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加藤参考人 御紹介いただきました
加藤でございます。
本日は、貴重なお時間をちょうだいし、ありがとうございます。私からは、
日本弁護士連合会の
臓器移植法改正についての
意見を御説明したいと思います。
法律が制定されてから十年が経過しました。ちょうどそのころ、私も日弁連の人権擁護
委員に就任し、この問題にかかわり始めました。当時、
脳死を死とすべきなのかについて激しい議論が闘わされ、各政党もいわゆる党議拘束を外して、先生方各自の人生観、
死生観をもとに検討をなされ、その結果、今回の
法律が制定されたものと
理解しております。
法律が制定された当時、
脳死は、全脳の機能が失われ、もうもとには戻らない、不可逆的に
心臓死に至る、そして
心臓死に至るまでの時間は数日単位であるというふうに
理解されておりました。
そのような
脳死についての
理解を前提に、
脳死は人の死であるのか、そうではないのかが議論されました。その上で、最終的には、
脳死を死と考える人もいるだろうが、死と考えない人、わからない人も同じ程度存する、したがって、
社会全体が
脳死を死ととらえているとは判断できないとの結論に達したと
理解しております。
しかし、他方、
脳死患者さんから
心臓等を摘出した上、それらの
臓器の
移植を受けることで助かる
可能性のある
患者さんがいることも紛れもない事実であります。それゆえ、
脳死を死と考え、あるいは、そうは考えなくても、自分が
脳死になったら
臓器を
提供したいと考える人の気持ち、自己決定を尊重すべきであるとも考えられたわけです。現行法は、この自己決定が
法律の根幹となっております。
その後十年が経過し、今、
改正案が
国会に
提出されております。しかし、日弁連は、
移植例がふえないからふやそうというその理由だけで
法律を
改正してはならないと考えております。
脳死を死とする
社会的合意ができたのか、
臓器移植がこれまでのケースにおいて適正に進められたのかを十分に情報を公開した上、
検証していく必要があると考えております。
この
法律は、人の死にかかわる重要な
法律であります。
臓器の
提供を待っている
患者さんのことももちろん大事なことですが、
脳死段階の
患者さんのことも、それにまさるとも劣らないほど大事なことです。しかも、
脳死というものについての知識、知見もこの十
年間に集積されました。先ほど申し上げた状態とは違うということもわかってきたと思います。
現在、
脳死と判定されてから三十日以上心停止にならない例は少なくなく、二十年以上生存した、そういう例も報告されるようになっています。
脳死になってから出産した例、第二次性徴を迎えた例なども報告されています。
アメリカのカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校小児神経内科のアラン・シューモン教授は何度か
日本にお越しになられ、医学関係者の前で同趣旨の講演をされておりますが、その報告、講演は高く評価されていると
理解しております。
日弁連は、このような
脳死についての新しい知見が
社会において十分には
理解されていないのではないかと考えております。今でも
脳死については、やがて
心臓死になる、その多くは数日内に
心臓がとまるという説明だけがなされているように思われます。
平成十八年十一月に
内閣府が行った
臓器移植に関する世論
調査においても、
調査の前提として
脳死を説明していますが、そこでは、
脳死は、
人工呼吸などの助けによって、しばらくは
心臓を動かし続けることもできるが、やがては
心臓も停止する状態と説明されています。
このように、知識、情報が正確に周知されているとは言えない
状況でさえ、
脳死を死と考える人の割合がほとんど変化しておりません。また、今述べた
内閣府の
調査に対してさえ、過半数の方が、
本人の書面による
意思表示がある場合に限り、
脳死での
臓器提供を認めるべきであると答えている事実は重要と考えます。
また、今回
改正案が
提出されるに至った理由として、
脳死になったお子さんから
臓器を摘出し、他のお子さんへの
臓器移植を認めるべきではないかという点が挙げられております。苦しんでいるお子様を見ると、もちろん胸が痛みます。ただ一方で、なかなか報道されないけれども、長期間
脳死の状態で生き続けているお子さんがいることも極めて重要な事実です。
臓器移植は、
臓器の
提供を受ける
患者さんの利益を考える医療です。それゆえ、
臓器の
提供を受ける
患者さんのことのみを考え、
臓器の
提供を受ける方だけでなく、
臓器を摘出される
患者さんのことがその陰に隠れてしまいがちです。しかし、特に小児救急医療体制が不十分なため
脳死に至っているケースがあるのではないかという視点から、
脳死となる、またその危険性のあるお子さんの権利保障をまずきちんと考える必要があると思います。
臨床的に
脳死と診断されたお子さんがその後自発呼吸を始めたという例や、一カ月以上心停止に至らない長期
脳死の
子供が全国に六十人以上いることが報道されるなど、お子さんの
脳死診断の難しさや、
子供の
脳死がすぐさま
心臓死には至らないことも指摘されています。
先ほど
清野先生からもお話がありましたが、お子さんの
脳死診断ができると答えられた医師の方が回答の三分の一にも満たなかったという報告もあります。医療従事者に対するアンケート結果からは、十五歳未満の
子供が
脳死での
臓器提供ができない
現状を仕方ないと判断する方が四〇%を超え、
提供できるようにすべきだという回答を上回ったという報道もなされております。
親にとって、
子供はただ生きているだけでよい存在です。私は、
資料としてお
手元に幾つかの記事をお配りしておりますが、その最後の方にある毎日新聞の記事や読売新聞の記事を読んで、その思いを強くしました。それなのに、あたかも
脳死がすぐさま
心臓死につながるかのような説明を前提とし、しかも
脳死の判断が難しいお子さんのケースにおいて、
臓器移植など考えたことのない親御さんに対し、今、
法律を
改正して、突然
脳死になった段階で
臓器を
提供されますかと聞くようにすべきなのだろうかと思ってしまいます。
国内で
移植を受けられない、そのため
海外に行くお子さんのことをどう考えるのか、こういった問題を解消するため
法律を
改正しなければならないのではないかという
意見もお聞きすることがあります。しかし、仮に
法律を
改正したとしても、恐らく、
ドナーとなる方は圧倒的に少なく、やはり
移植を待つ
方々は
海外に行くことになるのではないでしょうか。世界的な
ドナー不足の中、必然的にお金のある国の
患者さんが他国に行くという構図は、
法律の
改正だけでは変わらないと思います。
先ほど来述べている、
脳死というものがいかなる状態なのか、特にお子さんの
脳死判定ができるのか、小児救急医療体制は適正に構築されているのかなどを先行して
検証する必要があると思います。
今回、二つの
改正案を
資料としてちょうだいしました。
まず、
脳死を一律に人間の死とし、
本人が
拒否の
意思表示をしていない限り、
家族の
承諾のみで摘出を可能とする
改正A案がございます。
この案については、人間の死という概念が単に医学的に決められるものでなく、
社会的な合意を得る必要があるという点から、現時点では受け入れられないと思います。
いまだ
脳死を人の死とすることについて
社会的合意がないという認識があったからこそ、現行法が成立したわけです。ですから、その点が変わったのかどうかをきちんと確認する必要があると思います。もちろん、その前提として、先ほど来述べている、
脳死についての新しい知見もきちんと説明する必要があると思います。
脳死は人間の死ではないと思う人は拒絶の
意思表示をすればよいではないかとの
意見もあります。しかし、それでは、
意思決定や
意思表示ができない乳幼児や小児、さまざまな疾患のために
意思表示ができない人、どうすべきか悩んでいる人、それらの人もすべて
臓器摘出を容認したものとみなされることになってしまいます。
また、技術的な問題ですが、
本人が
拒否の
意思表示をしていないという事実を速やかに確認することは極めて難しいと思います。
拒否の
意思表示をしていないと判断して
臓器を摘出した後に、
拒否の
意思表示カードが見つかるという事態が生じることは否定できません。
次に、
意思表示できる年齢を十五歳から十二歳に引き下げる
改正B案がございます。
この案については、
脳死の定義が先ほど来申し上げているとおり非常に
理解が難しく、
脳死が人間の死かなどの問題については、現時点で十二歳の
子供が正しく
理解できる状態にはなっていないのではないかと考えております。
民法は遺言可能年齢を十五歳以上と定め、刑法は十三歳未満の者が性的交渉に同意したとしても強制わいせつ罪などの罪を認めています。みずからの生命自体、その存在を決定する最も重大な決断のできる年齢を安易に引き下げることは許されないと思います。
また、
子供が判断できないときには、親が
子供の
意思を代行して同意することが許されるのではないかという
意見もあるようです。しかし、
子供本人の生命や身体には何ら利益がない、そのことについておよそ代行することはできないと思います。
なお、両案とも親族への優先
提供を認めていますが、
臓器移植法は、
移植術を受ける機会は公平に与えられるように配慮されなければならないと定めております。
移植医療における公平性は重大な柱です。仮に、親族への優先
提供が認められると、偽装結婚などにより形式的に親族にさせるなど、事実上
臓器売買が行われる危険性も否定できません。それゆえ、日弁連はこの点も反対しております。
いただいた十分間でできる限りわかりやすくと考え、申し述べたところですが、なかなかうまく説明できませんでした。日弁連は詳しい
意見書も出しております。ぜひお読みくださいますよう、お願いいたします。また、さらにわかりやすくという趣旨でQアンドAも作成いたしました。どうぞ、これもお読みくださいますよう、お願いいたします。
御清聴ありがとうございました。(
拍手)