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風間直樹君 今
大臣より、二月ですか、クリントン国務長官との会談時に、いわゆる
米国による
日本防衛義務を確認されたという御答弁をいただきました。
さて、残り時間があと五分ほどでありますが、
拉致問題に入りたいと
思います。
先日、私は、アメリカの元
国連大使でありますボルトン氏がテレビでインタビューを受けている
内容を見ました。このボルトン氏の話が非常に印象的でありましたのは、
北朝鮮の交渉プロセスのパターンというものを分析して、今後、オバマ政権下の
米国に対してどういう交渉態度を取ってくるかということを明確に述べていた点であります。つまり、朝鮮戦争以来およそ六十年にわたって
北朝鮮の交渉パターンは一貫して変わらないと。どういうふうに一貫しているかというと、アメリカの政権が替わるたびに、前の政権と交渉した同じ
内容を次の政権に対しても交渉する。そして、それによって時間を稼ぎながら譲歩をしたように見せかけて、アメリカ側から、食料あるいは石油といった援助に関するアメリカ側の譲歩を獲得する。このパターンを繰り返しながら
北朝鮮は核の開発を進め、現在では核の小型化が視野に入っていると。要約しますとこういう
内容でありました。
思い起こしますと、
我が国に五人の
拉致被害者が
帰国をされたのが今から七年前、二〇〇二年であります。実は私、当時、
新潟で県会議員をしておりまして、
曽我ひとみさん、それから蓮池さん御夫婦が
帰国をされましたので、
新潟県を代表して羽田空港に迎えに参りました。当時、この
委員会室にいらっしゃる、
政府参与をお務めになっていらっしゃいましたが、中山参与と一緒に羽田空港でこの五人を迎えさせていただいたわけであります。
あのとき、じゃなぜこの五人を
北朝鮮が
帰国させたのかということを
考えてみますと、やはり国際
情勢の大きな
枠組みがあったと
思います。つまり、当時、ブッシュ大統領が
米国議会におきましていわゆる悪の枢軸演説を行いました。
北朝鮮を含む悪の枢軸に対して、アメリカが非常に強い決意で臨むということを表明したわけであります。
その言わば
北朝鮮に対する非常に強い向かい風の中で、当時の
日本外務省の田中均アジア大洋州局長が小泉
総理の指示の下、非常に積極的な外交交渉を行われた。実は、私はこの
日本政府の外交交渉の中にアメリカ
政府とは対照的な
北朝鮮に対するあめがあったというふうに
考えております。まだ確認はされておりませんが、当時、この田中さんが
北朝鮮に対していわゆる覚書を提示して、この覚書の中には約百億ドルの経済援助を
国交正常化以後に行うということが明記をされていたと、様々な資料で私は読んでいます。ただ、それが事実かどうかは分かりません。その結果、五人が帰ってきたと、こういう、簡単に言いますと構図があったと
思います。
ところが、今日、先ほど
河村官房長官も、更なる
拉致被害者の
帰国に向けて、この問題の
解決に向けて御
努力いただくと、こういう御答弁をされたわけでありますが、では
日本政府が
政府の
努力として、このときに比べて
拉致被害者の
帰国を実現するような構図をつくり切れているかというと、私はなかなかそうではないのかなと
思います。つまり、むちと同時にあめを両方駆使しながら
北朝鮮に対して譲歩を迫る、この構図をつくり切れてないのではないかというふうに思うわけであります。
河村長官、私のこの
認識に対してお
考えございましたら、御答弁いただけますでしょうか。