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国務大臣(
麻生太郎君) 今
お答えする前に、先ほど申し上げたのは順番が違っていました。証券会社の方が、証券協会の方が
法人格を持っているのに対して、銀行協会の方が
法人格を持っていない。したがって、銀行に対しては、協会に関しては守秘義務が課せられない、
法人組織じゃないものですから。銀行の方であって、ちょっと証券会社と言いましたけれ
ども、銀行の方です。
それから、二つ目の今の御
質問ですけれ
ども、これは新規融資というものに関してどのように対応するかということだと存じますが、リーマンの前からもう続いていましたけれ
ども、特にリーマンの後、その前から続いておりました九七年の
金融危機、アジア
金融危機として、あのとき北海道では拓銀が潰れて、三洋、山一が倒産して、その後、長銀、日債銀等々、どでかいところがばたばたいって、今もう昔の名前で出ていますという銀行はほとんどなくなって、地銀が残ったぐらいのもの。都市銀行はほとん
どもう、パソナだか、りそなだか分からぬ、何かいろんな名前になりましたので、私はもうその銀行の元の名前が分からぬので、
委員長が元三井銀行、太陽銀行にいたなんて話を言ったって、太陽銀行って何ですかというようなものだと思いますよ、今。それぐらい銀行というのはとても立ち行かなくなったんだと思いますね、あの九七年、九八年ぐらいのところ、
金融国会と言われたときですけれ
ども。
この後を受けて、
金融業界は生き残りに全力を挙げざるを得なくて、多額の金が返済をされる。したがって、
金融業としては金を貸す相手がいないというんで、預金だけぼんぼん増えて、貸す相手がいないというんで、本当だったらどんどん貸せたはずだったんですけれ
ども、何としても、
企業の方は債務超過の状態が続いていますので、債務超過に銀行は金なんか貸せませんから、そういった
意味では、非常に銀行は経営としてはきつかった
時代がずっと続いておりました。それが二〇〇八年にリーマンが来たものですから、これはいろいろまた別の
意味でどんとショックが大きかったんだと存じますが、いずれにしても、とにかく銀行に瑕疵がないように、何かないようにということばっかりに集中したものですから、何となく銀行として本来の業務である、資金力のないところ、担保力はないけれ
どもアイデアがいいとか、いろんなところに対して銀行としては本来ならもっと資金を融資してもおかしくなかった時期にそれができなかったのが
一つ。
二つ目は、
金融庁としても、いわゆる
金融処分庁と言われるようなあだ名が付くほどいろいろやっていましたので、私、赴任したときに、
金融育成庁と呼ばれるように変わろうじゃないかという話を、始業式ですか、新年のときに最初に言ったと記憶しますけれ
ども、いずれにしても、そういうものをやるに当たって、これまで銀行は長いこと右肩上がりというか、正確には土地代が右肩上がりの
時代に合わせて土地という不動産に担保を求めて、その
事業内容とか
事業計画を審査して、それに金を付けるという目利きは銀行には育っていないと、私はそう思っております。
したがって、これをきちんとやらせるためには、やっぱりこういった事例というので事例集を過日作って、この部分を配付をしておりますが、本年十月に、いわゆる
金融機関による先進的な取組を広く実践されることが望ましいということで事例集として取りまとめて、それ公表をいたしております。
是非そういったものも銀行で見てもらって、これ、銀行というと大きく聞こえますけど、信用金庫とか信用
組合とか、小さな事例もいっぱい載っておりますので、そういった
中小企業に対する、いわゆる金をただ貸すだけではなくて、これはこういう取引やるんだったらこの
企業に行かれた方がもっといい、できますよとか、いろんな
意味のコンサルタントができるし、おたくはアイデアはいいと、営業先も分かったと、しかし資金繰りやるといっても
金融関係の知識が全くあなたのところはなさ過ぎるから、誰々さんは銀行辞めているから、あの人を今引き抜いて、この人を顧問にしたらとか、そういったものをコンサルタントしたらどうですかという話まで含めていろいろやらさせていただいておるところでありますので、こういったものが定着していかないとなかなか前向きに事は進んでいかぬと思って、今
努力をさせているところでございます。