○
参考人(
川出敏裕君) 東京大学の
川出でございます。本日は、本
委員会におきまして
意見を述べる
機会を与えていただきましたことに感謝いたします。
私、大学では刑事訴訟法と刑事政策を教えておりますが、
少年法はこの両者に関わる分野でありまして、
研究を続けてまいりました。
少年法の
改正との関係では、平成に入ってから、平成十二年、十九年、二十年と三回の
改正がございまして、今回の
改正法が成立すれば四回目となるわけですが、そのいずれにつきましても、その基となった要綱案を
審議しました法制
審議会
少年法部会に幹事又は
委員として
関与をいたしました。
そこで、本日は、今回の
改正法案がこれまでの一連の
改正との関係でどのように位置付けられるのかという観点を中心としまして、
改正法案に対する
意見を述べさせていただきたいと思います。
さて、今回の
改正法案ですが、大きくは、
国選付添人制度及び
検察官関与制度の
対象事件の
範囲を拡大する
部分と、いわゆる
少年刑の見直しの
部分に分けられます。これまでの
改正との関係でいいますと、前者はそれらの延長線上にあるものであって、後者は新たな視点からの
改正と言えるかと思います。
そこで、まず前者の
部分から
意見を申し上げます。
この
部分は、
国選付添人制度と検察
関与制度の
対象事件を死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪という同じ
範囲に拡大するというものでして、この
改正法案の提案理由
説明でも一緒に扱われておりますので、言わば両者がセットになった形で提案されているように見えます。
実際、法制審におきましても、特に
検察官関与の
対象事件を拡大する根拠としてそのような主張がなされました。しかし、私自身は、この二つは本来別個のものであって、両者はひとまずそれを切り離して、それぞれに
対象事件を拡大する必要性と合理性があるかを
考えるのが筋であるというふうに
考えております。
具体的には、まず
国選付添人制度の方ですけれども、これが初めて
少年法に導入されましたのは平成十二年の
改正でして、
検察官が
審判に
関与した場合に限られておりました。これは、
検察官が
関与する以上は、言わばそれに対抗するものとして
少年側にも
弁護士である
付添人を付ける必要があるという
考え方に基づくものです。しかしながら、
付添人が必要である場合というのは
検察官が
関与した場合に限られるものではないということから、平成十九年の
改正でその
対象事件が拡大することになったわけです。
ただし、その際も、国費で
付添人が選任されて、例えば
非行事実を争うような
事件において
検察官が
関与できないのは不均衡であるという理由から、その
範囲が
検察官関与が認められる
事件とされたという経緯がございます。
ですから、平成十二年
改正はもちろんのこと、平成十九年
改正においても、
国選付添人制度の
範囲というのは
検察官関与と関連付けられていたということなのであるわけですが、しかしながら、この平成十九年
改正の出発点といいますのは
検察官が
関与しない
事件であっても
付添人が必要な場合があるということであったわけですから、そもそもその
対象事件を
検察官が
関与できる
範囲に限定する必然性はなかったということになります。
そうである以上は、それ以外の
事件でも国選付添いの必要性が認められるということであれば、その
範囲を拡大すべきだということになるのはある
意味で必然的な流れでして、今回の
改正案というのはそれがまさに
現実化したものであると言えると思います。
そこで、次の問題は、そうであるとしまして、どの
範囲までこの
対象事件を拡大するのかということですけれども、
国選付添人といいますのは、刑事
事件の国選弁護人とは異なりまして、それが必要と認めた場合に
家庭裁判所が裁量で選任するというものですから、
対象事件をそもそも限定する必要はないという
考え方も十分成り立ち得ると思います。
他方で、国費を投入するものである以上はそれに対して国民の納得が得られるものである必要があり、その観点からは、その必要性が類型的に高い場合に対象を限定する必要があるんだという
考え方もあり得るわけでして、
改正法案は後者の
考え方を取ったということだと思います。
そのように限定をするとしまして、じゃ、それをどの
範囲に定めるかというのが次の問題になるわけですが、これにつきましては論理的にこの
範囲だというものが出てくるわけではありません。
改正法案では、死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪ということになっておりまして、その
範囲にした理由としては幾つかのことが述べられております。私自身は、この被疑者国選弁護の
対象事件の
範囲と一致させる必要があるということが最も説得力がある理由ではないかと
考えております。
といいますのも、成人
事件と異なりまして
少年事件では全件送致主義が取られておりますので、被疑者
段階で
少年の弁護人となった
弁護士の方は、これは捜査
段階のことだけを
考えて弁護
活動をするわけでは決してなくて、その後の家裁での調査、
審判を見据えた弁護
活動をされるはずです。そうしますと、国選弁護人になった場合に、その
活動と
少年との関係というのが家裁へ
事件が送致されたことによって途切れてしまうというのは、やはり援助を受けている
少年の立場を
考えた場合に不都合な結果をもたらすと思われるからです。
以上の理由で、
国選付添人制度の
対象事件の
範囲を死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪に拡大する今回の
改正法案の
内容は妥当なものであるというふうに思います。
以上が
国選付添人制度の
対象事件の
範囲の拡大ですが、次は
検察官関与制度の
対象事件の
範囲の拡大についてです。
これに関しましては、法制審におきましても、
国選付添人制度の
対象事件を拡大する以上はそれに合わせて
検察官関与制度の対象を拡大すべきだという
意見が出されまして、それを反映する形でその
範囲が
国選付添人制度の
対象事件と一致することになったという経緯がございます。しかし、私自身は、そのような根拠というのは二次的なものであって、まずは
検察官関与というものが認められた根拠に遡ってその
対象事件を拡大する必要性と合理性があるのかを検討すべきだと思いますし、法制審でもそのような
意見を申し上げました。
検察官関与は平成十二年の
改正で導入されたものですが、そのときにその主たる理由として言われておりましたのは、
非行事実の
認定に関して多角的視点を確保するということと、
少年が
非行事実を激しく争うような
事件において
裁判官と
少年が対峙的な
状況になるのを防ぐということでした。この二つの根拠というのはあらゆる罪の
事件について妥当することですから、本来はその
対象事件を限定するということにはならないはずです。しかしながら、
検察官が
関与することによって
少年審判の在り方が変容してしまうという反対論がその当時強かったということもありまして、
対象事件が現行法に定められた一定の
重大事件に限定されたという経緯がございます。
そういう経緯であったわけですので、現行法の
対象事件に該当しない
事件であっても、
裁判所として
非行事実の適正な
認定のためには
検察官に
関与してもらいたいと
考える
事件が出てくるというのは、ある
意味では当然のことです。実際、今回の法制審においても、
裁判官の
委員から、例えば複数人による恐喝
事件でその関係した
少年の供述が食い違っているような場合、こういう場合についてはやはり
検察官に
関与してもらいたいというような
意見が出ておりました。そういう
意味で、
検察官関与の
対象事件を拡大する必要性というのは認められるのだろうと思います。
問題はその合理性があるかということでして、これは
検察官関与制度を導入する際に反対論から言われていました、
検察官が
関与することによって
少年審判が言わば
刑事裁判化してしまって、それによって
少年の改善
更生を図るという
審判の機能が害されるという指摘が果たして妥当しているのかどうかということに懸かってくると思います。
この
部分は、今、
岡本さんからも御
意見がありましたように、実務家の方によって評価が分かれるところだと思いますけれども、
改正後の運用の
状況を示した文献などから見る限り、
検察官が
関与した
事件でも
裁判所が主体となって
証拠調べを行うという点は特に変わっていないということですとか、あるいは、
関与した
検察官が訴追官的な
活動を行った事例は余りないんだというようなことが指摘されております。仮にこの指摘が正しいとしますと、当初懸念されていたような
検察官関与による弊害は生じていないということになりますので、その
対象事件を今回拡大したとしても問題はないということになろうかと思います。
その上で、それではそうであるとして、その対象
範囲をどこまで拡大するのかということが次に問題になるわけですけれども、これも一義的にこの
範囲までというのが出てくるものではございません。ただ、
一つの手掛かりとしては、平成十二年
改正前の廃案となった政府提案の法案においては、死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪という、今回の
改正法案と同じ
範囲で
検察官関与を認めるということが提案されておりました。この法案が出された
段階では、
検察官関与は
国選付添人制度とは切り離して
考えられていたものですから、それは純粋に
非行事実
認定のための必要性という観点からその
範囲の
事件が切り出されたというものです。
今回の
改正法案は、このことに加えまして、
国選付添人制度の
対象事件の拡大と合わせるという理由も加わった形で、先ほど述べましたような
検察官関与の
対象事件を拡大するというものだということになります。先ほど申し上げましたように、私自身は、この
国選付添人制度の
対象事件の
範囲の拡大に合わせるというのは二次的な理由であるというふうに
考えるべきだと思いますけれども、それも併せて、今回の
検察官関与の
対象事件の拡大ということについても理由があるものだというふうに
考えております。
続いて、もう
一つの
改正法案の柱である
少年刑の
改正について
意見を申し上げます。
ここには無期刑の緩和刑として言い渡される有期の懲役又は禁錮刑の上限の引上げという
部分と、
不定期刑の規定の見直しの
部分が含まれます。
不定期刑の見直しの中心的な
内容は、長期と短期の上限を十年と五年から十五年と十年に引き上げるという点にありまして、無期刑の緩和刑の上限の引上げは、これに
対応して、それとの均衡という観点からなされるものです。
その
意味で、この
不定期刑の長期の上限が十年から十五年に引き上げられるという点が今回の
改正案の出発点を成すものでして、その点をどう評価するかが
改正案全体の評価につながるものだと思いますので、以下ではこの点を中心に
意見を述べさせていただきます。
このような引上げをする理由としては、
少年が
被害者の生命を奪うという凶悪重大な
犯罪行為を行った場合などにおいて、
少年に対して無期刑を科すのは酷であるものの、五年以上十年以下の
不定期刑では軽過ぎるという事案があるということですとか、共犯
事件において、成人である犯人と
少年である犯人との間の刑の均衡を図るというようなことが挙げられております。
このうち後者の共犯
事件における処理の問題につきましては、そういった
事態というのは、
少年について成人よりも軽い刑が定められていること自体に伴うものであって、その
部分を改めない限りは、幾ら
少年に対する有期刑の上限を引き上げたとしても問題を解消することは不可能です。ですから、本質的な問題は前者の点にあると思います。つまり、成人の場合の有期刑の上限というのが平成十六年の刑法
改正によって引き上げられて三十年になっているということに鑑みますと、
被告人が
少年であることを考慮するとしても、上限が十年というのは無期刑との差が余りに大き過ぎるのではないかということです。
その結果として、
裁判官の立場から見まして、
少年の刑事責任を
考えた場合に、無期刑を科すほどではないけれども、しかし、有期刑とする場合にはその責任に見合った刑が現行法上存在しないという
事態が生じていたということになります。以前からそれを指摘した
裁判官執筆の論文が幾つかございましたし、先ほど
大久保さんから御紹介がありましたように、
裁判所の
判決の中でもそれを指摘する者が現れているわけです。
今回の
改正法案は、言わばこの開き過ぎた溝を埋めて責任に見合った刑を科し得るようにしようとするものでして、この点で妥当なものだというふうに
考えております。
もっとも、これに対しては、この
改正案は
少年に対するいわゆる
厳罰化であるということで批判をする見解がございます。確かに、この
改正によってこれまでは言い渡すことができなかった重い刑を言い渡すことができるようになるわけですから、そこだけを捉えて
厳罰化というのであればそうなのかもしれません。しかし、真の
意味での
厳罰化といいますのは、ある行為についての刑事責任をそれまでよりも一般的に重く評価する形で刑を引き上げることであろうと思います。
これに対して、今回の
改正案は、ある行為に対する刑事責任の評価が既存の法定刑の上限を上回っているという事例があるので、それに合わせる形で上限を上げるということですから、刑事責任に見合った刑を定めるものであって、刑事責任の重さの評価を引き上げるものではありません。その
意味で、厳密に言えば、それを
厳罰化というのは的を射ていないと思います。
さらに、こうした刑の引上げをしても
少年犯罪を抑止する効果はないから、そのような
改正はすべきではないという
意見もあります。確かに、刑を引き上げたから直ちに
犯罪の抑止効果があるわけではないというのはそのとおりだと思いますが、今申し上げましたように、今回の
改正案の趣旨は抑止ということにあるのではなくて、責任に見合った刑を科すことができるようにするということですので、この批判も妥当しないものであろうと思います。
さらに、もう一点、今申し上げたような
考え方に対しましては、そもそも
少年に対する
刑罰というのは
少年法の基本
理念である
少年の健全育成の観点から
決定されなければならないのであって、その
意味で成人に対する
刑罰とは質的に異なるものであるという
意見もございます。確かに、
少年の健全育成を図るという
少年法の目的は刑事
処分にも適用されるとされておりまして、例えば行為時十八歳未満の場合の死刑や無期刑の緩和、あるいは、さらには成人の場合よりも
刑期を短くした上での
不定期刑の
制度はその表れであると言えると思います。
しかしながら、それを超えて、
少年法によってそのようにして言い渡される懲役・禁錮刑の目的や性質そのものが成人に対する
刑罰とは異なるものとして規定されているとまでは言えないでしょうし、現在の量刑実務でもそのようには
考えられておりません。
少年に対する場合であっても、量刑の基本は行為責任であるわけです。そうであれば、
不定期刑の長期の上限を引き上げるという今回の
改正案はやはり妥当なものであるというふうに
考えます。
以上でございます。どうもありがとうございました。