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参考人(
建部正義君) お手元に五枚から成るレジュメが届いていると思います。それに即しながら説明したいと思います。
この
調査会の名称は、
デフレ脱却、
財政再建ということなんですけれども、私の今日の報告、報告といいますか説明は、基本的にまず金融の問題について、あるいは金融の立場から
デフレ脱却という問題をどう考えるべきか、それについて
発言させていただきます。もちろん
財政についても私なりに
意見を持っておりますけれども、その点については
質疑の中で私なりの
意見を述べさせていただく、そういう形にしたいと思います。
それで、レジュメの一ですけれども、これは量的・質的
金融緩和政策の内容を黒田さん自身の講演に即して整理しました。これは既に御承知のことということですので説明は省略させていただきます。
ただ、確認しておきたいのは、一の③、「わかりやすい
金融政策」のうちの
二つ目の柱ですけれども、量的な緩和を行う場合の指標としてマネタリーベース、マネタリーベースというのは上の方に説明しておきましたけれども、
日銀券発行高
プラス市中
銀行保有
日銀当座預金残高、これを足し合わせたもの、これは、従来、
日銀は金利を指標として
金融政策をやっていたわけですけれども、昨年の四月四日以降、量的指標に
政策的な指標を変更している、この点を後の議論との関連で確認しておきたいと思います。
それで、よく誤解されていることなんですけれども、黒田
日銀総裁下の量的・質的
金融緩和というのは、グローバルスタンダードにやっとたどり着いたんだ、
世界標準に即したそういう
金融政策がなされているという
意見が多いんですけれども、私に言わせるとそうじゃなくて、まさに
世界の
中央銀行がやったことのない新しい歴史的な実験、それが進められているんだ。
このこと自身、そうですね、昨年の九月あるいは十一月頃から黒田さん自身が講演の中で明確に
発言するようになりました。二、三拾っておきましたけれども、一ページ目の一番下ですね、昨年の九月二十日、きさらぎ会において黒田さんはこういうことを言っています。二ページ目に入りますけれども、量的・質的
金融緩和は、
中央銀行にとって主たる
政策手段である短期金利の引下げ余地がなくなる中で、予想インフレ率を引き上げる、予想インフレ率を引き上げるというのはこれは
世界最初です、という
世界的にも過去に例のない問題に対する挑戦です。それから、十月十日のブレトンウッズ
委員会インターナショナル・カウンシル・ミーティングではこういうふうに言っています。同じ内容ですけれども、量的・質的
金融緩和は、名目金利の引下げ余地がなくなる中で、予想
物価上昇率を引き上げるという
世界的にも過去に例のない、どっちにも「
世界的にも過去に例のない」、こういう
言葉が出てきますよね。この点をしっかり押さえていただきたいというふうに思います。
じゃ、どの点で新しいのかというと、これもニューヨークでの十月十日の講演ですけれども、こういうふうに説明しています。
日本では、予想インフレ率は二%の
物価安定の目標と比べて低過ぎる水準にありますので、これを引き上げる余地が十分にあります。このとき、名目金利を予想インフレ率の上昇よりも小さめの上昇に抑制することができれば、その分だけ実質金利を低下させることができます。この実質金利の低下によって設備
投資や個人
消費が刺激されることで景気が押し上げられ、実際の
物価も徐々に上昇していくと
期待できます。そして、実際の
物価上昇はインフレ予想の上昇にもつながります。
つまり、思い切った量的緩和をやって予想インフレ率を引き上げる、予想インフレ率が上がるということになれば名目金利も上がるじゃないか、そうしたら元も子もなくなるということで、年間五十兆円程度の長期国債を
日銀が買い取る、そういう形で名目金利は低く抑えるんだ、そうすると、この中にも出てきますように、実質金利が下がるだろう、実質金利が下がれば設備
投資も個人
消費も増えるはずだ、そういう形で
デフレが
脱却できる。まさに、予想インフレ率に働きかけるという
意味で、繰り返しになりますけれども、
世界に例のない、そういう
金融政策が取られているんだと。
そうすると、次の問題は、
アメリカだって量的緩和
政策やっているじゃないか、黒田さんのやっているのと同じというふうに考えられないかということですが、この点も私に言わせると誤解されていまして、バーナンキがやっていた、バーナンキもう替わりましたけれども、バーナンキがやっていた、あるいは現在FRBがやっている
政策というのは金利に対する働きかけなんですよね。予想インフレ率に対する働きかけではありません。
ちょっと長くなりましたけれども、バーナンキがビジネススクールで四回連続の講演をやった、それが
日本語に翻訳されているんですけれども、連邦準備制度と金融
危機、非常に明快なことを言っております。
諸君は通常の
金融政策については知っていると思います。通常の
金融政策はフェデラルファンズ金利、これは
日本でいうコールレートのことですね、通常の
金融政策はフェデラルファンズ金利と呼ばれるオーバーナイトの金利の管理を必要とします。短期金利を上げたり下げたりして連邦準備はより広範な金利に影響を与えることができます。そして、それが次に
消費支出、住宅の購入、
企業による設備
投資などに影響を与え、それらが
経済の生産に対する
需要を提供し、
成長への回復を刺激するという点において役に立つのです。これは伝統的な
金融政策の中身ということで、まさに金利
政策ですよね。
ところが、
アメリカの場合、もうやっぱりゼロ金利という、そういう限界に到達するわけで、本質的には、二〇〇八年十二月までにフェデラルファンズ金利は基本的にゼロまで引き下げられた。それ以上引き下げられない。どうするかということで、それで、マスコミでは、その下の部分ですけれども、マスコミでは量的緩和、英語で言うとクオンティタティブイージングですけれども、むしろバーナンキは、その
言葉は使いたくないんだ、私としてはLSAP、ザ・ラージスケール・アセット・パーチェシズ、大規模
資産購入と言う方が適切なんだ。
大規模な
資産を購入するとどういう
効果を持つのかというと、下の四行ですね。では、これはどのように機能するのでしょうか。より長期の大規模な、しかも長期の国債を買い入れるということで、より長期の金利に影響を及ぼすために、連邦準備は国債の大量購入を実施し始めました。国債を購入して我々がバランスシートに計上し、これらの国債の入手可能な供給を減らすことによって我々はより長期の国債の金利を実際に引き下げたんだ。
アメリカでやっている量的緩和というのは、実質的には金利
政策なわけですよね。短期金利はもう限界に達した、ゼロという限界に達した。長期金利を引き下げますよ、そういう
政策を我々はやったんだという、こういうことであります。
話が戻りますけれども、ですから、黒田さんがやっている現在の量的・質的
金融緩和というのは、誤解はされていますけれども、
アメリカと同じものではないんだという、そこを強調したいわけです。
そうすると、黒田さんの場合は
期待インフレ率に働きかけようというわけですから、そういう
政策というのは
経済学的に考えてどういう位置付けになるのかということで、
二つほど他の人の
発言の引用を取っておきました。
一つは、白川さんが昨年の三月十九日に退任記者会見されたときにこういうふうに
発言されています。
期待に働きかけるという
言葉が
中央銀行が
言葉によって
市場を思いどおりに動かすという
意味であるとすれば、そうした
市場観、
政策観には私は危うさを感じます。もう辞められたもので、白川さんの
発言というのは無視されがちですけれども、私に言わせると、こういう非常に重要なことを言っていたんだということになります。
それから、慶応大学の池尾さんですけれども、池尾さんというのは非常にキャッチフレーズを作るのがうまいなという、後の方で出てきますけれども、気合さえ入れれば信じてもらえるというのは、信仰の表明ではあっても、到底ロジカルな主張だとは言い難い。
期待に働きかける、そういう
金融政策のことを、気合さえ入れればそれで事が済むのかと、そんなものじゃないだろうというふうに言っているわけですね。私もまさに池尾さんの言うとおりだというふうに感じます。
それで、問題は、
期待に対する働きかけという
金融政策がうまく機能しているということであれば特に異論を唱えることもないわけですけれども、その次は、今年の一月二十四日付けの
日本経済新聞の記事です。
日本経済新聞はこの間、一貫してアベノミクス、あるいはその一環としての黒田総裁が進めている
日銀の量的・質的
金融緩和政策、これを擁護するといいますか後押しする、そういう記事が目立ってきました。ところが、その日経新聞でもこういうふうに言わざるを得なくなっているわけですね。
順調に見える
物価改善は
円安の恩恵が大きい。野村証券の試算では、去年の十一月ですね、十二月は一・三%になっていますけれども、十一月の
物価上昇率は一・二%だった。そのうち〇・七%分は
円安に伴う
エネルギー価格の上昇による
効果だ。
円安と公共
投資頼みの
物価回復では持続力に欠ける。
民間予測平均の一五年度、来年度ですね、一五年度、二%の
物価上昇を実現する、
日銀が目標年度にしている、それが一五年度ですけれども、
物価上昇率は一%弱にとどまり、
日銀の二%程度に及ばないとの見方は根強い。実は
日銀調査統計局も
物価の先行きを慎重に見ている。右肩上がりの改善を終え、夏にかけて、今年の夏ですね、夏にかけては一%前半程度で
物価上昇率が推移する、そういう高原状態に移るだろう。
こういうふうに問題を整理してくると、理論的にも
期待に働きかける
政策というのは非常に危うさを含んでいると同時に、
実態に照らしても必ずしもうまくいっていないんではないか、そういうことになります。
そこで、いよいよ
デフレについての話ということになりますけれども、問題は、
デフレは
貨幣的な
現象なのかということですよね。
貨幣的
現象であるということになれば、これは
日銀の責任ですよ、こういうふうに話が進むわけで、
金融政策何とかしろ、こういうことになります。
安倍さん、あるいは黒田さんですけれども、安倍さんの
発言は首相になった後のものです。それから、黒田さんのものは総裁になる前のものですけれども、安倍さんは
デフレは
貨幣的
現象だと明確に言い切るわけですね。黒田さんはちょっとトーンが違いますけれども、
デフレ脱却の責任は
日銀にある、要するに
日銀の
政策次第で
デフレは
脱却できるよ、そういうことになるわけですけれども、じゃ、こういうことですよね、
日銀は
経済が必要とする
お金を必要なだけ十分に供給しなかった、だから
デフレが起こっているのかと、そういうことになります。
ところが、これも事実を調べてみれば分かる話で、まず
日銀券の流通量ですよね。例えば、
経済の
世界ではヘリコプター
マネーという
言葉があります。
日銀がヘリコプターで空から
お金をまく、それを
国民が拾ってそれを
消費に充てる、その場合には
日銀券の発行量あるいは発行高、これ
日銀が決めるというふうに言えますよね。だけども、
企業だとか家計は、自分たちが市中
銀行に持っている預金を解約して
日銀券を手に入れるわけですよね。クリスマスだ、年末、お正月だということになると手元に現金が欲しい。市中
銀行に行って窓口から現金を下ろして、それで小売店なら小売店で使いますよ。小売店は余った
日銀券を市中
銀行に持ち込んで預金にする。こういう形で
日銀券が流通しているわけで、これもやや誤解が多いんですけれども、
日銀券の流通量は
日銀ではなく
企業、家計がその決定者であって、
日銀は出ていく
日銀券については受動的に対応するしかない。
大体、今、
日銀券はどの程度流通しているんだということですけれども、これ、四月四日が量的・質的
金融緩和の発表された時点ですから、昨年の三月末の数字を取ってみました。八十三兆円ですね、八十三兆円。これを
国民一人当たりに直しますと、私もいつもびっくりするんですけれども、約六十五万円です。こういう
状況で、
日銀券が不足だ、あるいは
日銀が必要な
銀行券を発行していないなんてとても言えませんよね。
それから、
日銀当座預金について見ても同じです。白川さんの時代にも
金融緩和措置が相次いでとられていました。私に言わせると、もうその時代から
日銀はじゃぶじゃぶと言えるほどの当座預金を市中
銀行に供給してきたんだ。
準備預金制度というのが我が国にはありまして、法律上、必要準備というのが決められています。法定準備は八兆円ですけれども、それに対して
日銀が供給している準備預金というのは五十三兆円。四十五兆円も超過するという形で供給しているわけですね。ここからも、
日銀が必要な
貨幣量を供給しない、そのために
デフレが起こっているなんてことはとても言えませんよ。
その後、また白川さんの
言葉ですけれども、マネタリーベースと
物価との
関係を調べてみると、マネタリーベースは増えているけれども
物価はちっとも上がらないじゃないか、
貨幣数量説、あるいはマネタリストが言っていることと
日本の現実とは相応しませんよ、そういうことを言っています。
そうなると、一体
デフレの本当の
原因は何なんだということになります。これも最近随分論調が変わってきたなと思うんですけれども、
日銀の審議
委員の佐藤さんという方がいらっしゃいます。昨年の二月六日の講演ですけれども、こういうふうに言っているんですよね。
日銀の現役の審議
委員ですよね。それにしても
日本はなぜ十数年もの間、
デフレから抜け出せないのであろうか、その主因は賃金にあると考えている。もう時間がありませんので、ずっと下の方に行きますと、したがって、
物価安定の目標である二%の
消費者
物価上昇率を目指すには、とにもかくにも賃金の回復が重要である。現役の審議
委員がこういうふうに言っている。
それから、吉川洋東大
教授ですね、小泉さんの時代の
経済財政諮問会議の
民間議員でしたけれども、この人が昨年、「
デフレーション」という本を出しました。非常に評判を呼んだ本ですけれども、そこでもこういうふうに書かれているわけですね。最後のページに行っていただいて、二行目、なぜ
日本だけが
デフレなのかという問いに対する答えは、
日本だけで名目賃金が下がっているからだ、はっきりとこういうふうにこの本の中で断定しているわけです。
それから、黒田さんでさえ、昨年の、これはたまたま五月二十三日の記者会見の中身を取り上げましたけれども、何度か記者会見で同じことをおっしゃっています。黒田さんでさえ、二%の
物価安定の目標は、
消費者
物価の対前年比上昇率が二%という水準に達するということを目標としていますが、まあそこまでは
金融政策で持っていけるよという、そういう
意味が含まれているのかもしれませんけれども、とにもかくにも、その持続的な達成は、賃金や
雇用も改善する、言わば生産、
所得、支出とのバランスの取れた改善が続かなければ容易ではない。黒田さんでさえ、
金融政策だけじゃなくて、やっぱり賃金も
雇用も改善しないと
デフレの本当の克服にはつながらない、こういうふうに考えているんだと思います。
その次に、先人の箴言ということで、私はマルクス
経済学者なのでマルクスから引用しておきましたけれども、資本主義的生産様式における矛盾、商品の買手としての
労働者たちは
市場にとって重要である、しかし、彼らの商品の売手としては、資本主義社会はそれを最低限の価格に制限する傾向を持つ。
つまり、賃金というのは、
企業から見るとコストであると同時に自分の商品を買ってくれる
需要の側面を持っているわけですね。両面持っている。ところが、コストということを重視する余り賃金を下げちゃった、
デフレになったよと。それはそうですよね。
日本では個人
消費の比率はGDPの六〇%です。そこの部分を下げちゃうわけですから、当然
物価が下がる、
デフレになるということになるわけで。ケインズも合成の誤謬という
言葉を使っておりまして、要するに個々の
企業が合理的、つまり賃金を下げるということですね、個々の
企業が合理的に行動したとしても、
経済全体としては、ケインズの
言葉で言うと有効
需要ですよね、有効
需要が減っちゃって不況になっちゃうよ、そういうことを合成の誤謬というふうに呼んでいます。
最後の結論ですけれども、ですから、結局インフレターゲティングを今
日銀がやっているわけですけれども、賃上げターゲティングという、そういう
方向に
政策転換する必要があるんではないかと。ただ、その賃上げターゲティングということになると、もう
金融政策から離れます、
政府の広い
意味での
経済政策の一環ということになるわけで。じゃ、賃上げ、どの程度かといいますと、これは
日銀が試算しているんですけれども、
消費税率が三%上がった場合、
消費者
物価はどの程度上がるかというと、二%程度だろうと。そうすると、この分を埋め合わせてなお賃上げが必要ということになると三%以上という、そういう数字が出てくるんではないかと。
財源というのは、これも最近ではいろいろあちこちで言われていますけれども、大
企業の
内部留保は二百七十兆円もあるよ、そのうち現預金、これは
中小企業も含んだものですけれども、現預金は二百三十兆円もあるでしょう。
そうすると、
日銀は何もしなくてもいいのかと。もちろんそういうわけではありません。さっきFRBのLSAP
政策を紹介しました。私に言わせると
金融政策の王道は金利
政策にあるわけで、ですから長期金利に働きかける、そういう
意味で
金融政策は依然として有効であるし、
日銀はそういう
政策を取るべきである、こういうふうに考えております。
以上です。