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川出参考人 皆さん、おはようございます。
七月一日の本
委員会に引き続きまして、
意見陳述の機会を与えていただきましたことに対して感謝申し上げます。
その際にも申し上げましたが、私は、
法制審議会の
特別部会に
幹事として参加をいたしました。本日も、
部会での
議論を踏まえまして、
法案に
賛成の
立場から
意見を申し上げたいと思います。
今回の
改正の主たる内容は、
通信傍受の
対象犯罪の
拡大と、それから
通信傍受の
手続の
合理化、
効率化ということです。
まず最初の
対象犯罪の
拡大の点ですが、その当否については、
対象犯罪を
拡大したことがそもそも
憲法に適合するのかという
観点と、それから、仮に
合憲であるとして、今回の
法案の
範囲に
拡大するということに
合理性があるのかという二つの
観点から考えてみる必要があると思います。
まず
合憲性の問題ですが、これは、
通信傍受というのが
通信の
秘密あるいは
プライバシーを侵害するものであるということから、それが
憲法十三条あるいは二十一条二項に反しないと言えるためには、それに見合うだけの重大な
犯罪でなければならないという
観点から問題とされるものです。
先ほど
田中先生が御
紹介されました
最高裁判例の中でも、
電話傍受が
憲法上許されるための要素の一つとして、それが重大な
犯罪に係る
被疑事件についてのものであるということが挙げられていたわけです。この
判例は
覚醒剤の
営利目的譲渡の
事案を
対象としたものでしたから、
判例上は、
覚醒剤の
営利目的譲渡は
電話傍受の
合憲性を認め得る重大な
犯罪であるという
立場がとられているということになります。
通信傍受法は、このことを前提に現在の四
種類の
犯罪を
対象としているということですので、そうだとしますと、少なくとも、これらの罪に匹敵するような
重大性を持った
犯罪に
対象を
拡大したとしても、
憲法に反することはないと言えるということになります。
そして、この
意味での
犯罪の
重大性というのは、要は、
通信の
秘密ですとか
プライバシーの
権利を制約しても、その事実を解明し、
犯人を処罰すべき
必要性が認められるかどうかということによって決まるわけですから、それは、単に
罪名とか
法定刑だけで判断されるというものではありませんで、その
犯罪が
国民の
権利利益を侵害する
程度が大きいかどうか、そういう
観点から決定されるべきものだというふうに思います。
その
観点から見ますと、今回
拡大された罪は、いずれもそれに見合ったものであると言うことができると思います。
暴力団によって、その意に沿わない
一般市民の
生命身体に対して
危害が加えられる
事案というのはもちろんですけれ
ども、多数の
一般市民の老後の蓄えを奪うような振り込め
詐欺の
事案、さらには
児童の心身にはかり知れない
危害を及ぼす
児童ポルノの
組織的な製造、
提供事案などが、侵害される
権利利益の
程度、
重大性という点から見て、現在、
通信傍受法に定められている、例えば
組織的な
薬物の
密売事案と比べた場合に、
重大性に劣るということは到底言えないだろうと思います。その
意味で、現在定められている
犯罪に匹敵する
重大性というのは認められるだろうというふうに考えます。
そして、この
意味で、重大な
犯罪が
対象であるということを明確にするために、
法案では、「あらかじめ定められた
役割の
分担に従って行動する人の
結合体により行われるもの」という、いわゆる
組織性の
要件を付加しております。
部会の
議論では、こういった
要件を付加しなくても、数人
共謀の
要件と
補充性の
要求を満たす場合というのは、これは
組織によって行われるものに限定されるのだという
意見もございました。実際のところはそうなのかもしれませんが、しかし、そうであるという保証はありませんので、それを明らかにするためにこの
要件を入れたという
経緯がございます。
他方で、この
要件だけでは不十分だという
意見もありました。もっと
組織性、例えば
指揮命令系統等も含めて
要件を立てるべきだという考え方もありましたが、しかし、今この
法案で定められている
要件というのは、
捜査機関として
傍受令状を請求する時点で疎明ができるぎりぎりの線を規定したものですから、これ以上のことを
要求しますと
傍受制度自体が機能しなくなるということになりますし、また、単発的に行われるような軽微な
事案を外すという点からは、今の
要件で十分であろうというふうに考えております。
以上のように、今回の
対象犯罪の
拡大は
憲法に適合したものだと言えると思いますが、その上で、次の問題は、
現行法が四
種類の罪に限定しているということとの
関係で、
対象犯罪を
拡大することに果たして
合理性があるのかということです。
現行法上、
対象犯罪が今の四
種類の罪に限定された
理由ですが、それは御承知のように、その
経緯を見る限り、四
種類の罪以外にも
通信傍受が有効な
犯罪は考えられるものの、
通信傍受の
導入について
反対論が非常に強かったということもありまして、その当時、特に
導入の現実的な
必要性が高いとされたものに限定された、それが
経緯です。それは、今の四
種類の中に
集団密航が含まれているというような点によくあらわれているわけでして、その当時、現実に
必要性が高かったというものに限定したということです。
そうであるとしますと、その後の
犯罪現象の変化を踏まえて、それに匹敵するだけの
必要性が認められるものに
対象犯罪を
拡大するということは十分に
合理性が認められるはずですし、実際にもその
必要性はあるというふうに考えます。
以上が第一の点です。
続いて、
通信傍受の
手続の
合理化、
効率化の方に移ります。
現在の
通信傍受は、
通信事業者の
施設で、
事業者の
立ち会いのもとにリアルタイムで行う形になっております。このことが
捜査機関それから
事業者双方にとって大きな
負担となっているということが
部会での
ヒアリング等でも
紹介されました。そして、
負担が大きいということだけであればまだしも、そのことが
通信傍受を実施することに対する事実上の障害になっているんだということも指摘されております。
例えば、深夜に
傍受を行うということを考えてみますと、これは
立会人を確保するという
観点から困難だということは容易に想像がつくところですし、ましてや二十四時間体制で
傍受を行うというのは事実上不可能であろうと思います。また、
通信事業者の
施設で行うということになりますと、
傍受を行う場所の
準備ですとか、
立会人を確保するというためには、一定の
準備期間がどうしても必要になります。そうしますと、緊急に
傍受を行う必要が生じたという場合であっても、それには対応できないということになるわけです。
そうだとしますと、これまでは、本来
傍受できたはずの
犯罪関連通話が
傍受できないままに終わっていた例が少なからずあったものと予想されます。しかしながら、
傍受の
必要性があり、かつ
法律上の
要件が備わっているにもかかわらず、事実上の
理由から
傍受が実施できないというのは適当ではありませんから、それに対しては何らかの対処をする必要があります。また、
捜査機関あるいは
通信事業者の負っている
負担自体についても、これは解消できるものであれば解消するのが
合理的ですから、その点から今回の
改正案が考えられたということになります。
そこで、今回の
改正案ですが、こういった問題を解決するために、大きくは三つの点で新たな
傍受の
仕組みを設けております。
第一に、一時的保存の
仕組みをつくりまして、リアルタイムではなく、保存したものを事後的に再生して聞くことができるという形も取り入れました。第二に、
通信事業者から
通信データを送信し、
通信事業者の
施設ではなくて、
捜査機関の
施設で
傍受することができるという形を取り入れております。そして第三に、特定電子計算機、特定装置を用いることにより、
立会人なしの
傍受を可能としております。
この三つの点が新たな
仕組みになるわけですが、こういった新たな
傍受の
仕組みを
導入したことについては、それぞれに問題となり得る点がございます。
まず、一時的な保存の
仕組みですが、これについては、
傍受令状で
傍受すべき
通信を特定しているにもかかわらず、無
関係な
通信まで含めて全てを
傍受することを認めるというものであって、これは
憲法三十五条に違反するのではないかという
意見があります。
しかしながら、一時的に保存された
通信というのは暗号化されて記録されているわけでして、その段階では、
捜査機関はもとより、
通信事業者もその内容を知ることはできません。
通信の
秘密であれ
プライバシーであれ、その内容が知られるのでなければ、
憲法三十五条の規制を及ぼすべき
権利侵害があるとは言えませんので、一時的保存の場合における
傍受というのは、令状に記載された
傍受すべき
通信で言うところの
傍受には当たらず、したがって、それが
憲法三十五条が規定する特定性の要請に反するとは言えないという整理になるだろうと思います。
これが一つ目です。
次に、
通信データを送信して、
捜査機関の
施設で
傍受ができるようにした点についてですが、このことについては、そのこと自体によって法的な問題は生じません。ただし、その過程で
通信が漏えいする可能性があるという事実上の問題がありますが、これは、確実なセキュリティー対策をとることによって解決すべき問題です。
想定されているものは、多分、専用回線を使うということですから、そこから漏れるおそれというのは少ないということでしょうし、また、今回の
改正案では、
通信データの送信に際しては暗号化がなされて、それを復号することは、
捜査機関にある特定電子計算機でしかできないということになっております。したがって、仮に送信の過程で漏えいがあったとしても、その内容が知られることはありませんので、その点での対応はできているということになります。
これが二点目です。
第三の
通信事業者による
立ち会いをなくすことについてですが、これについては、これによって不適正な
傍受がなされるのではないかという懸念が表明されております。
これについては、そもそも、
現行法のもとで
立会人にはどのような
役割が期待されていて、それが今回の新たな
仕組みによって代替し得るかということが問題となります。
立会人の主たる
役割は、
通信の外形的な
状況についてチェックをするということです。具体的には、一つ目として、
傍受のための機器を接続する
通信手段が
傍受令状により許可されたものに間違いないかどうか。それから二つ目が、
傍受令状により許可された
傍受ができる期間とか時間等が遵守されているかどうか。三つ目として、
傍受すべき
通信か否かの該当性判断のための
傍受、いわゆるスポット
傍受が適正な方法でなされているかどうか。四つ目として、
傍受をした
通信について全て録音がなされているか。この四つの点ですね。これがチェックの
対象になるということです。
このことが、今回取り入れられることになる新たな
仕組みによって代替できるのかということですけれ
ども、まず、一つ目と二つ目の点については、新たな
仕組みのもとでは、まず、
通信事業者の方で、
傍受令状によって許可された
通信手段を用いた
通信を、許可された期間内において、リアルタイム方式であればそのまま、一時的保存方式の場合であれば一旦保存した上で、
捜査機関側にある特定装置に送るということになりますから、
通信事業者自身によって、この二つの点の適正は担保されているということになります。
それから、四つ目についても、特定装置において、
傍受した
通信は全て自動的に記録されるように設定されておりますので、この点も代替し得るということです。
それから、三つ目のスポット
傍受のチェックについては、直接にこれにかわる機能はありませんけれ
ども、
傍受の経過が全て記録されますので、それが適正に行われたかどうかが事後的に検証可能です。この事後的に検証可能であるということがスポット
傍受に関する適正担保の
中心を占めますから、
立会人がいる場合と本質的な部分で違いはないと言うことができます。
立会人のもう一つの
役割は、
傍受の終了後に、裁判官に提出する記録媒体を封印するということです。この封印の趣旨というのは、記録の改ざんを防いで、
傍受が行われたか否かを事後的に検証できるようにするということにあります。
これについても、先ほど申し上げましたように、新たな
仕組みのもとでは、特定装置が、
傍受をした
通信の全てと
傍受の過程を、自動的に、かつ暗号をかける形で改変できないように記録するということになりますから、これは封印にかわる機能を果たし得るということになります。
もっとも、
立会人を廃止することに対しては、今申し上げたこととは別に、
立ち会いというのは、人の目があることによって
捜査機関が違法行為を行いにくくするという事実上の効果があるんだ、
立ち会いをなくしてしまうとそれが失われてしまうではないかという批判があります。
こういった
立ち会いによる事実上の効果というのは、現行の
通信傍受法が
立ち会いの機能として予定したものではありませんけれ
ども、
立ち会いがそうした機能を持つこと自体は、そのとおり、あろうと思います。
そうしますと、その上で、
立ち会いをなくすことによってこういった抑止効果がなくなるということをどう考えるかということが問題になるわけですが、そもそも、ここで
立ち会いによって抑止が想定されている違法行為とは一体何なのかということを考えてみる必要があるだろうと思います。
まず、新たな
仕組みのもとでは、そもそも、現在、
立ち会いによって抑止されると想定されている違法行為自体が想定できなくなる場合があります。例えば、
傍受期間の不遵守というのは、先ほどの
仕組みだと、もともと
通信事業者の方で限定した形で保存ないしは送るわけですから、そういう方向ではなくなるわけですね、そもそもそれはできなくなる。
それから、違法行為をしても無
意味な場合というのもあります。例えば、二重に
通信を
傍受する形にするというのは、特定装置の機能によってそれはできなくなりますから、こういう方向はそもそもない、できなくなる、無
意味になるということですね。
それで、問題はそれ以外の部分、例えばスポット
傍受を行わないで無
関係な
通信を
傍受する、こういったものが考えられるわけですが、これも、先ほど申し上げましたように、
傍受をした
通信の全てと
傍受の経過が自動的に記録されて事後的に検証可能である以上は、その過程で
捜査機関が違法行為をすれば当然に発覚することになりますから、そのことが抑止効果として当然働くだろう、ですから、それは、
立会人がいないという場合であっても、抑止効果はこれによって十分に働くであろうと思います。ですから、事実上の抑止効果というのを考えたとしても、それは新たな
仕組みのもとで十分それに代替し得るものがあるだろうということです。
以上のとおり、新たな
仕組みのもとでは、先ほど挙げました三つの
改正点それぞれの問題はいずれも解決できるというふうに思います。そういった理解のもとに、
部会でもこれについて合意が得られたということです。
もちろん、こういったことは、暗号化ですとか、あるいは特定装置が想定どおりに機能するということを前提としますので、当然そこが担保される必要があるわけですけれ
ども、例えば特定装置については、これはあらかじめ仕様書が公開されるというふうに伺っていますので、その段階で、その装置が正常に機能するかどうかということは検証されることになるでしょうし、さらに、
改正法案のもとでは、こういった新たな
仕組みを使った
傍受を認めるかどうかも裁判官の
審査対象になりますから、それを通じて装置等の適正さが担保されるということになるだろうと思います。
以上で終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました。(拍手)