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参考人(
水町勇一郎君) 座ったままお話しさせていただきます。
東京大学の水町と申します。
本日は、テレビや新聞などで拝見する
先生方の前でこういう形でお話しさせていただくのは大変光栄で、ただ、皆さん、ちょっと怖そうな顔の方もたくさんいらっしゃるので、ちょっと緊張をしておりますが、二十分の時間、与えられたお話をした上で、その後、質疑応答できたらと思います。
私の方からは、
日本の
労働者は幸せかというタイトルで、私、専門は
労働法というのを専門にしておりますので
労働法と、特に欧米諸国との比較法、諸外国との比較という観点で、
日本の
労働者が本当に幸せなのか、不幸せだとすればその原因はどこにあるのか、原因がどこにあるともし分かったとすればそれをどうやって解消していくべきなのかという点をお話しさせていただきます。
まず
最初に、
日本の
労働者をめぐる
状況を見てみますと、諸外国と比べてかなり大変な
状況になっている大きく二つの問題があります。一方では、これはもう最近よく言われていることですが、非正社員の格差問題や、派遣切りとか期間工切りで言われるような不安定、雇用の不安定をめぐる問題、非正社員は安くて切りやすい存在として位置付けられているという
状況。他方で、非正社員の他方にいる正社員についてですが、正社員はじゃ安泰かというと、先ほどの
渥美さんの話にもありましたように、正社員はかなり過剰な
労働を強いられている、重い負担を負っているという
状況にあります。諸外国と比較してみると、こういう非正社員の問題も正社員の問題も同時に深刻な形で起こっているというのは、私の知る限り、アメリカやヨーロッパと比べても非常に深刻な
状況で、どちらも幸せとは言えない
状況に陥っているんではないかと。
じゃ、その原因はどこにあるのか。いろいろ調べてみると、恐らく
日本のこの問題の原因はいわゆる
日本的と言われる雇用システムの在り方にあるんではないか。
日本的雇用システムとか
日本型雇用システムということが言われますけれども、これはいわゆる終身雇用と言われるような長期雇用慣行と、あと年功賃金というような年功的な処遇、それと
企業別
労働組合という、大きく
三つのものを柱として
日本的雇用システムができているということが言われていますが、この
日本的雇用システムというのが基本的に正社員を対象としている。正社員を対象として非正社員はその枠外に置かれている。非正社員はその枠外でどういう
状況に置かれているかというと、長期雇用の外なので困ったらすぐ切られる、雇用の不安定さにつながっていますし、正社員のような年功処遇で勤続年数が長くなると地位とか賃金が高くなるというわけにはいかない。
そういう
意味で格差問題を伴う
状況になってきていますし、他方で正社員はどうかというと、
日本的雇用システムは終身雇用、長期雇用慣行と言われるように、正社員をよほどのことがない限り解雇しない、正社員は守られているように思われるんですが、なかなか解雇できないということの反面、雇用の中で調整の対象とされている。
例えば、常日ごろから長時間残業をさせられている。恒常的に残業をさせられていて、
景気が悪くなったら残業時間を削ることによって
労働時間で調整している。あと、賃金については、例えば賞与、ボーナスが諸外国よりも比率が大きいです。この賞与、ボーナスの比率を高めていてどう調整できるかというと、
景気が悪くなったらボーナスを減らすとかボーナスをゼロにする、賃金で調整をすることも可能ですし、さらには、諸外国に見られないような辞令一本で正社員であれば単身赴任も余儀なくされるような配転、出向に応じなければならないという
状況にある。
家族と
一緒にずっと幸せに暮らせるかというと、正社員はなかなかそうはいかないという
状況になってきています。
実は、いわゆる
労働市場の二重性という問題は
日本だけの問題ではないんですが、
日本でより深刻な問題になっているのは、
労働市場の内と外、
日本的雇用システムの内と外の壁が非常に高いというか厚い、この壁がなかなか壊れない、乗り越えられないという点が一つ重要な問題。この
日本的な
労働市場、
企業の外と中、正社員の中と外の間の壁が厚いまま、一九九〇年代後半以降、グローバル競争に突入してどうなったかというと、
企業はコスト削減競争にここ十五年ぐらい一気に走った。
正社員と非正社員って、正社員はコストが高い、非正社員はコストが安くて切りやすい。コスト削減競争に突入したらどうなるかというと、
企業は自然な行動として、切りやすくてコストが安い
人たちを増やそうとします。ここ十五年ぐらい非正社員の比率がどんどん高くなって全体の三分の一を超えることになっていますし、その非正社員の数が増えるのの代わりに正社員はどうなったかというと、自然に退職していったり、出向、転籍させた後は正社員を補わない。正社員の数は減っている。
その中で今何が問題になっているかというと、賃金が安くて不安定な非正社員の数がどんどん増えて、いわゆる格差問題の対象となっているような人が増えてきている。格差問題が大きな
社会問題になっていると同時に、正社員の数が減っている。正社員の数が減っているけれども
仕事は減らないですし、正社員が担う
仕事は減らないし、正社員の
仕事が非常に難しくなって、あと、スピードが速くなっています。ノルマがきつくなって、その中で、正社員は数が少なくなる中で、数少ない残された
人たちが過剰
労働を強いられて、先ほど
渥美さんからもお話しになったように、いまだに
サービス残業や長時間残業が減らないという
人たちが存在しているという
状況になっています。
そういう
意味で、今までのままの
日本的雇用システムの内と外をそのままにしたままでグローバル競争を続けていくとどうなるかというと、これはどんどん悪循環が広がっていって、格差問題の対象になっているような働いても二百万円稼げないような
人たちがどんどん増えていってしまうし、逆に数が減っていた正社員はどんどん過剰
労働になっていく。どちらも不幸せな時代がどんどん悪循環として広がっていくという問題が今の
日本の
労働者をめぐる問題だと言えるんじゃないかと思います。
この悪循環を絶つために、じゃ、これからどうすればいいのかと。改革の方向性として見た場合、大きく二つの方向があり得ます。
一つは、アメリカ型と言われるやり方。これはもう市場による調整、市場に任せるというやり方です。
今の
日本の正規、非正規
労働者の
状況はどうなっているかというと、今の
日本のいわゆる非正社員は外部市場、いわゆる
地域相場で処遇が決まっています。例えば、時給幾らというのは
会社別ではなくてその
地域相場で、大体時給七百円ぐらいだとか八百円ぐらいと
地域相場で決まっている。これに対して正規
労働者、今の
日本の正社員は
企業内市場、いわゆる内部
労働市場と言われる
企業内のいわゆる就業規則に書かれている賃金表で正社員の処遇が決まっている。そういう
意味で、今の
日本は、非正規は外部市場、正規は内部、
企業内の論理、
企業内のルールで決まっている。
これをアメリカ型にするためにはどうするやり方があるかというと、正社員も外部市場に任せてしまうと。法的に言うと、今、
日本に解雇権濫用法理と、
労働契約法十六条で、客観的に合理的な
理由があり
社会通念上相当として是認できなければ解雇は無効にすると。合理性、相当性がないと解雇は無効にするというふうにされていますが、
日本の解雇規制というのは諸外国と比べてもかなり厳しいものになっています。なかなか解雇できない。この解雇規制を緩める。解雇規制を緩めて、正社員も解雇しやすくなるとどうなるかというと、今
企業の中で買われていた正社員も外部
労働市場にさらされることになりますし、市場の中で正社員も非正社員も処遇が決まる。そういう
意味で、市場の中で
バランスが取れていくというやり方がアメリカ型のやり方です。
ただし、ここで注意しなきゃいけないのは、果たして解雇を自由にして市場に任せますよといった場合に、アメリカでも言われていることですが、
企業が目先の行動に出るのではないか。
経済学的に言うと機会主義的行動と、近視眼的な行動で、本当はそんなに解雇すると
企業の中長期的な繁栄のために良くないんだけれども、今困っているから今切っちゃおうというので、目先の行動に走ってしまって適正な水準以上に失業者が増えてしまうということが考えられますし、さらには、
社会全体での格差というのが非常に大きくなってしまう。
アメリカでは、正規、非正規格差というのはありません。正規も非正規も外部市場とつながっているので、フルタイム
労働者であれ、パートタイム
労働者であれ、派遣
労働者であれ、市場の論理で決まっているので、正規だから、非正規だからという格差は
日本ほど深刻ではないんですが、その雇用形態と離れたいわゆる能力とかいわゆる資産、その教育訓練機会を得られたか、能力があるかどうかというので、能力のある人は非常に高い処遇を受けられ、能力のない人は失業したり、働いても非常に処遇が低いという問題があります。
そういう
意味で、アメリカ型にしてしまうと
社会全体での格差が今の
日本よりももっと大きくなってしまうという弊害がある。なので、私
自身はアメリカ型の選択をするには慎重にならざるを得ないんではないかと思っております。
これに対して、もう一つの典型的なやり方がヨーロッパ型、これは法律によって規制をすると。具体的には、平等取扱原則というものを法で定めて、雇用形態によらず、みんな平等に取り扱いなさいということを国が言うとか、過剰
労働とか
ワーク・
ライフ・
バランスに支障を生じるような長時間
労働は法律で規制するというやり方です。
その中身についてはこの後少しお話ししますが、ただし、このヨーロッパ型の選択をする上でも注意しておかなければいけないところが一つあります。何かというと、ヨーロッパでもアメリカでも
日本でもそうですが、
企業の現場の実態は非常に多様化している。先ほど
渥美さんの方からもお話がありましたように、
企業の実態は非常に多様です。非常に多様に展開されている
企業に対して、国が詳細なルールを定めて、ああしなさい、こうしなさい、手取り足取りのようなルールを定めてこれを強制しようとしても、当事者は表面的な対応をするだけ、責任回避的な行動を取るだけで、実態はそう簡単には変わらないという問題があります。
そういう中で、ヨーロッパ型の新しい法のスタンスというのはどういう方向に進んでいるかというと、法律は、国は基本原則とか政策の方向性を定める、その基本原則に沿った
企業内での運用とかこういう政策の方向性に進むために各
企業の中ではどういうことをするかということについては当事者の
取組を促すと。当事者にこういう基本原則を守って運用してくださいとかこういう政策の方向性にかなうような
取組をしてくださいということを促すようなものとして、今の新しい法の基本的な立場、スタンスは進んでいるということを注意しておくということが必要かと思います。
こういう視点から見た場合の、先ほど見た
日本の問題を解決するための具体的な改革の在り方、ここでは大きく
三つの点を取り上げてお話ししたいと思います。
まず第一点が、いわゆる正規と非正規の間の処遇の
バランス。格差問題の元になっているような、正規だとある程度処遇が得られるけれども、非正規だと働いても二百万円なかなか稼げないという
状況、これについては、正規
労働者と非正規
労働者の間の雇用形態によらない平等取扱原則を法律によって定めると。フルタイム
労働者とパートタイム
労働者の差別の禁止とか、期間の定めのない契約による
労働者と期間の定めのある契約による
労働者などについて雇用形態で差別してはいけませんよということを法律上明確に定めるということが大切なんではないかと思います。ただし、注意しなきゃいけない点が二つあります。
一つは、これは非正規
労働者全体を視野に入れた規制にしなければいけないと。例えば、パートだけ規制するとか派遣だけ規制するとするとどうなるかと。じゃ、パートじゃなくて期間の定めのある
労働者にしましょうとか、派遣だけ規制したらどうなるかというと、じゃ請負にして、実態は変わらないまま請負にしてしまいましょうというので、実態が変わらない、玉突き現象がいわゆる起こってしまいます。
ヨーロッパでは、まずパートタイム
労働者に対する平等原則を定め、その後、期間の定めのある有期契約
労働者について平等を定め、今派遣まで行っています。そういう
意味で、玉突き現象を一個ずつ玉をつぶしていっているというのがヨーロッパの今までの
状況ですが、
日本でこれからやるとすれば、玉突きが起こるというのが分かっているのに一個ずつやっていくというよりかは、全体として、問題を全体的にとらえた上で一貫性のある原則、例えばパートも有期も派遣も請負
労働者なども含めて、雇用形態によらない、雇用形態による差別を禁止するという形で平等取扱原則を法定した方がいいんではないかと思います。
もう一つの注意点は、じゃどういう原則にするかという点です。最近、同一
労働同一賃金ということがよく言われますが、果たして、じゃ法律上、同一
労働同一賃金と書き込んでいいのかという点です。
同一
労働同一賃金というのは、実は
労働と賃金がリンクした国にはなじみやすい。いわゆるヨーロッパでは、こういう
仕事だったらこういう賃金ですよという職務給を取っているような国ではなじみやすいということが言えますが、例えば、勤続給なり職能給というような、ちょっと勤続年数が長い人にはその職務にかかわらず一定の配慮をするというような賃金
制度になっている場合には、
労働が今
一緒だから同じ賃金を今払いなさいという
制度を取ると実態になじまないという側面があります。そういう
意味で、多様な実態、多様な賃金
制度になじむ法原則にすることが必要と。
具体的には、合理的
理由のない差別的取扱いを禁止すると書けばいい。パートについても、有期についても、派遣についても、請負
労働者についても、合理的
理由のない差別を禁止する。その合理的
理由の中で多様な実態を読み込む。この
企業ではこういうのが合理的
理由になるかもしれないし、ここではこういうのが合理的
理由になるかもしれない、だけれども、合理的な
理由がなければ差別をしちゃいけないよということを法律上書いて、あとは多様な各
企業の実態に応じた形で平等を進めていくということが重要なポイントになるのではないかと思います。
二番目の問題は、不安定雇用をめぐる問題。正規と非正規の間の雇用保障の
バランス、正社員だと解雇されにくいけれども、非正社員だと困ったときには簡単に切られてしまうという問題の
バランスの取り方ですが、ヨーロッパだと、これも雇用保障、解雇についても平等取扱原則の中に入れています。例えば、短時間
労働者、パートタイム
労働者だから雇用調整のときに
最初に対象にするということは、ヨーロッパではできないことになっています。
日本でも、一番の格差問題のところで、平等取扱原則、差別的取扱いの禁止というのを定めるときに解雇も視野に入れて雇用保障でも
バランスを取るということが考えられるかもしれません。
ただし、その際に注意しなければいけないのは、今のように、正規は守る、非正規は切りやすいという基準で今のところ線引きがなされていますが、正規だから守る、非正規だから切りやすいという線引きをしないというふうになったときに、じゃ新しい雇用調整の基準をどうするかと。
景気が悪くなって
企業が人員整理をしなきゃいけないときに、だれから切るかという基準を新しく決めなきゃいけない。およそ絶対解雇しちゃいけませんというような形にはなり得ないので、そういう場合の新しい基準を決めなければいけない。
例えば、ヨーロッパでは、ドイツでは
社会的選択ということが言われていまして、勤続期間や扶養義務の考慮、勤続が長い人はなるべく解雇をするには後にしましょうとか、扶養義務、被扶養者をたくさん抱えている人は解雇しない、解雇されにくくすると、こういう基準をフルタイムにもパートタイムにも同じように適用して雇用調整の対象者を決めていこうという基準がなされています。
こういう基準を
日本でどうするかというのを併せて考えていくことが必要になってきます。その際にも、必ず調整の対象となる人が出てきますので、その
人たちに対するセーフティーネットの拡充とか、なるべく早く就労に復帰できるようにきめの細かいアクティベーションを講じていくということは、同時に重要な課題になってきます。
三番目のポイント、これは働き方をめぐる
バランスの問題。正社員自体非常に過剰な働き方をしていますし、逆に言うと短時間
労働者で
労働時間が短くなると公正な処遇を得られないという
状況にありますが、正社員についても非正社員についても、
バランスの取れた働き方をして、それぞれの働き方において公正な処遇を得られるようにするということが必要になってきます。そこでは、例えば具体的に、健康を害するような、生命、身体を害するような長時間
労働はやはりこれはきちんと是正していかなければいけないということと同時に、短時間
労働者にも公正な処遇や必要な訓練を与えてキャリアを展開できるというような措置を講じていくことも必要になってきます。
まず、健康被害についてですが、やはり健康を害するような長時間
労働を許容しておくということが
社会的に許されるかという点は、私は疑問があります。ヨーロッパでは、これは
労働時間規制がかなり厳しくなっていまして、ヨーロッパ全体で最長
労働時間というのと休息時間というのがEUの指令で定められていますが、最長
労働時間というのは残業時間も含めて週四十八時間に設定されています。
日本でいきなり週四十八時間と言われると多くの
企業は困ることになってしまうかもしれませんので、少し基準をどこら辺に設定するかというのは時間的な猶予も考えながら設定するということになると思いますが、ヨーロッパでは週四十八時間という最長
労働時間が設定されていますし、休息時間、一日の
労働が終わってから次の日の
労働までの間に休ませる
労働解放時間が十一時間に設定されています。この最長
労働時間とか休息時間をきちんと法律上定めて健康確保を図っていくというのは、これは国がやるべき重要な課題。
もう一つは、働き方をめぐる
状況の改善というのを同時に促していくということが必要。健康を害さない程度の働き方はどうやって改善していくかという点ですが、これは各
企業の実態とか
労働者の希望に沿った形で
状況の改善を促していく。例えば、きちんと
企業の中で労使が話し合って、行動計画、このアクションプランを作って、これを外からも見えやすいようにする。
企業の中の人も、この
企業だとこういう形でみんな働いていますよ、だからこの
企業に行こうとか、そういう形で、外からも見えやすいような形で公表をしていたら、政策的にこういうインセンティブを与えるというやり方があるんではないか。
例えば、
労働時間が短縮されて病気になる人が減る、病気で休業している人が減るという成果が得られて、そのプロセスを外にも見えやすいようにしておいた
企業には労災保険の保険料を引き下げると。労災保険のリスクがその分減るということになりますので、労災保険の保険料を思い切って引き下げると。ここまでやれば
企業もやらざるを得なくなってやるということになるような形でインセンティブを与える。
もう一つは、例えば短時間
労働者、今パートと言われている人にもきちんと処遇をし、訓練の機会もきちんと与え、その結果、定着率が上がると。そんなに簡単に辞めなくなって、短時間
労働者でもその
企業に定着して長く働いている、キャリアを展開しているということであれば、その
人たちの失業に関するリスクがその分減るわけですから、雇用保険の保険料を思い切って下げると。
そういう形で、使用者にもインセンティブを与える形でやると。ただし、そこでは、現場の
意見とか、先ほど
渥美さんからもありました現場の知恵というのを生かしながら
状況の改善を政策的に促していくということが必要。こういう点、全体を視野に入れた一貫性のある改革を行っていくことがこれからの
日本の重要な課題になるんではないかと思います。
以上です。