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木村参考人 私の考えでは、
ロシアが
日本に対して
北方領土の
返還に踏み切るか否か、これを決定する要因が大きく言って三つあると思います。まず第一は、
国際情勢が今後どのように変化するか。第二は、
ロシア国内の
情勢がどのように変化するか、特に
プーチン大統領の
権力基盤がどのぐらい強いかどうか。第三番目は、
日本がそのような
環境の中で
チャンスをつかまえて十分生かせるかどうか。この三つであります。これについて十分間
お話しいたします。
まず、
国際情勢でございますが、
国際情勢の中で、
ロシアを取り巻くものの中で、
二つだけ、最近、
日本にとって有利に動きつつあるものがございます。
一つは、米国、カナダなどでの
シェールガスの
開発の
発展でありまして、その
玉突き効果の直撃を受けて、一番困るのは
ロシアでございます。
ロシアは
資源を売ってこれまで外貨を稼いできた国でございまして、輸出の六割が
資源関係、四割、
国庫収入を占めております。
ところが、この
シェールガス革命が進展いたしますと、
アメリカは
資源を中東から必要としなくなり、中東は
玉突き効果で、今度は
ヨーロッパに売ろうとしても、
ヨーロッパが買わなくなる。としますと、結局のところ、
ロシアはますます
アジア地域に
資源の販路を求めなければならない。
ところが、
中国は非常にしたたかな国でございまして、価格を常に
ロシアに対してバーゲン、最低に抑えようとしている、
ロシアにとっては苦手な
資源輸入国であります。その点、
日本は
国際価格ですんなりと合意するという点で、これから
ロシアは
日本に対して熱い
まなざしを投げかけてくることはほぼ間違いなく、
日本は有利に立つ、これが第一の条件であります。
第二に、言うまでもなく、
中国の台頭が今後ますます進むんじゃないか。それによって
世界は大きな影響を受けますが、中でも、
隣国ソ連は、
中国の台頭によって最も大きな影響を受けます。というのも、
中国は
ロシアと
世界で三番目に長い、地上での四千三百キロメートルの
国境を共通にしているからで、賄賂を使えば、
中国人はいとも簡単に
ロシア国境を越えて
ロシアに入り込むことができる。
特に重要なのは、
ロシア極東地域であります。
ロシアの三分の一を占めるという
極東地域には、六百万というごくわずかな
人間しか住んでおりません。それに対する
中国側は一億一千万の
人間が住んでおって、十三倍の
人口圧力をもって、
国境を越えていろいろなものを運んでくる。そういうわけで、
ロシアは事実上、現在もう
中国の
原料供給地あるいは
植民地になっているという
意見もあるぐらいでございます。
これをどうして防ぐか。
ロシアはこの
地域の
経済開発を
活発化することによってしか
中国に対抗できませんが、
ロシアは
自力でそれを行う力はございません。したがって、論理的に、
日本、韓国から
科学技術、金、人、物を導入する以外、
方法はありません。仏教の言葉をおかりすれば、
他力本願でしか
方法はない。もう
自力本願は尽きているというわけでございます。
そうすると、今、韓国は
中国に随分踏み込んでおりますから、
日本に対して再び
ロシアは、
極東の
開発のために熱い
まなざしを今後も向けてくることは間違いございません。
この
二つは、
日本にとって非常に有利な今後の
国際情勢の展開でございますが、ただ、残念なことには、今ではないんですね。これから四、五年後にますます顕著になる
状況でございます。つまり、
シェールガスが
日本に入ってくるのは二〇一七年とされていますから、今すぐ
ロシアに対して有利な
状況が醸成されているわけではないということを強調したいと思います。
二番目に、
大急ぎで
ロシアの
国内情勢に移りますと、
一言で申しまして、これからの
ロシアは沈み行く大国であります。ほとんどいい条件がない。いろいろな問題が山積している。例えば、一例を挙げますが、
経済は国の基本でありますが、
ロシアの
経済は、
オイルブームの間は七%から八%のGDPの成長を示しましたが、その後は三%台を目指してそれを果たせず、今後は一から二%ぐらいに落ち込むと見るのが
世界の
経済学者の常識でございます。
どうしてそんなことになったんでしょうか。それは、
資源に頼り過ぎて
経済改革を怠ったからですね。
資源が非常に豊かなものでございますから、こういった国々は
オランダ病というものにかかる。
オランダ病というのは、
資源、油田が発見されたときに、それに浮かれて労働を怠ったことで起こった一般的な言葉でございますが、
ロシアも
オランダ病にかかって、
資源の呪いにかかっている。
資源がある間は我々は働かなくてもいいわという
雰囲気ができてきたわけです。したがって、その間に、
資源依存から脱却して、
製造加工業、
日本が得意な
製造加工業を向上させるという
産業構造の
多角化ということを怠ってしまったわけです。
それで、今やろうとしているのは、
自力ではできない。国民はそれに甘え切っておりますから、上から下まで
オランダ病にかかっておりますから。したがって、やるのは、
先進資本主義から、まさに
他力本願で、すぐれた
科学技術、イノベーションを導入して、
インフラの
整備その他に努めるという
方法でございます。これは、
ロシアで、
ピョートル大帝以来とってきた、
外国に技術を求めるという
やり方でございます。
ただ、これは時間がかかるわけですね。これを物にするまでには時間がかかる。しかも、各国は、
ロシアにただでは進出いたしません。
ロシアには、次の
二つのために、
海外からの
協力を阻む事由がある。
まず、
投資環境が実に劣悪なんですね。
ロシア経済は今、
プーチンのもとにプーチノミクスということを実現しておりますが、それは
国家資本主義でございまして、重要な
産業は国家が押さえて、それ以外の
産業は
許可、
認可制にして民間に渋々譲るという、純粋の
資本主義市場経済でない
国家資本主義でございます。
そうすると、
許認可権が大変なので、民間で出ていく場合は、
外国であれ
ロシア人であれ、何十という
許可、
認可権を得なければならない。その
許可、
認可権を採用するのは官僚でございますから、官僚に賄賂を払わなきゃならない。これで頭が痛い。それで、西側の企業どころか、
ロシア側の企業も
海外に逃げ出していっている。これが、
資本逃避という今
ロシアを悩ませている問題です。
ロシアでもうかった、
ロシア人がもうかったお金を
世界へ分散している。スイスの銀行その他のタックスヘイブンに納めているわけです。
戻りますと、
ロシアの汚職は、
世界の客観的な
研究者の中では、
世界の百八十三カ国を
調査した結果、上から、いい順番から数えて百四十三位でございます。汚職はそれでございまして、
資本逃避は、百八十三カ国中、上から数えて百二十三位ということで、これは、
プーチン大統領も演説の中で認めていることであります。
次に、
資本、金が出ていくばかりじゃありません、人、
人間が出ていきます。
今、
ロシアから
人間が出ていく数は、二〇一一年の半年で三十万人と言われておりまして、
ボルシェビキ革命、
ロシア革命が起こって以来、第二の
海外移住ブームということで、私
どもが
ロシアに行くたびに、私
どもの同僚の
モスクワ大学の
教授から、
日本へ移住させてくれないかという
お話を受けます。
というのは、優秀な
人間ほど、
ロシアの息詰まるあの
雰囲気の中では
生活できないということで、ここで大変な皮肉な現象が起こっている。
ロシアは、今後、若い優秀な、いわゆるブライト・アンド・ブライテスト、すぐれた
人間を必要とするんですが、そういう人に限って、
ロシアはその才能を生かすことができない。
したがって、最近
ロシアでは
ノーベル賞をとった人はいないんです。ほとんどが
アメリカ人、それか、
イギリスとか
ヨーロッパの人でございます。
プラス日本人でございます。
ロシアの
ノーベル賞をもらった人を挙げてくださいと言われると困るわけです。たまたま、二、三年前に、
物理学で
ノーベル賞をとった人はいましたけれ
ども、その二人ともが、
ロシアから、ルクセンブルクだったかベルギーだったかと
イギリスに亡命した人で、その
人たちは、メドベージェフ当時の
大統領が帰国を要請して、大変な報酬を出すと言ったけれ
ども、このような
状況のもとでは帰国できないということを言ったわけです。
これは
経済の問題で、時間も来ましたので
大急ぎで次を述べますと、今度、社会でも
少子化という問題がある。
これは
先進国に共通の問題でございますが、
ロシアの
特殊性は、
平均寿命が
先進国の中で最も低いということであります。
日本の
男性が仮に七十九歳から八十歳で死ぬとしますと、
ロシアの
男性は五十九歳から六十三歳までの間で死ぬわけです。二十年、
日本に生まれた方が得だということになります。なぜかというと、
共産主義が崩壊したことに対する
絶望感が
男性には強い。それが麻薬やアルコールへ走ってしまうということもあると思います。それから、
医療施設が不
整備であるということもあります。
それにかわりまして、
イスラム人口が急激に増加している。
イスラムの方は
多産系でございますし、
一夫多妻制ですらある。したがって、
ロシアは、しばらくたつと
ロシアでなくなるわけです。スラブの国でなくなって
イスラムの国になる、それを非常に
プーチンは恐れております。
それに加えて、チェチェン共和国や
北コーカサスや
イスラム民族が不満を高じまして、
ロシアに対して
テロ行為などを行っておりまして、このたび、来年二月七日から始まる
ソチ五輪も果たして無事に終了するか、疑問視されているくらいでございます。
最後に、
プーチン・ファクターについて述べざるを得ない。
ロシアは、何といっても、
プーチンという上御一人が全ての政策を決める国でございまして、彼が強ければ、柔道を好む
親日家でもあるといううわさもあるくらいですから、何か
日本に思い切った妥協をとるのではないかという
期待が
日本人の中には生まれつつありますが、間違いです。
まず彼は、
日本びいきではあるが、
ロシア人であります。しかも、彼が今置かれている
状況は非常に厳しい。かつての
人気投票では七五%から八〇%をコンスタントにとっていた
プーチン大統領の人気は今
下降ぎみでありまして、いろいろな
調査がありますが、六三、四%。それも、ほかに
競争相手がいないので、それを占めています。
しかも、最近では、考えられないことですけれ
ども、
モスクワを
中心として、一昨年の十二月から、
プーチンよ去れ、
プーチンなき
ロシアと叫ぶ
中産インテリ階級が生まれつつあります。そこで
プーチンが
大統領当選後にとっている政策は、力ずくでこの人々を抑えつける
やり方で、それがまた逆効果になっております。
それを抑えつけるために彼が使っている
方法は、
愛国心の高揚。彼ら
反対派は
外国の資金を受け唆されているエージェントである、そういう組み立てでございます。ということは、
愛国心、ナショナリズムに訴えている以上、
日本にたとえ小さな四島であれ譲るということは、彼の主張していることと矛盾するわけですから、彼は非常に強い
立場になって、以前よりは領土問題について妥協しにくくなる
立場に立っているわけでございます。
そこで彼が、前半で
お話ししたように、
日本にはすり寄らなければならない、しかし国内的な
自分の
基盤が弱いために妥協はできない、この苦境、ジレンマを克服するためにとっているのは、
見せかけ戦術であります。
見せかけというのは、口頭では、
日本に対して、
自分は柔道が好きな
人間で、引き分けに持っていきたいというようなお世辞を振りまく。そして、かつ、
環境を
整備してくれさえすればこの難しい領土問題も
解決するかもしれないので、まず
日本の方から、
ロシア、特に
極東に対して、
科学技術の
援助、医療、農業その他、何でもいいから
援助をしていただくと、その
援助が
ロシア国民にいい印象を与えて、立派な
環境整備になって、それが
ロシア人の心を解かすかもしれないし解かさないかもしれないというような
環境整備論で
日本にすり寄ってこようとしているわけであります。
それでは、最後に
一言。三番目の私の要素としては、
日本国民こそが、この
返還を可能にする第三の、ある意味では最も重要な要素であるということでございます。
残念ながら、
日本人と
ロシア人は性格が全く違うんです。
ロシア人は、気の長い、のんびりとした、鈍感な
人間でございます。最後に力を発揮する。ところが、
日本人は、正反対で、気が短く、私の言葉で言うと、行水さっぱり国民で、常にトラブルや問題を抱えていることに耐えられない、それを一日も早く
解決してさっぱりしたいという国民。この
二つの国民が領土交渉を行っているわけで、これは、どちらかというと
ロシアの粘り勝ちになる結果を私は恐れているわけであります。
冒頭から述べておりますように、このまま推移すれば、
国際情勢も
ロシア情勢も
日本に有利になっていくわけでございます。しかしながら、きょう、あすではないわけであって、これは、今から二、三年後から顕著になる現象であります。つまり、
プーチンが次に
大統領に四選される二〇一八年の前後あたりに、くしくも
日本に急速に有利になってくることでございます。
シェールガスも一七年から
日本に入ってくるし、
中国の脅威といいましても、
ロシアは、今はまあまあ用心しておりますけれ
ども、それほど緊迫性を持って感じていないわけであります。
そこで、私は、流行語を使うようですけれ
ども、
日本が動くのは今ではないでしょうと言いたいんですね。もう少し待つことが大事なので、これは、後ろに座っていらっしゃる
参考人の
方々にとってちょっと私はつらい発言をするかもしれませんけれ
ども、あえて申し上げなければなりません、専門家として。
富士の山がもう見えているわけです。しかし、これを焦りますと、九仞の功を欠くことになる。三浦雄一郎さんがエベレスト山頂の近くにまで来て、我々、テレビで拝見する限り、もうやきもきするぐらい、彼はそこで慎重な準備を整えて、そして最後に栄光に輝いたわけであります。
かつて、
日本は、
二つの
チャンスがあったはずです。それは、米中接近という
国際情勢の地殻変動、それからソ連邦自身の崩壊という
二つの
チャンスがありましたが、それを
日本は生かすことができなかった。その一つの理由は、
日本の担当者が、よっしゃと言ってすぐ動き出す方だったこともあると思います。
今度こそはそのようなことにならないように、
日本人は、我慢に我慢を重ねて戦略を練る、そして一気に
チャンスを物にしなければならない。ひょっとすると最後の
チャンスかもわかりません。そのような正念場が近く、今ではない、近く来ることを我々は予測して、拙速主義に走ったり、下手な妥協をしてしまうならば、四島は実現しないで二島に終わるでしょう。
そして、もっと悪いのは、
中国や韓国のファクターが今出てきていることです。
日本が下手な妥協を
ロシアにしますと、
中国や韓国は間違ったシグナル、メッセージを受け取ります、
日本は
ロシアに対して妥協するんだ、それならば、我々も竹島や尖閣列島でもっと強く押せば、あの国は妥協してくるんだと。こういう新しい
国際情勢も生まれてきているわけです。
そういうわけで、
返還を可能にするのは何か。私はよく学生や地方の人々に、講演に行ったときに聞かれます、先生、それでは先生はどうしたら
返還可能と思いますかと。それは、
日本国民にかかっている……