○赤嶺
委員 日本共産党の赤嶺政賢です。
私
たち日本共産党は、
国民の多数は改憲を求めておらず、改憲のための
憲法審査会を動かす必要はないと考えております。したがって、
地方公聴会についても反対の
立場をとらせていただきました。
まず指摘しなければならないことは、
憲法と
日米安保との矛盾が頂点に達しようとしていることです。
安倍政権は、昨年七月、
集団的自衛権行使の容認を初めとする
安全保障政策の大転換を
閣議決定したのに続いて、先月二十七日、
日米間で軍事
協力の指針、ガイドラインの改定に
合意しました。
改定ガイドラインは、従来の
日本防衛、周辺事態を大きく踏み越えて、文字どおり地球
規模で、さらには宇宙、サイバー、武器輸出に至るあらゆる領域で
日米が軍事
協力を推し進める方針を明記いたしました。具体的な
日米協力については、新たに設置する同盟調整メカニズムを通じて、平時から有事に至るあらゆる段階で
日米が共同して
対処する方針を明記しました。
軍事
協力に障害となる従来の
憲法解釈は投げ捨て、これまで許されないとしてきた戦闘
地域での後方支援、さらには機雷掃海などの
海外での
武力行使に該当する活動にまで公然と踏み込もうとしているのであります。
現行憲法の
もとで、一体なぜこのような改定が許されるのでしょうか。
そもそも、
日本国憲法は、戦後の
日本の出発点であります。ポツダム宣言を受諾し、過去の侵略戦争に対する反省を踏まえ、
政府の行為によって再び戦争の惨禍を起こさないことを宣言し、
憲法九条に戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認を明記したのであります。
ところが、
アメリカは、米ソの対決構造が強まる
もとで、戦後初期の対日方針を転換し、
日本再軍備へとかじを切りました。朝鮮戦争の勃発を契機として、朝鮮半島に出動した米軍の空白を埋めるためとして、マッカーサーの指令によって警察予備隊が創設され、保安隊を経て、一九五四年に自衛隊は創設されました。その後の自衛隊の育成、増強は、米軍の任務を肩がわりする形で進められてきたのであります。
歴代
政府は、自衛隊の違憲性を言い繕うために、自衛のための必要最小限度の実力組織は
憲法に違反しないと弁明してきました。ところが、九〇年代以降、
アメリカの新たな対日要求につき従って、ペルシャ湾への掃海艇派遣を皮切りに、九条を踏みにじって自衛隊の
海外派兵に道を開き、その後、国連PKO法、周辺事態法、テロ特措法、イラク特措法など、
海外派兵立法を次々と押し通してきました。
今度は、時限立法ではなく、米軍を初めとする多国籍軍支援の恒久法をつくり、いつでもどこでも自衛隊が切れ目なく米軍の戦争に加担し、支援活動を行おうというものであります。戦後、歴代
自民党政権が推し進めてきた米軍戦争支援
国家体制づくりの集大成ともいうべきものであり、到底許されるものではありません。
しかも、安倍
首相は、
国民と
国会にその内容を示してもいないのに、この夏までに成就させることを
米議会で宣言したのであります。新たな対米従属宣言と厳しく指摘しなければなりません。
憲法の規定が一切変えられない
もとで、なぜこのような法整備が許されるのか。安保条約の規定が一切変えられていない
もとで、条約の性格を一変する法整備がなぜ許されるのか。
国民主権、
基本的人権の
尊重、恒久
平和主義という
憲法の
基本原則を根底から覆すこうした
現実の動きにこそ、
国会は目を向けるべきであります。
また、沖縄に対する安倍政権の反民主的な態度はあからさまです。
議会制
民主主義において、
選挙は民意を示す重要な手段です。この一年間で何度も示されてきた、沖縄県民の新基地ノーという明らかな民意を気にもかけない態度で、米国で、辺野古が唯一の解決策と
確認し、宣言する。安倍
首相はどこの国の民意を背負っているのか。これが
政府のやることでしょうか。
辺野古に関する強硬な態度には、沖縄県民だけでなく、今や全
国民が疑問を感じています。最近の世論
調査でも、各紙で、
政府の
対応や辺野古移設に批判が上回る結果が出ています。
今、改めて、
憲法と
民主主義の価値が沖縄で問われています。
沖縄は、一九七二年に祖国復帰を果たすまでの二十七年間、米軍占領下に置かれ、
憲法も
人権も自由もないままでした。一九六五年三月、占領下の立法院において、住民の祝祭日に
憲法記念日を加えようとの
発議が行われました。その趣旨説明では、
憲法記念日を設け、
憲法の我が沖縄への適用を期して闘うことは、二十年にわたる
アメリカの支配を打ち破り、祖国復帰をかち取る道に通ずるものでありますとされており、全会一致で可決されました。沖縄の
憲法記念日は、
日本国憲法の適用外にあった沖縄が、平和
憲法の
もと、祖国復帰をかち取る闘いの記念日として制定されたものです。
祖国復帰に県民が何を求めたか。初の公選主席で沖縄返還の
課題に取り組んだ屋良朝苗主席は、
政府に提出を用意していた建議書に、次のように述べています。
アメリカは沖縄に、極東の自由諸国の防衛という美名の
もとに、排他的かつ恣意的に膨大な基地を建設してきました。基地の中に沖縄があるという表現が実感であります。百万の県民は、小さい島で、基地や核兵器や毒ガス兵器に囲まれて
生活してきました。それのみでなく、異民族による軍事優先政策の
もとで、
政治的諸
権利が著しく
制限され、
基本的人権すら侵害されてきたことは枚挙にいとまがありません。県民が復帰を願った心情には、結局は国の平和
憲法の
もとで
基本的人権の保障を願望していたからにほかなりません。
県民の願いは、昔も今も同じ、軍事に命や
生活を脅かされることのない、自然豊かな平和の島として発展することです。この一貫して続く変わらぬ願いが、現在の辺野古新基地建設反対運動を沖縄県全体に広げ、保守も革新も超えたオール沖縄をつくり、支える原動力となっています。
平和に生きたいという願いは、
現行憲法の精神そのものであり、普遍の真理であるからこそ、そのような県民に暴力的な牙をむく
政府の抗議弾圧、基地推進のやり方に、全国や国際的にも批判が集まってきています。安倍
首相の、当事者の沖縄県民を置き去りにして米国と約束してくるやり方、
政治姿勢は、
日本の
民主主義制度を根底から脅かし、
憲法の核心を骨抜きにするものです。
今日問題にすべきは、
憲法の上に安保体制があることそのものです。沖縄県民も
国民も、
日本国憲法の諸
原則に反するこれらの現状に批判を強めています。
国会は、
憲法の諸
原則と社会、
政治との乖離を追及し、
憲法に引き戻す
役割を発揮すべきです。
以上です。