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福田(昭)
委員 では、この夏ごろまでに帰還困難区域の除染をどうするかを
政府として
決める、こういう話ですね。
環境省の果たす役割は大きいと思います。
それではその次、三つ目でありますが、
福島の
被災地の帰還困難区域と住民の意向
調査についてであります。
資料の二をごらんください。これは、
復興庁と
環境省の資料をもとに私の事務所で合成した資料でございます。
大熊町、双葉町、富岡町、浪江町、上の四町をちょっとごらんい
ただきたいと思います。
これを見ると一目瞭然なんですけれ
ども、大熊町と双葉町は、事故当時、全人口の九六%が帰還困難区域に住んでおりました。
地図とよく見比べながら、ピンクのところが帰還困難区域ですから、見てい
ただきたいと思いますが、第一
原発の周辺の大熊と双葉、これは九六%が帰還困難区域に住んでいました。したがって、当然のことながらアンケートに答える人も少ない。大熊町は回収率五〇%、双葉町は四九・五%。戻りたいという人も、わずか一一・四%と一三・三%。人数にすると六百十四人、四百十二人。判断がつかない人が一七・三%で九百三十二人、二〇・七%で六百四十二人。戻らないともう
決めている人が、大熊町は六三・五%、人数にして三千四百二十二人、双葉町は五五%、千七百六人。
まさに、帰還困難区域に住んでいた人たちが多い町ほど、戻らないと決断した人が五割、六割になっているわけです。居住制限区域や避難指示解除準備区域、除染が可能だと言われている区域に住んでいる町の、浪江、富岡の戻る人の割合が多い。これはそういう資料になっています。
町の計画そのものも、浪江町が、戻りたいという人が二千八人ですけれ
ども、浪江町の復興計画は、二千五百
世帯五千人を想定して復興の拠点を整備しようという計画を立てて、今取り組みを始めたところです。富岡町は、平成二十九年の帰還開始を目指して、平成二十七から二十九の三年間で復興拠点を整備しようとしております。
双葉町は、残念ながら、具体的な計画を立ててもすぐに始められないので、ステップワンからステップスリー、三段階で復興拠点を長期的に整備しようとしています。大熊町は、平成三十年度を目標に復興拠点を整備しようとしておりますが、帰還困難区域が多くて、復興拠点を整備するというのはなかなか容易ではない。仮に復興拠点を整備できたとしても、戻ってくるという人が一割、回収率を含めると五、六%かもしれません。これだけの人しか戻ってこないとしたら、町の復興というのは本当にできるんでしょうか。町の復興にならないんじゃないでしょうか。
ですから、
政府が一日も早く、帰還困難区域の除染はするとかしないとか、あるいは放射線量は年間一
ミリシーベルト以下にするまでは帰還宣言しないとか。二十
ミリシーベルト以下で帰還宣言した楢葉町、戻ってきた人はたった六%だそうです、今のところ。もう少し時間の推移を見なくちゃならないとは思いますけれ
ども。富岡町などは、帰還困難区域に住んでいた人は二九・四五%です。しかし、戻らないという人が既に五〇%を超えています。ですから、富岡町としては、きっと、
再生の計画をやりたいと思っても、半分戻ってこないかもしれない。あるいは、それ以上戻ってこないかもしれない。
こういう
状況の中で、
政府が帰還困難区域を除染するかしないかを
決めるということは、特に、判断がつかない人、この人に対しての決断を促すことになるかと思いますし、戻りたい人も戻らないということになるかもしれない。これは、実は
福島の
再生にとって大事な大事な判断なんですよ。
もう震災から間もなく五年、特措法ができてから四年、こういうことを
考えると、
福島の人たちが、一日も早く決断をして、第二の人生をどこで送るのか、次の仕事を、どういう仕事を持って、仕事に取り組むのか、そういうことをやはり決断してい
ただく、そういうことを
政府がやる必要があると私は思っているんですが、復興から五年ということで、いよいよこの夏までには決断するということになったので、それはよかったなと思っています。
私が避難住宅に住んでいる人にお伺いしますと、これは大熊町の方でしたけれ
ども、会津若松で避難住宅に住んでいる人たちのお話を聞くと、三年が限度だと言っていました。もう五年たちました。それで、一緒に避難している人たちは八十代以上の人が多いから、
政府が
決めないうちに残念ながら亡くなっちゃうという人がどんどん出てきちゃうよと。私は何度も話をしてきました、
環境委員会でも復興
委員会でも、ぜひ
政府が一日も早く決断すべきだと。
しかも、
福島の問題も、それから
指定廃棄物の問題も、
民主党政権が
決めたんじゃないか、こういう話が出ました。しかし、最近は
環境省からはそういう話が出なくなりました。それは私が言いましたからね。確かに
民主党政権下で
決めた話でありますけれ
ども、政権がかわったんだから改めろと。安倍政権は、
民主党が
決めたことをことごとく覆したじゃないですか。子
ども手当も覆した。農家の戸別所得補償政策も覆した。ことごとく覆しているじゃないですか。
だから、この問題もしっかり覆して、一点覆してよかったなと思っているのは、全員帰還を諦めて、住民の方々に選択をしてもらうことにした。帰還したい人は帰還する。ほかのところで住みたい人は住みたい。これを変えたのはよかったと思いますが、そのことも、私も
地元の富岡町の人に聞いて、この
委員会なり復興
委員会でそういう提言もしてきました。自民党と公明党から提言書が出て、
政府がそういうふうに改めました。私も主張していたわけですけれ
ども。
まさにこういうふうに、この大熊、双葉、富岡、浪江、四町の
皆さんと膝を交えてきちっと
意見交換をして、公式の場じゃなくて、しっかり
意見交換をして、どうしたらいいんだということを判断しないとだめだと思いますよ。
私は実は、この四町の
町長とは、二年連続、一時間以上
議論しています。矢板の塩田が
候補地になったときに、私が
福島の第一
原発の空き地へ持っていけと言ったことを知っていて、私とちゃんと
意見交換しました。一時間以上
議論しました。私は、仮設の役場まで行って、そこで
町長さんたちと話をしてきた。
そうした中で私があれっと思ったのは、臨席していた総務課長が、私の
場所は第一
原発から三キロです、絶対帰ります、こう言っていた。ところが、今私のところへ入ってきた
情報では、今あるところに調べてもらっていますけれ
ども、今復興の拠点づくりを始めたら、この大熊、双葉、富岡、浪江では、町役場の若い職員が退職する、そういう職員が出てきたというんですよ。
震災から、
原発事故から対処するために一生懸命頑張ってきた若い職員がやめる。復興の拠点をつくって、役場がそこへ戻るとなったら、嫌だよ、自分たちの子供たちはどうなるのということで、やめたい、やめるという職員が出だしてきたというんですよ。これは尋常なことじゃないですよ。
そうしたことを、
皆さん、しっかり四町の
皆さんとも
議論をしながらこの問題の解決に当たっていかなくちゃならないと思うんです。もちろん、
環境省だけじゃなくて
復興庁も含めて、当然やっていかなくちゃならない話だと思います。
きょうは時間がなくなりましたのでやめますけれ
ども、まだ、特措法の進捗、施行
状況の見直しも、平成二十八年度、改めて検討会を設けてやるということになっていますし、また、
指定廃棄物の放射線量もだんだん減衰していくということを何か
環境省でも調べたようでありますから、そうしたことも含めて、特措法と基本方針をしっかり見直して、本当にどういう方法なら解決ができるんだということをやはりしっかり検討していかなくちゃならないんじゃないかなと思っております。
環境委員会として
福島の視察をお願いしておりますけれ
ども、
福島の視察を我々もして、しっかり
福島の
皆さんの
考えも聞いた上で、
福島の知事じゃなくて、四つの町の
町長や町議会の
皆さんとやはりしっかり
意見交換をして、この問題をどう解決していくかということをやっていく必要があるということを提案して、私の
質問を終わります。
以上です。