
改正原案のまま
民法改正がなされることがあってはならないと考えております。制定後百二十年たった
民法に
改正の必要があることは事実ですから、
国会の手により、よりよい
改正案にしていただくことを願っておりますが、政府原案のまま
改正されることには強く
反対したいと思っております。
官僚主導のもとでロースクールは大失敗いたしましたが、その愚を
債権法改正で繰り返すことがないよう、よりよい
審議をしていただくように心からお願いしたいと思います。
最後に、冒頭で申し上げました「
取引上の
社会通念」という、今回の
改正で
債務不履行以外でも極めて多く用いられている
文言には、非常に深刻な問題がございます。この点を時間の制約で申し上げられないことは痛恨のきわみですが、時間ですので、これで私の話を終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。(拍手)