○安
冨参考人 慶應義塾
大学法務研究科の安冨でございます。
本日、この
法務委員会におきまして
参考人として
意見を述べる
機会をちょうだいいたしましたこと、まことに光栄に存ずる次第でございます。
私は
刑事訴訟法を専攻しておる者でございますので、主に
サイバー犯罪関係の
手続法の
整備につきまして、今回の
法案に賛成する
立場から
意見を述べさせていただきたいと思います。
御案内のとおり、
現行の
刑事訴訟法は昭和二十三年に制定されたものでございまして、当時は今と違いまして、
コンピューターとか
ネットワークといったようなものは普及もしておりません。
証拠収集手続といいますと、
有体物というものの存在、これを
念頭に置いて行われてきたということは御案内のとおりでございます。したがいまして、
刑事訴訟法の定めます
捜索、
差し押さえ、検証、こういった手続は、いずれも基本的に
有体物を
前提として構成されているところでございます。
しかしながら、一九八〇年代になりますと、パーソナル
コンピューターというのが普及をいたしました。また、一九九〇年代に入りますと、
コンピューターネットワークというものが目覚ましい発展を遂げるに至りまして、我々が
日常生活を送り、あるいは企業活動を初めとする
社会経済活動を行う上で、
コンピューターあるいは
ネットワークといったものは、我々の
社会におきます不可欠な
社会的
インフラというふうになったものと思います。
そして、当然のことなんですが、このような
コンピューターや
ネットワークが我々の活動の基盤となりますと、これを利用して
犯罪を犯すという者も出てまいるわけでありまして、いわゆるサイバー
犯罪というのは、
コンピューター、
ネットワークを利用して行われますし、サイバー
犯罪以外におきましても、
コンピューターや携帯電話などを利用して行われる、こういう情勢にあるところでございます。
その結果、
犯罪に関する証拠も、
コンピューターやハードディスクなどの
記録媒体に
電子データとして残されるということが多くなっておりまして、刑事事件の
捜査、公判において、そのような
電子データ、これは
法律上は
電磁的記録というふうになっておりますけれども、それを証拠として的確に収集するということが不可欠となっている
状況でございます。
このようなことから、今回の
改正におきまして、基本的に
有体物を
前提としている
刑事訴訟法による
証拠収集等の手続を、
コンピューターや
電磁的記録の特質に対応するものとして
改正をしようということは、まことに時宜にかなったものと考えているところでございます。
そこで、以下におきまして、本
法案につきましての主要な事項について私の考えを述べさせていただきたいと思います。
まず第一に、
電磁的記録に係る
記録媒体の
差し押さえの執行方法、これは百十条の二、百二十三条の第三項、二百二十二条第一項
関係でございますが、この
整備について申し上げさせていただきたいと思います。
例えば、
コンピューターのハードディスクの中に犯行計画を書いた
文書の
ファイルあるいは
電子メールといったものが記録されている場合、
現行法のもとでは、その
コンピューターという
記録媒体自体を
差し押さえるということが考えられるわけであります。
しかしながら、近時の
コンピューターなりは大容量のサーバーであるというような場合があります。これを
差し押さえるということになりますと、
差し押さえを受けた者の業務に著しい支障を生じさせるというおそれがありますし、他方で、
捜査機関にとっても、そのサーバー自体を
差し押さえるという必要はなく、
特定の
電磁的記録を取得することができれば
捜査目的を達成できるという場合があります。
こうしたことからいたしますと、
差し押さえ対象物が
電磁的記録が記録された
記録媒体である場合に、
差し押さえをする者が、その
記録媒体自体の
差し押さえにかえて、当該
記録媒体に記録された
電磁的記録を他の
記録媒体に複写するなどした上でこれを
差し押さえるということができる、こういう方法は極めて合理的なものであるというふうに思われます。
この
差し押さえの執行方法に関しまして、
電磁的記録を他の
記録媒体に複写等した上でその
媒体を
差し押さえる方法をとり得る場合には、当該
電磁的記録媒体自体の
差し押さえはできないこととする、こういう意味での、いわゆる補充性という言葉が使われますが、こういう
意見があるということを伺っております。
しかしながら、例えば、手帳の中のある
特定の記載が真実であるか否かということが問題となる場合があります。その際、その記載
内容だけから
判断するというのではなく、その前後にどういうことが記載されているのか、前後と比較して筆跡が同じなのか、あるいは筆記具の太さや色合いは同じなのか、後で書き足した形跡はないのか、あるいはまた何か消されたような形跡はないのか、こういった、問題となる記載がなされている
状態を含めた全体から
判断されるということが多いのだと考えられます。
この点は
電磁的記録についても同様でありまして、その
内容等が真実であるか否かということを見きわめるためには、それが記録されている
状態や
データの削除痕跡なども含めて、いわゆるデジタル・フォレンジックという手法を活用して十分に
捜査をする必要があるわけでありまして、そのためには
記録媒体自体を
差し押さえるということが重要である場合も少なくないというふうに思われます。
そして、複写等の
処分を原則とした場合には、
捜査機関は、
差し押さえの
現場において、
差し押さえ対象物である
記録媒体に記録されている
個々の
電磁的記録すべてについて、今述べましたような、
記録媒体自体の
差し押さえが必要なのか、あるいは複写等の
処分で足りるのかということを
判断しなければならないことになるわけでありますが、これは
捜査における迅速性の
要請にも反しますし、時には不可能を強いることにもなりかねません。
したがいまして、
電磁的記録に係る
記録媒体の
差し押さえについて、複写等の
処分ができない場合に限ってこれを行うことができるとする、こういうことは適当ではないというふうに考える次第でございます。
次に、
電気通信回線で接続している
記録媒体からの複写、これは九十九条の第二項、二百十八条第二項、百七条第二項、二百十九条の第二項
関係でございますが、これについて申し上げたいと存じます。
今日、
コンピューターは
ネットワークに接続されているのが通常でありまして、自己の
コンピューターで処理すべき電子
ファイル等を、
ネットワークで接続している先の、物理的には離れた
場所にある別個の
記録媒体に保存するということも一般化してきているところでございます。
このような利用形態が一般化しますと、そもそも、必要な
電磁的記録が保存されている接続先の
記録媒体の所在等を把握すること自体、困難を伴いますし、仮にその所在等を把握することができたとしても、
データが分散して保管されている場合には、さまざまな
場所にある多数の
記録媒体について
差し押さえ等を行わなければならないということにもなります。
しかも、一たび強制
捜査に着手するとすれば、
被疑者やその
関係者に
捜査を察知され、証拠となる
電磁的記録を他の
記録媒体に移転するなどして瞬時に隠匿あるいは隠滅ということをされることにもなりかねません。
こういうことを考えますと、今回の
法案で
新設される予定でありますが、
電気通信回線で接続している
記録媒体からの複写というのは、必要かつ合理的なものというふうに評価されるところであります。
ただ、この点に関しましては、
憲法三十五条との
関係で問題があるという御指摘もあるようでございます。私は、この点は何ら問題はないというふうに考える次第でございます。
すなわち、まず、
憲法の第三十五条第一項との
関係で申し上げますと、
憲法三十五条第一項の趣旨は、正当な理由、すなわち、その
場所及び
目的物について
捜索、押収を行う根拠が存在することをあらかじめ裁判官が確認し、それを
令状に明示して、その
範囲でのみ
捜索、押収を許す、こういうことによって、
捜査機関の一般的、探索的な
捜索、押収活動というものを防ごうということにあるわけであります。
この点、
電気通信回線で接続しております
記録媒体からの複写をする場合には、裁判官の発する
令状に、
差し押さえるべきものである
電子計算機のほか、「
差し押さえるべき
電子計算機に
電気通信回線で接続している
記録媒体であつて、その
電磁的記録を複写すべきものの
範囲を記載しなければならない。」ということとされているわけでございまして、これによりまして、複写の
対象となる
記録媒体は
特定、明示されるものということになります。
この複写をする場合には、接続先の
記録媒体の物理的な
場所、これは
令状に示されないわけでありますけれども、これ自体、別段問題を生ずるものではありません。
例えば、所在が一定しない自動車内の
捜索、
差し押さえということをすることがありますが、この場合には、
捜索場所としての自動車及び車内にある
差し押さえるべきものが
特定、明示されていれば足りるわけでありまして、
捜索の際にその自動車がどこにあるかということは問題にならないということと同じでございます。
このように、
捜索、
差し押さえに当たりまして、常に
場所の
特定が必要だということになるわけではないのでありまして、実質的に見て、先ほど申し上げました
憲法三十五条第一項の趣旨が満たされていれば足りるというところであります。既に申し上げたところでございますけれども、
電気通信回線で接続している
記録媒体からの複写というのは、その趣旨を十分満たしているものと考えております。
また、
憲法の第三十五条二項との
関係で申し上げますと、この趣旨は、
場所や
対象が別個であったり、同一の
場所や
対象でも
機会が異なれば、そこに
特定の
目的物があり、あるいは関連性のある事項が認知できる蓋然性、すなわち
憲法三十五条第一項の言うところの正当な理由の有無の
判断も異なってくるのが通常であるということから、それぞれについて、その都度、裁判官が確認した上で、
捜索、押収の
処分を許す、こういうことにさせよう、これがその趣旨であると考えられます。
この点、複写の
対象となります
記録媒体につきましては、第九十九条二項にございますが、「
電子計算機に
電気通信回線で接続している
記録媒体であつて、当該
電子計算機で
作成若しくは変更をした
電磁的記録又は当該
電子計算機で変更若しくは消去をすることができることとされている
電磁的記録を保管するために
使用されていると認めるに足りる
状況にあるもの」、こうなっておりまして、実質的に見れば、当該
電子計算機と一体的に
使用されているものでありまして、関連する証拠が存在する蓋然性は共通して認められるところであります。正当な理由の有無の
判断というのは、その
電子計算機と一体的なものとして行うことができるというふうに考えるところでございます。
したがいまして、
憲法第三十五条二項との
関係でも問題がないというふうに考えております。
この複写の
処分につきましては、その
対象となる
記録媒体の
範囲が広くなり過ぎるのではないかという懸念が示されていると聞いております。
しかしながら、今回の
法案におきまして、複写の
対象となる
記録媒体の
範囲を明確にするため、
差し押さえるべき
電子計算機に
電気通信回線で接続している
記録媒体のうち、「当該
電子計算機で
作成若しくは変更をした
電磁的記録又は当該
電子計算機で変更若しくは消去をすることができることとされている
電磁的記録を保管するために
使用されていると認めるに足りる
状況にあるもの」に限定するとの修正がなされております。
したがって、例えば、
ネットワークで接続されていてアクセス可能な
記録媒体であればすべて複写の
対象となるということにはならないというふうに考えておるわけでありまして、この複写の
処分の
範囲は適切に限定されるものと考えております。
次に、
保全要請について申し上げたいと思います。
例えば、不正アクセス
行為の罪などにおきまして、犯人の
特定等のために
通信履歴を確保するということが極めて重要であると言えます。しかしながら、
通信履歴は一般に短期間で消去される場合が多く、
捜査に必要な
通信履歴につきましては、プロバイダー等の保管者に対してこれを消去しないように求めて、迅速に保全する
必要性が大きいと言えます。
現在も、
捜査実務におきまして、
差し押さえ許可状の発付を受ける前の段階で
通信履歴の任意の保全を求めている場合があるというふうに聞いておりますが、その保全を求める
法律上の根拠を明確にしておくことはプロバイダー側にとっても望ましいことでありますし、今回の
改正で
保全要請の
規定を設けることとされたのは適切なものと評価しております。
この
保全要請につきましては、
憲法二十一条二項が保障している
通信の秘密を侵害するものではないか、またあるいは、
保全要請については裁判官の発する
令状を要するものとすべきではないか、こういう御
意見があると承っております。
確かに、
通信履歴も
通信の秘密に含まれるということではあろうかと思いますが、既に申し上げましたけれども、
電気通信を利用した
犯罪におきまして、犯人の
特定等のために
通信履歴を確保する
必要性が大きい、また、
通信履歴は一般に短期間で消去される場合が多いことから、その迅速な保全を可能とする
必要性も大きいというふうに言えます。
他方、
保全要請の
対象は、
通信事業者等がその業務上の
必要性から実際に記録している
通信履歴に限られておりますし、その
通信履歴を消去しないよう求めるものにすぎず、それだけで
通信履歴が
捜査機関に開示されるものではありません。
捜査機関が
通信履歴を取得するためには、別途、
令状が必要となってくるわけでありまして、あくまでその準備として、一時的に、本来その
通信履歴を保有する権限を有しているプロバイダー自身が、それを消さないで手元に置いておくというものにすぎません。
保全要請がこのような性質のものであるということ、すなわち、
通信事業者等がその業務上実際に記録している
通信履歴を消去しないように求めるものにすぎず、それだけで
通信履歴が
捜査機関に開示されるものではありません。
要請に応じなかったとしても罰則等の制裁はないことからいたしますと、
保全要請に当たって裁判官の発する
令状を要するということは必要ないと考えております。
むしろ、仮に
保全要請について
令状を必要とするというようなことになりますと、その準備のために別の
令状を得なければならないということになってしまって、
通信履歴の迅速な保全を図るという
保全要請の趣旨が没却されることになるのではないかというふうに考えるところでございます。
以上、主要な点に絞って、今回の
法案についての私の
見解を申し上げさせていただきました。
この
法案がこの
国会におきまして御
理解を得まして
成立する運びとなりますことを祈念して、私の
意見陳述とさせていただきたいと思います。
どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)