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参考人(
細井土夫君) 私は
細井と申します。
この三月まで
日弁連の副
会長でありました。その
関係でこの
時効の
廃止の問題も
担当委員会を含めて検討してまいりました。また、私は、昭和五十二年、一九七七年に
弁護士登録しまして、三十数年
弁護士をしております。その
過程で
殺人事件を含めて
相当数の
刑事弁護をしましたので、あるいは、今抱えておる
事件もあります。そういうことで、その体験を踏まえて
意見を述べたいと思います。
今回は時間も限られておりますので、まず第一に
遡及適用の
可否、それから二番目に
公訴時効廃止、
延長の
可否、それから、もしこのような
立法をするのであれば
立法過程においてこのようなことは検討すべきじゃないかと思われる点、その三点を主に申し上げたいと思います。
それで、今の流れでいきますと、残念なことでありますけれども、民主党、自民党、公明党さんはすべてこの
立法に
賛成やに聞いておりますので、そうするとこの
立法が通るという
可能性が強いわけですけれども、そうであれば、我々として、
立法が通るのであれば、その通ったことによる弊害、そういうものを少しでも少なくするにはどういうことをしなければいけないかということについて
要望を述べたいというふうに思います。ですから、四点について述べたいと思っています。
まず、
遡及適用の
可否の問題でありますけれども、今回の
立法の大きな問題はこの点であります。
現在、
公訴時効の
廃止の
対象となっておる
事件は、
平成十六年以前の
法律の
適用が現在はされておりまして、十五年の
時効ということになっておるわけです。しかし、その
平成十六年の
立法当時においても、
一定数の
事件が
時効になることは当然これ予想されていたわけです。すべて十五年の
時効の
範囲内で、当時、今
時効になりつつある
事件が解決されるなんということはだれも
考えていなかったわけでありまして。
ところが、今回、
椎橋参考人のような御
意見もありまして、もう状況は変わったんだというふうに言われるわけでありますけれども、これはやっぱり違うんじゃないかと思っております。当時の
立法が誤りであったとか、その後本当に大きな
事件が未解決で、それが当時の
立法事実ではないことが次々に判明してきたというようなことは私はないと思います。それから、現在の
立法は、十五年ではなくて、今起こっておる
事件は二十五年の
時効が
適用になります。ですから、二十五年で何でいかぬのだということについての検証がないまま今のような形での
遡及立法をするというのは私は少し乱暴過ぎるというふうに思いますし、拙速に過ぎるというのがまず申し上げたいことであります。
それから、
遡及適用については、
憲法三十九条との
関係がありまして、
違憲の問題は起こらないんだという
意見があることは私も承知はしておりますけれども、
刑法等の
実体法の
関係でこれ違法であるというだけではなくて、やはりいつまでこれが
処罰できるんだということは、これは非常に重要な問題であります。これが
一つの
法体系としてできておるわけでありますので、
訴追期間を事後的に変更するということは非常に大問題でありまして、これはやっぱり
違憲の問題を生ずるというふうに私は
考えております。それから、
日弁連の
弁護士の多くはそう
考えておるんじゃないかと私は
考えております。
それから、
時効を迎える
事件が
時効にならないということになりますと、
殺人罪の
関係だけでも大体年間で五十件ぐらい今
時効によって終了するとされています。これが
時効にならなくなります。さらに、多くの
事件が
時効延長の
対象になりますので、
時効の
延長によって、今までは
時効になっていた
事件が
時効にならないということになるわけです。
そうすると、
捜査機関はまず、い
ずれにしましても今
事件は起こるわけでありまして、今日起こった
事件あるいは昨日起こった
事件、これをまず処理していただかなければいけませんし、さらに、
捜査が継続している重大な
事件、これを
捜査していただかなければいけないわけで、常に不
起訴、不
起訴、不
起訴、あるいは
起訴したら正式な
裁判で適正な
手続において
処罰されるかされないか決めていただくと、こういうわけであります。そうであるにもかかわらず、
捜査困難な十五年前に発生した
事件、あるいは今後は二十年、三十年というような前に発生した
事件をどうして
捜査するんでしょうか。多分、
捜査機関の
本音を聞いていただければ、実際
捜査するのは難しいと、こういうふうに言われるんじゃないかと私は思います。
是非、この
立法過程において
捜査に当たる警察、検察の
本音の
意見を聞いていただくということがどうしても私は必要じゃないかというふうに思っております。
今回、
時効を迎えようとしている
遺族の
方々の強い御
要望は、これは私どもも別に否定するわけではありませんけれども、じゃ、実際、
真犯人が逮捕、
起訴され有罪に至る
事件が今後どれほどあるかということになると、これは、今申し上げたようなことで、かなり難しい問題であろうと私は思います。
それからもう
一つ、これは私、何度も申し上げたいと思うんですけれども、
難事件が十五年の
時効を迎えていくわけです。それで、そういう
難事件は、十五年の間に多くの人がその
捜査線上に浮かんできます。これは、その中に
真犯人がおる場合もありますし、複数の
人たちが
捜査線上に浮かびますので、多くの人は
無罪です。その
容疑者たちは、
時効が
廃止になりますと、ずっとその
捜査線上に浮かんだままになります。これは非常に大きな問題で、私も実はそういう
事件を今抱えております。それから、一度
時効になった
殺人罪の
事件もやりました。
それで、この
人たちをいつまで
捜査をし、それからその
人たちを
起訴できるのかということは非常に大きな問題で、
裁判やって
無罪かどうか確定すればいい、
検察官はそのときに
立証が非常に難しくなるんだから、それは
裁判でそういう人は
起訴されても
無罪になるからいいじゃないかと、こういうお
考えがあるかもしれませんけれども、実はその前が問題なんですね。その前の段階でその
人たちが本当に
捜査されないようになるのかどうか、この
部分が今までの
議論は抜け落ちておるんじゃないかというふうに私は思います。
遡及適用にそれは典型的に現れてくるだろうと思います。
それから、次に
時効の
廃止の
関係で少し申し上げます。
私は、
真犯人の
逃げ得を許すような
制度が
時効制度であるというふうなことが今回
議論されておるわけですけれども、結果的にそうなることはあるんですけれども、それは
時効制度の中の負の
部分の一部なんですね。ところが、
時効制度というのは多様な要請に基づいて、いろんな
バランスの中でできておる
制度でありまして、この
公訴時効の
存在理由というのは
一つに限っておるわけではありません。
証拠の
散逸ということは先ほどいろいろな方も述べられていますのでもう繰り返しませんけれども、後で弁護側の立場から
証拠の保管ということについては
意見を申し上げます。
それから、
処罰感情の希薄化ということも言われています。これは、
被害者の方で非常に
処罰感情が強い方がおられる、これは認めます。それは我々否定しません。しかし、実際の多くの
殺人事件は家庭内のようなところで起こっています。それから、けんかのような形で起こっていて、
被害者にもそれなりの落ち度があるという場合も非常に多いわけです。全く無
関係の方が殺されるということも、これもあります。しかし、それはやっぱり全体の中では多くないんですね。ほとんどの
殺人事件がかなり
起訴され逮捕されるというのは周りで起こっているからです。無
関係な
事件もあることは否定しませんけれども、それはやっぱり少ないです。そういうこともやっぱりよくお
考えいただければと思います。
それから、ですから、そういう家庭内で起こったような
事件は、やっぱり
被害者、加害者が両方一致しまして、それなりに、兄弟で
殺人したという場合、親は
被害者であり加害者であるというようなことになりまして、その方たちはやっぱり感情は
一つのけじめをどこかで付けるということも必要かもしれません。
それから、一般社会の記憶だとか
処罰感情は、やっぱり最近起こった
事件の方が強いわけでして、三十年、四十年前の
事件はそれなりに社会も
一つのけじめを付けていくということが必要じゃないでしょうか。
それから、長
期間の時間の
経過に伴う事実状態を尊重しろと、こういうことです。これはおかしいと言う方がいらっしゃいます。ところが、これは必ずしもそうじゃありません。例えば、女性の方で、子供を産んでしまって、だれにも言わずに、処置に困ってそういうことを、殺してしまうというふうに、そうしたときはだれにも言わずに更生してもこれは永久に
時効になりません。そういうようなことも起こります。
それから、医者の方なんかは、介護疲れの家族に頼まれて、例えば今後、
生命維持装置を外すというようなことが起こるかもしれません。これも
殺人なんですね。そういう方が、医者としては立派な医者になっていても、何十年後にもこれはこの
法律が成立すれば
起訴可能であります。
それから、
時効は、そういうことにとどまらず、
捜査機関の合理的な配分という面では非常に大事なことで、これは
立法当事者としてこの点の検討なくしてこの
法律を通すことは、それはおかしいと私は思います。是非、どれぐらいの件が、この
時効廃止あるいは
時効期間の
延長によって
捜査機関が負担になるのか。その問題を
議論しないでこの問題を通されるとしたら、それは私は
立法の怠慢であるんじゃないかというふうに思います。これは
捜査機関を格段に拡充するという問題とセットでないと、これはない。それは新しい
事件に割かれる
捜査機関の力を落とすことになるだろうと私は思います。
それから、先ほど申し上げたことと同じなんですけれども、複数の容疑者が浮かんでおる
事件の
無罪の
人たちを解放するという機能については是非御検討ください。これは本当に深刻な問題です。
それからもう
一つ、日本の社会は
犯罪が増加しておるというふうに言われる方がいらっしゃいます。これは誤りです。是非
司法統計をよく御覧ください。五十年前は
殺人死亡
事件は約千二百件ぐらいありました。今六百件を切っています。ですから、こういう状況の中で刑罰の
範囲を広げていくということがどうして起こるのかというのが問題であります。
それから、業務上過失致死罪のようなものも、昔は一万人以上の方が交通事故で亡くなっておられたのが、今は四千人を切っておられるんですね、死亡事故だけでいくと。そういう点もやっぱり
立法前提というような事実が足りないんじゃないかというふうに思っています。
それから、
立法の
経過の中で、先ほど幾つか申し上げたので繰り返しませんけれども、やっぱり慎重にいろんな
範囲を広げて御審議いただきたいと思います。
それから、時間がありませんのであと大急ぎで、
立法するのであればこのことは是非
お願いしたいと思うのは、
証拠の保全、管理の体制の問題です。私どもは、これ、
立法必至という残念な結果になると私なんかは
考えておりますけれども、
証拠をどのように保管していくかということについては、是非
立法するのであればセットで
お願いしたいと思います。
捜査機関の内部規則では駄目です、これは。何十年もきちっと保管することはできません。それで弁護側が、それでその何十年もたった
事件、すべての
証拠を開示してください。
証拠の標目を全部開示してください。それで、それについてチェックできるシステムをつくってください。
それから、重要な
DNA鑑定のような
基礎資料は、弁護側も利用できるように第三者機関で保管するようなシステムをつくってください。これ、外国では、もうかなりこの
時効の問題とは別にできています。そういうようなことがない限りは、非常に将来、何十年も先に
時効に掛からない
事件が起こった場合に弁護できません。有利な
証拠、
一定の
証拠だけ保管されることは非常に危険です。
それから、何十年もの
事件あったときに、例えば本当に二十年前の
事件が今
起訴され、あっ、こいつが
犯人かもしれないというときに、可視化も、これから取り調べられます、だから可視化の問題も是非、そういう
難事件になりますので、これもやっぱりセットで私どもはやってもらいたいと思います。
時間がありませんので余り意を尽くせませんけれども、
時効は多種多様な機能の中での
制度でありますので、
逃げ得を許さない、
真犯人を逃していいのだという
議論をされますと私ども非常に不利なんですけれども、そうではなくて、
時効制度とはいろんな多様な機能を持ってそれなりに機能してきた
制度だということを御理解いただいて、是非多様な
議論を尽くしていただき、最後に申し上げましたような、
証拠の保管、利用、それから弁護ができるような形、あるいは取調べの状況の合理化、そういうようなもの等含めて是非
立法過程において御審議いただき、これが仕方がないのであれば、その点についてだけは一度同じところで同じ時期に、宿題でじゃなくて、このときに
立法化していただきたいというのが
日弁連の最低限の要求であります。
よろしく
お願いいたします。