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安藤参考人 安藤です。私は、
道路特定財源の問題について
意見を申し述べたいと思います。
御承知のとおり、税金は、本来どの経費にも使われる
一般財源という性質を持っております。したがって、使い道を特定した税金というものは例外であって、特別の事情がなければならないと思います。
揮発油税を今は例にとって話したいと思います。
揮発油税は、一九四九年に国税として実施されました。この揮発油税も
一般財源として制定されました。その揮発油税の
税収を専ら
道路整備に振り向ける、つまり
道路特定財源にしてから、既に半世紀を超えております。この間、
道路は格段に整備され、特別扱いする必要はなくなりました。一方、国の
財政状況はますます悪化しており、特定
財源を抱える余裕はないと思われます。それなのに、それが
一般財源化しない、それはなぜであるか、それが私の問題意識であります。
シャウプ勧告を見ますと、当時、この揮発油税からの
税収を
道路の改修に割り当てることを企てる幾つかのグループがあった、これは、
予算上の制約から特定の
歳入源を特定
財源とすることは不可能であるという理由により退けられたというふうに書かれております。これは当時、いわゆるドッジ・ラインによる緊縮
財政の時期であったということもあり、
予算上の制約、つまり
財政事情、これが
一般的に特定
財源を認めなかった理由になった、そういうことを示しております。つまり、
一般的な
財政事情、それが特定
財源を拒否する理由になったということであります。今日の
財政事情を
考えますと、やはりこの
予算上の制約というものが、
道路特定財源を
廃止し、
一般財源化する大きな理由になると思われます。
道路特定財源の始まりは、
道路整備費の
財源等に関する臨時
措置法、一九五三年なわけですが、この臨時
措置法では揮発油税を
目的税にすることはできなかった。揮発油税は
一般税のままで、その
税収相当額を
道路財源にしたということであります。このときも大蔵省が、やはり
予算上の制約ということを理由に揮発油税の
目的税化に
反対したということになっています。
この臨時
措置法の提案者の田中角栄議員は、五カ年と区切っておることにひとつ御留意願いたい、五カ年たって相当
道路が整備でき、その費用は別に回すべきだというならば、この
法案は自然消滅すればいい、それをなお
目的税として縛らなければならぬということはない、そういうふうに弁明しております。つまり、提案者は、
目的税に対する大蔵省などの
反対を迂回する作戦に出て、五年間の臨時
措置法という形で実をとったということであります。
ここまでを見ますと、当時の大蔵省はそれなりの姿勢を示していた、田中角栄議員も
道路整備の時間的な限度といいますか、そういうことを意識していたというふうに思えます。
一九五八年に、
道路整備緊急
措置法のもとで、第二次
道路整備五カ年計画が新しくつくられた
道路整備特別会計により実施されるということになります。この第二次
道路整備計画、それからこの
道路整備緊急
措置法、
道路整備特別会計、そういうことによって
道路事業優先の仕組みができ上がった、そういうふうに思います。これから後、一九七〇年からの第六次まで、ほぼ三年ごとに倍増のテンポで進行しました。
一九七一年に
自動車重量税を導入したとき、当時の福田大蔵
大臣は、今度の五カ年計画で国道はほとんど整備されるというふうに言明しましたが、結局その第六次で終わらず、それからさらに前の計画を上回る計画が次々とつくられ、十三次まで及んだということになります。こういう臨時
措置であるとか緊急
措置というものが繰り返される、そしてその結果どこまでも続く、そういう長期計画と特定
財源に守られて、
道路事業というものはいわゆる政官財癒着の典型となり、強力な圧力団体をつくり出したと思います。
繰り返しということになれば、
暫定税率も同じようなことになっています。一九七四年に差し当たり二年間の
措置ということで始められたものが、長期計画の更新と連動して延長され、今日に至っております。
税率も引き上げられ、今や揮発油税が本則の二倍、
自動車重量税が二・五倍などに引き上げられました。こういうふうに、臨時とか暫定というようなものがずるずると常態化する、そういうパターンが自民党
政府のもとで
財政運営上見られる。こういうようなことは、きょうは
発言できませんが、
公債についても同じようなパターンが見られると思っております。
今、この
道路特定財源について、
日本の
税制に責任を負っている機関である
政府税制調査会の
立場というものを歴史的に見てみたいと思います。
一九五〇年代は、
道路整備の緊急性を理由に、
道路特定財源たる
揮発油税等の増徴を当然だということでありました。一九六一年の答申でも、第三次
道路整備計画はぜひとも遂行されることが望ましい、負担は妥当なものだ、そういう見解であります。一九六四年の答申から、やや反省的な論調が出てまいります。
目的税の比重が余り大きなものとなる場合には
一般に
財政の硬直性を招く傾向がある。それから、六八年の答申にもこの懸念が引き継がれております。そこでも、こういう特定
財源が
財政硬直化を招くということであります。そういういわば反省的な論調はあるわけですが、具体的な提言は出てきておりません。こういうような特定
財源の合理性について今後再検討していく、そういうような
意見が出ているわけであります。
それから、
税制調査会の答申が
道路特定財源の
一般財源化に触れたのは、一九八六年の答申であります。そこでは、
一般国道の改良率、舗装率がともに八〇%を超えていることを指摘し、「最近における
道路整備の
状況、厳しい
財政事情等を考慮すれば、
一般財源化の
方向で検討すべきである」、そういうような
意見があったというふうに書かれております。
そして、その後二〇〇〇年の
政府税調答申では、やはり、こういう
一般財源化について多数の
意見があった、そういうようなことが出てまいります。しかし、
政府税調として
意見を統一できない。今後、
一般財源化の
方向で検討すべきであるという提言にとどまっております。
どうして
政府税調がそういう程度の提言にとどまっているのか、その
背景を
考えてみますと、もとの
政府税制調査会長であった加藤寛氏の回顧談というものが参考になります。加藤氏は、
道路族によって二度おどされたということを申しております。旧国鉄長期債務の返済にガソリン税と
自動車重量税を充てようと主張したときは、自民党から都内のホテルに呼び出され、どなられ、あげくに灰皿まで飛ぶ様相だった。二〇〇〇年四月に
政府税調で
見直し論を打ち上げたときも、自民党本部に一人呼び出され、
道路族議員は撤回しろの大合唱だった、全国の自治体や業者からも
反対の手紙が相次いだ、そういうようなことであります。加藤さんは非常に怖かったんだろう、そういうふうに思います。(
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