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細谷参考人 貴重なお時間をいただきまして、大変ありがとうございます。
今まで、三人の
参考人の先生方、非常に貴重な、御自身の実務的な観点、御
経験から、重厚な、有意義な
お話をいただいたと思います。
私は、やや異なる観点から、
外交史を研究する
立場、あるいはイギリスの
安全保障政策、
防衛政策を研究する
立場から、今、このような形で
NSCを
日本でつくろうとしているということがどれだけ重要なことであって、また意義深いことであるかということを
お話ししたいというふうに考えております。
外交史の研究を振り返ってみますと、実は、我々、
日本の歴史を振り返るときに、非常に大きな誤解をしていたというふうに認識しております。
これはどういうことかと申しますと、近年、膨大な資料が公開されて、多くのすぐれた研究が生み出されてきましたが、戦前の
日本の政治における根本的な
問題点は、軍部の独裁ではない。そうではなくて、むしろ、余りにも首相あるいは首相
官邸が権力がなさ過ぎた。なさ過ぎたことによって、組織間の対立が余りにも激しかったことによって、どれだけそのことが国益を損ねてきたのか。そのようなことが近年の研究からは明らかになっております。
資料を配付させていただきまして、例えば、静岡県立大学の森山優先生が、「
日本はなぜ開戦に踏み切ったか」、膨大な軍の資料を用いて、あるいは
外務省の資料を用いて書かれた御本の中で次のように書かれております。「
日本の
意思決定システムは、「船頭多くして船山に登る」状態だった。何か有効な解決策を
実行しようとしても、誰かが強硬に反対すれば
決定できない。まさに独裁政治の対極であった。」「結局、組織的利害を国家的利害に優先させ、国家的な
立場から利害得失を計算することができない体制が、対米戦という危険な選択肢を浮上させたのである。」
つまりは、組織間の対立、それぞれの組織が首相あるいは大臣に重要な
情報を上げない、そして、それぞれの大臣の間で問題の認識が共有されない、そういった中で、
日本は繰り返し道を誤ってきたわけでございます。
つまりは、余りにも首相に権力がない、
情報が集まらない、そして
省庁間の調整がなされていないことがこれまで
日本の歴史で多くの利害を損ねてきたのだとすれば、今必要なことはその逆である。まさに首相
官邸に、
機能を強化し、権力を集中させ、そして
情報を集める
システムをつくる。そうでなければ、再び
日本は同じような
省庁間対立から国民の生命や安全を損ね、そして重要な
日本の国益というものを損ねてしまうことになるわけであります。
つまり、明治
時代以来の
日本政治における根本的な問題、そして病理というもの、それに対して、今ここにいらっしゃる
委員会の先生方がそれを乗り越えて、まさに新しい一歩を踏み出そうとしていらっしゃる。これは偉大なことであって、また誇りにするべきことであって、
日本の政治の長い歴史の中でも大変すばらしい瞬間である。ぜひそのことを御理解いただきたいということを
外交史の観点から申し上げたいと思っております。
また、私の
専門であるイギリスの
防衛政策。
従来は、アメリカのような大統領制だからこそ、その
スタッフ機能として
NSCが必要であったということが言われておりました。しかしながら、
日本が模範としてきた議院内閣制のイギリスにおいて、二〇一〇年の五月十二日に
NSCがつくられました。
なぜイギリスで
NSCがつくられたのか。どのような経緯からそれが必要と思われたのか。そして、設立してから三年の間に、これが非常にうまく
機能しています。そして、リビアの空爆の問題やシリアの問題をめぐって、
閣僚間の調整等々をめぐって、非常にうまくこの
NSCというものを通じてさまざまな
議論が深められて、政府として統一的な見解がつくられているわけでございます。
なぜ議院内閣制のイギリスで
NSCが必要と考えられたのか、そして、なぜイギリスで、そのような政治体制のもとでうまくいっているのかということを、また後ほど少しばかり
お話をさせていただきたいと思っております。
その
NSCの意義、つまり、最初に申し上げました、
日本においてリーダーシップというものが十分に
機能しないことがあった。それは、首相、大臣
個人の問題というよりも、
制度的な問題であるということですね。その
制度というものを改めなければ、この根源的な問題というものを解決できない。この点について、まず冒頭に三点、
問題意識を申し上げさせていただきまして、その後に、留意すべき点を四点、
お話をさせていただきたいと思います。
一点目は、先ほど申し上げたリーダーシップの不在というものが、
制度的な問題に根差しているということでございます。この問題を解決しなければ、
省庁間の対立というものが繰り返し
日本の国益を損ねるということになるわけです。
とりわけ、近年の
安全保障上の脅威というものが、これは、民主党政権下における尖閣沖の漁船衝突
事件、あるいは東
日本大震災もそうですが、これら多くの問題が、複数の
省庁にまたがる、そして非常に短い時間で決断をしなければいけない難しい問題であった、複合的な問題であったということでございます。そしてそれが、私
個人の認識としましては、首相、あるいは大臣、あるいは議員の
方々個人の問題というよりも、そもそも
制度的な欠陥からそれらの問題というものが十分効率的に
対応できなかった。
そして、これからは同じような問題を繰り返してはいけない。ぜひここで、
制度的な問題というものを克服して、そして、このような複合的な、非常に大きな
安全保障上の問題に接したときに、政府として効率的に
対応していただきたいというのが一点目でございます。
そして二点目が、近年の
世界の潮流としまして、とりわけ先進国において、いわゆる中央執政府、これは政治学の用語でコアエグゼクティブと呼んでいますが、これが
機能強化されているということが
世界の趨勢でございます。
これは先ほど申し上げたイギリスにおける
NSCというものの設立も同様でございますが、
世界的に先進国の間で中央執政府が強化されている。そして、この中央執政府、例えば、アメリカであれば大統領府、そしてイギリスであれば首相
官邸、その首脳間の
連携というものが、サミットの回数がふえているということも含めて、より一層重要になってきている。
その中で、
日本だけが中央執政府に
NSCを持たないということによって、この中央執政府のネットワーク、
NSCのネットワークに
日本が入れない。それによって、それらの諸国が共有しているような
情報が
日本に入ってこないということになる。この
世界の潮流の中で
日本が孤立して、このような
NSCをつくらないことによって首相
官邸で十分な
情報を集中させて迅速な
決定ができないとすれば、これは
日本の国益を損ねることになってしまうということでございます。
そして三点目が、先ほども少々触れさせていただきましたが、近年の
日本を取り囲む問題が、とりわけ複合的となり、多面的となり、そして大きな問題となっている。それは
一つの
省庁では解決できない。
冷戦時代とは異なり、現在の脅威というものが、非常に短い時間で迅速に
対応しなければならない。そして、複数
省庁間の
連携というものが従来にも増して必要になっている。しかしながら、この新しい脅威、新しい
時代において、それに
対応する
制度というものが今までは十分に整えられてこなかった。
これらの三点からしても、迅速に我々は
NSCというものを樹立して、これらの問題というものを克服しなければいけないというふうに考えております。
東京大学名誉教授の北岡伸一先生は、御著書の中で次のように述べています。「戦前の陸軍と海軍の対立など、有名な例である。」これは
省庁間の対立ということですが、「総合的な調整の必要なことは誰もがわかっていたが、ライバルの組織に譲ることだけは、受け入れようとしなかった。」ということですね。
このような問題を解決するためには、やはり
制度的な変更というものは不可欠である。
その上で、続いて四点、留意するべき点を申し上げたいと思います。
まず一点目が、近年において、超党派的な
安全保障上の合意というものが必要となり、それが生まれつつあるということでございます。
現在、安倍政権のもとで進めておりますこの
NSCの設立の動きというもの、もともとは二〇〇七年に第一次安倍政権で種をまいたわけですが、それを育てたのは実は民主党政権だったということでございます。
すなわち、平成二十二年度の
防衛大綱の中で、民主党政権でこれは閣議
決定をされているわけでございますけれども、この民主党政権の
防衛大綱の中でも、「首相
官邸に国家
安全保障に関し
関係閣僚間の
政策調整と内閣
総理大臣への助言等を行う組織を設置する。」ということが、これは民主党政権下で合意されていて、その合意した大臣の中には海江田万里民主党代表も入っているわけですね。
つまり、この
必要性ということは、必ずしも今の安倍政権で突然生まれたわけではなくて、実は民主党政権においても多くの先生方、
閣僚の
方々が認識していた問題であって、それに対してもまた取り組んでいたということでございます。
また、玄葉光一郎
外務大臣が
外務大臣の際に、
NSCの重要性について、
NSCをつくることによって「
関係閣僚間の
連携が一層促されるのであれば、積極的に進めるべきでしょう。実はそのような場は意外なほど少ないのが現実です。そういう
NSCであれば、私は有益であると思います。」と。
つまりは、先ほど私が申し上げたとおり、明治
時代以来続く
日本の
問題点、すなわち組織間の利害対立、そして大臣間で
情報が共有されない、認識が共有されないという問題は、戦前の陸軍と海軍の対立だけではなくて、実は現在においても大きく変わっていない、そのことを恐らく玄葉大臣はおっしゃっていた。それを
議論する場が少ないということですね。
イギリスにおける
NSCを設立した大きな意義としてしばしば指摘されるのが、大臣の間でコミュニティーの
感覚が生まれつつある。つまりは、それ以前はそれぞれ下の組織から上がってきた
省庁間、大臣の認識というものが、毎週一定時間、大臣間で緊密な
協議をすることによって問題を共有し、
閣僚の間で、とりわけ
安全保障に関する重要
閣僚の間で
安全保障をめぐる認識が共有されている。このコミュニティーが生まれつつある。
そして、これは単に大臣間だけではございません。
NSCをつくり、政府の官僚の
方々の間で組織を超えた組織文化、新しい組織文化が生まれるということですね。それぞれの出身の
省庁に戻ったとしても、問題を共有し、いわば政府一体となって、これは英語ではザ・ホウル・オブ・ガバメント・アプローチと呼んでいますが、そういったものが生まれる。これには時間がかかります。
NSCをつくったからといって、すぐにそのような組織文化が生まれるとは思っておりません。数年あるいは数十年の時間が必要かもしれません。
しかしながら、今ここで新しい第一歩、勇気を出して一歩を踏み込むことによって、
日本の政治に新しい組織文化を生み出して、そして、長い時間、一世紀を超えて
日本の政治をむしばんできたこの深刻な組織間の利害対立というものを乗り越えるとすれば、それは、ここにいらっしゃる
委員会の
方々、先生方にとっては偉大な貢献であり、また第一歩だというふうに私は考えております。そしてそれが、先ほど申し上げたとおり、まさに党利党略を超えて超党派的な合意として生まれつつあるということが重要な点というふうに考えてございます。
二点目でございますが、人がいれば組織がなくてもうまくいくのではないかということは、私は、これは必ずしも当たらないというふうに考えております。
というのは、常に大臣、
総理大臣が、有能な、
外交、安保に精通した
方々とは限らないということでございます。こちらの
委員会にいらっしゃる先生方のように
防衛、
安全保障に精通した
方々であれば、いつ大臣になっても、
総理になっても、恐らくは、
連携を緊密に強化し、そして迅速な
対応ができるかもしれません。しかしながら、さまざまな考慮から、
防衛大臣、
外務大臣が、
外交、
防衛に精通している
方々、
経験が深い
方々がなるとは限りません。過去どういった方がそうではなかったかということは私は申し上げることはしませんが、しかしながら、常にそういった
方々がつくとは限らない。
あるいは、例えば内閣の中で、
内閣官房で副
長官補あるいはその下の
方々の間で緊密な
連携がとられるということがあるかもしれない。先ほど
参考人で
お話しいただいた
柳澤さんのような優秀な方が副
長官補でいれば、もしかしたら
NSCが必要ないのかもしれない。しかしながら、常にそういった
方々がその重要なポストにつくとは限りません。
したがって、人に頼るのではなくて、どのような方が大臣あるいは
内閣官房のポストについたとしても、緊密な協調、チームワークがつくれて、そして迅速な
決定ができるということを
制度として我々はつくらなければいけない。これが二点目でございます。
三点目でございますが、イギリスでなぜ
NSCというものがつくられたのか。これは実はブレア政権の反省です。ブレア政権のもとでは、内閣の
制度を用いずに、プライベートなアドバイザーに依拠してブレアは重要な
決定をしていきました。国家の命運にかかわる、あるいは国民の安全にかかわる重要な問題が、数人の私的なアドバイザーによって振り回されるということですね。このようなことがあってはならない。やはり
制度的に、
専門的な見地を持ったすぐれた
専門家の
方々が
NSCに六十人あるいはそれ以上集まることによって、そのような数人のアドバイザーに振り回されて
政策が混乱をすることがない。そういったことが、今回のキャメロン政権では
NSCをつくる大きな動機となったわけでございます。
そして、まさにキャメロン政権はそれを実践し、すぐれたアドバイザーに囲まれて、単なる数人のアドバイザーではなくて、あくまでも政府全体として、あるいはそれぞれの
省庁の合意を得た上で重要な
決定ができるということでございます。
そして、
最後に四点目を触れて、私の発言を終わらせていただきたいと思います。
四点目は、先ほど少し触れさせていただきましたが、
世界全体で
NSCを強化する動きがある。そうすると、
世界の
NSCの
担当者のネットワークの間で
情報を共有し、重要な
決定がされる。これは、首脳間の交流が緊密になっているということと無
関係ではございません。首相のもとで、
NSC、
局長に当たる方あるいは
補佐官が各国のカウンターパートの
方々と緊密に
連携することによって、難しい問題が解決できるかもしれない。しかし、
日本にそのポストがなければ、このネットワークに入ることができないわけですね。このネットワークに入れないことによって、国家間で重要な
情報が共有できずに、また、
信頼関係が、意思疎通が緊密化できないとしたら、そのことが
日本の
安全保障を考える上で重要な欠落となるということでございます。
この点からしましても、ここにいらっしゃる先生方におかれましては、ぜひとも迅速にこの
NSCというものを設立し、首相
官邸の
機能を強化していただきたいと思っております。
以上でございます。ありがとうございました。(拍手)