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参考人(
松本俊彦君) おはようございます。
松本と申します。私は、薬物依存症を専門とする精神科医です。これは、精神科医の中では絶滅危惧種に近い非常にマイナーなものです。
本日は、精神科医療の立場から、薬物依存者の治療と回復という
観点で話をさせていただければと思います。
話は、お手元にありますこのカラーのパワーポイントを打ち出したものに沿っていきます。適宜資料を御関心がある方は、細かく資料も一応付けてありますけれ
ども、話の中では余り触れることはないかと思います。
まず、薬物関連事犯の
再犯率がなぜ高いのか。これは、私
どもはかねてより主張しているのは、そもそも薬物依存症なんだと、依存症という病気があるから、その治療がなされなければやはりなかなか、何度も捕まっても同じ人が何度も何度も繰り返すという事態があるのではないかというふうに言ってきました。実際、この薬物依存症という病気は、世界保健機構、WHOの精神障害の診断分類の中でも明記されているものですし、
我が国の精神保健福祉法の中でも精神障害として明記されています。
私自身は、実は十年ほど前から少年鑑別所や少年院あるいは刑務所の中で
受刑者に対するプログラムあるいは治療にかかわってきました。例えば、ある成人の刑務所の中で薬物、覚せい剤取締法の累犯者を集めた依存症のプログラムをやっているときに、あなたはこれまで覚せい剤が理由で親や兄弟あるいは友人や親分に焼きを入れられたことがありますかという、ちょっと品のない質問をすることがあります。そうすると、全員があるというふうに言っています。焼きを入れられてどんな気持ちになりましたかというふうに聞くと、みんな余計にやりたくなったというふうに言っています。実はこれが依存症なんですね。一旦依存が成立すると、実は罰が罰として有効に作用しない、下手をするとそれが逆に破れかぶれな気持ちを起こさせて、かえって薬にのめり込んでしまうという事態をもたらす、このことはやっぱり我々はまず前提として理解しておかなきゃいけない。
そして、例えば、私がかかわっている、さほど
犯罪性が進んでいない人たちが入っている成人の
刑事施設の中にいる薬物乱用者を調べてみると、その三五%は専門医療機関にいてもおかしくないぐらい重篤な人たちです。それから少年鑑別所、未成年ですよ、未成年のその
施設にいるそこの薬物乱用者を調べてみても、約一三%はかなり重症な薬物依存症です。これに対して我々は何をしたらいいのかということを
考えていかなければいけないと思います。
次、おめくりください。
薬物乱用防止のために必要な施策というのは、一つに供給の低減だと思います。それからもう一つは需要の低下です、減少ですね。まず一つ、前者の供給の低下というのは何かというと、それは取締りです。じゃ、需要の低減というのは何かというと、要するに依存症に対する治療なんですね。
それが不足しているよということを明記したのが、この
平成二十年の八月に出された第三次薬物乱用防止五か年戦略の中で、このアフターケアが、治療が目標の二番目に、従来よりも順番が上がって二番目に来ているということ。その中で、医療体制が非常に不十分であって、これをもっと充実させなければいけない。それから、治療法というものが
我が国にはなかなかない。これまで薬物依存に関しての支援でずっと尽力してきたのはダルクという民間団体です。逆に言うと、専門家までが何もかもがダルクに丸投げをしている状態があって、ダルクも本当に疲れています。中でおかしくなっても、なかなかすんなりと診てくれる精神科医療機関がない状態。
実際、我々も、ほかに打つ手がないので、とにかくあなたはダルクに行きなさいというふうに言います。でも、行ってくれる人は実は僅かなんですね。あそこにつながっている人は相当な
エリートだというふうに言ってもいいくらいなんですよ。でも、本人が嫌だと言った場合我々はどうしてきたかというと、あっ、こいつはまだ
自分の問題の深刻さが分かってない、もっと痛い思いをしないと駄目だなというふうになっちゃうんです。でも、痛い思いをするうちにもっと深刻なことになったり、中には命を失うような結果になっている人たちもいるんだということ。
そういう
意味では、この目標二というのは非常に重要なことが書いてあるんですが、少なくとも、私が見ている限り、これに関しては今もって私自身が実感できるような進歩がなされていないというふうに感じています。
次、お願いします。
次にお示ししたものは、精神科医療の
現状です。これは、精神科医療機関に入院している患者さんたちをこの六月三十日という定点観測で経年的に追っているデータなんですね。そうすると、覚せい剤に関連した精神障害者は全国で七百六十二名いるんですけれ
ども、このうちこういう患者さんを診てくれる
施設はどのくらいあるのかというと、全国で入院ベッドのある精神科医療機関が千六百数十ある中で実はほんの僅かなんですね。大体、ちょっとでも診てくれているのは一割前後です。
実は、この千六百四十幾つのうちの〇・二%にしか当たらない四つの病院で覚せい剤関連患者さんの一二・七%を診ている。だから、実は本当に国内の少数な病院が一手に引き受けてやっている
状況がある。ほとんどほかのところで診てくれないんですね。
これは何を
意味しているかというと、覚せい剤のことで精神医学的な問題が生じたときには、遠くにある病院に行かなきゃいけない。そして、入院中はプログラムを受けれるけれ
ども、実は依存症の治療というのはその後の通いが
中心なんですよ。通うに通えない距離、アクセスできるプログラムが非常に少ないということが問題なんです。
さらに、次、おめくりください。
全国の病院の中で、少数とはいえ、この薬物関連の精神障害を診てくれる病院はそれでも少数ながらあります。あるけれ
ども、そこでなされている医療の大半が、例えば覚せい剤であれば、覚せい剤によってもたらされた幻覚や妄想の治療なんです。でも、それが消えた後に、一見何も病気はなくなったように見えますが、実はそこに依存症という一番根本の問題があるんです。幻覚、妄想を治すことはさほど難しくありません。しかし、依存症を治さないと、また使ってしまって同じことになってしまうということ。
ここに示してあるのは、薬物依存症に特化したプログラムがありますかというと、診てくれている僅かな病院の中でも実は五・一%しかプログラムがない。ほかの病院で少しアルコール依存症のプログラムを利用しているところもありますけれ
ども、なかなか代用という限界を免れることはないんだということも強調しておきたいと思います。
さらに、次、おめくりください。
実は、この覚せい剤依存あるいは依存症というのは、メンタルヘルスの問題としてとても深刻な問題をいろいろはらんでいるんだということをまず御理解いただきたいと思います。
アルコール依存症と比較した場合、アルコール依存症というのは、典型的には、学校を卒業し仕事をして適応的な
社会生活をする中で、四十代の後半あるいは五十代の前半で病院に来ることがほとんどです。しかし、薬物依存症を見てみると、十代の半ばから
社会逸脱行動、不適応行動の一環として発症しているんですよ。多くの方が三十代前半ぐらいで病院にたどり着きますが、そこで薬をやめても、その後の生きづらさみたいなものがなかなか解決するのが大変です。
リハビリテーションというのはリ・ハビット、かつての習慣を取り戻すという
意味です。しかし、薬物依存者はそもそも取り戻すべき習慣がないんだということ、そのためには濃厚なサポートが必要だということ、そしてそもそも十代の前半から薬を使わなければいけなかった背景には何があったのか、過酷な養育背景、虐待とかネグレクト、あるいは学校における深刻ないじめ、
自分のことが好きになれない、こういう問題を持っているんです。
ですから、薬物依存症の治療をするようになって三十代前半に来ても、ほかに合併する精神障害が非常に多いです。幻覚や妄想が続いていたり、あるいはうつがあったり、あるいはちっちゃいときの虐待のトラウマが今でもフラッシュバックをして、フラッシュバックを消すために薬が必要になっている人もいる。だから、いきなり薬をやめると逆に死にたくなっちゃう人もいるんですね。
ここにお示ししたのは、アルコール依存症の人と覚せい剤依存症の人を比べて、うつや自殺傾向がどのくらい違うのかということです。
一番上にあるのはK10といううつの尺度です。二十五点以上だと押しも押されぬうつ病の疑いがあるということを示すものですが、見てみると、アルコール依存症に比べると覚せい剤依存の患者さんの方がはるかにうつが深刻です。それから、下にあるのは自殺の尺度です、M・I・N・I・というものです。十点を超えるとかなり切迫した自殺の危険があるんですけれ
ども、覚せい剤依存の患者さんたちはもう平均値においてこの十点を超えているんだということ。そういう
意味では、非常にメンタルヘルスの問題を多くはらんでいるということです。
次におめくりください。
皆様も御承知のように、
平成十年以降、
我が国の自殺者の総数は三万人を超えて、それが十三年間今日まで高止まりしているわけなんですが、その自殺対策の中でも、やはりうつ病に並ぶ疾患の一つとしてこの薬物依存症は明記されているんですね。しかしながら、実はこれに関しても、私としてもきちんとした対策が取られているというふうには思えないでおります。
その次、おめくりください。
このような覚せい剤を始めとする薬物依存症に対してどのような治療をしたらいいのか。海外では様々な実証的な
研究がございます。その実証的な
研究を全てまとめたものとして、アメリカにあります国立薬物乱用
研究所がホームページに掲げているものがあります、薬物依存治療の原則としてですね。
その中で、幾つか抜粋させていただいております。まず一番最初に、薬物依存症というのは脳の病気なんだということ、しかし適切な治療や援助があれば回復できるんだということ。それから次が一番大事ですね、この薬物依存症の治療で一番大事なのは治療
期間を十分に取ることです。
施設の中ではなく、地域の中で長くやればやるほどその治療転帰はいいということが明らかにされています。そしてほかにも、様々な本人のニーズを
考えて様々な治療オプションを
考えるべきであるとか、合併する精神障害に対するケアも大切であるとか、強制的な治療であったとしても実は結構効果が出るんだということも言われています。
アメリカにおけるドラッグコートという仕組みがあります。刑務所に入れる代わりに
裁判所の命令によって地域の治療
施設に通うんですね。これは成果を出しています。地域の治療
施設の中には、
裁判所から言われて嫌々来ている人と
自分の意思から来ている人がいます。この両群を追跡し、どちらの方が回復率が高いかを調べてみると両者が変わりありません。だから、最初のきっかけが、ある縛りであったとしても、やがてそこから自発的な治療に向かう人が結構います。
全国でダルクが今六十数か所あります。
施設長がそれぞれいます。でも、その
施設長たちが、かつて喜び勇んでダルクに行った人たちかというと、そうではありません。嫌々ほかに行くところがなくて行っている人たちです。でも、まあ渋々やっているうちに、あっ、これっていいかもしれないと思って薬を使わない生活を選択しているんですね。今回のその
制度の中でそういった最初のきっかけを与えることができれば、これは非常にすばらしいというふうに思っています。
次、おめくりください。
次は、これはアメリカのデータなんですけれ
ども、何を
意味しているかというと、一番上の矢印が付いた高いグラフ、これは何かというと、刑務所の中でもプログラムをやりました、刑務所を出てからも地域内でもプログラムを送りました、そういった人たちの
再犯率を調べたものなんです。
その下の方に低いところに行っているグラフがたくさんあると思います。これは、全くプログラムをやらなかった場合、あるいは刑務所の中だけでプログラムをやった場合、刑務所の中でやって地域でもちょこっとやったけれ
ども途中でやめちゃった場合。これ見てみると、実は刑務所でどんないいプログラムをやっても地域でプログラムをやらなければ何もやらないのと余り効果が違わないんですよ。逆に言うと、地域でも出た後きっちりアフターケアをやると相当に
再犯率が下がるよということなんですね。
だから、日本の
状況に合わせれば、矯正でかかわり、
保護でかかわり、そして可能であればその後の地域でも支援がなされなければならないというふうに思っています。
その次、おめくりください。
そういったことを踏まえて私なりの提言なんですけれ
ども、実は私自身の臨床経験の中で感じていることなんですが、薬物依存症の患者さんがしばらくやめていた薬物をまた使い始めやすい一番危ない
状況はいつかというと、刑務所を出所した直後、それから
保護観察が終わった直後、そして病院を退院した直後なんですよ。だから、実は地域に出たときこそが一番大事なんですね。だから、今刑務所の中でもプログラムをやっています。
保護観察所でも、不十分ではありますけど、ぼちぼちやっております。
これだけやって、もしも
再犯率が下がらなかったとするならば、それは実は地域の問題です。これは実は管轄する省庁は厚生労働省になるわけなんですが、そこをしっかりやらなければ、幾ら
法制度の中でしっかりやってもうまく地域に移行していかないだろうと。そういうふうな地域の支援資源ときちんとうまく結び付いてやれるのであれば、この地域内
処遇というのは非常にうまくいくだろうと。
是非、僕はこの地域内
処遇をやるに当たってお願いしたいなと思っていることがあります。できれば、例えば司法機関から一気に民間機関に行くんではなくて、そこに少しマネジメントという形で地域の公的な保健福祉機関、例えば精神保健福祉センターや保健所というところがやっぱり一枚かんでほしいと思うんですね。そうしなければ総合的、包括的な支援ができませんし、きめ細やかなその患者さんの
状況に応じた対応ができないと思います。中には医療が必要な人もいるでしょうし、医療は要らないけれ
ども少し福祉的なサービスが濃厚に必要な人もいるかもしれない、あるいは民間的なサービスで十分な人もいるでしょう。そこのところをトリアージする場所が必要だろうと。
ダルクはこれまでも非常に重要な役割をしてきましたし、これからも重要な役割をすると思います。しかし、それに加えてほかの選択肢も用意していかなきゃいけない。そのためには、やはり精神科医療機関の人たち、薬物依存の患者さんをみんな嫌がっています、招かざる客です、でも、それがもう少し診やすい体制を整える必要があるだろうと。実は、アルコール依存症の入院治療に対しては昨年度から診療報酬の加算がなされています。しかし、より治療が大変である薬物依存症に対しては加算が付いていません。こういうふうな、実は地域の側の受け止め体制をもう少し整えることも並行して行っていくということがこの地域内
処遇を成功させる上での一つの秘訣だろうと思います。
次、おめくりください。
私は
先ほど、医療の中には薬物依存症に対して打つ手がないというふうに言ってきました、専門家も絶滅危惧種のように少ないというふうに言ってきました。しかし、五年ほど前から私
どもは、アメリカで広く行われているマトリックスモデルと言われる覚せい剤依存に対する外来治療プログラム、これを
参考にして、日本でもこういう外来治療プログラムを開発し、それをあちこちに普及させる
活動をしております。SMARPPという名前なんですが、この名前の由来は、そもそも私が勤めていた神奈川県立せりがや病院のそのせりがやという名前をちょっと中に取り込ませていただいているわけなんですが、このプログラム、認知行動療法を軸とした包括的な外来治療プログラムです。
ワークブックとセラピスト用のマニュアルがあります。これをやることによって、
研修会をすることで、実は専門家が少ない
我が国でも速成である程度の専門家を養成し、いろんなサービスを提供することができるようになります。実はこれ、全国の保健・医療機関、約三十か所ぐらいまで今広がっています。ダルクの中でも、ダルクのプログラムに加える形でこれをやりたいというところが出ていて、現在は五か所でそういったプログラムをやっています。いろんな形で、当事者のプログラム、専門家のプログラムがくさび状に絡み合う中でサービスを提供できればというふうに思っています。
次、おめくりください。
かつて専門家の中で、覚せい剤依存症の治療は司法機関がやるべきか医療機関がやるべきかなんというふうな
議論をなされた
時代もあります。でも、これは非常に甚だ不毛な
議論だったと思います。医療機関であれ司法機関であれ、その人が覚せい剤依存であるということを見付けた場合には直ちに援助や介入を始めるべきであって、その方が司法から医療、医療から司法に行ったときにも継続してサービスがなされなければいけません。
なぜならば、薬物依存症というのは再発と寛解を繰り返す慢性疾患です。糖尿病や高血圧と同じです。しかし、失敗を繰り返しながらも、サービス、援助を受け続けていると、それでも受けていないよりも薬をやめる率が高いです。中にはやめられない人もいますけれ
ども、やめられない人たちを調べてみても、治療を受けていた人の方が逮捕される回数あるいは職業的な
状況あるいはメンタルヘルスの
状況がいいということが分かっています。そういう
意味では、やはりサービスをつなげる必要がある。
確かに、一援助機関で薬物依存者と向き合っていると、まるでざるで水をすくっているような不毛感にとらわれることもあります。これは多くの機関の専門家がそう言っています。だとするならば、ざるを多重構造にすればいいと思います。そうすれば目の上に残る水も少しでも多くなるでしょう。
いろんなところでつながるような、医療、司法、地域の中でつながる。そして、薬物依存者を最終的に見るのは、司法でもなければ医療でもありません、地域です。地域の中で一
市民として生きていて良かったと思える人生を送れるようにサポートするのが最終的なゴールだと思っています。
私の話は以上です。