○江藤拓君
宮崎県、自由
民主党の江藤拓でございます。
自民党・無所属の会を代表して、六次
産業化法案について質問をまずさせていただきます。(
拍手)
六次
産業化法案は、前政権で
推進してまいりました農商工
連携を具体的に
支援する、そういう策を講ずるというその
趣旨は十分に理解ができます。要は、農農
連携を進めるということが画期的であるという御
説明でありますが、そんなことは、実はこの国では、
地域で既に行われてきたことであります。
農産物は
生産者が
付加価値を加えて高く売ることが
所得の向上に資すること、これは共通の
認識でありましょう。しかし、六次
産業化というのは、余りにも掲げる看板が大き過ぎるのではありませんか。私は、そういう印象を強く持ちます。
これまでの農商工
連携と六次
産業化法案との違い、そしてその効果、さらには予算規模が、農商工
連携の時代と、どれほど大きくなったのか、そのことについて
大臣にお尋ねをいたします。
少しでも第一次
産業にかかわる人の
所得が向上するということであれば、我々自由
民主党は、徹底した議論にいつでも応じる準備はございます。
しかし、今、早急にやるべきことは、このことではないはずではありませんか。
口蹄疫の発生した
地域では、日々恐怖におびえ、耐えがたい不安の中で、将来を絶望する人が、今、この瞬間もふえ続けているんですよ。
日本の畜産の将来、さらには
国民への
食料の安定供給さえも左右しかねない喫緊の課題であります。ですから、これから、残された時間につきましては、
口蹄疫について質問をさせていただきます。
きょうで、
口蹄疫発生から、はや一カ月がたってしまいました。蔓延は全くとまりません。五月十八日には東国原知事が非常
事態宣言を発動されました。けさの段階で、発生した市と町は五つとなり、発生戸数は百四十六戸に上っております。家畜伝染病予防法に基づいて殺処分をもうしていなければならない家畜の総数は、十二万五千二百六十六頭にもはね上がってしまいました。
殺処分の
現場、埋却の
現場、これは、皆さん、筆舌に尽くしがたい修羅場ですよ。まさに地獄であります。作業員の中には、精神的にも完全に参ってしまっている人も多数出てしまっております。みんな、もう本当に、ぎりぎりのところでやっと踏ん張っているというのが今の現状なんであります。どうか御理解ください。
谷垣総裁には、東国原知事が上京して要請された次の日に、すべての予定をキャンセルされ、急遽、朝の一番便で真っすぐ
現場に向かっていただきました。
現場にですよ。そして帰りの便も、予定がありましたけれども、すべて
日程をキャンセルして、
農家の
方々から意見聴取をいたしました。すべての意見が出尽くすまで、この
会議は続きました。総裁は、御自身でメモをとり、誠実に御回答されておられました。
また、自民党では、四月二十二日、三十三項目の申し入れを行い、四月三十日には、四十二項目、申し入れを行いました。五月の六日にも追加
対策の申し入れを行いました。既に党内に家畜伝染病予防法改正等PTを立ち上げ、急ピッチで改正法案の
提出に向けて議論を今進めているところでございます。
それに引きかえ、そのとき、
政府は、特に赤松
大臣は、あなたは
一体何をしていたんですか。
大臣が初めて
宮崎入りしたのは、五月の十日。
現場の皆さんが切実な訴えを直接訴えようと待っていたにもかかわらず、
現場から遠く離れた
宮崎市までしか足を運ばれませんでした。そのとき川南町では、大きな失望と、国に我々は見放された、そういう声を私はたくさん聞きました。
五月十一日の農林水産委員会で、私は、赤松
大臣が四月三十日から五月の八日まで外遊されたことについて、そもそも行くべきではなかった、そして外遊中に、日々蔓延が拡大する中で、途中帰国することをあなたはお考えにならなかったんですか、そうお尋ねをいたしました。
私は、
大臣から、反省しているとまでは言わないまでも、せめて、今となると、途中帰国を考えるべきであったと思います、そういうお返事が当然いただけるものだと思っておりましたが、
大臣の答弁は
一体何ですか。私一人がいなかったからといって、いささかも支障があったとは理解しておりませんと。
対策本部長ですよ。何という責任感の欠如ですか。まさに、開き直り、自己正当化以外の何物でもありません。これでは、現地で苦しんでいる農民は救われません。
当時の
対策本部長であった
大臣が、農民や
地域の人たちの苦しみを御自身の痛みとして感じることができなかった、そのことが蔓延拡大の大きな原因の一つであったということを私は確信いたします。
そもそも、
民主党という政党は、
基本的におかしいと思いますよ。
BSEが発生したとき、
農林水産大臣は武部勤代議士でした。自民党内で、BSE
対策会議が開かれるたびに、
大臣は、不眠不休の努力を重ねて、対応に追われましたけれども、それでも、自民党の議員から、身内から、毎回毎回厳しい追及を受けました。激しい議論がそこではなされました。それがあったからこそ沈静化に向かったのであります。
そういった激烈な議論の場は、この
民主党にはあるんですか。あるんですか。
初動のおくれ、蔓延の
防止に失敗した、とうとうワクチンまで使わなければならなくなってしまった。二十二万頭の子牛を誕生させた伝説の種牛、安平まで殺処分の対象となってしまったことに対しても、
民主党内で問題視する声が全く上がらないことを、私は、極めて不自然で不健全な体質である、そう思います。
現
対策本部長の
鳩山総理は、十八日の朝、記者からの質問に対して、国の一定の責任を認める旨の発言をされました。まだ前
本部長に比べれば正直かもしれません。
その後行われた赤松
大臣の記者会見は、愕然とするものでありました。初動がおくれたとか、やるべきことをやらなかったことはない、私がやってきたことは、全く、反省するところ、おわびするところはないと。まさに信じがたい発言であります。反省なくして、新たな
対策、そういったことを打てるんですか。まず反省に立って、そして
対策を見直す、これが
基本だと私は思います。
大臣、今も、そのお気持ちは変わりませんか。お答えください。
私は、野党の一代議士でありますが、
地域の皆様におわびを申し上げながら日々を過ごしてまいりました。それが
政治家としての、普通の、ごく当たり前の感覚だと私は思いますよ。
議員の皆様、
大臣の発言を、どのように、正直に、率直に受けとめられましたか。
この報道を見て、
国民の
政治家への不信はますます高まるばかりであります。
政治家は自己保身のことしか考えていないと。何が
国民の生活が第一ですか。自分の身が一番じゃありませんか。
初動のおくれはないと言われますが、
現場に国から消毒薬のクレンテが届いたのは四月の二十八日、ソーダ灰が届いたのは二十九日ですよ。発生から一週間もたってしまっていました。どこが迅速な対応なんですか。三日目からは、ビルコンS、車にかける消毒薬を使いました。これは、町、農協、それから
宮崎県経済連、
宮崎県畜産協会、こういった
方々が
現場で東奔西走してみずから集めてきた薬品であります。
そして、さらに指摘させていただきたいことがあります。今回の初動がおくれた大きな原因の一つに、行き過ぎた政治主導があったのではないかと私は思います。
十年前に
口蹄疫が発生したとき、七百四十頭の殺処分で封じ込めに我々は成功いたしました。とにかく、国も県も自治体も農協も、すべての皆さんが、総力を挙げることを要請し、早急に百億円を用意いたしました。そして、何か不手際があったら、初めてのこと、だれも経験がないわけでありますから、最後にはすべての責任は
政治家がとる、そのことをみんなに約束して、一斉に動き出したのであります。だから初動が早かったんですよ。だから七百四十頭で済んだんです。
今は、何かといえば三役にお尋ねをしなければ、みんな動けないんでしょう。(発言する者あり)
皆さん、やじもわかりますけれども、どうか、
宮崎の苦しみを理解してください。畜産
農家だけでなく、その他の農産物や観光を初め、多岐にわたる
産業にも大きな影響が出ております。
私の息子の修学旅行も中止になりました。商店街は、ひっそりと静まり返り、売り上げは七割、八割も下がってしまいました。このままではもう店を閉めるしかないという悲痛な声がたくさん上がっております。全国で有名になりました、「朝ズバッ!」でも採用されましたあの軽トラ市も、もうやれなくなってしまいました。
現場の人たちは、国が具体的で
農家が納得のできる
対策を早く示していただくことを望んでおります。
私は、
口蹄疫発生初日から連休が明けるまでの間、毎日のように、自分の目で見て、自分の耳で聞き、感じてきたこと、この短い時間の間ではとても皆さん方にお伝えすることはできませんが、その一部だけでも御紹介させていただきます。
あるおばあさんは、牛を殺処分するならば私も一緒に埋却してほしい、埋めてほしい、そうおっしゃいました。この牛がいたからこそこれまで生きてこられた、そして、何よりも私たち老夫婦にとっては生きがいであった、
子供同然であった、これがいたから
子供たちにお年玉を上げることもできた、そういうことをもうできなくなってしまった、そう言って、私の手を握って泣かれました。私も一緒に泣くしかありませんでしたよ。
このことは、委員会で
大臣にお伝えをしましたね。しかし、そのとき
大臣の胸には、全く響くことはありませんでした。
ある酪
農家では、最後に、一番うまい最高のえさを与えてやり、体をブラッシングしてやって、乳房をふいてやって、その後、一頭一頭に最後の別れを告げて、その目の前で次々と殺処分されていったんですよ。畜産
農家の目の前で倒れていったんです。その気持ちがわかりますか。
その後、私に電話をいただきました。
大臣をこの場に連れてこい、そして一頭一頭、
大臣の手で、銃で撃ち殺させろ、そうすればおれたちの気持ちも少しは伝わるだろうと声を震わせておられました。
養豚
農家では、殺処分が決まっても、埋却地も見つからず、獣医も足らず、一週間以上待たされてしまいました。その間、えさを与え、世話も続けてまいりました。
まだ感染していない
農家におきましても、これまで必死に防疫の努力をしてまいりました。
今回、ワクチンを投与するということが突然飛び出してきて、これまでの努力は
一体何だったんだという憤りが
宮崎には今たまっております。
政府は、十キロ圏内の計八市町で二十万五千頭にワクチンを投与した上で最終的には殺処分をするという
方針を決めました。
しかし、
現場では、この突然の決定を受けて、大混乱が起こっております。当該する市や町では、
農家の同意を得ることは極めて困難であり、標準評価額をもとに支払われるということであれば、さらに理解を得ることは困難だという訴えが私のところにたくさん届いております。
標準評価額は、牛一頭当たり約六十万円、豚は三万五千円。牛は、生まれたばかりの子牛もいれば成牛もおります。繁殖母牛もおります。優秀な繁殖母牛だったら、二百万、三百万出されたって絶対に
農家は売りませんよ。これをすべて一律で標準評価額でやるなどという話をしたら、絶対に同意は得られません。
豚も、種豚で最低でも三十万円はします。(発言する者あり)知らない人は黙っていてください。