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参考人(
高木浩光君) 産
業技術総合研究所の
高木浩光と申します。
私ども産総研といいますのは
技術の
研究をしているところでございます。私は十年ほど前から
情報セキュリティーの
研究に携わっているのですけれども、そうしますと、どうしても
社会の問題について取り組まなくてはならず、この
ウイルス罪を含む
法律の考え方についても
研究の
対象としてまいりました。最近ではプライバシーの問題等についても取り組んでいるところです。私のような
法律家でない
技術者にこのような
法務委員会という場で
意見を述べさせていただく
機会をいただきましたこと、大変心より感謝しております。私、この
法案について、今回は
情報技術の当事者として、
不正指令電磁的記録に関する罪の
部分についてのみ
意見を述べさせていただきます。
この
法案ですけれども、基本的
立場として、
情報セキュリティーに携わる者としては
ウイルスの取締りというのは必要であると考えております。特に、暴露
ウイルスなどと呼ばれる
情報を漏えいさせるタイプのトロイの木馬が二〇〇四年ごろから猛威を振るっております。その結果として害を被るのは
情報を漏らされてプライバシーを侵害される第三者であって、この問題の深刻性は大変大きいと思います。そして、これは現行法では
処罰できないという問題があると思います。そういうことから、私としましてもこの
ウイルス罪の
必要性ということを説いてきたつもりです。
このトロイの木馬というのは、人をだまして、引っかけてプ
ログラムを
実行させてしまってというものなんですけれども、これが
日本では合法だという、野放しにされてきた
関係で、こういったトロイの木馬で人を引っかけてあざ笑うような、そういうあしき文化すらこの五年ぐらいで生まれつつあったというふうに思います。ですから、今こそ、こういったことは倫理的に許されないだけではなく、刑事罰の
対象になるということをはっきりさせるべきであるというふうに思います。
私がこの問題に関心を持ちましたのは、
平成十六年に
情報処理学会が会長名で
意見書を発表したところから始まりました。ハイテク犯罪に対処するための
刑事法の
整備に関する要綱が発表されたときに、
情報処理学会としては、攻撃を
意図しない
ソフトウエアの
バグや仕様の不完全性を
処罰対象としないようにという
意見が発表されたわけです。このとき、
法律家の
方々は、それは杞憂ですよと、
故意がなければ
処罰されないのであるから問題ありませんよというふうに一蹴されてしまったと聞いております。しかし、本当にそうだろうかと、
法律家が
技術を御存じないがゆえに見落としている点に何か
技術者が直感的に違和感を覚えているのではないかというふうに私は思いまして、この問題について長年勉強し、また
刑法学の
先生方と何度も
議論させていただきながら、どこに問題があるのかということを
研究してきました。
そういう経緯があるところ、本日は、この
法案の
条文解釈にぶれがあって無視できない問題を生じさせていると、したがって、解釈についてここで明確に確認されるべきであるという
意見を述べたいと思います。
その
条文解釈のぶれというのはどこかといいますと、百六十八条の二第一項の「人の
電子計算機における
実行の用に供する目的で、」という
条文の「
実行の用に供する」という
部分です。また、第二項にも同様に「
実行の用に供した者」とありますけれども、この「供した」との
条文、これがどのような解釈になるか。これが二つの解釈があり得ると思います。
一つ目の解釈というのは、「
実行の用に供する」というのは、その
実行がどのような
実行であるかにかかわらず、他人の
コンピューター上の
実行に用いられるものとして供される
行為一般を指すという考え方で、例えば
フリーソフトウエアなどをウエブサイト上で不
特定多数に提供すると、どなたかが拾っていって
実行されますから、そういうものも
実行の用に供したというという解釈が
一つ目です。
そして、二つ目の解釈というのは、そういうことではなく、ここで言う
実行というのは、あくまでも百六十八条の二、一項一号に規定されているところの、「人が
電子計算機を使用するに際してその
意図に沿うべき
動作をさせず、又はその
意図に反する
動作をさせるべき不正な
指令を与える」、そういうような、そういう
実行を指すんだという、この
実行という
一言がそれを指しているのだという解釈の二通りができると思います。
実際に、
衆議院での
法務委員会の
議論を拝見しましたところ、五月三十一日の回でもって、例の
バグが
不正指令電磁的記録に当たり得るかという
議論の中で法務大臣は次のように
答弁されました。あえて
ウイルスとしての
機能を果たさせてやろうといったような、そういう思いで行えば、そういう
可能性があるという話をしたまでであると述べられています。これは先ほどの二つの解釈でいえば二つ目の方、つまり
意図に反するような
動作をさせてやろうというような、そういう思いで行った場合という解釈をされているんだろうと思います。
これに対して
委員であるところの柴山昌彦
委員から、大臣は、成立する
可能性はあるけれども、目的として、損害や誤作動を与えるというような積極的な目的を持っていなければ
処罰できないというようなお話をされたけれども、しかしながら
条文を見ると、目的はあくまでも
電子計算機における
実行の用に供する目的と書かれているので、これは大臣がおっしゃるような目的というふうには解釈できないんではないかという見解を述べられています。これは恐らく
一つ目の解釈、単にニュートラルな
意味で
実行の用に供するというふうに解釈したためにこういう違和感を持たれたんではないかというふうに思います。
これは実際のところ、どちらかといいますと、この
法案の基となりました要綱が
議論された
平成十五年の
法制審議会刑事法部会の
議論を引いてみますと、事務局からの説明でしょうか、次のように説明されています。
実行の用に供するという
概念につきましては、当該
電磁的記録を
電子計算機を使用している者が
実行しようとする意思がないのに
実行される状態に置く
行為をいうものとして記載しておりますとあるんですね。したがって、意思がないのに
実行される状態というふうに言われているということは、先ほどのような二つ目の解釈が想定されているものであって、
一つ目のような解釈は
立法意思とは異なるのではないかというふうに思います。
なぜこのような解釈の曖昧さがこれまでそのままにされてきたかということを考えてみますと、この
平成十五年の
法制審議会もそうですし、これまでの国会の
議論を振り返ってみますと、全てこの
法案に対する懸念として出てくる
意見というのは、
ウイルス対策
ソフト等の正当な
研究開発が阻害されないかという懸念が示されると。そうしますと、出てくる答えというのはいつも、人の
電子計算機の
実行の用に供する目的がないのでそういうことは心配ありませんと、こういうふうになるわけですけれども、このときに、この、人のというのは他人のという
意味であって、同意がある場合は人に当たらないという説明が常にされてきています。
つまり、どういうことかといいますと、いわゆる
ウイルスを
ウイルス対策
ソフト会社に検体として提供する場合というのは、人の
電子計算機の
実行の用に供する目的がないわけですが、この、人のというのが他人のであって同意がないという説明というのはどういうことかといえば、
電子計算機の
実行の用に供するという
言葉は、とにかく相手に渡して相手が
実行すれば、それは
意味を、該当してしまうという
前提だからこそ、この、人のというところを同意がないからというふうに説明せざるを得なかったんだろうというふうに思います。
私が疑問に思っているこの二つの解釈、どちらが正しいのかということについては、ちょうど先ほど
前田参考人から御回答が既にあったところで、これは
刑法学的に言って当然二番目の解釈であるというお答えがあったと思います。そうすると、この
実行というのがそういう
意図に反する
動作をさせるという
意味を含むということを
意味しますから、この、人のの
部分の解釈が、同意があるとかないとか、そういう問題ではないはずであろうというふうに思うわけです。
したがいまして、是非この解釈がどちらかということを明確にしていただきたいというふうに思います。より具体的には、例えば、どんなプ
ログラムであってもウエブサイト上で不
特定多数に提供すれば常に
実行の用に供したに該当しますよなどという解釈は誤りであるということを明確にしていただきたいというふうに思います。
次に参りまして、
立法趣旨の理解についてもぶれがあるように思います。
そもそも、これは何を
処罰しようとするものなのでしょうか。
衆議院での
議論を拝見していますと、この
立法趣旨についても二つの異なる理解が混在しているように思われました。
この
不正指令電磁的記録に関する罪というのは、プ
ログラムに対する
社会的信頼を害する
行為を犯罪にするという考え方だと説明されていますが、このプ
ログラムに対する
社会的信頼というのは
一体何であるか、もう少し具体的に言うとどういうことか。これは二つの理解があり得て、
一つ目の理解というのは、危険な結果を生じさせるようなプ
ログラムが誕生するとプ
ログラムに対する
社会の信頼が害されるという考え方も
一つあり得るだろうと思います。もう
一つは、そうではなくて、人々をだまして
実行させるようなそういうプ
ログラムの提供の仕方、これがプ
ログラムに対する
社会的信頼を害する
行為とみなして、その目的でプ
ログラムを
作成、提供することも害するという考え方。この二つが考えられる、混在しているように思います。
この違いがなぜ重要かというのは、まさにこれまで
議論となってしまいました
バグの
議論であるかと思います。
もし二つ目の方の理解であれば、すなわち人をだましてというような
趣旨の方であるとするならば、それが
バグである限り、それは
バグという
言葉の定義から自明ですけれども、人をだます
意図はないものですから、そもそも犯罪になり得ないはずだと思います。一方、
一つ目の理解をしますと、重大な結果をもたらすものであれば、結果の認容さえあれば刑事責任を負わすことができるというふうになるかと思います。
まさに
衆議院の五月三十一日の
法務委員会で、この
バグが
処罰されるのでは困るという世論に対する説明として、法務大臣からは、先ほどのような、あえて
ウイルスとしての
機能を果たさせてやろうというような、そういう思いで行えば、そういう
可能性がある、そういう限定的なことを
一言で申し上げたと説明されて、これは要するに先ほどの二つ目の方の理解をされていると思うんですが、一方の、
参考人でありました今井猛嘉
参考人からは、不正な
動作がどの
程度のものであるかということが問題でありまして、重大な
バグと先生はおっしゃったかと思いますが、そういったときには可罰的違法性を超える
程度の違法性があるということですので、これに当たることは十分考えられると御説明されました。この説明というのは、プ
ログラムが結果として重大な危険をもたらすような場合にはプ
ログラムに対する
社会的信頼が害されるという
一つ目の方の解釈をされているのではないかというふうに私は受け取りました。
このように理解がぶれているように思いますので、では、
立法府としてはどちらの
立法趣旨であるのかということを明確にする必要があるのではないかと思います。
このことは、実は先ほどの「
実行の用に供する」という
条文解釈がどちらなのかということと、この
立法趣旨がどちらなのかということとは
一対一に対応していると思います。私は、二つ目の
条文解釈であり、二つ目の
立法趣旨だと理解しておりますが、この
一つ目の
条文解釈、また
一つ目の
立法趣旨の理解というのは誤りであるということを、この際明確にしていただきたいというふうに思います。先ほど
前田参考人からは、私と同様の
意見で、当然にそちらであるという
意見が述べられたと理解しております。
このことというのは、実は
バグの問題だけではございません。
バグの
議論というのはおおむね終息したかと思いますけれども、
条文解釈、
立法趣旨の理解がこのようにぶれておりますと、不適切な
運用につながりかねない懸念があると思います。
具体的には、
衆議院の五月二十七日の
法務委員会で大口善徳
委員からなされた質問が該当します。どういう御質問だったかといいますと、使用説明書等が
存在しないプ
ログラムはどうなのかという質問がありました。すなわち、
ハードディスクを消去してしまうようなプ
ログラムというものを説明書なしでウエブサイトで不
特定多数に公開していた場合、これは該当するのかという質問をされました。
これに対する回答はなかったんですけれども、なぜこれが重要かといいますと、もし
立法趣旨を
一つ目の方の理解、すなわち危険なプ
ログラムというものを
社会にもたらしてはいけないという
趣旨だと想定しますと、そういった説明のないプ
ログラムというのは、誤って開いてしまったら危ないではないかという観点でいえば、刑事罰の
処罰の
対象になってしまうというふうな
運用につながりかねないと思います。
しかし、これは実際、
情報処理の分野で現に行われているプ
ログラム配布の形態の実態にそぐわないものです。説明のないプ
ログラム配布というのは一般的に行われているものでありまして、もしこのような
立法趣旨でもってこの
法律が成立してしまいますと、プ
ログラムの全てに説明を加えなければならないという
行為規制を生むことになるのではないかと思います。このことからも、
立法趣旨が二つ目の理解であるということを明確にしていただきたいというふうに思います。
最後に、もう一点の論点ですけれども、正当なプ
ログラムが他人によって悪用されるケースというのが考えられます。
衆議院、五月二十七日の
法務委員会で大口
委員からなされた質問がございまして、全て消去するプ
ログラムというものがあって、それ自体は有用なプ
ログラムとして作られたんだけれども、それとは異なる説明、例えば気象速報を随時受信するプ
ログラムであると、そんなうその説明を
付けて配布された場合に、それで被害が出たらば
不正指令電磁的記録等に当たるのかという御質問だったかと思いますが、これに対して法務大臣の
答弁は、該当するというお答えでした。ということは、すなわち、有用なプ
ログラムであっても、それが人をだまして
実行させるような説明の下で提供されれば
不正指令電磁的記録に該当するということを
意味することになります。
そうしますと、元々の有用なプ
ログラムとして
作成した
作成者も、その
不正指令電磁的記録の
作成者という解釈になるのでしょうかという疑問がございますが、この点が明らかにされていないと思います。もし、ならないとすれば
一体どのような解釈からそのように解釈できるのか、あるいは、なるとすれば
作成者も
処罰対象になるのかという疑義が生じると思いますが、当然、これは正当な有用なプ
ログラムとして
作成しておりますので
処罰対象としないのが当然であるところ、どのような解釈からそのように言えるのかということが明確になっておりません。これらの点について解釈が明確にされることが望ましいと思います。
平成十五年の
法制審議会刑事法部会の議事録を見ますと、こうしたケースが起き得るということについて一切の
議論がなされておりませんでした。また、これまでの国会の
議論、以
前提出されたときの
議論を拝見しても、こういったケースを想定して検討しておらず、正当な
研究開発行為を
処罰対象にしないためにはどうなのかという
議論だけがずっと行われてきたため、複雑かもしれませんが、このようなケースについて
議論がされないまま来ていると思いますので、この
機会に是非明確にしていただきたいと思います。
私からは以上とさせていただきます。ありがとうございました。