○
加藤(健)
参考人 おはようございます。
弁護士の
加藤と申します。
私は、これまで二十年間、
弁護士として活動してまいりました。主に労働事件が多くて、最近では、
公務員労働者の代理人あるいは弁護人として事件を担当する機会がふえてまいりました。一時、
公務員については、いわゆるストライキ権をめぐって裁判が大きな注目を浴びた時期がありましたけれども、ここのところずっとなかったんですが、最近
公務員関係の労働事件がふえています。
なぜかというと、きょう議論されているのはまさに国家
公務員制度の
改革法案なんですけれども、この十年ぐらい、いわゆる省庁再編、民営化あるいは独立
行政法人化など、実際に
公務員の職場の
組織が大変動しているんですね。ところが、実際にその変動の方が先に行ってしまって、そこで働いている
公務員の、例えば雇用をどうするのか、労働条件をどう決めていくのかという基本的なルールを確認しないままに
組織変動の方が先に行っているものですから、後で事件が起こるということがふえています。
したがいまして、そういう意味でいうと、実際に進んでいる事態の中で、法的に解決を求められている課題がふえているということを痛感しています。
ぜひきょうはそういう事実を指摘したいと思いますので、この法的な解決を求められている点について議員の皆さん方の理解をいただいて、それをぜひこの議論の中に入れていただきたいということで
意見を述べたいというふうに思います。
私はそういう立場ですので、今までの三名の方とはやや違った立場からの
意見陳述になると思います。
法案全体を一読して感じたのは、これは一般にも言われていることですけれども、
公務員制度といいましても、実際には、
一般職だけで三十六万と言われている
公務員の方が働いています。これを支えている一人一人の
国家公務員というのは、実際には労働者であり市民であるわけでして、この労働者、市民としての基本的な権利をどうするか、労働条件をどうするかというルールをどう決めていくかということが、全体として残念ながら欠落しているというふうに感じました。
実は、
国家公務員の権利については、戦後一貫して、一九四八年の
国家公務員法によって決められた体制、これは占領下での占領軍の指令による
改正ですけれども、大きく言うと争議権それから協約締結権の否定、それから市民的自由の制限、これは
人事院規則一四—七に象徴される
政治的行為の禁止ですけれども、こういう規定がずっと憲法違反だという指摘をされ続けていて、大きな裁判もあって、そうはいっても
改革の機会がなかなかなかったんですけれども、ここで全体の
公務員制度を大きく
改革するということであれば、戦後ずっと課題になってきたこの
国家公務員の基本権の制限をやはり撤廃する方向での議論がもっとクリアになされるべきだというふうに私は考えます。
しかも、この間、ILO等からも再三、
公務員制度改革の議論に関連して、労働基本権の保障については具体的な提言もなされているわけですから、ぜひ、
公務員労働者の基本的な権利、これをどう保障するかという議論をこの
改革議論の前提というか出発点として据えていただきたいというのが私の基本的な立場でございます。
きょうは、具体的にどういうことが起こっていて、どういうことが問題になっているかという理解をぜひ深めていただくために、私自身が
弁護士としてかかわった事件に即して問題提起をさせていただきたいと思います。
三つの事件について申し上げます。
一つは、今、私、二件の
国家公務員法違反の刑事事件を担当しております。これはどういう事件かというと、
一つは
社会保険庁の職員の方、それからもう
一つは厚生労働省の職員の方の事件ですが、要するに、休日に
仕事と
関係なく
政党の機関紙を配布した、これが
国家公務員法、
人事院規則一四—七に違反するということで、逮捕をされて起訴されている。
社会保険庁職員の事件は、残念ながら、一審では、罰金十万円、執行猶予二年という非常に
中途半端な有罪判決が出ました。
御存じのとおり、この
公務員の
政治的行為の禁止については、一九七四年に猿払事件という最高裁の判決があって、これで合憲判決が出たんですが、憲法学者はだれも支持する人がいない、
社会的にも批判を浴びて、ずっと発動されてこなかったんですが、このところビラまきで逮捕、起訴という事件が相次ぐ中で、再びこの規定が使われました。
実際、今、裁判所で私
たちは弁護人として弁護をやっているわけですけれども、一般に
公務員の
政治的行為の禁止というふうに言いますと、大体多くの方は、
公務員が
自分の
地位や職権を利用して、例えば
政党支持を強要したとか、あるいは
自分の支持する議員への投票を持ちかけたとか、こういう行為をしたんじゃないかというふうに思われる方が多いんですが、実際に起訴されて事件になっているのは、さっき言ったように、純然たる一市民としての行為ですね。全く
公務員の
仕事や
身分とは
関係のない行為。ですから、今の
公務員制度というのは、
公務員が
仕事と
関係なく、
自分の主義主張に基づいて
政治活動をやっただけで刑罰が科せられるという非常に恐ろしい制度になっているんだということをぜひ御理解いただきたいと思うのです。
これは、言論の自由、
政治活動の自由を保障した憲法二十一条に反するという議論はもちろんですが、今や
先進国の中で、
公務員だからといって勤務時間外まで特定の
政治行為をしちゃいかぬ、しかも、それを刑罰で
規制をして、警察がまず出張ってくる、こんな国はもうありません。アメリカでも一九九三年に国公法の母法と言われたハッチ法という法律が大
改正されまして、勤務時間外の
政治活動は原則自由というふうになっております。
したがって、この点については、まともに議論すれば、恐らく、
公務員だからといって二十四時間何にも
政治的な行為をしちゃいかぬ、しかも、うっかり何かやればすぐ警察に捕まる、こういう制度は一日も早くなくしていただきたい、この議論をぜひお願いしたいというのが第一点でございます。
それから、二つ目に申し上げたい事件は、
人事院勧告をめぐる問題です。
二〇〇二年の
人事院勧告で初めて
国家公務員の基本給を切り下げるという勧告が出ました。賃金の減額ですね。これに対して、給与法でそのとおり
改正をされまして、年末の一時金で、さかのぼって四月分からの差額が精算されちゃったわけですが、これに対して、さすがに一時金で法律成立前の分までさかのぼって減額するのは違法だということで、多くの
公務員の方が原告となって国家賠償請求訴訟を提起しました。残念ながら、訴訟では請求が棄却されて終わったわけです。
この事件を通じて、今まで
人事院勧告というのは、
国家公務員の労働基本権を制約する代償措置というふうにずっと評価をされ、それがあるから合憲だという判断をされてきたんですけれども、いざ基本給自体が切り下げられる、そういう問題が出たときに、では、
公務員労働者は何ができるのか。実際に、もちろん協約締結権はありませんから団体交渉できない、それから争議もできない。
民間であれば、当然、賃金の減額については合意によるのが原則だという確立された判例法理がございます。ことしの三月から施行された労働契約法でも、労働条件の変更は合意によらなければだめだ、こういう原則が定められています。
したがって、常識的に考えれば、
国家公務員だからといって、今まで決められた労働条件を不
利益に変更するのであれば、結論としてそれが是認されるかどうかは別としても、何らかの対抗措置あるいは救済手段がなければおかしいのに、結局、
人事院が基本給を切り下げるという勧告を出し、それが給与法で決められてしまうと、何の対抗手段もない、救済手段がないということが明らかになったのがこの事件です。
この事件を通じて、やはり、
人事院勧告というのが代償措置としてあると言われてきたけれども、その限界というのが明らかになりました。
もともと、考えてみると、憲法二十八条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」と決めております。この勤労者の中には官民を問わずあらゆる労働者が含まれるというのは、これは争いのない解釈であります。
それから、この問題については、ILOからも再三、
日本政府に対しては勧告がなされておりますが、とりわけ二〇〇二年十一月以降は、今現に議論されている
公務員制度改革との関連で、具体的に争議権、団体交渉権、協約締結権を保障することを明示的に求められている、三回にわたって求められています。
残念ながら、今回の
法案では協約締結権だけが触れられておりまして、しかも、その検討の中身が、認めた場合の費用と便益、こういうことを考慮してとなっておるんですが、やはり権利にかかわることは損得で決めるべきものじゃないと思います。
公務員の
仕事というのは公共性がありますし、いろいろな配慮をしなきゃいけないことはもちろんです。あるいは、協約締結権にしても、予算との
関係をどうするか、いろいろな問題がありますが、やはりそれは、基本権を保障する、回復するという方向を大きく打ち出した上で具体的にどういう制度にするかというのを議論すべきだと思いますので、ぜひ、この議論の中で、
公務員の労働基本権は回復するという方向を明確にした上で、後で各論を論じていただくのが適切ではないかというふうに思います。
それから、
三つ目に申し上げたい事件は、国立病院の独立
行政法人化に伴う事件です。
二〇〇四年の四月に、国立病院が全体として特定型の独立
行政法人に移行いたしました。このときに新しく就業規則をつくったわけですが、今までの正職員の賃金が減額されました、多い人で一割近く。ところが、独立
行政法人化するまでは
国家公務員法が適用されますので、団体交渉ができないんですね。交渉権がないもとで、いきなり、新しい法人がつくった就業規則で今までの賃金がダウンされるということが実際に起こりました。
それからもう一点は、国立病院は、定員法で定められた職員数ではなかなか
仕事が回らないということで、賃金職員と言われる、フルタイムで働いているけれども日々雇用、いわゆる非正規の職員が大量におりました。この方々は、何にも病院自体変わっていないのに、患者さんもそのままですし、医療機器等もそのままなのに、独立
行政法人になった手前で任用期間が満了したというただそれだけの理由で雇用継続を拒否されました。長い人は三十年ぐらい働いている人もいたんですね。
こういうことが現実に厚生労働省の管轄下の国立病院で起こったために、今私
たちは、賃金の切り下げ等の労働条件の不
利益変更と非正規の職員の方の雇いどめの問題を中心に裁判をやっております。
この点でも、本来、いわゆる合意によらない労働条件の引き下げ、あるいは、雇用期間が決まっているから、幾ら反復継続して正職員と同じように働いていても、期間が満了したから何にも理由なく切れるんだ、解雇できるんだ、こういうことについてむしろ率先的に
規制する立場の厚生労働省の管轄下でこういうことが起こったということについて、私は非常に大きな
問題意識を持っております。
実際に雇用を打ち切られた賃金職員の方は、新しく
採用された方もいるんですが、フルタイムじゃなくて短時間で、しかも、一時間当たりの賃金単価が大幅に減らされた条件であれば
採用すると。だから、実際に年収が半分ぐらいに落ちた人がかなりいらっしゃいます。要するに、
組織変動の中で、
政府というか
行政の側自身がいわゆる官製のワーキングプアをつくってしまっている、こういう事件が具体的に起こっているわけですね。
ですから、ぜひこういう点について、どう法律的に対処をしていくのか、
規制をしていくのかということも御議論いただきたいというふうに思います。
こういう事実を踏まえた上で、
幾つかちょっと申し上げたいことがあるんですが、
一つは、私が今言っている、
公務員労働者の権利や労働条件の問題というのは、別に
公務員の既得権を擁護するとか、そういうこととは違います。労働者ですから、基本的な権利が保障され、労働条件決定のルールがちゃんと決められるのは当たり前なんですが、それ以上に、
公務員制度についてこういう議論をするということは、やはり全体の労働者の問題にもつながるというふうに考えています。
一つは、やはり
公務員がどういう立場で
仕事をするかということなんですね。これは当然、
国民の権利を守るという立場で
仕事をしないといろいろな問題が起きてきます。しかし、実際に業務をやる、職務をやる労働者自身が、基本的な労働者や市民としての権利を保障されていないのに、ほかの人の権利をちゃんと保障しろと言われても、これはなかなかわからないというのが本来の筋なんですね。
ですから、そういう
仕事に当たっているからこそ、その業務に携わる
公務員の基本的な権利はきちっと保障すべきだというのが私の考えでございます。
それから二番目は、さっきも申しましたように、
公務員制度の
改革の中で、
公務員労働者の権利をどう確保しルールをつくっていくかということは、今
社会的に問題になっている労働者全体の問題、大きく言うと、長時間労働をどう克服していくか、あるいは非正規の、いわゆるワーキングプアと言われる状況をどう克服していくかということにもつながっているということです。
今回の
法案では、
仕事と生活の調和を図ることのできる環境という指摘がありました。これは大いに結構なことですけれども、実際には、公的な統計
資料によっても、
国家公務員の職場では長時間残業が蔓延しています。
例えば、平成十八年度の白書によりますと、
政府が決めた目安時間の三百六十時間を超えた職員は全体で一九・五%、これは二割ぐらいいます。しかも、他律的業務が多い本
府省では四二・三%。この他律的業務というのは、議員の皆さんはおわかりでしょうが、これは
国会の答弁の準備だとか質問の準備だとかで時間を割かれるという意味で、半分近い人が目安時間を上回る残業をしている。現実に、労働組合が行った調査ではもっと長い残業時間の統計も出ているぐらい、非常に長時間労働を強いられております。しかも、そのかなりの
部分がサービス残業になっているというふうに思います。
したがって、今回の制度
改革において、
公務員の職場から率先して長時間労働やサービス残業をなくしていく、このことをやはり明確にすべきだというふうに思います。
それからもう
一つ。先ほど言いました、
公務員の職場でなぜこれだけ非正規の問題が出ているかというと、本来、
公務員の
仕事というのは、恒常的な
仕事は正職員がやらなきゃいけないという
仕組みになっているんですね、法律の建前は。ところが、実際には、人員が追いつかないために、そういう
身分の保障のない非正規の労働者が今三割ぐらいになっているというふうに言われています。この
人たちの権利をどうするのか。
今はちょうどそういう法律のはざまの中で、任用者にもう任用しないと言われればそれに抵抗できないような、こういう法律的な
問題点が明らかになっている。実態として、恒常的な
仕事をするところに非正規を入れること自体が問題なんですね。さらに、そういう
仕事をさせておきながら、いざというときは、任期があるから満了で切り捨てる、こういうことはやはりやってはいけないというふうに
政府が率先してやらないと、
民間はもっと大変なことになるという意味で、ぜひこの点も御議論いただきたいと思います。
最後に私が申し上げたいのは、今回の
法案では、官民の交流とか、あるいは
能力及び実績に応じた処遇ということが強調されています。ただ、私もいろいろな
公務員の方とつき合っていてわかるんですが、これは
公務員ということではないんですが、やはり公務にかかわる
仕事というのは、単純に
民間企業と同じ原理では回らないということです。
今回の
法案の中で、例えば第九条で、
人事評価のことが書かれてあります。
人事評価のトップは、イとして、「
国民の立場に立ち職務を遂行する態度その他の職業
倫理を評価の基準として定める」とあるんですが、これは常識的に考えると、
人事評価の基準ではなくて、あらゆる職員が持たなきゃいけない基本的な視点ですよね。
あるいは第十条を見ますと今度は、第一号で、「職員の超過勤務の状況を管理者の
人事評価に反映させる」、こういう記載がございます。もちろん、残業が多いのは管理者のせいだという側面はないとは申しませんけれども、これも
人事評価の問題ではなくて、やはり人員の補充という基本的な問題に尽きるだろう。
そういう意味で、私が申し上げたいのは、別にこの辺のあら探しをするということではなくて、結局、
公務員の中に
人事評価とか査定を入れようとしても、やはりなかなか難しいんですね。こういうことを言わざるを得ない。「
国民の立場に立ち職務を遂行する態度」とは、だれがどうやって判断するんですかと言いたくなります。もちろん、明らかに態度の悪い人についてどういう指導をするかというのは別です。
ですから、やはり私は、
競争だとかそういうことではなくて、むしろ
公務員が現実に担当している
仕事の公共性、これをどう再確認して自覚をしていくか、そのことが可能になるゆとりのある条件をどう整備していくかということが今求められているのではないかということを申し上げたいと思います。
最後に、議論の進め方について一言だけ述べさせてください。
そういう立場で私はしゃべらせていただきましたけれども、実際の
公務員の職場の実態がどうなっているか、一人一人の
公務員がどういう
意見を持っているか、あるいは、
行政を利用している、企業だけではなくて一人一人の
国民がどういうリクエストを持っているかということを十分酌み上げていただいて、そういう場をどんどんつくっていただいた上で、この
公務員制度改革の議論は進めていただきたいということを
最後に希望として申し上げたいというふうに思います。
どうもありがとうございました。(拍手)