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2008-06-10 第169回国会 衆議院 厚生労働委員会臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案審査小委員会 第2号
公式Web版
会議録情報
0
平成二十年六月十日(火曜日) 午前十時
開議
出席小委員
小
委員長
吉野
正芳
君
阿部
俊子
君 井上 信治君 大村 秀章君 川条
志嘉
君
河野
太郎
君
清水鴻一郎
君
冨岡
勉君
中山
太郎
君 林 潤君 福岡
資麿
君
岡本
充功
君
佐々木隆博
君 園田 康博君
西村智奈美
君 山田 正彦君
斉藤
鉄夫
君
高橋千鶴子
君
阿部
知子
君 糸川 正晃君 …………………………………
厚生労働委員長
茂木 敏充君
議員
中山
太郎
君
議員
津島 雄二君
議員
河野
太郎
君
議員
山内 康一君
議員
冨岡
勉君
議員
斉藤
鉄夫
君
議員
阿部
俊子
君
議員
金田
誠一
君
議員
阿部
知子
君
参考人
(
世界保健機関保健システム
及び
サービス局必須医療技術部医療技術担当課長
)
ルーク・ノエル
君
通訳
安達 裕美君
通訳
植田 智子君
厚生労働委員会専門員
榊原
志俊
君
—————————————
六月十日 小
委員古屋範子
君同月四日
委員辞任
につき、その
補欠
として
斉藤鉄夫
君が
委員長
の
指名
で小
委員
に選任された。 同日 小
委員林潤
君同月六日
委員辞任
につき、その
補欠
として
中山太郎
君が
委員長
の
指名
で小
委員
に選任された。 同日 小
委員郡和子
君同日
委員辞任
につき、その
補欠
として
西村智奈美
君が
委員長
の
指名
で小
委員
に選任された。 同日 小
委員後藤茂之
君、
田村憲久
君、
宮澤洋一
君及び
山井和則
君同日小
委員辞任
につき、その
補欠
として
河野太郎
君、
阿部俊子
君、
冨岡勉
君及び
岡本充功
君が
委員長
の
指名
で小
委員
に選任された。 同日 小
委員西村智奈美
君同日
委員辞任
につき、その
補欠
として
佐々木隆博
君が
委員長
の
指名
で小
委員
に選任された。 同日 小
委員阿部俊子
君、
河野太郎
君、
中山太郎
君、
佐々木隆博
君及び
斉藤鉄夫
君同日
委員辞任
につき、その
補欠
として
田村憲久
君、
後藤茂之
君、
林潤
君、
郡和子
君及び
古屋範子
君が
委員長
の
指名
で小
委員
に選任された。 同日 小
委員冨岡勉
君及び
岡本充功
君同日小
委員辞任
につき、その
補欠
として
宮澤洋一
君及び
山井和則
君が
委員長
の
指名
で小
委員
に選任された。
—————————————
本日の
会議
に付した案件
臓器
の
移植
に関する
法律
の一部を改正する
法律案
(
中山太郎
君外五名
提出
、第百六十四回
国会衆法
第一四号)
臓器
の
移植
に関する
法律
の一部を改正する
法律案
(
斉藤鉄夫
君外三名
提出
、第百六十四回
国会衆法
第一五号)
臓器
の
移植
に関する
法律
の一部を改正する
法律案
(
金田誠一
君外二名
提出
、第百六十八回
国会衆法
第一八号) ————◇—————
吉野正芳
1
○
吉野
小
委員長
これより
厚生労働委員会臓器
の
移植
に関する
法律
の一部を改正する
法律案審査小委員会
を開会いたします。 第百六十四回
国会
、
中山太郎
君外五名
提出
、
臓器
の
移植
に関する
法律
の一部を改正する
法律案
、第百六十四回
国会
、
斉藤鉄夫
君外三名
提出
、
臓器
の
移植
に関する
法律
の一部を改正する
法律案
及び第百六十八回
国会
、
金田誠一
君外二名
提出
、
臓器
の
移植
に関する
法律
の一部を改正する
法律案
の各案を一括して議題といたします。 本日は、各
案審査
に関し、
世界保健機関
における
臓器移植
の
議論状況
について、
世界保健機関保健システム
及び
サービス局必須医療技術部医療技術担当課長ルーク・ノエル
君に御
出席
をいただき、御
意見
を承ることにいたしております。 この際、
参考人
に一言ごあいさつを申し上げます。 小
委員長
の
吉野正芳
でございます。 本日は、御多用中にもかかわらず本小
委員会
に御
出席
いただきまして、まことにありがとうございます。何とぞ忌憚のない御
意見
をお述べいただき、本
委員会
の
審査
の
参考
にいたしたいと思いますので、よろしくお願いを申し上げます。 次に、議事の順序について申し上げます。
最初
に、
参考人
からの御
意見
を二十分以内でお述べいただき、その後、小
委員長
及び小
委員
からの
質疑
にお答え願いたいと存じます。 なお、発言する際は小
委員長
の許可を受けることになっております。また、
参考人
は小
委員
に対して
質疑
することができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。御発言は着席のままでお願いいたします。 それでは、
ノエル参考人
、お願いいたします。
ルーク・ノエル
2
○
ノエル参考人
(
通訳
)
委員長
、ありがとうございます。
議員
の先生の
皆様
、ありがとうございます。 私、
皆様
にこのようにお招きいただきまして、また
WHO
の
移植
に関しての作業を共有させていただくことを大変光栄に思っております。 この
会議
の前にも申し上げていたんですけれども、光栄であり、また心強い思いがいたしております。というのも、
臓器移植
は公共的な
資源
なのです。そして、これは
市民
が保有しているものなのです。ですから、この
レベル
で
議論
すべきものなのであります。まさに、その
意味
において、
日本
は模範を示していらっしゃるのです。 二十年以上も前になりますが、一九八七年、
WHO
は四〇・一三の
決議
で、
利益目的
の
臓器売買
を非難いたしました。これは
人権宣言
に違反しており、
WHO
の憲章にも違反しているということを確認しました。この
決議
では、
WHO
に
指針
を策定することを要請しています。グローバルな
レベル
で
法律
を策定し、そして調和のとれたものを、
臓器移植
に関して道のりを探るというものであります。この
指針
は
WHO
の
総会
でも支持されました。一九九一年の四四・二五の
決議
であります。 二〇〇四年、
WHO
の
総会
は、またこの
臓器移植
に関して検討しました。これは五七・一八の
決議
においてであります。ここでのアウトライン、重要な
局面
が示されました。それは、既に私が申し上げたとおりです。
政府
は、
国民
の
代表
として
責任
を担っているのです。
臓器移植
の
細胞
、
組織
、
臓器
などに関して
責任
を
政府
は担っているのです。 この
決議
でありますが、これは
WHO
の
総長
に対して、事実を集めるように、
慣行
ですとか
活動
など、こういったものを収集して、現在の
臓器移植
に関しての
状況
を文章化するようにと要請しました。また、グローバルな現実を反映した形で一九九一年の
指針
を更新していくようにということも要請しています。 ですから、我々は二〇〇四年から
協議
の
プロセス
に入りました。この
協議
の
プロセス
ですが、国家の
健康管理
に関しての
当局
または
政策決定者
、また
規制当局
、国のコーディネーションを行う
機関
なども入っています、そういった
組織
が存在する国においては。こういったところが関与してきました。 特に
スペイン政府
、また
スペイン
の国の
移植
に関しての
機関
などが関与してきています。
スペイン
は、特に
死体ドナー
からの
臓器提供
ということで成功してきています。また、科学的な、
プロ
の
機関
とも協力してきました。特に、グローバルな
レベル
で関与してきています。
WHO
とそれから
国際移植学会
との間には近しい
関係
を持っています。 ただ、我々は慎重に、
WHO
の六つの
地域
に関しては、それぞれの
地域
に注意を払っています。また、
地域
それから
地域下
の
レベル
、国の
レベル
ということも見てきています。
協議
は具体的な事柄に関しても行ってきています。例えば、
臓器売買
、それから
移植ツーリズム
など、あるいは
細胞
、
組織
などの
移植
。この中には倫理的な
局面
も入っています。特に、
移植
のための
細胞
、
組織
などに関しては、これも入っています。 また、我々は、
スペイン
の
移植担当機関
と協力して、グローバルな
データベース
を手がけ始めました。これは、事実ですとか
慣行
、
活動
、
組織
、それから
法律
的な
枠組み
、
世界
じゅうのそういったものなどに関しての
データベース
です。これはインターネットで利用可能であります。これは
厚生担当局
などのところで大変大きな
恩恵
をもたらしています。これによって、量的な形でのアイデアを
移植
の
活動
に関して得ることができます、特に
臓器
の
移植
について。これは、
臓器移植
が非常に重要な
駆動要因
となっているからです。 二〇〇五年、十万に少し足りないほどの
移植
が
年間
に行われました。三分の二は
腎臓
です。
加盟国
の
活動
を見てみますと、
臓器移植
の件数を見てみますと、圧倒的に
米国
が一位であります。全体の
臓器移植
の四分の一、
年間
の四分の一が
米国
で行われています。
人口
百万人
当たり
の
臓器移植
の割合を見るということが
参考
になります。例えば、
臓器移植
全体で見てみましょう。最も積極的な国は
米国
でありますが、その後、オーストリア、ほかの
ヨーロッパ諸国
が続きます。
日本
は、百万人
当たり
の
臓器移植
の数をほかの最も先進また最も
効率
のよい
臓器移植
の国と比べますと、一三から一四%にとどまっているのです。 これは主に
アクセス
の違いによります。
死体ドナー
からの
臓器
への
アクセス
の違いによってこの結果が出ています。驚かれることはないと思いますが、百万人
当たり
の
死体ドナー
の数が、
日本
では、例えば
スペイン
に比べると四十分の一です。
スペイン
は最も
効率
よく、また進んでいる国であります。
死体
からの
臓器提供
ということに関しては
スペイン
は進んでいます。 次に、UNDPの
人間開発指数
で見てみますと、そして
腎臓
の
移植
の
活動
を見てみますと、
WHO
は
世界
全体を見ているわけですが、ここで気をつけなくてはいけないのは、
世界人口
のうちの二六%がこの
開発指数
の高いところに入っていますけれども、そこがすべての
腎臓移植
されたものの六九%から
メリット
を受けている、そして
世界
の
人口
の七四%、残りの
人たち
は、
腎臓移植
の三一%からしか
恩恵
を受けていないということなんです。ですから、大きな違いが
国々
の間であるのです。 しかしながら、実際の
ニーズ
は存在しているわけです。さまざまな段階におきまして必要とされております。特に、中間の
指数
にある国でも
ニーズ
というのは存在しているわけです。 例えば、
慢性透析プログラム
ですけれども、こちらがよく発達しています。そして、この小
委員会
の
委員
の
皆様
も
御存じ
であろうかと思いますけれども、
腎臓
の
移植
ですけれども、これは、実際の生存それからQOLという観点で
患者
さんの
便益
になるだけではなく、少なくとも、五年後、実際の
人工透析
の費用が半分になるということが挙げられるわけです。
通常
の生活が個人として送れる、そして
家族
としての役割を担うということに加えまして、こうした経費的、支出的な面での
便益
もあるわけです。 違いということを今述べさせていただきました。この違いというのは
WHO
の
地域
にひもづいていると思っています。
皆様方
もよく
御存じ
であろうかと思います。 最も重要な
活動
といたしまして
臓器移植活動
の
地域
を挙げることができるのは、
人口
百万人
当たり
の
腎臓
ということで、
アメリカ
は二七・六、
欧州
ですとこの
比率
が二一・三%になります。そして、
地中海地域
の
比率
が一三・二になります。そして、
西太平洋地域
が六、そして
東南アジア
が二、そして
アフリカ地域
が非常に少ない
比率
になっています。やはり
サハラ以南
での経済的な困窮がその根底にあることを考えれば、これは驚くべきことではないです。
西太平洋
、
アジア
及び
東部地中海地域
におきまして、こちらは
死体ドナー
からの
臓器提供
の
プログラム
との
相関関係
が高いということが挙げられます。
生体ドナー
の
アメリカ
での実際の
比率
を見てみますと、四一%になっています。これは
腎臓移植
のケースになりますが、
欧州
はさらにその
比率
は下がります。一九%になっております。これは、アイスランドからウラジオストクを含めました、
WHO
の
欧州
を広義に
定義
したときのことになります。 それに比べまして、
生体ドナー
の
腎臓移植
ですけれども、これは
東部地中海
それから
東南アジア
では九五%になっておりますが、
アフリカ
では八二%になっております。一八%は
西太平洋地域
になっておりますけれども、こちらに多少バイアスがかかった数字になっております。というのは、
中国
がこの多くを占めておりまして、
中国
というのは実際の
移植活動
では第二位の地位を占めておりまして、そして、
中国
で行われている
臓器移植
の大多数は、囚人から、
死刑囚
からというものが行われているからです。 このような
状況
がありますので、実際の
患者
さんの
ニーズ
を満たすのが難しい
状況
が生まれてきております。
アメリカ
、
ヨーロッパ
であったとしてもそうです。特に
アジア
におきましてはそうです。これによりまして
移植ツーリズム
へとつながってしまっています。
移植ツーリズム
のシンプルな
定義
をさせていただくのであれば、これは、
移植
を行う者が国境を越えた渡航をする、これはレシピエントもしくは医師もしくは
保健
の
プロ
が、
生体ドナー
を用いまして、
臓器
をお金と
引き
かえに、もしくは物品と
引き
かえに
提供
する、特に、貧しくかつ脆弱な
立場
に置かれている者、これは
死体ドナー
、
生体ドナー
に限らず行われている行為、これが
定義
になります。
移植ツーリズム
ですけれども、評価するのが非常に難しい分野であります。
三つ
の
移植ツーリズム
に分類することができます。 まず
最初
ですが、
法的枠組み
がないがゆえに蔓延している種類。こちらは
中国
、
パキスタン
などを挙げることができます。
担当当局
が推奨するということもあります。
地方当局
などが推奨し、より容易な形で
資金源
とするということも見られます。また、実際の
執行
が弱い国でも見られます。また、ことしの初めですけれども、
インド
の
保健当局
の方でこちらを犯罪として扱いまして、ネットワークで五百の、
デリー北部
、グルガオンで摘発が行われたというような事例もあります。 こうした
臓器
が
生体ドナー
から
提供
された場合、そして
通常
、実際に業者がかかわっているような場合ですけれども、貧しくかつ弱い
立場
にあるような者がかかわっているということが研究結果からも出ています。
シングルマザー
であり、もしくは債務を抱えているような、貧しい弱い
立場
にある者が犠牲になっているわけです。 健康が失われてしまっている、慢性的な痛みにさらされている、また、職を失ってしまう、烙印が押されてしまう、恥をかかされてしまう。これはブラジルであったとしても、イランであったとしても、
インド
であったとしても、
パキスタン
であったとしても、
フィリピン
であったとしても、
地域
に
関係
なく、実際にこうしたことが行われている所見というのは一致しております。 だからこそ、これが
一つ
の
理由
となりまして、二〇〇四年の
WHO
の
総会
で
決議
をいたしました。
加盟国
に対しまして、貧しい者、弱い
立場
に置かれた者、実際の
移植ツーリズム
及び
臓器売買
と闘うようにということで要請を行いました。そして、
WHO
の
事務総長
の方で、
加盟国
を支援するようにといったことを行っているわけです。 過去三
年間
、
加盟国
とともに、私どもは、実際、
移植ツーリズム削減
に努めてきております。そうすることによって、適切な
移植レベル
の回復に持っていきたいというふうに思っています。
臓器移植
には
市民
にもかかわっていただきます。そして
皆さん
もよく
御存じ
のとおり、それをほかの
方々
が
便益
を享受するということになります。法的な
枠組み
、そして社会での
統治機関
というのが重要な基盤となって、健全な
臓器移植
が可能となるわけです。
皆様方
も
中国
での
進捗状況
は
御存じ
であるかと思いますが、二〇〇六年の
暫定決議
によりまして
商業主義
が禁止されました。それから、さらなる
規制
がかけられまして、
移植ツーリズム
を禁止しています。それによりまして、
病院
に
権限
が与えられています。実際、
臓器移植
を行う
病院
に
権限
が与えられ、しっかり文書化された
同意
が
生体ドナー
からの
臓器提供
には必要であるということになっております。 また、
脳死
に関する
法律
、
脳死
という言葉は使うべきではないかもしれません、神経的な
基準
に基づき
定義
をする死というふうに言いかえた方がいいかもしれません。この点に関しましては、また後ほど付言させていただきたいと思います。まだ心臓が機能している場合、どのように死を
定義
するかということに関しましては、また後ほど述べさせていただきます。 また、
ムシャラフ大統領
の二〇〇七年末の
大統領令
に関しても
皆さん御存じ
なのではないかと思います。この中でも
商業主義
を非難しています。そして、この
脳神経基準
に基づいた死の
定義
というのを書いております。
パキスタン
にはそれは存在しておりませんでした。
パキスタン
はこれまで
角膜
も行っていないということでした。
角膜バンク
もありませんでした。 そして、
フィリピン
などでは、
外国人
を受け入れるということもやめています。
臓器
を
フィリピン
の貧しい方から
提供
するということもストップしています。 この
移植ツーリズム
への対応ですけれども、こういった
国々
が示していますその主要な
理由
は何かというと、まず
自分たち
の
市民
に対して仕事をしなくてはいけない、
自分
の
システム
をつくるときには、それは
自分たち
の
国民
に
メリット
があるようにということ、これは今申し上げた三カ国で明らかに見てとれることであります。 この
死体ドナープログラム
の
開発
ですが、それからまた
生体ドナー
も注意深く活用するということ、そうすれば何とか、これはぎりぎりの
自給
ということを考えなくてはいけない。ですから、グローバルな
レベル
で
自給
をしていくという
責任
があるのです。 我々、五月二十六日に
WHO
の
執行機関
に対して
指針
を
提出
しましたが、それはこの
執行機関
からも歓迎されました。三十四
加盟国
がこの
執行理事会
に入っているわけですが、そのうちの十三、それから
加盟国
のこの
理事会
のメンバーではない六カ国、それから
二つ
のNGO、こういったところがすべて
指針
を歓迎しました。そして、これはごくわずかな訂正だけが加えられています。このグローバルな形での
移植
が、共通した
移植
ということに関して見られるわけです。 これが
指針
の内容になっているわけで、詳細は申し上げません。ただ、ごく簡単にタイトルをお話しします。 まず、
死体ドナー本人
の
同意
が必要であるということ。この
同意
、これは明示的であろうと、それから推定されているものであろうと、これは簡単にできるものでなくてはいけません。というのも、それは、全
人口
が持っている
意識
、そして情報に依存しているものでなくてはいけないからです。この
人たち
がこの問題に対して関心を持っているということだからです。我々の
協議
の
プロセス
の中でも強調されたのは、この
移植
のための
提供
、これは
市民
のやることであり、学校で教えられなくてはいけないということなんです。だから、
ドナー
の
同意
。 また、相反のない形での死の
判定
。それから
死体
からの
臓器
の調達、これは
死亡
の
判定
とは独立に行われなくてはいけないというところが重要な
ルール
であります。
死亡判定
でありますが、これは
心血管
あるいは神経学的な
基準
によって行われることが可能です。 また、
死体ドナー
からの
臓器提供
を最大化する、これは別に人に対して害を与えるものではありません。
日本
が
生体ドナー
の
効率
を
最大限
にしている、
リスク
は最小限にしているということはわかっております。しかしながら、これは四肢を切断するのではありません、
臓器
を摘出するというのは。これは
生体ドナー
に対しては
リスク
を与えるものではないのです。
死体
からの
提供
、これを活用していくことは重要であります。
治療目的
の活用を
最大限
にしていくということは重要です。しかし、適切な監督が必要であります。適切なフォローアップも必要です。そのような形で
生体ドナー
がその
プログラム
を使えるようにということです。 また、
未成年者
、
無能力者
の保護、これも
生体ドナー
にとってとても重要なことであります。また、
未成年
の
死体ドナー
、これは一般的な
死体
からの
提供
の
評価基準
と同じであり、一般的な
医療
に関しての認識を満たすものでなくてはいけません。 また、
売買
、
あっせん
はすべて禁止であります。そして、
プロ
モーションなども行ってはいけない。広告、
あっせん
も行ってはいけない。それから、
移植
などに関してわずかでもその出どころに疑義が持たれるような場合には
移植
を行ってはいけない。それから、正当化できる
プロ
としての手数料。
配分ルール
。 こういったものが
指針
でありまして、これは九一年のもの、これを
慣行
においてアップデートをされているというものであります。 さらにこの
二つ
、
一つ
は品質、安全、それから
効率
、これは
ヒト出自
のものに関してのものですが、この中にはトレーサビリティーも入っています。つまり、
説明責任
が持たれなくてはいけないということ。また、安全に関して
有害事象
がないようにということも考慮しなくてはいけない。そして、この新しい
指針
の中で重要になってくるのが
透明性
であります。この
透明性
こそが、安全な、健全な
移植
にとって非常に重要なところであります。 さて、
最後
ですけれども、
自給自足
ということ。
ノルウェー
のような国、
スペイン
のような国は、可能であるというふうに思っております。こうした国というのは
自給自足
に非常に近いところにあります。二〇〇五年において
スペイン
は
腎臓
の
ウエーティングリスト
が大分小さくなってきております。また実際に、二〇〇五年では、
移植
の遅延ということも大分少なくなってきました。
アメリカ
においても、最近の
アメリカ
の
保健当局
の協力によりまして実際に数が減ってきております。そして、四月の
アメリカ
ン・ジャーナル・オブ・トランスプランテーションでも記事が出ましたけれども、この五十八の
臓器移植
ですけれども、
月当たり
十の
移植
をすることによりまして、ふやすことによりまして、
ウエーティングリスト
がなくなるということが言われております。 しかしながら、実際に
ニーズ
を満たすという
意味
では
予防
というのが非常に重要になってきます。また、実際に
ノルウェー
の
ニーズ
を満たす場合、実際の
発生率
が低いわけです。
アメリカ
ですけれども、実際に四倍ほど
腎臓移植
の需要が高いわけです。ですから、
WHO
の
代表
といたしまして、まず、やはり
終末期
の
臓器不全
につながるような疾病の
予防
こそが重要であるということを
最後
に強調したいと思います。 また、
患者
様の
ニーズ
を満たす、そして、これは
資源
に基づいて国家的に行われるべきもので、すべての
市民
の
方々
の
連帯意識
に基づいて行われるべきである、国の全
市民
の
連帯意識
に基づいて行われるべきであるということを申し述べたいと思います。(拍手)
吉野正芳
3
○
吉野
小
委員長
ありがとうございました。 以上で
参考人
の御
意見
の開陳は終わりました。
—————————————
吉野正芳
4
○
吉野
小
委員長
これより
参考人
に対する
質疑
を行います。
参考人
に対する
質疑
は、打
合会
の
協議
に基づき、まず、小
委員会
を
代表
いたしまして小
委員長
が総括的に
質疑
を行い、その後、各小
委員
が自由に
質疑
を行うことといたします。 まず、質問に入る前に、我が国の
臓器移植
を取り巻く現状について御説明させていただきます。 一九九七年に制定された
臓器移植法
では、
本人
の生前の書面による
意思表示
を要件としているため、
脳死下
における
臓器移植
は七十例となっております。このため、
生体移植
を受けられる方や海外で
移植
を受けられる方が多数おられます。 このような制度を変えようと、現在、
家族
の
同意
により
移植
を認める案、
臓器提供
の有効な
意思表示年齢
を十二歳に
引き
下げる案、さらに、
生体移植
や
組織移植
を含め
規制
を厳格化する
三つ
の案が
提出
されており、
審査
を行っているところでございます。 本日、
参考人
から
WHO
を中心とした最近の
臓器移植
の
議論
の
状況等
について伺うことは、
改正案
の
審査
に資するものと考えておりますので、何とぞよろしくお願い申し上げます。 では、私から、確認も含めて総括的な
質疑
をさせていただきます。 本年五月、
国際移植学会
は、
臓器売買
や
移植ツーリズム
の
世界
的な反対、自国における
死体ドナー
の増加及び
生体ドナー
の保障等の制度の整備に向けた国家的取り組み等を内容とする宣言を出しました。 このような各国の
移植
学会
関係
者が集まった
国際移植学会
により発出された宣言は、国際的にも大変に重要な
意味
を持つものと考えておりますが、この宣言に対して
WHO
としてどのように認識をされているのでしょうか。また、この宣言を受けて
WHO
としての対応策がございましたら、御教授願いたいと思います。
ルーク・ノエル
5
○
ノエル参考人
(
通訳
) イスタンブール宣言は、七十八カ国から、記憶が正しければですが、専門家が集まっていました。これは
移植
学会だけではなく、国際的な
腎臓
学の
人たち
も集まっていました。ということで、これは
一つ
の達成事項なんです。国際
腎臓
学会も集まってきた。つまり、
プロ
の
人たち
がグローバルな
レベル
で共通の理解を持とうというものだったからです。 当初から
WHO
は緊密に、科学的な、またこういった専門家の集団と仕事をしてきました。また、健康に関しての厚生
当局
あるいはさまざまな
市民
団体とも緊密に協力をしてきました。専門家の役割は必須、重要であります。それは、実際の
慣行
に対しての影響という
意味
において重要なのです。 我々は、このイスタンブール・サミットの結果を称賛しております。これは、アムステルダム
会議
に次いで、またバンクーバー
会議
に次いで行われたわけですが、これが示したことは、
移植
をすべての人のためによりよい
レベル
に上げていこうという
人たち
の連帯感を示したものであります。
吉野正芳
6
○
吉野
小
委員長
それでは、もう一問お願いいたします。 我が国の
臓器移植法
は、
脳死
者からの
臓器提供
については
本人
の生前の書面による
意思表示
を必要としております。そして、十五歳以上の者の
意思表示
を有効なものとして取り扱うこととされており、十五歳未満の
移植
は不可能な
状況
にございます。このため、小児への心臓などの
移植
は認められておりません。海外に渡航して
移植
を受けなければならない
状況
にございます。
WHO
の
指針
においては、
本人
の
意思表示
が不明であるなどの場合においては遺族の
同意
によることを可能としておりますが、我が国の
移植
制度のあり方について、
WHO
の
立場
から見た御見解を伺いたいと思います。
ルーク・ノエル
7
○
ノエル参考人
(
通訳
)
日本
での
同意
、私の理解はということになりますが、これは明示的な書面による
同意
であるというふうに理解しております。また、十五歳未満の小児では可能ではないということだと理解しています。 これによりまして、ある疑問が発生すると思います。小児ですけれども、健康に関する意思決定を、みずから行うのではなく両親が行うということになります。十五歳未満の者、また十五歳を超えた場合もそうですが、両親が、みずからの子供が
死亡
するという惨事に直面したような
状況
において、これは、みずからの子供が緊急の
医療
介入が必要であるのと同じような両親の判断であるべきであると思います。 そして、よく報告されていることですけれども、子供の
臓器
を
提供
するという機会は、そのみずからの悲しみを和らげる
一つ
の手法であるとも報告されています。ですので、
死体ドナー
の
同意
は、でき得る限り、この問題を理解している
方々
の感情を反映させる必要があると思います。 一方で、
死亡
した子供、小児ですけれども、まだ心臓が動いている可能性があります。しかしながら、実際の神経
基準
に照らし合わせてみると明確に
死亡
したと言えるような場合、そして、一方で死にかけている子供がいたとします。これは
臓器移植
により治ることができる子供である、そのような場合の人々のオプション、意思決定というのは非常に明確なのではないかというふうに私個人は思います。
吉野正芳
8
○
吉野
小
委員長
ありがとうございました。 以上をもちまして小
委員長
からの総括的
質疑
は終了いたします。 これより自由
質疑
を行います。 この際、小
委員
各位に申し上げます。
質疑
につきましては、打
合会
の
協議
に基づき、一回の発言時間は二分以内となっておりますので、小
委員
各位の御協力をお願いいたします。また、発言は、小
委員長
の
指名
に基づいて、あらかじめ所属会派及び氏名をお述べいただいてからお願いいたします。 発言を希望される場合は、お手元にあるネームプレートをお立ていただき、発言が終わりましたら、戻していただくようお願いいたします。 なお、発言は着席のままでお願いいたします。 それでは、発言を希望される方、ネームプレートをお立てください。
大村秀章
9
○大村小
委員
ルーク・ノエル
参考人
に心から敬意を表します。 二点だけお聞きしたいと思います。 まず一点は、
ノエル参考人
のお話の中で、
透明性
、トランスペアレンシーというのが大変大事だということをおっしゃられました。まさにそのとおりだと思っております。この
臓器移植
の取り組みが進められていくというのは、やはりだれが見てもそうだというふうに納得する、そういう
透明性
というのが大事だと思いますが、その点のポイント、大事なことは何かということをもう一度お聞かせいただければというふうに思います。 そしてもう
一つ
、
国際移植学会
の宣言の中で、
移植ツーリズム
等の
世界
的反対というのが掲げられているわけでありますけれども、そういう中にもかかわらず、
日本
人が海外へ渡航して
臓器移植
を受けている、そういった
状況
に対する御認識、お考えをお聞きできればというふうに思います。 以上です。
ルーク・ノエル
10
○
ノエル参考人
(
通訳
) 大村先生、御質問ありがとうございます。
指針
の中で、
透明性
、これは精査に耐えるというふうに言っています。精査に対してオープンとしています。まず監督しなくてはいけない、そして
活動
、
慣行
だけではなくて、
組織
また予算までも開示するということが入ってきます。決して隠してはいけないということなのです。これには長期的な成果も入ってきます、レシピエントと
ドナー
の長期的な結果です。もちろん、これは、機密保持のあることは守らなくてはなりません。
患者
さん、それから
ドナー
の匿名性も守らねばなりません。
移植
についてですが、まず、
国民
に対して認識をしてもらうとこれは
一つ
の成功につながっていくのです。というのも、
移植
のすばらしい結果が出たら、それは
国民
と共有しなくてはいけない。また難しい問題があった場合にも、それを
国民
と共有しなくてはいけません。ここが肝要なところであります。 それから御質問の二問目ですが、
国際移植学会
は
移植ツーリズム
を非難しました。
WHO
も非難しております。我々の
総会
の五七・一八、二〇〇四年の
決議
でも、
移植ツーリズム
は非難されています。これは、海外に行って
臓器売買
の
アクセス
を持つということを口語的な言い方で言ったものが
移植ツーリズム
であります。 また、これはレシピエントにとっての解決策でもあります。彼らは
透明性
がないわけです。こういった
人たち
には
透明性
が保証されていないんです。いわゆる
有害事象
があり得るということも我々は知っています。例えば、海外で
移植
を受けることによって感染症がうつるということもあるわけです。 ですから、
移植ツーリズム
というのは、ある
患者
の
ニーズ
を満たすやり方、経済力のあるような国で、こういったやり方でその
患者
の
ニーズ
を満たすべきではありません。ですから、これは間違った信号を発してしまうので、このようなことはやめていかなくてはなりません。そこで、この
国際移植学会
は、
WHO
と協力してこのような形で非難しているわけです。
中山太郎
11
○
中山
(太)小
委員
きょうは、
WHO
としての公式見解をお述べいただいて、まことにありがとうございました。
日本
で、特に小児の
移植
ということに
一つ
の大きな障害がございます。それは、
法律
的な問題と、もう
一つ
は医学的にブレーンデスをダイアグノースするテクニック、これが確立されていない、こういう
意見
が小児科学会からは出ております。 国際的に、小児の
脳死
移植
の
判定
基準
というのはあるんでしょうか。
ルーク・ノエル
12
○
ノエル参考人
(
通訳
) まず、ちょっと幾つかのことを確認させていただければと思います。 私は、死の
判定
の専門家であるというつもりはありません。また、これは、死の
判定
と
臓器移植
というのは切り離したいと思います。死の
判定
というのはそれ自体で考えられるべきで、これを
臓器移植
と絡めるものではないというふうに考えるからです。 しかしながら、神経
基準
に基づいた死ですけれども、これは過去三十
年間
、もう既に用いています。少なくとも過去三十
年間
です。そして過去三十
年間
、その異議が出されていますけれども、ただ、それにも抵抗してきているわけです。 確かに
基準
の差異というのは存在します。実際のテストですとか
判定
は国によって違います。しかしながら、科学的な
同意
といたしまして、そのエッセンスに基づいた
同意
というのが存在します。 神経
基準
に基づいた死ですけれども、ここで重要な点といたしまして、これはICUにおいては必要とされているものということです。実際、
死亡
したらそのサポートをやめるということ、そして、その
資源
を他の
方々
に
提供
するというか、ICUというのは限られていますので、そこをあけなければいけないという必要性があるわけです。ですので、これは、最親近者が
臓器
を
提供
するかどうかということとは切り離して行われるべきことであります。 しかしながら、死の
定義
を神経
基準
に基づいて行うということは、確かに違いはありますけれども、実際のこの
基準
そのものが認識されているということは、すばらしいことであるというふうに考えています。
中山太郎
13
○
中山
(太)小
委員
最後
の一問をお願いしたいと思います。 きょう、
参考人
としての
意見
を陳述していただいて、国際的なスタンダード、こういうものを確認させていただいたわけですけれども、私どもの国内においては、先ほど申し上げたように小児科の問題が、依然として問題として残されているわけです。 それは、生存中の
臓器
の
提供
の意思が、遺言として、
日本
の
法律
に基づいて有効性を持つのは十五歳以上ということでありますから、あくまでも、これからの子供たちの
臓器移植
については両親あるいは同居の親族の
同意
があれば、それで、ドクターの診断のもとに
移植
可能な状態ということであるなら
移植
ができるということを我々はどうしたら実現できるか。これはきょう、あなたの証言によって、私どもは大変貴重な証言を得ることができたというふうに思います。 ありがとうございました。
ルーク・ノエル
14
○
ノエル参考人
(
通訳
) ありがとうございます。 ICUの子供が全く血流がない場合、脳血流がないということが繰り返し見られる場合、そして臨床的な
基準
、無呼吸テストをクリアし、そして混乱を来すような
状況
にない場合、その場合にはこれを死と
判定
する十分な
理由
があります。 しかし、先ほど申し上げましたように、この問題は、
責任
あるその両親、子供に対して
責任
を持っている人、それからケアに
責任
を持っている人が見ることであります。社会の見方として、子供は監督されるべきだと社会の人も思っているのです。こういったセッティングのもとで、
移植
を必要としている子供への
ニーズ
が、可能になれば
患者
さんだけではなくて、社会にとっても
恩恵
をもたらすものであります。
岡本充功
15
○
岡本
(充)小
委員
ノエル参考人
、本日はまことにありがとうございます。民主党の
岡本充功
です。 お伺いをしたいことが三点ありますので、順次お伺いしたいと思います。 まず
一つ
目は、
世界
保健
機構としては、
臓器移植
というのは、他に代替する
医療
があればこれを置きかえていく、つまり、
最初
の治療選択としてとるべき治療だとお考えになられているのかどうか。具体的には、将来的に再生
医療
等が進んで、
臓器移植
に置きかわる
医療
が出てきた場合には、これは縮小していく方向が正しいというふうにお考えなのか。それとも、同時並行として、この
医療
がファーストチョイスとして選ばれていくということをお認めになられるスタンスなのかということが一点目です。
二つ
目が、
日本
で大変話題になったテーマでありますが、今でも
議論
が続いていますが、なかなか
日本
は
腎臓移植
が進まない中、一部の医師において、病気の腎を取り出して、例えばがんの部分を削り取って、再度別のレシピエントに
移植
をするということが行われていて、一定の成績を残しているようであります。
議論
がまだ続いていますが、
WHO
としては、こういった
移植
について今後
議論
をされていく御予定があるのか。その適否についてであります。 それからもう一点が、
WHO
の
指針
は読ませていただきました、商取引に関する懸念を示されているわけでありますけれども、そもそも、
移植
というのは必ずしも一カ国だけで終わらない要因がある。つまり、骨髄
移植
なんかの場合はこの東
アジア
で、HLAが合えば、国境を越えて
ドナー
、レシピエントの
関係
が成り立つわけであります。 そういう
意味
でいえば、医学的な見地から見て、優先順位をつけていくべきではないかと考える考え方もあるわけです。その一方、北米には五%
ルール
なる話があって、どうも
外国人
の
移植
枠を制限しようだとか、また今回の我々の
議論
の中でも、血縁者優先に
ドナー
、レシピエントを決めていくという考えもあるように見受けられます。そういった
意味
で、医学的見地で本来決められるべきではないかという観点については、
参考人
はいかがお考えか。 三点、お聞かせをいただきたいと思います。
ルーク・ノエル
16
○
ノエル参考人
(
通訳
) すべての質問をちゃんと理解できていればいいんですけれども。
最初
の質問ですけれども、これは、まず
最初
に
移植
を行うかどうかということですけれども、その種類にもよるかと思いますので、まず
最初
に科学的な進捗が、例えば心臓などではおくれが見られるということは明確であります。それから、例えば小児の場合ですけれども、透析を考える前の方が、より最適な方法といたしまして、将来のことを考えればいいということが言えるわけです。ですから、これはやはり
医療
的な判断として、見解が分かれるところだと思います。 お話を聞いてみますと、実際の
患者
さんからの
腎臓
が別の方に
移植
される。これは、治療的な目的で摘出されたのであれば、そのようなスキームが存在するといったことであったかと思いますけれども、実際に
治療目的
で
臓器提供
が行われるというような
状況
下におきましては、まず、しっかりした
慣行
の
基準
を満たすということが
最初
には重要になります。まず、追加的な
リスク
がレシピエントにかからないということ、それと同時に、適切な情報がレシピエントに供与されているということ、つまり、情報の
レベル
、エビデンスの
レベル
が十分で、そして適切にレシピエントに伝わっているということ。 このようなア
プロ
ーチを聞いたのは初めてのことであります。ですので、私は、これは臨床試験のようなものというような気がします。ある特定の
ルール
のもとに行われる臨床試験のような気がしています。倫理的に、かつ、情報といった
意味
では非常に要求水準が高いということになってくるかと思いますけれども、当然慎重にやるべきであるかとは思いますけれども、しかしながら、これは実際に、探索を正当化する可能性もあるのかなという気がしています。 また、
最後
の点ですけれども、国際的な、例えば造血
細胞
などの交換の可能性ですけれども、こちらは十分正当化できると思っています。 このような
状況
下におきましては、実際の、不当な利益供与ですとか取引というようなことではなく、その適合性ということであろうかと思います。ですので、適合する
ドナー
を
世界
で探すということは、
世界
的な人道
組織
が協力して、実際にある
日本
の
患者
さんの
ニーズ
を他の国の
ドナー
で満たすことができるかどうか、その手法を模索する必要があろうかと思います。 例えば、私が
日本
で住んでいたとしましょう。そして、
日本
で仕事をし居住していた場合、私が例えば
移植
を必要とするのであれば、
ウエーティングリスト
に載るということになろうかと思います。そして逆に、
日本
で
移植
を行う場合の
ドナー
であったとしてもしかりだと思います。
阿部知子
17
○
阿部
(知)小
委員
社会民主党の衆議院
議員
で、
阿部
知子
と申します。私は、同時に、今回のC案の提案者でもございます。あそこの
金田
先生と私ども三人で提案いたしました。 私は、
三つ
にわたって質問をさせていただきたいと思います。
一つ
目は、
脳死
の
定義
ということであります。三十年前にほぼ全
世界
で
定義
が確立いたしましたが、この間、特に一九九〇年代後半から、
脳死
という診断のもとで長期に生存する
患者
さんたちの存在が明らかになりました。 いろいろな判断
基準
の差によって
患者
さんの状態も違うということはありますが、しかし、特に我が国など、
脳死
という
判定
をされたとしてもそこで呼吸器を切ったりはいたしませんし、そうなりますと、最長十数年、二十年近い生存例もあるということでございます。こうしたことは、果たして、
WHO
等々では検証、検討されておりますでしょうかというのが一点目です。 二点目は、このこととも関連いたしますが、二〇〇五年の二月から三月でしたか、バチカンにおきまして、各
世界
から、
脳死
の
判定
基準
やあるいは倫理的、社会的、文化的な問題について、どちらかというと賛成的に
臓器移植
を進める
立場
の方と、いやいや、これはまだまだ
判定
も含めて問題が多いからもっとディスカッスした方がいいという
方々
がお集まりになって
会議
が持たれました。これは、各国の論者が集まられた大変に権威ある
会議
でしたが、このことについても
WHO
は
御存じ
であるか。ノエルさんのおられる部署とちょっと違うかもしれません、恐縮ですが、それが二点目です。 それから
三つ
目は、私は小児科医ですので、親が子供の何を決定できるか。さっきのノエルさんのお言葉ですと、監督権があるとおっしゃいましたが、緊急に治療的介入をする場合は親は決定せざるを得ないわけですが、この
脳死
による
臓器提供
は、いわば子供の死を親が決めていかざるを得ない。親のいやしにはなったとしても、子供の生存権から見てどうであるかという問題が我が国では大変に深刻な論議の的になってございますが、この点についてはどうか。 以上三点、お願いします。
ルーク・ノエル
18
○
ノエル参考人
(
通訳
) 神経学的な
基準
による
死亡判定
、
脳死
ではなくてですが、というのも、これは
一つ
の
死亡
であるわけですけれども、神経学的な
基準
でやるということは、無呼吸テストも入ってきます、これは酸素が不足する、そして、
心血管
ということに関して間断が生じるということであります。
脳死
の個人が長期間生存するという報告があって、そもそも
最初
に
判定
があったとき、本当に
脳死
基準
を満たしていたのかというディスカッションがあるわけです。というのも、混乱を来すような、例えば植物状態ということを満たすための
評価基準
がすべて満たされていなかったのではないかとか。 バチカンのディスカッションに関して伺いましたが、法王のアカデミア・フォー・ライフというのがあります。これが十一月に国際セミナーを行うのです、
臓器提供
それから
臓器移植
に関して
会議
を行います。そこでは
死体ドナー
からの
臓器提供
を呼びかけるような形で、エンカレッジする形で行われると聞いています。法王
当局
は
臓器提供
を大変支持してきています。 先ほど申し上げましたように、この問題は、ただ単に
臓器提供
だけとリンクづけて見るべきものではありません、
死亡
の
判定
というのは。これは、ハイテクのICUなどで行われているケアを見ると、その範囲はずっと広いわけです。その技術を最適に活用するということも入ってくるのです。 もし脳の状態に関して疑義が持たれたら、その血流に関して画像などで見られるものに関して、あるいはシンチグラフィーで見られるもの、これを二十分ごとに行って、
心血管
、脳の血流などが途絶しているかとか、そういったことに関してきちっと見なくてはならない。
最後
の御質問なんですけれども、ごめんなさい、ノートをとっておりませんでした。
最後
の御質問は何でしたか。
阿部知子
19
○
阿部
(知)小
委員
子供の
臓器提供
を親が代諾というか承諾する場合に、他の治療的な介入とはやはり違った側面がある、子供はそれによって
脳死
を経て心臓死に至るわけですから。そうすると、そこで親に与えられている権利というものは、ちょっとこれまでの、おっしゃった治療的介入とは違うのではないかと思いますが、いかがでしょう。 親自身はいやされるかもしれませんが、子供自身、私は長期の
脳死
生存例の治療もしてきましたから、そういう中では、やはり親の思い、またその後、
提供
したとしても悩みが深いと思いますが。
ルーク・ノエル
20
○
ノエル参考人
(
通訳
) まさに、だからこそ
死亡
の
判定
は独立して行われなくてはいけないのです。
臓器
を
提供
できる可能性があるということとは別に行わなくてはいけません。
死亡
の
判定
は客観的な
評価基準
に基づいて行われねばなりません。それは
患者
のケアを担当しているチームが行う。その後別のチームがやってきて、
臓器
を
提供
する可能性ということを話す。決してここに混乱があってはならないのです。 はっきりした明瞭さ、明晰性を確立するために、科学的な文書化が必要です。あいまいさをなくすために必要でありますし、それを追求しなくてはなりません。もちろん、何かあいまいさがあれば、そのときにはその問題を考えなくてはいけないわけです。
高橋千鶴子
21
○高橋小
委員
日本
共産党の
高橋千鶴子
です。きょうはありがとうございます。 今の
阿部
委員
の質問にも関連して、私も同じような疑問を持っていますので、質問をさせていただきたいと思います。 先ほど来、
脳死
の
定義
の問題について、区別をして考えるべきである、厳密に、あいまいさをなくすべきである、そういう指摘がされておりました。
日本
でも、
脳死
の
基準
そのものを今見直すべきではないかという
議論
がされているわけですけれども、各国でもそういう取り組みがあるのかについて、まず伺いたいと思います。 同時に、やはり社会的に
脳死
イコール死であると一般化されてしまった場合に、親が拒否したとしても、しかしもう社会的には死んでいるんだよと言われることに対しての、いわゆる
脳死
で長期に生きている子供さんを抱えている親御さんが非常につらい思いをされているという現実がございます。この点では、
脳死
は死ではない、つまり
脳死
イコール死であるということが国際的に一般化されているわけではないと思いますけれども、その点で御確認をさせていただきたいと思います。 三点目、あともう
一つ
は、子供の自己決定について、年齢が今よりもずっと若くても、子供には自己決定する権利もあるし能力もあるという形で、これを教育していったりする取り組みが各国にもあるのではないかと思いますが、その点について伺いたいと思います。
ルーク・ノエル
22
○
ノエル参考人
(
通訳
) 今の問題から派生的な問題が出てくるかと思います。 まず
最初
ですけれども、再び
基準
というお話ですね。神経学的な
基準
に基づく
判定
、これは小児に関するものですけれども、私はこの専門家ではありません。先ほど申し上げたとおりです。 私が本当にマスターではない分野の話はしたくないんですけれども、ただ、私の経験に基づいて申し上げるのであれば、実際に知識のある者にしてみますと、明確な場合というのは問題が生じることはないのではないかと思います。ですので、あいまいではない
状況
があるということを言っているわけです。例えば小児の
状況
であったとしても、それがあいまいさがない
状況
というのは可能であるというふうに申し上げているわけです。 また、
未成年者
の保護ということに関しては、
指針
の方では
未成年者
の
同意
を重要視しています。特に年齢という形の線
引き
はされていませんけれども、
本人
の
同意
ということは尊重されるべきであるとされています。 また、これは
議論
対象となり得る分野だと思っておりますし、また、この場合は
生体ドナー
からの
臓器提供
というお話になりますけれども、第三者の独立した者が、適切な
状況
理解のために行うということが重要になってきます。
死亡
の後、
臓器提供
を認めた場合ですけれども、こちらはやはり、
国民
の認識
レベル
にもかかわってこようかと思います。実際の
協議
プロセス
におきまして、さまざまな国と
協議
を行いましたけれども、そこから見ますと、
死亡
の後の
臓器提供
は何を
意味
するのかということを早期の段階から説明するということが必要であると思っています。小学校の段階からということも先ほど申し上げました。こちらは公民教育の一環として行うことができると思います。もちろん、これは両親にもその影響が出てきます。 一般的に申し上げて、説明をする、そして明確な目的を持つということ、これは、適切な
組織
を最善の形で活用する。そして、
患者
の
ニーズ
は非常に高いわけです。それを尊重しながら適切な、科学的な知識を用いて行う、そのためには多くのコミュニケーションをとる必要があるわけです。 それぞれの社会で異なる信念があります。文化、背景も異なっています。また手法は、さまざまな方法があるかと思いますし、また、頂上に達する道筋はいろいろあろうかと思います。ただ、その頂上は同じであろうと思っています。また、情報交換の重要性、そして情報共有の重要性というのが、いい成果のためのかぎとなると考えています。
河野太郎
23
○
河野
(太)小
委員
(
通訳
) ありがとうございます。
河野太郎
と申します。 私は肝臓の
生体ドナー
であります。そして、このA案提唱者の一名です。
二つ
質問があります。 彼女らの質問を、もう一度言いかえて質問させてください。 ある男、女性でもいいのですが、もしその人が
死亡
と
判定
されたとします。神経学的
基準
に従って
死亡判定
が下された。その意思決定はきちっと適切に行われたとして、彼あるいは彼女の心臓が数カ月あるいは一年拍動していれば、それは
死亡
だということなんでしょうか。そう思われますか。それは
死亡
と考えられるかというのが質問です。 我々のA案でありますが、これは妥協をしております。
本人
あるいはその
本人
の
家族
が、神経学的な
基準
に従って
死亡判定
をするかどうかを選べる、つまり、その選択権を与えているのです。その
本人
に、神経学的な
基準
に従って
死亡
宣告を受けるか受けないかの権利を与えるというものが我々の妥協案なんですけれども、この妥協案をどのようにお考えですか。これは医師の特権に属するものだというふうに考えられますか。あるいは、
患者
は、このような神経学的な
基準
に従って
死亡
と宣告されない権利を持ち得ると考えられますか。
ルーク・ノエル
24
○
ノエル参考人
(
通訳
)
死亡
は、神経学的な
基準
であろうと
心血管
学的なものであろうと、
死亡
は
死亡
です。そして、事実を見て結論を出した場合、そのリソースはまず親族に対して
提供
されるべきです。そうすると結論になります。治療的なア
プロ
ーチです。 私は
河野
議員
に
同意
いたします。何に関して
同意
するかというと、神経学的な
基準
によって
患者
さんは
死亡
して、ICUで十分長く生かされて、そして十分に血流がなかったために、検視をすれば脳が機能していない。そうすると、これは、もともとの診断に関して、その
心血管
学的なものに関して無能力であると考えられる。 ですから、医学的な知識、ここが重要になってくると思います。
医療
従事者の専門的な知識が重要になってくる。 要約するとこういうことです、
死亡
というのは
一つ
なんです。
死亡
というものは
一つ
です。
阿部俊子
25
○
阿部
(俊)小
委員
自由民主党の
阿部俊子
と申します。 本日は、貴重なお話をいただきまして、大変ありがとうございます。私はB案提案者の
立場
で質問をさせていただきたいと思います。 私、大学時代の友人を肝
移植
を待ちながら亡くした、四十二歳でありましたが、そういう経験を持ちまして、
臓器移植
に対しては非常に思い入れがあるところであります。
国際移植学会
におけるイスタンブール宣言は、非常に重いものと私ども受けとめております。特に、国際的に
移植
用
臓器
の不足が深刻になっている中、現行法で、
日本
においては十五歳未満の子供から
脳死
臓器移植
を禁止し、子供の
臓器移植
のほとんどを海外に頼っている
立場
としては、このイスタンブール宣言、非常に重いものだと受けとめています。 我が国におきましても、自国内で子供の
臓器移植
を可能とするための
臓器移植法
の改正が検討されているところですが、法施行後十年、いまだ法改正に至っていない現状があります。 この背景には、
阿部
知子
先生もおっしゃいましたように、一九八五年に作成されました
脳死
判定
の診断
基準
、これがあいまいであることが挙げられると思っています。特に小児の場合は、臨床的
脳死
と診断されながらも三十日以上生存する、いわゆる慢性
脳死
と言われる子供が、これは二〇〇七年の
日本
小児科学会の調査からのデータでございますが、
年間
百例以上も存在すると言われています。 また、中には、臨床的
脳死
診断を満たしても、三年以上の長期にわたり、
家族
とともに在宅で生活している子供たちも存在いたします。
意識
がなくても、動かなくても、
家族
の一員として在宅で
医療
ケアを受けながら生活し、体は温かく、身長は伸び続け、体重もふえ、日々成長していく子供たち、このような症例は海外では決して存在いたしません。
脳死
が人の死であるかどうかということについては、多くの諸外国で二十年以上も前にとっくに結論が出されているところでもあります。いまだに
脳死
が人の死であるかどうかについて
議論
を行っているのは、
世界
でも
日本
だけではないでしょうか。しかしながら、
臓器
を待つ側だけでなく、その
臓器
を
提供
する側、その
議論
というのも私どもは必要であると考えています。 近年、我が国では、小さな子供が虐待の被害者となり、命を落とす例も急増しています。B案の提案者といたしまして、私は、子供への
脳死
移植
は全面的に反対するものではなく、まずは、虐待児童からの
臓器
摘出を防止するための基盤整備、さらには現行の
脳死
判定
基準
の検証、再検討、子供の権利を守るための基盤整備が行われるべきだと考えています。 そして、基盤整備が進められた後に、より低年齢の子供たちにも
臓器移植
が行われるように段階的に法改定をしていく、いずれは
WHO
が提唱されるガイドラインに沿った
臓器移植法
の改正が行われるよう法整備を進めるべきだと考えていますが、これについての御見解をお聞かせください。
ルーク・ノエル
26
○
ノエル参考人
(
通訳
) 神経学的な
判定
に基づく小児の死の
判定
ですけれども、多分
同意
していただけると思いますけれども、ある
状況
下に関して疑義があろうかと思いますけれども、非常に明確な場合というのはあります。これはもう死であると明らかな場合というのがあります。 私が知る限り、また、私は専門家というわけでは決してありませんけれども、多くの場合ではあいまい性がないわけです。実際の死を宣告することができる、死を
判定
することができる、子供が実際に呼吸支援を受けているような場合でも。そして、当該子供の親に対しまして、
臓器提供
の機会が与えられるかどうか、これがあいまい性がないような
状況
というのは実際に存在するわけですが、このような
状況
にするような、テストがあるかどうかというのは不明であります。 ですので、私の知識に基づきまして、実際の
慣行
に基づきまして、
臓器提供
を小児にも認める、神経学的な
基準
に基づいて死を宣告された子供の
臓器提供
に関して
日本
は
プログラム
を持つべきだと思います。確かに慎重にする必要がありますし、技術的な
基準
レベル
というのは適切な専門家集団によって決められるべきです。しかしながら、このような
状況
があるという現実は異論の余地がないと思います。 他方で、両親にとりましても
便益
があるものです。ICUを実際に希望がないにもかかわらずずっと続ける、そして社会の方で目に見えるような
便益
がないにもかかわらずその費用を負わなければいけないといった問題もあるからです。また、それとは別に、この子供の
臓器
を活用できるという可能性があり、そして、
通常
の生活を他者が送ることができる。そして、この子供が
死亡
した場合というのは、そのような可能性も可能性として認識するべきだと思うのです。
園田康博
27
○園田(康)小
委員
ありがとうございます。民主党の園田康博と申します。 きょうは、
参考人
、本当に貴重な御
意見
をいただきまして、ありがとうございました。 私からは、
国民
の認識あるいは合意形成の
プロセス
という点でお伺いをしたいと思っております。 今の
議論
と申しますと、国際
レベル
の
議論
、あるいは
移植
学会のような専門家による
議論
、そしてここの場におけるような国家
レベル
の
議論
というところでも、やはり、そこに携わっていらっしゃる方のごく限られた
議論
の中で経緯が進んでいるという印象がまだ私は否めない。そして、だからこそ、我が国においては、なかなかこの
臓器移植
に対する
国民
的な
議論
あるいは
市民
レベル
の
議論
というものが起きないのと同時に、
ドナー
カードの保有率も含めて、なかなかそれが普及をしていかないという現状があります。 諸外国の中で、いわば
ルーク・ノエル
さんがお感じになられた、あるいは国際的な取り組みの中で、何かその
プロセス
の中での有益な手段、あるいはその
プロセス
で合意における重要な観点、そういったものがあれば教えていただきたいと思っております。
ルーク・ノエル
28
○
ノエル参考人
(
通訳
) 先ほど申し上げましたが、
移植
というのは、
地域
社会への奉仕であり、コミットメントということ、あるいは健康の
当局
の関与というものも含まれてくるのです。 この関与ですが、これは
地域
の
資源
を管理するということがかかわってきます。それによって共通
レベル
の認識を達成するのです。それにはコミュニケーションが必要です。
二つ
の
システム
が
同意
に関してあるのは
御存じ
だと思います。
一つ
は、明示的な
同意
、いわゆるオプトインと呼ばれるもの。あるいは、推定
同意
と言われるもの、オプトアウトというのもあります。
米国
は違いますが、最も成功している
国々
はオプトアウト、つまり推定
同意
の
システム
であります。これが機能するためには、すべての
市民
が十分に知識を持って、もし
自分
が
臓器
の
ドナー
となる可能性があったら何があるかということをわかっていなくてはいけない。ですから、そのためには
市民
に対して情報を
提供
しなくてはならないのです。たとえ明示的な
同意
、オプトインの
システム
であってもこのぐらいの
レベル
の情報は必要です。というのも、できるだけ多くの
人たち
に
ドナー
であるという意思を表示してもらいたいからです。 だから、こういった
理由
もあって、学校のカリキュラムの一部であるべきだと。
通常
の
市民
の知識として、
自分たち
にどんな
責任
があるかということを、学習カリキュラムの一部として、それから全体の連帯感を高めていくものとして行われるべきだと言っているのです。つまり、もし
移植
が必要になった場合には、そのときには
ドナー
になる覚悟もできているべきということであります。これは
一つ
の考え方です。
地域
を関与させていくということですが、今考えているのは
スペイン
の例です。
スペイン
は、
死体ドナープログラム
、
臓器提供
プログラム
で成功している国です。
スペイン
の
移植
機関
のトップは、その秘訣は
組織
にあると言うでしょう、それと同時に、マスコミに対して非常に時間をかけていると言うでしょう。 ですから、これは
病院
の
権限
とのコーディネーションもあるのです。
病院
のその
システム
への貢献に対して
責任
を持たすということも一部でありますし、それと同時に、全
人口
の間の
意識
ということも入ってきます。その中にはヘルスケアのスタッフも入ってきます。いわゆる一般医、あるいは
病院
のドクターたち、またマスコミでの可視性ということなのです。つまり、
移植
によってこれだけの成果があるということを思い出してもらう、その現実を見てもらうということです。 また、可能性としては、論争を呼ぶようなものも見てもらうということになります。これも隠してはいけません。ですから、構造とアウトリーチということになります。
川条志嘉
29
○川条小
委員
自由民主党の川条
志嘉
でございます。 本日は、貴重なお話をいただきまして、ありがとうございました。 私は、まず、人間は一度この世に生をうけた限りは、その生を全うすべきだと考えています。つまり、
移植
を望む側にも人権があると同時に、
臓器
の
提供
を望まれる側にも人権があるという考えをとっています。したがって、その考えに基づき、
家族
の
同意
だけではなく
本人
の生前の
同意
、つまり、先ほどノエルさんがおっしゃったオプトインという
システム
が絶対に必要だと思っております。本日はそのような観点から三点質問させていただきます。 一点目は、まず、
透明性
、情報公開についてです。 先ほどからノエルさんは、
移植
に関する情報公開が必要だとおっしゃいました。その中で、私たち
日本
国人でさえ知らないことが数点あります。まず、
臓器
を取り出す際に麻酔を使ったり、あるいは筋弛緩剤を使う、そういうことは
国民
はだれ一人知りません。また、知らないことの
二つ
目として、先ほどから長期
脳死
の話がありました。こういう生存者がいることも
国民
に余り知られていないんです。そして三番目には、長期
脳死
と言われる
人たち
は、ラザロ兆候といって、手を動かしたり足を動かしたり、あるいは針で刺したら動悸が上がる、そういった反応を示すことすら知られていません。こういった情報公開についてはどのような御見解をお持ちか、一点目、お伺いしたいと思います。 それから二点目。
日本
独自の伝統文化として、死者を悼み
死体
を大切にするというものがあります。
世界
の中で
日本
だけがこのように
臓器移植
がおくれているとおっしゃいましたが、やはり私は
日本
人として、
日本
の伝統、死者の魂を大切にする、こういった風習は尊重していただくべきだと思います。でなければ、体の健康は
臓器
の
提供
がふえて保てても、
日本
人の心の健康は保てないと思います。やはり伝統文化というものは心の健康と大きな
関係
があると考えます。この点についてあなたの御
意見
をお伺いしたいと思います。
最後
になりましたが、三点目。先ほどからいろいろお話を伺いました。
WHO
の中でもいろいろな部門があると思います。心の健康に関する部門も
WHO
の中にはあると思う。医師の中にも、脳外科医の中ですら七〇%の人が、
脳死
という概念に対してかなり懐疑的な見解を持っているという事実もあります。その中で、
国際移植学会
でどんどん
議論
を進めていくだけではなく、
脳死
に対する
指針
をつくる際にはすべての医師が参加して、そして
脳死
の
基準
に疑いを持つ人、あるいは文化的な観点から
議論
をされる人、そういった人を入れながら国際的に
議論
を進めていく必要があると思います。国際的な意思決定というものは非常に尊重するべきものであるだけに、やはりその手続の中で、
脳死
臓器移植
に対して推進派だけではなく、懐疑的な見解を持つ
人たち
に参加の機会を与えるべきだと思うのですが、御見解を伺いたいと思います。 以上三点について、御見解をお伺いしたいと思います。 以上です。
ルーク・ノエル
30
○
ノエル参考人
(
通訳
) どうもありがとうございます。
三つ
とも、全部お答えできればいいと思いますが。 今の御発言の中で驚きを持って聞かせていただいたのは、明らかな
透明性
の必要性ですね。現実をちゃんと示すということです。これは、その
基準
であったり、実際の数であったり、国の経験、実際の死の
判定
ですね、特に神経学的な
基準
に基づいて。こうした情報です。 確かに、
患者
によっては反射があるということで、手足を動かすということがあります。確かに、脊髄反射がありますので、実際に反射作用が見られる、手足が動くというようなことはあります。明確な科学的な
基準
を設け、そして臨床的な所見が、観察があり、これは実際多くの
患者
さんもかかわった上でのということになります。そして、さらなる探索が必要な分野というのもあるかもしれません。ただ、それも
透明性
を持つ必要があります。そして、分析も客観的に行うということも可能だろうと思っています。 同様に、近親者の
同意
も
議論
するべきです。
移植
は、また
臓器提供
は、これは完全な
透明性
を持って初めて可能なわけです。それをもって解決策を導く必要があると思っています。何も隠すべきはないんです。すべてを明らかにする必要がある。そして、エビデンスの現実というものがやはり疑義に対するものになりますし、感情的な理解も得られるのではないかと思います。 確かに、おっしゃるとおり、そのためには、これは現実でそれを補足していく必要があります。近親者の
同意
ですけれども、こちらは推定
同意
の制度下であったとしても重要であると思われています。ほとんどの国においてそうです。
家族
への尊重ということがあるからです。この中では、今おっしゃったような文化的な側面ということも含まれてくるのではないかと思います。 これで多少なりとも御質問のお答えになっていればいいと思うんですけれども。
冨岡勉
31
○
冨岡
小
委員
ノエルさん、多くの質問に答えていただき、どうもありがとうございます。 同時
通訳
の方も、随分きょうは苦労されているんじゃないかなと思いますけれども。 私から、質問というより、ちょっと確認をしたいので教えていただければと思います。 まず、今回、イスタンブールの合意というのは、
日本
にとって、海外でのすべての
移植
を中断するべきだというふうにとらえてよろしいのかどうか。つまり、いろいろなツーリズム、いろいろ状態はあると思いますね。金銭的なもの、あるいは医学的なものを含めて、各国は自国内での
移植
の完結を目指すように考えているのか、あるいは、もっと大きなネットワーク的なものを先ほどちょっとおっしゃったんですが、その点についてお聞きしたいと思います。それが第一点目。 それから、先ほどからいろいろな質問が出て、我が国では今、
脳死
の
判定
についての
議論
を中心として
移植
が
議論
されている、そういう状態にあります。そこで、確認したいのは、細かいことは別として、我が国もゼロ歳まで
移植
の範囲を広げるべきなのか。あるいは、十五歳あるいは十二歳といういろいろな案があるんですが、それは現在のノエルさんのお考えではどのように考えるのか。こっけいな話に思うのか、いや、当然オリエンタルな考えを持っているのでいいのか。あるいは、各国がやはり実情に応じて考えるべきなのか。まず、どのように考えられているか。 それからもう
一つ
。先ほど
岡本
委員
の方からも質問がちょっとあったんですが、再生
医療
と
臓器
医療
との関連について、各国の情勢をもし教えていただけるなら教えていただきたいと思います。 つまり、今までは
角膜
等は
死体
からの
移植
しかなかったんですが、我が国においては、
自分
の自家
細胞
を使った
角膜
移植
が既に三十例近く行われようとしています。したがって、私自身、
移植
というのは緊急避難的な治療法であって、本来とるべきではない治療法と考えているんですが、再生
医療
がそれにかわり得るというふうに思っている一人なんです。 再生
医療
と
移植
とのそういったコネクションというか共同作業、例えば、
角膜バンク
とそういった再生
医療
のネットワーク等が進んでいるかどうか、もしそういう方向性等を
議論
されているなら教えていただきたい。 以上です。
ルーク・ノエル
32
○
ノエル参考人
(
通訳
) ありがとうございます。
最初
の御質問ですが、
地域下
の
レベル
で
移植
の
ニーズ
を満たす善意の
移植ツーリズム
、この
移植ツーリズム
というのはある
意味
でトリビアルな考え方だと思います。 その機能としては、国際的な形で
移植
のための
臓器
の調達が行われている。例えば、スカンジア・トランスプラントというのがありますし、ユーロ・トランスプラントというのもあります。これは西
ヨーロッパ
。スカンジアの方は北欧のものです。こういった
移植
患者
が、
サハラ以南
の
アフリカ
、こういったところには
プログラム
がありません。しかし、
インド
あるいはチュニジアなど西
アフリカ
から
移植
が行われているということは、国際的な何かこういった交流があるということを示唆しています。 ただ、結論として、
二つ
の
状況
を回避したいと考えているのです。 まず
一つ
。我々のイスタンブールの宣言、これは
二つ
を回避しようと考えています。
一つ
は、弱い個人がえじきとなること、搾取されることを防止するということです。
移植
の
臓器
の源となってしまうこと、搾取されてしまうことを防ぐということ。
二つ
目は、ゆがんだ形での
配分ルール
が国
レベル
で行われないようにするということ。つまり、
移植
目的で自国内で使われるべき
臓器
が、金銭的な利益を出す目的のために海外に対して売られてしまう、そういった
状況
を回避する、これが二点目であります。 このような
状況
は支持すべきではありません。将来的にはバランスのとれた形で国際的な交流が、この国で、例えば近隣諸国で行われることがあるいは可能かもしれません。 神経学的な死の
基準
に関しての御質問はよくわからなかったのですけれども、既に再生治療を
一つ
の代替として考えているとおっしゃってくださいました。我々は、この
進捗状況
に関してはよく認識しております。しかし、それはまだ臨床試験
レベル
である。これはもっと大規模に証明しなくてはいけません。三十の
角膜
が自家製の再生治療の結果のもので代替されたとしても、この段階で、これが一般的に適用される解決策とは考えられないのです。長期的な転帰がなければなりませんし、このような治療に関連した
リスク
も見なくてはいけません。 現在のところ、
角膜
移植
は
移植
の中で最も古い形です。
角膜
移植
は一九〇五年にまでさかのぼることができます。これはその有効性も証明されておりますし、低コストであるということも証明されています。コスト
効率
を考えなくてはいけないときは、これもやはり考慮しなくてはなりません。代替的な形でこの再生治療をする。これはまた、余り先進諸国でないような国にとっては再生
医療
はなかなか手が届かないものになります。 潜在的な代替ということは承知しています。将来、人間の
臓器
のかわりにほかのものを使うということも代替として考えられているわけですが、そのためには証左が必要でありまして、まだまだそのような証左、エビデンスは収集できておりません。
清水鴻一郎
33
○清水(鴻)小
委員
ありがとうございます。自由民主党の
清水鴻一郎
でございます。 きょうは、ノエル氏には大変貴重なお話を賜りまして、ありがとうございました。時間がないということですので、一点だけお伺いしたいと思います。 先ほどからノエル氏の話の中で、
脳死
とそれから
臓器移植
というのは別のこととして考えるべきだ、切り離して考えるべきだということでございました。私はまさにそのとおりだと思います。 しかし、私は脳神経外科医でもあるんですけれども、
脳死
というのはやはり
臓器移植
が前提になっている死ではないのかなというふうに思うわけです。つまり、
臓器移植
を考えなければ
脳死
の
判定
をする必要もないし、
脳死
というものの概念をつくる必要もある
意味
ではないのではないかなと。 私も脳外科医でありますから、科学的には
脳死
という死はあると思います。しかし、実際の死の
判定
をするときには、従来心臓死できた。ある
意味
では一番わかりやすい、そしてだれもが受け入れられる人間の死でありますから、その点において、私自身は、
臓器移植
が前提になって
脳死
があるというふうに思っているので、切り離すというのは当然ある
意味
で大事な考え方ではありますけれども、切り離せない、つまりそういうものではないのかなと思っています。 その点について、例えば
臓器移植
はしないけれども
脳死
という
判定
もあって、それは死だというふうにお考えかどうか、その点だけちょっと確認をさせていただきたいと思います。 ありがとうございます。
ルーク・ノエル
34
○
ノエル参考人
(
通訳
) 疑いようもなくもし
患者
が本当に
死亡
したのであれば、人工的な生命維持を、呼吸であったとしても、もしくは
心血管
で続けるという
意味
はないわけです。これは対外的な脳の作用ということなんですけれども、もし
脳死
ということになった場合、もう希望がないわけです。もう
死亡
しているわけです。ということで、集中治療なりすべての取り組みというのはやめるべきなんです。これらの
資源
というのは、実際にその
便益
を享受できるような
患者
に向けられるべきです。 当然、これは
臓器移植
とは独立して行われるべきです。その意思決定が行われた後で、
効率
的な
システム
であれば実際の
臓器移植
が行われ、そして、実際に
死亡
した方の
家族
の
方々
に、その
臓器移植
が行われる機会について考え、そして、ほかの
患者
さんがよりよい生活を送れるようにということの検討、オポチュニティーとして与えられるべきであると思います。
吉野正芳
35
○
吉野
小
委員長
以上をもちまして
参考人
に対する
質疑
は終了いたしました。 この際、
参考人
に一言ごあいさつ申し上げます。
参考人
には、長時間にわたり貴重な御
意見
をお述べいただき、まことにありがとうございました。小
委員会
を
代表
して厚く御礼を申し上げます。
参考人
の御
意見
をこれからの
質疑
に大いに
参考
にさせていただきたいと思います。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午前十一時五十二分散会