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下井参考人 千葉大学の
下井でございます。
行政法学を専攻している
立場から、改正
法案について若干の
意見を述べさせていただきます。お配りいただいておりますレジュメに沿って
お話をさせていただきます。
まず、「はじめに」でございますが、ここでは、
法案についてコメントさせていただく前に、幾つか
前提となることを述べさせていただきたいと思います。
レジュメの最初のところでございますが、これは、私が行政法学の
立場から
公務員法を考えるに当たっての基本的な視点を示したものです。一々読み上げることはいたしませんが、このような視点に立つ者の
意見としてお聞きいただければと思い、
紹介させていただいた次第です。
レジュメの続きでは、
日本国
憲法の条文をお示ししております。この
憲法十五条の定めから
公務員の
政治的中立性という原則が導かれ、そして、この
政治的中立性を
実現するため、言いかえれば、
政治的な情実人事を排除するために、
国家公務員法は、
公務員の任用が能力の実証に基づかなければならないという、いわゆる成績主義の原則を採用しているところです。そして、この成績主義の
実現を図るための具体的な手法と申しますかツールが、採用に当たっての競争試験あるいは選考であり、また、昇任や降任、転任の決定を基礎づける人事評価というシステムであるということになります。
さらに、レジュメの二ページでございますが、身分
保障原則。この身分
保障原則という概念は時々誤解される概念でございますが、身分
保障、つまり、
法律や
人事院規則等に定める合理的な理由なしには
公務員を免職するといった不利益処分を受けることはないという原則、概念、理念でありまして、この身分
保障原則は成績主義を裏から支える、担保する基本原則である、このことも忘れてはならない点であろうと考えます。
以上のように、競争試験、選考、人事評価、そして身分
保障といった
制度による成績主義の担保といった一連のシステム、これらを通じて
政治的中立というものを確保し、
公務員が全体の奉仕者であることを
保障する、もって適切な行政サービスが提供される、その蓋然性を高めるという点が
公務員制度のかなめとなる理念の
一つと考えます。この点を踏まえますと、
人事院という、中立的第三者性、そういう性格が
制度的に
保障された
組織の重要性が重視されるべきであろうと考えます。
人事院の重要性はまた別の面からも
指摘しておかなければなりません。
レジュメでは
憲法二十八条をお示ししておりますが、
公務員の多くは、民間労働者と同様、
勤労者、つまり労働者ですから、
憲法二十八条による
労働基本権の
保障が当然に及びます。しかし、
公務員につきましては、その
職務の公共性、地位の特殊性から、一定程度までは
労働基本権が
制約されなければなりません。ただ、この
制約が
憲法が
保障する基本的人権の
一つの
制約である以上、ただ単に
制約すればよいということにはなりません。
制約の
代償措置が講じられることが必要となります。これは先ほどの
島田先生の御
意見にもあったところですが。そのような
代償措置の
代表例が
人事院による給与勧告
制度であるということは周知のとおりでございます。
そうしますと、
労働基本権を
制約する法
制度を維持する以上は、
人事院に一定の代償機能を持たせない限り、
憲法との関係でさまざまな問題が生じ得るということになります。この点は、争議権の禁止を合憲とした一連の
最高裁判決が認めるところであります。
なお、以上のような成績主義の重要性、そして
労働基本権制約の代償の問題は、いずれも一般職
公務員にのみ当てはまることでございまして、特別職の多くについては無関係のことになります。この点は、後ほど少し関係してくる点がございます。
続きまして、今回の
法案について、ポイントを絞って簡単に
意見を述べさせていただきます。レジュメでは三ページになります。
まず、
幹部職員等の人事の
一元管理についてですが、この点に関する
法案の重要ポイントの
一つは、レジュメでもお示ししておりますが、
幹部職員等の
任免を二段階に分けるという点にあると思います。
一々御説明することはいたしませんが、(1)の第一段階の
審査と(2)の第二段階の
審査とでは人選びの際の着眼点が異なっているという点に着目いたします。すなわち、(1)第一段階における
適格性審査とは、これは標準
職務遂行能力を有することを確認するための
審査ですから、そこでの人選びの着眼点というか基準は、(ア)標準
職務遂行能力ということになります。これに対し、(2)第二段階の具体的な任用行為における着眼点、基準は、1選考の場合においても、2昇任その他の場合においても、(イ)当該
幹部職への適性ということになります。
このような任用システムとなっているわけですが、成績主義の
保障という
観点から、二点、気になる点がございます。
第一点目は、(2)の第二段階で登場する選考あるいは人事評価、これらは現在の
国家公務員法上は、先ほど申し上げましたように、成績主義を
実現するためのツールとして
制度化されているわけですが、これらのツールが、
国家公務員法改正案の
幹部職員等人事においては、レジュメの(a)で書かせていただきましたように、(2)の第二段階でしか用いられないことになっております。(1)の第一段階ではこれらのツールが予定されておりません。(1)の第一段階、これは(ア)標準
職務遂行能力を判定する手続ですから、成績主義を排斥するものではないのでしょうけれども、しかし、成績主義を
保障するための
制度的工夫が抜け落ちているのではないかと考えるわけです。
以上が第一点目です。
第二点目は、レジュメの(b)の下の米印のところで御
紹介しておりますように、現在の
国家公務員法は、選考についても人事評価についても、(ア)標準
職務遂行能力と(イ)適性とのいずれをも判定するためのツールとされております。しかしながら、改正
法案が予定する
制度におきましては、その上の(b)のところですけれども、選考や人事評価の判定対象が(イ)適性のみに限定されております。つまり、成績主義
実現のためのツール、選考や人事評価といったツールが機能する局面が狭められているのではないか。以上が第二点目です。
以上の二点からいたしますと、
国家公務員法改正案の
幹部職員等の任用
制度は、成績主義の理念を排斥するものではありませんが、現在の
国家公務員法における一般職
職員の任用
制度に比べますと、成績主義を
実現するための手だて、
保障が不足しているのではないか、その結果、成績主義の理念が弱められたものになっているのではないかと考えられるわけです。
幹部職員等といえども一般職であるわけですから、
政治的中立、そのための成績主義という原則、これは
憲法上の理念だと思いますが、こういった点を重視する私の
立場からすれば気になる点でございます。
確かに、(1)の第一段階の標準
職務遂行能力の確認
審査は「公正に行うもの」となっております。かかる定めによって、成績主義の
実現が確保されるということなのかもしれません。しかし、このような抽象的な文言だけで十分なのか、具体的に
保障するための
制度的工夫がさらに加えられるべきではないかという疑問が残ります。
また、(1)の第一段階の
審査は、「
政令で定めるところにより、」行うものという条文になっております。そして、この
政令を定める際には、レジュメの四ページでございますが、「
人事院の
意見を聴いて定めるものとする。」となっております。
先ほど申し上げましたように、
人事院が、
政治的中立、成績主義を体現する機関としてふさわしいものであるということを踏まえますと、このような形で
人事院の関与を認めることで成績主義が
実現されるのだということなのかもしれません。
しかしながら、(1)の適格性確認
審査についての
政令で一体何を定めるのか、
国家公務員法の
改正案では明らかにされておりません。
政令で何を定めるのか、一定程度までは
法律で明確に、またはある程度詳細に定めなければ、成績主義重視の
観点からは疑問が残るのではないかと考えるわけです。
なお、この点につきましては、人事評価についての現行法の定め、これはレジュメの四ページの注の(11)でお示ししている七十条の三の第二項ですが、このような定めが
参考になるように思われます。さらに、
人事院の関与の程度についても、これはやや疑問があるところで、この点は、後に述べます
級別定数についての定めが
参考になると考えます。
いずれにしましても、
国家公務員法改正案の趣旨は、成績主義の要請を弱める、現行法に比べれば弱める任用
制度を導入するということのように思えます。少なくとも、条文上はそのように見えます。しかし、そのような任用
制度は、一般職の枠内においてではなく、そもそも現行法が成績主義の対象とはしていない特別職を活用して構築するのが筋と申しましょうか、少なくとも、我が国の
公務員制度の法体系とは整合的であろうと考えます。あくまでも一般職
制度の枠内での
改革というのであれば、
幹部職員等ではあっても、成績主義に基づく
任免を
保障することが肝要であると考えるわけです。
幹部職員等
任免手続については以上です。
レジュメの続きで書かせていただいた二点については、御参照くださいということにさせていただきます。
続きまして、レジュメの五ページ、
人事院の権限削減について
意見を申し上げます。
先ほど申し上げましたように、
人事院は、中立の第三者的機関として、公務の
政治的中立性を確保するための成績主義、これを体現するのにふさわしい
組織であろうと考えます。すると、成績主義、さらには身分
保障に係る事務については、可能な限り
人事院の所轄とする、あるいは
内閣人事局の権限にするとしても、できるだけ
人事院の関与を認めるべきであろうと考えます。
このような
観点からすれば、今回の国公法
改正案は、採用試験に関する事務について、
人事院の権限を一定程度削減し、採用試験により確保すべき人材に関する事項について
政令で定めるものとしつつ、この
政令を定めるに当たっては、
人事院の
意見を聞くこととしているわけですが、この
制度については重たい
意味が持たされるべきであろうと考えます。
また、
人事院については、
労働基本権制約の
代償措置を担う
組織である点も重要です。
民間であれば、労使交渉の対象となるような事項、すなわち
勤務条件について、
公務員の場合は法令で規律すべきはやむなし、
勤務条件法定主義と言われるものですが、これは私は当然だろうと考えます。
もっとも、私は、二〇一一年の
国家公務員制度改革関連法案のように、法令案を協約で策定する
制度というものを否定するものではございません。それはともかくといたしまして、
労働基本権の
制約を維持する以上、
勤務条件に関する法令等の策定に当たっては、可能な限り
人事院の関与を認めることが、
公務員を含めた
勤労者に
労働基本権を
保障する
憲法の趣旨に即すと考えます。この点で、給与法の
改正案が、
内閣総理大臣による
級別定数の設定に当たり
人事院の
意見を十分に尊重するとしている点は、極めて重要だろうと考えます。
確かに、
級別定数の設定は予算や人事管理にかかわりますので、この点に着目すれば、任命権者が決定すべき管理運営事項と言えます。しかしながら、他方、
職員にとっては、みずからの給与に密接にかかわる重大関心事でありますし、また、昇進の見通しという点でもこれは重要であると思います。我が国のように閉鎖型任用制の
公務員制度が実態である場合、昇進の見通し、昇進経路というものは、アメリカのような開放型任用制の国と比べ、より
職員の関心度が高いものであるはずです。閉鎖型と開放型の違いは、注の(15)をごらんください。
かかる
観点に着眼すれば、
級別定数は当然に
勤務条件であろうと考えます。つまり、管理運営事項であると同時に、
勤務条件だ。そもそも、管理運営事項と
勤務条件が二律背反の関係にあるわけではないということは広く承認されているところですし、そう考えますと、そもそも管理運営事項にかかわらない
勤務条件というのは余り考えられないように思います。
最後に簡単につけ加えておきますと、我が国の
国家公務員法、地方
公務員法は、アメリカの法
制度をモデルとしていることは明らかです。したがいまして、開放型任用制を
前提とした法
制度のはずです。しかしながら、実態においては、閉鎖型を中核としたシステムになっていることは言うまでもなく、この点におきまして、実は、法
制度の建前と実態の間に乖離があります。
公務員制度改革に当たっては、このような乖離がどのような支障をもたらしているのかという視点も必要であろうと考えます。
以上、雑駁ながら、一行政法
研究者としての
意見を述べさせていただきました。
御清聴ありがとうございました。(拍手)