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渡辺(義)
委員 こういうことを行っているということで、それが細かくどう生産農家に生かされているかというところ、そこの実態が大変問題になっているんだと私は
思います。
先ほど申しましたように、一生懸命育てた馬が買いたたかれるというか、ほとんど売れない。競りに行きますと、最後の競りなんて、終わってしまいますと、どうぞもう持って帰ってください、ただで結構ですよというようなことが日常のように年末になると行われているという実態を見ますと、しっかりとした
支援ができていないんじゃないかというのが私の
考えであります。
日本の生産農家というのは、御
家族中心というか零細でありますし、五頭ぐらいの繁殖牝馬等々を何頭か持っている、そういうところがほとんどであります。一九五〇年代は副業的にやっておられた農家が、六〇年代になると複合的な農家になり、そして、七〇年代には
競走馬を生産するということの専業の農家になっていく、こういうことであります。それは、
競馬というもののニーズ、また、走る原資であります馬を生産するというところで、これは何とかいい
事業になるなということで、どんどん転換されていったんだと
思います。
しかし、今の
状況を見ると、なかなか馬というものが売れない。なぜかというと、それは馬主さんが馬を持とうとするということも、この不景気の中といいますか、そういう原因もあると
思います。長期の不景気というのもありますし、レジャーの多様化というのもありますし、また、
ファンの世代交代といいますか、生産年齢というか、お仕事をされるとすれば十六ぐらいですか、から六十五までの方の年代の構図がどんどん変わってきた。
高齢者の方ということイコール若い方の
ファンというものを生んでこられなかったので、結局は
ファンが高齢化して、なかなか
売り上げももとへ戻らなくなってきたということに原因があると
思います。
余り時間がございませんので、私なりに
考えますけれども、欧米を見ますともっともっと大規模な、大きな農場でたくさんの馬を育てるというのが主流でありますけれども、日本の生産というのは、先ほど申しましたように、狭い土地で少ない馬を育てるという、なかなか効率の悪いやり方であります。
ですから、今の主流は、企業的な経営で馬を生産していくということに転化していかなければ、生産農家、小さい生産農家を守っていくことがなかなかできないんじゃないかと私は思っております。
そういう中で、それじゃ、もっと馬が売れるように、また
ファンをふやすようにということでいろいろな施策があると思うんですけれども、例えば、競りのあり方なんというのは、先ほど申しましたように、適正価格で売るような方法をもっと
考えていただかないかぬと
思いますし、先ほどの売れ残り云々ということを
考えますと、昔は、
中央競馬では抽せん馬というのがあって、
中央競馬会がお買いになってそれを馬主さんに安く供給するというようなことがございました。こういうことも、
地方競馬、NARさんになるのかもしれませんが、共同でたくさんの馬をお買いになってそれをお配りするとか、そういう方法で売れ残りをなくしていく、また適正な価格で販売していくということも大変重要なんじゃないかなと私は思っております。
また、海外へのアプローチ。今、中国が
競馬を始めようということでやっておられます。私は、日本の
競馬のノウハウであるとか血統云々ということを
考えますと、もっともっと中国の
競馬というものに対して協力をし
支援をすることによって、日本で生産された馬の販売先のルートももっともっと拡大するんだと
思います。競りになりましても、今は
韓国の方であるとか中国の方も買いに来ておられますし、その辺の、海外へのアプローチというものにしっかりと取り組んでいただきたいなと
思います。
あとは、
売り上げを上げるということですから、販売方法ですね。ネットの
競馬といいますか、それが主流にはなっております。逆に、
競馬場へ行かなくなったから
売り上げが落ちる。痛しかゆしのところがありますけれども、ネットというものも活用する。その大きな援軍になるのは、今、モバイル、携帯電話も、今は、アイフォンに代表されるように、ああいう機器を使うことによって、ヨーロッパもそうです、アメリカもそうです、販売実績というものが大変上がっておるようでございます。ですから、その辺のソフトの開発でございますとか、そういうことにも多く取り組んでいただけたらと思っております。
あとは、
地方競馬、
中央競馬と共同した場外の
馬券場というものを、大きいビルを建てて販売するというようなことではなしに、もっと気軽に買える小さい販売所のようなもの、ネットワークを使えば家庭で
馬券が買えるわけですから、そういうことも十分に可能だと私は
思いますので、そういうことであるとか、もっともっと御活用いただけたらと
思います。
あと、時間が来てしまいましたので、もっともっとお伝えしたいことがあるんですが。
一番最初に
公営ギャンブルの中で
人気があったのは競輪であります。何でかいうたら、控除の率が低かったからです。だから、
地方競馬より競輪の方が上に出てしまった。次、いっときボートが抜く。これは何でかいうたら、
施設を美しくした。先ほど
石田先生がおっしゃいましたように、
女性が来やすい、また一般の方が来やすい、
家族連れで行けるというような
施設をお
考えになった。だから、これで競艇というものが抜いた。
しかし、
平成二年ごろ、その少し前ぐらいから、スターの誕生によって、ハイセイコーという馬が出てきてからどんどんどんどん、また、三冠馬というものが時期同じくして、ミスターシービー、シンボリルドルフ、そして武豊というスターの
騎手が出てきた。そこによって大きく大きく
売り上げが上がったわけです。そこに上手にJRAさんは宣伝された。市民権を得たということだと
思います。