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郷原参考人 郷原でございます。よろしくお願いいたします。
私、五年ほど前から
コンプライアンス研究センターという
組織をつくりまして、
企業や
官庁の
コンプライアンスに関する
活動を行ってまいりました。当然、そういう
企業、
官庁の
活動の重要な
ステークホルダーが
消費者ということになりますので、この
消費者問題というのも、私が
コンプライアンス問題を考える上での重要な
視点でございました。
そこで、きょうは、私なりに、この
消費者問題をどう整理、分類したらいいのかという点からこの問題を考えてみたいと思います。
このところ、
中国からの
毒入りギョーザの問題などを初めとして、
消費者が不測の
被害、
損害を受けるような
事案が多発していて、そのたびに、
情報の伝達がうまくいっていない、
所管に
すき間があるというふうな指摘がなされてきました。
ただ、私は、そういうことももちろん重要なんですけれ
ども、まず、
消費者に関する問題というのを全体としてどのように把握するのか。いろいろな
観点の問題が入りまじっていて非常に複雑だと思うんですね、この
消費者問題というのは。まず、そういう
意味で分類をしてみた、それがこの一ページ目の図です。
消費者に関する問題を、私は、1の
消費者の経済的な
利益の問題、そして2の
生命身体の
危険防止、安全の問題、そして三番目の
消費者の
自己選択権、要するに
商品、サービスに関する正確な
情報提供を受ける
権利、この三つに分類して考えてみるのが有益ではないかと思います。もちろん、これは全部截然と明確に分かれるものではありませんし、密接に関連しておりますが、それぞれ性格の違う問題だということを認識することが重要なのではないかと思います。
まず、
消費者の経済的な
利益の問題ですが、例えば
悪徳業者にひっかかった
消費者が不当な
契約で
損害を受けるとかいうことがあります。そういう個別的な
契約で
消費者の
利益が害されないようにしないといけないという問題がある一方で、もう
一つの
消費者の
経済的利益の問題の
カテゴリーとして、
市場取引が公正に、フェアに、
市場メカニズムが
機能することによって
消費者の
利益が守られるという
カテゴリーの問題があります。これが
独占禁止法の問題であり、また
金融商品取引法が規律する
証券市場の問題です。同じ
消費者の
経済的利益の問題でも、この二つの問題をまず区別して考えてみる必要があるんじゃないかと思います。
個別の
契約の問題というのは、その
契約によって
消費者がどれだけ不当な
損害をこうむったかということを問題にしないといけないわけですし、そういった
損害を与えるような
悪徳業者は徹底して排除しないといけないという問題です。
それに対して、
市場取引の問題というのは、これは社会的にも十分その
存在と
活動を認められた大
企業などがプレーヤーとして
活動しているマーケットがどのようにして
機能していくかという問題であって、その
機能が十分でないときに間接的に
消費者の
利益が害されるという問題です。ですから、この種の問題については、個々の
契約の問題よりもマーケットの
機能、独禁法の問題であれば、全体的に
市場の競争が
機能しているのかどうか、そして
金融商品取引法の
証券市場の問題であれば、公正な、フェアな
証券市場が維持されているのかという
観点から考えて、それがきちんと維持されていないと、確保されていないと、それによって反射的に
消費者の
利益が害されるという問題のとらえ方をしないといけないんじゃないかと思います。
この二つの問題は、どういう対応を
行政として、そして社会として行うことが求められるかという
観点にも大きな影響を及ぼします。
個別の
契約の問題であれば、まずは
悪徳業者のようなそういうけしからぬ業者を排除することです。そして、
被害をこうむった
消費者を個別に救済することです。それに対して、
市場取引の問題であれば、一番重要なことは、
企業が自主的に、自律的に健全な努力をしていくことです。まさに私がテーマにしております
コンプライアンスの問題です。
そういうふうに考えますと、
悪徳業者を排除していくという個別
契約の
利益侵害の問題と、
企業の
コンプライアンスによって
企業を健全な方向に向けていくという
市場取引における
利益侵害の問題、方向性がかなり大きく違うということが言えるんじゃないかと思います。
次に、二番目の
生命身体の
危険防止の問題ですが、これにも三つの、性格の違う、国として、
行政としての対応があると思います。
まず
一つは、もともと安全が害される危険があるような事業、危険を伴う事業をどのようにして
規制をして危険を生じさせないようにしていくのかという問題。例えばこれは、電力とかガスとかというような危険な施設を保有する、そういう事業についてどういう
規制をしていくかという問題です。
その次に、
商品自体が何らかの危険性を伴う可能性があるという、例えば自動車であるとかガス器具であるとか、そういった
商品自体の安全性をどう確保していくかという問題、これが二番目です。
そして三番目に、
商品自体に、そのものに独自の危険性があるわけではないんだけれ
ども、使い方によっては危険が生じる、そういう場合には、こういう使い方をすると危険ですよという
情報を
消費者に与えることが必要になります。
生命身体の
危険防止という
観点からの
消費者問題への対応は、この三つの
カテゴリーに分けて考える必要があるんじゃないかと思います。
そして、この安全の問題に関して重要なことは、何といっても、何か
事故が起きたとか、何かふぐあいがあって危険が発生したというときに、その原因を究明することです。その原因が的確に把握されないと、適切な対応もとれませんし、逆に
消費者に不必要な不安を与えることになります。とにかく、この安全の問題に関しては、いかに的確な
原因究明をするのかということが重要な問題になります。
そして三番目の
カテゴリーが、
消費者の
自己選択権の問題です。
消費者の
権利意識の高まり、そして
消費者の
権利を社会においても大切にしていこう、そういう動きの中で、
消費者は
商品、サービスについての正確な
情報を提供してもらう
権利がある。その上で、
消費者自身の意思で、
消費者自身が判断してそういう
商品、サービスを選ぶんだ、これは
消費者にとって今や極めて重要な
権利になっていると思います。
そういう面で、
消費者が適切な判断をするために
情報を正確に
消費者に提供するということ、これは
企業や
官庁にとっても極めて重要な責務であると言えるんじゃないかと思います。
ただ、ここで重要なことは、この
消費者の
自己選択権というのは、1の
消費者の経済的な
利益の問題とか、2の安全の問題と密接に関連しますけれ
ども、それとはやや違う問題だということです。例えば
食品であれば、身体に有害な物質を含んでいるかどうかというのが
基本的には安全の問題なんですけれ
ども、客観的には全く安全に関係ない、危険はないという場合であっても、
消費者としては、そういうものを含んでいるような
食品を自分は選択したくない、食べたくないということを考える人もいるわけです。
ですから、できる限り正確な
情報を
商品、サービスに関して提供するということと、客観的に危険を防止する、そして
経済的利益の侵害を防止するということとはやや性格の異なる問題だということを認識する必要があるんじゃないかと思います。
最近、特に食の問題などに関して、この
消費者の
自己選択権というところを十分に認識しないまま、
経済的利益の問題とか安全の問題と混同してしまって、そこで
行政の対応とか
企業の対応が混乱するということがしばしば起きております。
私は、今申し上げたこの1、2、3の問題のそれぞれのどの要素にどのように関連する問題なのかということを、まずその個別具体的な問題についてきちんと認識、把握した上で対応することが必要だと思いますし、そういうような適切な整理、分類を行うような、行えるような
行政組織、そして社会全体のシステムをつくっていくことが重要なんじゃないかと考えております。
そこで、そういう
観点から、
消費者の
利益とか安全などの問題に関連する
法律を、ざっと主なものを並べてみたのが、二ページ目から四ページ目までです。
消費者の
経済的利益に関しては、個別の
契約による
利益侵害をA、そして
市場取引に関する
消費者利益の確保の問題をBというふうに分けております。
そして三ページ目、
生命身体の
危険防止に関して、先ほど申し上げた三つの
観点に分けて考えております。
そして、四ページ目ですね。
消費者の
自己選択権の確保、これに関する法令は、いろいろな
官庁の
所管のいろいろな法令があります。それを、
商品の表示に関する
規制とか、
自己選択権が侵害されやすい販売形態に関する
規制の問題とか、そして、先ほど申しましたように、使い方によっては危険が生じるということの
情報提供を行う必要もあるという
観点も交えて法運用が行われている
消費生活用製品安全法、こういったものに分類してみたものです。
こういう
観点から、今回の
消費者庁を
設置するというこの
法案、私なりにこの構想、この
法案の問題点を申し述べさせていただきたいと思います。
まず、私は、
消費者問題に関しては、これまで
官庁の
所管事項の
すき間ということが言われてきましたが、その
すき間というのは、結局、
所管事項、
所管事項ということばかりにこだわるから
すき間が発生するわけです。
すき間が発生するからといって、
すき間を埋めるお役所をつくればいいということを考えると、その
すき間を埋めるお役所の
所管と従来のお役所の
所管との間にまた
すき間が発生してしまうということの繰り返しなのではないか。むしろ、我々は、
官庁が、
所管事項を自分
たちは守っていればいい、自分の役割はこうなんだというようなこだわりを持っている状態から脱却していかないといけないのではないか。
先ほ
ども申しましたように、
消費者に関連する問題というのは、大きく分けるとこの三つの
視点の問題が複雑に絡み合っているわけです。どのように
すき間を埋めようと思ったって、
すき間は絶対に埋まりません。そういうことよりも、
消費者問題全体をきちんと把握して、それぞれの問題の本質を正しく頭に入れた上での全体的な視野に基づいた対応をしていけるようなシステムをつくり上げていくことが重要ではないか。
そういう
意味で、
消費者の問題に対応する専門の
官庁をつくるということ自体は方向性として決して誤っていないと思うんですが、どうも私は、この
消費者庁法案というのは、ややこの
すき間を埋めることにこだわり過ぎているんじゃないかという感じがしております。
そして、実際に、今回、この
消費者庁法案の内容を見てみますと、例えば、そういう私の懸念は具体的にも幾つかの点にあらわれております。
まず、先ほ
ども申しましたように、
市場取引をめぐる問題、マーケットをフェアにしていかないといけないという問題、そこでのプレーヤーである
企業が公正な事業
活動をしていかないといけないという問題と、
消費者の
自己選択権の問題、
消費者に対してどういう
情報が提供されるべきかという問題、これはやや性格の異なる問題です。そういう
観点から考えますと、
消費者庁法案の景品表示法を独禁法から切り離して
消費者庁の
所管にするというこのやり方、私は、果たしてうまくいくのかなというふうに懸念しております。
景品表示法というのは、
独占禁止法の不公正
取引の
規制の特則です。そもそも、今までの景表法の
規制というのは、
企業間の公正な競争のあり方として、景品とか表示のあり方を自主的に適正な方向に向けていこうという努力がベースにあって、その中で殊さらに不当な表示とか不当な景品の提供というふうなことをやる
事業者に対する排除を行ってきた、そういう
法律の
枠組みです。そうした景表法の
規制を独禁法という母屋から切り離して
消費者保護というところにほうり込んだときに、果たしてうまくいくんだろうかという懸念があります。
一番問題なのは、従来の景品表示法の
枠組みというのは、
企業間の自主的なルールづくりに支えられてきた面があります。業界ごとに公正競争規約というのがつくられて、それを
公正取引委員会が認可するというやり方、これはその業界ごとにいろいろな、実情に応じたルールをつくっていかないといけない。いろいろな分野でいろいろな公正競争規約がつくられています。中には、からしめんたいこ公正競争規約というのがあるわけです。そういうような
事業者の間での自主的なルールづくりの
枠組みと、
消費者庁が不当表示を
規制するという
枠組みとが果たしてうまくかみ合っていくんだろうかというのが、私が非常に心配するところです。
そして、安全確保の問題ですけれ
ども、これに関しては、重大
事故の
消費者への
情報提供の部分、ここが
消費者庁の
所管になるということになっているんですが、私は、この安全の確保の問題に関して、やはり何といっても最大の問題は、
商品の安全性の問題に関していえば、何か
事故が起きたときに、その
事故が製品に起因するものと言えるのかどうかの判断、これがなかなか適切に行い得ない。まさに火災とか
事故が起きたときの
原因究明の問題なんですが、これが
消費生活用製品安全法の
枠組みの中ではなかなかうまくいっていないというところに大きな問題があるんじゃないかと思います。
今経産省の方でやっております製品安全に関する判定の小
委員会の
委員に私も加わらせていただいておりますが、いつもその中で思うのは、重大
事故の報告というのは幅広くやらないといけない、製品に起因しているかどうかとは関係なく、とにかく経産省に報告しないといけない。そうすると、そのときにマスコミに、何々製のこういう製品でこんな
事故が発生したと大きく報道されるわけです。
では、本当にその製品に起因する
事故だったのかということをそれから調査することになるわけですけれ
ども、経産省自体にはその
機能が余りありません。結局、消防署の火災原因調査などにゆだねることになるわけですが、実は消防署というのは火を消すのが専門でして、火災の原因調査というのは、放火か失火かというところはわかるとしても、製品起因の火災かなんというところはよくわかりません。
結局、よくわからないまま、はっきりしないということで終わってしまう場合が多いんですね。その間ずっと
消費者は新聞報道のイメージを引きずってしまって、あの製品は何か危険だから買うのをやめておこうというようなことになってしまう。本当に欲しいものを購入することもできないということもあるわけです。
そういうふうに考えますと、とにかくこの問題に関して重要なことは、重大
事故報告を行うような
事故について、その原因を的確に把握する、解明するという
組織をつくることです。それが、
組織が経産省と
消費者庁に分かれてしまうことで、ますますうまくいかなくなるんじゃないかというような心配をしております。
この問題、なかなか正解が直ちに得られるようなものじゃないと思います。私も、
民主党の
消費者権利院の
法案がベストなのかと言われると、まだちょっと不勉強で、そこまで断言する自信はないんですが、少なくとも、
行政庁の
すき間を埋めるということではなくて、もう少しオールラウンドに
消費者問題を考えていこうという方向に関しては、
民主党の
法案というのはある
意味では魅力のあるものではないかと考えております。
そういったことも含めて、
消費者問題への対応を適切な方向に向けていくことをぜひお願いしたいと考えております。
以上、私の話はこれで終わりにさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)