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亘理参考人 都市交通評論家の
亘理章です。
私は、主に欧州各国の
移動、
交通への
取り組み状況を
紹介しながら、議題となっている
交通基本法案に関する
意見を述べたいと思います。
私は、本
交通基本法案は日本の将来にとって何としても必要なものであり、賛成する
立場で
意見を述べさせていただきます。
ただし、法案には不十分な項目があるため、国
会議員の皆さんが協議の上で一部修正して成立させていただきたいと考えております。どうぞよろしくお願いします。
欧州の
都市交通政策の特徴の一つは、
市民の
移動の保障を通じて、社会
参加、すなわち自立支援する社会システムを構築していることにあります。
移動できないことは自立生活ができないことと同じ意味を持つものです。したがって、さまざまなモビリティー手段の提供による
移動の保障は、国や
地方自治体の自立支援政策や社会福祉政策の一つとも言われております。
欧州の
移動、
交通に対する思考は古代ローマ
時代から見られます。国家や町の
発展のためには、人や物の
移動を保障する道路の
ネットワークが重要との認識です。紀元前三一二年に着工された旧アッピア街道には、幅員約七メートルの道路の両サイドに一メートルの歩道が敷設されています。古代ローマ
時代から、人と物の
移動、そしてその
移動に伴って動く情報が重視されてきたと言えます。
近年になって、
市民の
移動の保障のテーマが本格的に議論されたのは一九八〇年代の前半からです。きっかけの一つが一九八二年に
制定されたフランスの国内
交通基本法でありまして、フランス以外のほかの国も追随し、八〇年代後半から九〇年代初めにかけて法律を
制定してきました。フランス以外の国は、もともとあった障害者自立支援法の改正という形で法整備をしてきました。こうした法整備により、
市民の社会
参加の保障はもとより、町の
活性化、そして
市民の健康
維持管理という三つのテーマを同時に実現してきました。これに、九〇年代後半から地球環境問題の解決が加わってきました。
こうした四つのテーマを実現するためには、人間が
移動することを前提とした
まちづくりに
取り組み、
都市計画と
交通計画を一体的に捉える中で、総合的な
都市交通政策を展開しなければなりません。そのために、フランスにはこれを義務づけている法律があります。
欧州各
都市の
交通管理センターを視察するとわかりますが、市役所の
交通政策担当者、道路管理者、
交通管理者等が
連携して活動するのは当たり前のことで、
都市によっては、これに消防、救急等の緊急事態に対処する担当者も加わって問題に取り組むなど、
関係行政組織が一体化しているのが欧州各
都市の実情です。
欧州の各
都市では、どのようにすれば
市民が安全に安心して動くことができるようになるか、
まちづくりの法規は
市民のニーズに合致しているか、適切な
交通機関と
交通ルールは何か、邪魔なインフラ、建物はないか、生活圏空間の施設が
確保できるか等々について常に考え、検討しています。そのために
市民のニーズや評価を酌み取る仕組みが必要で、
都市計画や
交通計画の構想、企画段階から
市民参加することを法律で規定している国が多いのが実情です。
車社会の欧州では、
地域のコミュニティーを分断させずに、また
市民の
移動の妨げにならないような形で、人と車の共存をどのように実現するか、限定的な
都市や道路空間をどのように利活用するかなどが大きな
課題となりました。
その解決の一つが、車の速度規制と生活
エリアへの流入規制を柱としたモビリティーマネジメントでありました。そして、そのモビリティーマネジメントを実効あるものにするための道路空間の再配分、つまり、車線を減らし、歩行者、自転車、そして
バスや軽量の路面軌道電車、いわゆるLRT等の
公共交通の空間へと再配分することでありました。今や、欧州の普遍的な
交通政策として展開されているゾーン30、すなわち、一定の区域内で車の速度を三十キロに規制し、歩行者と車を共存させるための政策ですが、これは今まで述べてきた流れの中で生まれてきたものであります。
欧州の主要
都市では、総合的な
都市交通計画を展開しています。その中では、全ての
交通手段の利便性を高め、ストレスのない
移動を目指していますが、自転車と
バス、または
都市によってはLRTが戦略的に位置づけられています。自転車は短距離を、車にかわる有効な
交通手段の一つとして、
公共交通は、子供、
高齢者または通勤通学のための足として活用するというものですが、このためにダイナミックな道路空間の再配分が行われています。
まず自転車レーンの整備です。
人口二十万から三十万人の中
都市でさえ、数百キロの自転車レーンの
ネットワーク整備
計画を持っています。
公共交通ではLRTが意欲的に進められています。特に最近導入されたものは、路面に芝を敷設して、
都市景観への配慮と騒音対策が同時にとられています。
一方、LRTよりコスト面で有利な
バスを活用する
都市も多く見られます。その際には道路空間を
バスのために優先配分し、
バスレーンの車線幅をこれまでの三・二メートルから三・八メートルへと広げる
都市がふえています。これは、
バスレーンの中で自転車を安全に走らせるための方策で、
バスと自転車の共用レーンとして運用しています。これも欧州の普遍的な
交通政策の一つとなっています。
フランスのパリでは、昨年、
バスレーンの技術基準を変更し、三・八メートルから四・五メートルへと拡大しました。
バスと自転車が、追い越す際の安全性を
確保するためです。これにより、車用の車線がさらに削られることとなり、パリ市内の幹線道路の一部は、
バスだけは双方向の通行ですが、車は一方通行へと運用の変更を余儀なくされています。
このように、歩行者、自転車そして
公共交通のために道路空間の再配分が行われていますが、この底流に
交通の優先権という思考があり、社会に定着しています。原則として、道路空間の
交通優先権は、第一位が歩行者、そして自転車、
公共交通、
最後に車という順番です。人が優先、
交通弱者の生命及び安全の
確保という
理念が重要だということであります。
欧州では、
バスやLRTの前方を自転車が悠然と走る光景が見られますが、自転車が優先される道路では
公共交通機関といえ
ども追い抜いてはいけないからです。その際、大事なことは、道路を
利用する人に対して、その優先権を目に見えるようにしていくことが重要です。その結果、
交通秩序が整序され、
交通安全に資するとともに、
交通手段間の責任と義務の
関係が明確になってきます。
欧州の
都市を歩くと、あるいは自転車に乗りますと、この道路は歩行者優先だ、この道路はどちらかというと車を優先しているといったことがわかります。また、この
都市の
都市計画の狙いは何かということも理解できます。最初に
交通計画を立案し、この路線・
エリア内にどの程度の
人口を住まわせ、どのように歩いてもらい、自然環境や
都市景観をどのように
確保し、商業圏をどこに、どのように設置するか、すなわち、
交通計画の立案後に
都市計画を策定している様子をうかがうことができます。ということは、総合的な
都市交通計画を目標どおり実現させるために、
都市計画そのものも全面的に見直されているということであります。
次に、議題となっている
交通基本法案に関する私の
意見を述べたいと思います。四点あります。
第一は、
交通の優先権の問題です。日本でとりわけ問題になるのが、生活道路における
都市や道路構造の欠陥です。
例えば、道路構造令では、六メートルの道路幅員に四メートルの車道を設置することになっています。両側に一メートルの路肩が設置されることになるのですが、その真ん中に電柱があるというのが実態です。歩行者は安心して歩くことができません。
交通安全対策基本法第二十九条二項では、「国は、陸上
交通の安全に関し、住宅地、商店街等について前項に規定する
措置を講ずるに当たつては、特に歩行者の保護が図られるように配慮するものとする。」とありますが、生活道路においても車優先というのが日本の実情です。
交通の優先権を道路の性格別に国が運用基準を策定し、
地方自治体が
交通の優先権がわかるようにインフラ整備を行い、国民がそれを遵守するといった形式が望ましいと思います。そのために、
交通の優先権というコンセプトを規定していただきたいと思います。
第二は、
交通は
都市間、
市町村間の
ネットワークが重要となります。したがって、一つの
都市あるいは一つの
市町村だけの
交通計画では不十分です。複数の
市町村が共同して
協議体を持ち、そこで広域の
交通計画を策定するように義務づけていただきたいと思います。
第三は、
交通安全の問題です。法案では、「
交通の安全の
確保に関する施策については、
交通安全対策基本法その他の
関係法律で定めるところによる。」とありまして、
関係各省庁が協力して総合的な施策を推進することから外されています。
最近、通学路での車と学童との
交通事故や自転車による人身
事故が増加しています。道路
交通法による取り締まりだけでは不十分で、歩道、自転車レーンの設置等のインフラ整備、あるいは車の速度規制、通行規制、車がスピードを出せない道路構造の整備、生活道路等では一定以上の速度を出せない車の商品開発等、人とインフラと車の三位一体でこのテーマに取り組まなければならず、まさに、
関係省庁が協力して総合的な施策を推進することが必要となっています。
この一事をもってしても、
交通安全も
交通基本法の対象としなければなりません。本来ならば、第一条の表現と第七条は削除されるべきだと考えます。しかしながら、それが困難であれば、
交通基本法が
交通の
理念法という位置づけである以上、人の安全が優先することをもっと明確に規定すべきだと考えます。
第四は、
交通基本計画にかかわる省庁は、内閣総理
大臣、
経済産業大臣、
国土交通大臣のみとなっています。
交通管理者たる警察庁も当然かかわるべきではないかと考えます。また、
移動そのものが国民の生活の基本であり、自立支援や健康
維持増進等に貢献するものであります。その観点からの厚生労働
大臣や、必要ならば農林水産
大臣、文部科学
大臣等な
ども環境
大臣と同様の扱いに入れるべきではないかと考えます。
最後に、人間は
移動なくして生きてはいけません。生命を
維持発展させる手段でもあります。
移動は
市民生活の基本であり、
市民が自立した生活を営むための権利と言えます。
そうした視点からも
交通基本法は必要なもので、ぜひとも成立させていただきたいと思います。最初は完全なものではなくても、何回かの改正を得て、本来のあるべき法律に仕上げていただければと思っています。どうぞよろしくお願いします。
ありがとうございました。(拍手)