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参考人(
三野進君) おはようございます。
公益社団法人日本
精神神経学会の
三野と申します。
本日は、このような場で
発言する
機会をいただき、厚く御礼を申し上げます。
悪質で無責任な危険
運転の結果、あってはならない痛ましい人身
事故があり、将来ある子供さんや多くの
方々の命が奪われました。改めて哀悼の意を表しますとともに、このような
事故をなくし、無責任で危険な
運転がどれほど重大な結果に至るのかを国民に認識していただくために本
法案が提起されているということを念頭に置いて
発言をさせていただきます。
本
法案の第
三条第二項の、
自動車の
運転に
支障を及ぼすおそれがある
病気として
政令が定めるものと
規定された
病気について、精神科医として、また精神科医
団体の総意をお伝えしたく、
意見を述べさせていただきます。
病気について、
道路交通法の
運転免許の欠格の例に倣うと本
法案ではされております。私どもが配りました
資料の六にございますが、
道路交通法では、精神疾患としては、統合失調症、躁病、うつ病を含む躁うつ病、これを私
たちは気分障害と呼んでおりますけれども、この二つの精神疾患が欠格として挙げられております。
簡単に二つの
病気の
症状と経過を説明させていただきます。
まず、統合失調症についてですが、多くは思春期、青年期に発病し、一生でこうした
状態になる率はおよそ百人に一人、厚生労働省の調査では現在治療中の方だけでも八十万人と、決してまれな
病気ではございません。失調症という表現は、一時的に調子が、崩したという
意味であって、回復の
可能性を示しております。
症状の発現には、何らかの脳の機能障害と心理
社会的なストレスなどの相互作用が関与していると考えております。まとまりのない精神の内容が、現実とは異なった形を取って幻覚や妄想となることがあります。なお、この幻覚や妄想は、甲状腺の
病気や膠原病など内科の
病気でも認められることがよくあります。
病気の初期や途中の経過で強い興奮を示すことはございますが、長期間続くものではなく、
薬物療法などの治療によって改善いたします。
早期に適切な治療を行うことによって多くの患者さんが回復しております。
次に、気分障害、その大部分を占めるうつ病について説明いたします。
気分を調節する脳機能の障害で起きるもので、患者
自身は、憂うつな気分、興味や喜びの喪失が長く続いて苦しみます。周囲の方から見れば、全体のエネルギーが低下し、仕事の遂行にも大きな障害が出るといった変化が目に付きます。このうつ
状態と反対の躁
状態が交互に現れる障害をかつては躁うつ病と呼んでおりましたが、現在ではこれらを含めて気分障害として治療を行っております。
気分障害は誰であっても発病する
可能性の高い疾患でございます。特にうつ病は壮年期に好発するために、働き盛りの
方々の
社会生活に大きな
影響を与えます。我が国における患者数は近年増加傾向にあり、百万人を超えます。一旦は回復しますけれども、再発する方が多いのも事実です。なお、うつ
状態は心疾患や糖尿病などの内科の
病気で、その経過中に一割から二割に見られる頻度の高い
状態像です。
法制審議会の
議論の最初から、この第
三条二項の
政令で定める
病気はこの二つの精神疾患が
対象となる予定とされています。仮にこの
議論を認めるとしても、第
三条第一項の酒気帯び、
薬物による
影響による危険
運転と同列に扱われることになり、これらの
病気にある、統合失調症や気分障害にある人は危険
運転に至る
可能性がほかの
病気より高いということを
前提としていることになります。
しかし、結論を先に申し上げますと、これは医学的には
根拠がなく、誤りであります。このことは、精神科医の大部分で構成する我々
精神神経学会、また精神科医療に関係するほぼ全ての医療
団体で構成する精神科七者懇談会でも
議論に
議論を重ね、同じ結論を得ております。
精神疾患患者が危険
運転を起こしやすいという統計的な事実もありません。警察庁の
資料でも、
平成十九年から五年間の
死亡事故総数二万五千に対して統合失調症に起因する
死亡事故は僅か三件であります。てんかんを含めた
一定の
病気に起因する
交通事故も七百一件であり、行政処分総数が数十万件に及ぶのに対して僅か〇・〇二%でございます。調査方法の限界もあろうかと思いますけれども、健常者と比べて
事故に至る
可能性は高いとは言えないということは明らかであります。また、精神疾患と
交通事故との関係を示す医学的な評価もありません。
それでは、なぜこの二つの
病気にある人が
運転免許の欠格となっているのでしょうか。その
理由は二〇〇一年の
道路交通法改正に遡らなければならないと思います。
二〇〇一年、政府障
害者対策本部の方針により、あらゆる国家資格で精神病者などの差別的な呼名をやめるという指令に従い、
道路交通法も改正されました。それまで絶対的欠格であった精神病者は幻覚の
症状を伴う精神病などと再
規定されて、障害の
程度によって交付を判断される相対的な欠格となりました。
本来ならば
政令で
運転に
支障を及ぼす
症状や
状態を具体的に示すべきなのですが、
道路交通法の
政令では逆に病名を
規定し、幻覚を伴う精神病は統合失調症であるとされました。当時、私
たち精神神経学会と当事者
団体あるいは日弁連は、特定の病名に基づく
免許の制限は、障
害者の
社会参加や差別解消という観点からも不適切である、医学的にも正当性がないと再三申入れを行いましたけれども、受け入れられることはありませんでした。
私どもがお配りしております
資料の六を御覧ください。
道路交通法の施行令では、この下の方になります、三十
三条二の三となりますが、精神病は統合失調症であると明記されております。しかし、どのような
症状が
運転適性に欠けるか明らかにされておりません。統合失調症にある方が原則として全て欠格であるかのような表現を取った上で、例外的に
免許を与える条件を、ちょっと長くなりますが申し上げます、
自動車の安全な
運転に必要ないずれかにかかわる能力を欠くこととなるおそれがある
症状を呈しないものと、極めて難解な表現を取っております。
誰かが
病気になったときに数多くの
症状は出現します。その結果、不眠や疲労こんぱいの
状態になって安全な
運転に
影響を及ぼす
可能性はあります。例えば、インフルエンザになると四十度の熱が出て、このときは
運転することはとても危険です。インフルエンザは誰もがいつかかるか分からない
病気です。健康な者でも、いつも正常な
運転をしていても、いつ
運転能力を失うか分からないのです。精神疾患でも全く同じです。同じ構造であるにもかかわらず精神疾患の患者だけ重い
注意義務が課せられているのは一体なぜでしょうか。
この
道路交通法の欠格
規定の
在り方は、精神疾患にある人は危険な
運転をするに違いないという
偏見と差別に基づいていると言うしかございません。
道路交通法改正以来既に十二年が過ぎますけれども、公の場でこれらの二つの
病気が
欠格事由であることが医学的にも
交通事故対策からも妥当なものなのか一度も検討されたことはございません。この問題が放置されたまま本案の
病気として
政令で定めるものという
規定が出てまいったわけでございます。
さきの
衆議院法務委員会でも、この
規定が特定の
病気への差別を助長し、
範囲を拡大することになるのではないかという懸念があるという問いに対して、大臣や政府
参考人からは繰り返し、
病気として定めるものという
規定は特定の
病気を指すものではない、
道交法の
病気の例を
参考として、その
症状に着目しているので相当
程度具体的なものである、過度に
対象が広がることはないという御
答弁をいただいております。しかし、例に倣う肝心の
道交法では、少なくとも精神疾患については、危険
運転に至る
症状を特定しておらず、実証的にも医学的にも全く
根拠がございません。
病名を特定することにこだわる余り、危険な
運転をする
可能性のある真の
症状を
対象とすることを避け、適正な
運転能力のある大多数のこの二つの
病気の人を危険
運転の
可能性があると想定しているわけでございます。
精神疾患のみならず多くの
病気の中で、特に病名を挙げて、危険
運転に至った場合に重い
刑罰を科すためには、
法律の中で、その
病気のどのような
症状が危険
運転に至るのか、具体的な特定をする必要があります。そうしなければ、悲惨な
事故をなくすために本条項が存在するという目的が果たせなくなります。
病気の
症状に着目するという本条項の
趣旨を周知徹底すると谷垣大臣も
答弁いただきました。
衆議院法務委員会の
附帯決議でもそれが強調されております。しかし、国民の受け止め方はいかがでしょうか。
お
手元の
資料の十一を御覧ください。本
法案が衆議院の本会議で可決された翌日の朝日新聞の記事でございます。
本
法案が可決された経過、
狙いについて説明した後に、下の側に、新たな
罰則の
対象病名は、発作を伴うてんかん、重度の眠気を催す睡眠障害と並び統合失調症などを想定とあり、
病気としてまさに特定されております。
症状は書かれておりません。これは、記者の方が
理解が足りないのではなく、この第
三条二項の定める
病気という表現が、あるいは
道交法の書き方が、
病気を特定する以外に表現する方法がないんだと、そう思われます。この条項が
病気として定めると書かれている限り、国民の誤解は続き、当該患者の不安と不利益は増すだけでございます。
統合失調症、気分障害の患者は、現在治療を受けているだけでも優に二百万人を超えます。病から回復した方を含めればその倍に上ると思われます。これらの人の大部分は、
運転適性を持ち、日常生活と就労に欠かせない手段として
自動車運転をしております。
病気を例として特定するものであれば、この
方々が納得し得る合理的な説明と
根拠が必要となるだろうと思います。
もう一つ大事なことがございます。本
法案で
規定される罪刑は全て、悪質な
運転であることへの
故意犯でございます。
故意の
犯罪でございます。
政令で定める特定の
病気であることの認識と、おそれがある
状態の認識、この二つが必要となります。
法制審議会でも
指摘されておりますけれども、
病気に対する認識のない者は本罪は
適用されません。定期的に通院していなければ、
病気に対して認識のない者には本罪は
適用されません。
病気による
影響の本罪は
適用されないわけです。真面目に通院し服薬されている患者にとっては、こんなに不公平なことはございません。
我々医師の経験でも、精神疾患に限らず、危険な
運転に陥りやすい
病気の
状態というのは、まだ治療に至っていない
病気の初期の
状態であったり、あるいは
病気の
状態であるのにそれを否認し、治療を中断するなど不安定な治療関係にある人
たちです。その人
たちにこそ安全
運転が望まれるわけでございます。
病気の認識をしていなければ本罪は
適用されないということが周知されれば、
自動車運転に従事している者の中には失職を恐れて治療を中断する方もいるでしょう。未治療の方も病名告知を恐れて治療を拒否するなど、深刻な受診拒否が起こるだろうと思います。この結果、重大人身
事故が発生する
可能性も高くなります。
このような理不尽なことが起きないためには、
根拠のない特定の
病気に限定しているこの条項の表現を、
趣旨どおり、
症状に着目することを明記し、変える必要があるだろうと思います。
お
手元の私どもの
資料の一番最初を御覧ください。再
要望でございます。
本条項で特定されている予定の統合失調症、てんかん、再発性失神、無自覚性の低血糖症、躁うつ病、重度の眠気の
症状を呈する睡眠障害の疾患にかかわる八つの学会が共同で再
要望を出しております。
要望はただ一つでございます。本条項の
自動車の
運転に
支障を及ぼすおそれのある
病気としてを、
病気の
症状としての、
症状の二文字を加える修正をしていただきたいとの
要望でございます。
私どもは、不幸な
事故の
被害者の方、御遺族の方の思いと異なるものではございません。不幸な
事故はなくさなければならないという考えは同じでございます。本日の古都の翼の会の方のお話をお聞きして、その思いをまた改めて強くいたしました。
私どもの
要望の
趣旨は、現在の条項のままでは、実効性がないばかりか、かえって害になる、
事故はむしろ増えるのではないか、真に危険な
事故を起こした人に適切な
刑罰を科せられないのではないか、
事故を起こさない方の
運転を不当に制限することになるのではないかということです。
病気を持つ人に差別を生むおそれがあります。特定の
病気、疾患の治療に責任を持っている全ての学会が、患者と共にこの条項の表現と内容に強い懸念を示していることの重みを御
理解いただき、慎重な
審議の中で、何とぞ
病気を
病気の
症状と修正いただくことを切にお願いするものでございます。
御清聴ありがとうございました。