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参考人(吉田容子君)
弁護士の吉田です。
本日、このような機会をいただきまして、ありがとうございます。
私からは、今、磯谷
参考人からもございましたが、
ハーグ条約に関する懸念、とりわけ
DV事案ということを念頭にお話をさせていただきたいと思います。
まず、
DVの実態や、その
被害者や
子供に与える影響について少し資料を見ながらお話をさせていただき、その後、本
実施法についての意見を述べたいと思います。
まず、
DVの実態として御理解いただきたいことなのですが、これは様々な複数の異なるタイプの暴力が相手を支配するために使われるということです。
お手元に資料を配付させていただきました。資料一を御覧いただけますでしょうか。そこの六ページをまず御覧いただきたいのですけれども、そこには、
DVというのが身体的暴力だけではなく、精神的、性的など様々な形で複雑に重なり合って、長期にわたり反復的に行われることが特徴とされています。家族、家庭という閉ざされた関係の中で毎日毎日、大小の暴力、様々な形の暴力を受けるたびに、
被害者は
加害者に逆らうことができずに譲り、従う割合が増えていきます。その中で心理的に追い詰められること、行動を制限されること、性的に支配されることなど、全てが
DVの形態になります。
それから、八ページも御覧いただきたいのですが、ここには、暴力が存在する関係には一方が
相手方を支配する主従関係が成立するという指摘がございます。つまり、
DVというのは、一つ一つの暴力とか暴言等々の行為ではありません。そうではありませんで、関係性、主従関係、支配をするという関係性を見る必要があるという指摘だと思います。これが重要なことだと思います。
それでは、このような
DVがいかに多いのかについて少しだけ
説明させていただきますが、これについては今の資料一の七ページを少し御覧いただきたいのですが、公的な資料としては内閣府の男女間における暴力に関する調査というのがございます。これ、三年置きになされています。資料一の七ページを見ますと、これは平成十七年
実施の調査なんですが、身体的暴行、心理的攻撃、性的行為の強要がいずれも相当数あること、これらのいずれかを受けたことがある人が女性で三三・二%、男性でも一七%ほどいることが分かります。
それから、資料二を御覧いただきたいのですが、これは最新の調査結果です。その中で三ページを御覧いただきますと、女性の約三人に一人が身体的暴行、精神的脅迫、性的行為の強要などのいずれかを受けているということが分かります。そして、五ページを御覧いただきますと、命の危険を感じたことがある女性が二十人に一人いるということがお分かりいただけるかと思います。
命の危険というのは大げさではないかと言われることも時々あるのですけれども、実際に毎年多くの女性が死んでおります。昨日でしたか、栃木県の真岡市で七十歳の女性が殺された事件について、娘さんの夫が逮捕されたという報道がありました。また、五月の二十三日ごろですけれども、神奈川県の伊勢原市で女性が元夫に殺された事件がありました。このように、残念なことなんですが、
DVが命にかかわる重大な結果を引き起こすということが珍しくないわけです。
資料三を御覧いただきたいのですが、これも公的な
法務省の関係の資料でございます。そこの図の②、④、⑤、⑥辺りを御覧いただきたいのですが、平成二十二年の殺人事件のうちに妻が夫によって殺害された事件が百十四件ございます。また、妻が夫の暴力によって死亡した事件、傷害致死ですね、傷害致死の事件が十一件ございます。つまり、年間百二十五人、三日に一人の割合で妻が夫からの暴力によって命を奪われています。この中には、先ほど申し上げました妻の母親を殺害した事件であるとか、あるいは離婚後の殺人や傷害致死の事件は含まれておりません。そうであっても三日に一人ということになります。命の危険というのは決して大げさなことではないということがお分かりいただけるかと思います。
なお、この資料を見ますと、暴行罪や傷害罪についても、夫婦間で引き起こされる事件のうち、実に九五%は妻が
被害者だということが見て取れます。これは
警察で事件化されたものだけの統計ですが、それでも計算しますと、一日七・五人もの女性が夫から暴行、傷害の被害を受けているということが分かります。
このように頻発している
DVが、じゃ、女性や
子供にはどのような影響を与えるのかということが問題になると思います。
資料一、もう一度御覧いただきたいんですが、九ページないし十二ページを見ますと、ここには被害女性の被害、身体的外傷だけじゃなくてストレスによる内科的な影響、あるいはうつ状態、PTSD、複雑性PTSDなど、長期にわたる深刻な被害となることが指摘されています。さらに問題は、
子供にも被害が及ぶということです。資料一の十二ページないし十四ページに
子供への影響がありますので、ここは後ほど是非詳しく御覧いただきたいと思います。
かいつまんで申し上げますと、
DV家庭では、
子供が直接の虐待を受けていることが多いということが明らかになっています。例えば、
子供が泣くだけでいらいらして暴力を振るう、
子供の成績や生活態度などが思ったとおりにならないと暴力を振るったり、あるいは
子供をおとしめるような暴言を言うということがあります。このような経験をした
子供は、ひたすら感情を押し殺して無気力になったり、あるいは怒りを内にためて周囲に暴力的になることもあります。
また、直接
子供に向けた暴力でなくても、
DVに
子供をさらすことが
子供への虐待であるということは、児童虐待防止法二条四号が
規定するところでございます。
時々、妻は殴ったけれども
子供に暴力は振るわなかったんだという主張を聞きます。ただ、家庭という狭い空間、最も
子供が守られる、安らげるはずの
場所で家族に向けた暴力が繰り返されているという
状況ですから、
子供の基本的な安全感や信頼感が奪われるということは明らかであるというふうに思います。
子供さんは
DVを目撃し恐怖の体験をするわけですから、例えば物が壊れる音を聞く、人の叫び声を聞く、それだけで動けなくなることもあります。また、心から安心することができないために、人とうまくかかわれないなど対人関係に問題が生じたり、あるいは落ち着きがなくなって学習に集中できないなどの行為もあります。また、残念なことに、暴力で問題を解決している親の姿を見ることになりますので、暴力のある家庭を再生産するといった暴力の連鎖を呼ぶこともあります。
このように、
DVというのは
子供に、その家庭にいる
子供に深刻な被害をもたらすだけではなく、将来の
子供自身が築くであろう家庭にまで深刻な影響を及ぼすものであります。
続いて、資料四も御覧いただきたいのです。
これは、脳の研究からも、
DVが
子供に重大な影響を与えるということを解明したものです。最新の脳の画像撮影技術を用いましたこの研究によって、二ページ目辺りですけれども、脳の画像撮影技術を用いたこの研究によって、
DVを日常的に目撃した
子供は対照群に比べて目で見たものを認識する脳の視覚野の一部の発達が阻害されること、これが分かったということです。家庭の中でどなられたり、おとしめられたりした経験というのは
子供の脳に深刻な影響を及ぼします。友田先生は、
DVを見た嫌な記憶を何度も思い出すことで、脳の神経伝達物質に異変が起き、脳の容積や神経活動が変化して様々な精神症状を引き起こすのではないかというふうに述べていらっしゃいます。
さらに、外国人として生活する立場の弱さについても述べたいと思います。
ハーグ条約で問題となるのは国境を越える子の移動ですが、いわゆる移住した外国人というのが
DV被害を受けやすく、かつ支援を受けにくいという指摘があります。資料五を御覧いただけますでしょうか。
これは、米国で
日本人DV被害者が直面する問題を分かりやすくまとめたものです。私自身が
日本にいる外国人女性や
子供たちからの相談をよく受けるんですけれども、資料五にある事情というのは
日本でもよく似ていると思います。すなわち、外国人女性やその
子供たちは
DVや虐待の被害に遭いやすいんですが、これはその国での語学力の差、言葉での会話であるとか読み書きが自由にできないというような差、そのために十分な経済力を得ることができないこと、人種、民族あるいは文化、習慣の違い、それからその国の社会
制度や支援
制度を知らないこと、夫の本国で生活する場合が多く、その場合には女性たちは親族や友人などが少なくて周囲に相談する人がいない、それから夫の協力がないと安定した在留資格の取得や更新ができないなどの事情に起因しています。そのため、たとえ深刻な被害を受けても支援にたどり着かないということが多いのです。このことは、ひいて、
子供にも重大な影響を及ぼすということは先ほど述べたとおりです。したがって、もちろん当該
居住国での外国人女性の保護の充実が必要ですが、
日本の在外公館による邦人保護の強化というのも必要だと思います。
さらに、
DVから逃れるために帰国した母子にとっては、外国で起きた
DV被害ですから、自分が
被害者であることを証明する資料、例えば医師の診断書、
警察への相談記録、周囲の人の
DV目撃
情報などをきちんと入手することは非常に難しいです。そうでなくても
DVは家庭内の出来事ですので客観的な資料の収集が難しいのに、ましてや外国での被害の場合はなおさらです。このような事情も考慮する必要があります。
子供の利益を守るために、
裁判所や
中央当局はできるだけ多くの資料を集めるべきだと考えます。
以上のことから、今後更に必要と考えられる
措置をまとめたのが資料の七になります。済みません、時間の関係がありますので、ごく簡単に要点だけ申し上げます。
まず、一のところですけれども、在外公館の職員に対して先ほど申し上げたような
DVの実態や母子への影響を含めたきちんとした研修を
実施することは当然必要だと思いますけれども、ただ、研修をすれば直ちに
DV、虐待相談にその職員が対応できるというふうには残念ながら思いません。現地支援機関との間で日常的な関係を構築するだけでなく、具体的な業務委託を行うことが必要であると思います。しかも、ニューヨークやロサンゼルスでは既に業務委託を始めたというお話もございますけれども、相談だけではなく、一時保護や同行支援、通訳支援等についても業務委託を
実施すべきであるというふうに考えます。
それから、
法律相談、法的支援についても、
DVや虐待に詳しい
弁護士を紹介するだけではやはり足りないと思います。在外公館がその当該
弁護士と契約を交わし、その
弁護士が直接相談や法的支援を行うことが必要だと思います。医療の
提供についても同じでして、
DVや虐待に詳しい医師と在外公館が契約を交わし、その医師による医療の
提供を行うことが必要であると思います。
また、本
条約及び本法による
返還は子の利益のために行われるものです。そうだとすれば、
返還後も政府として子の福祉を見守り、必要な
援助をすべきであると考えます。
返還先国において子が安全で安定した生活を送ることができるように、最低三年間の継続した支援と実態把握を行うべきであるし、その方策としてはやはり現地専門機関に業務委託をすべきものと考えます。
これらの支援の
具体的内容を検討するために政府にはワーキングチームを設置していただきたいのですが、その際、
中央当局あるいは
外務省だけではございませんで、むしろ厚生労働省あるいは内閣府の男女局なども含め、それから民間支援機関も含め、いわゆる
DV、虐待の専門家によるワーキングチームを設置して検討し、そして本法施行と同時に支援を
実施していただきたいと思います。
それから二番目、
中央当局の体制について一言申し上げたいのですが、
外務省は子の心身についての専門家としてソーシャルワーカーを採用する予定というふうにおっしゃっています。ただ、ソーシャルワーカーというのは、一般には直ちに子の福祉及び
DV、児童虐待の支援に精通する専門家ではないと思います。真のこのような専門家の配置がとても重要ですので、民間支援機関や家裁における実務経験がある専門家を公募するなど体制の充実を図っていただきたいと思います。
それから、子及び子と同居する者の
住所等に関する
情報の
提供についてなんですけれども、これについては、
DV被害者とその子の保護のためのガイドラインの作成が必要ですし、その作成に当たっては、
中央当局や
法務省だけでなく、内閣府男女共同参画局、それから民間の支援団体のネットワークを含めた十分な検討を行っていただきたいと思います。
さらに、
中央当局による資料の収集なのですが、先ほども申し上げましたけど、
返還命令の
申立てを受けたTPが常居所地国での
DVや虐待の証拠を集めるのはなかなか難しいことがございます。
日本国の
中央当局は、自ら在外公館を通じるなどして必要な
情報を収集して
裁判所に
提供すべきものと考えます。これは、決して連れ帰った親の肩を持つということでは全くございません。そうではなく、本
条約の
趣旨である子の利益を守るためには事実に基づく判断が必要です。事実を判断するためには、できる限り、可及的たくさんの証拠を集めるべきだと、こういう
趣旨でございます。
それから、子の
返還の代替執行の際の子の心情への
配慮なんですが、
最高裁は代替執行に対応した執行マニュアルを作成するというふうにおっしゃっています。このマニュアル作成作業には、子の心身への有害な影響、虐待、
DV等の専門家として、これらの分野に造詣が深い児童精神科医などを加えていただきたいと思います。そしてまた、代替執行の現場にも、ソーシャルワーカーの立会いではなく児童精神科医の立会いを求めるべきだと考えます。
それから、本邦に在留する外国人住民と
子供の保護支援の強化も必要です。国籍や在留資格にかかわらず、被害があればきちんと保護をするということをまずやっていただきたい。それから、国外に母子が移動し、その後に子が
日本に
返還される場合もこれから出てくると思いますが、その場合に、子の母である外国人女性が
日本に戻り、適法に在留し就労するとともに、監護の本案について十分に主張立証活動ができるように必要な施策をしていただきたいと思います。
最後に、国境を越えた子の移動の実態、本法に基づく子の
返還並びに
面会交流の実情について、いまだ
国内ではしっかりした調査がなされていないというふうに考えます。定期的に調査、検証をお願いするということでございます。
以上です。ありがとうございました。