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2008-02-13 第169回国会 参議院 国際・地球温暖化問題に関する調査会 第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成二十年二月十三日(水曜日)    午後一時開会     ─────────────    委員異動  二月十二日     辞任         補欠選任         今野  東君     中村 哲治君     ─────────────   出席者は左のとおり。     会 長         石井  一君     理 事                 広中和歌子君                 室井 邦彦君                 川口 順子君                 野村 哲郎君                 浜田 昌良君     委 員                 浅尾慶一郎君                 工藤堅太郎君             ツルネン マルテイ君                 中村 哲治君                 松井 孝治君                 松岡  徹君                 峰崎 直樹君                 山根 隆治君                 荒井 広幸君                 神取  忍君                 島尻安伊子君                 牧野たかお君                 丸山 和也君    参考人        ブリティッシュ        ・カウンシル駐        日代表      ジェイスン・                 ジェイムズ君        ドイツ文化セン        ター所長東ア        ジア地域代表   ウーヴェ・シ                 ュメルター君        在日米国大使館        報道官      ディビッド・                 M・マークス                 君        在日フランス大        使館文化参事官  アレクシー・                 ラメック君            (通訳 池田  薫君)            (通訳 蜂屋美季子君)     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○国際問題及び地球温暖化問題に関する調査  (「日本国際社会における役割リーダーシ  ップの発揮」のうち、日本発信力強化(諸  外国発信現状国際放送を含む活動概要、  体制戦略等))について)     ─────────────
  2. 石井一

    会長石井一君) ただいまから国際・地球温暖化問題に関する調査会を開会いたします。  委員異動について御報告いたします。  昨日、今野東君が委員を辞任され、その補欠として中村哲治君が選任されました。     ─────────────
  3. 石井一

    会長石井一君) 国際問題及び地球温暖化問題に関する調査を議題といたします。  本日は、「日本国際社会における役割リーダーシップ発揮」のうち、日本発信力強化に関し、諸外国発信現状について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。  本日は、ブリティッシュ・カウンシル駐日代表ジェイスン・ジェイムズ参考人ドイツ文化センター所長東アジア地域代表ウーヴェ・シュメルター参考人在日米国大使館報道官ディビッド・Mマークス参考人及び在日フランス大使館文化参事官アレクシー・ラメック参考人に御出席をいただいております。  この際、一言ごあいさつ申し上げます。  各参考人におかれましては、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。  本調査会では、「日本国際社会における役割リーダーシップ発揮」について重点的かつ多角的に調査を進めておりますが、本日は、日本発信力強化に関し、諸外国発信現状について、それぞれの国の国際放送を含む活動概要体制戦略等を踏まえ、各参考人から忌憚のない御意見を賜りまして今後の調査参考にいたしたいと存じますので、何とぞよろしくお願い申し上げます。
  4. 石井一

    会長石井一君)(通訳) 今日は、御出席いただいて大変ありがとうございます。  皆様方に御出席いただくことで今回の調査会の意義が更に高まることができます。  どうもありがとうございます。
  5. 石井一

    会長石井一君) 本日の議事の進め方でございますが、まず、ジェイムズ参考人シュメルター参考人マークス参考人ラメック参考人の順でお一人十五分程度意見をお述べいただいた後、午後四時ごろまでをめどに質疑を行いますので、御協力をお願いいたします。  なお、御発言は着席のままで結構であります。  それでは、ジェイムズ参考人から御意見をお述べいただきます。ジェイムズ参考人
  6. ジェイスン・ジェイムズ

    参考人ジェイスン・ジェイムズ君) ブリティッシュ・カウンシルの駐日代表ジェイムズと申します。本日の機会を下さいまして、誠にありがとうございます。  私のプレゼンテーションは、ちょっと二つに分けていきたいと思いますが、まず最初にブリティッシュ・カウンシル活動概要となって、そして、まあせっかく地球温暖化問題に関する調査会でもいらっしゃいますので、一つの例として我々の気候チャンピオンプロジェクトについてもう少し詳しく御説明したいと思います。  ブリティッシュ・カウンシルは、チャリティーでございます。要するに、政府の一部ではないです。  チャリティーとして四つ目的がございますが、一つ目イギリスに関する知識を広めること、二つ目には各国英語の能力を高めること、三つ目には文化科学技術、その他教育分野協力促進すること、そして四つ目目的は、その他の方法で各国教育の水準を高めることでございます。  そして、世界的にブリティッシュ・カウンシル活動は大きく三つ分野に分けておりますが、これはちょっと英語で申し上げますが、一つ目がインターカルチュアルダイアログです。直訳しますと、異文化間の対話ということになりますけれども、この分野目的は、イギリスとほかの国の間の信頼と理解を深めることでございます。  二つ目プログラムエリアは、英語UKクリエイティブ・アンド・ナレッジエコノミーということですが、非常に翻訳しにくいと思うんですけれども、具体的には、イギリス創造性知識ベースにした経済をほかの国に紹介することでしょうか。これは、一つ目目的とは違って、目的経済的な目的になっています。イギリスとほかの国の経済を活性化することが目的でございます。  そして、三番目の大きなプログラムエリアは、後でもう少し詳しく御説明しますけれども、気候変動になります。  ブリティッシュ・カウンシルは、百九か国、そして二百二十か所のオフィス活動しています。日本には、一九五三年に東京センターを開設いたしました。その後、一九六〇年には日英政府間で文化協定が調印されました。それ以来、ブリティッシュ・カウンシル両国文化交流を推進するための英国の公的な代表機関に定められました。  日本オフィスは、東京飯田橋、そして大阪の梅田になります。スタッフは全部で九十五人程度です。そのスタッフは、もちろんいわゆるバックオフィス財務部人事部とかそういうところもございますけれども、活動しているチームは六つになっています。  一つ目教育チームで、このチーム目的は、イギリス日本大学の間のパートナーシップの仲介、そしてイギリス高校日本高校の間の、スクールリンクスというんですけれども、そういう関係をつくることでございます。二つ目チームは、エデュケーションプロモーション、留学促進です。この目的は、日本人イギリス留学をすることになります。三つ目は、アーツ、芸術ですか、いろいろ日本芸術プロジェクトを行っております。四番目のチームがサイエンス、科学ですけれども、気候変動関連仕事は全部その中に入りますので、後でもう少し詳しく御説明したいと思います。五つ目チームは、英語学習イングリッシュコースですが、このスタッフのほとんどが英語先生です。そして最後には、試験チームがございますが、イギリス大学に入るための入学試験日本で受けることもできますが、このチームのほとんどの仕事IELTSという英語試験です。TOEFLというのが多分日本で有名ですけれども、IELTSイギリスTOEFLに似た資格です。  それはブリティッシュ・カウンシル概要ですが、もう少し詳しくその気候変動の方の今のプロジェクトを御説明したいと思います。  ここで一つ強調したいのは、ブリティッシュ・カウンシル英国大使館もこの分野活動していますが、我々の目的と焦点はかなり違います。  英国大使館目的イギリス政府政策目標サポートすることであって、その仕事は、ほとんどの場合は日本政治家、各省庁、その他公共団体との対話を通じて行っています。大使館イギリス政府立場、それを説明して、日本政府立場イギリス政府に説明して二か国の間の協力促進することですが、ブリティッシュ・カウンシル目的はそれとかなり違います。我々の予算の大部分がイギリス外務省からいただいていますが、チャリティーであるということで我々はイギリス政府から完全に独立しています。我々の戦略自分で考えなければいけないんです。もちろん外務省意見を聞きながら考えますが、独立しています。  ただ、そうはいっても、我々の目的では、私たち活動が全部英国恩恵をもたらすべきだということが目的ですので、イギリス政府のためではないかもしれませんが、イギリス人のための仕事をしなければいけないわけです。そして、気候変動の方では、その世間の認識を高めることは、もちろんイギリス恩恵をもたらすだけではなくて、世界全体に恩恵をもたらすだろうと考えています。  この気候変動分野目的三つございまして、一つ目気候変動を防ぐためのエフォートですか、それに取り組む必要の認識を高めるということで、二つ目気候変動を防ぐための国際協定の実現、そしてその具体的な実施のサポートを増やすことです。三つ目は、ただ普通の一般の人々気候変動を防ぐアクションをするような関係ネットワークをつくることでございます。要するに、我々の目的は、政治家大臣影響をするのではなくて、市民レベルでその議論を活性化することになります。  そして、もう一つ目的は、若い人々自分の行動を変えるように促進することでございます。もちろん、我々ブリティッシュ・カウンシルスタッフもそれと一致したライフスタイルが望ましいですので、社内でも環境認識したライフスタイルをするようなキャンペーンも行っております。  そして、もう一つ、この分野だけではなくて、一般的に原則になっていますのは相互性です。ブリティッシュ・カウンシル目的は、イギリス見方をみんなに説明することというよりは、我々の目的対話でございます。そして、その対話を可能にするネットワークをつくることでございます。ですから、ほかの国にイギリスが提供できることを紹介したいんですが、我々もほかの国から学んで、ほかの国の強いところから恩恵を受けるのも目的になっています。こういう本当の意味でのお互い対話両国の間の長く続くパートナーシップへの道ではないかと考えております。  そして、お手元の資料にあると思いますけれども、日本での今の気候変動分野での大きなプロジェクト国際気候チャンピオンプロジェクトというものですが、一枚の両面コピーをお配りしましたが、このプロジェクトは、日本だけではなくて、神戸で五月に会う環境大臣のG8プラス5の国のほとんどの国でやっております。そして、各国気候変動問題に情熱を持ってはっきりと意見を述べられる若者コンペティションで選びます。そして、この若者に何を言うべきかをブリティッシュ・カウンシルの方では教えません、これはその若者自分で考えて自由ですが。また、私たち目的は、議論を活性化して、この問題への関心を高めることでございます。  今現在、日本コンペティションをやっている最中ですが、今月の二十四日に最終的に十人の若者を選びます。この十人は十一歳から十八歳ですので中学生と高校生ですが、その中から三人に三月の下旬に行われる各国気候チャンピオンミーティングに参加してもらいます。このミーティングロンドンでやります。このロンドンミーティングでは、各国チャンピオンはどういうふうに国境を超えた協力ができるかというのを議論して、英国政府の数人の大臣、うまくいきますと総理大臣とも会う機会になります。  そして、今年の五月に、G8のサミットの前に日本チャンピオン十人全員、それと、ほかの国から二人ずつの気候チャンピオン神戸で、子ども環境サミットイン神戸というのをやりまして、そこで様々な環境関連メディア関連活動をして世界若者からG8プラス5の環境大臣にメッセージを届けることになります。  こういう活動によって、特に本年、日本議長国になっています年ですが、意味のある環境に関する協定になるための圧力を高めるつもりです。また、この協定に関してブリティッシュ・カウンシルは何の見方もないです。何の意見もないです。これは政治家仕事であって、我々の目的はただこの議論を活性化することだけであって、その後はお任せしますということです。  ほかにいろいろ活動をしていますけれども、この気候変動関連のを一つの例として今日挙げました。その例によって少しブリティッシュ・カウンシル活動の御理解をいただければよろしいかと思います。  どうもありがとうございました。
  7. 石井一

    会長石井一君) ありがとうございました。  次に、シュメルター参考人から御意見をお述べいただきたいと存じます。シュメルター参考人
  8. ウーヴェ・シュメルター

    参考人ウーヴェ・シュメルター君)(通訳) どうもありがとうございます。石井先生川口先生、またその他諸先生皆様方、本日この席に伺えて調査会方々にお話しできてとてもうれしく思っております。  ドイツがいかに文化外交政策を考えているのかということでお話し申し上げたいと思います。そして、その媒介となっているゲーテ・インスティチュート役割についてお話し申し上げたいというふうに思っています。時間が短いということで、二部構成でお話ししたいと思います。ゲーテ・インスティチュートは一体何なのか、ドイツ文化政策は何なのか御案内申し上げまして、日本において、また東アジア全体において行っている活動について第二番目に御紹介申し上げたいと思っています。  それでは、ゲーテ・インスティチュートドイツ文化センターを御紹介したいというふうに思います。  ゲーテ・インスティチュートというのはドイツ連邦の正式な機関でありまして、外交文化政策を全世界で展開していく百三十のインスティチュートを八十一か国に持っております。十三のインスティチュートドイツ国内に置いております。これは、政府機関なんですけれども、非営利団体ということになっております。ドイツ語学習促進をやっております。ドイツ国内また国外において、また内外において文化協力も推進しています。また、交流も推進しているところであります。  また、実際、ドイツについての知識を広げるということも全世界的にやっております。文化ですとか政治ですとか、図書館ですとかインフォメーションセンター読書室を通して行っております広範なゲーテ・インスティチュート及びセンターネットワークがあります。バイでも文化センターがございますし、試験ですとか文化センターもありますし、いろんな媒介を通してドイツ政治ですとか教育ですとかを世界発信しております、五十年にわたって。  三つ機関日本に持っております。一番最古のは東京にあるものでありまして、一九六二年にできたものです。その次に一九六三年、京都で、そして一九六四年に大阪で次々と設立いたしました。  八名の人がいます、ドイツから。それから、七十二名は日本国内の人で雇った人たち、ほとんどは日本人。そして、五十名ぐらいのドイツ語を教える人たちもいます。毎年、四千名のランゲージスチューデントがいます。ドイツ語を学んでもらっています。そして、六十から八十ぐらいの文化イベントもあります。そして、日本パートナーといろんなことを連携してやっています。  東アジアにおいては、東京にあるゲーテ・インスティチュート中心ということになっております。そして、ゲーテインフォメーションセンターは平壌、北朝鮮にもあります。二〇一〇年からは、我々の中国インスティチュート、北京、上海、香港、台湾にあるんですけれども、こちらもまたこの地域に属してくるということになります。そして、中国がこの非行政地区ということになるわけなんですけれども。  政府年間予算は大体五億ユーロです。東アジアで五百二十ユーロ、三百七十万ユーロ日本に来ています。基幹的なサポート及びオペレーショナルなバジェットというのは外務省から出ております。大体、トータルの予算の五〇%は外務省から出ております。  ドイツ外交政策の基礎は三つの柱を持っております。政治経済、そして文化です。これが三本柱です。文化政策をもってコミュニケーションの道が開ける、そして平和裏な話合いができる。政治体制が違っても、宗教、文化、また社会的な価値観が違ってもコミュニケーションの皮切りを切れるということで、和解ができる、より良い関係、より良い理解がはぐくまれるというふうに思っています。これは日本だけではないんですけれども、まさにいろんな国と、パートナーシップ、協調の精神を基にしていろんな個人の方、またいろんな機関の方と交流しているところであります。  もちろん、この協力はアーティストですとか知識人教育及び政治機関方々とやっていますけれども、新しいパートナーとも作業をしています。貿易産業、マスコミの方とも交流を深めておりまして、ますます重要性世界的に高まってきています。  東西の紛争が終わった、ベルリンの壁が崩れた、そして東西ドイツが再統一を果たした、九・一一があった、グローバル化が進むということで更にスピードがアップされまして、ITも技術として進んだメディア社会ができてきたということで、ゲーテ・インスティチュートといたしましても、様変わりした世の中で新しい課題に直面しております。  日本東アジア地域がまさにグローバルな展開のトップを行くものでありまして、文化政策協力でもいろんなやりがいのあるものが出てきております。イノベーションに富んだコミュニケーションを駆使いたしまして、今の世の中、未来の世の中にぴったりするような、そして文化多様性を多とし、グローバルな社会でいい交流促進していきたいというふうに思っております。  歴史的に日独政治経済及び文化関係はとても強いものがあります。機は熟しているので、非常に肥沃な土台を更に広げることができると思っております。百五十年も前にドイツが最も日本にとっての友好国の早いうちの国になったわけであります。安倍総理ドイツにいらしていただきました。メルケル首相も来日しております。お互いにステートメントを出しています。日独関係がこんなに良かった年はないということであります。  そして、繁栄を極めたフレンドリーな関係があるわけで、十九世紀にさかのぼって考えましても、ドイツ科学技術分野においてもパイオニアとして活躍し、西が東と会う、東洋が西洋と会うといったような形でお互い東西の国として相まみえてきたわけであります。  今日、堅固な平和及び民主主義の下にオープンで豊かな社会ベースにして我々は生きております。お互いに豊かな文化のヘリテージを持っております。東アジア、特に日本がまさに我々にとって恒久的ないい情報の発信地であると思います。政治経済文化、どれを取ってみましても、インフラはとてもすばらしい形で日本は整備されているわけでありまして、ほかのアジア諸国はとても日本には及べないわけです、世界を取っても。特に文化分野につきましては、強力に緊密な協力関係日本と誇っています。  そして、国際交流基金とはとても仲良くさせていただいているんです、特に日独関係ということでは。そして、日本はもちろん先進工業国であられる。ドイツもそうである。だから、問題についてもかなり共通としているものが多いと思うんです。だからこそお互い対話を進める価値があるわけでありますし、例えば一つ例を挙げてみたいと思います。日常生活のことなんですけど、日本ライフスタイルデザインの話です。  この十年、十五年を見てみますと、日本ライフスタイルというのが様変わりしたと思っております。当初は西欧影響が大きかったと思うんです。一九二〇年代以来ということでアメリカ流文化がはびこっていたと思うんですけれども、今は日本社会における西欧影響ということになると、例えばフランス、イタリア、ドイツといったようなヨーロッパ諸国影響が強くなってくるんじゃないかと思います。  ファッションですとか、はやりの食事ですとか、ワインですとかビールですとか、インテリアデザインですとか高級車、またクラシックな音楽ですとか、みんなその源泉はヨーロッパであって、ドイツのものもたくさんありますが、若い日本世代の人、特に若いアーバンプロフェッショナル、ヤッピーと呼ばれているような人たち及び中産階級、また上流階級人たちはますますヨーロッパ流生活様式に引かれているところ大だと思うんです、日本の国民の方々も。だからこそ、ヨーロッパ中心にあるドイツですとかも非常に日本に対しても関心を高めていると。ですから、文化的な面からも、またライフスタイルといった観点からも是非、日独交流、更に進めていきたいと思っています。  もちろん、言語の中では英語が断トツに日本で重要視されています、外国語として。ドイツ語というのは長きにわたって第二外語になってきたわけです、英語に次いで、日本においては。そして、どっちかというと、ドイツ語に対しては関心が低くなってきた、そして中国語韓国語の方が人気を増してきているといったようなことも聞いております。英語の次には中国語だ、ハングル語だというような世の中になってきたんです、ドイツ語ではなく。  これを受けて、ドイツ語をもっとマーケティングしたい、売り込みしたいというふうに思っているんです。皆さんにドイツ語関心を持ってほしい、特に若者関心を持ってほしいというふうに思っています。マーケティングキャンペーンをやっていくためには、やっぱり何で日本の若い方々が余りドイツ語に興味を持たないようになったのか、原因究明をまずしなくちゃいけないわけなんです。  現実的な理由があると思います。まず、経済はブームになっているのは韓国だ、中国だということでありますし、若いプロフェッショナルにとってもいいマーケットになっているという厳然たる事実もあります。また、それ以外にも認めるべきは、一般的なドイツに対しての関心ということになると、日本若者の方、余り関心高くないですよね。  ドイツイメージ、どういうものでしょうか、若い人たちの間では。どっちかというと、お父さんの世代、おじいさんの世代イメージしか持っていないと思うんです、ドイツについては。だから、ドイツイメージということになると、とてもステレオタイプがいっぱいの、ゲーテですとか、ハイデルベルクだ、ノイシュバンシュタインだ、ローレライだといったような形で、ザワークラフトだったりですとか、ヨハン・セバスチャン・バッハとか、そういうちょっと伝統的な、いい人たちばっかりなんですけれども、余り若者にはアピールしないような人たちイメージが強いんじゃないかと。  実は、ドイツはモダンでエキサイティングでイノベーティブで、とってもハイテクな国なんですけれども、そして多文化の国なんですけれども、この辺のところがまだうまく伝わっていないと。教育レベルが高いし、非常に潜在力があるけれども、若い方には多分理解していただいていないと思うんです。  ですから、是非ドイツに興味を持っていただきたいので、特に若い人たち日本で対象にしていろんな文化行事も開催しています。ユースカルチャーということで、ロックやポップやブレークダンスだけじゃないんです。ヒップホップだけじゃないんです。東京でいろんなことやってますけれども、でも東京のみならず、もっと地方に出かけていって、例えばファッションの若いデザイナーですとか、映画祭ですとかを開催しています。特に、映画の中でも若いドイツ人が主人公になったようなものも選んでいる。ユースサミット若者サミットというのもこの間、東京ゲーテ・インスティチュートでやったばかりです。また、ITですとかいろんな関連の行事もやっています。  二〇〇五年、二〇〇六年にかけては、特にドイツにおける日本年というのがその前にあったので、逆をやったわけなんです。日本におけるドイツ年ということで、そして日本若者の方にもっとより良いドイツイメージを分かってもらうようにいたしました。  それからまた、現在二千五百名ぐらいの大学院生やポスドクの人たちドイツ留学しています。ドイツ人で日本留学しているのは三百五十名ぐらいです。三分の二は大体人文及びアーツ専攻、三分の一は自然科学、理工系専攻ということになっています、日本への留学生の場合には。もちろん、教育分野では日独に交流がございまして、お互いに励み合って更に人数を増やそうとしております。  それから、ヨーロッパはまさに日本にとって経済パートナーナンバーワンになったわけです。アメリカですとか中国を抜いていると思うんですけれども。でも、EUというのは一つの固まりであると、何かもう一つアジアではイメージとして分かっていただけないんじゃないかというふうに思っております。EUとは、一つではないと、文化的にはとても多様なところであるということを分かっていただければと思っております。つまり、私の世代、戦後世代の者というのは、我々はヨーロッパ人だというふうに思っている。ヨーロッパ人だけれどもドイツ国籍の人というふうに思っているわけです。  ですから、当然ながら、私どもから言わせると、ヨーロッパの例えばブリティッシュ・カウンシルですとか、また日仏会館ですとか、またイタリアですとか、いろいろ各国別に主要国が文化インスティチュートを持っているわけです、ゲーテ・インスティチュートみたいに。そして、各インスティチュートを通してヨーロッパ関心を持っていただけるようなことを日本に御紹介申し上げたいというふうに思っています。  官庁、大学、またその他もろもろ、教育機関などを介しまして我々はいつでも情報を発信していくつもりであります。歴史ですとかヨーロッパの経緯ですとか、どうやってこのヨーロッパの統合が成ったのかですとかをお話ししたいと思います。ドイツフランスがどのように和解したのか、またポーランドの教科書委員会ですとか、若者交流プログラムですとか、これは教員の交流プログラムもあるんですけれども、あと、ヨーロッパ全体の教育プログラムということでエラスムスプロジェクトもありますから、いろいろなものを御紹介できると思うんです。  これは、ヨーロッパの専門家、また日本の専門家同士の交流があって実現できたということであり、ドイツがEUに何で統合できたのか、ヨーロッパで再興できたのか、歴史的困難もあったけれどもということをいろいろ参考にしていただけることがあるというふうに思うんです。  日独の友好関係というのはとても大切なものであります。お互いに差異はあるけれども、お互いに歩み寄り、交流していく、だから学ぶところ大である。これを堅固なものに更にいたしまして、お互いに相互的にやっていきたい、そして、それぞれの関係を開発していきたいと思っております。  以上です。  御清聴、どうもありがとうございました。
  9. 石井一

    会長石井一君) ありがとうございました。  次に、マークス参考人
  10. ディビッド・M・マークス

    参考人ディビッド・M・マークス君)(通訳) 御来席の皆様、また国際・地球温暖化問題に関する調査会のメンバーの方々、本日このようなお席をいただいて、大変ありがとうございます。  私の方からは、アメリカのパブリックディプロマシーということでお話し申し上げたいというふうに思っています。  まず、私どもが行っている活動です、パブリックディプロマシーと呼んでいるんですけれども、英語では。御存じのように、九九年にUSIAが国務省と合併いたしまして一緒になりました。そして、なぜそういうふうになったかといいますと、もっとフルにアメリカの情報機関活動をまとめまして、アメリカ政府の政策に合致性を良くしようということであったわけです。そして、USIAを何で国務省に統合したか。チームとして考えたことがあったんですけれども、つまり、政策としてこのパブリックディプロマシーをなぜやるのか、それはアメリカの国益を増進させるためであります。つまり、アメリカについて理解を深めてもらう、そして、外国の人にアメリカから発信をして理解を深めてもらうということだったわけです。  それから、このパブリックディプロマシーというのは、パブリックアフェアーズとはまた違うということなんです。つまり、パブリックアフェアーズといったときの対象というのはアメリカ国内の国民なんですけれども、パブリックディプロマシーというときにはアメリカ国外の人たちが対象であるということなわけです、ただ、厳密にこの二つの言葉をきっちりと使い分けて今使っているわけでもないんですけれども。  このパブリックディプロマシーというのは、六〇年代中盤に初めて出てきた言葉なんです、アメリカで、タフツ大学のフレッチャー・スクールというところで。当時のフレッチャー・スクールの学長は元アメリカの外交官だったんです。この人が言いました。  パブリックディプロマシーというのは、国民の態度に対して影響を与える運動である。そして、外交政策の実行にも最終的には影響を与える。そして、伝統的な外交政策を超えた上での別の形での外交政策である。その他の国における世論形成にも資することができる。民間の利害者団体等にアプローチすることによって、ある一国の外交政策がより幅広い形でほかの国に伝わることができると。そして、外交官、外国特派員等ももちろん外国コミュニケーションするけれども、一般のレベルでもコミュニケートできるということを言ったわけです。つまり、国境を越えた形で情報なりアイデアなりを発信するのがまさにこのパブリックディプロマシーであるというふうに彼が言ったわけです。  つまり、これは、今言うところのソフトパワーに該当することだと思うんです。ソフトパワーというのは、御存じのように、元国防次官補であってハーバード大学の教授であるナイ先生がおっしゃったことなんですけれども、あと、スマートパワーと言われるときもありますよね、ソフトパワーではなくて。最近はCSISがこのスマートパワーという言葉を使っていますけれども、この委員会の方もナイ先生委員長をしている。あと、アーミテージ前国務副長官もこのメンバーに名を連ねていたんですけれども。  アメリカ政府においては、国務省が最高権限を持ってこのパブリックディプロマシーというのをアメリカのために実行している機関であります。少しお時間いただいて、国務省がどういうふうに組織を構成しているのか、どうやって外交政策を実行しているのか、また海外で在外公館としてどのような組織であるのかをお話ししたいと思います。  まず、国務省の中心を成す部分なんですけれども、パブリックディプロマシーについて。これは、パブリックディプロマシーについての諮問委員会というのがあります。これは超党派の議会がつくった諮問委員会であって、任命は大統領が行うわけです。アメリカの政府が行う活動について監視を行う委員会です。そして、外国の国民にどのような影響を与えるのか活動を考える委員会で、この委員会というのはもう五十七年間も活動しています。そして、最終的な提言ですとか報告書は、大統領、議会、国務長官、そして国民に対して定期的に出しています。いろんな委員会が書いた報告書が出ておりまして、国務省のホームページに掲載されています。御覧になってください。  国務省の中にこのパブリックディプロマシー、パブリックアフェアーズ担当の次官がいまして、この人が長となって責任を持って活動をやっています。そして、この次官がいまして、その下に三つの局があるんです。パブリックアフェアーズ局、そして教育文化局、それから国際情報プログラム局というものです。  まず、このパブリックアフェアーズ局というのは、いわゆるマスコミ対応の局なんです、実行局ということで。アメリカは特に努力をアメリカ国内で払っていまして、必ず外国人のジャーナリストがアメリカの政府の情報、またアメリカ政府の政策ですとかについてアメリカ国内のジャーナリストと同等にアクセスを担保するということを方針としておりますので、アメリカの官庁が記者証というのを外国人のジャーナリストに出しています、その記者証を持っていれば身分証明になるということで。  二つフォーリンプレスセンターがあるんですけれども、ワシントンとニューヨークに、それから三番目にロサンゼルスでも本当はあったんですけれども、予算制約で最近閉鎖したんですけれども。  だから、いろんな便宜を外国のジャーナリストに図っているわけです。そして、フォーリンプレスセンターを置くことによって外国のジャーナリストに便宜を供与しています。そして、アメリカの政府の政策ですとかを理解してもらえるようにしているわけです。アメリカの政府の機能の仕方とかを分かってもらっています。主にこのフォーリンプレスセンターの果たしている現在の役割は、外国のジャーナリストの方々にユニークでどっちかというと複雑なアメリカの大統領選挙の仕組みについて分かってもらうようにいろいろ努力しているわけです。  それから、教育文化局もあるというふうに申し上げましたけれども、こちらの主たる業務は文化及び教育交流のプログラムを実施することです、アメリカ対諸外国ということなんですけれども。  最も有名なこの局がやっているプログラムの一つは、インターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラムというものであります。つまり、世界各国人々を毎年アメリカにお呼びいたしましてアメリカの専門家に会っていただく、そしてアメリカ生活を味わっていただくということであります。そして、将来リーダーになりそうな人、これは各分野なんです。政治、ジャーナリズム、その他もろもろということで在外公館が人選をします。そして、現在あるいは昔の二百名以上の国家元首、千五百名以上の今や閣僚になっている人たち、またその他もろもろの今世界のリーダーになっている人、また民間で優秀な経営者になった人たちが参加してくれています。  最初にこのプログラムが日本で導入されたのは一九五三年だったんですけれども、もう今や累積二千三百名以上の日本のすばらしいリーダーの方がアメリカ政府に招待されてこのプログラムに加わってまいりました。このプログラムの卒業生の人たちは、後にノーベル賞学者、首相にもなった、また非常に影響力のある各分野のリーダーになられています。  例えば、日本の国会議員の先生も入っております。いろんな方いらっしゃるんですよ。海部俊樹さん、菅直人さん、小池百合子さん、神崎武法さん、福島みずほさん、そうそうたるメンバーが並んでいます。そして、超党派ということで、党にこだわらず満遍なく呼ばさせていただいております。ほかにも同窓生に立派な人がいます、ジャーナリズムの世界でも。例えば、産経のトップの方、日経のトップの方、朝日のトップの方。また、文化分野では、作家、俳優等々の方がそろっています。今日、外国人が参考人として伺っていますけれども、同窓生の中には、実はジスカールデスタン元大統領も入っている。ヘルムート・シュミットさんも、あとマーガレット・サッチャーさんもそうだったんです。  国際情報プログラム局は、アメリカについての情報を世界発信するというのを目的としております。最近、この局が新しいウエブサイトを作りました。ホームページです。というのは、御同僚がおっしゃったように、ほかの国の方が、このごろますますチャレンジングな世の中になってきた、若い人とのコミュニケーションがなかなかうまくいかないということであるので、もっと若者にアプローチしたいということで新しいアメリカ・ドット・ガブというウエブサイトを作りました。  これは、インタラクティブなウエブサイトとして、主に対象としているのは若者なんです。これは多層型のウエブサイトで、コンテンツはいろんな多岐にわたっております。いろんな若者にリーチアウトできるように、若者からオピニオンメーカーまでいろんな人たちが対象になっています。アメリカの外交政策ライフスタイル文化、ありとあらゆる情報が満載されておりますので、こちらのところで、Eジャーナル、ポッドキャストとか、またライブのウエブサイトのチャットもできます、アメリカの作家、アメリカの官僚とかいろんな人たちと。このウエブサイトは英語及びスペイン語、フランス語、ロシア語、ペルシャ語、中国語、アラビア語でそろっています。  アメリカが在外公館をいろいろ各地に置いているんですけれども、それを通してパブリックディプロマシーを国務省と同じようにやっています。パブリック・アフェアーズ・セクションというのが、広報文化交流部というのが大使館に置いてあります。文化ですとかマスコミ対応ですとかいろんなことをやって、教育交流をやっているところもあります。東京アメリカンセンター日本にありますし、あとインフォメーション・リソース・センターというのもあります。プレスオフィスというところから私、来ているんですが、こちらはメディアイベントをオーガナイズしています。そして、アメリカの政策をマスコミの方に発信しています。  また、マスコミを介してもいろんなことをやっています。一つ効果的なやり方は、大使ですとかその他アメリカ政府の幹部の人たち意見外国のマスコミに対して発信しています、寄稿といったような形なんですけれども。  最近も私どもの大使が寄稿しています。読売新聞に出ています。一月三十日です。児童ポルノ対策ということで寄稿しております、シーファー大使が、一月三十日付けということで。大きな反響を呼びました、おかげさまで。日本の国会議員の方々のみならず、教育者及びその他幅広い児童福祉で活躍なさっている方々からの反応をいただきました。  あと、さらに私のオフィスを通してアメリカの政府高官が来日するときには、その機会を利用いたしまして講演してもらうといったようなことをやってアメリカの政策を広めるといったようなことをやっています、特にマスコミ対応が多いんですけれども。あと、もちろんアメリカ人とかその他の外国人記者とも話すこともあります。  さて、広報文化交流部で教育交流室というのもあるんですけれども、こちらの方は教育交流及び文化交流を主にやっています。国際訪問者プログラムのことを先ほど申し上げました。これは我々が誇るプログラムの一つであり、またフルブライトの制度ももちろん有名なものであるんですが、東京アメリカンセンターを介していろんなプログラムもやっています。多分何名かの方は御招待させていただいたと思うんです、そして御講演いただいたかと思いますけれども、アメリカンセンターの方で。  最後に御紹介したいのがインフォメーション・リソース・センターです。これはレファレンス図書館みたいなものなんですけれども、ありとあらゆるアメリカについての情報を得ることができるような図書館です。もうバラエティーに富んでいまして、いろんな内容がありますので、特に最近はアメリカの選挙制度についてのお問い合わせが多いんですけど。  そろそろ私の時間がなくなってきたんじゃないかと思うんですけれども、最後になりますが、ライス長官もおっしゃっています。二十一世紀においてはパブリックディプロマシーは対話であるべきだ、モノローグであってはいけない、これはすべてのアメリカ人に課せられた義務であってアメリカの政府の専門家だけの仕事ではないということで、いろんなアメリカ政府外の人たちのスペシャリストの助力を得るようにしています。いろんな方の御協力を広範に得るということで、幅広くアメリカの政策、アメリカの生活などを世界発信している最中です。  以上です。  御清聴ありがとうございました。
  11. 石井一

    会長石井一君) ありがとうございました。  それでは、最後にフランスラメック参考人、どうぞ。
  12. アレクシー・ラメック

    参考人(アレクシー・ラメック君) 御紹介にあずかりましたラメックと申します。フランス大使館文化参事官です。  皆様は、既にお手元の資料にありますように、かなり詳しくフランス文化政策又は文化外交について御理解いただいていると思いますけれども、本日は、御依頼のとおり、フランスの外交における発信現状について文化参事官として話させていただきます。  外交というのは、国家同士の交渉又は情報の交換だけではありません。相手の国の政府だけでなく、その国の市民社会に対する活動も行わなければなりません。その市民社会に、自分の国の立場を説明したり説得したり、協力の計画によって親しみを持たせたり信頼関係をつくったりするのは非常に重要です。だからこそ、文化外交あるいは文化発信が重要なのです。市民社会に対する外交に貢献するからです。  では、フランス発信に関する政策をこれから簡単に紹介したいと思います。  フランス文化発信に関する政策は、幾つかの柱があります。第一は、一般の市民をターゲットにしている柱があります。  一つ目の柱は、フランス文化遺産とかフランスのコンテンポラリーなクリエーションを多くの人たちに知らせたり普及させたりするということです。それは、各大使館文化部として当然のように行っている極めて一般的なことです。今年は日仏交流百五十周年の年ですので、特に盛んに行われるでしょう。  二つ目の柱も外国の市民をターゲットにしているものです。それは、フランスの又はフランス語の国際放送です。フランス外務省は、ずっと前からフランス語のラジオとフランス語のテレビチャンネルを支援してきたのです。去年からフランス見方を紹介するニュースチャンネルも始まりました。このチャンネルは、フランス語と英語又はアラブ語で放送するものです。ただ、既に放送が始まっていますけれども、まだ開発途中の段階にあります。  今申し上げたこの二つの柱は、両方とも一般の市民をターゲットにしているようなものです。しかし、次に紹介する柱は、市民ではなく特別なネットワークをターゲットにしているような柱です。専門的なネットワークをターゲットにしたり、そうしたネットワークをつくったり、発展させたりすることは非常に大切です。というのは、こうしたネットワークがとても大きな影響力を担うようになるからです。その意味で、例えば外国留学生を育成するのは重要な役割を果たしています。こういう留学生に対する政策はよく知られている理論で、たくさんの国が力を入れています。  しかし、次に挙げる二つの柱はフランスが特に力を入れています。  まず、フランス人学校のネットワークが挙げられます。世界中に二百五十以上のフランス人向け学校があります。それは、よくフランス・リセと呼ばれています。その国に住んでいるフランス人だけでなく、現地のエリートの人たちも通うような教育施設になっているところもあります。フランス外務省は、毎年三億ユーロの補助金を世界中のフランス人学校に出しています。それは、外務省予算でいうと大体六%になります。  それから、フランス語の普及促進について一言言わせてください。フランス語に対する政策として、世界各国にある大使館は、その国でフランス教育を支援し、フランス語教師の養成に直接貢献し、フランス語能力試験を広めようと努力しています。    〔会長退席、理事川口順子君着席〕  しかし、フランス語の普及のために一番重要な役割を果たしているのは、フランス大使館ではなく、フランス文化ネットワークと呼ばれているものです。このフランス文化ネットワークというのは、フランスの在外文化施設のことです。それは何かと申しますと、世界中にあるインスティチュート東京の場合は日仏学院と言います。インスティチュートとかアリアンスフランセーズなのです。この二つは、歴史的な理由から呼び方が違いますけれども、大体同じような仕事をしています。  こういうフランス文化ネットワークは、世界四百か所にあります。日本でも九つもあります。主な活動フランス語学校としての機能で、全世界を合わせた去年の生徒数は六十四万人でした。そのほとんどが社会人でした。ですが、活動全体を取るともっとたくさんの人たちとかかわっていることになります。というのも、こうした学校での教育方法や教育レベルがフランス語を教えている現地の私立学校や大学影響を与えたり、参考になったりしているからです。ということで、このネットワーク世界中のフランス教育をより効果的なものにしているとは言えます。  一般的に、この文化ネットワークの施設の予算は、授業料とフランス外務省からの補助金が半分ずつです。もちろん、それは国によって違います。とにかく、この文化ネットワーク全体のコストは、フランス国家にとって、大体一億三千万ユーロです。つまり、外務省予算でいうと大体三%です。  以上、フランス政府の優先事項と手段を簡単に紹介しました。  最後に、私たちの哲学、私たちの考え方についてお話ししたいと思います。フランス文化、外交に関するアプローチは、ただ一言に凝縮されます。それは文化多様性という言葉です。これについて一言説明したいと思います。  ここ数年、グローバル化がどんどん進んでいます。この状況に直面して、私たちフランス人から見ると、ある文化がほかのものに支配されてしまうおそれがあったり、全般的に文化が貧しくなるリスクがあるように思います。だからといって、フランスグローバル化に対抗しようとは思いません。そんなことは意味がないのです。  もっと具体的に言うなら、フランス語と例えば英語を競わせようとか、フランス文化製品とアングロサクソンの文化製品と対抗させようというのではありません。我々の考え方は、そうではなく、世界文化という舞台には全員が自分の居場所があるということです。それぞれの文化、すなわち、フランス、アメリカ、イギリスドイツ、そしてもちろん日本文化のそれぞれに居場所があるということです。こうした文化多様性こそ人類の豊かな財産だと思っているのです。  そのために、フランス外務省は二〇〇五年にユネスコの文化多様性条約を採択させました。この条約は、今六十か国以上によって批准され、去年施行されました。目的は、文化政策に正当性を与えること、特に文化的表現の正当性を守り、奨励することにあります。言い換えれば、我々にとっての発信というのは、競争の原理ではなく協力の原理に基づくということです。  例えば、言語の例を挙げれば、日本は今、外国で、例えばフランス日本語を普及させたいと思っています。同時に、フランス日本で、特に高校において第二外国語としてのフランス語の普及も目指しています。両国のこうした努力はお互いに助け合えばもっとうまくいきます。    〔理事川口順子君退席、会長着席〕  最後に、別の例を挙げてみますと、日本外国文化ネットワークを立ち上げようと考えていると聞いています。しかし、実は同じ時期に日本では公益法人改革が行われて、外国文化施設などの法人に新しい規則が課されるようになります。この点に関しても両国お互いに助け合えます。つまり、文化の面の国際関係では、助け合うことこそうまくいく条件だということです。そして、在日フランス大使館はこの精神をとにかく大切にして仕事をしているということを最後に申し上げておきます。  御清聴ありがとうございました。
  13. 石井一

    会長石井一君) それでは、これより質疑を行います。  本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行いますので、質疑を希望される方は、挙手の上、会長の指名を待って御発言くださいますようお願い申し上げます。  なお、質疑の時間が限られておりますので、委員の一回の発言は三分程度となるよう、また、その都度答弁者を明示していただきますよう御協力をお願いしたいと存じます。  それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
  14. 野村哲郎

    ○野村哲郎君 四名の参考人の皆さん方に大変貴重なお話をいただきました。ありがとうございました。  まず最初に、ジェイスン・ジェイムズさんにお伺いしたいんですけど、気候変動について特に取り上げてお話をいただきました。大変興味深く聞かせていただいたんですが、その中で「気候チャンピオンになろう」というイベントがありますが、気候変動については世界といいますよりも日本も大変気にしているわけですが、なぜ若者に、この気候チャンピオンの対象を若者に絞った、十一歳から十八歳というお話でございましたが、なぜこういう人たちをターゲットにされたか、そこのところを少しお聞かせをいただきたいと思います。  それから、シュメルターさんにお伺いしたいんですが、先ほどいろいろお話をお伺いしまして、確かに、私どももあるいは若者ドイツに対する話題というのがなかなか少ないというふうに思います。おっしゃいましたように、何となく古い伝統的なイメージというのが非常にこびりついておりまして、若者をターゲットにしていかなきゃならないというお話でしたが、逆にドイツから見た日本イメージというのを少し教えていただければ有り難いと思いますが、ドイツから見た日本イメージ、そのことについて教えていただきたいと思います。  それから、マークス参考人にお伺いしたいんですけれども、アメリカの発信の内容というのが大変多岐にわたっている。私が非常に興味深く聞きましたのは、一つはジャーナリストへの対応、それからもう一つ国際情報プログラムを通じたアメリカの世界への発信、こういうものがありました。  そこで、我々、日本におりますとなかなか分からないんですが、日本から発信する場合に何を重点的にどのような方法でやればいいのか。この点が日本は非常に弱いよと、アメリカから見て、こういうものがありましたら教えていただきたいと思います。  以上でございます。
  15. ジェイスン・ジェイムズ

    参考人ジェイスン・ジェイムズ君) 御質問ありがとうございます。  なぜ若者かというと、幾つかの理由がございますが、まず、ブリティッシュ・カウンシルの方針としては、一般的に若者をターゲットにしているのは事実ですが、我々の使命は、この場合は日本英国の間の友好な関係を構築することになりますが、その関係若者であるほど長く続く可能性がございます。  そして、もう一つの理由は、大使館は今現在のリーダー、政治家とか官僚をターゲットにしていますけれども、我々はもっと長期的な観点から次の世代のリーダーをターゲットにしたいと思っています。そして、特にこの気候変動のことですが、その悪影響が出るのは大分長期的な話であって、場合によっては私たちの生きている間は余り大きな変化はないので、次の世代からメッセージを届けた方が意味を持つのではないかと思っています。  そして、もう一つの理由は、そういうまだ高校生である方でしたら、まだ会社員になっていない、まだどこの団体にも附属していないということで、素直に自分だけの意見を言いがちではないかと思います。それが一つの理由で、メディアの方の関心が高いでしょう、若い人たちには。どこかの会社の社員が気候チャンピオンになって、私がこう思いますと言ったら、多分新聞とかテレビは全く興味がないでしょうけれども、このプロジェクトはもう既にイギリス国内でやったことがございまして、やっぱり高校生が情熱を示して気候について何か言いますと、メディアのインタビューが可能になりますので、その関心を高める意味では若者の方が効果的だろうというふうに考えております。
  16. ウーヴェ・シュメルター

    参考人ウーヴェ・シュメルター君)(通訳) 野村先生、御質問をいただいて大変ありがとうございます。  できるだけ手短にお答えしたいとは思うんですけれども、ただ、ある一国のイメージをほかの国の人が見たらどうなるのかということになると、この辺、話し出すと非常に長くなってしまうので、手短にお答えできるかどうか分からないんですけれども。  私のスピーチの中で申し上げましたように、非常に長きにわたって非常に伝統的に良い日独関係というのは常にあったわけです。歴史は古いです、もう百五十年以上にさかのぼるということで。特にもう老若男女を問わず、ドイツにおいてはまさにそれが基本となっているんです。対日関係ということを見るに当たっては、伝統的に健康な関係だということで、年齢問わずいいイメージを持っているわけです。ですから、ドイツ人の持っている日本に対してのイメージの土台は、まず友好関係だ、フレンドリーだ、平和的な関係というふうに思っているということです、日本を。そして、平和ですとか自由ですとか、模範になるような民主主義国家だというふうに思っているわけです。  まさにアジアについてそれを見るときには、アジアの最も先進的なところを行っているのが日本だというふうにドイツ人はすぐ思うということです。ですから、日本の方というのは、まず第一番としては、アジアといえば日本というふうに思っているわけです。もちろん、ビジネス界ですと、ちょっとこの五年、十年で変わって、アジアの中でビジネスといえば中国と答える人がいるかもしれないけれども、現在のところ、老若男女を問わず一般的なドイツの人に語りかければ、アジアイコール今でも日本だというふうに答えるはずです、一般的イメージとして。  日本に対しての経験ですとか、私の世代のいわゆる戦後世代の話になりますと、六〇年代前半、五〇年代後半にさかのぼることができると思うんです。そのとき、子供としてトランジスタラジオを初めて見た。そして、これは日本製だということでみんな驚いたんです。余り音質は良くなかったんですけど、でもやっぱりステータスシンボルで、トランジスタラジオを持つということは結構自慢できたことだったんです、若者の中で。  これはちっちゃな例だとは思いますけれども、技術というのがやっぱり日本イメージです。優れた技術を持った国というイメージがあります、ドイツのみならずヨーロッパ全般で、日本に対しては。効率が高いお国、勤勉な国民のいる国というイメージが今でも日本についてはあります。もちろん、世界第二位の経済大国であられると、日本は。ドイツは第三位でしょうかね。ですから、こういったところでもかなり競ってきているんですけれども。  でも、先ほども申し上げたように、現代の世の中においては、日本ドイツというのはもちろん文化的な多様性を誇っている国でもあります。そして、問題もいろいろ共通問題として直面していると。でも、一緒に解決もできるというふうに思っているわけです。おっしゃったように、協力、協調で、例えば生態系の問題ですとか環境問題、気候変動問題、解決できると思います。  最後の点なんですけれども、若い人たちの間では、これはドイツのみならずほかの国も多分そうだと思うんですけれども、東アジアまたアジア全体それからアメリカにも共通で言えることだと思うんですけれども、若いアメリカ人もそうだと思うんですけれども、一つ申し上げたいのは、このごろ日本イメージでファッションデザインというのが台頭してきているんです。  原宿は、もう有名ですね。原宿と一言言えば、例えばヨーロッパのファッション雑誌などを御覧になっていただくと、若くてまだ無名なんだけれども、ちょっとクレージーだなと思うけれども、日本の街頭で撮った若者の服装のスナップがよく載っているわけです。つまり、トレンドセッターに日本のファッションはなっているんです。伝統的なファッションじゃなくモダンでヤングで、ヤングの人たちが好きそうなファッションでは本当に日本がトレンドの発信地世界的になってきたと。これは、まさにグローバルなペースセッターに日本のファッションがなってきたということです。ITと同じぐらいに大事になってきたということなんです。  マイファーストテレビというのはソニーのテレビです。初めてテレビを買ったのは、ドイツ製じゃなくてソニー製だったと。五〇年代、初めて手にしたトランジスタも日本製でした。ITということになりますと、特に娯楽、エンターテインメントの分野で本当に日本は断トツですから、若い人たちみんな、ドイツの人、大好きです、もちろん年取った人も好きですけど。
  17. ディビッド・M・マークス

    参考人ディビッド・M・マークス君)(通訳) 野村先生、ちょっと私、デリケートな立場に追いやられてしまったと思います。  というのは、日本発信するとしてどこが弱いのかということを教えてほしいというふうにおっしゃったんですけれども、もちろん弱いところもあるかもしれませんけれども、シュメルター先生が今おっしゃったように、日本文化は現在のところもう本当にアメリカでも大流行で、大人気を博しているんです、特にアメリカ人の若い人たちの間で。  一九五〇年代、六〇年代を思い起こして考えてみますと、そのとき、東欧ですとかソ連の大半の若い人たちはみんな耳を澄まして、ボイス・オブ・アメリカに耳を傾けていたわけです。でも、ボイス・オブ・アメリカを何でみんなが一生懸命聞いていたのか。別にアメリカ政府の政策を聞きたくなかった。アメリカのアフリカ政策のことを聞きたくなかったんです。何で聞いたのかというと、ボイス・オブ・アメリカを聞いたらアメリカのジャズが耳にできるからだったんです。  ですから、国のカルチャーというのは本当に大きな影響力を持ち得るということなんです。つまり、それが取っかかりとなって、ああ、ジャズがあるからもっとアメリカのことを知りたいとか、みんなが思うようになるということです。いいその戸口になれる、きっかけになり得るということですから、文化的なものというのは。ですから、これを是非念頭に置いていただいて、日本先生方々も考えていただければと思います、せっかくアメリカで日本文化がブームを呼んでいるわけですし。  よく本屋さんに娘と行くと、娘はまず一番どこに行くかというと、漫画のセクションです。漫画の売場に直行してしまう。もちろん、これがアメリカ人の子供たちがみんなそうだとは言いません。私の娘は、もちろん日本人の公立学校に行っているし、日本語もぺらぺらだから、ちょっと普通のアメリカ人の子供とは違うかもしれないけど、でも、若いということは、子供だということはそうですし、もう床に座り込んで漫画に読みふけっているといった状態なんです、本屋さんに行くと。これぐらい日本の漫画が人気を博しているということなので、是非これを御活用いただければと思うんです、きっかけとして。  それから、もう一点申し上げたいのは、アメリカの政府としてもいろんなことを発信しようとしています。かなり努力を払いまして、外国のジャーナリストがちゃんとこのメッセージに、アメリカの内国のジャーナリストと同じ、同等なアクセスを得るように必ず配慮しているんです、政府機関であれ、政治家であれ。やっぱり、国内向けのいろんな発信というのもあると思いますけれども、同時に国外向けにも発信をするということが重要なわけです。国際的な人たち、国外の人にも同じメッセージを聞いてもらうということはその国にとってやっぱり重要なことだと思いますので、外国人ジャーナリストに対しての配慮も一つの留意点になるかと思います。
  18. 野村哲郎

    ○野村哲郎君 ありがとうございました。
  19. ツルネンマルテイ

    ○ツルネンマルテイ君 民主党のツルネンマルテイです。  私の方から三人の参考人に同じ質問をしたいと思います。その三人というのは、欧州連合、つまりEU加盟国からの参考人に質問したいと思います。  シュメルター参考人の話の中で少しありましたが、EUとの協力、例えば文化交流の中で、恐らくそれぞれの国が自分たち交流日本と行われていますけれども、その協力の、この中にあったのは、EUの枠の中での協力も行っています。少し説明がありましたけれども、ちょっと、具体的にはどのようなことでEUとの枠の中で文化交流を行っていますか。  これはすべての三か国の参考人に同じ質問をしたいと思います。
  20. ウーヴェ・シュメルター

    参考人ウーヴェ・シュメルター君)(通訳) ツルネンマルテイさん、どうも御質問ありがとうございました。  私のこの文化センターのみならず、あと二名のヨーロッパの同僚の人も答えてくれると思うんですけれども、私自身のイメージとしましては、努力の幅なり件数なりということでEUの枠組みの中でやることがどんどん増えてきているんです。  この直近の二、三年を見ましても、新しいイベントが開催されて定期的に毎年開催されるようになってきています。例えば、EU映画デーといったようなものもあるわけです。二十七の加盟国のうち二十一加盟国ぐらいが貢献してくれて、映画を供出してくれるわけです。そして、ヨーロッパ映画祭みたいなことを開催しております。  それからもう一つの例として、これ昨年二度目だったんですけれども、多分今後も定期化するだろうと思っているのが日本・EUデザインコンテストなんです。特に有名なヨーロッパの会社がお金を出して、例えば賞金を出すわけです、例えば何日か有名な会社で日々を過ごしてもらうとか。  あと、EUカムズ・ツー・スクールというプロジェクトもあります。昨年二万人ぐらいのいろんな学校の生徒、日本中ですけれども、その子たちの行っている学校にヨーロッパ人が二、三時間訪問しまして、非常に若い子供たちだったんですけれども、学校の、日本の、そして、ヨーロッパ人が直接日本の子供たちにEUについてのことを語りかけるといったようなプログラムを開催いたしました。子供たち、非常に関心を持って話を聞いてくれました。  それからあと、最後の例なんですけれども、日本・EU詩のコンテストがあったんです、ポエトリーということで、詩作、詩歌のコンテストということで。新しい形態を考えているところなんですけれども、今後のコンテストのやり方については。でも、ちょうど二、三週間前にユーニック・ジャパンのミーティングを行いました。ヨーロッパ文化機関というのを日本につくろうといったような構想があるんですけれども、もう既に十一か国が入ってきてくれているんですけれども、EUの加盟国の中で。もっとメンバーを拡大したいとは思っているんですけれども、まだ手掛けているプログラムは小規模なんですけれども、毎年日本の重要なパートナーの方と御一緒にやらせていただいています。もちろん日本におけるEU代表部の人たちとも、協力を得て、日本国際交流基金なんですけれども、その中でも交流が進んでいます。
  21. アレクシー・ラメック

    参考人(アレクシー・ラメック君) ツルネン先生の質問は非常に重要なポイントです。  確かに、このEUのレベルの協力というと、文化の面について多分二つの種類があります。  まず、例えば二つヨーロッパの国が共同でプロジェクトをシェアするというような例があります。先ほどシュメルターさんがおっしゃったように、例えばフランスドイツが共同で去年、歴史、フランスドイツの共同の教科書についてのシンポジウムを行いました。つまり、そういう二つの国が同時に共同で一緒にプロジェクトを例えば日本で主催するということもあります。  あと、今シュメルターさんが詳しく説明したように、EUのレベルでのイベントもあります。映画祭とかブックフェアに参加したりするとか、そういうような例が挙げられます。  実を言うと、まだ数で見ればそんなにたくさんそういうようなイベントを主催していないのかもしれません。ただ、それは恐らく近いうちにどんどん増えていくだろうとは思います。とにかく我々EUの人にとっては非常に重要なポイントです。  先ほどシュメルターさんがおっしゃったように、我々はみんなそれぞれの国籍がありますけれども、市民として、EUの市民です。それはマーストリヒト条約にそういうふうに書いてあります。ということで、これからEUのレベルで主催されるイベントがどんどん増えていくだろうとは思います。  去年、ドイツもEUの議長国になっていたんですけれども、そのときにドイツが非常にそういうような共同のイベントを主催しようとしたんですけれども。フランスも今年の七月からまた議長国になりますけれども、同じようにするつもりでおります。
  22. ジェイスン・ジェイムズ

    参考人ジェイスン・ジェイムズ君) 最後にお答えすると残っていることが少ないでしょうけれども、具体的に何を一緒にやっているかというのはもうお話を聞きましたけれども、一言、その背景に関して少しコメントをしたいと思います。  我々ヨーロッパ各国は、同じ目的がある程度あると思います。ヨーロッパイメージといえば、多分、古い国々ですね。イギリスの場合は、日本でのイメージはお茶、スコッチウイスキー、そしてみんなお庭でお茶を飲んでいるとか、このようなイメージが多いと思いますけれども、実はイギリスはかなりハイテクの現代的な国であるということですが、フランスドイツも同じような問題がある程度あると思いますね。フランスイメージはワインですとかお料理ではあるでしょうけれども、フランスはそれだけじゃないということを伝えたいのは共同な点だと思います。  そして、もう一つ共同なのは、先ほどラメックさんがおっしゃいましたように、多様性重要性ですが、こういうふうに言うと余り良くないかもしれませんけれども、日本にはアメリカの影響が非常に大きいですね。私たちヨーロッパの国として言いたいのは、ほかの可能性もありますよ、英語は同じ言語にはなりますけれども、ヨーロッパ各国のいろんな歴史があって、いろんな言語があって、いろんな違う文化があって、それこそ面白いということを伝えたいのが共同な点だと思います。これが背景にあって、今から一緒にやっていく活動を増やしたいと考えております。
  23. 川口順子

    川口順子君 大変に貴重なお話をありがとうございました。  特に、政府機関であるとおっしゃったドイツのシュメルターさんと、それから、最近国務省にUSインフォメーションエージェンシーを合併なさった、最近といってもしばらく前ですが、マークスさんに最初の質問をお伺いをしたいんですけれども。  何をその国から発信をするかということについては、国内に様々な意見があって意見が多様だと思います。政府の一部として位置付けられている場合に、発信をする意見ないし見方政府と反対の意見を持っている人たち立場をどれぐらい反映をしているか、要するに、政府と反対の意見に対してどれぐらいのリソースを割いていらっしゃるかということをお伺いをしたいというのがまず最初の質問です。  それから、残りのお二人に別なことをお伺いしたいんですが、国内に発信すべき意見についてのいろいろな見方があるがゆえに、それぞれの皆様の組織がやっている仕事についての評価というのも様々になっていくと思います。国民の税金を多少使っているということですと、今、日本でもそうですが、ほかの国もそうだと思うんですけれども、仕事の内容についての評価というものが付いて回るわけですけれども、文化交流だったり政策のパブリックディプロマシーだったりという分野については評価が非常に難しいと思います。だけれども、評価は何らかの形でなされなければならないという観点から、何か評価について、ある基準、メジャーメントを持っていらっしゃるかどうか、お伺いをしたいと思います。  今の二番目の質問については、もしシュメルターさんやマークスさんに御意見がおありでしたら、それも併せて付け加えていただきたいと思います。  以上です。
  24. 石井一

    会長石井一君) それでは、まず第一問目の御質問に対しまして、シュメルター参考人
  25. ウーヴェ・シュメルター

    参考人ウーヴェ・シュメルター君)(通訳) どうもありがとうございます、川口先生。  まず最初の御質問でしたね。例えば、どういうことを発信すればよかったということでしょうか。その反政府的な意見についての取扱いということですかね、どのくらいリソースを。
  26. 川口順子

    川口順子君(通訳) 政府のその主流の見解以外のところで、政府とは違った意見についてどのくらいリソースを傾けているかということなんですけれども。
  27. ウーヴェ・シュメルター

    参考人ウーヴェ・シュメルター君)(通訳) やっぱり自由に意見を言うということが基本なんです、倫理的に考えていても、そして民主主義の根幹であると思うので、発言の自由というのは、表現の自由というのは。もちろん、このドイツ文化センターというのは政府から独立しているんです、政府系の機関とはいっても。ですから、いろんな意見があります。知識人科学者、アーティスト、また公共生活を送っているような人たち意見、内外の人たち意見、幅広くピックアップをするようにしているわけです。  特に六〇年代、七〇年代において、このドイツ文化センターが海外でやっていたプログラムというのは、インテリの人たちに集まっていただいて、別の国で、異文化間の背景の中で、ドイツの複雑な政治状況、独裁体制とか、そんなことについて話を公でしてもらいました。もちろん、反政府的な考えを持っている人たちも呼ばれるわけです。  国内でも問題があったと、例えばドイツで。というのは、政府ははっきりと、もちろん政府予算でやっているんだから、何であえて反政府的な意見を言う人にお金を払ってまで来てもらって海外で意見を言ってもらわなくちゃいけないんだということで疑問を挟む人もいたんですけれども、でもやっぱり、外で言われている声がまたドイツ国内に跳ね返ってくるということは非常に重要だ、参考になるということです。独裁体制下に置かれているような国の人たちほど共感を持ってその反政府的なお考えを言ったドイツ人の声が迎えられたということであります。もちろん、第二次大戦中まではいろんなひどいことが歴史的にドイツであったわけですけれども、いろいろ賛否両論、ドイツについて意見があった、これを幅広く世界中でいろんな人たちが自由に言い合うことができたということなんです。今でもこの風潮は変わっていません。  今は焦点がだんだん変わってきたと思うんです、以前に比べて。例えば、地球の温暖化というのは世界的な問題ですから、ますますこの地球温暖化の問題というのは、六〇年代、七〇年代、八〇年代に比べればずっと大きな問題になってきています。一九八九、九〇年以降、東西の紛争が終わって以来、対立が終わって以来、新しい問題が噴出してまいりました。反政府的な意見なのかといったようなことは余り問題にならなくなったということであります。つまり、その問題に対して反対か賛成かという方が重要になってきて、ある国の政府に対して反対か賛成かということは余り問題にならなくなってきたということだと思います。テーマ別に人々が動くようになったということだと思います。
  28. ディビッド・M・マークス

    参考人ディビッド・M・マークス君)(通訳) とっても興味深い、かつ難しい質問をいただきました。  つまり、政府として、ある意味でどこまで政府意見を同じにしない人たち意見をプロモートすべきかというお話だったんですけれども、シュメルター参考人もおっしゃったように、ここに集まっている者全員、本日はみんな、多様な意見が奨励され、それが強みになっている民主主義国家に住んでいるわけです。  我々は、我々のいろんなプログラムを通して、多様な意見をアメリカ全土で言ってもらえるように奨励しているわけです。もちろん、テーマによっては非常に千差万別の意見が出ているテーマもありまして、ちょっと官僚にとっても難しい局面もあるんですけれども、でも、にもめげず、できるだけうまく対処しようとしています。  例えば、スピーカーズプログラムというのがあるんですけれども、スピーカー、演者を各分野で優れていると思われている人を呼んでくるわけです。例えば、非政府機関のスピーカーをアメリカから呼んで日本に来てもらって、日本の方が御関心を持っているテーマについて話をしてもらう。  例えば、二週間後なんですけれども、今度日本にお呼びするのはアメリカの学者です。いじめに関しての専門家なんですけれども、学校のいじめとか。彼女は世界的に講演を幅広くやってきた経験のある人で、日本の文科省ですとかそういった関係者の方にお話ししてもらおうと思っています。  それから、逆にアメリカに人を連れていくときもあるんです。国際ビジターズプログラムがありまして、招請計画いろいろありますし、あと、民主主義的な価値がまだ普及していないような国、今日のお国ではないですけれども、そんなところが絡むときもあるんです。  例えば、モスクワの大使館に私は勤務していたことがあったんですけれども、そのときは、未来のリーダー交流プログラムというのがとても大事でした。高校生をアメリカに呼びまして一年間留学してもらうんです、アメリカの学校に。ですから若いロシア人が対象です。高校生です。女の子でも男の子でも、現地のアメリカの公立の学校に行ってもらうと。そして、アメリカの人たちの幅広い意見を聞くことができるわけです。  別にイデオロギー的に何だということではなく、もう幅広く正直にアメリカの姿を見てもらおうというのが目的です。アメリカの社会はもう非常に多様性に富んでいる社会ですから、それを素直に理解してもらおうということです、ロシアの高校生に。とってもこれは大切なプログラムでした。どのくらいの予算を使ったかということはちょっと今すぐ申し上げられないんですけれども、でも、反政府的な見解っておっしゃいましたけれども、いつもその政府に反対する意見でもないということです。  いずれにしても、プログラムをやるときには信憑性の足り得るプログラムをやらなくちゃいけないということです。一方的な意見しか紹介しないようなプログラムですと、プログラム自体の信憑性が減じてしまうんです。だれも信用してくれないと、そんなものはということになってしまうわけですから、当然いろんな意見が代表されるようなプログラムになるんだと思います、自然にも。  以上です。
  29. 石井一

    会長石井一君) ジェイムズ参考人、二番目の質問に対しまして、どうぞ。
  30. ジェイスン・ジェイムズ

    参考人ジェイスン・ジェイムズ君) その御質問は、測り方に関してですか。
  31. 川口順子

    川口順子君 評価です。
  32. ジェイスン・ジェイムズ

    参考人ジェイスン・ジェイムズ君) 評価ですね、はい。  まず最初に申し上げなければいけないのは、やっぱり予算は減りつつあるということですね、納税者からの分はとにかく。今から三年間は名目では横ばいになりますけれども、実質ではイギリスのインフレ率を考えますと八%ぐらい減るということですので。  ただ、私たち予算は全部納税者から来ているわけではなくて、チャリティーだということで少しは寄附金ももらえますが、そのほかのパートナーといろいろやっていまして、例えばイギリス大学から資金をもらっていることがありますので、全部納税者のお金ではないというのがまず一つです。  ただ、納税者のお金を使ってどうやって評価されるかというと、これは非常に難しいところでございます。十年ぐらい前でしたらそのようなことは全然問われていなかったと思います。各国の代表は勝手に日本でこのようなことをすればいいということでやっていましたが、少しずつロンドンからのコントロールが厳しくなってきまして、今はいろいろ私たち活動を測ろうとしているんですね。例えば、何人に影響したか、ワークショップをすると何人が出席したかとか、まずそのような数字を世界的に集めてロンドンでまとめているんです。  そして、アンケートが多過ぎるとよく言われますが、ほとんどの場合、ワークショップでも、何か芸術関係のイベントをする場合はその出席者にアンケートを配って、いつも質問として聞きますのは、あなたのイギリスに対する見方がこのイベントによって変わりましたでしょうかということなんですが、実はちょっと社内でこれが批判されることもございまして、例えば試験を受けるときにイギリスに対する見方が変わるわけないでしょうという声もございますが、このアンケートを全部集めてそのデータをロンドンに送っています。そして、いろいろ委員会がございまして、ブリティッシュ・カウンシル仕事をチェックしているわけですが。  そして、イギリスの議員先生もよく各国に、訪問したり、実は来週でも六人ぐらいの議員が日本にいらしてブリティッシュ・カウンシルの方に、私がいろいろ説明しなければいけないですし、私たちの生徒たちと会う機会になりますが、一つ申し上げられるのは、具体的に私がその場で何をやっているかとその議員先生が御覧になると、大体納得してくれると思います。例えば、今回は日本人イギリス留学をした留学生との朝御飯のミーティング、ブレックファストミーティングをやりますけれども、その場合は非常に優秀な、そして英語の達者な日本人と議員が会うことによってやっぱりブリティッシュ・カウンシルがやっている仕事には価値があるという意見になると思います。  ただ、この評価の話はまだ非常に流動的であって、いろんな新しい仕組みが今からも導入されるだろうと私は想像しています。
  33. アレクシー・ラメック

    参考人(アレクシー・ラメック君) フランス文化政策文化外交は、どういうふうに評価するのかというのは今フランスで非常に話題になっています。もちろん、文化の政策というのは非常に費用が高いということです。しかし、今のフランスだと予算の状態がかなり厳しくなっています。ということで、確かに評価するというのは必要となっています。  実は、それは最近のことだけではありません。大体十年、十五年前からフランスでそういうような評価をやっています。それは、どこがそういう評価をするのかというと、まず国会です。国会は、上院と下院の予算委員会が予算のためにそういうような評価をして幾つかのレポートを出しました。  ただ、最近、国会だけではなくて、政府そのものもそういうようなプロセスを始めています。もちろん、文化の政策だけではなくて、全体的にどの政策でも評価しています。基準と言うと非常に簡単です。基準で言うと、効果的なのか、又は国家がしなければ市民の団体ができるのか、市民団体がやっていればもうちょっと安くできるのかというような基準で評価します。今度、外務省文化外交についてどうなるのかということはまだ分からないですけれども、今そのプロセスをやっている最中です。  今のは評価のお話をしたんですけれども、文化政策文化外交の評価について話したんですけれども、あと、実は文化外交の批判について話してもいいと思います。  実は、最初から、文化外交を始めたころからそれは批判されています。フランスで、国会だけではなくて、一般的に幾つかの批判があります。結局、本当に国がこういう施策をやるべきなのかというような批判です。それは非常に役に立ちました。そのおかげで我々の文化政策が変わってきました。つまり、その時代、そのころに合わせて変えてきたんですね。つまり、このプロセス、つまり評価、批判というのは非常に文化外交の将来のために非常に役に立つとは思います、改善できるために。
  34. 島尻安伊子

    島尻安伊子君 大変に興味深くお話をお聞かせいただいております。  私は、特に日本のパブリックディプロマシーの強化ということに関してはもう痛切に感じている一人でございまして、このパブリックディプロマシーを考えるときに、やはり日本語というのを、日本においては、日本が海外においてのディプロマシーを広げていくときに日本語というのが一つのツールになっていくというふうに思うんですけれども、皆様から見て、皆様の国の母国語を教える教員をどういうふうに育成をしているかというのをまず皆様にお聞きをしたいというふうに思います。日本語の日本語教員を育てるという中の一つにプロフィシェンシーテストとかがありまして、そういうテストが各国には存在するのかどうかというのも含めてお答えをいただきたいと思います。  それから、一つ、これは特にマークス参考人にお聞きをしたいと思っておりまして、私、地元というか、沖縄の選出の議員としてちょっとお聞きしたいのが、各国にアメリカの米軍の存在というのがあると思うんですけれども、ここにおいていろいろな事件、事故が起こるというのは否めない事実でありまして、それを考えたときに、むしろそういう地域にこそ民間レベルの外交といいますか、開かれた外交というのは実は必要なのかなと。政府政府のものというよりも、民間の交流というのが大事なのかなというふうに思うんですけれども、この辺のことに関してマークス参考人に御意見を伺えたらなというふうに思います。お願いします。
  35. 石井一

    会長石井一君) それでは、最初のまず第一問に関しまして、ジェイムズ参考人からどうぞ。
  36. ジェイスン・ジェイムズ

    参考人ジェイスン・ジェイムズ君) 英語先生の育成でございますね。  日本には実は英語先生がいっぱいいますけれども、私たちにとっては民間とは余りまず競争したくないわけですので、民間とはまた違うサービスを提供しようとしています。そして、その質が非常に大切だと思っていますので、プロフィシェンシーテストとして私たちが使っていますのは、まずCELTAというものですけれども、これはサティフィケート・オブ・イングリッシュ・ランゲージ・ティーチング・ツー・アダルツの略ですが、これは多分二、三週間ぐらいの集中コースでして、その後試験を受からないとこの資格はもらえないということです。  そして、国によって違うと思いますけれども、日本でのブリティッシュ・カウンシル先生は少なくとも二年間の経験を必要とします。よくありますのは、その最初の二年間はほかの英語学校の先生であって、その後はブリティッシュ・カウンシルで卒業するという形が多いと思います。  そして、ブリティッシュ・カウンシルに入るために必要ではないんですが、CELTAより上の資格はDELTAというものがございまして、これはディプローマ・オブ・イングリッシュ・ランゲージ・ティーチング・フォー・アダルツの略ですが、これは三か月の集中コースで、一〇〇%ブリティッシュ・カウンシル先生はその資格を持っていませんが、持つように促進しようとしていて、今現在は多分八〇%を超えていると思います。そして、その二年間の経験は最低ですが、平均はそれをはるかに超えていると思います。ですから、かなり厳しい条件でいい先生だけを雇うようにしています。  それが返事になっているかちょっと分かりませんが。
  37. ウーヴェ・シュメルター

    参考人ウーヴェ・シュメルター君)(通訳) 島尻先生からの御質問をいただきました。  もちろん、その国の国語を教える教員をよく育成するということはとても大切です。開かれた外交を実践していく上でとても重要だと私も思っております。私どものようなセンターですとか、またジェイムズさんのような機関のお話なんですけれども、本当に質の高い教員をまずリクルートするというのがとても重要なんです。我々ドイツ文化センターも同様です。  ドイツの場合は、ネーティブのドイツ人であれ、このローカルの、例えば日本韓国中国のいらっしゃる先生であれ、全員プロとして訓練を受けた教員なんです。つまり、まずこの国語を教えるその言葉を、いつもドイツ語ではないけれども、私どもはドイツ語なんでドイツ語を教えられる大学での資格を持っていなくちゃいけないということであります。ドイツ国内で資格を持ってドイツ語を教える人、そして外国語としてドイツ語外国人に教える教員と両方いるんですけれども、採用する前に特別訓練を受けてもらいます。大体三か月から六か月掛かるんです。  期間はばらばら、まちまちなんですけれども、少なくとも一年に一回はプロフィシエンシーとそれからクオリティーといいましょうか、その人たちの資質をテストするということになります。その教えている授業参観をまず同胞がすると。そして、ローカルの中国日本語及びその他もろもろの先生ドイツに送られて新しい教授学を修めるですとか、新しい教科書をマスターするですとか、そういった継続研修というものをやっています、教え始めた後も。これ、全世界的にやっています。ドイツでもやっています。ドイツにあるドイツ文化センターにおいて、もちろんドイツではドイツ語が教えられているわけですから、教員を対象にして訓練をやっています。全世界でやっています。ドイツ文化センター、各世界各国あるんですけれども、どこでドイツ語を習っても一律の高い水準で教えられるように確保しています。
  38. アレクシー・ラメック

    参考人(アレクシー・ラメック君) 我々の文化施設、日仏学院とかアリアンスフランセーズなどのそういう学校の先生たちは、ほとんどがちゃんと資格があります。つまり、フランス語を外国語として教えられるというような資格です。例えば東京の日仏学院というのは、みんながそういう資格があります。それは我々のネットワークの、フランス大使館が責任を持っているネットワーク先生のことです。  逆に、ただ、ネットワークじゃなくて、一般の私立学校でフランス語を教えているような私立学校もあります。それは、私たちはもちろん余り関係がないですね。つまり、責任は持ってないです。それは、あるかどうか基本的には分からないですね、その私立学校のことは。ただ、文化部として先生たちのトレーニングをやろうとしています。そのプロジェクトがつい最近始まったんですけれども、つまり、フランス文化ネットワーク先生たちだけじゃなくて、その私立学校の先生たちにも、もしよろしければ参加してくださいというふうなオファーを出しています。
  39. 石井一

    会長石井一君) それではマークス参考人二つの質問に続けてお答えいただきたいと思います。
  40. ディビッド・M・マークス

    参考人ディビッド・M・マークス君)(通訳) それでは、最初の御質問から最初にお答え申し上げたいと思います、もう既にお三名がお答えになった分ですけれども。  私どもは、日本においては英語を教えるという教員の育成についてはリソースは全然掛けていません。というのは、もうほっておいても日本では英語教育というのは盛んなわけですし、日本英語の教授法というのは優れているからです。ですから、我々が、あえてその領域には大使館としては関与していません。  でも、日本以外でしたらやっています、英語教育ということで。こちらに来る前は私、モスクワに赴任していたんですけれども、ロシアでは我が国はかなりのエネルギー及びリソースを割いて英語教育ということをやっています、英語を教えるということですけれども。特に、英語自体の情報のみならず、アメリカの社会一般、文化、そして価値観一般を伝えようとしていますので、ですから、英語自体をロシアで教えるということはやっておりませんで、ロシア人の英語を教える人たちといろいろ連携しているんです。  モスクワに広報部というのがございまして、そこで英語オフィスというところがあるんです。これは英語のスペシャリストの人が長を務めているんです、国務省に勤めている人なんですけれども。大体世界中で二十人ぐらいいるんですけれども、英語学、英語を言語学として修めていた人のスペシャリストです。英語を第二言語として教えたことがある人、若しくは英語を言語学として専門として勉強した人なんですけれども、ロシアのローカルの英語の教師といろいろ交流しています、いろんなプログラムもございますし、英語教習について。  それから、いろんなリソースもロシア人の英語教師に提供しています。ロシア人の英語教師協会がありますので、そうした団体に対してもいろんなリソースを提供させていただきました。  あと、英語フェロープログラムというのもあるんです。有資格の英語を教えるアメリカ人を対象にして、例えば大学ですとかいろんなところに先生が分散しているんですけれども、優秀な人たちにこのフェローシッププログラムを供与するわけです。大体外国語として英語を教えている人たちなんですけれども、カリキュラムの設計ですとか、方法論についてのセミナーの開催ですとか、またアメリカ研究というようなところにおいてもいろんなところで御協力いただいています。そして、スペシャリストが例えばロシア全国津々浦々回りまして、いろんなプロジェクトをプロモートしたり、相談に応じたりとかといったようなこともやっています。そして、いろいろプロモーションしているんです。  それから、第二番目の御質問、これは特に私あてだったと思うんですけれども、パブリックディプロマシーのことに立ち返って申し上げたいというふうに思います。  二〇〇五年の報告書がパブリックディプロマシー諮問委員会から出ているんですけれども、そのときに述べられています。これは相互理解促進し、より好ましい見解をアメリカに持ってもらうことだと。だから、アメリカに近いところにいる人、遠いところにいる人は喜んでアメリカと握手してくれるような人たちになってほしいということなわけです。  パブリックディプロマシーというのは、アメリカ大使館だけがやっているものではございませんで、また、もちろん軍の関係者も世界中で関与しているわけで、日本の在日米軍基地の人たちもかかわっているわけです。トップの司令官からまた下の兵士に至るまで、彼らが駐留している先の国について理解を深めようとしています。文化クラスですとか言葉のクラスなどにも参加して、広範に現地の人たちへのアウトリーチプログラムにも参画していますし、非常に深い、そして長きにわたる友好関係を駐留先の国々の方と培うようにしているわけです。  もちろん、時によりましては残念な犯罪が起こってしまうときがあります、我々の軍の関係者の中で。でき得る限り予防していきたいともちろん思っております、再発がされないように。
  41. 浜田昌良

    ○浜田昌良君 本日は、四名の参考人の方、御出席いただきまして、また貴重なお話を賜りましてありがとうございました。  二つの質問なんですが、一点目は今の島尻委員の質問とも関係するんですが、いわゆる使われる当該言語教育とその国の情報発信力との関係なんです。  これについては特にラメック参考人シュメルター参考人にお聞きしたいんですが、それぞれ自国の言語教育に取り組んでおられる、力入れておられるという話をお聞きしました。  例えば、ラメック参考人からは、世界で四百の日仏学院を持っておられて、六十万人の生徒を持っておられて、授業料についても国からの補助もあるという話もありました。また、シュメルターさんからは、日本におけるドイツ語教育と普及というのに、なかなか人気がないので、その人気を回復するためにどうするかというお話もいただきました。  我々自身も悩んでいるのは、日本教育というのを広めないと日本発信力は高まらないのかどうなのかという点なんですね。いわゆる日本文化であったり、そういうものの細かなところまで理解していただけないのか。一方ではもうインターネットの世界になっている。そういう意味では英語中心世界になっている。そういうときに、日本教育で伝えるという部分と、いわゆる共通語になっている英語を使って伝えるという部分と、この二つをどのようなバランスで考えておられるのかというのをお二人にお聞きしたいと思います。  もう一点はジェイムズ参考人マークス参考人にお聞きしたいんですが、いわゆる対話の力というものです。  その国が情報発信するときに、ある結論を発信するんではなくて、それについて対話する場又はネットワークを用意されるというような御発言がございました。その中で、例えばマークス参考人のお話の中には、ジョセフ・ナイ教授のソフトパワーという御説明もございましたし、また、ライス長官の発言で、二十一世紀のパブリックディプロマシーは対話が重要となるという御説明もございました。さらに、ジェイムズ参考人からは、いわゆる双方性というんですかね、目的対話をすることが目的であって、そのためのネットワークをどうつくるかが重要であるという御発言もございました。  このいわゆる対話というものを重要視されている今のパブリックディプロマシーは、最初からそういうスタンスであったのか、それとも、何らかのきっかけによってより対話を重視するふうにシフトを変えてこられたのか、その点についてお二方にはお聞きしたいと思います。
  42. アレクシー・ラメック

    参考人(アレクシー・ラメック君) 国際的な発信というと、言葉というのはただの手段じゃなくて一つ目的だと思います。  例えば日本の場合は、特に二十世紀のころにフランスがどうやって結局発信したのかというと、何が一番日本の国民に、どうやって日本の国民がフランスのことを知った、分かったのかというと、恐らくそれは言葉だと思います。フランス語だと思います。その意味で、日本語を外国に普及する、もっと教えるというのは非常に重要なことだと思います。  私たちにとっては、繰り返しますけれども、フランス語を教える、例えば日仏学院のようなところでフランス語を教えるというのは、ただの方法、手段だけじゃないですね。それは本当に一つ目的です。  どうやって教えればいいのかというと、もちろん質のいい先生、資格のある先生を使わないといけないですけれども、それだけではなくて、特に資格をあげないといけないですね、その生徒たちに。特にその言葉の能力試験というのは非常に重要です。日本の場合は既にあります。一級、二級、三級、そういうような能力試験があるとよく言われています。それは確かに非常に重要なテーマだと思います。  面白いことに、つい最近、国際交流基金とその点について話していたんです。フランス語だと、もう既にかなりソフィスティケートなそういう能力試験の制度があります、フランスで。国際交流基金意見交換をして、国際交流基金は何を我々のシステムで教えられるのかというようなことを、そういうような話をしていたんですね。ということで、日本語をもっと普及させるために確かにこの能力試験をもうちょっとふさわしくするように、そういうような努力をすればいいと思います。既にそういうプロセスが始まっているらしいです。まあそういうようなことです。
  43. ウーヴェ・シュメルター

    参考人ウーヴェ・シュメルター君)(通訳) 浜田先生、非常に重要な御質問いただいて、大変ありがとうございます。  どんな言語においても、やっぱりその国の文化を広めたいのであればその国の言葉が必要ということだと思います。ドイツ文化だったらドイツ語といったような感じです。それだけがすべてということではないですけれども、重要なことには変わりありません。  あと、我々の経験から申し上げれば、外国語というのは、その外国に付いている国ですとか文化が興味深ければ同じぐらい興味深くなるということなんです。もちろん、世界の国によっては二十年前、三十年前に比べてどんどん重要性を増している国があります。  特にどこの外国語を今学びたいかというと、様変わりがあるわけです、若い人たちに聞くと。まあ英語がずっと断トツで一位だったけれども、例えばフランスの御同僚の方がおっしゃったように、ヨーロッパの国ということになると、ヨーロッパの言語でだれが一番人気があるのかといったような競争をやっているのではない、どこの国が人気があるのかといったようなことは問題ではないと。つまり、マルチリンガルということが重要なわけです。英語プラスドイツ語であってもいいし、フランス語、スペイン語であってもいいし、スワヒリ語であってもいいわけなんですけれども、多言語を話すということは今後重要になってくると思うんです。  やっぱり若い人で、就職したい、職を見付けたいというのであったら、この五年間、十年間ということになると、中国語ですとかヒンズー語ですとか、とても重要度を増してきています。十年前でしたら、中国語をやろうと思ったとしても、ちょっとあの人変わっているんじゃないかと思われたと思うんです。非常にまれな学者しかまれな言語はしゃべることができなかった。でも、このごろは様変わりです。  例えば、この東アジア地域における言語、日本語、中国語ハングル語等々が非常にこの経済要因をバックにして重要性を上げてまいりました。  例えば、大企業は言語学習に非常に力を入れるようになった。ヨーロッパ系の会社であっても、中国語だ、日本語だ、ヒンズー語だ、又はハングル語だといったような形で、昔よりは違った言語に力を入れるようになったということです。余り韓国語に力を入れるような企業はまだないかもしれないけれども、日本語だったらより熱心になってきているということです。  我が国においても、浜田先生に申し上げたいんですけれども、やっぱり日本語を学ぶんだったら今だといったような形になっていると思います。  以上です。
  44. ディビッド・M・マークス

    参考人ディビッド・M・マークス君)(通訳) 浜田先生、私とジェイムズさんに対話重要性について述べよということをおっしゃったと思うんですが、それで正しいでしょうか。パブリックディプロマシーの対話の持つ重要性ということですよね、相互性。  私に言わせれば、このパブリックディプロマシーで一番重要な点は対話だと思うんです、双方向性です。というのは、一方的に何か言われると、すぐ飽きてしまいます。モノローグは飽きてしまうと。やっぱり自分の言いたいことも聞いてもらえないと駄目だということです。一方的に話を聞くのは皆さん苦手ですし、余り発展性がないと。その点、我が国が一番踏まえていないというふうにおっしゃるかもしれないけれども、まあこの二十年、三十年、かなり我々も学んでまいりましたので、対話がどんなに重要かということは分かっているつもりです。  ゲーツ国防長官が来ましたよね、この間。そして、上智大学で講演をしたんですけれども、その中でおっしゃっていました。長年政府でやってきたけれども、そして対ソ戦略ということでソ連政策とか冷戦中やってきたと。そして、米ソは余り合意する点がなかった、意見の不一致が多かったと。でも同時に、アメリカと当時のソ連においてもいろいろお互いに耳を傾けている人たち政府の中にもいたんだと、人数は少なかったけれども。こういったレベルの対話が後半には、まだ米ソ間というのは本当に意見の不一致が多かったんだけれども、少人数の中でいい交流がされていたので、この対話が欠如していた部分を幾ばくかでも補うことができたんだということをゲーツ長官がおっしゃっていました、もっと本物はすばらしい雄弁なスピーチだったんですけれども、私の言葉よりも。  ということで、やっぱり対話がパブリックディプロマシーの最重要点と申し上げたいと思います。また、相互理解というのがとっても重要なんです。つまり、相互理解するということは相手のことに耳を傾けたからこそ樹立できる関係ですから、だからこれも重要だと思います。どうも。
  45. ジェイスン・ジェイムズ

    参考人ジェイスン・ジェイムズ君) それに加えられると思うんですけれども、多分、現在の世界ではそのモノローグが利かないと思っています。  昔でしたら、イギリスについて知りたい方はもしかしたら英国大使館にいろいろ質問したかもしれませんが、今はインターネットの時代でもありますし、いろいろ民間のネットワークがある中で、私たちがただ政府のメッセージを繰り返して発信したらだれも聞かないと思います。  私が個人的に思うのが、昔でも余り聞かなかったのではないかなと思います。私が一方的に話すと、それは本当に理解につながるでしょうか。余り対話がないと理解につながらないだろうと思います。  これは一つの例ですが、ブリティッシュ・カウンシルが去年、いろんなサウジとかほかの中東の国でイギリスに住んでいるムスリムの写真の展覧会をやりました。その中に余りイギリスが魅力的でないような写真もかなり入っていましたけれども、まあそれは政府のメッセージではないわけですが、とにかく対話をつくったと思います。その展覧会を見た方の中には、イギリスにムスリムがいることこそ知らなかった人もいましたので、とにかく議論が活性化したと思うんですね。これは本当の理解につながると思います。  そして、二つ目に申し上げたいのは、我々イギリス人は本当にほかの国からいろいろ学びたいんです。長い間その歴史もあります。二百年以上前から貿易がいっぱいあった国ですけれども、その貿易から私たちはいろいろメリットを受けたと思います。  その一つの例としては、イギリス料理がまずいとよく言われるんですけれども、イギリス人としては、イギリス料理は何なのかなとよく考えます。もう十九世紀からパスタとかフランス料理とかいっぱいイギリスに入っていますので、イギリス料理という表現自体はそんなに意味がないかなと思います。そういう意味で、この場合は料理での対話になりますけれども、ほかの国からいろいろ学んできてかなりメリットを受けました。  よく日本でも言われるのはウィンブルドン現象ですね。テニスのウィンブルドンには、一応ウィンブルドンはイギリスにありますが、ほとんどイギリス人のプレーヤーはいない。それでもいいです、私たちは。とにかくイギリスで一番すばらしいテニスコンペティションができれば、それでうれしいです。  もう一つ、もう少しまじめな例になりますが、ロンドンの金融界、その金融界に勤めている従業員の、ちょっと正確にその数字を覚えていませんが、多分三分の一ぐらいはイギリス生まれではないです。いろんな国からイギリスで金融のビジネスをやっているわけですので、それはイギリス経済にとっては非常に大きな貢献をしています。  そして最後に、ブリティッシュ・カウンシルの方から申し上げられるのは、どうしても私たち政府ではないので政府のメッセージを発信する義務がないという面がございまして、これは多分ほかの方と違うと思いますけれども、そういう意味で私たち立場が非常に恵まれていると思います。
  46. 山根隆治

    ○山根隆治君 まず、ジェイムズさんにお伺いをいたしたいと思いますけれども、先ほど事業、四本の柱を言われておりまして、その中でやはり英語を広げていくというお話がございました。我が国においては、ほっておいても民間の活動英語というのは広がっている。そこで、あえて更に英語をということ、力を入れられるというのは、アメリカの言葉とイギリスの言葉の違いというものをあえて際立たせたいと、こういうふうな思いで力を入れられようとしているのかどうか、その点どんな思いでおられるのか、お伺いをひとつしたいと思います。  それから、マークスさんにお伺いしたいのは、前回のこの調査会の中で日本の有識者の方からもお話ありましたけれども、アメリカの国会議員が一年間で来る人数が二、三人だというふうなお話を聞きました。まあ、アメリカの現在の共和党政権、大統領選挙をやっていてどういうふうになるか分かりませんけれども、やはり政権が替わるということによって国の方針も当然変わってくるんだと思うんですけれども。日米同盟の中で日本がアメリカの理解というのは相当深いものがあるというふうに自負を日本国民していると思いますけれども、比べて、中国との関係の中で、スタッフなり予算なりというものは日本中国は相当違いがあるのかどうか、中国の方にこれから予算スタッフで力を入れられるのかどうか、その点についてもお尋ねをいたしておきたいと思います。  それから、シュメルターさんとラメックさんにお尋ねをしたいんですけれども、一、二年前にBBC放送とメリーランド大学で共同で世界の世論調査を行ったということでございまして、ここで、世界でいい影響を与えている国というのは日本だということで、私たちは栄えある評価をいただいたわけですけれども、しかし、その中で日本を評価しなかった国が実は二つあった。一つ中国一つ韓国ですね。  この両国、共に、一九四五年前後のいろいろな問題があってのこともあるんですけれども、一つには、やはり現実的には両国で戦後、反日教育が行われていたということの影響がかなりこれは強いんだろうというふうに思っております。ですから、私たちの国民の感情としては、もう少し戦後の私たちが成したことも評価をしてもらえるはずではないのかと、こういうふうな思いがあるんですけれども、その支障が出ているのは、正当に評価されていないというふうに私たちは思いますけれども、それ、やはり反日の教育があったからだというふうに思って私はおります。  フランスドイツの融和ということでは、どのような情報交換、メッセージを発したりあるいは聞く耳を持ったり、どんな御苦労があったか、何か私たちに示唆していただけるものがあれば教えていただきたいと思います。  以上です。
  47. ジェイスン・ジェイムズ

    参考人ジェイスン・ジェイムズ君) まず最初の御質問、なぜ私たち英語促進する必要があるのかということですが、もちろん対話のためには何か言語が必要であって、私たちはこういう意味ではちょっとラッキーなんですけれども、英語がグローバルの現代に言語になっていますが、アメリカの英語がいいのか、あるいはただ民間だけでできないのかということでしょうが、アメリカの英語で全然構いません、ブリティッシュ・カウンシルとしては。
  48. ディビッド・M・マークス

    参考人ディビッド・M・マークス君)(通訳) アメリカから、ありがとうと言います。
  49. ジェイスン・ジェイムズ

    参考人ジェイスン・ジェイムズ君) ただ、一つ我々が考えているのは、イギリス英語も一応評価してほしいということですね。私は去年、日本大学の一人の先生とお会いしましたけれども、女性でイギリス人でしたが、彼女の話では、その大学の資料を書いてはいけません、彼女の英語イギリス英語ですから間違っているというのがその大学の方針だったそうですけれども、これはちょっとブリティッシュ・カウンシルとしては困ります。ですから、アメリカの英語はもちろん使っても結構ですが、イギリス英語が間違っていないということぐらいは評価してほしいです。  そして、民間の英語学校で十分ではないかということですが、この点ではちょっとマークスさんと意見が違うかもしれませんけれども、日本英語学校はそれほど水準が良くないというのがブリティッシュ・カウンシル見方でございます。  十二月の日本語のニューズウイークに長い記事が載っていましたけれども、ほとんどの英語学校の先生は全く資格も経験もなくて非常に安い賃金をもらっていますので、余り英語学校の生徒たちの経験は良くないというような話がいっぱいその記事に出ていました。  実は、最近、英語学校の信頼感が大分薄まってきたということはよく御存じだと思います。ただ、民間とは特に競争したくないという面がございまして、一つの結果としては、ブリティッシュ・カウンシル東京大阪センターの生徒の数は、多分、日仏学院とかゲーテ・インスティチュートよりは少ないと思います。今現在、東京センターに来ているのは七百人ぐらいですか、かなりフランスの四千人とかよりは低い数字ですので、ほかは民間のところに行っているでしょうと思います。  ただ、私たちセンターでやっていますのは、もう少し付加価値の高い、例えばアカデミックイングリッシュとかという向こうの大学院で研究をするための英語とか、イギリス文化についてもそのようなコースをやっていますが、ごく普通の英会話というのは余りやっていないのが事実です。  そしてもう一つ、私たちが今から増やそうとしていますのは、東京大阪センターで教えるのではなくて、契約をもらって、大学に入ったりして、高校に入ってあるいは先生のトレーニングをやる、このようなイングリッシュの方が私たちの今からの焦点だと思います。今現在は、実は例えば一橋大学で教えていますし、江東区の全部の小学校でしたかな、その学校に入って英語を教えています。そのような活動を増やしたいと思っています。
  50. ディビッド・M・マークス

    参考人ディビッド・M・マークス君)(通訳) 山根先生の御質問です。  二つ御質問いただいたと思うんですけれども、アメリカ英語イギリス英語かということについてはちょっとあえて触れずに、余りこのごろアメリカの議会の人が日本に来ないんじゃないかというお話なんですけど、残念ながらそれが本当なんです。このごろ余りアメリカの国会議員の人は日本を訪問していません。極めて少人数しか来ていないんです。もっともっと多くのアメリカの議会人に日本を訪問してもらいたいと思います、そして日本政治家の方と話をしてほしいと思うんです、対話が重要ですから。是非そうあってほしいということで我々も奨励はしているんですけれども、でも、御存じのように、アメリカの制度のところでは、立法府と行政府というのは全く三権分立ということで分かれておりまして、時々話合いもするけれども、お互いに耳を貸さないときもあるわけですし、対話がうまく運ばないときもあるので、ただ、本当にもっと議会交流やってほしいと思います。  ただ、幸運にも、日本においては何年にもわたって駐日米大使の方々というのは歴代議会の有力人であった方が多いんです。まず最初、二十年前はたしかマンスフィールド大使のかばん持ちをしていたんですけど、議会の有力者でしたし、もちろんマンスフィールド氏は。ですから、本当、歴代大物の大使が日本には赴任しております。そして、議会とのパイプも太いと。ですから、おかげで国会同士でいい関係を維持することができています、日米間で。  あと、中国の話が出ました。中国日本ということで、アメリカから見て、例えば予算的にもまたスタッフの人数的にも今後、中国シフトがあるのかどうかといったような御質問だったと思うんですけれども。  御記憶でしょうか、ライス長官は、いわゆるトランスフォーメーショナル外交に興味を持っておられるわけです。つまり、トランスフォーメーショナル外交ということで、世界に対応する仕方をいろんな国々で変えていきたいというふうに言っているわけです。ですから、リソース的には、伝統的に大きなプレゼンスを持った国から伝統的に余りプレゼンスを持っていないような国に重点をシフトさせつつあるわけです、政策的に。つまり、職員をヨーロッパの同盟国、また日本の同盟国からもっとほかのところにちょっとシフトしつつあるということです。やっぱりリソースには限りがある、国務省の人数も限られているということでありますので、例えばA国の人数を増やしたいんだったらやっぱりほかの国のところを若干減らすというやりくりが必要になってしまうわけなんです、予算的な制約もございますし、当然、限られた中でのやりくりということになりますので。  しかし、ちょっと厳格な数値は持っていないですけれども、パブリックディプロマシーということになると、日本向けの予算がこの域内では断トツに多いです。日本のローカルのスタッフ方々には高給を払っています、同じ地域アジア諸国のローカルの人たちに比べて。そのせいで予算が大きいということもあるかもしれませんけど、でも、ほかの意味においても非常に強力に日本でパブリックディプロマシーを展開しているところであります。もちろん、ほっといても日本とアメリカというのはもう友好国同士であることには変わりないわけなんですけれども、でも、それは当然視しない、常に手間暇掛けるということなんです。
  51. ウーヴェ・シュメルター

    参考人ウーヴェ・シュメルター君)(通訳) どうもありがとうございます、山根先生。  非常に大事な質問をしていただきました。ヨーロッパに対しての御質問でしたよね。フランスドイツの戦後の和解ということをおっしゃいました。何で和解が実現したのか、どういうことが手伝ったのかということをおっしゃいましたね。  五〇年代ぐらいから始まったわけでありますけれども、今でも継続ベースで進んでいるものなんです。フランスの御同僚のラメックさんもおっしゃったとおりでございます。仏独の協力文化面で進んだと。例えば、エリゼ・デーみたいなものがありまして、一月、四十年前に独仏和解条約が締結されて以来いろんな交流をやってきているんですけれども、私はドイツの見解しか申し上げられないんですけれども、でも、それはフランスの見解とも余り違わないと思いますけれども、仏独和解についてお話しする前に申し上げたいことがあるんです。  一九四五年以降初めて取られたステップというのは、フランスだけに向けた努力ではなかったんです、ドイツから見ますと。フランスイギリス、そしてアメリカ、またドイツの西側、四九年以降ということですけれども、東西ドイツに分かれてしまったので、だから東ドイツは、もちろんソ連プラスプラスプラスといったような形になっていたんですけれども、同時にいろんな国を対象にして努力をやってきたということであります。  私が小学生であったときに、私の外国との最初の接触はアメリカだったんです。つまり、アメリカの文化が私にとっての最初の異文化体験であったということです。クレームブリュレじゃなくて、チューインガムからアメリカに入ったといったような感じです。そして、外国文学で初めて私が触れたのはやっぱりアメリカの文学だったんです。アメリカ・インフォメーションセンターがケルンで全面的に破壊されてしまったと。ケルン自体は本当に爆撃で破壊されてしまったけれども、このアメリカ情報センターというのができて、それでエボニーという雑誌があったんです。私の両親はナチ世代だったんですけれども、こんな種類の、エボニーというのは黒人の雑誌ですから、黒人の雑誌なんて我が家に持ち込むなということでたたき出されちゃったぐらいなんです、当時。  そして、ドイツの天敵というのは、もちろん何百年にもわたってフランスだったわけです。これは二人の政治家にさかのぼるということです。父の世代ではなくて、祖父の世代ということで、シャルル・ドゴールとアデナウアー、この二人。この二人がペースセッターになった。つまり、全国民を相手にして一九四五年の後、即、着ているものを変えただけで突然ドイツが良い民主主義の国民になるということではなかったわけです。それは十分分かっていたと。そして、アデナウアー氏が最も困難なステップを取ったと。可能かどうか分からなかった、できなかったかもしれないけれども、イスラエルとの和解をやろうとした。ホロコーストがあったけれども、イスラエルと和解を図ろうとしたということで、これは終わりのない道筋であったけれども、スタートしたということです。  ドイツの側から言いますと、まずは手始めに罪悪感を持つということでした。つまり、ドイツが国民として、国としてやっぱり罪深いことをしたということを自ら認めるということだったんです。もちろん、これはなかなか許されないことではあったけれども、償うことは難しかったけれどもということです。  そして、アメリカのような、またフランスのような、イギリスのような西欧の大国は、まずNATOでドイツを受け入れようとした。そして、一九五〇年ぐらいになって、いわゆる欧州合衆国みたいな概念が出てきたわけで、ちょうど私の世代に該当する人たちがまずだんだんと教育を受けたからこういうふうになってきたということだと思うんです。  つまり、我々の父の世代、祖父の世代からいろいろ培ったものがあった。そして、その辺から、犯された行為というのはもう二度と繰り返すまじといったような形で我々の世代認識するようになったということで、だんだんと和解が育つようになったということです。つまり、ヨーロッパヨーロッパの隣国は現状を受け入れるようになったと。和解のプロセスを西側に対して、そしてイスラエルに対してアデナウアー氏が始めたわけです。一九六九年まで活発にそのプロセスが続きました。  それを継承したのがブラント氏です。東に向かって、つまり、ポーランドだチェコだソ連だというところにまでその対象を広げていった。オストポリティック、東方外交と呼ばれたということです。  仏独間の和解というのは、協力のモデルということで見られるようになりました。例えば、この二国間の教科書委員会というのができたんです。韓国中国との間のような、同じような話が日本との間であるというふうに伺っています、教科書問題ということで。六年間、私、ソウルのドイツ文化センターで働いていたのでよく承知しております。北朝鮮も六年ぐらいかかわったのでよく知っているんですけれども、我々は韓国に対して、例えばコロキアムと申しましょうか、小さなエキスパートだけの集会を開いたらいいんじゃないかと、そして教科書問題について話したらどうだということを韓国側にサジェストしたことがあるんです、日本との間で。  というのは、ドイツフランスの間でも教科書委員会がかつてあってうまくいったという例があるので、それを参考にしていただけるんじゃないかというふうに思ったんです。だから、取りあえずは一緒に、一堂に会して話をしたらといったようなことを言ってみたんですけれども。  大阪で、例えばポーランドの件についてお話ししたことがあったんですけれども、二〇〇三年、二〇〇四年ぐらいに。竹島をめぐってちょっと抗争があったということで、結局、教科書問題について日韓で相交えることはなかった、集会を開くことはできなかったということだったわけです。  でも、ヨーロッパでも、かつてはポーランドだチェコだということで教科書などをめぐっては問題があって、だから、同じような解決策をアジアでも参考にしてもらえるのではないかと思ったけれども、結局、人間は人間ということで、ある事件が起こってしまえば当然それに反応してしまうということでありますので。  もちろん、このような状況を受けてどのように動いたらいいかということは困難なことなんですけれども、一応、仏独の和解ということは御参考までに申し上げますけれども、非常に歴史が長い、かなり前から始まっていた、寛大な心をベースにしてだんだんとはぐくまれたことで今はもうフランスドイツの間で敵対心は全くなくなっています。  時間が短いので、その中で非常に複雑な長きにわたるプロセスを説明するのはなかなか難しかったのですけれども、どうも。
  52. 石井一

    会長石井一君) ラメック参考人、何か御意見か反論がありますか。
  53. アレクシー・ラメック

    参考人(アレクシー・ラメック君) 実は、シュメルターさんがおっしゃった後に余り付け加えることがありません。もちろん一〇〇%賛成です。  ドイツフランスフランスドイツの和解のプロセスというのは幾つかの特徴があります。  まず、確かに非常に強い政治的な意思が必要でした。それは、確かにシュメルターさんがおっしゃったように、アデナウアー首相とドゴール大統領によってできました。この二人、ドゴールもアデナウアーも一次世界大戦、二次世界大戦を両方とも経験したことがあったんですね。二人とも、二度と三度と同じような戦争が起こらないように違うような仏独関係をつくらなければならない、違うようなヨーロッパをつくらなければならないというような考えでした。そういうことで、確かに一九六三年に、ちょうど四十五年前にそのエリゼ条約を採択しました。その後で、同じようなアプローチで共同のプロジェクトがあったんですね。  結局、ドイツフランスというのはよくそういうふうに言われていますけれども、EUのエンジンにもなっていたんですね。つまり、この和解のプロセスをヨーロッパのレベルで広めようというようなプロセスは始まったんですね。つまり、その政治的な意思というのは非常に重要でした。  ただ、結局、それは国のレベルで、国家のレベルで始まったプロセスだけじゃないですね。特にその面では、地方自治体、市町村のレベルでも非常に重要な役割を果たしたんです。  どういうふうにやったのかというと、姉妹関係ですね。戦後、たしか五〇年代、六〇年代のころから、ほとんどのフランスの市町村がドイツの市町村との姉妹関係をつくったんです。その姉妹関係の、つまり、そういう草の根のような政策で非常にお互いの国のパーセプション、見方が変わってきたんです。親しみができたんですね。特に、若者の交換とか、本当にそういう親しみができたということで、確かに今、四十五年後、これからフランスドイツの間に戦争ができるとは全く一人も思えないです。そういうふうに成功できました。
  54. ウーヴェ・シュメルター

    参考人ウーヴェ・シュメルター君)(通訳) 委員長、ちょっと付け加えてよろしいでしょうか、ちょっと短く。
  55. 石井一

    会長石井一君) どうぞ。
  56. ウーヴェ・シュメルター

    参考人ウーヴェ・シュメルター君)(通訳) ラメックさんの言ったことを受けてなんですけれども、一点、是非申し上げたいことがあったんです。  つまり、恒久ベースで仏独若者交流というのがあるんです、十二歳、十三歳ぐらいの子供たちから始めているんですけれども。韓国のことをおっしゃっていたと思うんです。ちょっと中国は別にして申し上げたいんですけれども。  韓国日本をどう見ているかということについての話なんですけれども、エリゼ・デーというのがあるんですけれども、韓国で、これ四年前ぐらいのことだったんですけれども、私どもは、ソウルにある世宗カルチュラルセンターというところで、四千人収容の大きなところでお祝いしたことがあったんです。もうほとんど満員状態で、私どもがステージに上がっておりまして、九〇%はもう韓国の方だったんですけれども、集まった方々の、その中で、ある映画を上映したんです。「ラ・バタイ・ドゥ・ライル」というフランスの映画で、フランスのレジスタンスの話です、ドイツの軍隊に対しての。  フランスの鉄道をめぐっての話だったんですけれども、私は言いました、この映画は私にとって大きな意味のある映画ですよと。なぜ有意義かといいますと、私の父はドイツ鉄道に勤めていた。でも、フランスの中に走っていたドイツ鉄道の会社員だったからなんです。そして、この映画はとても好感されたと。  そして、お二人の有名な韓国政治家の方がちょうどいらしていて、私の親友なんですけれども、私はあなたにがっかりしましたよと言われちゃったんです。どうしてですかと聞きましたら、このフランスの同僚と一緒に壇上に立って、ドイツの兵隊がフランス人によって射殺されるような場面を入れた映画を何で見せたんだというふうに聞かれたんです。でも私は、これは事実だからというふうに言ったわけです。でも、これは我々の父の世代の問題の映画である、だから別に今、我々の現世代フランス人と一緒に登壇しても何の問題はないんですよというふうに言ったわけです。これほどもうドイツフランスは和解したということです。
  57. 牧野たかお

    牧野たかお君 まず、マークスさんにお礼を兼ねて申し上げたいと思うんですが、先ほど御紹介があった交流プログラムの中で、私、名古屋アメリカンセンターの方の事業で、国務省の招聘で、四年半ぐらい前ですけれども、カリフォルニア州の方に研修に行かせていただきました。なかなかすばらしい体験で、学生の仲間に入って勉強させていただいたり、また各産業だったり、政府、州政府、上下院にも行かせていただいていろいろお話をさせていただいて、その後役に立っているということを言えないかもしれませんが、本当に私にとっては貴重な体験でございました。  先ほど有名な方の名前を挙げられましたけれども、そういう方もいらっしゃるし、私のように、まだ全然日米との懸け橋になるような立場ではありませんが、これからその経験生かして活動をしていきたいと思っています。  そのときにも聞いたんですけれども、担当官に、私は名古屋アメリカンセンターのこの事業で地方議員として行かせていただいたんですが、三年間そういう事業をやっていらしたみたいですけれども、何で私を選んだのかとアメリカンセンターに聞いても、向こうで一緒に行動してくれた国務省の職員の方に聞いても笑って答えてくれなかったんですが、多分かなり領事館のクラスでも出版物とか新聞とか、またいろんな人脈を使って情報収集をしているのかなと思っておりますが、そういう中で選んでいらっしゃったのかということと。  それ、三年で終わっちゃいましたけれども、その後たまたま会ったときにその当時の担当官に聞いたら、だんだん予算がなくなってきて事業が縮小化されてきたというふうにおっしゃっていましたけれども、先ほどのお話にもありましたように、これ、日本のそういう交流事業をやるよりもほかの国との交流事業に使った方がいいというアメリカの政府の考えがだんだんそういう傾向になってきたのかということを伺いたいと思います。  それと、その後、その縁がございまして、私のいました県議会の方にアメリカの国防の専門家が、地方議会で講演するのも何かちょっと違和感がありましたけれども、お願いをされてそこで講演をされましたが、そういう講師等もアメリカンセンターの方でお決めになって、それでいろいろなところに講演を開催してほしいという、そういうオファーがあったものですから受けたんですけれども、こういう交流事業もやっぱり政権が替わると外交戦略の中でどういうふうに、文化事業もある意味では組み込まれているんじゃないかなという気がしているんですけれども、こういう文化事業も文化交流の中身もやっぱり政権が交代すれば変わるんでしょうか。  以上、三つを取りあえずマークスさんに伺いたいと思います。
  58. ディビッド・M・マークス

    参考人ディビッド・M・マークス君)(通訳) 牧野先生、済みません、牧野先生のお名前を申し上げることができなくて申し訳なかったです。同窓生、卒業生の方には卓越した有名な方がたくさんいらっしゃる。牧野先生のお名前も申し上げるべきでした。  どうやって人選をするんだというお話だったと思うんですけれども、我々としては、若手の方で前途洋々の方、今後必ず重要な地位をお占めになるであろうという方を選んで、いらしていただくわけです。  ですから、牧野先生は正しい人選であったということは十分皆様方もお分かりと思います。もう本当に、牧野先生におかれましても、日本とアメリカの橋渡し役を是非果たしていただきたいというふうに思っております。名古屋のロッチマン総領事の方にも伝えておきますので、総領事の方からもまた選挙区にお戻りになったときにお話しさせていただきます。  さて、予算の話なんですけれども、例えば政権交代があると内容が変わるのか等々のお問い合わせだったと思うんですけれども、残念ながら、我々のプログラムはすべてもちろん予算制約に遭っているわけです、国会議員の先生方もよく御存じのように。いろいろ相矛盾し合うような利害が錯綜しておりますので、その中で限りある予算をうまく使わなくてはいけないということでいつも苦労しているんです。  アメリカの場合、ほかの国も同じかとは思いますけれども、このごろ国の数が増えているんです。九一年以降、ソ連が崩壊した、新興市場国が出てきた、そしてCISですとか新たに独立をした国がどんどん増えているので国の数が増えている。だから、予算の制約が更に激しくなってきているということなんです、領事館にしても大使館にしても、いわゆるこのパブリックディプロマシーをやっているようなところも、新しい諸国も対象に入れなくてはいけないということで。  国の数は増えているけれども予算は増えないという苦しい状況でありますので、どうしても、日本向けの予算がカットされているからといって日本に対しての関心が薄まったということでは全然ありませんので、是非その点、御理解くださいませ。開かれた外交、パブリックディプロマシーを今後も積極的に日本で展開していきたいというふうに思っています。なぜならば、長期的な観点からいい成果を出してくれるからです。  以上です。
  59. 牧野たかお

    牧野たかお君 ありがとうございました。  それと、ジェイムズさんとシュメルターさんとラメックさんに簡単にお聞きしたいと思うんですが、今マークスさんに伺っていてこういう質問をするのはちょっと変かもしれませんが、先ほど来お話を聞いていまして、やっぱり各国の有識者の層にアプローチというのは、今までやっていらっしゃったことがかなりその後いろんな効果が出ていらっしゃると思うんですけれども、一般的に実は各国イメージを、先ほどジェイムズさんがおっしゃいましたけれども、どうしても外国人というのはイメージを持つんですが、その国に対して。それ、一番大きいイメージを与えるものは何かというと、やっぱり私は映画だったりテレビドラマだったり、そういうものを見ることによって大分影響されるんだなと思っていますけれども。  フランスは、一時期はたしかフランスの映画というのはかなり日本でも上映されている時期があったんですが、ここ何年というか、十年のスパンで見ても、アメリカ映画以外なかなか一般の映画館で上映されて見ることがないものですから、一般の日本の国民が各国の実情、どんどんどんどん近代化されていって現代化されている中の今の実情というのを知ることがなかなかないんじゃないかなと私はずっと思っていたんですけれども、その点、どう思いますか。
  60. 石井一

    会長石井一君) それじゃ、これをジェイムズさんから逐次よろしくお願い申し上げましょう。
  61. ジェイスン・ジェイムズ

    参考人ジェイスン・ジェイムズ君) 全部アメリカの映画のように見えるかもしれませんが、例えばハリー・ポッターとかは大分人気があったのではないかと思いますので、イギリスの場合は、イギリスのものだとだれも知らない間でもかなり上映されているのではないかなと思います。実は、最近のデータで見ましたけれども、前世紀一番売れた本のトップシックス、六つもイギリスの本だったそうですけれども、その中の四つぐらいがハリー・ポッターですが、一つはアガサ・クリスティーでしょうけれども。  イギリス寄りみたいな話にはなるんですが、最近、映画の世界でもアメリカのプロデューサーとイギリスのディレクターが一緒になって作っていますので、イギリスのインプットはまだかなり大きいと思います。
  62. ウーヴェ・シュメルター

    参考人ウーヴェ・シュメルター君)(通訳) どうも、映画のことをおっしゃっていただいてうれしいです、牧野先生。  というのは、映画というのは決して見過ごすことのできない大きな分野なんです。対日関係ということにつきましても、文化交流でも重要な分野です。特に日本映画は、ドイツにおいては、特に黒澤以来、本当に尊敬されています。成功もしています。そして、大半の、もちろん、おっしゃったように、日本で上映されている映画はどうしてもアメリカの映画なんですけれども、でも、これは長い歴史があると。これは別に日本だけの現象ではなくて世界各国共通なんですけれども、アメリカ映画が優勢だということで。  でも、日本パートナーの方と一緒になってドイツ映画をこの十年、十五年、日本で上映する若しくは試写するということで結構やっているんです。ホリゾントというドイツ映画祭があるんですけれども、これは朝日新聞と共催で朝日ホールで毎年六月開催させていただいているんです、今年は遅れて八月に予定されているんですけれども。もちろん、経済が成功しているところで映画は大事ということで、例えば四十本、六十本、このドイツ映画祭で上映される映画というのは実は一週間ぐらいでちゃんと買手が付いて日本の配給元に買われていっているわけなんです。だから、これはとてもいい兆候だということです。ベルリンでももちろん映画祭ございますし、カンヌ映画祭でもそうですよね、映画についていろいろ商談が成立していると。  ですから、ヨーロッパ映画というのはかなり世界で普及するようになっているわけですし、商売にもなっていると。そして、ドイツ映画もこのごろ健闘しているんです、うれしいことに。
  63. アレクシー・ラメック

    参考人(アレクシー・ラメック君) 牧野先生がおっしゃったように、今、日本でアメリカの映画がたくさん上映されます。実はアメリカの映画はいい映画です。私もアメリカの映画が大好きで、それは確かにみんなに関心を持たせるというのはよく分かります。ただ、アメリカの映画だけじゃなくて、イギリスの映画、ドイツの映画、フランスの映画、ヨーロッパの映画も別に悪い映画ではありません。確かに、ほかの同僚と同じように、特にフランスの映画がもっと日本の映画館で上映されるように努力しています、文化部の中で。例えば、フランス大使館文化部の中でそういう映画とテレビの番組を担当している人がいます。それは、もちろん言うまでもないし、非常に重要なポイントです。
  64. 石井一

    会長石井一君) それじゃ広中和歌子さん、これで最後にしたいんですが、ありますか。  それじゃ、どうぞ。
  65. 広中和歌子

    広中和歌子君 お四方、本当にありがとうございました。それぞれの方々のすばらしいお話を聞きながら、またこうした対話を通じて本当にいろいろなことを私自身も考えたわけです。  また、私も個人的に非常に今までお世話になったなと。アメリカ文化センターには留学の際に大学の、どんな大学がアメリカに存在するかというリストを、そういう部屋があって、そこで情報をもらったし、それからゲーテ・インスティチュートドイツ大使館からは、コンシダレーションについていろいろそちらの経験を学ばせていただいて、日本がやはりどのように対応するかというようなことも学ばせていただいたわけです。  それからまた、明治以来、日本という国がいかに外国から多くを学ばせてもらったかということです。特に欧米が多かったわけですけれども、翻訳を通じて、映画を通じていろんなことを日本が学ばせてもらったということ、そして、それが日本文化の発展、経済の発展につながったんだということを改めて感謝したいなと思っているわけでございます。  先週ですか、前回のこの会議で、日本からの発信力ということで日本文化交流に携わっている方々からお話を伺いました。そのときに、日本発信力が最近とみに弱まっているというコメントがあったわけですけれども、それは、国際会議などにおいて発信する人が少ない、あるいは世界を変えるようなインパクトのある発言をする能力のある人が少ないと、そういう意味だとはクラリファイされたわけですけれども。  しかし、片や、今日のお話にも出ましたように、日本文化というものは様々な面で評価されている。例えば、二百万部が売られている小説とか、それから映画もそうですし、また漫画もそうですし、そのほかスポーツとかデザインとかアート、こういうものを考えますと何か非常に誇らしい感じがするわけですが、実を言うと、こうした分野というのは、どちらかというと、日本の学校教育のメーンストリームじゃなくてディビエントから生まれたようなものが非常に多いんですよね。ですから、日本文化といったときに、そういう今まで日本の国がとか日本教育者が表に出したいと思っていた以外のところで日本が意外と活躍しているということをちょっと申し上げさせていただきたいと思います。  そして、そうしたもの、先ほどシュメルターさんが、興味深い文化があってこそ外国が言葉を学び、そしてその外国を知ろうとする、外国文化を知ろうとするというふうにおっしゃいましたけれども、そのためには、翻訳者というんでしょうか、映画であればサブタイトルであるし、小説であれば翻訳者、そういう人たちが意外と少ないので、是非お願いしたいのは、やはりそういうミディエーターを育てていただきたいことと、どういうものがあるよという情報を本国の方に流していただくということ、それを是非お願いしたいと。  質問というよりはお願いになってしまったんですが、どうかよろしくお願いいたします。
  66. 石井一

    会長石井一君) これは答弁が要りますか。
  67. 広中和歌子

    広中和歌子君 そうですね、だれかコメントがあれば、もう時間もないから。
  68. 石井一

    会長石井一君) 今の広中理事の要望といいますか、御意見に対しまして何か特に御発言がありましたら、どなたでも結構です、お受けいただけますか。
  69. ディビッド・M・マークス

    参考人ディビッド・M・マークス君)(通訳) 本当にいい御意見いただいてありがとうございました。  じゃ、ちょっと私の方からよろしいでしょうか。  広中先生が正しくおっしゃってくださったように、やっぱり翻訳者ってとても重要だと思うんです、外国語が一般的に話されているような国においてでさえ、やはりアイデアなりというのは幅広く世の人々に伝える必要があるので。  私自身も幾つも外国語を学んでまいりました。日本語は特に難しかったなという印象を持っています、勉強するのに。ですから、私はやっぱり日本語ということになると、翻訳者ですとか通訳に多分に依存しているんです。そして、やっぱり通訳の質というのも非常に重要だなと思っています、翻訳者と同様に。おっしゃるとおりだったと思いました。  それからまた、日本のカルチャーで特にアメリカで受けているものについての御説明がありました。  いろんな種類のオーディエンスがいるということなんです。特に若い人たちの間では漫画がはやっていますし、日本デザインですとかが受けています。この五、六年の傾向として、日本映画も、特にホラーフィルムなんですけれども、ホラー映画がとても若い人たちに受けています、アメリカで。でも、同じアメリカ人であっても日本のハイカルチャーを好んでいる人もいるわけです。ですから、いろんな形、いろんな層の人たちが各自、自由に日本文化をエンジョイしているということなんです。ですから、全員を対象にアプローチしていただければと思います。
  70. 石井一

    会長石井一君) どうもありがとうございました。  それでは、予定の時間が参りましたので、本日の調査会はこの程度といたします。  一言ごあいさつ申し上げます。  ジェイムズ参考人シュメルター参考人マークス参考人及びラメック参考人におかれましては、長時間にわたりまして大変貴重な御意見をお述べいただき、おかげさまで大変有意義な調査を行うことができました。調査会を代表し、各参考人のますますの御活躍を祈念いたしまして、本日のお礼のごあいさつとさせていただきます。ありがとうございました。
  71. 石井一

    会長石井一君)(通訳) 調査会を代表いたしまして心よりの感謝を全参考人の方に申し上げたいと思います。  非常に参考になる御親切な、そして心のこもった御発言、大変ありがとうございました。
  72. 石井一

    会長石井一君) 本日はこれにて散会いたします。    午後四時一分散会