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参考人(
佐藤孝道君) 皆さん、こんにちは。聖路加病院の
佐藤と申します。
私の所属しているこの
女性総合診療部というのは何かというふうに思われる方いらっしゃると思うんですが、まあ平たく言えば産婦人科であります。元々、産婦人科という名称だったんですけれども、
女性の一生をずっと先まで見据えて診療をしたい、例えば若い人で卵巣がんに不幸にしてなったという場合にも将来できれば妊娠、出産できるような形で治療をしたいというふうなことで、こういうふうに名称を変えた科であります。
私は、今日お話をする最初の部分は、
不妊治療の実際にどんなふうになっているのかということを解説をしろというふうに言われておりますので、皆さん御存じの方もいらっしゃるかと思うんですけれども、
不妊治療というのはこういうふうになっているんだというようなことをまず最初にお話をさせていただきたいと思います。(資料映写)
これは私のデータではございませんけれども、健康な二百カップルの妊娠率と累積妊娠率というものを出したものです。妊娠率というのは周期当たり例えば百人の人がいるとすると何人ぐらい妊娠するかというようなもので、それから累積妊娠率というのは、例えば一月に一回ずつ基本的には妊娠するチャンスがあるわけですけれども、それが例えば四回、五回となったら何%ぐらいの人が妊娠するかというようなことを示したものになります。それで、このグリーンの方はその妊娠率の方になります。その数値はこちらの方に出てくるんですけれども、最初の、これ健康な二百カップルというのは、きちんとちゃんとタイムリーに性交渉を持っている、頻回に性交渉を持っているという若いカップルであります。
でも、最初のころで
一つ分かるのは、最初の一番非常にいい
条件のところでも三〇%ぐらいしか妊娠をいたしません。それで、だんだんだんだん妊娠率というのが下がってきて、例えば十一回目ぐらいまで、十一か月間妊娠しなかった人が十二か月目に妊娠をする
可能性というのはもう五%を切るぐらいになります。これが今の、今のというか、昔からの
人間の妊娠率とはこんなもんなんだということをまず理解をしていただくことは非常に大事だというふうに思います。
その結果、これは総数が二百でありますが、そのうちのどのぐらいのカップルが妊娠したかというのはこのブルーの方の棒になりますけれども、一年たったところで百六十人、つまり八〇%ぐらいの人が妊娠をしたというところで、もう
一つはごらんになって分かるように、頭打ちになってきているのが分かります。だんだんだんだん増えなくなってくる、数が増えなくなってくるというふうな背景があります。
多くの人が誤解をされるのは、ちゃんとタイムリーに健康な若いカップルが性交渉を持てば、いわゆるハネムーンベビーでほとんどもう七、八〇%、うまくいけば一〇〇%は妊娠するんじゃないかというふうに思われるかも分かりませんけれども、実際はそんなことなくって、妊娠率というのは元々かなり低いというふうなことが分かります。この
考え方をきちんととらえておくことは非常に重要であるというふうに思います。
その次のところに不妊症について書いてありますけれども、不妊症あるいは不妊というのは、WHOなんかは十二か月、一年間ですね、妊娠しなかった場合に、性交渉がありながら妊娠をしないときに不妊と言っていますし、
日本産婦人科学会は二十四か月にしておりますけれども、世の中でも実際には最近は十二か月ぐらいで治療を開始するということはだんだん増えてきております。
それからもう
一つ、不妊について大事なことは、不妊というと何となしに
子供ができないというふうにとらえがちですけれども、実際にはそういう
意味でいうと、先ほどお話をしたいわゆる妊娠率が低下をした状態というふうにとらえる必要があります。それが非常に大事なことで、そのために、ステライルという言葉とインファータイルという言葉が英語ではあるんですけれども、日本語では不妊と一括してしまっているわけです。ですが、多くの実際に不妊症の患者さんというのは何かのはっきりした原因があるわけではありません。ほとんどが余り原因がはっきりしたものがない、でも何となしに妊娠しないというふうな状態にあります。
その次のスライドのところに不妊の原因というのが書いてあります。
これはもう一般的に、不妊の明らかにこれだと皆さん原因になるだろうなと分かるようなものを書いてあります。例えば、うまく排卵をしないとか、それから排卵をした卵がうまく中へ取り込まれてこないとか、あるいは何か子宮に筋腫があってうまく
着床ができないとか、それから
精子の数が少ないとかというのが書いてあります。でも、このうちで絶対的不妊原因になり得るものと書いてあるのは、要するにこれがあったら絶対まず妊娠しないだろうなと思うようなものを書いてあります。それは、例えば
両方の卵管が詰まっている、それから全く排卵しない、それから全くの無
精子症であるという患者さんになります。でも、実を言うと、そんな患者さんは非常に少ないです。多くの方は何か、例えば、ほとんど排卵しているんだけれども時々排卵しないとか、少し基礎体温がちょっと何か変だなとかというふうなところにとどまることが実際には多いんです。
いずれにしても、今のような原因を調べていくために、ここに書いてあるような精液の検査をしたり、超音波の検査をしたり、卵管が通っているかどうかを調べる子宮卵管造影検査をしたりします。
それで、そういうふうな結果に基づいて、これは私自身のデータなんですが、実際に上の方が原発不妊、上の方の原発不妊というのは、一度も
子供さんを妊娠されたことがない方です。下の方は続発不妊、一度は妊娠されたことがあるという方の、そのうちで実際に上の方が八百六十例ですか、下の方が五百四十例ですけれども、この絶対不妊、先ほどお話しした
両方の卵管が詰まっている、それから全く排卵しない、それから
精子が全くいないという人は
両方とも大体一〇%ちょっとぐらいのところですね。ほとんどの人は何か、例えば子宮内膜症というような病気があるんだけれども、卵管もちゃんと通っている、ちゃんと排卵もしている、そんなに大した内膜症でもないとかというふうな人とかですね、というふうなことになります。
最近この中でやっぱり、ここのところで非常に気になるのは、後でまたお話ししていきますけれども、やっぱり高齢、年齢のファクターって物すごく大きくなってきているんじゃないかというふうに思っております。
それで、その次に
不妊治療の現状についてお話をさせていただきます。
不妊治療とはどんな種類があるかということをお話をさせていただきますと、大きく分けると、
幾つかの分け方があるんですが、
一つは一般
不妊治療と言われるものがあります。一般
不妊治療と呼ばれるものは、どちらかというと、原因を見付けてそれを治療していこうというようなもので、例えば排卵がうまくいってないんだったら排卵誘発をしましょうとか、あるいは例えば
精子の数が少ないのであれば何か薬剤療法をしてみましょうと。これは余り実を言うと効くという証拠がないんですけれども、そんなことをやられたりするというような治療法。余り、余りというか、
精子とか
卵子を直接いじらないで治療をするというのが一般
不妊治療と言われるものです。
それからもう
一つは、今の問題になっているというか、非常に広く行われるようになってきた補助
生殖医療と言われるものがあります。補助
生殖医療というのは、
卵子とか
精子を直接いじって
操作をして、
体外で
操作をして
受精をさせて、それを子宮の中に戻してやる方法であります。
横文字でたくさん書いてあって非常に分かりにくくて申し訳ないんですが、実を言うと、こういう言葉、ここへ出てくることは結構たくさん一般の患者さんはよく知っておられます。ここでそのまま使わせていただくことをお許しいただくと、まず補助
生殖医療というのはアシステッド・リプロダクティブ・テクノロジーということで、よくARTというふうに略されます。掛け言葉ですね、一種の掛け言葉であります。基本的には卵巣から
卵子を取り出してきて、その
卵子を外で
受精をさせます。IVFと言われるイン・ビトロ・ファーティリゼーションですね、それをする。あるいは、若しくは外で
精子を
卵子の中に直接差し込んでみるという形で顕微授精、ICSIというふうに言われますけれども、そういうふうな形で
受精したものを何日間か外で培養して、今は大
体外で三日間ぐらい培養して子宮の中に戻してやります。それから、その後もうちょっと培養して、五日間ぐらいというのが胚盤胞
移植と言われる方法であります。基本になるのはこの三日間培養するという方法が基本になっています。それ以外に、途中でその
卵子とか
精子を凍結をするというような方法が取られると。こういうふうな方法全体を指してARTというふうに呼ばれていますし、これがいろんな
生殖の
可能性をつくり出してきたというふうに言うことができます。
それで、実際にそういう形で生まれてくる
子供達の数が今どのぐらいになっているかというと、これは
我が国の
産婦人科学会がまとめているデータによるものでありますが、一番新しいのが二〇〇三年であります。二〇〇三年に、これ、それぞれ新鮮胚、それから顕微授精によるものとかって書いてありますが、一番下のところだけ見ていただけると、出生児数というのが書いてあります。どのぐらいの数が生まれているかということで、二〇〇〇年には一万一千九百三十人ですね、約一万二千人であったものが、二〇〇三年には一万七千四百人になっております。その間ずっと見てみますと、もう急速に増加をしていることが分かります。
これ、二〇〇三年の
段階で恐らく生まれてくる
子供の一・五%ぐらいはARTによる出産ということになりますし、恐らく今は二%か、二%を超えているんじゃないかというふうに思います。つまり、五十人に一人、もうじき小学校でいうとクラスに一人ずつは
体外受精で生まれた
子供だというふうな時代になってくるんじゃないかなというふうに思います。非常に大きな
不妊治療というのは問題になってきていると思います。
不妊治療には基本的には大きく分けると二つの流れがございます。先ほどからお話ししていることから御理解いただけるかと思います。
一つは、原因に
対応して、それに対する治療をする。それからもう
一つは、ステップアップ法というふうによく呼ばれる方法で、どんな方法かといいますと、例えばタイミング法という方法をやっていくと、さっきも、普通の自然の妊娠でも、一回目、二回目、三回目と妊娠しなかったら、どんどん妊娠率が下がっていきます。同じように、
一つの治療法をやっていくと、だんだんだんだん成績が下がります。下がってくると、実を言うと、例えばタイミング法に比べると、
人工授精をすると大体二倍ぐらいの妊娠率になるということが分かっていますので、こうやって妊娠率を上げようとする。で、またやっていくと、だんだんだんだん下がっていく。もう最終的には
体外受精をやりましょうというような形で、こういうふうな進め方のものをタイミング法というふうに言いますが、そういうものが行われている。この二つの流れがあるんだというふうに御理解をいただければと思います。
その上で、実際にその
不妊治療の患者さんがどのぐらい最終的に妊娠をしているかというと、これは私の病院のデータでありますが、約五百例ぐらいのデータを基にしたものでありますが、百人の人が初診をして、もう初診のときから脱落をする患者さんが出てまいりますが、途中で脱落をしたとか入れて、最終的に妊娠をされた方というのは、あるいは現在妊娠中の方というのは三十一例でありますが、これは百例に対して三十一例ということでありますから、三一%と。六十九人は妊娠をしていない、あるいはあきらめている、あるいはほかの病院に逃げちゃったというふうに言えることができるかと思います。
これは私の病院の不妊外来の初診をしたときの年齢分布を示したものであります。ごらんになって分かるように、平均年齢は三十五歳でありますし、もうきれいに三十五歳のところをピークにした山ができております。つまり、不妊で初診をされるときに三十五歳であると、かなりのもう高齢にある
意味でいうとなってきているというふうに言うことができます。
それから、これは
アメリカのデータで、
体外受精のときの、横の方に年齢が書いてあって、縦が妊娠率だというふうに、この真ん中の太いのが妊娠率だと思っていただければいいんですが。ごらんになって分かるように、先ほどもちょっと話がありましたが、大体三十二歳のところ、ピークにしてというよりは、そこのところが最後、落ち始める最後というか、高いところの最後と言った方がいいですね、高いところの最後です。その後はもう急速に落ちてまいります。もう三十二歳を過ぎればそこはもう最後の
段階ということになって、妊娠率が下がっていく。
私の外来へ来ている不妊症の方の平均年齢は三十五歳で、もう完全落ち始めたところにいると。それから、私の病院の初産婦の出産の平均年齢が今三十三であります。もう非常に高くなってきている。それから、
体外受精を受ける患者さんの平均年齢は四十であります。もう非常に成績が悪くなってから
不妊治療が始まっている、あるいは行われているというのが現状で。
それから、これは
皆様の方が御
専門なので御存じのことだと思いますが、
子供の第一子の出産数と母体の年齢の変化を書いているものですが、とにかく高齢になってから第一子を出産する方が増えてきているというような背景がございます。
是非とも、
一つお願いというか、
幾つかお願いがあるんですけれども、若い
人たちの妊娠、出産の奨励を是非行っていただきたいというふうに思っています。
確かに
不妊治療に対するいろんな公的な補助というのは非常に大事だというふうに考えられますが、やっぱりそこでだけやっていたんじゃもう焼け石に水の状態で、恐らく
子供の数はどんどんどんどん減っていくし、不妊の患者さんはどんどんどんどん増えていくというふうな
状況になっていくと思います。若い
人たちを対象にした出産一時金のこととか休業補償
システムだとか、あるいは若い時代に妊娠、出産することの大切さをうたうことも大事だと思いますし、それから保育所なんかの整備をすることも非常に大事だと思います。
不妊の患者さんもそうでありますし、妊娠をする患者さんというのは
子供が生まれた後のビジョンをかなり思い浮かべます。そのときに
自分たちがこれで生活をやっていかれるかどうかってやっぱり非常に真剣に考えられると思うので、若い時代に
子供が出産できるように是非援助をしていただきたいと思います。
それから、下に書いてあるのは、不妊にかかわるいろんな要因をできるだけ減らすような広報活動をやっていただきたいということであります。
それから、不妊の患者さんについてもう少しお話をさせていただくと、これは不妊の患者さんから私自身が直接言われたことをここに書いたものであります。全部読むわけにいかないので少しかいつまんでお話しさせていただくと、何か麻薬中毒になったようだとかベルトコンベヤーに乗っているようだとか、あるいは場合によったら、病院に来ていれば安心だ、あるいは病院、通院はアリバイづくりのためだけだというふうに言っている方もいらっしゃいます。なぜこんなふうに思われるのかということがあります。皆さんこういうふうに言っているわけではないんですけれども、かなり多くの人がこういうような
考え方を持っておられます。
やっぱりそれは、
一つは不妊そのものが持つ社会的な問題があると思います。
自分たちには必ず親がいますけれども、
子供ができるとは限らないという非常に当たり前のことがなかなか受け入れられないことであります。また、周囲から簡単に、あの病院へ行けば
子供ができるわよとか、あの病院で
体外受精を受ければいいのに、公的補助も出ているんだからというふうなことを言われる。そのことが非常に、によって傷付けられるというふうなことで、
自分を大切に思う気持ちの崩壊が
一つは起こってまいります。
それからもう
一つは、高度
生殖医療そのものが技術が非常に複雑で分かりにくい。それから、何でもできるような印象を与えます。それから、保険が使えない、高額であるというようなこともありますし、プライバシーが、
生殖というのはもう完全なプライバシーであると思いますが、それが人の手にゆだねられてしまうというようなことがもう
一つ大きな非常に問題だと思います。
それからもう
一つは、
医療従事者の姿勢に問題があると思います。これは成績がなかなか公開をされないというようなことももちろんあるかと思いますし、インフォームド・コンセントが不足しているということも
現実の問題としてあるというふうに理解をしております。
これは私の病院で、不妊で来られた患者さんに何について知りたいですかというのを聞いたもののパーセントを書いてあります。年齢別に分けて書いてございます。一番多いのは、やっぱり見通しを知りたい、
子供が本当にできるのかどうか見通しを知りたいという
意見が非常に強かったですね。それぞれ何かパーセント、余り大したことじゃないんじゃないかと思われるかも分かりませんが、皆さんそれぞれ何かを書いておられるというのが非常に特徴的なことだと思います。
医療に対する希望を書いておられるというようなことが言えます。
そんなことで、私たちは不妊の患者さんが持っているそういう悩みをある程度共感をしながら、かつ正確な
情報を
提供する必要があるというようなことで、NPO法人でありますけれども、日本不妊カウンセリング
学会というものを設立をして、今現在
会員数が千二百名おります。そういう
人たちがカウンセラーだとかあるいはそういう指導もできる
人たちを養成をしてまいりました。その
学会の方からも今日ここでどんな
意見を述べたらいいかというようなことで
意見をいただいてきたことも含めて話をさせていただいております。
それから、これは同時に、少し違う側面からの話でありますが、先ほどお話ししたように、不妊で
子供さんをつくるという方は将来の
子供さんのことについても非常に大きな心配を持っておられます。実を言うと、
体外受精で生まれてくる
子供たちの先天異常が少し高くなるんじゃないかというような報告が
外国で最近相次いで出てきております。そのこととか、あるいは顕微授精で染色体異常が増えるというようなことも報告をされております。恐らく間違いない事実であろうというふうに思います。もう
一つは多胎の問題がございますね。多胎が増えますと、これは脳性麻痺が確実に増えてまいります。そういうこともございますので、
子供の将来のことまで含めた対策を立てる必要がある。
そういう
意味でいうと、今の、正直申し上げて、産科
医療がだんだんだんだん荒廃をしてきて産婦人科医がいなくなるんじゃないか、私たちももうそろそろ最後かなというふうに思っているわけでありますが、そんな事態は是非とも避けていただきたいというふうに考えております。恐らく、不妊の患者さんにとっての
一つの心配は、将来
自分たちが
子供ができたときに本当に安心して産めるところがあるのかというのは非常に大きな問題なのであります。
これは最後のお願いというか、提案ということでありますが、
一つは不妊のカップルがカウンセリングが受けられる、カウンセリングってここで言うと、やっぱり
一つは正確な
情報を
提供するということと、もう
一つはそういう患者さんの悩みに共感できる
人たちがいる、そういうカウンセリングの場をいろんなところにつくっていただきたい。確かに各都道府県に不妊相談センターというのはできているんですが、本当に正常に機能しているかどうかというのは甚だ私の理解している限りでは疑わしいところもございます。それを是非ともお願いをしたい。
それからもう
一つは、できれば国のようなレベルで不妊に関する
情報の収集と、それからそれをちゃんと多くの人が見られるような、特に今はインターネットがあるわけですから、そういうところを通して見られるような
システムを是非ともつくっていただきたいというふうに思います。
それからもう
一つは、改めて申し上げますと、産科
医療の今現在荒廃と言っていいと思います。是非ともそれから脱却できるような方向を何かお示しをいただければというふうに思います。
どうもありがとうございました。