○森まさこ君 私も、この
死体検案書が市町村の役場から一か月後には
法務局に行くということを分かりまして、それではということで、二十七日、翌日の、これ決算
委員会ありましたので決算
委員会の後、自民党の幹事長室に
法務省に来ていただきまして、
法務局にあるんじゃないかと、三月十一日のものは一か月後で四月になったらもう
法務局に行ってるんじゃないのということで問い詰めておりました。そうしましたら、その最中に南相馬市からまた電話が掛かってきまして、南相馬市にありますという
お答えがいただいたわけなんです。
実は南相馬市にあったんですね。一か月たっても
法務局に送らなかった。
法務省さんも、いや、本当は一か月後に来るはずなんですが、ないみたいなんですということ。私は、問合せをしている方は、どこに聞いてもない、ない、ない。書いた本人は書いてる、書いてる。おかしいなと思って、何か隠蔽されているような、そういう意識になって一生懸命聞いてたわけです。そうしたら、
法務省さんが
法務局にないと言っていることは正しかった。南相馬市に本当はあった。実際に南相馬市にあって、それじゃ、私は南相馬市に、昨日はないと言ったんだけど、あると言うんでしたら、その中に三月十一日から現在までの餓死とか衰弱死とか衰弱とか書いてあるものを一体何人いるのか教えてくださいよと言ったら、いや、と言っているから、教えられないようなことを言っていますから、じゃ、分かりましたと、市長あてに私が文書でお問合せしますと言って文書で問合せ文を送りまして、そして返ってきたものがこれでございます。南相馬市だけで八名の方が衰弱死又は衰弱ということで、南相馬市内の病院長さんが御自分で
死体検案書に書いたものなんですね。
この
内容を見ますと、本当に残念な
内容でありますし、同時に自殺の数も調べていただきましたら、短い期間で自殺も南相馬市で五名ございました。この時期に南相馬市に応援に来てくださった監察医の方々、四月二日から十日に入られた方はそのような事実はないとおっしゃっていたようなんですけれ
ども、亡くなった方は全て三月なんですね。三月十一日に震災があって、それから食べ物がなくなって、何も食べ物も水もないと一週間や二週間ぐらいで非常に衰弱するということでございます。
実際に、三月二十六日に餓死寸前の方が発見をされております。三月二十九日の地元の新聞に載っておりますけれ
ども、
警察が大変忙しかったので、地元に残っていた市民がパトロール隊を結成して見回っていたところ、避難してきた車の中で三月十七日から飲まず食わずでいたという方が、三月二十六日に、男性の五十一歳の方でございますが、衰弱状態で発見されました。
このパトロール隊の隊長に私も話を聞きましたけれ
ども、何人もそういった衰弱状態の方々を自分
たちは救助していますと。ただ、亡くなった方というのは医師とか
警察の方に行くので、私
たちは、亡くなった方もいるだろうとは思っていますが、本当に衰弱状態で餓死寸前のような方をたくさん三月には助けましたということなんですね。
私も、三月、何回も南相馬に入りました。当時はテレビ局もマスコミも一切南相馬市の中にいなかったんです。私は、二トントラックで水と食料を積んで、夫が運転して運んでいったわけですけれ
ども、そのときに、助手席で私はビデオカメラでその当時の
状況を写してきて、どこのテレビ局も原発地域の中の映像というのは当時テレビで映しておりませんでしたので、私の撮ってきた映像をテレビ局にお貸ししてテレビ局から放送してもらったんですが、その映像を見ていても、その当時、店ももう全く開いていません、人も全然外歩いていません。そういう中で、食料、水が大変切れて、避難所以外の御自宅にいる方は食料と水を手に入れる手段が全くなく、ガソリンもなかったので、車でどこかに取りに行くとか車で避難をするということもできなかったということを申し上げておきます。
南相馬市は屋内退避という政府の
指示で、そういう地域でおりましたが、屋内で退避せよと言われても屋内で生活ができないんですと、そういう悲鳴がたくさん送られてきました。この
死体検案書を書いた病院長さんは、その当時津波で亡くなった方も地震で亡くなった方もいらっしゃいますけれ
ども、その中で食料や水がなくて亡くなっていったという、そういう命があるということを自分は伝えたいと。それは、森さん、国
会議員じゃないと、国会でないと明らかにできないと思うので頼みますというふうに私は言われました。このことが明らかになった以上、私
たちはその亡くなった方
たちのやはり命を無駄にしないように、二度とこのような悲劇が起こらないようにしていく
責任があると思うんです。
どうしてこの衰弱死や餓死ということが統計上上がってこないのか。厚労省のこの
死体検案書の記入マニュアル、これを読みますと、ここに書いてある死因の記入例ですね、ここには餓死という欄がないんです。死因分類表というものの中には餓死という欄がないんですね。ですから、医師がここに、記入マニュアルに書いてないけれ
ども思い切って書こうということでもなければ、備考欄に書こうということでもなければ、備考欄に書いても統計に上がってこないわけですから、統計には上がってこないんです。
私、これ
大臣に一生懸命にお話ししているのは、この
死体検案書というのが市町村の戸籍係で死亡の事実だけチェックされたら全部
法務局に行っているものですから、やはりこの死因の書き方ということは
法務省も全く関係のない話ではないと思うんです。これを改善していこうと思ったら
法務大臣のお力も借りないといけないと思っているから質問しているわけでございますけれ
ども、この日本における餓死は、人口動態統計で読み取ろうと思ったら、餓死という欄がないわけですから、栄養失調とか栄養欠乏とか食料の不足という欄で拾うしかないんです。
ところが、厚労省が出している死因分類表には、私が持っているこの二枚の細かい表でございますが、それさえも載っていないんです。それは全部その他のところにくくられているんです。ここに書いてない、省略されているその他のところを細かく細かく、私のようにどこかに餓死がないかなと思って調べてみますと、Eの四十と四十六のところに栄養失調、Eの五十のところに栄養欠乏、Xの五十三に食料の不足と、やや関係があるかなというような、そういう記載例があるだけなんです。
私は、この記載例について改善をして、このような事例があった場合に統計に載るようにしていったらどうかと思うんです。震災後の場合もそうですけれ
ども、実際には虐待の場合に、親が虐待で餓死をさせたという事例もありましたし、何件かやはり今後統計上も餓死というものをピックアップしていかなければならない事例が出てくるというふうに思います。
我が国においては、死体検案の場合に、またそれが解剖等、行政の死体検案とそれから
司法の検視がありますけれ
ども、両方を合わせてでも解剖率は二%と非常に低くて、マンパワーの面でも
指摘されておりますし、オートプシーイメージングという、Aiという機械で、そのマンパワーを補うために機械で、これは死亡時画像
判断というふうに訳されておりますけれ
ども、画像で
判断をして、死者は語ると申しますけれ
ども、どういった理由で亡くなっていったのかということを分析をしてその後の予防に生かしていくということを、私も所属をしております異状死
議員連盟でもかねがねこれは訴えさせていただいておりますが、まだこの導入はかなっておりません。
先ほどのお医者様のおっしゃる、食料がなく水がなくこの日本において死んでいった命があるということを、これを念頭に置きまして、
法務局に戸籍係から送られて、その後ずっとそこに保管をされっ放しでありますこの
死体検案書、これについての記載の方法について改善していくべきではないかということについて
法務大臣の御見解をお聞かせください。