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松浪分科員 私も、随分と積極的になっていただいたなと、それはありがたい
思いなのでありますけれども、この手挙げ方式というものだけは非常に弱点があるんですね。
弱点は何かというと、やはり
地方支分部局を道州に渡そうとすると、これは一気に行わないと。結局、道州間でも、一気に権限、財源、人間までを与えるということになりますと、それから負債の問題が出てまいります。国に大きな負債を残して、そして
地方は権限、財源、人間だけ与えるよということになると、結局、全体、トータルでの負債の返還というものをどういうふうにやるのかとか、手挙げということではなかなかうまくいかない。
そしてまた、関西でも、和歌山だけが入りませんとか、奈良だけがぽっかり入りませんというようなことになると、
地方支分部局の
機能を中部から引っ張ってくるのかとか、結局、矛盾が生じざるを得ないわけであります。
明治の
時代に廃藩置県というものがありました。
大臣もよく御存じだと
思います。明治四年の話であります。明治四年の廃藩置県を断行するときに、藩主に、手挙げ方式で藩を合併してくださいとか、好きな人だけは東京に来てください、違う人はそのまま藩に残ってくださいと言って、果たしてこの廃藩置県が断行できたのかどうかということにかかっていると
思います。
私は、道州制は民主党にとっては大きなチャンスだと
思いますよ。今、政治は国民の信頼を失い切っています。失い切っているときに政治家がどうやって信頼を取り戻すのか。これは血を流すしかないんですよ。政治家の首を大胆に切れるようにする。
道州に、分権の割合に応じて
国会議員の首を切りました、道州議会ができましたと。関西でも道州議会をつくれば、今、全部合わせれば恐らく四百人ぐらいの都道府県議会議員がおります、四百はやはり多い、百か百五十で十分じゃないか、政治家も随分と首を切ったなと。
そしてまた、
地方支分部局もばらばらで、これはどうするんでしょうか。三十三万人のうち二十二万人が
地方におるわけですね、
地方に二十二万人がおるわけです。この二十二万人を一気に道州に渡したとなれば、
国家公務員が
地方公務員になって、そして数も減らした、役人も涙を流してくれたなと。
私は、政治家が血を流し、そして公務員が涙を流して初めて国民は汗を流してくれるものだと。これを、手挙げ方式だよ、どうぞ皆さん、好きな人だけやってくださいというふうにやって、結局、
機能的には道州制はできない。この廃藩置県に見習って、やはり断行すべきところは断行する。
ただし、一点、担保しないといけない。自民党の道州制、第三次中間報告まで出しております。ホームページで引っ張れますので、一度ごらんになっていただいたらありがたいかと
思いますけれども、これは、はっきり言って私は大きな不満を持っている。なぜか。自民党の道州制も上からの道州制でありました。国と、それから道州と基礎
自治体の
役割をどういうふうにするのか議論をしてまいりました。
しかし、中で、我々若手の道州制論は違います。我々は、お任せ道州制論と呼んでおります。どうするか。国と道州以下の
役割分担は、それぞれ、それは当然、我々
国会議員がそこの仕切りをすぱっと決めるべきであろうかと
思いますけれども、基礎
自治体と道州の関係というのは、
大臣、どうでしょう、そこで自由に決められるようにする、これが本当の分権じゃないかなと私は思うわけであります。
そういった
意味で、私は、きょうは本当は
大臣に、
地方支分部局の全廃ということを民主党はおっしゃっていたと。はっきり言って、三百の基礎
自治体にするのであれば、全廃なんかできるわけがないわけでありますね。それは全く無理な話だ、都道府県がなくなるだけだ。ただ、道州制にすれば、これは全廃することは本当に可能だ。今四層になっているこの国を三層につくりかえるということは、非常に合理的にできるわけであります。
大臣、この
地方支分部局全廃の全容、イメージについて伺いたいと
思います。