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松本(剛)
国務大臣 報道の
皆さんは、それぞれの取材でされておられるんだろうというふうに思いますが、なかなか難しいところがありまして、私の
海外出張についても、ほぼ同時期に、私が
海外出張すると書いた
報道と
海外出張はしないと書いた
報道があって、私は身は一つでありますので、どうしたものかと思ったようなときもあるぐらいでありますけれ
ども、まず一つずつお答えをさせていただいてよろしいでしょうか。
四月二十日、海兵隊の移転に関してということで
お話がありました。ロードマップ
において、定員ベースということになりますが、約八千名の第三海兵機動展開部隊の要員とその家族約九千名が部隊の一体性を維持するような形で沖縄からグアムに移転することとされているのは、御
承知のとおりであります。
昨年五月二十八日の
日米合意で、
米国側は、地元の懸念に配慮しつつ、
抑止力を含む地域の安全保障全般の文脈
において、沖縄に残留をする第三海兵機動展開部隊の要員の部隊構成を検討するというふうにされておりまして、これを受けて、現在、
米国側
において、移転する部隊の構成等について検討しているというふうに
理解をしておりますが、何か決定をされたということはないというふうに
承知をしているところであります。
また、四月二十九日の
報道としてお取り上げをいただいた、辺野古に建設予定の代替施設の滑走路について、V字形とするという方針を固めたとの
報道についてでありますが、普天間飛行場の代替の施設の位置、配置等については、昨年五月の
日米合意に基づいて、次回の2プラス2までに検証、確認を完了させることとなっているところで、日米間で協議をしていくところでありますけれ
ども、現段階で米側に何か具体的な提案を行っているというものではありません。
私
どもとしては、この普天間飛行場の移設について、危険性の一刻も早い除去に向けて、昨年五月の
日米合意を踏まえ、沖縄の
皆様にも誠心誠意御説明を申し上げ、
理解を求めながら、最優先で取り組んでいきたいと思っております。
また、先ほど、四月の二十八日にそのような、
総理と私と北澤
大臣と枝野さんということで、二十八日は私の出張の前日で、四人で
お話をさせていただいたことは事実であるというふうに
記憶をいたしておりますけれ
ども、普天間飛行場の移設について、二〇〇六年の段階で二〇一四年というふうに定めたわけでありますが、そのときに
考えられたスケジュールがすべて
考えられていた節目どおりに進んでいるかといえば、これは二〇〇六年以降、既に
幾つかそういうものが出てきていたというふうに思いますが、進んでいるかといえば、後ろに行きつつあるということは事実であると思っております。
その中で、今私
どもとしては、一定の目標を持って、現実を見詰めながら取り組むということが重要だ、このように
考えておりまして、今私
どもとして、二〇〇六年五月に
合意した二〇一四年までに完成させるという期限を正式に断念するという方針を固めたという事実はありません。
オスプレーの沖縄配備については、現時点では、
米国政府から
日本政府へ正式な通報を受けたというふうには
理解をいたしておりませんので、確定をしているわけではないというふうに
承知をしております。現時点で、近く沖縄県側に正式に配備を説明する方針であるという事実はありません。
なお、将来
において沖縄にオスプレーが配備される可能性があるということは私
どもも
認識をしているところでありまして、引き続いてオスプレーに関する
情報収集などをしていきたい、このように
考えております。