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橋本分科員 そうすると、この場合、だれがその
死体検案書を書いたのかとか、どの時点で書かれたというのはちょっとはっきりしていないし、それはプライバシーだから余り明らかにすべきじゃないと思うので、よくわからないところもありますが、要するに、
医師が判断して書くものと、
警察は
警察で
医師の話も聞いて独自の調査をされて、でも食い違いがあったということなんだと思うんです。
そして、なお言えば、最終的に、その後、御案内のとおりの経過をたどり、一たん
遺体は御
遺族のところに帰ってきて、別の大学で
解剖してもらって、しかも病理の
検査までして、やっとこれは多発性外傷によるショック死だったということで鑑定が出て、そこから
事件になっていくわけです。そういう
意味でいうと、どっちも結果からいえば間違っていたということですね。危うく
犯罪を見過ごす可能性もあった。そこは、前、
法務委員会でも
警察庁さんも認められているとおりであります。
それで、何でそうなるかという話ですよね。やはり、
死亡診断書を書く、あるいは検案の方が今は主ですけれども、体表から観察をする、いろいろ
状況を見る、だけれども中のことについて
検査というのはほとんどしない。さっきのように、
費用負担がそんなにあるわけでもないから、意欲がなければそれ以上のことをしなくてもいい。それから、
解剖の場合、さっきの話のように、すぐ結論が出るわけではないので、病理
検査の結果などもあるので、何カ月かたってからやっと結論が出るということもあります。なのに、
死体検案書というのは先に書かないと、埋葬できませんから、要するに途中経過で書かなきゃしようがないんですね。
だから、結果として
死因統計というのは正確なのかということは、そういう
意味で、要するに、途中の
プロセスで、わからないものはわからないし、あるいは、病気の疑いならそういうふうに書かなきゃしようがないのでそういうふうに書くわけですが、それが当たっているかどうか、だれもチェックしないという体制があるのであります。
なお言えば、児童虐待の
事件があって、高松高裁、
平成十八年一月に民事訴訟の判決が出ているんです。というのは、
解剖した執刀医がその御
遺族から訴えられていて、どういうものかというと、要するに、一度
解剖しました、ただ、そのときに明確なこれだという
死因が見当たらなかった。当然ながら病理の
検査は要るから、それはやるように準備はしていたわけですけれども、
死体検案書には、乳幼児突然死症候群、いわゆるSIDSの疑いというふうに書いたわけです。
それを受けて、
警察の方も、その御
遺族から、何でこういうふうになったんですか、捜査してくださいと一度言われたときに、
司法解剖の結果、そういう結果だったので、刑事
事件としては取り扱うことはできないというふうに一度は言われたということがあったようであります。
最終的にこれも病理の
検査をしたら、どうやら外傷によるものだったらしいという鑑定書が別途出て、それによって
警察も動いて、最終的には立件されたわけですけれども、その御
遺族は、最初の
死体検案書に乳幼児突然死症候群の疑いと書いたから
警察の捜査がおくれて、それで我々は迷惑をこうむった、だから民事賠償しろということで訴えた。
最終的に、それは
責任なしということにはなりましたけれども、ただ、その判決文の中でも、
一般論として、もし、
死体検案書を
作成する過程において、判断を誤り、適正な
死体検案書の
作成義務に反し、これにより、第三者に物的または心的損害を与えた場合は、当該第三者に対し、不法行為
責任があるものと解されるということが判決文にも書いてあるわけです。要するに、
死体検案書にいいかげんなことを書いたら、場合によっては書いた人というのは賠償
責任を負わされる状態にあるわけです。
だから、そういう
意味では、
死体の
解剖をする、検案する、あるいは現場で最終的に
死因を
死体検案書に書く
ドクターというのは、考え方によってはえらいリスクを負っている。わからないものは、例えば不詳の死といってはっきり書いてしまわないと、後で何を言われるかわからないということにもなりかねないし。
だから、問題は、本当は、御
遺体というのは、見ただけで
死因がわかるものというのは限られています。それは、見ただけでわかるものはありますけれども。そうじゃない、要するに
検査しないとわからないこともあるし、時間がかかることもある。だけれども、
死体検案書というものを書かなきゃいけなくて、それは仮の結論でしか書けない。それはもう現場の人はわかっていると思いますけれども。
にもかかわらず、例えばさっきの高松の話のように、
警察はそれを
理由にして、今後は捜査をできませんということを言ってしまう。後で覆りましたけれども。
時津風部屋事件についても同じようなことでありました。それで
死因統計というのはできているし、なお、余りそれを間違えて、場合によっては民事賠償の
責任まで負うというようなことになっていて、本当にそれでいいんですかという問題がここに大きくあるんだろうと私は思っています。
まだ、では、具体的にどうすればいいかということを私たちも考えているところであります。今、自民党、公明党で、
異状死死因究明制度の確立を目指す議員連盟というのをつくりまして、そういうことを勉強しているところです。民主党さんも案を出されています。考えなきゃいけないということですが、今のような問題点があるということをきょう明らかにできて、それはよかったなと思っています。
本当を言うと、次に
福島県立大野
病院事件の話をして、今度は
医師法二十一条、
異状死とは何かという
議論をしたいと思っているんですが、残り時間が限られていますので、これははしょります。
ただ、詳細にいろいろ私も見てみました。結果、判決としては、その
医師の、
医師法二十一条についても問題はないという結論が出たので、これはよかったわけですが、ただ、その過程で示された
警察庁さんの動き、行動、あるいは検察庁さんもですけれども、というのと、
厚生労働省さんが例えばガイドラインというのをつくっているんですね、「
死亡診断書(
死体検案書)記入マニュアル」。これが、どういう場合に
死亡診断書を書くのか、
死体検案書にするのか、そういうフローチャートがあって、診療に係る傷病に関連した
死因ですかと言った場合は、別に
死体検案書を書けじゃなくて、
死亡診断書を書いていいんですね。
警察に
届け出しろと書いていないんです。
多分、その
ドクターの方あるいはその判断をされた方は、これを見て、
警察に
届け出は要らないんだなと思って対応されたら、後で
警察の方がやってきて、これは業務上過失致死及び
医師法二十一条違反の疑いがあるんだといって
事件になったということですから、そこに私は不整合があると言わざるを得ません。
この問題については、
厚労省さんの方で医療安全委員会についての
議論があるわけですから、そちらに譲りますけれども、現状、まずそういう問題があるのだということは御
指摘をさせていただきたい、こう思います。
さて、そういうような中で現場は何をやっているのかということでありますが、そこで注目されているのがAi、オートプシーイメージング、
遺体の画像診断という話であります。これはすぐ診断できますし、まず御
遺体を壊すこともない、そういうメリットが
指摘をされ、経済的でもあるということも言われています。
だから、そういうものをぜひ、今るる申し上げましたような
死因を
究明する
プロセスの中へ
位置づけるべきではないかと私は思っております。それは、検案だけでとりあえず
死因を決めちゃえという今の
制度よりはましになるはずであります。
日本
医師会の方でもその検討委員会があって、この三月にも第二次の中間報告が出ました。アンケートをすれば、回答があった二千四百五十施設のうち八百七十六施設でそういうことを実はやっている、
制度的な
位置づけはないんですけれども、というふうな回答が出ております。
警察は、
司法解剖というか、要するに刑事
事件があるかもしれないという場合においては、実はお金を出してCTを撮ってもらうというのはやっていますが、それ以外の場合は全然国からの
費用というのは出ていません。
厚労省さん、そういう自主的にAiをやる動きというのがなぜ起こっていると
認識されているでしょうか。