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参考人(
加藤智章君) 北海道大学法学
研究科の
加藤でございます。
本日はこのような機会に
参考人としてお招きいただき、ありがとうございます。時間も限られておりますので、早速フランス
社会保障制度の概要とその
特徴について説明していこうと思います。
基本的にパワーポイントで説明をしていきますが、このほか、本日、配付
資料としてA4判五ページにわたりますレジュメを
参考資料という形で付け加えさせていただきました。必要に応じてページ数などを明らかにしていきますので、適宜御参照ください。(
資料映写)
なお、今、
阿部参考人がお話しした
格差という点でフランスについて一言申し上げますと、フランスの場合は学歴に応じた
所得の
格差というのが非常に大きくございまして、これが、例えば二〇〇五年に現在のサルコジ大統領が内務大臣だったときにやや不用意な発言をした結果、植民地出身のマグレブと言われる
人たちの反感を買って若干
社会不安を醸成したというようなことが時々発生するということになってございます。
ここでお話をしていくフランスは、
社会保障という場合は非常に狭い概念でございまして、我が国でいいますと、
医療とか
年金などの
社会保険に家族給付と労災補償を指す場合が多いようでございます。
日本と
比較すると非常に狭い概念ということになります。これらに、
生活保護に該当する
社会扶助あるいは介護手当とか失業
保険などを含めた概念を大きく
社会保護といいまして、これが我が国における
社会保障に対応する概念ということになります。
フランスの
特徴というのを簡単に述べていきたいと思いますが、フランスは第二次世界大戦後、国家とは一線を画する
社会保障制度を
構築するという構想の下で
制度展開を果たしてまいりました。そこには、我が国とは異なる
幾つかの
特徴を見出すことができます。
まず、国家とは一線を画する
社会保障という点で重要なことは、法定
制度に加えて、労働協約などに基づく補足
制度というものが大きな役割を担っているということです。このことは今回の私の
意見に通じて強調されるところでございます。
次に重要な
特徴は、我が国の
国民健康保険や
国民年金の一号被
保険者に見られる地域
保険というものが存在しないということです。フランスもドイツと同じように
社会保険を
社会保障制度の核心とする国ではございますが、地域
保険というものは存在してございません。このため、職域ごとに組織された職域
保険の複数併存体制という下で、保障される人々の範囲の
拡大を図ってきたということが言えます。
今回の私の
報告では、
民間企業の労働者を中心に組織されている一般
制度というものを中心に
制度の説明をしていきたいというふうに考えております。
このこととの
関係で、老人保健
制度とか後期
高齢者医療制度のような
高齢者だけを
対象とする
医療保険制度というものも存在しません。現役時代に所属していた
制度にそのまま在籍するいわゆる突き抜け方式というものを採用しております。また、
高齢者介護につきましては、介護
保険方式ではなく介護手当方式というものを採用しております。
ここで、簡単に歴史的な展開過程を概観しておきたいと思います。
さきに述べましたとおり、第二次世界大戦後、フランスは国家に依存しない
社会保障制度の
構築というものを目指してまいりました。そこでは、
国民連帯という理念の下、管理運営組織の一元化というものが標榜されましたが、労働者と自営業者とが
一つの
制度に加入することが嫌われた結果、一九五〇年代には職域
保険制度が複数併存する体制ということになりました。言わば、職域連帯の時代ということが言えます。
その後、産業構造の高度化によって、財政的に豊かな
制度と財政基盤の脆弱な
制度との間で財政調整というものが行われるようになりました。この財政調整は、国庫の介入を避けるための手段であったと言われます。すなわち、国家とは一線を画することが一応、一九八〇年代までは追求されてきたということは言えます。ここまでの時代は、職域
保険同士の助け合いということから、職域間連帯、職域の間の連帯という、そういう時代と言えます。
しかし、EU統合や継続的かつ高止まりの失業率を背景に、一九九〇年代初頭に一般
社会拠出金、CSGというものを導入しました。この一般
社会拠出金は福祉目的税とも言えるもので、
社会保障財政の安定化を目指すものでした。
日本流に言えば国庫
負担金と言い換えることもできますが、この時点になってようやく財源としての租税を導入するということになります。以下で言います租税代替化というのは、
社会保障財源に占める租税の割合が増加する傾向にあるということを指して使いたいと思います。
ここで注目しなければならないのは、普遍性の原理というものがこの一般
社会拠出金の導入を正当化するための論理として用いられたということです。この結果、一九九〇年代以降、フランスの
社会保障制度は普遍性原理に基づく皆保障の政策志向が強まってきました。このことが普遍性原理と自律性原理との二極分解の過程に移行したということにつながってまいります。
この表は、一九九〇年以降の
保険料率の推移を見たものです。
御覧のように、
医療保険と
年金保険の双方は
保険料率は
労使折半にはなってございません。使用者の
負担率が大きくなっております。また、家族給付というものは全額使用者
負担ということになっております。この家族給付というのは、一九三〇年代からフランスに導入された歴史のある
制度でございまして、出生奨励機能と
所得保障機能を併せ持ち、労働者、自営業者の別なく、
国民全体一元化された
制度として運営されているという点が大きな
特徴です。
次に、料率の推移ということで注目されるのは、この一九九七年から九八年の動きでございます。特に
医療保険の労働者の
保険料率は五・五%から〇・七五%に大きく減少しております。これは、次のスライドで紹介します一般
社会拠出金の引上げと表裏一体の
関係に立っています。
また、もう
一つここで注目しておくべきことは、
年金保険の
保険料率が二段階になっていることでございます。八・三と一・六、あるいは六・五五と〇・一という形で二段階になっております。これは、賃金全額、報酬全額に課せられる料率と一定の
保険料算定上限額に課せられる料率というものが二段階で課せられているということになっております。この八・三と六・五五というのが
保険料算定上限額の範囲内で課される料率ですが、現在、
日本円で換算しますと、一ユーロ百三十円ということで計算しますと、この限度額がほぼ三十六万円弱ということになってございます。厚生
年金保険の標準報酬等級の上限額が六十万五千円となっていることと
比較しますと、この三十六万円という上限額の設定というのはかなり低いということになると思います。このことは、後から言及する補足
制度の発展を促す
一つの要因となっているということが言えます。
次に、一般
社会拠出金の料率の推移を見たものです。
福祉目的税ともいうべきこの一般
社会拠出金は、賃金だけではなく、代替
所得、資産
所得、投資益、賭博益などに課税されております。これは
社会保険料よりも広い課税範囲を設けることによって、当初は広く薄く、現在はかなり厚くなってきておりますが、課税するというスタイルを採用したものです。
一般
社会拠出金は、税金である以上、特定の人々を
対象とすることに投入するのではなく、
国民全体に関連する普遍的な問題に投入すべきであるという
観点から、九一年に創設された時点では家族給付部門の財源とされました。この結果、説明が前後しますが、家族給付の
保険料率が七%から五・四%に引き下げられたということになります。
また、一九九七年から九八年には労働者の賃金に課せられる一般
社会拠出金が、料率が三・四%から七・五%に大きく引き上げられました。この大きな引上げは、
参考資料の四ページのところにこの立法の趣旨を若干文章にしたものがございますが、四ページの五、普遍的
医療給付の中ほどでございます。
経済的な理由で
医療の提供が阻害されることは最も弾劾されるべき不正義であるということから、普遍的
医療給付を設けるための財源としてこの三・四%から七・五%への料率の引上げというものを導入したということになります。
この結果、労働者の
医療保険のうち
保険料率は〇・七五%ということでしかなくなったわけですが、この料率は、我が国における
健康保険の傷病手当金の財源ということで残ったものでございます。残りはほとんどこのCSG、一般
社会拠出金から賄われるということになったということでございます。
この租税代替化の結果、フランスの
社会保障は職域間連帯から更に二極分解したと。普遍性原理に基づく
国民連帯と、自律性原理に基づく職域連帯とに分解したというふうに言えることができると思います。
以下では、この租税代替化の帰結との
関係で、
医療保険と
年金保険とを中心にもう少し具体的に説明をしていきたいと思います。
まず、
医療保険についてであります。
医療需要の側面におけるお金の流れを見ますとこういうことになります。
お気付きのように、原則として診療報酬が七割、患者
負担分が三割ということですので、
日本の現在の
医療保険制度と極めて似ております。我が国では療養の給付としての七割相当
部分が、診療報酬のところですが、ここはフランスにおいても同じように法定
医療保険制度で賄われます。フランスの
特徴はこの三割、患者
負担の三割のところでございまして、補足
制度が発達しているために現実にフランスの家計が
負担している
医療費は
国民全体の
医療費の一〇%未満になっていることでございます。
これは
参考資料の三ページに数字を載せておきましたが、二〇〇八年、千七百億ユーロというのが大体フランスでおける
医療費の総枠ということになります。百三十円で換算しますと大体二十二兆円ということになります。このうち七六%が
医療保険で賄われており、一四%が補足給付というもので賄われております。この結果、家計の
負担ということは九・四%ということになります。
次に、九九年から導入された普遍的
医療給付というのは、職域
保険に加入することのできない人々が低
所得者を中心に存在するという問題を解消するために導入されたものです。やや複雑な
制度ですが、
日本円に換算しますと月額八万円未満の者に対しては患者
負担分のところについても補足給付というものを支給することによって、全額
医療費の無料化というものを実現しております。
さらに、八万円以上あるが月額十万円未満の者については、七割相当額に対する基礎給付を支給するという形で
医療の提供をしているということになります。八万円以上十万円未満の者は、一部
負担のところについては
負担しなければいけないけれども、七割相当額については
医療保険の方から提供を受けるということになっております。
次に、
公的年金制度を中心とした
所得保障制度の構造であります。
御覧のように四層構造ということになっております。
法定基礎
制度というものがベースになってございますが、この上に更に補足
制度、
公的年金の補足
制度というものが乗ってございます。この存在がフランス独自の大きな
特徴を持っていると言えます。当初、労働協約に基づいて発展してきたものですが、その後、人的適用範囲が
拡大したということによって、一九七二年からこの二段階目の
部分は加入を強制するという形になってございます。第二の法定
制度ということが言えるものです。それからこの三番目は、これは任意加入の退職
年金制度でございます。我が国でいうと
企業年金等に相応するものです。
それから、一番下支えのところになっていますのが
高齢者連帯給付というものでございまして、これは、最低
所得保障を実現するということで、第二次世界大戦直後から、拠出を要件とせずに、租税を財源として保障されている
制度ということになります。
まず、
所得保障の一階
部分は法定基礎
制度ですが、
年金給付額は
平均賃金掛ける支給率掛ける加入期間の百六十四半期という算定式で求められます。支給開始年齢は六十歳で、
平均賃金年額は、最も賃金の高い二十五年間の
平均値ということになります。支給率は百六十四半期、すなわち四十年を分母にした
年金受給者の
保険加入期間に対応して求められますが、最高満額率は五〇%ということになってございます。
次に、補足
制度の
部分ですが、これは法定基礎
制度に上乗せするものとして位置付けられる第二の法定
制度と言われるものです。一般職員のための
制度と幹部職員のための
制度とに分かれておりますが、財政方式で運営されております。これに関連する数字につきましては、
参考資料の五ページに、一般職員とそれから幹部職員に分けて数字を示してございます。支給開始年齢は六十五歳からですが、三十八年以上加入している者については六十歳から満額
年金が支給されることになっております。
一九九〇年代以降、租税代替化が進行した結果、フランスの
社会保障制度は普遍性原理に基づく
国民連帯と自律性原則に基づく職域連帯のすみ分けが浸透しつつあると評価することができます。普遍性原理は拠出を要件としない給付であり、居住要件の下で一般
社会拠出金や租税を財源に支給される給付の一群であります。これに該当するのは、今の
意見の中で申し上げてきました家族給付や普遍的
医療給付のほか、家族手当ともいうべき個人化自律手当、あるいは
日本の
生活保護に相当する活動的連帯手当というものがこれに該当いたします。
これに対して、自律性原理に基づく職域連帯が妥当する領域は、補足
制度を含む
公的年金部門、補足
医療給付部門のほか、失業
保険や労働災害部門が該当いたします。
保険料を報酬に比例して
負担することを要件に、国家には依存しない財政的自律原則と、
保険料を
負担する者が管理運営を担うという当事者
参加原則が妥当する領域ということが言えます。
このように、フランスの
社会保障制度は重層的かつ多様な
制度構造を有しております。そのことは、職域
保険の併存体制をベースに補足
制度が充実しているということに端的に表われていると思われます。
九〇年代から始まった租税代替化というものは、繰り返しになりますが、租税と
保険料のすみ分けを鮮明なものとしてまいりました。この過程で、
社会保障予算の審議に議会が関与することを通じて、
社会保障の運営について国家が責任を持つと同時に情報の透明性をもたらすことになるということで、
社会保障財政法律というものが九五年以降導入されております。租税と
保険料のすみ分けがより明確になった結果、
社会保障の
制度構造における結集軸が、八〇年代までの職域間連帯から
国民連帯と職域連帯とに二極分解したと言い換えることも言えます。
我が国の
社会保障制度が国家対
国民という二当事者
関係として理解されがちであります。これに対して、フランスの
社会保障制度あるいは
社会保護
制度というものは、国家のほかに補足
制度の存立基盤とも言える
社会というものが存在し、さらに、三番目の当事者として、
社会構成員としての
国民がいるという三当事者
関係から成立しているということが重層的かつ多様な
制度構造を可能にしているのではないかという結論をもって私の
報告とさせていただきます。
御清聴ありがとうございました。