○
参考人(
高林敏之君)
高林でございます。
本日は、このような
意見陳述の
機会をお与えいただき感謝申し上げます。ありがとうございます。
本件
法案に関しましては、明らかに
ソマリア周辺
海域における
海賊問題を
理由として提起されているにもかかわらず、肝心の
ソマリアや
アフリカ地域の事情、歴史的背景をめぐる議論が余りにも乏しいのではないかということが一連の審議資料からうかがわれます。
アフリカ地域研究者の一人としてその目から見ると、このような形で
アフリカの一国に対する警察行動であるとか
自衛隊派遣なりが決定されんとしていることは極めて憂慮すべきことであると考えております。
私自身は本件
法案には賛同はしかねるという立場でありますが、以下、論拠を四点に要約して陳述させていただきます。
意見陳述というふうに書いてございます予稿の方に沿いながら、はしょりつつ進めます。もう
一つの方は
参考資料ということで、また後ほどでもお目通しいただければ幸いでございます。
第一に、歴史に深く根差した外部
勢力の介入に対する
ソマリア人の歴史的不信感、これを十二分に考慮すべきであろうということであります。
元来、ソマリ民族は遊牧民であって
アフリカの角
地域を広く生活圏としていたわけでありますが、一八八〇年代以降の列強の進出により二十世紀初頭までに四つの征服者、つまり、イギリス、イタリア、フランス、エチオピアによって都合
五つの
地域に分断されたわけであります。そのうちの
一つ、フランスが支配した
地域が今
拠点となろうとしている
ジブチであるということは指摘をしておきたいと思います。
これに対して、歴史的にはサイイド・ムハンマドという人物が指導する二十一年間続く強力な抵抗運動が起こるなど、その後、ソマリ民族の統一と解放を求める大
ソマリア主義というものが
ソマリア・ナショナリズムの悲願となり、結果的には一九六〇年の七月一日、
南部のイタリア信託
統治領と北部のイギリス保護領が統一する形で現在の
ソマリアは建国をされております。
以後もこの大
ソマリア主義を掲げて、
ソマリアは、特にエチオピアのオガデン地方というところですね、隣接する、回収を求めて国境紛争を繰り返し、七七から七八年にはいわゆるオガデン戦争にも発展するわけでありますが、このように、欧米列強及びエチオピアによる植民地分割こそが
ソマリアと
アフリカの角
地域の混乱の原点であるということに留意する必要がございます。
いずれにしても、
ソマリアは旧植民地の境界を超えた民族統一の根強い運動が先ほども申し上げたように存在いたしました。また、今となっては忘れられかけていることでありますが、独立から九年間、この国は曲がりなりにも複数政党制民主主義が機能していた国であるということに留意いただきたいと思います。既にこの当時、
アフリカの大半の独立国が一党独裁、軍事独裁の下に置かれていたときに、選挙による首相や大統領の交代も行われていた国であるということは特記するべきであろうと思います。
ソマリアは
氏族対立を伝統としているわけでは必ずしもなく、統一・民主的な
国家となり得る力を有している国なわけであります。
このような
ソマリアを破綻に導いたのが、一九六九年から九一年まで約二十二年間独裁体制をしいたシアド・バーレ大統領であったわけであります。この一党軍事独裁体制と自らの近親者や出身のクラン、
氏族を極度に優遇する政治手法を取った独裁政権を支え生き延びさせたのは、当初はソ連でありました。そして、オガデン戦争後は
アメリカ合衆国の軍事援助であったわけです。
冷戦下での両超大国による
アフリカの角
地域での援助競争やオガデン戦争とその後の内戦の過程でこの
地域には大量の武器が流入し、やみ市場が成長していくことになったと言われております。こうした武器を使ったバーレ政権の弾圧とこれに対する武力抵抗が、
氏族に依拠した武装
組織の乱立といった現状へと導いていったわけであります。つまり、
冷戦下における超大国の援助競争こそがバーレ独裁を
長期化させ、ついには破綻
国家へ導いていったと言わなければならないと思います。
こうした無政府状態の出来に対して、一九九〇年代前半に
アメリカが主導する形で
国連史上初の平和強制
活動が実施されたことは御承知のとおりと思いますが、しかし、これもアイディード派という
一つの
軍閥を敵として選別しその武力鎮定にはやった結果、かえってそれにより傷つけられたソマリ
人たちをアイディード
支持に走らせ、一九九五年には無残な撤退に追い込まれたことも御承知のことと思います。
二〇〇六年十二月に
アメリカから海空
支援を受け介入したエチオピア軍の軍事介入も、二〇〇八年末までに事実上の失敗のうちに撤退に追い込まれたわけであります。
独裁体制崩壊後の
軍閥抗争により崩壊した法秩序をイスラーム法により再建し大衆的
支持を得て
勢力を拡大したのが、いわゆるイスラム原理主義と呼ばれるイスラーム法廷
同盟、UICでありました。しかし、これを外部
勢力が一方的にアルカイーダと結んだテロリストというふうにレッテルを張り、そして歴史的な侵略者というふうに
ソマリア人からみなされがちなエチオピア軍を動かし、しかも爆撃を含む暴力で無理やりに駆逐した結果として、かえって一般
ソマリア人の反発を惹起し、本来なら少数
勢力でしかない急進派イスラミストの
活動激化へと導いたわけであります。
結局、特定集団を自らの価値判断で恣意的に敵として選別し暴力で鎮定しようとする先進
諸国、
国連の介入こそが、
ソマリア人から外部の不当な抑圧として反発を受け、情勢を悪化させる失敗を繰り返してきたわけでございます。
以上のような歴史的過程と多大なる犠牲の結果、
ソマリア人は
国連を含む外部、とりわけ大国の介入に対する根深い不信感を植え付けられております。
海賊対策もまた、
ソマリア人にとってそのような不当介入と受け止められる危険があるものと言わざるを得ないわけであります。
と申しますのも、第二点になりますが、
海賊対策は
ソマリア人を元々救うために計画されたものではなく、
外国船舶の保護、貿易ルートの安全、まさに
国益といった諸
外国の
利益のために行われるものであって、むしろ
ソマリア人の目から見れば抑圧にほかならないからであります。
政府の資料、答弁も一覧いたしましたが、その中でも繰り返し指摘されておりますように、
海賊に
動員されているのは、先ほども
マロイ参考人からも指摘ございましたように、諸
外国の有毒
廃棄物投棄や水産
資源乱獲などによって、更に自然災害によって生活の基盤を奪われた
ソマリアの一般民であります。
これについては先ほども説明がありましたので私の方では繰り返しませんが、
国連環境計画や
国連食糧農業機関のレポートなどにおいても、こちらがその
国連環境計画のものですが、これらのことは詳細に指摘されており、特に、
海賊の有力
拠点と見られている
プントランドにおける水産
資源の甚だしい枯渇が数値も挙げて指摘をされておるところであります。
また、二〇〇五年六月十六日に
国連安保理に提出された
ソマリア情勢に関する事務総長の
報告書の中でも、一部の
外国漁船が
ソマリアの
漁民を
攻撃しそのボートや装備を破壊しているという、そういう事実が指摘をされておるわけであります。これこそある種の
海賊行為みたいなものとも言えるかもしれませんが、このような違法な漁獲が、
暫定連邦政府、
TFGなどの収入を大きく損なっているという批判も行われております。最近では、アブダッラー
国連事務総長
ソマリア特別代表が、昨年七月、欧州及び
アジア諸国からの船による膨大な違法操業と有毒
廃棄物の投棄を厳しく非難していることを想起するべきでありましょう。
ソマリアは内戦によって
国家、公共サービスが崩壊し、相次ぐ自然災害のため福祉、就労などもままならない
状況にあります。現在でも合計百万人近い
ソマリア人が難民、国内避難民となっておる
状況です。そのような
ソマリアで、諸
外国の船によるかかる違法
活動は海岸部住民を始めとする一般民の生活を更に追い詰め、
海賊活動に追いやっていることを十分に認識すべきでありましょう。すなわち、厳しい言い方をすれば、
ソマリア人にとって
外国船は決して無辜の民などではなく、そればかりか、
ソマリア人の
資源を奪い、生活を脅かし、災厄をもたらしたというふうに認識されるものなのであります。
したがって、自らの船を守るために
ソマリア人たちを排除し
処罰しようとする諸
外国海軍の
海賊対処行動は、彼らにとっては不当な戦争行為とみなされても仕方がないものであります。これは
国際法的な
意味ではなく、感じ方としてということですね。
本件
法案の最大の問題は、
ソマリア人海賊を
日本の法により拘束し
処罰する、しかも最高刑として死刑もあり得ることが明記されていることであると考えます。追い詰められた
ソマリア人にとってこれは、
ソマリア人の
理解でということですが、搾取者による弾圧以外の何物でもないと受け止められても仕方がないわけであります。
政府は本件
法案の根拠を
海洋法条約に置いておりますが、しかし、
海洋法条約は、
領海や排他的経済水域に対する沿岸国の主権の保障、
海洋資源の保全、投棄を含む
海洋環境汚染の防止をより大きな目的として掲げております。したがって、
海洋法条約に従うのであれば、
マロイ参考人もおっしゃられたように、
日本を含む諸
外国政府は、まず諸
外国の
ソマリアにおける
不法な乱獲と投棄を
処罰する、つまり、自らの国の船による
不法行為を取り締まる法整備と
活動をこそ行うべきであり、
ソマリア人処罰を先行させることは本末転倒であると言わざるを得ません。
第三点に移りますが、
海賊問題の根本的な解決のために必要なことは、言うまでもなく
ソマリア紛争を解決し、人々が
海賊に走らずとも安心して生活できる
統治機構と社会を再建することであります。
ソマリア紛争では、
アフリカの角
地域の国際機構であるIGADと
アフリカ連合、AUが
国連事務総長特別代表の
支援を得ながら粘り強く調停努力を続けました。二〇〇九年一月に発足した現在の
TFGも国土の大半に実効支配を確立できないのが
現実でありますが、
ソマリランドを除くと、イスラム急進派を除くほとんどの
勢力を実際には糾合していると言えるものであります。その点、AU、IGADの取組は私は評価できると考えております。
しかし、何ゆえその
TFGがイスラミスト急進派に圧迫され実効支配を確立できないのであろうか。冒頭に述べたとおりの
外国の介入が
TFGと
アフリカのイニシアチブに対する
ソマリア人の信頼を損なった側面を指摘できると思います。
AUやIGADは、
ソマリア再建のためにイスラミストを和平に組み込まなければならないことは
理解しておりました。そして、実際に二〇〇六年後半にはUICと
TFGの間で二度の和平協議も行われております。そして、このUICの
統治下で一九九五年以降初めて
ソマリアの空港と港が再開されるなど治安が大幅に改善し、
海賊行為もいったん厳しい措置の下で実質上停止していたことも伝えられております。もしこの段階で和平が成就していれば、二〇〇七年以降激化していった今日の
海賊問題の悪化はなかったのではないかと思われます。
しかし、このプロセスを破綻させたのが、二〇〇六年末のエチオピア軍による
ソマリア侵攻だったわけであります。いずれも、
ソマリアにとって因縁あるエチオピア軍が米軍の
支援を受けて侵攻したことによって、
TFGそのものの信頼性も大きく傷ついたわけであります。しかも折あしく、既に派遣準備されていた
アフリカ連合
ソマリア派遣団、AMISOMがその直後に
ソマリア入りしました。このことは、AUやIGADまでがエチオピアの手先、米国の手先という宣伝にさらされるには十分でありまして、AMISOMまでもがイスラミスト急進派の
攻撃にさらされるという現状を招いております。
アメリカやエチオピアのこうした恣意的な介入は、
アフリカ地域機構による解決努力を阻害する
役割を果たしたと考えます。
それでも、
ジブチ合意や拡大
TFGの実現ということによって、イスラミストを
ソマリア和平の枠組みにようやく組み込んだAU、IGADですが、その努力も
ソマリア一般民を圧迫する
海賊対策と同一視されれば、水の泡になりかねません。
ソマリアの
統治機構や経済、社会が再建されない現状で
海賊行為のみを鎮定しても、生活の糧を求める
ソマリア人は麻薬や武器密輸など別の違法行為に走ったり、あるいは圧迫への怒りからイスラミスト急進派にますます
動員されるおそれが高いです。そうなれば、AUやIGADによる和平努力とAMISOMの
活動は、更なる危機にさらされるでありましょう。
しかし、こういう
アフリカのイニシアチブは弱体で期待できないのではないかという御見解もあるでしょうが、しかし、
地域主導の枠組み以外に信頼される
ソマリア問題解決の枠組みはありません。
まず、冒頭で述べたとおり、外部
勢力介入への
ソマリア人の不信感は非常に根深いものがあります。また、AUは
国連PKO派遣を求めていますが、
国際社会は非常に消極的で、めどは立っておりません。かといって
ソマリアの自主的解決に任せていたのでは、
軍閥抗争も激化しかねない。だとすれば、
日本を含む
国際社会は、AMISOMが全面展開できる環境を醸成できるよう、本来の規模、八千人のですね、
アフリカ地域の和平努力とAMISOMの側面
支援に徹するべきであると思います。諸
外国が表に出ることは、かえって
地域イニシアチブへの疑念を生じさせることにつながると思います。
ソマリア問題の解決を
国際社会が
アフリカにゆだねるのであれば、恣意的な介入で
アフリカの和平努力の足を引っ張るべきではありません。
最後の第四点は、もう簡単に申し上げますが、例えば
ソマリアの
海賊対策のために
自衛隊派遣が熱心に議論されておりますが、一方で、同じ
アフリカで一九九一年以来西サハラの住民投票監視のために展開している
国連西サハラ住民投票派遣団には、文民要員はもちろんのこと、停戦監視のための
自衛隊要員派遣の議論も起こりません。その反面、西サハラを占領するモロッコとは緊密な友好
関係を築き、そのタコや燐鉱石などの
資源が公然と輸入されている
状況もあります。
ソマリアでは
日本船舶の
利益のために
自衛隊を派遣し、西サハラでは経済・
資源権益のために放置する、このような姿勢で
日本が
アフリカから真の信頼を得られるのか、そのことを重々考えて議論をする必要があるのではないかと考えております。
取りあえずここで陳述を終わらせていただきます。
ありがとうございました。