運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login

2008-02-20 第169回国会 参議院 少子高齢化・共生社会に関する調査会 第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成二十年二月二十日(水曜日)    午後一時開会     ─────────────   出席者は左のとおり。     会 長         田名部匡省君     理 事                 岡崎トミ子君                 前川 清成君                 有村 治子君                 南野知惠子君                 鰐淵 洋子君     委 員                 相原久美子君                 岩本  司君                 植松恵美子君                 大石 尚子君                 大河原雅子君                 大久保潔重君                 津田弥太郎君                 藤谷 光信君                 蓮   舫君                 石井みどり君                 礒崎 陽輔君                 塚田 一郎君                 古川 俊治君                 丸川 珠代君                 義家 弘介君                 山本 博司君                 紙  智子君                 福島みずほ君    事務局側        第三特別調査室        長        吉住 芳信君    参考人        静岡文化芸術大        学文化政策学部        准教授      池上 重弘君        新宿区長     中山 弘子君        特定営利活動        法人在日ブラジ        ル人を支援する        会代表      毛利よし子君            (通訳 國安 真奈君)            (通訳 香川 正子君)     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○少子高齢化共生社会に関する調査  (「コミュニティ再生」のうち地域における  外国人との共生)     ─────────────
  2. 田名部匡省

    会長田名部匡省君) ただいまから少子高齢化共生社会に関する調査会を開会いたします。  少子高齢化共生社会に関する調査のうち、「コミュニティ再生」を議題とし、地域における外国人との共生について参考人から意見を聴取いたします。  本日は、静岡文化芸術大学文化政策学部准教授池上重弘君、新宿区長中山弘子君及び特定営利活動法人在日ブラジル人を支援する会代表毛利よし子君に参考人として出席をいただいております。  この際、参考人皆様方に一言ごあいさつ申し上げます。  本日は、御多忙のところ本調査会出席いただきまして誠にありがとうございました。  参考人皆様方から、地域における外国人との共生について忌憚のない御意見をお述べいただき、調査参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いをいたします。  議事の進め方でございますが、参考人皆様方からそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。  なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていきたいと存じます。  また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございますので、よろしくお願いいたします。  それでは、池上参考人からお願いをいたします。
  3. 池上重弘

    参考人池上重弘君) ただいま御紹介にあずかりました池上と申します。静岡浜松市よりやってまいりました。本当に今日この機会を与えていただいたこと、深く感謝いたします。  それでは、掛けさせていただきます。  私、これから二十分ほどお話をさせていただきます。お手元資料のうち、淡いクリーム色の付いているA4判横長のパワーポイント資料、基本的にはこれに沿って話を進めてまいります。それから、もう二枚、もう少しオレンジがかった色の外国人集住都市会議の概要と書いてあって、もう一枚とじてあるものがございます。これも話の途中で御覧いただくことになろうかと思います。パワーポイントの字がいささか小さいものですから、場合によっては画面が見えにくいかもしれません。その場合には、お手元の紙の資料を御確認いただきたいと思います。  それでは、私の話ということで、今日は、地域における外国人との共生というテーマの下、静岡県における多文化共生現場から、日系人課題中心にというテーマお話をさせていただきます。  まず初めに、私自身立ち位置、ポジショニングについてお話をさせてください。  ここに三つ書いてございます。私自身静岡浜松市の大学教員であります。生まれは実は北海道札幌市なんですが、浜松で職を得て十二年になります。その間、九〇年代の半ばから二〇〇〇年代に入って、浜松市における外国人状況、それに対する施策、様々なことをまさに私自身生活者として見てまいりました。大変私事にわたって恐縮なんですが、子供がおります。その子供たち幼稚園時代の友達が小学校時代中学校時代どうなって、高校進学を果たしたか果たさなかったかということも含めて見ておりますし、私の家のすぐ前のごみ捨て場外国人皆さんも使う、三軒置いて隣が外国人が集住するアパートである、そういう中で日々研究教育及び地域での実践活動に携わっております。  二つ目地域実践ということですけれども、私自身NPOを主宰したり、特定支援活動をしているわけではございません。けれども、静岡県の多文化共生推進会議委員として、また浜松市や県内磐田市、掛川市の共生推進協議会等の座長として、いろいろな立場外国人方々と接している日本人住民、あるいは外国人の方で御活動されている方々との関係の中でいろいろと考えているわけでございます。  また、もう一つ、今日、途中でお話しさせていただきますが、外国人集住都市会議というのがございます。二〇〇一年に浜松市長の主導で立ち上がった会議ですけれども、この会議にも二〇〇四年度からアドバイザーとしてお手伝いをさせていただいております。  そういう立場で、行政当事者ではない、全く地元との接点を持たない学者でもない、地域生活しつつ、行政皆さん地域皆さんかかわりを持ちながら研究教育を展開している、そういう立場として今日はお話をしてまいります。  また、もう一つ、私の立ち位置ではっきりさせておかなきゃいけないことは、私自身は実は文化人類学社会学研究者であるということです。また、もう一つ加えるならば、実は元来の専門はインドネシアでありまして、ブラジル研究者ではございません。けれども、フィールドワークを行い、地域での活動をしている、ここにアクターと書いてありますが、アクターとのかかわりの中で地域の問題を考えていきたいというわけです。しかしながら、個別具体的な問題をじっくり取り組んでそれだけを見るのではなくて、むしろその問題を広域的な広がりの中で俯瞰的にとらえるような、例えて言うとヘリコプターアイとでも言えるような、そういう視点で考えております。  報告の構成、ここに書いたとおり、大きく三つお話をさせていただきたいと思います。  昨年、二〇〇七年の九月、十月に静岡県下の十二の町で外国人実態調査というのを行いました。これはポルトガル語調査票を使ったブラジル人対象調査ですけれども、外国人登録公立学校経由で千九百二十二部を回収しました。回収率は三五・三%と決して高くはないんですが、実はブラジル人の場合、こういったアンケートへの回収率は極めて低いです。したがって、三五・三というのはまあまあのところかなと私は思っております。  これについては実はまだ最終報告書ができていません。今月の末に提出となっていますが、二月四日に静岡県庁で開かれた多文化共生推進会議速報版を既に報告しております。今日は、その速報版の中から定住化にかかわるポイントを裏付けるような数字を静岡県庁の許可を得た上で御紹介したいと思っております。  二つ目は、地域課題取組であります。  先ほど来申し上げているように、私自身地域生活者であるという視点を大事にしつつ、課題構図を提示した上で、静岡県における取組の事例について、ごく大ざっぱですが、御紹介申し上げます。  しかし、ここは何といっても国会ですので、やはり国会議員皆様方地域の声をどう届けるかというところが、私、浜松からやってきた者としての非常に重要なミッションであろうと了解しております。既に、実はこれまでも外国人集住都市会議というのがございまして、現在二十三都市あるんですけれども、二年に一度東京会合を開いて、地域の声を国政に反映させるべく規制改革要望をしたり、あるいはその会議提言を採択したりしています。その話をちょっと今日はさせていただきます。  そして三つ目、これが今日一番、私、力を入れたいところであります。多文化共生における企業かかわりという問題です。  なぜ外国人日本に来るのか、なぜブラジル人日本に来るのか、一番大きな目的は何といっても就労、つまり働くことであります。しかしながら、今までこの十数年を見てきて、働く場の当事者である企業外国人生活の問題についてほとんどかかわってこなかったという事実があります。  しかしながら、ここ一、二年、すべてとは申しませんが、幾つかの企業では先駆的な取組がなされていますし、また地域商工会議所、さらには経済団体なども多文化共生必要性について明確な意識、認識を持って提言等をまとめております。そういった方向性についてお話をすると同時に、一企業の善意で終わらないで全国に広がりを持ってこれが進行していくためには、是非国政レベルでの強い関心、働きかけといったことが必要であるということをお話ししたいと思っています。  それでは、静岡外国人労働実態調査速報版より四点お話をしたいと思っております。  まず一点は、定住化志向が強まっているけれども、実は短期出稼ぎ志向の人も現在でもいるんだということであります。  ここにあるグラフは、青色が日本での滞在年数、通算です。そして、赤い色が静岡県での滞在年数です。御覧いただいてお分かりのとおり、この部分ですね、二四%、突出しております。十五年から十七年という長い滞在の人がかなりおります。  日本での滞在年数は十五から十七年が最も多く二四%、これは入管法の改正のあった九〇年代初頭に来日した人たちです。大ざっぱに言うと、十年未満と十年以上で半数ずつになります。静岡県内に限定してみますと、日本での滞在よりも短い傾向があります。また、二年未満短期滞在者比率が高いことから、国内でも違う場所を転々としていることがここからうかがわれます。しかしながら、一方で、十五年以上県内滞在する人たちも二割近くいて、静岡県内での定住化傾向も顕著になっております。  在留資格でいうと、九〇年代の終わりぐらいから永住ビザ取得の条件が緩和され、現在では、私たち調査では五〇%が永住ビザ取得しております。また、永住資格を持たない者も、その七六%、多くが永住資格取得を考えていると答えております。  二つ目労働状況はこの二十年間で変わらないということです。静岡県の調査ということもあるんですけれども、ほぼ六割が派遣請負という間接雇用の形態で働いています。正社員はわずか一四%、自営業も二%のみであります。母国の仕事を聞いてみますと非常に多様です。自営業をやっていた人、大きい会社で働いていた人、いろいろなんですが、日本に来ると、そのほとんどが輸送機器関係輸送機器に限定しなくても製造業で働くということで、日本の側の受皿の環境が大きく就業先を規定していることが分かります。  また、もっと重要なことは、十数年時間がたっているにもかかわらず、来日時とほぼ現在の仕事、職種、業種、変わらないと、つまり進歩がないということであります。これが今、二〇〇七年の調査でも裏付けられております。  勤続年数が短い者も四分の一いるんですが、八年以上という長い勤続年数の者も一五%、これがほぼ長期滞在定住層と重なると思われます。  しばしば話題になる社会保障の問題見てみましょう。会社健康保険三五%、国民健康保険二七%、未加入も二六%と、非常に未加入が多いわけであります。年金も五割が未加入です。労働者高齢化も今進んでいて、恐らくもう十年後、十五年後には生活保護受給者としての外国人という問題が大きくクローズアップされることだろうと思われます。雇用保険も未加入が多いです。  次に、日本語能力ですけれども、来日前の日本語能力は、余りできないあるいは全くできないというのが三分の二です。現在の日本語能力については、お手元資料の左側、オレンジ色、黄色というのがまあまあできるということなんですけれども、漢字読み書きとなるとそれがうんと下がっていることがお分かりいただけると思います。  ブラジル人の場合、概して自己評価は高いというふうに私のブラジル人の同僚は話しますが、それでもなお漢字が入ってくると読み書きに大きな支障があることが分かります。  その下を御覧ください。その下のグラフです。実は私、これまで長く、浜松静岡県ではブラジル人コミュニティーができているのでポルトガル語生活できるからみんな日本語は必要と思っていないんだと言っていました。ところが、今回調査をしてみますと、実に、ポルトガル語で十分に暮らせるので日本語要らない、じきに帰るから要らない、わずか〇・五%です。ほとんどいないんですね。日本語学習必要性は強く認識されているということが分かりました。  次に、滞在長期化定住化志向についてお話をいたします。上の方のグラフは、来日前にどのくらいの予定でいましたかという質問です。これを見ると、一年から三年が四六%、最も多いです。つまり、当初は短期滞在予定来日したけれども、次第に滞在長期化する、定住化志向が強まるというわけです。  下のグラフ御覧ください。下のグラフは、今後どうしますかという意向の調査です。これを見てみますと、日本に永住すると明言している者は二割います。さらに、一番多いのは四割で、日本に長く滞在するという人たちです。この人たちのほとんどが働く年限の多くを日本で暮らしますし、恐らくかなりの数がこの後、日本で結果的に永住するだろうと思われます。  日本での貯蓄、していない人が多いです。仕送りもしていない人が多いです。こういったところからも、意識とは別に定住化傾向が認められると言えようかと思います。  それでは次に、地域課題取組についてお話をいたします。この点については、既に先生方も各所でお話を伺っていると思いますので、私詳細に一つ一つは取り上げません。  大きく四つ構図としてまとめてまいりました。  まず、一番の大きな問題は労働にあります。先ほど来申し上げているように、ここ十数年の長期滞在にもかかわらず、間接雇用による不安定就労が相変わらず変わらないということ、業務請負あるいは偽装請負による製造業現場での単純労働が圧倒的多数であるということ、そこからくるように劣悪な労働環境労働災害が補償されないというような状況もあります。  今言ったような間接雇用に起因するわけですが、社会保障の面でも、保険への未加入、そこからくる医療機関での受診の遅れや、大きな病気、けがのときの高額負担、さらに、先ほどちょっと言及しました年金問題等も今後発生してくるものと思われます。  子供教育について見ますと、公立学校では様々な制度施策、進んではおりますけれども、それじゃ外国人親御さんが子供を安心して通わせる状況になっているかというと、残念ながらそこまではまだ道が遠いわけであります。  一方、浜松外国人学校を見学されたと伺っておりますけれども、外国人学校授業料が高額で、なおかつ非常に幅があります。つまり、教員の質、校舎の問題、そういったことを考え合わせると、中には学校とはとても呼べないようなところも多々あるわけであります。親の将来設計が定まらないために、子供がどこに軸足を置いて、どこにいかりを下ろして自分の将来設計を描くのか、ここが見えにくくなっている状況であります。日本語がある程度できる子供たちであっても、学習言語が身に付かないということが多々あります。  先ほど私事として話をしました、幼稚園のころから私の息子の同級生だった子供たち中学校三年、高校一年、遠州弁といいますけれども、浜松言葉はべらべらです。けれども、少し抽象的なことを考えるような学習、思考のレベル言語となるとなかなか難しいです。それでも、最近高校進学が少しずつ増えてはきていますが、やはり定時制高校への進学が圧倒的多数を占めるという点であります。  一方で、少し明るいニュースですけれども、大学進学を果たす子供たちも増えているという点はここで強調しておきたいと思います。しかしながら、その大学進学を果たしたブラジル人子供たちは、一方でポルトガル語がなかなか不十分なレベルであるという現状是非頭にとどめておいていただければと思います。  生活の場面では、生活習慣の違いあるいは理解不足によって文化摩擦のようなものが起きてまいります。行政サービスへの接近が難しいというようなこともございます。やはりその根本に、青い枠の中ですけれども、日本語能力不足あるいは日本社会についての理解不足という、初期段階で本来であれば身に付けておいていただければよいなと思うことが身に付いていないという現状があります。  こうした状況に対して、これまでの対応を見てみますと、日本の場合には国レベル政策というよりもむしろ地方での具体的な対応の方が先行してまいりました。地方自治体取組多言語対応する相談員を配置する、あるいは多言語での情報の提供を行うといったこと、こういうことがあります。  二つ目教育委員会公立学校取組としては、外国人比率一定以上になった場合に、数が一定以上になった場合に教員の数を増やすという加配教員の配置であるとか、多言語対応の職員を配置したり、学校文書を翻訳したり、さらには進学説明会をしたりもしています。いますけれども、これもなかなか親御さんみんなに届くような対応かというと、そうなっていません。  三つ目、ボランティア、NPO、あるいは国際交流協会地域社会取組もここ数年非常に顕著になっております。ここに外国人向け防災訓練と書いてあります。静岡県の場合、特に地震の問題、地震への心配というのが大きくて、幾つかの自治会では外国人も加わった防災訓練が進んでおります。  それでは次に、外国人集住都市会議についてお話をいたします。これについてはお手元パワーポイント資料と並んでA4判縦サイズの紙二枚とじてあります。こちらも併せて御覧ください。  外国人集住都市会議というのは、御覧になってお分かりのとおり、愛知静岡、群馬、長野、岐阜、三重といった中部地方中心とした町であります。南米系日系人中心とする外国人住民が多数を占める都市行政あるいは国際交流協会等で構成しています。外国人住民に係る施策あるいは活動についての情報交換をする、地域で顕在化する問題の解決に共同で取り組むという面と同時に、首長会議等を開催して、国や県及び関係機関提言をしたり、先年などは規制改革要望を出したりしてまいりました。二〇〇一年、十三都市で発足し、二〇〇七年、二十三都市が参加、今年は更にもう少し増えると聞いております。  この集住都市会議は、二〇〇一年、浜松市で会合を開きまして、浜松宣言及び提言というのを採択しました。大きくそこにある三つなんですけれども、公立学校での指導体制あるいは就学の充実など教育をめぐる問題について、医療保険制度あるいは労働環境の整備など、そして外国人登録制度の見直しなど手続に関することなどが提言されています。  その後、二〇〇四年豊田宣言、そして二〇〇六年よっかいち宣言ということで、基本的には浜松宣言で出た枠を踏襲して、そのときの問題に引き付けて国へ向けての提言を行うという形になっております。特に二〇〇六年よっかいち宣言は、子供たち教育テーマ御覧のような一から五のようなトピックについて提言を進めてまいりました。二〇〇七年みのかも二〇〇七メッセージということで、すべての人が参加する地域づくりテーマにということで三つブロックに分かれて、地域コミュニティー自治体企業との連携外国人児童生徒教育という三つブロックに分かれて、研究調査提言への準備を進めております。  今年二〇〇八年は日取りが決まりました。十月十五日水曜日であります。是非メモお願いしたいんですが、十月十五日水曜日に東京首長会議が開催されます。場所は未定ですけれども、この近辺と聞いております。是非先生方にも御出席をいただいて、地方のダイレクトな声を受け止めていただければなと思っております。  今、私、市のレベルの話をしましたけれども、県のレベルでも三県一市、愛知県や三重県など三県一市のまとまりが二〇〇四年にできまして、二〇〇七年には六県一市に発展、要望を出したりもしております。基本的には、この集住都市会議が訴えかけるような枠組みを県のレベルで訴えていくというふうになっております。  地域における多文化共生の実現にはいろいろな関係者連携協力が必要であります。ここに書いてあるのは、実はみのかもメッセージ最後部分を私なりに図にしたものですけれども、自治体だけでは駄目です。自治会だけでも駄目です。今一番注目を浴びているのはこの企業取組であります。企業との連携というのがどうなされていくか、ここは非常に関心を呼んでおります。また、外国人住民自身も、これまでのように支援される側ではなくて自立して社会に参加する側としてどう地域社会に向かっていくかというところも今注目を浴びています。  それでは、最後のパートです。多文化共生における企業かかわりというところです。  自治会だけではやり切れないという言葉は、実は昨年度、二〇〇六年度総務大臣表彰を受けた静岡磐田市の自治会長さんの言葉です。そこは半分が外国人という公営住宅を擁するところなんですけれども、防災訓練などを外国人住民とも一緒にやっているという、そういうところですが、非常に先駆的なところですが、やはり自治会だけではやり切れないという声が出てきます。  地元で暮らしていると、外国人制服を着て道路で待っておるわけですね。朝、派遣会社の車に乗るのを待っているわけです。どの会社制服か、みんな知っています。小学生も知っています。そういった、ここに本体企業と書いていますけれども、地元の主導的な企業社会的責任に対して、地域住民は非常に厳しい目を向けているという点をお伝えしたいと思います。  一方で、日本経団連外国人生活支援へ向けて積極的な姿勢を示しております。  去年の今ごろ、二〇〇七年の三月に出た第二次提言においても、一歩踏み込んで、直接外国人材雇用していない企業でも、子会社関連企業雇用がある場合には連帯して責任を果たすべきであるということを明言しております。また、生活支援に向けて企業が資金を拠出するスキーム、枠組みをつくる、そのことも検討が必要だということを経団連が明記しております。  また、地方レベルでも、豊田浜松商工会議所外国人雇用企業のガイドラインを作っております。二〇〇八年一月、出たばかりですが、東海の三県一市が地元経済団体と合わせて、外国人労働者適正雇用日本社会への適応を促進するためにという憲章を出したりしております。  先生方御覧になられたと思いますけれども、今静岡県では、企業の中で日本語を学んでもらうという取組が始まっています。A社というところは六千人規模のうち外国人七百人。直接雇用外国人日本人の社員が日本語を教えるという、非常に興味深い取組をしております。B社は従業員千人のうち派遣外国人百四十人。そこでは、浜松国際交流協会連携した日本語教育の先駆例が展開しています。  また、輸送機器の大手企業の担当者と私、ある機会に話をしたところ、請負なので企業が直接教えるというのは難しいと。けれども、場所を提供したり、あるいは請負会社に対して日本語を学んだ従業員を入れてほしいというふうなお願いをするという点は可能であると。  こういうふうに、企業内での日本語教育について、地域にもあるいは企業にもメリットがあるんだ、当然外国人自身にもメリットがあるということが認識され始めております。  最後になります。全国的な取組に向けてということです。  浜松商工会議所も二〇〇七年、ガイドラインを作りました。しかし、ある公の場でその商工会議所の会頭さんが、なかなか一つ企業だけ先んずるというのは難しいんですよ、全国一律に用意ドンであればいいんだけれどもというふうに言っておりました。なかなか全国一律の用意ドンができない。是非、国レベル、全国レベル取組を進めるために、経済団体のイニシアチブと並んで国政レベルの問題提起、問題の共有、働きかけ、こういったものが必要であろうと思っております。  かつて公害の時代に環境に配慮した企業社会的な評価が高まりました。今、環境に配慮するのは企業にとって当たり前のことです。同じように今、人の処遇に関して企業の姿勢は問われています。人に配慮した企業に評価が高まって、あと十年、二十年して人に配慮するのは当たり前の企業姿勢だというふうに考え方が変わっていくといいなと思っております。  一方で、多文化共生というのは、実は外国人施策にとどまらないということを最後に申し上げたいと思います。これは外国人を含んだ地域社会の在り方を構想することであり、つまりは日本社会をどうつくっていくか、どう変えていくかという日本社会のミッションであるという考え方、これを是非先生方にも共有していただきたいと思っています。外国人と受入れ国の両方が歩み寄って外国人の権利と義務を保障する、そして社会参加を実現する、日本社会の側も外国人を迎え入れて活力を得て、地域の産業が、社会が、文化が発展していく、そういう統合政策こそ今必要であるということをお話しさせていただきました。  御清聴ありがとうございました。
  4. 田名部匡省

    会長田名部匡省君) ありがとうございました。  次に、中山参考人お願いいたします。
  5. 中山弘子

    参考人中山弘子君) 新宿区長中山弘子でございます。本日はこのような機会をいただきまして、誠にありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。  それでは、座ってお話をさせていただきます。  私からは、多くの外国人が住み暮らす都市として、また地域住民への行政サービスの最前線に立つ地方自治体として、新宿区が行っている多文化共生のまちづくりの取組について、お手元に配付してありますレジュメに沿いながら、プロジェクターを使用して御説明させていただきます。  まず、新宿区の特徴なんですけれども、新宿区は様々な顔を持つまちであります。新宿区は東京二十三区のほぼ中央に位置しておりまして、三十万人を超える人々が暮らしています。新宿の名前は、甲州街道の宿場として江戸の時代に内藤新宿が開設されたことに由来しています。新宿区は元々宿場のまちとして誕生したわけです。  ところで、皆さん、新宿区といいますと、新宿駅西口の超高層ビル群や歌舞伎町といった繁華街のイメージを思い浮かべるのではないでしょうか。実際は、緑濃い住宅街や地域の風情ある商店街も新宿のもう一つの顔です。また、江戸の歴史を感じさせる路地もあれば、アジアンテイストな通りもあり、神田川、外堀などの水辺や新宿御苑などの緑もあります。新宿は実に様々な顔を持ち、懐が深く、活力に満ちた愛すべきまちであると私は考えています。  さて、外国籍住民の人口と推移等についてちょっとお話をいたしますと、宿場のまちとして誕生した新宿は、現在も国内からも海外からも多くの人が集まり、多様な文化を持つ人々が共に暮らすまちとなっています。  中でも、新宿区の特徴の一つとして挙げられるのが、外国籍住民が多いことです。新宿区には三十万人を超える区民が暮らしていますが、その十人に一人は外国籍住民です。統計を見ると、新宿区で暮らす外国籍住民は、平成二十年一月一日現在で三万一千八百五十六人、人口に対する外国人の割合は一〇・三%です。この数値は日本の最先端を行く数値といっていいと思います。その内訳は、四四・六%が韓国、朝鮮籍の方、二九・一%が中国籍の方です。また、新宿区の特徴としては、国籍も多く、実に百十三の国や地域にもなります。まさに、世界のあらゆるところから新宿区にいらっしゃっているわけです。  過去にさかのぼってその推移を見てみますと、一九七〇年では、日本人約三十八万人に対して外国籍住民は約五千人となっており、その占める割合は一・五%でした。一九七〇年から二〇〇〇年を見たとき、日本人が減少するのと対照的に外国籍住民は右肩上がりに増加をして、一九九〇年には五・四%、二〇〇五年には九・四%、そして二〇〇八年には一〇・三%となったという、そういった状況でございます。  ここで、新宿区の中でも外国籍住民が多く暮らしている大久保地域を紹介します。テレビや雑誌などで取り上げられることも多く、各国の料理を提供する飲食店や物販店も立ち並んでおり、多くの外国語の看板を見ることができます。こうした雰囲気を求めて多くの人々がこの地域を訪れており、活気のあるまちであるとも言えます。  一方、この地域には住民の四割以上が外国籍住民というところもあります。このため、地域日本人と外国籍住民の間では、言葉生活習慣の違いによるコミュニケーション不足から誤解やトラブルが生じる場合があります。例えば、日本人からは、外国人がごみの出し方等の生活ルールを守らない、飲食店等が違法建築となっている、それから、道路上に違法に看板を出して危険であるし美観も損なうなどの話を聞きます。また、外国籍住民からは、住宅をなかなか借りることができない、仕事上や制度面、手続のときなどに偏見や差別を感じたことがあるとの話を聞きます。  多文化共生のまちづくりは、国籍や民族等の異なる人々が互いの文化的違いを認め、理解し合い、共に生きていくまちを実現していくことです。このようなことを実現することは、決して一朝一夕にできるものではありません。先ほども述べたような誤解やトラブル、偏見や差別に対して、それぞれ相手の立場への想像力を持って対応していくことが求められます。  私は、もう五年ちょっとたつんですけれども、平成十四年の十一月末に区長に就任した際、新宿区における外国人施策方向性を明確にする必要があると感じました。都市の魅力である多様性を尊重し、外国籍住民が多く住み暮らすことを新宿区の特徴としてプラスメッセージを発信できるよう、多文化共生のまちづくりを推進しています。  それでは、どのような取組をしているか、多文化共生のまちづくりについてお話をします。  多文化共生のまちづくりを進めるに当たって、私は、日本人と外国籍住民が交流し、理解を深めるための場が必要だと考えました。このため、平成十七年の九月にしんじゅく多文化共生プラザを歌舞伎町に開設いたしました。多目的スペース、資料情報コーナー、日本語学習コーナー、外国人相談コーナーがあり、多くの方々に御利用いただいております。また、最近になって、日本語教室を受講している韓国人の方々が、今度は教える側になって韓国語や韓国文化の講座を開催するといううれしい状況も現れてきました。まさに、互いの文化を尊重し理解し合うという取組がこのしんじゅく多文化共生プラザを舞台として生まれてきています。  次に、日本語学習への支援です。多文化共生のまちづくりを進めるためには、日本人と外国籍住民のコミュニケーションを円滑にすることが不可欠です。このため、私は、互いのコミュニケーションツールとしての日本語を外国籍住民にも身に付けていただきたいと考えました。  具体的な取組としては、日本語を身近な場所で学べるよう、区が主催する日本語教室を八か所に地域展開しました。また、この教室では、教科書を使った画一的な授業を行わず、学習者に合わせた生活に必要な日本語を教えています。日本語を教えるのは地域のボランティアで、教材を手作りするなど創意工夫しています。時には料理を作りながら食に関する日本語を学んだり、春には桜、秋には紅葉を見に行くことで日本の季節や文化に関する日本語を学ぶこともあります。このように、日本語教室は外国籍住民への支援だけでなく、新宿の地域住民の活躍の場としても役立っています。  また、子供に対する日本語の適応指導も行っています。学校に指導員を派遣し、母語を使って個別に日本語を指導します。幼稚園で四十時間、小学校で五十時間、中学校で六十時間実施をしています。必要に応じて十から二十時間の延長もできます。  さらに、児童館二か所を利用して日本語指導と学習支援を行っています。放課後に実施することにより、子供の居場所としての役割も果たしております。  次に、外国籍住民への情報提供です。多文化共生のまちづくりを進めるためには、外国籍住民行政サービス生活習慣など様々な情報を知ることが重要です。このため、多言語による情報提供を充実させることにしました。区では、外国語版の生活情報紙、広報紙、ホームページにより多言語情報提供を行っています。あわせて、税金、国民健康保険、子育て、ごみの分別などについては更に詳しい冊子を作成して配付をしています。  また、区では外国人相談窓口を常設しており、区役所での手続はもちろんのこと、生活上の困り事や悩みについて相談を受けています。さらに、保健衛生の面ではエイズに関する電話相談を多言語で行っています。  このような様々な分野において多言語による情報提供や相談を行っております。  次に、多文化共生のネットワークづくりです。多文化共生のまちづくりを進めるためには、外国人を含めた地域住民活動団体の顔の見える関係を築くことが重要です。このため、区では、しんじゅく多文化共生プラザを拠点にしたネットワーク連絡会を開催し、情報交換意見交換を行っております。  さらには、このネットワークが様々な活動へと発展することもあります。具体的な事例としては、外国籍住民との多文化防災訓練や、お茶や踊りなどの自国の文化の紹介です。多くの方に御参加いただくとともに、活動を通じて日本で活躍する上での自信へとつながっていくことができました。  次に、多文化共生実態調査です。多文化共生の更なる推進のためには、地域の実情や区民のニーズを的確に把握することが必要です。このため、基礎データの収集を目的とした実態調査を実施しています。アンケート調査では、困っていること、良いこと、新宿区に望むことなど幅広い内容について伺いました。  ここで調査結果の一部を御紹介いたします。しんじゅく多文化共生プラザを大切だと思いますかと伺ったところ、大切だと思うという回答を外国籍住民日本人の両方において多くいただきました。また、多文化共生のまちづくりのため力を入れるべきことについて伺ったところ、日本人も外国人も、交流イベント、多言語での情報提供、日本語教室、偏見・差別をなくす努力が上位となりました。順位は異なります。このため、しんじゅく多文化共生プラザを拠点に交流イベントを始め様々な取組を更に充実させていくことが求められていると言えます。  御紹介したとおり、新宿では様々な取組地域とともに行ってまいりました。効果があり前進している部分もありますが、現実にはまだまだ多くの課題があり、なお一層の努力が必要です。  少子高齢化が進む中、今後は日本労働力を外国人に頼ることも予想されます。そうなると、労働者の家族として子供や高齢者の来日も考えられます。また、国際結婚も増えることでしょう。このため、新宿区やその他の集住都市だけでなく、日本中のあらゆる地域外国人生活するようになり、様々な問題が発生することとなります。外国人住民として受け入れたときに、行政サービスの提供や納税などの義務が発生するための住所が基本となります。しかし、現在の外国人登録制度では、転出、出国したときに前住所地の市町村への届出義務がないため、居住実態と合致していないという不都合が生じることがあります。  また、日本語学習を始めとした生活支援については、自治体取組に加えボランティアやNPOなどが活躍しておりますが、なお人材や支援のプログラムが大いに不足している状況にあります。さらに、教育においては、日本語が分からない子供へのサポートが重要です。不登校や不就学の児童生徒が増えることを放置してしまうと、満足な学力を得ることができず、これからの社会を担う人材の大きな損失となるとともに、社会的な問題につながります。子供の持つ無限の能力を発揮できるよう支援する必要があります。  そのほかにも、子育てにおいては、食べ物、しつけ、遊び方など、生活習慣の違いから日本人と外国人の双方で苦労することになります。また、医療においては、自国の慣習や宗教観に従った治療や看護方法について医師に正確に伝えることが難しい場合があります。住居においては、保証人が見付からないことや外国人に部屋を貸したがらないという問題があります。  さらに、外国人に対する年金の問題もあります。年金に関する協定を結んでいる国が限られているためか、加入する人が少ないという状況です。将来、そのような外国人が無年金者となり、生活に困窮することが考えられます。  このような様々な課題対応するためには、国のレベルで、外国人が入国した時点から早期に日本語日本生活習慣を集中的に学ぶことのできる体制の整備やプログラムを開発するとともに、子供教育を始め社会保障も含めた生活面の支援など、国を挙げて総合的な体制整備を図る必要があります。これらの取組を行うことにより、日本は多様性に富み、文化的にも経済的にも世界に誇れる国家へとなることだと思います。  最後に、新宿区は昨年十二月に新たな基本構想を策定し、三つの基本理念を掲げました。第一は、区民が主役の自治をつくります、第二は、一人一人を人として大切にする社会を築きます、そして第三は、次の世代が夢と希望を持てる社会を目指しますというものです。そして、二十年後の新宿区の目指すまちの姿を、「新宿力」で創造するやすらぎとにぎわいのまちと定めています。新宿力を形作るものは地域の力と多様性です。地域の力を信じ多様性を生かすことで、新宿力は更なる輝きを増して豊かなものへとなっていくと思います。これは日本の国全体についてもかなり共通するものであると思っています。  私は、多様な文化を持つ人々が共に暮らす多文化共生のまちづくりを更に推進し、日本人と外国籍住民が互いに理解し尊重し合える地域社会を実現することに尽力をしてまいります。  御清聴ありがとうございました。
  6. 田名部匡省

    会長田名部匡省君) ありがとうございました。  次に、毛利参考人お願いいたします。毛利参考人
  7. 毛利よし子

    参考人毛利よし子君)(通訳) 日本の参議院議員の皆様、大変に重要な国会の場でお話しすることができて、光栄に存じます。また、同時に、大変恐縮しております。  私はヨシコ・モーリと申しまして、日系二世で、マリアの宣教者フランシスコ修道会の宣教師をしております。所属はNPO・SABJAです。日本には一九八六年から暮らしており、私の中にはブラジルとその文化が生きていると同時に、両親が懐かしみ愛した日本も生きています。  祖国を離れた両親は、懐かしさゆえ、日本の誇らしいこと、美しいことだけを思い出し、話していたのだと思います。そして、子供に、自分のルーツを誇りに感じ、重んじ、愛してほしかったのだと思います。  今日の私の発表は、学術調査の結果ではありません。しかし、出稼ぎの人々と過ごす毎日から得た結果です。私にとって、皆様に直接お話できるということはとても特別な意味を持っています。なぜなら、皆様は人道的な価値や福祉、人の幸福のために闘う人々であり、希望と質の良い暮らしに満ちあふれた未来の日本のために働く人々だからです。  過去二十年間、様々な変化が起き、私たちはそれに順応してまいりました。しかし、私たちの目的は、常に外国人が居住地である日本社会に溶け込めることであります。ですから、私たちは原則として対立するということをしません。良いこと、美しいことをもって悪いことを溶かしていこうとしています。  出稼ぎの人たちの悩みは電話相談をしていると分かります。電話相談には三種類あります。一つは、disk・SABJAと呼ばれる一般的な相談、あとは心理相談、健康相談です。健康相談は医師によって対応されています。  一八九五年、ブラジル日本は友好条約を締結し、移民の奨励に必要な条件を定めました。一方で、ブラジルはコーヒー栽培を基礎とした経済と政治を支えるための労働力を必要としていました。日本状況はいいとは言えず、海外で自活の道を探る必要がありました。そして、日本ではブラジルは黄金郷であるように宣伝されて、すぐに裕福になって日本に帰れると言われていました。  さて、一九八〇年、日本の経済は成長し続けていました。ブラジルでは国内経済危機を迎え、ブラジル人が海外で仕事を見付けて暮らさねばならないようになりました。ブラジルでは、日本企業が求人を募りました。日本では、経済成長を支えるため労働力を必要としていました。派遣業者が雨後のタケノコのように現れ、ブラジル人を口約束で集めました。約束を果たさないといった問題が発生し、若いブラジル人の道徳心を傷つける就労口も珍しくありませんでした。  私の仕事は一九八八年に、日本人と結婚した女性たちへの支援という形で始まりました。夫の行動が変化しても、日本の文化や日本語が壁になり理解することが困難だった人たちです。  日本人と結婚したコロンビア人女性のことを思い出します。彼女は妊娠した体で日本へやってきました。夫が失業したので、夫妻は夫の母親の元へ身を寄せました。彼女は夫と夫の家族から妊娠中絶をするようにと強く迫られました。しかし、彼女はカソリックですので、産むことを選びました。妊娠中は健康問題が多く、彼女は入院しなければならなくなりました。私は彼女を見舞いました。彼女は現金の入った封筒を見せてこう言いました。おしゅうとめさんはひどい。彼女は夫の母に辱められていると思っていたのです。私は、日本には現金を贈る習慣があるのだと説明しました。彼女はそれを理解し、夫の母親との関係もよくなりました。こうしたことはとても単純で、ちょっとした言葉さえあれば大きな問題を避けられます。  ブラジルからは労働者が少しずつ日本にやってくるようになりました。受け入れられていたのは二十代の若者、家族のいない人だけです。彼らは希望と健康とやる気に満ちあふれてやってきました。受け入れられた三人に二人は大卒の若者でした。日本ブラジルの間には何の協定も締結されていませんでした。日本ブラジル人を受け入れる準備がなかったし、ブラジルにも海外に労働力を送り出す準備がありませんでした。  現在、我々ブラジル人日本におよそ三十二万人が暮らしています。国内では三番目に数の多い外国人集団です。この数字には日本に帰化したブラジル人は含まれていません。また、文化や考え方がブラジル化しているブラジルで育った日本人も入っていません。彼らの平均滞日年数は十年です。七万八千人のブラジル人永住ビザを持っています。これは日本に住むブラジル人の二五%に相当します。多くの人々が既に不動産を購入しています。日本学校教育を受けた若者たちは、日本人と同じように考え行動します。ポルトガル語をしゃべらず、ブラジル人であることを恥だと思い、ブラジルとは心理的なつながりもなければ、ブラジルへ帰ろうとも考えていません。  日本ブラジルのバレーボールの試合があった前の日の晩、私はあるブラジル人家庭を訪問しました。その家の五、六歳の子供と遊んでいたとき、その子にきっとブラジルが勝つねと言ったら、何の反応もありませんでした。さらに、きっと日本は負けるよと言ったら、その子供は怒って立ち上がり、どうして日本が負けるんだと言い返してきました。  在日ブラジル人日本国内で住む地域を変えるという問題は、労働環境や経済や社会の不安定さに起因しています。彼らは人材派遣会社と契約しています。いわゆる使い捨て労働力になっていて、職が安定していません。勤務する工場の生産計画に左右されて、しばしば家族を連れて住む地域を変えなければならなくなります。常に移動しているということが、子供教育や近所の日本人との付き合いという面で悪い影響を与え、ルーツのない、浮き草のような人や家族を生み出しています。  健康保険加入しているのはブラジル人の六〇%だけです。あっせん業者は従業員を社会保険加入させなければいけないという法律を遵守しておらず、幾つかの市町村では彼らを国民健康保険加入させることを困難にしています。社会保障がないという問題、特に年金の問題は、近い将来、日本ブラジルの両国にとって深刻な問題を引き起こすことになると思います。  これらの要因に加えて、不安定性、自尊心の低さ、励ましがないということから、人間としての尊厳や価値というものを大切にしなくなり、知らず知らずのうちに失うものは何もないという気持ちになっていきます。そのような状態では、いい意味でも悪い意味でも、どんな誘惑でもチャンスにも乗ってしまうのです。  久里浜の少年院で一人のブラジル人に会いました。彼は、老人が強盗に襲われているのを見付けて、その老人を助けました。警察が来てその強盗は捕まえられました。彼の行為は賞賛され、新聞にも載りました。しかし、その一週間後、彼は窃盗の罪で逮捕されました。失業中でお金もないところに、二人の知り合いから窃盗しようと誘われたのです。彼が犯した罪を正当化することはできません。しかし、人が弱い立場にいて自尊心がなくなっていて、何も失うものはないと思っているときにこういうことは起きてしまうのです。人間としての価値観を失ってしまっているのです。  日本学校高校や専門学校又は大学を終えたブラジル人日本企業でもキャリアを積んでいますが、学校に付いていけなかったり、高学年で学校に入ったりした子供たちは、社会の中で行き詰まっています。言葉は、ボキャブラリーの問題というだけではありません、感情的な問題にもつながっています。母国語ないしは第二外国語で感情をとらえるようにならないと、自分の考えもまとめることができないわけです。  次に、ブラジル人学校についてです。日本教育システムに適応できなかった子供たち、まあいじめの問題もあると思いますが、両親がいずれブラジルに帰ると決めている子供たちがこういうブラジル人学校に通っています。学校幼稚園の数は百二十校あります。その中で四十九校だけがブラジル教育省から認可を受けていて、日本では企業として扱われています。一万一千五百名の生徒がブラジル人学校に在籍しています。私は、このような子供たちの大半は日本にずっと居続けると思います。  日本語の授業は費用が掛かるために、日本語の授業がこのようなブラジル人学校で少な過ぎるという問題があります。日本の友達もつくれず、大人になってからは職場でのコミュニケーションに困ることになるでしょう。私は個人的に、子供たちが今何人学校に行っていないか、その正確な人数は分かりません。私は個人的に、ブラジル人学校の役割は重要だと思っています。子供たち学校にも行かずに町をさまよい歩いていたら、どんな社会問題が起こるのか想像することができます。  ブラジルに移住した日本人たち子供たち教育に力を注ぎました。でも、そのために、ブラジル日系人は頭が良くて努力家で働き者だと思われています。家庭でも社会でも期待度が高いために、日系人は立派であらなければならなかったのです。そのために、今では日系人は非常に社会の中で高い地位に就いています。  それと同じことは日本では起きていません。親たちは働き過ぎで疲れ切っており、教育には力を入れていません。一方、日本社会も、ブラジル人子弟が日本社会に役に立つだろうとの期待は持っていません。  二〇〇〇年に受けた電話や報道から、ブラジル人の青少年の犯罪率が高くなっていることに私たちは気付きました。薬物依存症の青少年がいるということも知りました。そこで、私たちは三年間、横浜のDARCという麻薬依存者の更生施設に通い、麻薬依存者の治療の仕方について学びました。  ブラジル人コミュニティーの弱い部分を何とかしたいと思い、アンケートを実施したところ、青少年は遊んだりおしゃべりをしたりするためのスペースを望んでいるということが分かりました。彼らに近づくためには、スポーツや芸術、音楽を通す方法が良いという結論に達しました。子供たちブラジルの文化を学んで、ブラジルの文化に誇りを持ち、自身のアイデンティティーを見出せるような機会をつくりました。自分自身のアイデンティティーや文化を持つことによってのみほかの文化を尊重することができるからです。このようにして、日本人と他の国籍の人たちの間の友情をつくっていくことが大切だと思います。  二〇〇二年に大泉町のNPOとの協賛で、第一回日系ブラジル人青少年フェスティバルを開きました。ブラジル人学校の生徒たちや横浜DARCの人たちが参加しました。  第二回目のフェスティバルの準備をしていたとき、びっくりしたことに、前橋警察署の方々が来られて、私たちが大泉町や太田市で活動した結果、次のような結果になったと言ってくださいました。逮捕されるブラジル人の青少年がいなくなったこと、以前はブラジル人日本人を理解しようと努力していたが、今ではその反対に日本人がブラジル人理解したいと思っていること、そして警察としても私たち活動をサポートしたいということ、そして日本学校と同じようにブラジル人学校も扱うということ、私たちの方からは、学校のある時間帯にブラジル人が町をうろついていたら補導して親を呼ぶというような日本人と同じ扱いをしてもらうようにと頼みました。残念ながら、最後の二点についてはまだ何も実施されていません。  大泉町長は、町にブラジル人が住むことに反対するということを掲げて選挙に勝ちました。この点からも二つのコミュニティーの危機的な状況が分かります。第一回のフェスティバルには大泉町長は出席もせず、代理も送りませんでした。第二回フェスティバルには、まだ問題があると言いながらも出席はしてくれました。警察の報告書にもブラジル人の未成年の逮捕者がゼロになったというふうにありましたが、町長も私たちのグループを応援したいというふうに言いました。事態は良い方向に進んでいき、町長の再選のときの演説もマニフェストも良くなり、日本国籍のブラジル人はこの大泉町長に投票しました。  私たちが学ぶことができる例があります。神奈川県には多くの外国人が住んでいます。インドシナからの難民や中南米からの出稼ぎ労働者です。それぞれ違う問題を抱える外国人の数が多いにもかかわらず、ネガティブなニュースは聞こえてきません。それは自治体の予防的な政策によるところが大きいと思います。例えば、学校には外国人子供の適応を助けるためのバイリンガルのスタッフを配置しています。そうすると、ブラジル人学校必要性というのはなくなります。  そして、一九九二年、県では外国人のメンタル面の健康のために外国語で対応するいのちの電話の設置を提案しました。そして、一九九三年九月には、ポルトガル語とスペイン語によるいのちの電話がスタートしました。その後、中南米からの人たちの健康が危ないと気付くと、県では病院での通訳また通訳付きの弁護士相談などを行いましたが、これらの活動はすべて神奈川県が運営しています。  民間企業のイニシアチブについては、三井物産がブラジル人の青少年の福祉のために貢献してくれています。二〇〇五年と二〇〇六年には四つのブラジル人学校に財政支援をしてくださり、二〇〇七年にはそれが、今までの間、三井物産はSABJAを最も支援してきている日本企業です。三井物産の後援がなかったらSABJAの活動を維持することはできなかったでしょう。三井物産の社会貢献には計り知れないものがあります。このようなアクションのおかげで、社会の中で対立するような可能性があったものも避けることができ、それを希望や夢に変えることができました。  これはブラジル人コミュニティーだけに対する貢献ではありません。日本の成長とダイナミズムのための貢献でもあるのです。人は社会的に支援され守られていると感じるとき、より大きなやる気を持って働き、生産も上がり、周囲の人々とより快適な環境をつくる手伝いをしようとします。  子供たちのために何が必要でしょうか。ブラジル人学校が各種学校として認められるよう規制を緩和してほしいです。補助が受けられれば、現在の非常に高額な学費を下げることができます。また、学校に年間学費を払っている両親に対して所得税の控除があるといいと思います。また、学割を使えるようにしていただきたいと思います。そして、年ごとに健康診断をできるようになるといいと思います。また、日本語と文化の授業を毎日できるように、これについては日本学校で放課後に授業をすること、ブラジル人学校側が生徒を連れていくことを提案したいと思います。また、警察にはブラジル人青少年にも日本人青少年と同じ扱いをしていただきたいと思います。  労働者のために何が必要でしょうか。私たちは、日本政府に社会保障面で御協力を願いたいと思います。ブラジルで支払った年数を日本年金にも算入していただきたいのです。あるいは、その逆もあっていいと思います。そして、派遣業者に法律を守らせてほしいのです。それができない間は、さかのぼって支払をしなくても保険に入れるような免除措置があるといいと思います。  そのほか必要なことです。  民事面での御協力。日本に住むブラジル人たちブラジルにいる子供に養育費を払う義務を帯びている問題について十分に御検討ください。ブラジルの司法当局の嘱託書の四〇%のみが実際に履行されている事実があります。刑事面での御協力でも、両国間に協定があれば裁判はもっと迅速になり、官僚主義も避けられ、費用も下がります。とりわけ、被害者にとっては負担が大きく軽減されると思います。先日のミルトン・ヒガキそれからウンベルト・アルバレンガの裁判は、いまだ両国間協定がないにもかかわらず成功したケースでした。  私たちに与えてくださったこの機会に感謝いたします。日本の人道、社会的な問題に当たっておられる参議院の皆様方お話しできたことは、ここに暮らす同胞たちにとって希望の未来を見せてくれます。日本で成長する日系人たち日本のために働くだろうと私たちは信じています、日本人がブラジルのために働いたのと同じように。  どうもありがとうございました。
  8. 田名部匡省

    会長田名部匡省君) ありがとうございました。  以上で参考人からの意見聴取を終わります。  これより参考人に対する質疑を行います。質疑はおおむね午後四時をめどに終了させていただきます。  質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただくようにお願いいたします。  また、一回の質問時間は答弁及び追加質問を含めまして最大十分とし、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られるよう、質疑、答弁とも簡潔に行っていただくよう御協力をお願いいたします。  なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問であるかをお述べください。  それでは、質疑のある方は挙手を願います。  紙智子君。
  9. 紙智子

    ○紙智子君 日本共産党の参議院議員紙智子でございます。  最初に、今日はいろいろ御配慮いただきまして、ほかの委員会と重なっているんですけれども、先に発言させていただくことを許していただきまして、ありがとうございます。  また、今日、三人の参考人皆さん、大変貴重なお話をありがとうございました。  先日、この委員会として私も愛知県の豊橋市というところに行きまして、私の場合は一日だけだったんですけれども、初めてブラジル人学校に訪問いたしました。そして、市立の岩田小学校ですか、これは日本子供たち外国人とが一緒に勉強されている現場を目の当たりにしまして、本当に大変な苦労があるということを実感をいたしましたし、やっぱりこういう問題、なかなか、これまで参議院の中でいいますと、特に議論というか、そういう場も少なかったんじゃないのかなというふうに思うものですから、非常にやっぱり大事な問題としてこれから取り組んでいく、そういう機会にしていけたらいいなと思っております。  それで、私は最初にお伺いしたいんですけれども、大体三つぐらいの角度から今日お聞きしたいんですけれども、一つは、使い捨て労働者ということが今の毛利さんのお話資料の中にも出てまいりましたけれども、この実態についてもう少し詳しくお聞きしたいなということがあります。  出稼ぎ労働者としてのブラジル人が使い捨て労働者とされているという話がありますけれども、大企業の三次、四次下請、こういうところで有給休暇もなくて長時間労働で低賃金で働かされていると。労働災害も隠されるときもあったり、基本的な人権が守られていないという、そういう状況で働かされているという話も聞いているわけですけれども、派遣会社に依存させられていることの指摘も中にありましたけれども、相談活動をずっとされてきていて、その中で把握されている労働者の実態ですね、家族なども含めて、特にこういう際立ったというか話がありますということで御紹介をいただけたらということがまず一つです。  それからもう一つは、医療、社会保障問題ということで、これはお三方にお聞きしたいんですけれども、原則として外国人外国人であることを理由に社会保障制度が除外されるということがあってはならないと思うわけですけれども、実態としては、やはり間接雇用者、あるいは研究生、興行ビザの入国者、それからオーバーステイなどの多くがこの制度の網の目からこぼれ落ちるという現実があると思うんです。そのために、結局多額な医療費を自己負担しなければならないとか、それが負担できないために病院にかかれずに命を落としてしまうということもあるというふうに思うんですね。  それで、ここでまた毛利さんにもお聞きしたいんですけれども、事前に配付された資料の中にも医療や健康の問題が指摘されています。それで、SABJAとして相談活動、医療支援の中で、使い捨て労働力ということで扱われている状況の中で、健康問題や健康保険の未加入がもたらす問題について、子供たち、家族を含めて具体的な実態をお話ししていただきたいし、人間らしい暮らしを保障していくということのために緊急の対応も含めてどういう制度を整備すべきなのかということで、御要望などありましたらお聞きしたいということが一つです。  それから、池上先生、論文も出されていて、ニューカマー外国人と医療保障ということで出されていますけれども、この中で、医療保険制度の問題について個々の自治体が努力できる範囲を超えておりと、国レベルでの対応が求められているということも指摘されているわけですけれども、じゃ、国レベルでの制度ということでいえばどうあるべきなのかなということについてお話ししていただけたらと思います。  それから、中山弘子区長さんには、外国人集住都市会議ですか、ここで短期雇用を繰り返すなどして社会保障加入させない企業の取締りということがあるんですけれども、加入促進の指導とか強化、それから年金健康保険のセットの加入の問題ですとか、年金受給に必要な最低加入年数を引き下げることなどが議論もされているようですけれども、区長さんとしてのこういう問題に対しての意見要望ということで出していただけたらというふうに思います。よろしくお願いいたします。
  10. 毛利よし子

    参考人毛利よし子君)(通訳) 私は、使い捨て労働者につきましては、彼らには保障が全くなくて、工場の生産計画によって左右されています。いろんな工場の例を知っているんですけれども、もう百人、二百人の人を雇っていたにもかかわらず、生産が終わるとそれをみんな首を切ってしまうということがありました。この期間、生産が多いときには日曜日もなく働いて、十二時間から十四時間働いていました。そして、本当にもう家に帰ってただ寝るだけのような生活をしていました。どうやって子供たちとの時間を過ごせるんでしょうか。それは非常に大きな問題だというふうに思います。  また、スローガンがあって、ブラジル人は残業が好きだというふうに思われています。確かに好きなんです、残業が。なぜならば、残業代の方が普通の時間帯よりもお給料が高いからです。ただ、実際は、それはブラジル人が好きとか嫌いとかいう問題ではないんです。彼らが残業を断ると、拒否してしまうと辞めさせられてしまうという問題があります。工場を辞めさせられてしまうんです。  そして、健康保険については、人材派遣会社というのはブラジル人健康保険を課していません。非常に少ないです、健康保険社会保険に入れているのは。それは電話相談で分かりました。もしも請負業者とか企業社会保険に入らなくちゃいけないというふうに言うと、電話が掛かってくるんですけど、入った方がいいか入った方がよくないのかと私たちに相談に来るんですね。社会保険に入っていませんので全く保障がないという状態です。  人材派遣会社が別のタイプの保険を入れているんです。それは国のものではないんですね。国の制度ではないです。この保険というのは海外傷害旅行保険なんですね。ですので、ブラジル人はこっちの方がいいんですね。というのは、会社もこちらの方が好きなんです。なぜかというと、保険料が安いですし、それで病院に行くと一〇〇%医療費が戻ってきますので。でも、同じ病気を二回はカバーしてくれないんですね、という問題があります。  そして、別の問題もあるんですけれども、もし企業社会保険に入ると、半分払わないんですね。労働者が一〇〇%払わなくちゃいけないという状況になります。  私がちゃんとお答えできたでしょうか、質問にお答えできたかどうかと思うんですが。
  11. 紙智子

    ○紙智子君 ありがとうございます。  それで、そういう本当に身につまされる状況お話しいただいたわけですけれども、本当に人間らしい暮らしを保障するために、やっぱり緊急時の対応も含めてどのような制度を整備すべきだというふうにお考えでしょうか。
  12. 毛利よし子

    参考人毛利よし子君)(通訳) 私が思いますのは、彼らは本当に労働力として認められて、日本人の労働者と同じ法律、同じ施策で認められるべきだと思います。そうすれば彼らの状態は安定しますし、子供たちにも、一緒に過ごすこともできて日本社会に融合していけると思います。
  13. 池上重弘

    参考人池上重弘君) ありがとうございます。  私、今いただいた質問から、二つの側面で回答したいと思います。  まず一つは、使い捨て労働者の実態ということで、これは毛利さんへの質問だったんですが、私それに答える資料をちょっと持っているものですから、静岡調査の最新の数字をお答えします。その上で、医療、社会保障について国レベルとしてどういう制度が必要と考えているかという、これは私個人へ向けられた質問、この二点お答えします。  まず第一点、使い捨て労働力としてということの客観的な、まあ傍証になるわけですけれども、派遣会社それから派遣会社にアンケートを行いました。これについて方法等詳細は今省きますけれども、その中で、外国人労働力が必要なのは一体どういう局面ですかという質問があったわけです。外国人雇用の活用の理由を答えていただいたところ、日本人の常用労働者を集められないというものが五四%で群を抜いて多かったんです。つまり、日本人が入らないところであるということです。さらに、次が約三〇%で外国人は常勤と異なる時間で働けるというのがあります。その次に、外国人の方が長時間勤務できるというのがありまして、今の毛利さんのお話を数字でも裏付けていることが明らかです。  しばしば誤解されるんですが、実はパート労働者よりも外国人労働者の方が会社が払う時給単位のお金が高くなっています。なぜ高い人を雇うんですかと。これは、実はパートさんが働けない時間を働いてくれるからですよという答えが返ってきます。例えば、家庭で主婦の方が九時から、夜中ですよ、九時から朝の五時までのシフト入れますか、入れませんね。日曜日来てください、入れません。そういった時間帯に急に親会社から来る需要に対して柔軟に対応していくための、言わば柔軟な労働力需要に対する調整弁として組み込まれているというのが実態であります。これが一点。  それから次に、もう少し直接的な、外国人であるがゆえの排除の事例について数字をお話しします。これも本当はグラフを持ってくればよかったんですが、数字だけなので恐縮ですけれども、御了解ください。  これは派遣元、いわゆる派遣会社請負会社に聞いた数字です。昇給それから賞与、ボーナスですね、退職金について聞きました。平成十八年度の昇給を全員に実施したというのは、派遣会社ですよ、日本人で一八%、外国人は二%、わずか二%です。賞与、ボーナス、全員に実施は日本人で一九%、外国人は一%です。退職金の制度ありというのは日本人で二八%、外国人六%となっております。  また、昨今では、非正規雇用者の問題というのがワーキングプアという分かりやすい言葉と同時に、かなり国内でも大きな関心を呼んでいます。今これから出す数字は、あくまでも派遣元、派遣会社請負会社の数字です。  雇用保険加入率八〇%から一〇〇%の数字を見てみると、日本人の場合は六四%です。それに対して外国人が一九%、非常に低いです。健康保険加入率についても、八〇%から一〇〇%となっているのは日本人では五五%に対して外国人一四%、非常に低いです。つまり、様々な保険でのカバーされている、いないという点は日本人でももちろん非正規雇用の場合低いんですけれども、外国人の場合、非正規雇用労働者はもっと低くなっているということ、それからボーナス、昇給、退職金といったものについて、外国人はほとんどその制度にカバーされていないということがお分かりいただけるかと思います。  次に、ニューカマーの外国人と医療保障についてですけれども、地域レベルでは、私さっきの話でちょっとだけ言及したんですが、二〇〇三年に豊田市、二〇〇七年に浜松市の商工会議所がガイドラインというのを作成しております。これらはウエブ上でも御覧いただけるものなんですけれども、例えば豊田市が先駆的に作ったガイドラインのポイントだけ申し上げると、安定的に雇用を確保し、円滑に企業活動を行ってもらうためであると。それは、良質な外国人労働力を確保し、多文化共生の実現に向けた外国人労働者の受入れ体制の整備について、関係法規を遵守する、外国人労務管理者をしっかり置く、言葉なども含めて日常的なフォローもするということが書いてあります。  その中で、社会保障のメニューと保険加入の確認という項目があります。つまり、業者が雇用している外国人労働者社会保険等に加入していることを確認するということが明記されています。  実は、去年の今ごろ、国連大学で行われた国際シンポジウムで、私、豊田市の市長さんと同じセッションでパネリストとして参加をしました。そのときに、この豊田のガイドラインは、一体その後豊田市においてしっかりと遵守されていますかという質問をしました。なかなか現実は厳しいという答えが返ってきた次第でございます。  また、浜松市、浜松商工会議所もほぼ同様の趣旨のガイドラインを策定しております。これについても、私はある場で、商工会議所責任者の方に正面から切ってこれはやはり遵守が必要だということを申し上げたところ、なかなかすべての会社に守っていただくのは難しくてという言葉が返ってまいりました。  つまり、私の話の最後に申し上げましたけれども、どこかの一つ企業が守ると言ったときに、それは競争においてコストを抱え込むというわけです。もちろん、そのコストをすべての会社が抱え込むべく制度はあるわけですけれども、現実は皆さんがちゃんとそのコストを担っていない。余り適切な表現ではないかもしれませんが、正直者がばかを見るような運用に現実にはなっている。  したがって、私が国レベルでの対応というときに思い描いていたのは、新しい制度ということよりもむしろ既存の制度をしっかり全国用意ドンでスタート、あるいは再スタートと言うべきなんでしょうか、できるような仕組みづくり、管理体制づくりということであります。それはもちろん国政レベルだけでできることではありませんが、経済界の自主的な、紳士的な努力というよりも、むしろ政治のレベルでの深いかかわりが必要だと考えております。  以上です。ありがとうございます。
  14. 中山弘子

    参考人中山弘子君) 私からは今の御質問に余り的確なお答えができなくて大変恐縮なんですけれども、新宿の、いわゆる基礎自治体の私たちが見てきている中で、かなり新宿にいる外国籍の方々の実態も違う、それから新宿には製造業はほとんどないというような中で、ちょっと状況が違うと思います。  例えば、私どものところに来ている外国籍の方々で一番多いのは、留学、就学というので来られる若い人たちが多いです。それとまた、長く永住系でいる方々は、例えばアンケートをして、実態調査をして返ってくるのが非常に低いという中での結果ですから、それが全体を表さないわけですけれども、会社を経営していたり、役員であったり、管理職であったり、勤めている人も正社員の人が多いというような、パート、アルバイトという比率が全体の中で一五%くらいしかないというようなことであります。  それと、私ども、外国登録をしていただくときに、国民健康保険の対象となる人にはまずは入っていただくというような対応をしております。  私は、自治体のサービスのレベルで見ますと、外国籍の方々は、いわゆる参政権を除いてはほとんどのところ、例えば保育園から幼稚園学校、小学校中学校ですね、新宿の場合にはまあ受け入れて、それにどういうサービスを付けていくかというようなことでやっておりますけれども、そこの部分での実際にはいろんなことが、もしかしたら外国人登録をしていない不法滞在方々の間での問題とか多くの問題があるかと思いますが、残念ながらそれを把握するところまでできていない、それからちょっとお答えできるようなデータも持っていないということです。
  15. 紙智子

    ○紙智子君 ありがとうございました。
  16. 田名部匡省

    会長田名部匡省君) 会長からもお願い申し上げますが、一回の質問時間は答弁及び追加質問を含めて最大十分でありますので、質問も答弁も簡潔にお願いいたしたいと思います。よろしくお願いいたします。  それでは次に、岡崎トミ子君。
  17. 岡崎トミ子

    岡崎トミ子君 今日は参考人の皆様お一人お一人から、本当に多文化共生社会を実現させていくためにそれぞれの現場で本当に御苦労されていらした、またその実例についてもいろいろお話しをくださいましたことに、心から感謝を申し上げたいと思います。  私は先日も静岡の方に視察に行ってまいりましたけれども、その中で大変印象的に、また大変胸を痛めたのは子供たち教育の問題でございました。ここで、不就学という子供たちの数についてはどこの自治体としてもきっちりと分かっていない、またそれを分かることも大変難しい状況にあるわけなんですけれども、文科省では実は事前に、去年、公立の小中学校日本人と同じ条件、無償で受け入れておりますし、ただ不就学という問題になりますと、これは就学の促進を図っていかなければならないということについてははっきりしているわけなんですけれども、ここでの数は、まず不就学が一・一%という数字を上げておりました。実際にはこれよりももっと多いのではないかなというふうに思うんですけれども、なかなか就学状況からは分かりにくいという状況があるわけです。ところが、居どころ不明者、そういうところについて分類されたものについては一七・五%あったということでございます。この居どころ不明者、あるいは外国人登録証の居住地に訪問していってもその人たちがそこにいないということもあって、なかなか文科省としてもフォローできなかったということでございます。  その不就学の理由について、保護者のアンケートに答えた第一番目の理由がお金がない、次に日本語ができない、三番目に帰国予定があるからというようなことだったんですけれども、実際にいろんな話を伺ってみますと、お金がないというのはあるかもしれませんけれども、子供たちにとってはそれは関係のないことなんですね。第一には、ついこの間もお話を伺ってきたところでは、日本語が十分でないというところから、学校に行っては給食を食べてくるだけ、あとはいじめにも遭っているというようなことで、ドロップアウトしてしまう子供たちが非常に多いというような胸を痛めることでありました。つまり、そういう子供たちが必ずしも先々犯罪に行くというふうに私は思っておりませんけれども、そういうところに行く可能性もあり、またそういうことが日本社会の中で日本人にも返ってくるというようなお話もございました。  それで、私たちはこの不就学の子供たちが学べるような状況をつくっていかなければならないわけなんですけれども、まずは、大学の先生でもいらっしゃいますし、また生活圏の中に多くの外国の皆さんたちがいらっしゃるという池上先生には、学校の可能性ということについてどうお考えになっていらっしゃるか。私は、公立学校日本人と外国人が同じところで学ぶことによってコミュニケーションが図ることができる、そしてPTA活動など、もしお父さん、お母さんたちが参加できるような場があれば、親同士のコミュニケーションを図ることができる大きな可能性を持っているというふうに思いますけれども、そうしたことの実例の中からもし分析の結果などもおありになりましたら、学校の可能性ということについてお教えいただきたいと思います。  それから、中山参考人と毛利参考人には、自治体としての取組中山参考人、本当に受入れをしっかりされているということでありましたけれども、公立学校外国人学校とも私塾という形でもあろうかと思いますけれども、そういうところでいる子供たちとの役割、どのように行政としてお考えになるかですね。  毛利参考人には、公立に行かれる子供たちのことについては余りお触れになりませんでしたけれども、それを望ましいと実は考えていらっしゃるかどうかですね。是非、学校に行かれない子供たちについては、なぜ行けないのかということについてもお教えいただきたいと思います。  以上です。
  18. 池上重弘

    参考人池上重弘君) ありがとうございます。  それでは、私、今いただいた質問のうち、不就学をめぐる問題のことと、それから日本学校の可能性という、この二点についてお答えをしたいと思っております。  現実のところ、不就学の数字をあぶり出すというのは非常に難しいことであります。先ほど来話に出ているように、転出の際に届出をするという仕組みになっておりませんで、居住実態が登録上の届けと一致しません。私たちも、昨年、静岡レベル調査票をたくさん送りましたけれども、物すごくたくさん返ってきました。そして、何よりも驚いたのは、現住所と外国人登録地は同じですか違いますかという質問をしたところ、一割、一〇%が違いますという返答をしてきているわけであります。そこで、なかなか不就学の数字を厳密にあぶり出すには一人一人、一軒一軒歩いていくしかないということをまず申し上げておきたいと思います。  今のは実は前提なんですけれども、私自身、実は不就学の問題というのは不就学の問題だけではないだろうと考えています。つまり、学校子供という局面に関しては不就学という見え方をするけれども、恐らく、少なからぬ家庭において、その家庭においては親子間の意思疎通の問題があったり、場合によってはドメスティック・バイオレンスの問題があったり、そういう複合的な状況の中で子供が不就学に陥るという案件がかなり多いのではないかと考えています。  そこで、私なりに考えているのは、多文化ソーシャルワーカーというような仕組みをもっと日本社会で導入していく必要があるんじゃないかということです。分かりやすいイメージでいうと、文化的背景の違う人たちを取り結ぶ民生委員のようなものとお考えいただければよろしいでしょうか、あるいは児童委員、福祉員のようなものでしょうか。  現実問題として言葉の壁がありますし、心のひだに入っていくには日本人がブラジル人コミュニティーに入っていく、かなり難しいことだと思います。そこで、ブラジルの文化背景、社会背景をよく知って、ポルトガル語を使い、一方で日本社会の仕組みもよく知っている人が地域を巡回したり、あるいは不就学の子供が遊んでいるよというような話が出てくればその地域に足を運んでみる、子供と同じ目線で言葉を交わしてみて、少しずつ自分の方に向いてもらって話を聞いてみる、こういうことが必要なんじゃないかなと思っているわけであります。  これも私事で本当に恐縮なんですが、私の老いた父がずっと長く自営業をやっておりまして、民生委員、保護司というのをやっておりました。私も思春期のころに、ちょっと見ると怖いお兄さんたちが家に出入りして、しかし父が彼らと同じ目線で話す中で、子供たちというか、当時青年ですね、ぽつりぽつりと心を開いていくさまというのを目の当たりにしたわけであります。  そういった私の非常に個人的な経験ですけれども、もしこれが不就学の子供たち、非行に足を踏み入れつつあるような子供たちポルトガル語で彼らの目線で話し掛ける人がいればどんなに救われるだろう、少年院に入ってからの出会いではなくて、入る前の出会いがあればどんなに救われるだろうと思うわけであります。  実は、その多文化ソーシャルワーカーというのは愛知県などで導入が、試みが始まっています。是非これを全国的な仕組みとして展開をしていけば、不就学を救うという点で何がしかの効果があるのではないかなと思っております。  次に、学校の可能性ということであります。  私自身、今、岡崎先生がおっしゃられたように、日本学校で多様な文化的背景を持った子供が学ぶことに対して大変積極的な価値を見出しています。実際、私の子供が通った学校もそうでした。一方で、だからこそ、ある種の困難が伴うこともよく知っております。  一つは、現在の日本学校において、子供たちが何の前提もなくいきなり入ってくるわけですね。十月一日、転入一人、ペルーから来ました、ぼんと入ってくるわけですね。これはかなりしんどいことです。先生にも本人にもそしてクラスメートにもしんどいことです。  私、実は先ほど自己紹介で言いませんでしたけれども、二〇〇〇年代に入ってからオーストラリアの多文化主義についても研究しています。元来の専門がインドネシアなものですから、オーストラリアに行ったインドネシア系の住民コミュニティーにインドネシア語で調査をしています。  そうすると、シドニーの学校にインドネシア系の子供が入っていったりするわけですね。言葉は分かりません。どうするかというと、小学校などの低学年レベルでは、学校の中に第二言語としての英語を専門的に勉強して教科も教える先生がたくさんいてフォローします。中学校レベル、中等レベルであれば、いきなり学校に入る前に半年間から一年間くらい、英語を母語としない子供たちを集めて、学校でどんなことを学ぶのか簡単な英語で学校の勉強を学ぶような学校があって、そこで子供たちは英語で教科を学び始めます。学校の文化を学びます。  何よりも面白いことは、その学校の先生たち自身が移民なんですね、あるいは移民の二世、バイリンガルです。さらに、そこには保健の先生というよりもむしろカウンセリングの専門の先生方がいて、この子たちが今どういう状況なのか、どういう壁を乗り越えて、今このタイミングだったら普通の学校に入っていけるというのを十分見極めて学校に接続をしています。  ですから、いきなり入れるという制度に私は非常に難しい点があるのかなと思っています。ですから、プレスクールあるいは初期対応のようなワンクッション置く設備、施設の充実が今地方では始まりつつはありますけれども、日本全国で求められているんだろうなと思います。それができれば、先生のおっしゃられた学校の豊かな学びの可能性はもっと花開くだろうと思っております。  ありがとうございます。
  19. 中山弘子

    参考人中山弘子君) 新宿区における学校での受入れの状況について簡単にお話をいたしますと、新宿の公立の小学校中学校、それから幼稚園については、先ほどのように、必ず、入ってきたら一人一人にその母語を話すネイティブの人の日本語が分かる人の日本語学習支援というのを四十時間、五十時間、六十時間、それにプラス小中学生については二十時間も応援できるというような形でやっておりまして、それで今小学校には三百三人、中学校には百三人の子供が在籍をしています。これは、実は日本語が分からない、でも日本国籍を取っている者はこの数に入っていないというようなことで、もっと多くの必要な人たちが入っているというふうに見ていいと思います。  新宿区の教育委員会では、二十年度からやっぱりいろいろやってきてみた中で、今先生から御指摘がありましたけれども、一番最初に集中的に、新宿区の教育センターの中に国際理解教室でもって一人当たり三十時間程度、最初の対応を、日本語を教えたり、それから日本の文化や習慣を教えるというような、そういった対応を行った上で各学校で受け入れていこうというようなことをやっていこうとしております。それともう一つは、学力の問題については、新宿区がボランティアの方々との共同事業ということで、児童館で夜、学習支援を行っているというような取組を行っています。  保育園を考えていただけるとあれですが、新宿の外国籍の占める割合は一割であるにもかかわらず、民間の保育園のデータを持っていないのが大変恐縮なんですが、民間ももっと受け入れていると思います。新宿の場合、保育園への子供の受入れの率は一四%、何百人にも上っています。  そういうふうに、新宿にあっては、住民サービスとして必要とあれば受け入れてきている。しかしながら、不就学の問題については、外国人登録制度の変更について今検討されているということで来年度には法が出されるということですけれども、ああいったように、世帯主義で転出がちゃんと義務付けられるというふうになれば、就学通知を漏れなく送ることによってできると。学力の問題やいろんな問題はありますけれども、やっぱり現場で受け止めることによってその問題にどう対応していったらいいのかということを私たちはつくり出していくことができると考えております。
  20. 岡崎トミ子

    岡崎トミ子君 ありがとうございました。  十分超過してしまいましたので、毛利先生には後ほど私直接お伺いしますので、申し訳ありません。ありがとうございます。
  21. 田名部匡省

  22. 石井みどり

    石井みどり君 自由民主党の石井みどりと申します。  今日はお三方の参考人方々、本当に現場の声をお聞かせいただきありがとうございます。池上先生、中山区長、毛利様、日本社会が抱えるまさに課題、問題が日本社会に暮らす外国人方々を通して浮かび上がってきたというふうに受け止めております。  私は先日の調査のときに御一緒できませんでした。ちょっとインド、ネパールから帰った直後でしたのでできませんでしたが、私、実は一昨年までは小児歯科の臨床医として働いておりましたので、その経験を踏まえて社会保障中心に伺わさせていただきます。  一部、紙委員の質問と重複するかも分かりませんが、私は広島で働いておりましたので、広島にも自動車産業がございますので、多くのブラジルの方あるいは中南米からの方がいらっしゃいました。本当に、ポルトガル語通訳というか、そういう方の支援はほとんどなかったんです。  それで、私のクリニックでの話ですが、英語にまず訳していただいて、英語の通訳の方は来られたので英語に訳していただいて、そしてそれを私は理解してという、本当にもう大変な作業でした。もう途中から簡単な言葉子供の方が通訳してくれるんですが、専門的なこと、例えば医療制度保険を含めたそういうところとか、専門的な医学知識のところになると子供では無理だったんです。広島市の例えば新宿区がお持ちのようなサービスはあったのかも分かりませんが、決して十分ではなかった。そうすると、私はどういうお子さんも受け入れよう、受け入れるのが私の仕事だと思っておりましたので、そういうお子さんの場合は、普通の日本人のお子さんの三倍ぐらいの予約時間を取って対応しましたが、しかし本当に苦労が付きまといました。私だけではありません。私のスタッフ、受付を含めて本当に大変でした。まあすべての医療機関がそうではないだろうというふうに思っております。  今後、お三方の御指摘の中にすべて課題も、あるいは本当に胸が痛くなるのは、毛利様が子供のために望むこと、労働者のために望むことなんというのは、本当に基本的な、人が人として生きていくための基本的な社会保障を望まれているというので胸が痛くなる思いがいたしますが、ここにもう要望として挙がっていますが、私が伺いたいのは、新宿区あるいは静岡県でそういう今後介護の問題も出てまいります。そういう医療、介護を受けようとするときの言葉のことを含めたサービス体制、こういうことは基礎的な自治体であるやはり地方自治体の役割の方が大きいのではないかというふうに思っております。  それから、まさに社会保障の体制整備ということになると、これは日本社会の今後の在り方、日本のこれからの社会保障の在り方ということも私ども今また考えているときでありますが、まさに日本社会の問題であるというふうに受け止めております。そうしたときに、もちろん制度として取り組まなきゃいけない、日本社会の国家政策として取り組まなきゃいけないことももちろんありますが、地方自治体としてできることと、それから国家政策としてできるということをもう少し明確に分けてお答えいただけると、私どもも、まさにここは超党派でやっていることですから、少しでもお力になれるんではないかというふうに思っております。  以上でございます。よろしくお願いいたします。
  23. 中山弘子

    参考人中山弘子君) 今のお話について思いますのは、国の政策としては制度を的確に、いろいろもう提言されているわけですから、それをつくっていくことであると思います。  あわせて、自治体にあっては、例えば今先生の方から御指摘がありました歯の治療をするというときに、やっぱりその人が仲間を持つということは、仲間で日本語が分かる人から支援を受けるということも必要だと思うんですね。そうしたときに、私ども見ていますと、例えば多文化共生ネットワークというところで自分たちの仲間を知り合ったりそれを支える日本人を知り合う、そのことによって、ネイティブの人で日本語がよく分かる人、その人が一緒に行くことによって通訳になるとか、そういった互いの支え合うということを支援できるというふうに私は考えております。
  24. 池上重弘

    参考人池上重弘君) 私自身地方行政の担当者ではないので、あくまでも地方で生きる者としてという観点でお話をさせていただきます。  先ほど石井先生の、通訳がポルトガル・英語、英語・日本語、途中で子供通訳をしたというのがありました。一見よいようなんですけれども、場合によっては非常に残酷な場面にもなります。私自身がその場にいませんでした、これは間接的に聞いた話なんですが、脳挫傷の子供が助かる見込みがなかなかないという話をお医者さんが日本語で言う、それをその子供が自分でポルトガル語で親に伝えると、大変つらい場面だったろうと思います。  だから、当事者ができるからいいじゃないかという話じゃないだろうと私は思うんですね。やはり医療の場において、医療のプロとしての守秘義務を含めて、専門用語も含めて、トレーニングを受けた通訳が受け手の側の相手の医療文化、広い意味での医療文化の背景を知って言葉を届けるという、そこまでやって初めて本当の医療が異文化間で成り立つと私は考えています。  そこから私が考える地方でできることというのは、やはりプロフェッショナルな医療通訳、質の良い医療通訳をきっちりと確保して、その人たちに安定した働き口を用意することだと思います。安定した働き口というふうに私が言う理由は、そういうポストはあるんですよ。あるんですけれども、なかなかポルトガル語日本語両方できる人が就きたがらない。なぜか。給料が安いからなんです。  私たちは、外国人労働者間接雇用で雇って、使い捨てでいけないと批判しますよね。けれども、市役所で働いているブラジル人のスタッフ、病院で働いているブラジル人のスタッフ、間接的な雇用だったり不安定な雇用だったりするわけです。実は返した言葉が自分に返ってくるわけですね。  したがって、地方でできることは、そういった人材が、例えば病院で働きたい、学校で働きたいという気持ちを持っている人たちに安定した職場としてしっかり働いてもらうような枠組みづくり、これは地方レベルでいろいろとできることだろうと思いますし、先ほどの私の話に引き付けると、企業皆さん社会的な責任を果たす、社会的な貢献をするという場面で力になってくれる部分なのかなと思っております。
  25. 毛利よし子

    参考人毛利よし子君)(通訳) 国民健康保険にも社会保険にも入っていない人たちというのは非常に難しい状況にあります。例えば、浜松では日本NPOがありまして、それが外国人労働者対応しているんですけれども、毎年このNPO労働者を手伝っていました。いつも六人のグループで、お医者さんと心理学者が含まれています。これがただで、無料で検査をして、六百人から七百人の、キャラバンを組みまして検診をします。それは一年間、非常にまだそれでも少ないと思うんですね。  また、大きな問題というのは労災なんですね。最近受けた電話なんですけれども、医師の診断書を翻訳してほしいということだったんですね。なぜかというと、患者さんがブラジルに戻りたいので、そして送ってくださいと言ったんですね。でも、それ何で必要なんですかと言ったらば、実はそれは仕事中の事故だったんだけれども、でも人材派遣会社は、もう働く状況でないので、首になったわけですね。そのときに秘書の人が言ったんですけれども、もう辞めてしまったら何の権利もないと。だから、ブラジルに戻ってブラジルで治療をしたいから、だから診断書が欲しいということだったんです。ただ、診断書が日本語だったので、それを訳してほしいということだったんですけれども。  ですので、市役所の中とか、また労働局の中でもいいんですけれども、外国人労働者を守るような部局があってほしいと思います。また、非常に困難な状況というのがあるんですけれども、この状況は非常にこれからもどんどん続いていくんじゃないかなというふうに思います。
  26. 石井みどり

    石井みどり君 ありがとうございます。  今の毛利様のお話を伺っていて、少なくとも日本は一人以上雇用していれば労働保険入らなきゃいけないわけですから、今のような本当は問題は起こらないはずですが、毛利様の要望のところにも日本の法律を守るとありますので、いかにやはり既存の仕組みをきちんと利用、活用できているかという、そこがまず前提だろうというふうに思います。  今日は本当にありがとうございました。私たちがやるべきことが見えてきた気がいたします。
  27. 田名部匡省

    会長田名部匡省君) 鰐淵洋子君。
  28. 鰐淵洋子

    ○鰐淵洋子君 公明党の鰐淵洋子でございます。  今日は参考人の皆様、お忙しい中、国会までわざわざお越しいただきまして、また貴重な御意見を賜りまして、心から感謝申し上げます。大変にありがとうございました。  まず、池上参考人にお伺いしたいと思いますが、事前にいただいた論文の中で、公営住宅外国人ということでございまして、その調査をしていく中で、外国人日本人が今後どうしていきたいか、どう付き合っていきたいかというところで、外国人の方は積極的にかかわりたいとか少しかかわっていきたいという方が四分の三いるのに対して、日本人は外国人に対して消極的ないし拒否的な姿勢の方が七割いらっしゃったということで、同じ団地内に住んでいながら認識がずれているといった、そういった調査報告を拝見させていただきました。  今、日本地域コミュニティー再生、これ自体も本当に大変な課題の中、やはりこの外国人との共生というのはまた更に大きな課題にはなってくると思うんですが、この課題に対して、先生のこの十二ページの図にもあるんですけれども、自治会自治体企業、これらが連携を取っていく中で、成功とは言わなくても成功に近づきつつあるとか、そういった取組が進んでいる成功事例がありましたら、是非具体的に、こういうことをしてこういうふうに成功して今こういうふうに変わってきたという、そういったことがありましたら是非お聞かせ願いたいと思います。  続きまして、中山参考人の方には、同じくちょっと住居のことでお伺いしたいと思っておりますが。  静岡県とか愛知県ですと間接雇用の方が多いということで、派遣会社が保証人になってこういった公営住宅を借りているという、そういったケースが多いということで、今公営住宅に住まわれる方が多いというお話だったんですが、新宿の場合はまたちょっとケースが変わってくるかもしれないんですが、新宿内の公営住宅、都営住宅、区営住宅があると思いますが、もしこの外国人皆さんの入居状況とか、またそれ以外に、保証人がなくて借りられないとか、なかなか外国人は断られるケースが多いというお話もありましたけれども、実際にそういった方々の住まいの問題ですね、それに対して実態を把握されて、それに対して区としてどのような取組をまた今後考えていらっしゃるのか、もし具体的なお考えがありましたらお伺いしたいと思います。
  29. 池上重弘

    参考人池上重弘君) 御質問ありがとうございます。    〔会長退席、理事岡崎トミ子君着席〕  私の書いた論文、同僚との共著なんですけれども、これはたしか二〇〇二年だったと思います、静岡県焼津市のある公営住宅で行った調査です。  実はその公営住宅は、私たち調査をする前まで非常に日本人側から苦情がたくさん出ていた団地だったです。もうこれ以上外国人居住者を入れてくれるなというような嘆願書も出されたようなところでした。そこで、私たち日本人側と外国人側両方に同じような内容の質問項目の調査を行ったところです。それについて細かい内容は話しませんけれども、日本人側は排除の姿勢が強いのに対して、外国人側はもっとかかわりたいという気持ちを持っていたというのが新たな発見だったわけです。  実はこの話には後日談がありまして、毎年自治会長さんが替わるんですけれども、翌年、当時たしか四十代の若い自治会長さん、たまたまなんですが、大学でスペイン語を学んだという方が自治会長さんになりました。それから随分とコミュニケーションが流暢になりまして、また団地のブラジル人住民からも連絡員のような方が任命をされまして、例えば集会場の利用についてお互いの意見を出し合ったり、少し住みよくなったわけです。  ここで御紹介したいエピソードの一つは、団地で掃除をするんですけれども、側溝というのは皆さんお分かりですよね、水が流れている。その側溝のふたというのはとても重いんですね。その重い板を外すのはなかなか高齢者には難しい。実は一般論としては難しいかもしれませんが、概して言えることは、外国人住民がたくさん入っていく公営住宅というのは条件の悪いところ、狭いところ、安いところです。そうすると、そこにいる日本人住民の方は、これも概してになりますけれども、高齢者であるとか、一人親の家庭であるとか、障害を持った方であるとかという方も多くて、なかなか重いものを持つことができない。それを若い外国人がやることで、自治会長さん、ありがとうね、助かるよと、一升瓶をたくさん入れたコンテナを持って運んでくれてありがとうと言うと、このくらいだったら幾らでもできますよ、いつでも声掛けてくださいと言って、まさに日本社会に来て初めて心からのありがとうを言われたと。それがコミュニケーションにつながっていったという話もあるわけです。  ですから、言葉を交わさないでお互いに反目し合ったままでいるところに何かのきっかけでコミュニケーションのチャンネルができれば、意外とそこから顔の見える関係というのができていくんだという例としてちょっと御紹介させていただきます。  それからもう一つ静岡県で今非常に注目を浴びているのは磐田市にある公営住宅です。先ほどもちょっとお話しさせていただきました。公営住宅、県営なんですけれども、半分が外国人です。階段ごとに選ぶ自治会の役員も半分が外国人で、私その自治会会合へ行きましたけれども、日本語ポルトガル語でやるんです、自治会会合を。回覧板も必ず二言語で回す。  そのときに私とても頭が下がったのは、行政が作る難しい日本語を多少日本語ができるブラジル人も訳せません。そこで、日本人の役員が易しい日本語に直します。その易しい日本語ポルトガル語に直して、さらにみんなが読みやすいポルトガル語に直す。何重ものユニバーサルデザインの心がそこに入っているんですね。そして、二つの言語で必ず回す。つまり、同じ住民である以上、同じ情報に触れましょうというある種の哲学をそこに感じるわけです。  これは、実は自然にできたことではありません。団地の自治会長さんは毎年替わるんですが、その団地を含む広域自治会自治会長さんという人が実はかなりのパワフルな方でして、その方が、そこだけ孤立させてはいけないということで、御自身がまさに、防災訓練のときの先頭役に立ったり、行政に働きかけたりして、御自分で階段回って、一軒一軒回ったりして、現在のような状況をつくって、それが総務大臣の表彰を受けたということであります。これについては、総務大臣表彰を受けたということで十五分ほどの短くまとめたDVDが既に作成されております。総務省で持っているだろうと思います。もし御関心があれば、そちらを是非御覧ください。  以上です。
  30. 中山弘子

    参考人中山弘子君) データとしてお話しできるようなものを持っていなくて大変恐縮ですけれども、公営住宅外国人がどの程度入居をしているかというのは、条件が見合っている場合には入居をしているというようなことであると思います。  それともう一つは、新宿の場合には、新宿に住まっている世帯数とそれから住居の数を比べますと、世帯が住める住居の数というのがそれを上回っているというような状況にありますので、いわゆる例えば外国人に貸したくないという、そういうようなトラブルがあったとしても結果としては住めている。それともう一つは、これだけ多くなってきて、外国人に貸すということもビジネスになっているというような中で、それからまた外国籍の方々も非常に力を持っているというような状況の中で出てきていると思います。  実際に住まっていく中での少しちょっと派生してお話ししますと、トラブルの問題等々で思いますのは、いわゆる住まう中で、今先生の方からお話がありましたけれども、コミュニケーションをしていくことがトラブルを解決していく大きなもと。それで、いわゆる偏見で見るのでなく実態を見ていくというような中で、新宿の場合、すべて日本語ルビ付きという、日本語に振り仮名を振ってあると読める人たちがいる。それから、ハングルと中国とそれから多くの人たちにということで英語で、基本的に四つの言語情報提供をしていますので、そうした中で何をやって見て分かったかというと、ごみ捨場があって、ごみを全部そういうところに捨てていくのは外国人だろうと思っていたら、いや、結果として、徹底して調査をやってみたら、そうではない。まちに寝に帰るだけの愛着を持っていない日本人も同じように同程度に捨てていたんだ。だから、外国人だからそういうことをするのではなくて、地域のルールを知ったり、そういったコミュニティーをつくっていくことが解決になっていくのだというような、そういう状況にまで至っています。
  31. 岡崎トミ子

    ○理事(岡崎トミ子君) 相原久美子さん。
  32. 相原久美子

    相原久美子君 民主党の相原久美子でございます。本日はありがとうございます。  多分ふくそうするような形になるというふうに思います。それで、分野を分けていく必要があるのかなと。労働問題、そして教育問題、そして生活面ということになるだろうと。もちろん、ほかの分野もあるんだろうと思うんですが、ただ、新宿の場合は若干他都市とは違うのかなというような意味合いも私は感じたんですけれども。  それで、まず池上先生にお伺いしたいのですが、多分毛利さんのところでお話しになったブラジル人のいわゆる母国語での学校ということ。  これは、浜松とかそれから愛知の方へ行きましたときにも、恐らく親も子も悩んでいることだろうなというふうに察したんですが、結果、毛利さんのお話ですと、定住される割合が多いと。それから、お子さんに関しては帰られるという意思がないということになると、学校での日本語教育ということが私は主軸になっていくのかなと。ただ、浜松へ行きましたときに伺ったのは、今度は親子との会話が成り立たなくなると、そういう意見もあるということだったものですから、まずお二人にお伺いしたいのは、いわゆる母国語と言われるブラジルとかペルーとかの言葉ということでの教育を重視していくべきなのか、日本語学校ということなのか、これは受け入れる側の体制づくりにかかわってくるものですから、そこを少しお伺いしたいなと。  それから、労働問題は、これは派遣の問題は日本人でも相当数今問題が起きてきておりまして、どうしても直接雇用じゃない部分でいうと、時間外の問題、長時間労働の問題もあるし、それから労災の問題も大きくあるということで、ここは外国人だけではなくて日本人の対応も含めて考えていかなきゃならないというふうに思いますが、圧倒的に派遣が多いということでは、私たちも少しそこは認識させていただかなきゃならない。  それからもう一つ、医療の部分ですね。先ほどおっしゃっていましたように、私も、前回、ちょっと医療通訳部分を取り上げさせていただきました。もちろん、法廷通訳というのも決してきちっと定められた職域になっていて生活できるような形ではありませんからボランティア的なんですが、この医療通訳部分でいうと、先ほど先生がおっしゃったように、やはりきちっとしたプロとしての通訳者、これをやはり養成していくのが本来なのかなとは思うわけですが、これはなかなか難しいことで、専門分野に入ってくる言葉が多いかと思うんですが、それはどういうふうに考えていらっしゃるか先生にお伺いしたいのと、この部分で新宿辺りは何か対応していらっしゃるのかどうかをお伺いできればなと思います。  よろしくお願いいたします。
  33. 池上重弘

    参考人池上重弘君) 幾つもの質問に瞬時に考えるのは難しいんですけれども、まず後の方の質問からお答えしたいと思います。医療通訳についてです。  私自身は医療通訳の経験はありませんが、先ほど毛利さんがちょっと言及されていた浜松での年に一回の無料検診会、そのときにインドネシア語の通訳でボランティア参加をしております。私、先ほどもちょっと申し上げたように元来の専門がインドネシアなものですから、数こそ少ないけれども、インドネシア語で受診したいという方のお手伝いをさせていただいております。そのときに痛感するのは、私程度のインドネシア語では全然医療通訳は務まらないということなんですね。翻訳もしたことがあります。インドネシア語の本を翻訳したりもしていますけれども、そういう分野の言葉社会、文化領域と医療の言葉はほんの小さなこと、例えば炎症という言葉一つ取っても、何だったっけというような感じなんですね。  ですから、これは通訳のプロを養成するというのは、やはり公的な機関との連携が必要だろうと考えます。それは医療専門学校のようなところがいいのか、あるいは大きな病院の中に、公立のという意味ですけれども、養成部門のようなものをつくっていくのか、ちょっと具体的なイメージを私持っていませんけれども、体系的な組織的な養成が必要だろうという認識を持っているということだけお伝えしておきます。  それから、学校のことです。これについては、恐らく毛利さんと私で考えることは違うのかもしれませんが、私なりに考えているところを信念を持って答えさせていただきます。  私自身は、今日本にいる日系人の多くが結果的に定住していくだろうという判断をしております。アンケート調査をすると、帰るつもりだというのがいっぱいあるんですね。ですけれども、フランスの移民たちは、多く七〇年代に来て残ったわけです。フランスについて書かれたある新書の本の中に面白い一節がありました。その人自身、移民の二世なんですけれども、私たちはスーツケースに手を置いて育ったと書いてあるんですね。つまり、居間にはスーツケースがあって、いつか帰るよ、じき帰るよ、スーツケースがシンボルのように、手を置いているんだけれども、結局そのまま大きくなってフランスで生きていく。恐らく、日本日系人が置かれた状況もその形になっていくだろうと思っています。  なので、子供たちに関して私は基本的に日本学校の受入れ体制をしっかりと整えて、根幹的な見直しをして受け入れて、その上で日本社会で生きていく力を身に付けてほしいと思っています、学校教育の中においては。その大前提として、先ほどちょっと申し上げた初期指導のような形が、新宿で行われているような、そういう形がもっと全国的に導入される必要があると考えています。  その上で、母語との話が出てまいりました。先ほど私、オーストラリアのインドネシア系住民の研究をしているというふうに申し上げたんですけれども、オーストラリアの場合、たくさんの移民たちがいます。その移民の言語学校の中でも外国語として学ぶことが随分可能なんですが、それとは別に、コミュニティー言語学校という仕組みがございます。  それは、移民の当事者行政の定めた条件をクリアするようなカリキュラムやプログラムを組んで、先生を集めて、公共の学校の空き教室を使って休みの日に教えるというものなんです。それによって補助金が出ます。インドネシアの例でいうと、インドネシア語をインドネシア系移民の二世の子供たちにインドネシア人が教える。それを公立の学校の日曜日の校舎を使って教えるということなんです。それで、子供の数に応じた補助金、あるいは先生方の研修の費用などが出てまいります。  それだけで十分とは思いませんけれども、日本にいるんだから日本語だけを勉強しなさいと言うつもりはないけれども、私は、学校教育の中では日本語でしっかりと生きていける力を身に付けていただく方がいいのではないか、子供たちのためにもいいのではないかなと思っているし、母語に関しては、学校枠組みの外でもしっかりした条件をクリアしたところには行政が支援する形で、移民当事者による移民当事者言語教育があっていいのではないか、それを完全に任せるのではなくて、条件をクリアすれば公金による支援も行うという形がいいと思っています。  もう一つだけいいですか。  外国人学校において言葉をどうするかという問題なんですけれども、私はここの点は毛利さんと意見が一致します。外国人学校においても日本語で生きていく力を是非身に付けてほしいと思っています。  外国人学校を出た子供たちの多くが帰りません。帰らないです、現実には。あるいは、帰っても戻ってきます。そこを考えると、日本で生きる力を身に付けてもらうべく日本語を体系的に行っている、教育を行っている学校に対しては何らかのサポートをしていくという、そういう線引きが必要なんじゃないかなという気がしています。そうでないと、子供はどんどん育っていきます、劣悪な教育環境の中に置いておくことで、結局子供の貴重な学ぶ機会が失われてしまう。そろそろ私たち日本社会にいる側が外国人学校子供たちにも目を向けていく必要があるだろうなと考えています。
  34. 毛利よし子

    参考人毛利よし子君)(通訳) 教育の問題に戻りたいと思います。    〔理事岡崎トミ子君退席、会長着席〕  日本の政府は、ブラジル子供学校に適応するためにとても投資してくれています。しかし、具体的な成果が上がっていません。なぜならば、問題は非常に複雑で、まず両親に安定感がないということ、それから未来について確たる展望がないこと、両親の仕事関係子供が左右されてしまうと、こういった問題があるからです。それから、当の先生たちが余り関心を示していません。というのは、その子供たちブラジルにいずれ帰るだろうと思っているからです。  群馬県太田市では教育に相当な支援をしています。ブラジル人子供日本で生まれた子供たち、若しくは三歳、四歳で日本に来たけれども日本語を覚えていない、しかし、そういった子供たちブラジル高校へ行って何をしているかというと、学校で折り紙をしているんです。そこで、太田市ではこういったことを真剣にとらえて、教育委員会で、日本の先生でブラジルにいたのでポルトガル語がしゃべれる方が、サンパウロの市役所とコンタクトを取り、バイリンガルの先生を日本に連れてきました。  しかし、日本語を覚えない子供たちの一番の問題は、これは感情的なものなのです。言語というのは、言語だけではありません、ボキャブラリーだけではないんです。何を意味するか、つまり子供自身の中で何を意味するかということが大事なわけです。なので、子供たちの多くは日本語ポルトガル語もちゃんとしゃべれないという状況になってしまいます。つまり、彼らの頭の中で何を考えているかということをきっちりと言葉に出すことができなかったらどうなるでしょうか。  ブラジル子供たちは、その多くがブラジル人であることを恥じています。両親のことを恥じています。両親に学校へ来てほしくないと思っています。両親は学校へ行くことができません。というのは、なぜかというと、仕事があるからです。仕事をしなければお金がもらえません。日給ですからお金がもらえません。そして、学校でもし保護者会に出れば首になってしまいます。なので、こういった問題は非常に深いものであると。子供だけではなく、労働者だけでもなく、コミュニティーだけでもなく、全部を一緒にして問題としてとらえなければいけないと思います。  先生がおっしゃったように私も思いますけれども、恐らくはあのたくさんの人たちのうちの少ししかブラジルに帰る人はいないと思っています。ですから、ブラジル学校でも、子供たち日本語学校に適応せずにブラジル学校へ来ますけれども、日本語をちゃんと覚えていない。しかし、こういった子供たち日本学校で放課後にもし日本語の、日本の文化の授業があったらどうだろうかと考えます。そして、そのときに、例えばブラジル学校に行っている子供たちも参加できたらどうだろうか。そうすれば、子供一つ言葉をよく学ぶことができる。  なぜかというと、私が思うに、子供の問題の大きな部分漢字にあるというふうに彼らは言いますけれども、実は彼らの言語能力では具体的なものから抽象的なものまでカバーすることができないからです。こういった言語の文化的な背景というものが一人一人の中で別の意味を持っているからです。日本人にとって共通であるその内容を、ブラジル人子供も分からなければいけないということです。  翻訳、通訳については横浜にはグループがあって、ミックというグループが、MICというグループがありまして、それは横浜市が運営しているんですけれども、このグループは私も創立当時参加しましたけれども、ここには医者もいるし、通訳者もいますし、講習も行っています。認可されたクラスを持っていて、神奈川県がやっているんですけれども、神奈川県が全部の支払をしています、通訳者の養成をしています。それは、ただ単に言葉を翻訳するだけじゃなくて、倫理の問題もあります、秘密保守という問題もありますし、そういう意味での通訳者の訓練を、養成を行っています。
  35. 相原久美子

    相原久美子君 ありがとうございます。
  36. 田名部匡省

    会長田名部匡省君) 次に、塚田一郎君。
  37. 塚田一郎

    ○塚田一郎君 ありがとうございます。  自由民主党、塚田一郎です。  今日は三参考人の皆様、本当に貴重なお話を承りまして、ありがとうございます。  時間も限られていますので端的にお伺いしたいんですが、池上参考人にまずお伺いしたい点、一点目は、先生の調査によると、ここは、すべてのデータじゃないのかもしれませんが、外国人が集住されている地域というのは割と東海地域中心に偏っているというか、ある程度まとまった地域に住んでいらっしゃるように承るわけですけれども、これは企業のニーズもあったり、いろいろ生産拠点の問題等あると思うんですが、こうした傾向は引き続きそうした地域に集中していくようなトレンドに見ていらっしゃるのか、あるいは、むしろ今後、日本全国にある程度拡散をしていく可能性もあるのか、その辺りのことをもしお分かりになれば御説明をまず一点いただきたいと思います。  もう一点目は、外国の労働者の方が結局長く日本に住んでいただけるようになるかどうかも雇用条件が非常に重要だと思うんですね。そうすると、今の間接雇用というか派遣雇用という状況のままでは、将来先行きに対する不安もありますし、当然日本にとどまるべきか帰国すべきかという、そういった側面が出てくると思うんですね。  一方で、企業の側からすると、外国の皆さんに働いていただくことにはそれなりの理由があって、雇用条件を国内の方とまた少し違う形で雇っていらっしゃったりと、さっきお話があったとおり、終身雇用ではなく割と短期労働力として考えられている。昇給、ボーナス、退職金等々の条件も違うといった点があるんですね。これはある意味ジレンマというか、どちらなのかという部分で、先生は企業の方にこれからもそうした努力をしていただくというようなポイントを、大変貴重な御提言をされているんですけれども、企業の側からすればそういうところがあって、その辺りをどのような方向性に持っていくのが一つ考えられるのか、もしお考えがあれば御示唆をいただきたいと思います。  次に、中山参考人にお伺いしたいんですが、自治体としての受け入れていただいている立場からすると、住民としての外国の労働者の方は当然税金も払っていただくわけですし、地域にとっては貴重な住民である一方で、教育の問題等大変なコストを伴うことでもあるわけで、サービスとの関係からすると、恐らく自治体としては非常に御苦労されているんではないかなと思うんですね。その点についてちょっと忌憚のない御意見をお聞かせいただいて、制度としてどういうところで、あるいは国としてどういう支援の方法論が考えられるのか、そういった点をちょっと御示唆をいただければと思います。  あと最後に、毛利参考人にお伺いしたいのは、ブラジルの実情、私よく分からないのですが、引き続き日本労働に対して、多くの方々がやはり日本に来て働きたいという傾向がこれからも続いていくのか、当然、日本としての受入れをしっかりしていかないとそれも難しくなってくると思うんですけれども、その辺の状況について教えていただければというふうに思います。よろしくお願いします。
  38. 池上重弘

    参考人池上重弘君) なかなか答えるのにやはり難しい質問をありがとうございます。  二つ質問をいただきました。  まず一つ目、現在、日系人の集住地区、地域で出ている問題は、引き続き地域限定の問題でとどまるのか、あるいはもっと広がっていくのだろうかという質問だったと思います。  これはスポット的に広まるということは今後もあるだろうというふうなのが私の認識です。一気に面として全国に広がるということはすぐには起きないだろうと思います。けれども、例えば、生産拠点をどこに置くかというのは、企業は非常に複合的な要因で考えます。なぜここにというようなところにぼんと大きな敷地を買って進出するということはあるわけで、したがって、これまで全くブラジル人登録者がなかった町にいきなり百人、二百人単位でどんと来る、いきなり学校に十人ブラジル人の子が来ましたというようなことが起きるようなことは今後頻繁に起きるでしょう、これは。ただ、それがすべての都道府県のすべての町に均一に起きるかというと、起きないだろうと思います。それはやっぱり製造業の立地ということを考えたときに、日本全国に新たな進出の可能性がすべての町に開かれているわけではないというのがその根拠になります。  しかしながら、一方で、定住型の外国人、特に日本語理解が乏しかったり日本社会についての理解が乏しい外国人地域社会に来るというのは、日系人に限らなければ今後もっと増えていくだろうと思います。今日は割と日系人の話が多いんですけれども、中国あるいは韓国、フィリピン、場合によってはインドネシアなどから人が入ってきて、今後どんどん結婚をして地域社会に入っていくことが増えていくだろうと思います。ですから、雇用の問題というのとはまた別の問題として、生活上の問題を抱えた外国人の存在は、これは面として薄いけれども、少しずつ日本全国に広がっていくだろうなと考えています。  したがって、外国人を迎える日本の多文化共生社会の形成、構築というのは、決して集住地区だけの問題ではなくて、日本全国の課題となっていくだろうというのが私の主張したいポイントです。  次の質問はなかなか難しいです。現実の問題として、外国人就労の機会を得ているのはある種の差別待遇が前提になっているからだということは、私もよく理解しています。しかしながら、それでもやはり声を大にして言いたいのは、やはり同一労働に対して同一賃金、同一待遇というのが原則であろうと。それを認めないでいる日本社会の在り方というのは、世界的に見たときに決して胸を張れるものではないだろうと。世界に名立たる国際的な企業は、自分たちのところではやっていませんというふうにおっしゃることも多いんですけれども、しかし、そういう労働をある種踏み台にして、部品の納品を受けて、コストを削減して世界に羽ばたいているというのを本当に私たちそのまま放置しておいていいんだろうかというふうに私は考えます。  ですから、企業側の論理というのは分かるんですけれども、どんな方向性ということでいうと、もう少し長いタイムスパンでもって物を考えていただければなというのが私の答えになります。  ある派遣会社をやっている方と話をしました。その方は、実はごく最近ブラジル人学校を開校したんです。自分のところに来るというか入りたいという子供のテストをしたんですね。愕然として、とてもじゃないけどこの子は雇えないと言った。なぜか、字が書けない。字が書けないというのは日本語ですか、違う。でも、アルファベットは書けるでしょう、違う。そもそも筆を持って、鉛筆を持って、ある程度の筆圧を掛けて字を書くということができていない。そうすると、たとえ派遣労働者であっても、日報が書けないと。  そういう状況を生み出して、一体企業は、地域社会にそんな子供たちがどんどん増えていって、将来的に労働力の確保ができるんですか。短い一年、二年ではいいかもしれない。けれども、十年、二十年を見たときに、その企業が立地している場所で、つまり地域に愛されて、地域とかかわっている企業は、果たして地域から支えられ、地域から支持されて、地域から労働力を得てやっていけるんだろうか。  そういう十年、二十年というタイムスパンを持って人の投資、社会への投資ということを考えていただければ、目先のコストというのとは別の評価軸、思考軸というのが出てくるんじゃないかなと考えています。  ありがとうございます。
  39. 中山弘子

    参考人中山弘子君) 自治体での受入れに関してなんですけれども、今の多文化共生自治体が行っているまちづくりというのは、現実に対して対応をしていっているわけですね。これは、例えば日本がこれまで外国人にどう開いてきたかというような国の政策があって、その中で新宿の場合には非常に国際化が進み、そして多くの方々がここに住んでいるという中で行っているわけです。  私は、一番大事なことというのは、例えば今、外国人登録法についての改正が進むというのは、あれは是非進めていただきたいと思っています。そうすることによって自治体の受入れも的確にできる。  なぜかというと、例えば目的を持って留学、就学であるとか、それから資格を持った仕事として来ている人たちは、それなりの自分の意思とそれから意欲も目的もあるわけですね。ところが、そうではなくて、いろんな今の動きの中で、親が結婚をした、再婚をした、そういう中で子供が来るようになった、そうした対応のときに一番子供が生きていくための基盤をつくるのは教育です。  ですから、教育という部分を的確にその自治体レベルでしていかなければ、結局、その子供が幸せに生きられないということだけではなくて、地域全体の健全度を下げてしまうというような状況が出てくるわけですので、そういった入ってくるときの初期的な、先ほど母語か日本語かというお話がありましたけれども、私は地域レベルで見ているときに、母語は母語としてその民族社会で大切にしてもらうということと併せて、地域におけるコミュニケーションツールは日本語というところをやっぱり的確にしていくことと、それから学力を付けて生きていけるような、どうあってもその人間が学力を、それで戻った場合にもこの国に対してのいい感情を持ってもらえるような、そういった対応地域社会がしていくことが大事であると思います。  それで、そのためには、国としてのいろいろなそういった教育やそういうものをできるようないわゆるサポート、人材や支援のプログラムについても開発をし、それを自治体がやろうとしたときに、それは自治体状況が違いますから、その状況について対応できるように、多様に対応できるような国の制度になっている支援ができる。ですから、新宿の場合には学校子供たちを受け入れていますので、多く受け入れているところでは、日本語の学級も三クラスもつくっているような大久保地域の小学校もあります。それから、そうではなくて、教員が加配をされて、そして、かつ、申し上げたようなネイティブを付けていくというような対応もいろいろやっていますけれども、そういったことを制度としてできるようなことをしてほしい。  それと、まずは、最初に受け入れるときに、初期的な、新宿も実は今までいろんな情報提供をしてきたんですけれども、二十年度やろうと思っているのが、外国人生活スタートブックというんですか、日本に最初来たときに、こういうことをまずは知ってくださいねというような、もう一度そういう初期的な情報提供から、それで、そこから分かっていったら、個別の情報は保健からごみ出しから子育てから、こういうものがありますよというのを、自分に必要なものを取っていけるような、だから初期のところの対応も、国として最初に考えられるようなそういう支援をしてほしいと思います。
  40. 毛利よし子

    参考人毛利よし子君)(通訳) 私は、こちらの人たちが問題となさっていらっしゃるのはやはり高齢化ということだと思います。その意味では、外国人労働者というのは日本でやはりこれからも必要とされる力であろうというふうに考えます。しかし、それにはやはり必要なのは明確な政策です。そしてまた、外国人の側も自分たちの権利と義務が何であるかということを知らなければなりません。  外国人の側にも不安はたくさんありますが、ブラジル人についていえば、例えば四世は日本労働に来るためのビザが下りません。すなわち、四世がいる場合は家族が別れて住まなければならないということです。そして、このことがこちらに住んでいるブラジル人たちに非常に大きな問題をもたらしています。すなわち、家族がばらばらになってしまうということです。この問題を、お願いです、もう一度見直してください。  一方、十年、十五年ぐらい前ほどは私たち状況は良くなっていません。なぜならば、給料が上がらないからです。そのためには残業をしても、前は基本給が高かったのでそれなりのものがもらえましたが、今は基本給が下がりました。また、女性の労働もあります。非常に基本給が低いです。  そしてまた、ブラジルの通貨が今高いという状況も実はありまして、ドル換算にしますと日本の給料が目減りしてしまうと。そしてまた、ブラジルの側は経済的にも大分安定してきまして、経済が成長してきています。ですので、私の意見としては、こちらに住んでいる人たちも、特に子供たちはもっと安定感を持って、良い条件で暮らし、学んでいければ日本のためにも役に立つと、私はそう思っております。
  41. 田名部匡省

  42. 大河原雅子

    大河原雅子君 民主党の大河原雅子でございます。  参考人の皆様、長時間ありがとうございます。  私は、やはり外国からいらした方が日本という国で働き、暮らしていく、しかも家族とともにということがあればなおさらのこと、大変厳しい環境の中におられて自尊心も傷付けられ、アイデンティティーにも不安を持つということが非常に大きな課題だろうと思います。国の経済政策の失敗と私は思いますが、そのしりぬぐいを自治体が今、地域が押し付けられているような印象を受けているところなんです。  それで、まず第一点、毛利さんにお伺いしたいんですが、シスターでいらっしゃいます。心のよりどころ、どんな環境にあっても自分らしく生きていくと、しかもブラジルの地を誇りに思って暮らしていくためには、恐らく教会ですとか特別なグループというのも大きなサポート力があるんだと思うんですが、その点はなかなかうかがえませんでしたけれども、いかがでしょうか。  私は東京出身の議員でございまして、事務所がちょうど中山区長がいらっしゃる新宿区内、大久保の町などを見ておりましても、コリアンタウンの中に教会がたくさんございます。そういった意味で、カトリックの教会の役割ですとかNPO、NGOの皆さんの役割、連携、こういったところを毛利先生はどのようにお考えになっているのか。  そしてまた、池上先生にもお伺いしたいんですが、先ほど多文化ソーシャルワーカーということに言及なさいました。こうした具体的なサポーターの養成という、そういった面についてももう少し詳しくお話をいただければと思います。  そして、最後中山区長、外国の籍が、国籍が異なるということで新宿は大変特殊かなと、ほかの集住都市とはちょっと違う課題があって。その中でも、もう古くからということがあると高齢社会、介護などの面についても、住民サービスをする上で、その皆さんが、在日の方たち、中国の方たちの国籍に由来するサポートの力、そういったものもこれから出てくるんじゃないかと思うんですが、その点いかがでしょうか。
  43. 毛利よし子

    参考人毛利よし子君)(通訳) 私は、出稼ぎの人たちが来るのをいつもフォローしていまして、もう日本に来る前から見ています。でも、みんなほとんどが準備をしていないという状態なんですね。前はあっせん業者というのの状況が今よりもひどかったものですから、まず最初やることは、成田に着くとすぐパスポートを取り上げました。ですので、もう全く動けないという状況だったんです。何が起きているのかも分からないし、どこに住むのかも分からないという状態で来ました。それ以降何年もたちまして、私は招待をされて、カトリックの教会に頼まれまして、この人たちを助けてほしいということだったんです。そのために関東地方をよく回りました。  そして、まずは事務所を開いて外国人、いろんな国の、国籍の外国人人たちを助けるという活動をしました。その後、いろいろな市の市役所の中に外国人の相談窓口とかできました。そして、でも多くの場合、職員の人たちもまだ準備ができていない状態だったんです。ですので、どういうふうにして指導したらいいかとか相談にこたえたらいいかとか、まだそういうような準備が整っていませんでした。  私は、家庭内暴力の問題に悩んでいる人にも会いましたし、そのときに市役所に行って援助を頼んだんです、救助を頼んだんですけれども、その女の人と、二人娘がいたんですね。私のことを対応してくれた市役所の職員の人は私に、この子供たちが家に帰ってお父さんと友達になるようにというふうに言ったんですね。でも、このお父さんというのは、体だけじゃなくて、非常に性的暴力も行っていたんです。ですので、全くその職員の人は心理的なこともソーシャル的なことも分かっていませんでした。ですから、私たち対応してくれる職員の人は答えがいつも違ったんです。一つのことに対していろんな答えをしてきました。  ですから、言葉の問題もありましたし、それからグループの問題なんですけれども、ブラジル人のことを援助してくれる、サポートしてくれるグループというのは少ないです。SABJAというNPOは、私たちは非常に長く活動しているんですけれども、私たちの問題はやっぱりお金の問題なんですね。お金がないと私たち活動することができません。まず移動も、旅費も出せませんですし、私たち仕事というのは無料で行っている活動です。無料で相談を受けていますし、病気の人もいますし、ブラジルに送ることもあります、病気の人を。ですので、その旅費とか、お医者さんが一緒に付いていくとか、そしてブラジルの病院に連れていって、そして空港に迎えに来てもらって、それで直接ブラジルの病院に送るということもしています。  ですので、日本の中でそういう器具がないということもありますし、患者の場合は、二人のお医者さんに診てもらわなきゃならないときもありますし、いろんな器具が必要なときもあります。日本でその器具を借りるのは非常に高いです。ブラジルで借りた方が安くなったりするんです。成田に着いて、大使館とか総領事館に依頼して、空港をその医療器具が出ちゃいけないという、空港の外へ出ちゃいけないということがあって、それを、お医者さんがその医療器具がちゃんと動くかどうかというのを確かめなきゃならないということもあります。  また、労働問題につきましては私たちにとって一番大きな問題なんですけれども、どうか私たちに、何かを変えてほしいと思うんですね。皆さんに、この状況を変えることに皆さんに期待をしたいと思います。
  44. 池上重弘

    参考人池上重弘君) いただいた質問、多文化ソーシャルワーカーについての具体的なイメージということでした。  実は日本の場合は、多文化ソーシャルワーカーについて第一人者の方がいらっしゃいます。石河久美子先生という方です。石河久美子先生が愛知県の多文化ソーシャルワーカーに関しても大きくかかわっておられると私認識しておりますので、是非、詳細については石河先生の本などを御参考にしていただければと思います。  私自身が多文化ソーシャルワーカーという言葉を使うときにイメージするのは、実はオーストラリアの話です。先ほど来、何度も申し上げているように、私、オーストラリアのインドネシア系コミュニティー調査もしております。そのときに出てくるのは、オーストラリアの例えばいろんな失業保険制度だとか児童手当などの制度だとか、社会保障制度がありますね、そういう制度と移民のコミュニティーをつなぐ情報の提供者、情報のアレンジ者というとちょっと言葉が違うのかもしれませんが、つまりこういう情報をあなたに伝えたいよ、あなたの場合、状況としてはこうだから、こういうところに行くといいよというふうに伝えてあげるような、そういう情報の配電盤というか、そんな立場多言語を介して行う人をイメージしています。  オーストラリアの場合ですと、例えばそういう人は、日本でいうと国際交流協会のようなところで週に一日、二日、電話相談の窓口にも就きます。一方で、学校の空き教室を使ったようなところで、子供を連れたお母さんたち、インドネシアのお母さんたちが集まる場をオーガナイズして、組織して、そこに出掛けていって、お母さんたちと版画をやったりお料理を作ったりしながら、最近どうというような話を聞いて、いや、実はお友達でDVに苦しんでいる人いるみたいなんだけどと言うと、そこをちょっと話を聞いて、DVに悩んでいる人にはこんなサービスがありますよというのを伝えてあげたりすると。ですから、一か所にとどまっているのではなくて、自分も外に出ていくというイメージであります。  それから、家族と直で対応するというのはもちろんあるんですが、幾つかの家族が集まるような場を自分たちでオーガナイズして、そこに情報を流したり、そこから情報を吸い上げたりというふうなことです。  御質問にあった養成についての具体的なイメージということですけれども、現状日本制度からいうと、恐らく県や大きな市の国際交流協会が担っていくというのが具体的な方法なのかなと思っています。実際、愛知県の場合も、県の国際交流協会の入っている建物の中にそのソーシャルワーカーの方がいらっしゃると私は理解をしているんですけれども、NPOのような形でいくのがいいのか、国際交流協会のようなところがいいのか、いろいろな方法はあると思いますけれども、現状日本では国際交流協会の場でノウハウを身に付けて出かけていくという形が良いのかなと思っています。
  45. 中山弘子

    参考人中山弘子君) 新宿における外国籍の方というのは非常に若いんです。三万一千四百六十一人のうち六十五歳以上の方はたった八百五人なんです。ですから、いわゆる介護の問題とかそういったものについては、三ページの外国籍住民に関する統計というのを御覧いただきますと分かりますように、新宿で外国籍の人が増えてきたのは、八五年以降急速に増えたという中で、新宿の住民高齢化率を外国人によって下げてもらっているというような、そういった状況なんですね。ですから、新宿の成人の集いというのをやりますと、もちろん外国籍の方にも御案内を出しますと、六人に一人が外国籍です。それは留学、就学で二十歳くらいの方は見えているからなんですね。  ですから、介護の問題というのは、これからでも定住をする人、永住する人が多くなってくる中で出てくると思います。そのときには、日本人と同じ制度の適用をしていくことと併せて、やはりその制度や文化、習慣の中でどういった介護をしてもらうのが気持ちがいいかというようなところについては、やはり私は、ネットワークづくりをしておりますのは、外国籍の人たちがサービスの受け手であると同時に、自分たちが同じ同国人のサービスに日本人と共にかかわるというような、そういった支え合う互いに顔の見える関係を、それで日本人にも理解を進めていくというような、そういったことが考えられるのではないかなと思っております。
  46. 大河原雅子

    大河原雅子君 ありがとうございます。
  47. 田名部匡省

    会長田名部匡省君) 次に、義家弘介君。
  48. 義家弘介

    義家弘介君 本日は示唆に富んだ様々な提言そして現実、ありがとうございました。  その中で、青少年の教育についてなんですが、先ほどからも質疑の話を聞きながら、やっぱり公教育に期待する部分が非常に大きい、まだまだ可能性があると。確かに理想としてはそのとおりなんです。しかし、現実として、果たして今それができるのかという問題に実は一部の学校も含めて直面しているわけですけれども。  例えば、私が生活している横浜なんかでも、全校生徒の四人に一人が外国人なんていう学校あります。約半数にも及ぶ小学校もあります。その中で、パイオニアスクールという形で特別な補助を教育委員会の方に出しまして多文化共生学校運営をしているわけですけれども、そうなると、今度は逆に日本子供たちが来なくなっていく、別の学校に行ってしまうと。それはなぜかというと、多文化の中で教育されることは非常に意義のあることなんです。しかし一方で、学力の問題ですね、勉強のレベル一定水準の授業が担保されるかというところに非常に保護者たちなんかは気にするわけです。  私自身高校教員をしてきましたが、一人外国人が入ってきました。その子はロシアの子だったんですけれども、これはもう本当に苦労しました。私は社会科の教師ですけれども、ロシア語ができないのは当然なんですが、もうすべて漢字にルビを振る、そして個別指導に膨大な時間を掛けると。一年間だけで、三年生で編入してきて卒業はさせたんですけれども、そうすると、そういう子が三人とか五人とかになると、非常にもう授業の進度自体が遅くなってしまうんですね。  ある先生がこういうふうに私に嘆いていました。三年生の夏に外国の方が転校してきたと。転校してきた中で授業の進度が結局遅くなってしまって、最終的に受験のとき大問題になったというんですね。これは先生の責任は一体どうするんだという大問題にまで発展したなんていう問題があった。  一方で、また別の先生の話を聞くと、とにかく親は一定の働くとかそういった目的を持って来ているけれども、子供は単に連れてこられただけなんだと。そしてその中で、学校に行け学校に行けと言われると。現実には、彼らの中には嫌々来ている。そういった中で、学ぶことを、やりなさいと言われること自体もまた逆にドロップアウトしていく原因の中の一つになっている。さらに、問題を起こしても、家庭訪問をしても親がいないと。夜働いていて、家庭訪問で親と話することさえできない。つまり、当たり前の教育責任を持った教育現状のままではできないんですということを嘆かれる先生もいるんですね。  その中で、もちろん公教育の中で、多文化共生の中でやっていく、すごく理念としては大事なことだし整備していかなければならないんですけれども、現実には教員定数もどんどんどんどん減らされていると、教育予算についても横ばいあるいは減らされつつある状態の中で、果たして公教育にそれだけの体力が今存在するかという、あるいは先生方に存在するかという思いが私自身すごくあるんですね。  そういう意味では、地域学校地域の援助というものが、今新宿区で行われているような地域の援助をより活性化していくこと、過度に学校、公教育に今の現状のままでぼんと下ろしたときに果たしてそれが機能するのかなと憂慮があるわけですけれども、その辺について、区長そして池上先生の御意見を是非聞かせていただきたいなと。  それから、以前、外国人不良グループと呼ばれる連中に接触をしたんです、たまたま機会があって。そのときに、なぜ君たちはこの国でまともに生きていこうという気持ちがないのだという話をしたわけですけれども、こう言ったんです。親みたいになりたくないと。ぼろぼろに働いて何も手に入らない、そんなのはやってられない、かといって僕らには帰るところもないと、だから今みたいな生活をしているんだというような発言をしたわけですが。そういう意味では、皆さんがおっしゃるように、まず親の生活安定、これが初めて希望を示して、そしてこの日本社会で学んでいこうと、そして日本社会にアジャストしながらそういう姿勢へとはぐくまれていくことだと、すごくそれは皆さん意見を聞いていて改めて感じました。  ただ、学校の限界、それについて是非、どのようにお考えになっているか、区長とそれから池上先生に改めてお聞きしたいと思います。よろしくお願いいたします。
  49. 中山弘子

    参考人中山弘子君) 今の御質問の点についてですが、新宿区並びに、まあ新宿は一番多いですからこういった事例をたくさん持っているということですが、東京都の仕組みとしても公教育の中で受け入れるという仕組みを持っていますし、それから人権規約を日本は結んでいる中で、国際的な人権規約を結んでいる中で、これは公教育かかわりたいですと言ったら受け入れるという義務を私たちは持っています。ですから、どうやって受け入れていくかということであると思っています。  先生がおっしゃる、義家委員がおっしゃるとおりの状況が実態はありますから、じゃ、新宿の場合には一人ずつに母語が分かるネイティブを付けましょうとか、それからクラスによっても外国人の児童数に応じてこれは東京都が教員を配置してくる、それから多いところは抜き出してクラスも編制をしているとか、やりようでできるはずです。  それともう一つは、やはり親の生活を安定させるということはおっしゃるとおりでして、それは日本人も外国人もないというのが私は現場で見ていての実感ですね。  そしてまた、今そういう現実がある中で、それではほかにどういう対応の方法があるかといったら、一番的確に対応できるのは、地域の中でしっかり受け止めてその子供能力を育てていくことが、地域社会全体も、池上参考人がおっしゃっているように、結果として定住していく、帰らない子供たちが私も増えていくのではないかなという実感を持っています。であれば、健全な市民、それから生きていける、子供たちを大人にするための努力をすることが先決であって、公教育は十分そういった受入れの体制をつくればできるということであると思っています。  そのために、新宿はこの四月から、学校でぱらぱらぱらぱらその時期によって、ああ、また入ってきた、また入ってきた、もう学校で何人も抱えるわけですから、それを、まず入ってきたときには教育のセンターでもって受け止めたものを学校に受け止めるような二段階のシステムをつくろうとしているところです。
  50. 池上重弘

    参考人池上重弘君) なかなか挑発的な質問をありがとうございました。  実は、同じことを私も多々現場で聞いております。先ほど、団地で、公営住宅で半分は外国人だというところの学区内の小学校の校長先生も、最近会うとその話をされるんですね。つまり、日本人の子供の学力低下の方が問題だという話です。それは現状としてあると思いますけれども、まず外国人子供の受入れについては中山区長がおっしゃったとおりで、これは私たち現状がこうだからやめようとか、そういう話にはなりようがない、受けて立つしかないわけであります。  確かに教員の数も減るし予算も減るけれど、それは教員の数と予算なのであって、それ以外の資源をどう学校に投入するか、別な言い方をすれば、どういうふうに学校を開くかという視点を持ったときにまた違う次元が開けてくると私は考えています。  実は、先ほど申し上げた公営住宅、五〇%以上外国人学校では、もう地域のおじさん、おばさんが学校に来て、外国人子供が、取り出し教室というんですけれども、日本語を読む横にただ座って、ポルトガル語全然できませんけれども、うんうん上手だね、うまいなと言ってあげる。それだけで子供は随分とやる気が出るんですね。自己効力感、自分の力の効力感ですね、自己効力感というのが、もしかすると小さな子供たちにとってはある種の学びの、何というんでしょう、明かりに灯をともしていく力になるのかもしれないと思っています。  ですから、大枠として、マクロで見たときに教育の予算が減っていく、教員の数が減っていくということは私もよく理解しています。だからこそ、発想を逆転して、地域の資源、広い意味での資源ですね、人を入れて、地域の人に、まあ斜めの人間関係なんという言葉を使っている方もいらっしゃいますけれども、学校を開いていく必要があるんじゃないか。  それは、実は私は、外国人施策というのは外国人のためではなくて、外国人も含めた日本社会のことを考えることだと先ほど申し上げました。外国人子供の横におじさん、おばさんが座ってうんうんうなずいてくれる。日本子供だって聞いてほしいわけですよね。聞いてもらって、おお、いいねと言うと日本子供もうれしいと。それは、ひいては外国人のためではなくて、外国人のためにやったことかもしれないけれども、全体のためになっていく。ユニバーサルデザインの言わば教育版になっていくのではないかなとも思っています。  それから、不良たちのことですね。先ほど来申し上げているように、私の子供の同級生も何人かがいわゆる不良になりました。やっぱりかというやつもいるし、あいつが何でというのもいます。そのときに、私すごく残念だなと思うのは、ロールモデルにうまく出会えなかったのかなと思うことです。役割モデルとも言います。頑張ってこんなお兄ちゃん、お姉ちゃんみたいになれるんだ、私はなれるかもしれない、横にいる大人が頑張ってなってごらんって言ったら、子供は案外なれるかもしれないんですね。そこで、外国人の保護者向けの進学の説明会だとかも大事なんですけれども、やっぱりその場で、実際に高校進学したあるいは大学進学したお兄ちゃん、お姉ちゃんの姿を見てほしいと思っています。  ちょっと私事というか、大学の宣伝になっちゃうんですが、今年、皆様御存じのように二〇〇八年、一九〇八年から百年たちました。日伯移民百年です。私たち大学浜松にキャンパスがございます。文化芸術大学といって大学にギャラリーもございます。実は、日本全国で昔の移民した当時の写真を展示する写真展はいっぱいあるんですけれども、私たち大学三つの側面で写真の展示をします。昔の写真、今のブラジル日系人の写真、百年たって成功しているじゃないか、頑張ったじゃないか、そして三つ目として、今の浜松ブラジル人の写真を、ブラジル人子供たちとうちの大学生が一緒にコラボレーションしながら撮っていこうと思っているわけです。  実は、私たち大学に今度三年生になるブラジル人の学生がいます。彼を言わばロールモデルとしてブラジル人の中学生たちの前に立ってもらって、頑張れば彼のようになれる、頑張って地元大学で学べる、しかも日本大学生と一緒に作業をしながら自分たちのルーツをたどるような、そういう一つの展示をすることで、頑張ってあのお兄ちゃんみたいになろうというような気持ちになってくれればなというささやかな実践でもあります。  ですから、親の生活安定、就労の安定、これはもう第一の条件であります。と同時に、ロールモデルをいかにうまく示してあげるか、そしてロールモデルと一緒に何かをするというような機会をつくってあげるのが限られた資源の中で私たちができる一つの方法なのかもしれないと思っております。
  51. 義家弘介

    義家弘介君 確かに理念としてはよく分かるんです。でも、例えばその言葉をしゃべれる先生を学校に入れる。じゃ、英語も中国語も韓国語もポルトガル語もというようなことさえ起きていくわけですね。そしてまた、学校というところは、生活指導をしたりあるいは向き合ったりするだけではなくて、指導要領に定められている一定レベルの学力を担保するため、それを目的としている場所でもあるわけですよね。  そことの整合性の中で今のおっしゃることを考えていくと、教育システムの再構築がまさに必要だろうと。単純に現状に合わせるんじゃなくて、その構築自体を、ある程度考え方を柔軟にしながら、こういうケースの場合はこういう体制を整えるというようなシステム自体を今、このまま多くの外国人子供たちがどんどんどんどん増え続けていく、教育現場学校現場に来るということになれば、単に今までの、今の対応ではなくて、それを前提、仮定とした上でのシステムづくりというのがそろそろ必要になってきているだろうなという問題意識の中で今投げかけた質問だったんですけれども、非常に分かりやすく、ありがとうございました。
  52. 池上重弘

    参考人池上重弘君) 一言だけ。  まさにそのとおりだと思います。教育のリストラクチャリングが今求められていると思います。それについては、実は外国人集住都市会議現場からの声を提言の中で出しています。是非それを先生方にもお読みいただければなと思っております。少し具体的に言うと、教育大学の課程において例えば多文化共生の課程を学ぶとか、言葉ポルトガル語を学んだ先生をつくろうとかいろいろ書いてありますので、それを是非御覧いただければと思います。
  53. 毛利よし子

    参考人毛利よし子君)(通訳) 私は今のお話を伺っていまして、本当に今言ったとおりだと思います。  日本人の学力が低下するということは好ましいことではありません。でも、具体的な資料というものを見なくちゃいけないと思うんです。日系人というのは普通の学力を持っています。知力を持っています。また、日本政府は、外国の子弟の教育分野に投資をしています。ただ、成果が出ていないんです。ですので、戦略を、ストラテジーを変えなくちゃいけないと思います。恐らく、研究グループというのをつくって、専門家を招いて、ブラジルの専門家を招いて研究する必要があると思うんです。日本の中にもいろいろな能力のある人たちがいると思いますので、そのグループの一員になっていただいて研究をする必要があると思います。  もう一つのサジェスチョンとしましては、特別のクラス、それぞれの地区ではなくて、子供たちが一年間適応する期間を設けて、日本語をまた日本の文化を学ぶことが必要だと思うんですね。日本でドクターコースをやるような感じなんですけれども、まず一年間の準備期間を設けるということも必要なんじゃないかと思います。  また、支出につきましては、日本の中での投資をして、もっと調和の取れた社会をつくるために投資をし、また日本のマーケットに対応するための投資をしていくべきだというふうに思っております。
  54. 田名部匡省

  55. 大久保潔重

    大久保潔重君 民主党の大久保潔重です。  今日は本当に三名の参考人皆さん、ありがとうございました。もう時間が押していますので、私からは一点だけ御質問させていただきます。  池上先生の実態調査ということで速報版もお示しいただきました。その中で、外国人労働者皆さんですね、例えば社会保険、医療保険で約二六%未加入年金が約五割ということであります。雇用保険は未加入四三%ということであります。医療保険、これは今実際、国内の医療制度も何か崩壊寸前で非常に怪しげな状況であります。また、年金に至っては非常にひどい状況でありまして、そこの部分をやっぱり外国人皆さんに負担というのもいかがなものかという気はして、これ非常にこれから先難しい問題になってくるだろうと思いますけれども、納税ですね、納税の状況、何か把握をされておられますか。
  56. 池上重弘

    参考人池上重弘君) 私は市役所の職員じゃないもんですから、数字を用意してお答えするということはできません。  ただ、納税が滞っているという事実はしばしば新聞報道などでも出されています。今検討されているところの外国人の登録制度が変わることによって、その納税についても権利と義務の、まあ義務の方をきっちりと果たしていただけるということも行政担当者からは歓迎されているというふうに考えております。  これはむしろ、もしかすると中山区長の方がよろしいのかなという気もいたします。
  57. 大久保潔重

    大久保潔重君 続けて、中山参考人、新宿の方はちょっとニューカマーと別で、やっぱり朝鮮半島とか中国の方が多いということでありますけれどもね。
  58. 中山弘子

    参考人中山弘子君) いや、ニューカマーなんですよ。
  59. 大久保潔重

    大久保潔重君 ああ、やっぱりニューカマー。
  60. 中山弘子

    参考人中山弘子君) ええ。
  61. 大久保潔重

    大久保潔重君 なるほど。その辺は、特に外国人の納税状況等を。
  62. 中山弘子

    参考人中山弘子君) 外国人については、サービスも私たちは同じように提供するけれども義務も果たしてくださいということで、社会保険にも、国保だったら入ってくださいと、こうやっているわけですね。  それで、実は、大久保地域等々においては外国籍の方々の経済活動の方が活発になって、元々日本の商店、経済活動の方が厳しくなる。私は、フェアなところでやっていただかないといけない、それはどういうことかといったら、納税もちゃんとしていただく、それからルールは守っていただく。そのためには、区民税は、いわゆる所得税をまず押さえていただいて、それに伴って区民税が出てきますので、私は税務署長さんが替わるたびに申し上げているのは、税をしっかり把握して取ってくださいねと言っているわけです。ですから、納税はそれなりにされていたり、でもなかなか把握がしにくい。制度も違っている人たちに、言ってこなければ自分たちで納める義務はないと言っている国もあるとか、それは事実かどうか分かりません。  そういうこともあるようですが、私は、やっぱり何といっても、この国で暮らすルールを彼らに分かってもらう十分な情報提供それから相談の場所、そういったものを整えながら、地域住民、国民としての義務を果たしてもらうようにしていくことが重要だと思っております。
  63. 大久保潔重

    大久保潔重君 ありがとうございました。
  64. 田名部匡省

    会長田名部匡省君) 質疑も尽きないようでありますが、予定の時間も参りましたので、以上で参考人に対する質疑は終了いたします。  参考人皆様方には、長時間にわたり貴重な有意義な御意見をお述べいただきまして誠にありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見につきましては、今後の調査参考にさせていただきたい、こう思います。本調査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。  本当にありがとうございました。(拍手)  次回は来る二月二十七日午後一時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。    午後四時三分散会