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国務大臣(
細野豪志君) 御
指摘のとおり、この災害
廃棄物の
対応、特に初動の
部分については様々な反省が必要であると私も思っております。
阪神・淡路大震災を受けて、平成十年に
環境省では震災
廃棄物対策指針というのを作っておりまして、それに基づいて自治体間もいろいろ協力を要請をするような形にはなっておるんです。ただ、実際には、それで機能したのは比較的本当にスムーズにやっていただいた仙台市が神戸市と連携をしていただいて、いち早くいろんな協力関係を結んでいただいたような一部の例を除いては、なかなかこれが機能しなかったという面で更にしっかりと体制をつくっていく必要があるというふうには思っております。
ただ、一点だけ
是非皆さんに御理解をいただきたいと思うことがあるんですけれども、私、五月に一度被災地に入り、六月にも一度入りました。率直に言って、まだ五月、六月は災害
廃棄物をざあっと
処理をするという雰囲気では被災地はなかったと私は今でも思っているんです。今でも私、忘れることができないのは、被災地にそれこそ
廃棄物の山が、災害
廃棄物の山があって、そこに白い旗が立っていたんですね。覚えておられる方もいらっしゃるでしょうか。これ何かというと、災害
廃棄物を集めて、そこに行方不明者がいないかどうかを自衛隊の
皆さんが捜索をして、確認をできたところに白い旗を立てていたわけです。
私、行きましたときに、まだ
大臣になっていませんで時間がありましたので、ボランティアでいろんな作業に何か参加できないかと探しまして、ある
場所に連れていっていただきました。そこでは、そういう瓦れきの中から取り出した写真の修復をしていたんです、一枚一枚。私もやりました。幾つかのアルバムで、それこそ泥にまみれて、本当にこれ再生できるかなと
思いながら土を取って、そしてそれを修復できたものについてはその
場所に並べて、被災者の
皆さんが来られて
思い出として持ち帰られるということをやっていたんですね。これは極めて私は
日本的だと
思いました。
ですから、五月、六月の時点でもちろん体制が整わなかったこともあります。ただ、被災地の雰囲気からすると、瓦れきを一気に集めてこれを燃すんだという雰囲気ではなかったですよね。ですから、そういう事情もあって、なかなか自衛隊の
皆さんも本当に丁寧に、自衛隊ってすばらしいなと
思いました。そういう
部分もあったということは、これは
是非御理解をいただきたいなと、そんなふうにも思っております。
そこで、話を本題に戻しますけれども、こうした過去の体制の不備も含めて反省が非常に必要だと思っております。その
意味で、幸い国が責任を持ってしっかりやれる体制を
国会の中で整えていただきましたので、今は
環境省にこの災害
廃棄物の
処理についての最大の責任があり、しっかりやっていかなければならないというふうに思っております。
現在、二つの
方法を取っておりまして、一つは仮設の焼却場を造ってそこで燃すと。これは仙台市が一番先行しましたけれども、ほかの多くの
廃棄物が出ているところについて導入をしっかりとやっていこうということで進めております。
もう一点は広域
処理です。東京都で幸い受け入れていただくという御英断をいただきました。もちろん、安全性については国が最大の責任を持っていかなければなりませんので、その確認は責任を持っていたしますけれども、安全なものについては被災地の
思いを
是非全国で受け止めていただきたいという、こういうことで現在東京都の次にどこかお願いできないかということで働きかけを始めているところでございます。
ただ、やっておりまして感じますのは、いろんなところで私もいろんな方と話すんですけれども、災害が起こってから、それからこの町とこの町どうでしょうかとやってもうまくいかないんですよね。仙台市と神戸市が比較的うまくいったのは、元々関係をしていたのでいざというときはお互いに協力できるという体制になっていたわけです。ですから、これからは
事前に自治体同士である程度連携できる体制をつくって、そういう災害
対応というのは国がやるというだけではもう十分できませんから、地方同士でも協力できるような体制をつくっていくというのは非常に重要なことだなというふうに感じております。
したがいまして、今回の災害においては、これから
是非廃棄物について広域
処理を進めることができるように、私も直接これから様々な場面で働きかけをしようと思っております。あわせて、万が一また大きな災害が
日本のどこかで起きるということが、これは万が一と申し上げましたが、本当は備えておかにゃいかぬと
思います。そういう備えについてもしっかりと並行してやっていく必要があるというふうに考えておるところでございます。