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和田参考人 国立精神・神経医療研究センターの
和田と申します。
私は、本来医者ではありますが、長年研究職として、
薬物依存について、特に、
日本の
薬物はどういうものが誰によって使われているのか、あるいは世界的にはどうなのかというようなことを
中心に調べてきました。
その
経験をもとにして、本日、二点について少し提案させていただきたいと思います。提出させていただいた
資料が皆様のお手元におありかと思います。それをごらんになりながら、聞いていただければと思います。
まず、二番目のスライド、紙でいいますと一枚目の下ですが、そこには、各国の違法
薬物の生涯
経験率というものが載っております。
なぜこれを載せたかといいますと、これは非常に重要です。実は、今問題になっております
危険ドラッグというものは、これは世界的な問題です。
日本の状況だけで物事を考えると大変なことが起きるというのが私の考えです。
生涯
経験率と申しますのは、違法な
薬物をこれまでに一回でも使ったことがある国民の割合です。皆さん、どうでしょうか。これをごらんになって、びっくりされると思うんですね。例えば、少々古いんですが、アメリカでは何とそれが四七%です。
日本だけです、二・九%。最近の値では、アメリカは四八%です。
日本は二・五%です。これが世界状況なんです。
しかも、そのパーセントのほとんどが実は大麻の
経験率であるということを見てください。
現在、
日本では、
危険ドラッグ、いろいろな種類がありますが、かなりのものが合成カンナビノイドと言われている種類のものです。これは、
基本的には大麻に近い成分だと言われています。
これを見ますと、生涯
経験率が高い国というのは、
基本的には、見方を変えますと、そういう
薬物の入手性が安易、高いということなんです。比較的簡単に
薬物が手に入る状況だということも言えます。となってきますと、この大麻の
経験率が高いところでは、合成カンナビノイドを買わなくても、大麻が比較的容易に手に入るんです。これは、現実、そうです。
アメリカでもこの問題は非常に問題になっておりますが、州によりましては、いわゆる大麻を全て解禁した州もございます。しかし、そういうところでは、いわゆる
日本で言う
危険ドラッグが一部問題になっています。救急搬送される例がふえているんです。
これはどういうことかといいますと、そういうところでも、大麻を買えるのは成人だけなんですね。ですから、その救急搬送される方は、ほとんど十代です。要するに、手に入らないからいわゆる
危険ドラッグ。要するに、脱法の問題なんです。ですから、
危険ドラッグに間違いないんですが、本質は脱法性にあると思います。そういう現象が世界的にも起きているということです。
ここで
日本のことを考えていただきたいんですが、
日本は、これを見ると、世界に誇れる
薬物の非汚染国、筆頭です、ナンバーワンです。これは自慢していいことなんです。しかし、今ここで大変なことが起きている。その裏には、ある意味で
日本のアキレス腱と私は言っていますが、二つの大きな問題があると思います。これは後ほど説明します。
日本では、これまで大麻には関心があったけれども、捕まりたくないということで、手を出せなかった若者がいっぱいいます。その一方で、これまで大麻を使ってきたけれども、捕まりたくないから脱法に切りかえたという
方々もいっぱいいます。その両方が、実は今この脱法ドラッグに殺到しているというのが現状だと思います。
ということで、
日本では
薬物の入手が非常に難しいということがありますから、世界の中でこういう
薬物を合成しているところは、
日本を最大の市場と狙っているといううわさもあります。これが現状です。この大前提のもとで、これから話をさせていただきたいと思います。
二
ページです。スライドの三番をごらんになってください。
私自身、いろいろなところから、どうして早く法
規制しないのかという質問を受けます。ここで、法
規制するための手順を確認したいと思います。
その三番目のスライドですが、真ん中のブルーのところを見てください。
薬物の検出、要するに同定。それから順番に行きますけれども、出発点は一番上です。どうも怪しいものがあったときには、どういう
薬物が入っているのかということをはっきりさせる必要があるんです。実は、これは大変な作業でして、高額の機器を用いて、どういう化学構造式かということを推定するんです。推定した上で、その下に行きます。
実際に、その
薬物の標品、
標準品と言っても構いませんが、それを合成するんです。合成した上で、もう一度もとに戻って、確かにその
薬物だったのかという照らし合わせをします。その結果、終わった後に、その
標準品を用いて、薬理作用の評価試験です。動物実験、細胞を使った実験。そういうことで、データをとって初めて左の方の法
規制の審議ができるわけです。
ところが、この一連の操作、非常に大変です。特に、
日本の場合には、弱いのは
標準品の提供です。これは合成し直してつくらなきゃならない、新しい
薬物をつくらなきゃならない、これが大変なんです。なかなか法
規制の審議ができない現状ですね。
さらに、その
標準品を
検査機関に提供してこそ初めて
検査機関でもその
薬物を検出できる。だから、高額な機器を買えばうまくいくのかといえば、そうじゃありません。その高額な機器を動かすためには、
標準品の提供ということが不可欠です。
日本の場合には、この真ん中の一連の流れが非常に弱いと私は考えております。国、あるいは地方自治体、あるいは我々の独立
行政法人、ぱらぱらとやっているところはありますけれども、それを全体としてうまく統合してやっているかというと、非常に私は疑問を持ちます。
実は、世界じゅう、この問題で困っております。アメリカには、NIDAと申しまして、国立の
薬物乱用研究所というものが昔からあります。私も二十五年前はお世話になりましたが、その当時でも、博士号を持っている研究者が百二十人を超えておりました。そういうところでこういう一連のことを全てやって対応しているんですが、
日本には全くこれがうまく整っていない。この
検査体制をまずきちんと考える必要があると思っています。
そこで、一つの方法として、次の四番目、合成カンナビノイド簡易検出システム、これは我々のところで開発したんですが、合成カンナビノイドというものを一網打尽で検出できないかという方法です。
これは、カンナビノイドというのは、頭の中のCB1受容体という、そういう作用を起こす場所が決まっております、そこの細胞をつくりまして、何らかの
危険ドラッグが発見されたときに、その細胞に添加する。添加することによって、カンナビノイドであるならばそれが発光する、それによって作用しないものは光を出さない。そういう細胞をつくりました。そうしますと、化学構造式がわからなくても、合成カンナビノイドであることがわかるわけです。まずこれで網をかけてみてはどうかというのが一つの提案です。
三
ページ目に行かせていただきます。三
ページ目の上です。
まず、全ての
検査の流れの前に、合成カンナビノイド簡易システムを導入して、まず合成カンナビノイドかどうかをチェックしちゃおう、そこでひっかかったものは、少し時間がかかってでも、どういう化学構造式のものかということをきちんと調べていこう、こういうシステムをやはり考えていく必要があると思います。これは、特に私は思うんですけれども、水際にとって極めて重要なことではなかろうかと具体的に考えております。
続きまして、
治療の話に移らせていただきます。
治療と申しますと、なぜ
治療が必要か。これは、
薬物依存症というものは、精神保健福祉法に定義されている精神障害の一つです。簡単に言うと、これは
治療を優先させる必要があります。
それともう一つ、
薬物問題というのは、これは、末端の使用者にとりましては、少々言葉が妥当かどうかわかりませんが、
社会的な伝染病だと私は考えています。
かつて
日本は、
日本じゅうシンナー遊びで大変だった時代があるわけです。今では考えられません。どこに行ってもシンナーでした。その当時は、なぜシンナーに手を出すかという話になりますと、七五%の方が、友人、知人、
仲間に誘われて始めたということです。要するに、伝染病なんです、
人間による伝染病です。
そういう意味では、
薬物に手を染めている
方々、この
方々を減らす、
回復させる、要するに、再
乱用防止対策です。これをきちんとやっていくことが絶対に必要です。車の両輪だと思います。
乱用防止、再
乱用防止、この二つがきちんといかないことには、
薬物問題はなかなかいい方向にはいかないと思います。
六番目のスライドです。
そこで、
日本の医療状況を見た場合に、毎日といいましょうか、一日当たり、
全国の
精神科の
病院には三十一万人の方が
入院しております。ところが、その中で、仮に
覚醒剤に絞った場合、何と、
覚醒剤で
入院している方は全体の〇・二%にすぎないということです。七百人いないんですよ。
しかも、
精神科の
病院自体、千六百以上あります。驚くことに、その
うちのわずか四
施設、
病院全体でいいますと〇・二%、そこの
病院に全
覚醒剤患者の一二%が集中しているんですね。これはすごい偏在です。要するに、
薬物関連患者を見てくれる
病院がほとんどないという現状です。
次に行かせてください。四
ページです。
それでは、その
薬物依存症者はどこにいるのか。これは、簡単に言いますと、刑務所です。
毎年、刑務所には三万人弱の新入所者が入ります。そこに示してありますが、罪名で一番多いのは窃盗です。ところが、二番目に多いのは覚せい剤取締法違反なんですね。
実は、その覚せい剤取締法違反と申しますのは、これは少々ほかのものと違いまして、その方がいわゆる売人ないしは組織暴力団員じゃない限りは、
基本的には、初犯の場合には執行猶予です。刑務所に入りません。となってくると、ここにお示ししました入所受刑者の割合、これは現実的には初犯の方じゃないんです。要するに、
覚醒剤をやめ切れずにまた捕まった人なんですよ。
また捕まった人というのは、これは
薬物依存症の方なんです。
日本の場合には、
薬物依存症者は
病院に行っているのではありません。刑務所に行っているんです。
そこで、それ自体問題ではあるんですけれども、その下の図です。実は、その一方で、刑の一部執行猶予という法案が既に通っております。これは二年以内に実施されることになるわけですが、これまで、懲役三年という判決を受けた方がいたとしましょう。今度、新しいシステムですと、懲役三年、
うち一年を三年間の保護観察つき執行猶予とする、そういう判例が出ると言われています。そのイメージ図がそこに書いたとおりなんですが、要するに、懲役は三年なんですが、最後の一年はもう
社会に出る、出す、
社会に出して、保護観察つきの執行猶予とする、そういうことなんですね。
これの対象者は恐らく年間数千人はいるだろうと推定されているようです。こうなってきますと、この
方々を誰が見るんだ、受け皿がどこにあるんだという話です。
当然、
最初は保護観察所でやるわけですが、保護観察とかあるいは執行猶予というものは法的な期限が必ずついています。どこかで期限が終わります。終わったときに、それで全て終わりなのかというと、それはまずいわけでして、きちんと地域の医療、精神医療に軟着陸させていく必要があるわけです。となってくると、その医療の重要性というものは、ここでも問われるわけです。大変な問題だと思います。
ということで、五
ページ目です。
私なりに、どうやって対応するか、我が国にとって何が必要かということを少し、前から考えております。
一つは、正しい知識。これは今さら言うこともありません。「ご
家族の
薬物問題でお困りの方へ」という小冊子が厚労省から出ております。これは、私自身も携わっておりますが、非常にうまくできていると思いますので、御
家族にそういう方がいる、いないにかかわらず、あらゆる方にやはり読んでいただきたい。
二番目は、
基本的には、地域医療、
社会復帰対策、これをきちんとやるべきであろう。
三番目は、これはなかなか変な言葉なんですが、ハビリテーション的入寮
施設という、聞いたことがないと思うんですが、これについて少し触れたいと思います。
その前に、その下にあります、俗にこれはSMARPPと言われるものです。
薬物依存症には
治療薬がありません、特効薬がありません。かといって、医療というものは何もしなくていいかということではありません。私
たちは、苦労しながら、そこで考え出したのが
薬物依存症者に対する認知行動療法という、まあ、心理療法です。その例が十番目のスライドです。
一回から十六回、毎週一回これを受けようとして、同じく
薬物依存から
回復しようとする
方々、五、六人から十数人に集まっていただいて、毎回そのテキスト、ワークブックと言いますが、読み合わせながら、
自分の場合にはどういうときに
薬物を使ったのか、どういう気分のときに使ったのか、誰がいるときに使ったのか、そういうことを話し合いながら、
自分にとって
薬物を使うきっかけとなっているのは何であるか、そういうことをみんなで個々に考えて話し合う。実際にそれが特定できたら、今度は、それを避けるように実行してみる。その繰り返しです。そういうことを実際にやっていきましょうという、認知行動療法的な
治療法を開発しました。
次の
ページに移ってください。
例えば、
人間の
薬物の記憶です。暑い夏の夕方、暑いな、疲れたな、そこで大概の方は生ビールを飲んで、ああよかった、こういう
経験を持ちます。そういう
経験は消せません。記憶は消せません。しかし、考えと行動というものは、
人間は変えることができます。こういう考えに基づいてつくられたものです。
とにかく、これは導入が少々難しいんですけれども、これまでこういうものを使う前は、
薬物依存だけで
病院に通いましても、特効薬がありません、薬が出るわけじゃありません。ですから、三カ月もたつと、
基本的には六割—七割の方が
治療を脱落です、来なくなります。ところが、新たにこのSMARPPを導入しますと、逆転しました。四カ月たっても六割—八割の
方々が継続して
病院に通い続けている、やめようとしている。これだけで相当の影響力があると見ています。
ということで、同じようなことは、御
家族の方に対しても我々はつくっております。六
ページの下がそうです。
また、七
ページに移ります。
地域でこれを何とかやる、
回復体制をつくろうということで考えるわけですが、まず
医療機関、外来医療、
入院医療。ここでもワークブックを使った認知行動療法、SMARPPといいますけれども、それをやはりどんどんやるべきであろう、そうしないと
病院はふえない。と同時に、
病院の場合には、診療報酬を何とかしないことには
病院の数はふえません。対応する
病院をふやす必要があります。
それともう一つ、地域といいますと、
全国には精神保健福祉センターがあります。これは、各都道
府県ないしは政令指定都市には必ずあります。今六十九あると思います。そういうところでも、このワークブックを使った認知行動療法を実際にやってしまう。
これまでも精神保健福祉センターは、地域のかなめとして、
薬物問題の
相談の窓口になりなさいということになっていました。ところが、実際に
相談を受けても、あなたの場合にはこの
病院へ行った方がいいですよと
紹介する先がなかったわけです。それならばそれで、その精神保健福祉センター自体がそこでSMARPPを展開する、認知行動療法を展開する、そういうことが一番手っ取り早い方法だと思います。
ということで、
病院をふやす、精神保健福祉センターの強化をする、さらに、民間リハビリテーションセンター、
自助グループと
連携をとる、そのあたりをきちんとやっていただきたいと思います。
それから、最後になりますが、ハビリテーション的入寮
施設ということです。これは、
治療共同体と申します。
八
ページの上をごらんになってください。
入寮者は、
全員このピラミッド構造の
人間関係の中に入れられます。一番下は
治療導入期です。
全員が
仕事を持ちます。イメージ的にわかりやすいように、厨房の
写真を載っけました。厨房の
仕事をした人は、十人くらいが一つのグループになりまして、みんなで皿洗いをやります。そうしますと、その上のレベルの人が指導者になって、きちんと
仕事をできるようにする。それをどんどん繰り返して、いろいろな条件をクリアすると、上のレベルに上がります。上のレベルに上がりますと、これは責任性がふえます。下の
人間の面倒を見る責任性がふえます。と同時に、実は自由もふえます。一番下では、外に出ることができません。しかし、上に行くと外にも出られる。外泊もできる、外出もできる。
そういうことをやりながら、七
ページに戻りますけれども、簡単に言いますと、自由が欲しければ義務と責務の重要性を学べということなんです。要するに、
社会の生き方、過ごし方をここでもう一度訓練し直すということです。
実は、この
治療共同体が、世界の
薬物依存からの
回復の標準なんです。アメリカには二千以上これがあります。実は、アメリカには
薬物裁判所という
薬物事犯専用の裁判所があります。そういうところでは、刑務所に行かせるのではなくて、その人に合ったこういう
治療共同体に法的命令で行かせる、単なる刑務所ではなくて、
治療のためにここに行きなさいという、ドラッグコートといいますけれども、そういうものがメーンになっております。そういうものが可能になったのも、この
治療共同体が二千以上あるからです。
ところが、残念ながら、
日本には何もありません。
先ほどの
病院の数にしても、そうです。徹底的に
社会資源が欠けております。このあたりを何とかしないことには、車の両輪として、再
乱用はうまくいきません。
ということで、私は、せっかく機会をいただきましたので、常々考えてきたことを述べさせていただきました。
最後に、九
ページになりますけれども、この
薬物問題というのは、
乱用、
依存、中毒という三つの側面があります。本日はここまで説明する時間はありませんが、医療だけで解決するわけではありません。教育だけでもだめです。取り締まりだけでもだめです。ただし、
日本は本当に世界に誇るべき
薬物の非汚染国です。これを変えるポテンシャルを持っているのが、現在の
危険ドラッグだと思います。
ということで、本日、私が提案しました
検査体制強化、医療
体制の強化、この二点をぜひ何とか御検討いただければと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)