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参考人(
晴山一穂君) 専修
大学の
晴山です。本日はよろしくお願いをいたします。
私は、
行政法という法律の一分野を
専門としておりまして、その中でも特に
公務員法を
中心にこれまで研究してまいりました。その
観点から、本日議題になっております
国家公務員法等の一部を
改正する
法律案について私の
意見を述べさせていただきたいというふうに思います。
レジュメを用意してありますので、それに沿ってお話をさせていただきます。
最初、1のところでありますけれども、現在、
公務員の
在り方をめぐって様々な議論がされているわけですけれども、私は、
公務員の
在り方を考える場合、次の
二つの視点を踏まえることが重要であるというふうに常々考えております。
その
一つは、我が国の最高法規である
日本国憲法の視点であります。
御承知のように、
日本国憲法は十五条の第一項で、「
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、
国民固有の権利である。」と、そして第二項で、「すべて
公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」と規定をしています。これは、言うまでもなく、明治憲法の下で戦前の官吏が
国民から遊離した、懸け離れた天皇の官吏であったということの反省の上に立って、
日本国憲法の
国民主権の原理を踏まえて、
公務員は全て一部の奉仕者ではなくて
国民全体に奉仕すべき存在であるということを定めたものであります。
戦前の官吏は、今言いましたように、専ら天皇とその
政府に奉仕すべきものとされておりましたため、官吏
制度の
在り方を決定するのは天皇の大権事項であるという、いわゆる任官大権というものが、そしてまた、官吏を任命するのも天皇の専権事項であるという、いわゆる任官大権が明治憲法十条で定められておりました。
これに対して、
日本国憲法は、今見た十五条の一項で、任官大権を否定をして、
公務員を選定、罷免することは
国民固有の権利であるということを定め、また二項で、全て
公務員は全体の奉仕者であるということの定めを受けて、これは憲法の七十三条四号の方になりますけれども、官制大権を否定して、
公務員制度の基本的内容は
国民主権に基づいて
国会が法律で定めるというふうにしたわけであります。
以上のように、現行憲法下の
公務員は、一党一派のためではなく、
国民全体のために奉仕すべき存在であること、そして
公務員の地位は究極的には
国民の意思によってのみ成立するものであるという、この
二つのことが
日本国憲法の定める
公務員像にほかならないということでありまして、このことは明治憲法の天皇主権から現行憲法の
国民主権への
転換の当然の帰結ということができるわけであります。
それから、(2)のところですが、
公務員制度を考えるに当たってのもう
一つの視点は、
公務員制度の歴史を踏まえた上で現在における
公務員の役割をどう考えるかという視点であります。
この点で非常に
参考になるのがアメリカの
公務員制度の歴史であります。すなわち、かつてのアメリカでは猟官制という
制度が取られていました。これは、簡単に言えば、大統領
選挙で
政権が替わるごとに大量の連邦
公務員を更迭するというものであります。アメリカでは早くから二大
政党制が発達するわけですけれども、その下で、ある
政党の大統領が当選すると、その
政党の支持者を
公務員に任命する。そして、次の
選挙で別の
政党の大統領が当選をすれば、これまでの
公務員を更迭をして、新たに勝利した
政党の支持者で入れ替えるというのが猟官制の基本的な仕組みであるわけです。これはある意味では
民主主義の究極の形態というふうにも言えるわけで、実際アメリカではそういう理念で出発をするわけですけれども、官職を得るために
政治家と癒着をするなど行き過ぎた猟官運動が広がる中で、次第に当初の民主的な理念を失って腐敗の度を強めていくという歴史をたどります。
他方で、これはまたその腐敗の問題とは別でありますけれども、
公務員の担う職務内容そのものが当初の比較的単純な職務から複雑高度で
専門的な職務へと時代とともに大きく変化をしていき、
選挙のたびに大量に入れ替わるような
公務員によってそれを担うということはもはや不可能になってきます。こうした時代背景の下で、アメリカでは長い歴史を経て猟官制から成績主義への移行が進められることになります。
成績主義というのは、党派的立場によってではなく、
公務の担い手としての客観的な能力や資格を備えているかどうかを基準に
公務員の任用を行うというものであります。ここでは、
公務員は時の
政権の支持者として
政権のために尽くすのではなく、
政権交代のいかんにかかわらず、自らの
専門的能力を踏まえて永続的な立場に立って
国民全体のために尽くすことにその基本的な役割があるということになるわけです。
こうしてアメリカでは長い時間を掛けて猟官主義から成績主義へと
転換することになるわけですけれども、現在の
日本の
公務員制度は、まさにこうして確立したアメリカの
公務員制度に範を取って、
日本国憲法の制定に伴って戦後つくり上げられたものにほかなりません。その特色を一言で表現すれば、民主的でかつ科学的な
公務員制度であるということに集約できるのではないかと私は考えております。
次に、
レジュメの2のところでありますけれども、以上のように憲法の視点と
公務員制度の歴史という視点を踏まえるならば、現在の
公務員という存在は、一党一派に奉仕するのではなく、自らの
専門的能力や資格を踏まえて
国民全体に奉仕すべきものであるということになるわけですが、それでは一体、このような
公務員の役割を踏まえた上で、
政治部門である
内閣と
官僚、
公務員の
関係ですね、いわゆる政官
関係というものをどのように考えたらよいのかということが次に問題となってくるわけです。
この点については、議院
内閣制の下では当然のことながら
公務員は最終的には
内閣の意思に従わなければならないということは、これは当然のことであります。しかし、重要なことは、そのことを踏まえた上で、日常の職務遂行において
公務員が全体の奉仕者としての役割を最大限発揮できるようにすること。
具体的に言えば、
内閣や上司の言うことに盲目的に従うのではなく、常に
行政の
専門家としての立場から自らの
意見を述べ、それを
政策の決定や執行
過程に反映をさせていくこと、そして、
政治部門である
内閣はそれをできるだけ尊重した上で、その上で最終的には
内閣の責任で
政策を決定、執行する、こういう
関係が
日本国憲法の下での政官
関係の望ましいやり方ではないかというふうに私は考えております。
そうしますと、このような
公務員の役割を十分に発揮できるようにするためには、少なくとも次の
二つのことが必要になると考えられます。
その
一つは、
公務員がみだりにその身分を脅かされない、とりわけ
政治部門によって身分を左右されないというための身分保障であり、もう
一つは、
人事行政の公正中立を確保するために
政府から独立した存在としての
第三者機関であります。この
二つは現代の
公務員制度の最も重要な柱であり、憲法の定める全体の奉仕者を実現するための不可欠の前提であると考えられます。
以上が、前置きということが長くなってしまいましたが、そこで
レジュメの3に入ります。
以上の点から今回の
法案を見ますと、今私が最後のところで挙げた
二つのいずれの
観点から見ても重大な問題が含まれているのではないかというのが私の率直な
意見であります。
まず第一に、
幹部職員の
人事管理の一元化でありますけれども、
法案では、
内閣総理
大臣の委任を受けた
内閣官房長官が
幹部職についての
適格性審査を行った上で
幹部候補者名簿を
作成をし、任命権者である各
大臣が
内閣総理
大臣、
内閣官房長官と協議して
幹部職員の任命を行うというふうにされているわけでありますが、ここで問題となるのは、果たして
内閣官房長官が、各府省にまたがる
幹部職員あるいは各
大臣が推薦した者について、正確で客観的な
適格性審査ができるのかという点であります。
審査は、各
大臣の
人事評価を基本にして、
幹部職に係る標準職務遂行能力の有無を確認するということにされていますけれども、現行の標準職務遂行能力を見てみますと、これ自体が非常に抽象的な内容にとどまっていますので、
内閣官房長官がどういう具体的な基準に基づいてどれだけ公正な
審査ができるのか、大きな問題となってくるというふうに思われます。
また、
審査に当たっては、
政府全体の
人事方針と整合性が取れているかを確認するというふうにされておりますけれども、
政府全体の
人事方針は誰がどういう手続で定めるのか、また、その時々の
内閣の都合で恣意的な
審査に陥る危険性はないのか、十分な検討が必要かと思われます。
それから、
二つ目の問題は、
幹部職員の降任について、その要件を弾力化し、任命権者の裁量で降任できるような規定が盛り込まれている点であります。
この点は、
幹部職員も含めて全ての
一般職
公務員に対して与えられている現行国公法の身分保障の
原則を
幹部職員について除外するということを意味しておりまして、現行国公法の基本
原則、身分保障の
原則に風穴を開けることになりかねないか、非常に私は危惧をしております。
そして最後に、第三として、
内閣から独立した
人事行政機関である
人事院に関わる問題であります。
今回の
法案の大きな特徴は、これまで
人事院が持っていた様々な
権限を
人事院から
内閣に移すという点にあります。この点については、これまで議論されてきていますように、労働
条件とも関わって、
級別定数の設定、改定に関する
権限が非常に大きな注目を集めて議論されているわけですが、私はそれだけではなくて、あるいはそれ以上に、採用、任免、研修といった
人事行政の重要な柱を成す分野において
人事院の
権限を
内閣に移し、それに伴って、これまで
人事院規則で定められてきた事項を政令事項とするというふうにされていることであります。
先ほど述べましたように、
内閣から独立した第三者的な
人事行政機関の存在、現行でいえば
人事院の存在というものは、
人事行政の公正中立性、ひいては
国民に対する
行政そのものの公正中立性を確保するための不可欠な要素を成すものであり、それは単に独立した
機関が存在するというだけでは不十分であり、それに対して十分な
権限と役割が与えられていることを必要とするものであります。この点で、今回の
法案における
人事院の
権限、役割の縮小には、
人事行政の公正中立、そして
国民に対する
行政そのものの公正中立が形骸化しないか、大きな危惧を感じるものであります。
このほか、労働基本権の問題等、
法案にない問題も含めて様々な問題があるというふうに私は感じておりますが、今回の国公法
改正法案そのものの中身については、以上述べました三点が非常に検討事項として重要な問題を含んでいるのではないかということを再度指摘をしまして、私の
意見とさせていただきます。
審議の
参考にしていただければ幸いです。
ありがとうございました。