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公述人(伊豆見元君) ありがとうございます。
静岡県立大学の伊豆見でございます。またお招きをちょうだいいたしまして、大変光栄に存じております。
お時間が二十分程度ということでございますので、ごく簡単にといいますか、ポイントだけを申し述べさせていただきたいと思っておりますが、最近の朝鮮半島情勢の変化の中で恐らく最も注目されますのが、いわゆる六者会合、六か国協議がようやく動き始めると。六か国協議がスタートいたしましたのは二〇〇三年の八月でありますので、既に三年半以上の時間がたっておりますが、ようやくそれだけの時間を経て動き始めていると。このまま順調に取りあえず進むのであれば、四月の半ばまでは、まずは北朝鮮がプルトニウムを追加的に生産するといいますか、これ以上プルトニウムを増やすということについて一応の歯止めを掛けるということになろうかと思います。
非核化へ向けた道というのはまだ依然として非常に遠いと言わざるを得ませんが、しかし、それでも過去三年半は何も動かなかったということを
考えれば、それでも一歩であれ半歩であれ前に進むということは、これは意味のあることだと思います。
今回どうして、ようやく三年半を経て六か国協議が動き始めたかということを
考えてみますと、やはり最大の要因は、ブッシュ政権の政策が正に百八十度転換したということであろうかと思いますが、これは一言で言えば、ブッシュ政権がいわゆる関与政策といいますか、エンゲージメントの政策の方に踏み切ったということであろうかと思います。
過去六
年間、ブッシュ政権はそれについては非常に後ろ向きといいますか慎重であったわけでありますが、それが変わりました。変わったきっかけは、もちろんイラク、あるいは民主党が中間選挙で多数を占めた等々いろいろな要因が言われておりますけれども、やはり一番重要なことは昨年十月九日の北朝鮮の核実験であると。
実は、
アメリカの変化はその直後から生じておりました。中間選挙は十一月四日だったと思いますが、それのはるか以前、十月九日の実験を受けて
アメリカは北朝鮮と、正にエンゲージでありますが、直接協議を通じて
一つ一つの段階で取引をするという
方向にかじを切りました。
核実験がそれほど切迫感を持たせることになったと言ってよろしいと思いますが、その大きな理由は、これで北朝鮮の核兵器がテロリストの手に渡る
可能性というものがより
現実味を帯びたということだと思います。核実験を行ったことで、北朝鮮の核兵器への信頼性というものが十月九日以前と比べれば飛躍的に増しました。
アルカイダのようなテロリストグループがそれを使用し得る、使える兵器ということが非常に
可能性が高くなったわけでありますし、ブッシュ政権の目から見ますと、そうなりますと、当然のことながら
アメリカ本土にテロリストグループがその北朝鮮の核兵器を持ち込み
アメリカを攻撃するということが一番
懸念されるということでありまして、だとすると、これ以上の
状況の悪化は防がなきゃいけないと。
本来、もちろん究極的な
目的は北朝鮮の非核化という点にありますし、それをブッシュ政権があきらめているとは
考えられませんが、しかし、それは時間も掛かることでもありますし、悠長に構えていますと、
状況は更に悪化し、北朝鮮の核能力は更に向上し強化され、
アメリカ本土が北朝鮮の核兵器がテロリストの手に渡ってそれで攻撃されるかもしれないと、そういう
可能性が出てきたということについてブッシュ政権は敏感に反応いたしましたし、言わばがらっと政策を変えることになったということだと思います。
三点重要なことが恐らくありますが、
一つは米朝の直接協議、交渉というものをやるようになったと。これはずっとブッシュ政権が拒んでいたものでありますが、もうそれを今は積極的にやると。
二番目には、いわゆる相互主義ということになりますが、北朝鮮がこれこれある具体的な行動を取るのであれば、それに対して
アメリカ側も応じた行動を取ると。言わば取引でありますが、その取引も、非常に細かいレベルで
一つ一つステップを踏む中で取引をするということに踏み切りました。相互主義というものの
方向に大きく踏み出していると。
恐らく三番目に重要なのは、それまでのブッシュ政権の
考え方というのは、やはり今の金正日体制を変えなければいかぬと。レジームチェンジという言葉が当初言われ、途中からレジームトランスフォーメーションということが言われるようになりましたが、言わば体制を変革するということだったわけですが、そちらではなくて、北朝鮮の今の金正日政権の政策を変えさせると。ポリシーチェンジでありますが、政策の変更というものを求める
方向に転換をしたということであります。
この三つが恐らく
特徴として言えるであろう。直接協議、相互主義、そして体制変革から政策変更へということでありますが、この三つは、
考えてみますと、ブッシュ政権がリビアに対して取った政策と基本的に同じ形でありまして、御案内のように、リビアに関しましては大量破壊兵器を放棄させることに
アメリカは成功をいたしました。大きく違うところがあるとすれば、リビアのケースに対しては、
アメリカは
イギリスと組んで言わば米英という形でやりましたが、今回の
アメリカの政策変更は
アメリカが単独で行っている、言わば
イギリスに
相当する存在がないということが大きな差だということになろうかと思いますが、しかし、リビアに対するアプローチと現在北朝鮮に対してブッシュ政権が取り始めているアプローチは極めて似ているということになろうかと思います。
ブッシュ政権が変化したことによりまして北朝鮮の方も変化をいたしました。この変化で大きいのは、当面、北朝鮮は核実験を行わない
可能性が高いわけでありまして、あるいはミサイル試射というものも行わないと
考えられる。
御案内のように、昨年の四月五日にミサイルの試射をいたしましたし、十月九日には核実験をした。それまでなかなか北朝鮮が踏み切れなかったこと、二つ大胆なことを北朝鮮はやったわけでありますが、しかし、仮に
アメリカに対して完全なる抑止力を持とうと
考えるのであれば、まだ道半ばであるということは間違いないと思います。
すなわち、核実験を更に繰り返すという中で核兵器の小型化というのを完全に確実なものにし、そしてそれを弾頭化して弾道ミサイルに装てんするということで、言わば核ミサイルを手にするということがまず必要でありましょうし、同時に、その核ミサイルが
アメリカ本土を直撃できるという足の長い弾道ミサイルになる必要があるということもありますので、完全なる対米抑止力ということを
考えるのであれば更に核実験を繰り返す必要があるでしょうし、さらにミサイルの発射、とりわけテポドン2号と呼ばれている
アメリカ本土に到達する長距離ミサイルについてはまだ完成をいたしておりませんので、その完成を急ぐということも
一つの選択肢としては
考えられましたが、しかし現在の北朝鮮はそちらを追求することをしていない。
むしろ、
アメリカとの交渉を通じた取引が可能になったということを多として、そちらの
方向でどこまで
アメリカと取引できるかという
方向に北朝鮮自身もかじを切っているということが言えようかと思います。したがって、
アメリカの変化は北朝鮮の変化をもたらした。当面我々はしばらく安全という
状況は、まあしばらくでありますので、いつまた元に戻るか分かりませんけれども、しばらくはそういう
状況になってきたということであります。
こういう新しい変化を受けて
考えてみますと、北朝鮮をどうして変えていくことが可能なのかと、大きく北朝鮮に本格的な政策変化をもたらすという意味で何が重要なのかということでありますが、もちろん本来最も望ましいのは、圧力とインセンティブといいますか、ものがうまく組み合わせられることであろうと思います。それが両方が効果を発揮するのであれば、北朝鮮を変えるのには最も有効であろうと
考えられますが、しかし、現在それは不可能な
状況にあると。とりわけ圧力の面ということになりますと、それを発揮して最も効果があるのは中国と韓国でありますが、しかし中国と韓国は非常に大きな圧力を北朝鮮に加える
可能性は今のところ認められない。特に、昨年ミサイル発射あるいは核実験ということがあったにもかかわらず、中国と韓国が北朝鮮に大きな圧力を掛けるということには至らなかったわけであります。
一方、インセンティブの面でいえば、最も効果があるのは、それは
アメリカと日本ということになりますが、現時点では、日本にはそのインセンティブを加えるという
状況にはないということになると思いますが、しかし
アメリカが、さきに御説明をいたしましたように変わり、変化し始めました。その
アメリカがインセンティブを与えるようになったことだけでも動き始めたということは事実でありますので、本来ですと、非常に強力な圧力が一方で掛かり、他方でその圧力を掛けて北朝鮮が変わるんであれば北朝鮮にもいいことがあるぞというインセンティブが、非常に魅力的なインセンティブが与えられるということが最も望ましいと思いますが、そういう形にはなりませんが、しかし現在、
アメリカがインセンティブを提供するようになる、同時に圧力の面でいえば、不十分なものかもしれませんが圧力を掛けていることも事実でありますし、あるいは国連の安全保障理事会で決議が通って制裁を今行っていることも御案内のとおりでありますので、一定の圧力はある中で、
アメリカのインセンティブを与える政策、関与、エンゲージメント政策というものがある効果を持ち始めたというのが今の
状況だろうと思います。
だとしますと、これを更に推し進めて北朝鮮の本格的な政策変化というものをもたらすためには、やはり日本も
アメリカと同様な関与政策への転換、あるいはインセンティブを与えるということが重要になってくると私は思っております。
したがいまして、現在のような、今までのような一種の圧力一辺倒から、圧力とともにインセンティブを与えるということも行うと、双方一緒に実施するということが重要だと思いますし、インセンティブを与え、少しずつ物事を動かしていくという意味は、すなわち取引をするということでありまして、これは極めて今の日本の雰囲気、
状況からしますと不愉快な話でありますけれども、しかし、あえて不愉快な選択であっても、その取引という
方向に私は進んでいく必要があると
考えております。
そのためには、まず関与政策、エンゲージメントということでいうならば、大事なことは私は核とミサイルの問題をやはり拉致問題と同等の重みで扱うべきであろうと。現在、拉致問題が最優先の課題であるということは、私はそれは当然理解できることでありますし、結構なことだとは思いますが、しかしそのために核問題、とりわけミサイル問題、二の次、三の次、下手をすると、四の次か五の次か分からないような非常に低い政策優先順位になっているということが、私はそれは改めるべきであろうかと。まずは、核、ミサイルも拉致問題と同等の位置付け、同等の最重要課題として位置付けられるということが必要でありましょうし、それは
一つの関与政策を行う上での前提になると思います。そしてまた、関与政策ということを進めるんであれば、やはり
アメリカと同様に北朝鮮に対して圧力だけではなくてインセンティブも与えるという
方向に切り替えていくべきであろうというふうに
考えております。
インセンティブということになりますと、まず日本にとって一番大きなインセンティブはもちろん国交正常化ということでありますし、国交正常化の後の大
規模な
経済協力ということになろうかと思いますが、それが北朝鮮にとって魅力のあるインセンティブになり得るという
状況をつくるためには、日本側に、条件が満たされるならば、すなわち北朝鮮が変化するんであれば我々は国交正常化をするんだということを、日本側に強い国交正常化の意思があることを北朝鮮側に信じ込ませるというんですか、北朝鮮側にそれを確信させることが必要であろうと。北朝鮮が日本の意思を疑うということであれば、幾ら拉致問題を解決しても日本は正常化をしないのかもしれない、あるいは核問題、ミサイル問題が解決しても日本は正常化をしないのかもしれないと北朝鮮が思うのであれば、それは動いてくるということは期待できないと思います。
そういう点では、北朝鮮に国交正常化というものを日本が意思を持っているということを確信させることがまず重要だと思いますし、同時に、そのための条件の中には、拉致問題、核問題に加えてミサイル問題もあるということ、これミサイル問題については、とりわけ日本全土を射程に収めているミサイルについて、いわゆるイニシアチブを取ってこの問題の解決に動けるのは日本だけでありまして、その日本が非常に消極的な今対応を取っているということは私は好ましくないと思いますので、やはりミサイル問題の解決に積極的に取り組むべきであろうと思います。
最終的には、その関与政策を通じて、やはり
アメリカ及び周辺の諸国に日本が本当に信頼に足る利害共有者と、まあ今、
アメリカ、ブッシュ政権が好んで使う言葉の
一つでありますが、ステークホルダーでありますが、利害を共有している、しかしそれは信頼に足る利害の共有できるパートナーであるということをアピールすることが重要だと思います。
というのは、この核問題が進んでいっても、日本が積極的に関与をしなければ、その利害共有者の反対語というのはただ乗りであります、フリーライダーであって、利益は享受するが責任を果たさない、
コストは
負担しないということになるわけでありまして、積極的に日本がコミットをする、役割を果たすということをしなければ、日本は利害を共有している者よりもむしろただ乗りの論者、ただ乗りではないかという評価を得る危険性も十分にあろうかと思います。
そういう点で、具体的に北朝鮮の非核化のプロセスに入る、あるいはその非核化の手前でもプルトニウムを、あるいはウラニウムをどう管理するか、そしてそれを国外に搬出するかという課題がこれから出てきますが、そういうもののいわゆる検証のプロセスに日本は積極的に関与し、これを
アメリカや中国に預けるというようなことをしないようにするということが日本の責任感というものを示す
一つの具体的な方途だと思いますし、さらに北東アジア地域の平和と安全のメカニズムをつくるということが、これは当面、朝鮮半島の平和と安全に限定されて、四か国、朝鮮戦争の当事国であった米中両国と南北朝鮮の間で四か国の協議が始まると思いますが、我々にとってもその朝鮮半島の平和と安全、あるいは北東アジアの平和と安全のメカニズムをつくることは、我々も当事者の一人でありますので、この問題についても積極的に関与をすることが望まれると、かように
考えております。
お時間になりましたので、これで終わりにさせていただきます。
ありがとうございました。