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参考人(
河島伸子君)
同志社大学の
河島と申します。よろしくお願いいたします。
今日は、
文化政策論、
文化経済学といった分野での研究結果の議論を御紹介しながら、
皆様の何らかのお役に立てたらと存じます。(
資料映写)
スライドの方はたくさん用意してありますけれども、時間の
関係上、幾つか飛ばして御説明申し上げて、後ほどの
質疑応答の中で御説明し切れなかったところについても何か発言できたらよいと思っております。
まず、今日一番申し上げたいことというのは、
芸術文化、
文化産業、
伝統文化といった、こういった
文化的な
資源、
文化資源といったものは、これまでは、
経済的に豊かになったら、あるいは
市場では生き残れないからかわいそうだから公的な支出をしてあげようというような発想が強くあったように思うんですけれども、今はこれが逆であると、パラダイムシフトが起きているんですね。つまり、
文化的な
資源こそが
経済成長の源泉でもあり、新たな
市場を生み出す
一つの源となり得るし、それから非物質的な
経済の中でもより心の豊かな
社会を、それから
平田先生がおっしゃっていたような
人々の結び付きがきっちりとしたそういう
社会をつくっていくためには、もう
文化に投資せざるを得ない。
文化というのは、何か全てのこと、問題が片付いてから初めて余裕があるからやることではなくて、今取りかかるべきもう本当に重要な課題なのだと、そういうふうに申し上げたいと思います。
こういう
考え方を
創造都市論というふうに呼ぶこともございまして、実はこの
考え方は、
欧米ではもう一九八〇年代、九〇年代を通じて非常に世界中の各
都市で取り入れられている
考え方なんですね。その背景というのは、もうこれ
皆様御存じかと思いますけれども、
製造業の衰退と、それと
経済の
グローバル化による
都市の
空洞化、
荒廃、
失業率の増加、それから
犯罪率の上昇といった、もう決まったパターンの
都市の
荒廃の問題というのが一九七〇年代の
欧米の
都市では起きているわけです。
これを何とかせねばならないということで、
ヨーロッパでは、グラスゴー、バーミンガム、シェフィールド、リバプール、それからモンペリエ、ビルバオ、もう全ての町が
文化に取りかかっていくと。
アメリカでいえばピッツバーグやデトロイトのような、元々の
重厚長大型の
産業で発展してきた町がそれでは立ち行かないことが明らかになっていくのが一九六〇年代から七〇年代にかけてでして、その点
日本より早く、先行事例としてあるわけなんですね。
そういった
経済的な衰退がある中でどうしようかということで、もう誰もが飛び付いているのがこれです。知識
経済への転換、それから高
付加価値型の知的なサービス、製品というものに根差していくサービス
産業を誘致していきたい。あるいは
文化資源自体を観光の目玉にしたいとか、コンベンションビジネスを誘致したいといった、様々な取組が今申し上げたような各
地域で起こっています。
元々
文化的な
資源に豊かな町であればそれを更に活用すれば済むことなんですけれども、そうでない場合というのはどうしたかといいますと、これがスペインのビルバオの事例になりますけれども、よそから
文化を持ってきてしまえということも実はなされています。
スペインのビルバオはバスク地方の大事な町でして、古くは鉄鋼業やそれから造船などで非常に栄えた中核規模の
都市だったわけなんですけれども、二十世紀の前半でもう見る影もなく衰えてしまって、それから同じようなパターンで
犯罪率も上昇して、
都市の内部が
荒廃してといった問題を抱える中で、
文化的な取組を幾つか実は八〇年代に始めていました。その頂点となっているのがこのグッゲンハイム
美術館なんですが、これは一九九六年に開館しています。
グッゲンハイム
美術館というのは、
先生方御存じかと思いますけれども、ニューヨーク市にある現代アートの
美術館なんですね。そことフランチャイズ契約を言わば結びまして、中身はニューヨークから持ってきた現代アート、建物自体はこのビルバオの石とか水とか鉄といった
イメージを生かした建築で、もう建築物自体が非常にすばらしいということで、開館以来、毎年百万人ぐらいの
観光客が押し寄せるという一大観光名所となっているんですね。見ていただくとお分かりになるように、非常にすてきな建物です。
それとは対照的なのですが、こちらはロンドンのテート・モダンという事例です。テムズ川の南側に当たるところにある
美術館なんですけれども、向かい側はロンドンの金融の中心、世界で最も富が集まっているシティー地区と向かい合った、テムズ川を挟んで向かい合った地区なんですが、ロンドンの中でも最も貧しい、まあ荒れた地区だったんですね。ここに、この建物何かと申しますと元火力発電所です。ですから、非常に天井がもう何十メートルもあるようなすばらしい
空間でして、ここを生かした二十世紀のアート作品を展示する
美術館というのを二〇〇〇年に造っています。
こちらもオープン以来、予想外に、まあロンドンは元々
観光客が多いところですけれども、毎年百五十万人ぐらいの人が訪れ、入館が無料なので、実を言うと入館者数正確には分かりかねるんですけれども、かなり多くの人が押し寄せて、本当に様々な活動が行われている。
文化の、ロンドンから、ともするとイギリスの場合、ヘリテージと申しますか、過去の
文化の
イメージも強いと思うんですけれども、未来に向かって進む新しいクリエーティブなブリテンだということを国家ブランディング戦略として打ち出したいと考えている国ですので、その
一つの中心となっているシンボル的な存在でして、周辺地区は見る見るうちにオフィスビルや高級マンションが建ち並ぶということで、
風景が随分変わりました。
それで、だからといって、
先生方にこういった立派な
文化施設を造りましょうということが実は申し上げたいのではないんですね。むしろ、
日本にはそれなりにもう既に全国津々浦々に立派な
文化施設が大分整ってきておりますので、むしろ
ソフトの方に力を掛ける時代だということが本当はこの次の話としてあるんですけれども、我が国の
社会経済状況というのを見てみますと、先ほど御紹介したような
欧米の先行事例と共通した問題、さらに急速な少子高齢化が起きていまして、空き家、
空き店舗、それから農村では耕作放棄地が増加したり山林が
荒廃したりといったことで、人口減が最大の問題かと思いますけれども、もう
一つ困難な状況を迎えてしまっているんですね。その一方で、地方分権というのが進みつつありますので、初めて地方や
地域が自ら主体的、創造的に問題解決に取り組まなければ、いよいよ本当に立ち上がらなければならないという、そういう時代に追い込まれているように思います。
この際の
文化・
伝統産業に期待される
役割としては、①と②といたしましては、
経済的な
役割というのも十分期待できると。それ以上に、③、④というところが今日お越しの
参考人の方々とも共通するお話になるかと思うんですけれども、
文化的な
資源を
地域の中で掘り起こして、もう一度再点検して、そこから
コミュニティーづくりをしていこうということがもう本当に大事になってきているんですね。
地域の記憶というものを読み解いていき、そしてそれをもって未来に向かってどう
自分たちの
社会というのを組み立てていったらいいのだろうかという、そういう
地域ガバナンスのための切り口の
一つとして
文化というのは非常に有効な道具と、ツールとしての位置付けが期待できるのではないかと思います。
それで、創造
都市というものの具体例としては、こういった横浜、
金沢、神戸といったところが国内では有名な事例なんですけれども、今日は、あえてもう少し面白い、私、個人的に面白いなと思っておりますのは、小規模の
都市や農村部などにおける事例なんですね。瀬戸内と丹波の篠山、兵庫県にある篠山市の事例を駆け足で御紹介したいと思います。
このどちらにも共通していますのは、
都市部というよりは山間部であったり、島とか海、村とか山といった、そういうところの自然とそれから
文化と元々の
日本の暮らしといったものを見直すところから始まっている。けれども、使っている話は現代アートであったりという辺りが非常に面白いコンビネーションだと思います。
瀬戸内の国際
芸術祭というものは、昨年の夏に三か月にわたり開催されまして、約百万人もの人が押し寄せました。印象としては、どの島を渡っても人が多いですし、船に、島々を渡るためのフェリーに行列ができていたのでもっと多かったような印象があるんですけれども、あら、百万人しか来なかったのかなと、資料を調べて思ったくらいです。小豆島が一番大きくて、それでようやく人口が三万人、一番小さな犬島に至っては六十人のところで、ここに、瀬戸内海の美しい島々に現代アートの作品を持ってきたというところに特徴があります。
本当にもう絵にかいたようにきれいな島々なんですけれども、船に乗るところにいきなりこういう現代アートの作品があって、みんな笑って写真を撮っていると。今度は、船を降りると、これが民家を使ったこれ自体アート作品なんですね。次に、レンタサイクルを押して島を渡っていき、足下が悪い中を、階段状のところを、何か暑い中を上がっていきますと、ぼうっと、わっという感じの非常に驚くアート作品がそこにそびえ立っていると。コケの生えた池の中に、これ実はハイテクを使った作品なんですけれども、そういうものがあるとか。今度は、
産業廃棄物の問題で有名になってしまった豊島という島では棚田を生かして、そこに現代美術の
美術館を今造りつつあります。
こちら、ベネッセコーポレーション、企業の
お金が相当メセナとして出ていますし、それからこのフェスティバル全体においては、他の企業やそれから関西の大学、自治体などがすべてがみんなで連携してつくった面白いフェスティバルだったんですね。
こうして町の
風景がどんどん変わっていくと。その頂点はこれなんです。犬島というところでして、人口六十何人のもう本当に過疎の、過去に、二十世紀の初めに十年間だけ稼働した銅の精錬所がそのまま見捨てられているわけなんですけれども、本当に悲しい
風景なんですね。それが、中に入りますと、それをベネッセコーポレーションとその財団が見事に修復しまして、写真や言葉では言い尽くせないようなアート作品が展示されています。機会があったら是非いらしていただきたいところです。
あるいは、町、島を巡り歩くと、懐かしい町並みの横に家プロジェクトと称する作品があって、なかなか意味が分かりにくいんですけれども、これを通して何か
日常の
風景が新たに違ったものとしてよみがえるという、そういう効果があるんですね。
時間が押していますので、大急ぎで丹波の篠山のお話を申し上げます。
こちらは、大阪や神戸、京都といった大
都市から電車で一時間少しで行ける町で、ここに書きましたが、城跡や武家屋敷や商家街だとかが、もう様々な
観光資源があるすばらしいところなんですけれども、そうはいっても、篠山が観光地だというふうに関西に来て認識している人というのはそんなに多くはないんですね。
それで、例に漏れず、こちらも人口減と高齢化に悩む町となっておりまして、町づくりをするNPOを立ち上げて市民が参加して、それでだんだんと町が変わっていくというプロジェクトがこの、そうですね、十年ぐらいの間、続いているように聞いています。
例えば、アートフェスティバルを町並みの中でやっていくと、古い民家の中にまた現代アート作品がぼうっと浮かび上がって、
子供たちや
観光客や地元の
人たちが楽しむと。あるいはマルシェが開かれるとかいうことで、もう本当ににぎわいを見せています。
あるいは、古民家の
再生プロジェクトというのもありまして、こちらは市民のボランティアベースで改修をこつこつとやっているんですね。その結果、もうどうかすると捨てられて、壊されそうになっていた民家、商家などをストップを掛けて、それを中身をきれいにして、おしゃれなブティックであるとかちょっとしたデザイン性の高いグッズを売っている、そういうお店になっていくと。あるいは、単なるお店としての商業スペースだけではなくて、ここでデザインに関するワークショップを開いたりセミナーを開いたりといったことを続けて、市民の
人たちの
交流の場ともなっているということで
コミュニケーションが生まれているんですね。
またもう
一つ、これは同じ篠山の
郊外といいますか篠山市の
市街地より外にある集落でのプロジェクトですが、非常に美しい古民家が幾つか固まっているんです。これを改修しまして、それで、中身は非常に現代風のモダンなおしゃれな宿泊
施設に生まれ変わったということがあります。これも、
リゾート開発の会社にぼんと渡してしまえばそれで楽は楽なんですけれども、そういうことがしたいわけじゃない、
自分たちでやりたかったということで、この集落に住む十九人の
人たちがこつこつとボランティアで改修を続けて、そして
自分たちでマネージもしているという事例です。
幸いなことに、隣に神戸からフレンチレストランが来て、それから奥にはそば会席のお店があるんですけど、これ一人当たり客単価が九千円もする、九千―一万円とするような非常に高級な、しかし地元の食材をうまく生かした
大人のリゾート地と、プチリゾートみたいな場所になっております。
しかし、やりたいことは、高級なサービスを提供する別に星野リゾートになりたいわけではなくて、
日常の農村の暮らしを見せていきたい、そこを体験してもらいたい、そこから上がってくる収益は里山保全に還元していくという、そういう
地域マネジメントが成立しているんですね。したがって、このようなワークショップや話合いを何度も何度も続けて、手間を掛けて町づくりというのをやっています。
最後に、
文化政策の課題というところに少し話を広げますと、一番大事なことは、
施設を造るというもうその時代ではないんですね。むしろ、その創造
過程のところ、アーティストやアートをつくっていく
人たち、その
過程の、プロセスのところに今投資しなくちゃいけないと、それが第一の課題です。
それから第二番目は、そうして生まれたすばらしいアート、
芸術作品というものをより多くの
人々に楽しんでもらうような仕掛け作りというのが非常に大事になってきていると思います。
これ、私は鑑賞者開発というふうに呼んでいるんですけれども、現代アートの例、幾つか御紹介しましたが、従来ですと、現代アートというのは一番敷居が高い、もう分からないというふうに拒絶反応が一番起きるものなんですね。ところが、見方、見せ方を変えて、自然の中に解き放ってみる、あるいは、そうですね、建物が面白いとか、もうそういうことで
人々が見事に垣根をぽんと乗り越えてくれるということが大分分かってきているんですね。それぞれの方々というのはそれなりに何かを感じ取って感動したり、それから考えたり、
地域を見直したりといったことを続けて帰っているので、そういう仕組みづくりというのが大事だと思います。
それから三番目は、これは
行政の課題ですので今日は飛ばします。
あとは、
行政だけではなく、民間の企業メセナやNPOや大学等の連携で、知恵や労力や
お金をみんなで出し合っていく、そういうガバナンスが必要なのではないかと思います。
こういった
考え方を別の言い方をすればカルチュラル・プランニング、
都市づくり、町づくりの全てに
文化的な視点を取り込むことが大事なのではないかというふうに考えております。
どうもありがとうございました。