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参考人(
畑村洋太郎君) 私の
意見は、安全な
社会を実現するためにというので、
回転ドアと
エレベーターを例にして、今、
日本じゅうの人がどんなふうに
考えを変えていかなければいけないかということを実例でお話ししようと思います。
まず、この紙に従ってめくっていってください。まず、
ドアプロジェクトというのをやりました。
これは、二年半前に六本木で男の子が
回転ドアに挟まって亡くなった
事故です。そして、これは
責任追及型の
警察の捜査その他は行われましたが、僕の方から見ていると、
日本のもう典型的な処理の仕方で、
警察が
原因究明をしてそれでおしまいというのになるに決まっているというふうに思っていました。事実、そのとおり進んでいきましたので、私は自分で勝手に、個人として
事故の
調査を
組織してやることにしました。ですから、どこからも
お金ももらっていませんし、どこからもサポートは受けていません。しかし、声を掛けた
会社もどこも皆全面的に
協力をしてくれました。特に、
事故を起こした
森ビルとそれから
回転ドアを造った
三和タジマはもう全面的に
協力をしてくれて、それで、その結果いろんなことが明らかになりました。
それで、
回転ドアの
事故があると、
回転ドアだけをみんな調べようとしますが、それでは決して本当のことは見えないので、
ドアと名が付くもの全部というものでやることにしました。そういうふうにすると、
ドアにまつわるいろんな危険なものが非常にはっきりと出てまいります。例えば、
自動車を使い、それから新幹線や
山手線も実車を使いましたし、すべて実物で実験をやりました。また、
国際協力もありまして、それに使う
センサーはスイスの
センサーメーカーが
提供してくれるし、
ダミー人形を使うのは
アメリカの
ファーストテクノロジーという
会社がたった三月で物すごいいいものを作ってきてくれました。それから、こういうものを
世の中に報道しなければ意味がないと思っていましたので、
NHKが全面的に
協力してくれて、いろんなものの記録を取って
世の中に伝えていくことをやりました。ただし、
義務的にやったことではなくて勝手連でやったものです。
その結果分かったものが二ページにありますが、例えば、
手動と
自動であると、みんな
自動の方が故障があったら危ないというふうに思っていますが、実測すると
手動の方がはるかに危ないです。そして、
自動で危なかったのは唯一この
事故を起こした大型の
回転ドアだけで、それ以外は全部安全でした。
それから、
技術の系譜ということを
考えてないといけない。これは、
ヨーロッパで発達したものが
日本に伝わってくるときに、軽くなければ危ないという知見がなくなって、立派で見事なものになって重さが約三倍になっていました。そして、この三倍になっていることがどれだけ危険かということはだれも気が付かないでそれを作って使っていたわけです。ですから
事故が起こりました。
三番目に、
暗黙知があるということを知りました。玄関に使われている
スライドドアや
エレベーターの
ドアは人が触ると急退避する
機能を持っていますが、電車の
ドアも、それからその他の
スライドドアもそういう
機能は持っていません。これは、それぞれの
産業分野の
技術が全部孤立していて、ある部分では当然持っている、
暗黙知というのはそういうものですが、それが
一つも共有されていません。
それから、軽微な
事故は
重大事故の予兆だ、これは
労働災害で言われているハインリッヒの法則が言っていますが、このことがそのとおりに起こっています。
三ページ目は、
事故を起こした
回転ドアの大体の寸法です。四・八メーターの直径のものが約一秒間八十センチの速さで回っていて、この重さが二・七トンもありました。挟まればこれは
止めようがありません。みんな
センサーで止めればいいと言いますが、それは
うそです。
止めようとする信号を出してから止まるまでの間に必ず時間が掛かるというのが中学校か高校の
物理学で教えていることなんです。こんな当たり前のことが、だれもそのことを気を付けて使っていません。
四ページ目にあるのは、
NHKに撮ってもらったんですが、一秒間に千こま撮れる
高速度カメラで人が挟まる状態をやったものです。右側にあるのが縦の柱で、左側が
回転ドアです。真ん中に
センサーが入っていますが、頭が挟まれてぐじゃぐじゃに崩れていく様子が見えます。
そして、五ページ目をごらんください。力
センサーを挟んだときに
ドアで発生する最大の挟み力を
ドアと名が付くもの全部についてやった結果です。赤が
手動です。ばたんと閉めたときです。信じられないような高い力が出ているんですが、大人の頭が壊れるのは約、ここに書いてある二千ニュートンだと
考えられています。そして、子供の頭がつぶれるのが千ニュートンだと
考えられていますが、見てください、大型
回転ドア以外は全部、この
自動で動いているものは千ニュートン以下です。全部安全になっているんです。で、それ以外、
手動で大丈夫だと勝手にみんなが思っているものが全部めちゃくちゃ
事故を起こしているということです。
六ページをごらんください。これは、
ヨーロッパで
回転ドアが発達しましたが、
日本に来るときに、軽くないと危ないという知見がなくなって見栄えの良さというものが付け加わった結果、重さが約三倍になりました。しかし、これがどれだけ危険かということは、設計する人も取り付ける人も管理する人も、それから使う人も、だれも気が付かずにこれを使っていて
事故が起こります。
七ページをごらんください。これがハインリッヒの法則です。一件の重大災害の裏には二十九件のかすり傷程度の軽災害が起こっているぞ、そして、その裏には、けがにはならないけれど、冷やっとしたり、はっとした経験があるというのがハインリッヒの法則です。これはすべての
事故や失敗に当てはまります。三百件のヒヤリ・ハットのときに、それに真摯に正対してきちんと対応をすれば、重大災害は防げます。さらに、二十九件の軽微な
事故のときにそれと気が付くと、重大災害は防げます。
そして、それが全くそのとおりが、六本木の
回転ドアが起こったことを示したのが八ページの絵です。これは、
事故が起こった後に改めて
森ビルの中からもらったデータで、僕がグラフにしたものです。一番上が
重大事故、これを使い始めて一年目に起こっています。その次に書いてあるのが、
重大事故で救急車で運ばれたものが十一件、それから救護室でやったものが二十一件あります。そして、こういったものが合計三十二件起こっていて、
最後に
死亡事故が起こっているんです。ハインリッヒの法則のとおりになっているんですが、余りに見事に合い過ぎていて気味が悪いぐらいです。
しかしこれは、じゃあこれを使っていたやつが悪いんだなとか、そういう処置の仕方をしますが、だれも、危ないと本当に気が付いていたら使う人なんかいません。ですから、設計する人も造る人も使う人も管理する人も、みんな危なさに気が付かないでいてこういう
事故が起こるんだ、ここが一番重要なところです。
それからもう
一つ、本当に
重大事故が起こる前には必ず軽微な
事故が散発しています。そして、そのときにきちんとこれを取り込まないと、必ず
重大事故が起こります。
次に、
エレベーター事故です。
これは港区で六月三日に起こったものですが、つい最近起こったものです。そして、これを現地
調査をし、それから同じシンドラー社製の
エレベーターのほかの場所にあるものを調べて、それで僕なりに
考えたものです。
その結論は、設計者が、設計自身が根本的に間違ったまま世界じゅうの
エレベーターが動いているということです。なぜか。かごの落下だけが怖いのでそちらのことだけを
考えていて、釣合いおもり、これをカウンターウエートと言いますが、カウンターウエートが落ちる、これはかごが上に上がるということです。このことを全く
考えていません。世界じゅうの
エレベーターは、いつでも人を挟んで、人をちょん切ってしまうような、そういう機械に世界じゅうの機械がなっています。
そして、ここで言っておきたいのは、この
事故は
日本で起こったので今大騒ぎになっていますが、二〇〇三年の八月十六日に
アメリカで、
日本人が上がる
エレベーターに挟まって首が切られて死亡しています。そういう
事故が
アメリカで起こっているのに
日本にそれが伝わっていないので、そういう
事故があることすら
日本じゅう知らないで、これを今ごろ取り上げているということです。
情報を正確に伝える。しかも、今回の
法律の中には全然出てきませんが、外国で起こっている
重大事故を
日本の
消費者に知らせるのは、輸入して設置して
販売する者の
義務であるというのをやらない限り、今の例は防げないんです。ですから、ここの
問題点の中の
一つに今のことを入れないと、必ず同じ形の
事故が起こります。
次に、機械と人間の
関係が変わっています。機械は安全なはずという思い込みでみんなが使っていますが、機械は危ないというふうにみんなが
考えて、どう機械と接するかということを見ていないと、
重大事故が起こります。手抜きをしても
事故になるまでは気付かないということがまた後の例で出てきます。
十一ページ目をごらんください。
今、港区で起こったのは、ブレーキが駄目だったからというので
警察は片付けることにして動いていると聞いています。それもそのとおりかもしれません。しかし、僕は機械
技術者ですので、これで見ますと大いに疑問に思っています。なぜか。実物を見ると、このブレーキというのは、止まっているものを止めておくだけの
機能しか元々ありません。動いているものを止める
機能があるかのように思って全体の処理をしているところが大きな間違いのもとだというふうに思います。
十二ページをごらんください。
これは、今、基本的に使われている
エレベーターの構造です。かごがあって上下しますが、これに釣合いおもりのカウンターウエートというのがあります。そして、このカウンターウエートは、定員の二分の一の人が乗ったときにちょうど釣り合うようにできているので、大きな
エレベーターに一人か二人で乗ったら、挟まれば必ず死ぬという機械になっています。
次、十三ページをごらんください。
設計者は動いている状態とまずくなった状態を
考えなければいけないけど、
考えていません。
十四ページをごらんください。
みんな、設計者は、取り扱う人は、発生頻度が高いことだけに目が行って、あり得ることではあるけどめったに起こらないということを
考えていません。失敗学では、あり得ることは起こると
考え、
重大事故があるとしたらどんなものがあり得るかということを
考えています。
十五ページをごらんください。これは実際にあった例です。
エレベーターに閉じ込められたので非常ボタンを押しました。管制センターにつながっているはずですがつながっていなかったので、救出するのに半日以上掛かった、すごく重大なことが起こっています。なぜか、簡単です。保守員が、作業
報告書は全部これをチェックしたというふうにして管理者に
報告していました。実際には断線していました。こういうことが起こっていて、一体だれがこれをどう担保するんでしょうか。
次、三番目に、
社会がやるべきこと。すき間領域を作らない、
事故情報の
自動収集と伝達、
事故を風化させない、人間と機械の領域が変わっていることを皆に知らせる必要があります。
十七ページをごらんください。
実際には、機械設計者、建築の設計者、建物の管理者、みんなそれぞれの場所は、自分のところをきちんと仕事はやっています。しかし、両方のすき間があるところで
事故が起こります。
十八ページをごらんください。
十八ページのところで、
事故情報はいろんなふうに、救急車の出動回数、病院その他で起こっていますが、
情報の
自動収集と発信が行われていないために、プールの吸い込み
事故、それから、こういう階段から落ちる
事故、こんなことは幾らでも毎回繰り返されています。
それで、一歳から十九歳までの子供の
死亡事故の最大の要因は、病気ではありません、不慮の
事故です。
事故なんです。これをきちんとやりさえすれば、一歳から十九歳までの子供を相当に助けることができます。
次、十九ページをごらんください。
人間と機械の分担領域が変わっています。昔は、人間が相当なところまで注意していました。それでも足りない機械との部分で
事故が起こっていました。ところが、安全なものにみんなが慣れているので、機械が安全になっているはずと
考えるようになり、そこまで到達していない機械との間ですき間ができて
事故が起こっています。
そして
最後ですが、人間の分担領域が狭まって頭が空洞化しています。カーナビ使うとばかになる、地図がなくなるからです。電卓使うと計算ができません、既にも
うそろばんは使っていません。ワープロを使うと字が書けない、選ぶことはできるけど書けません。炊飯器は、スイッチを入れることはできるけど、だれも御飯は炊けません。
自動ドアが開かないとガラス戸にぶつかります。エスカレーターが起動しないんで、しょっちゅうつんのめります。故障がないから
自動車のボンネットは開けたことがないから、エンジンを見た人はいない。触れば止まると思うから、シャッターに挟まれます。シャッターの重さは、重量挙げの選手でも止めることができないほど重さがあります。非常発報ボタンを押しても伝わらないことを想定していない。
そして二十一ページに、カーナビ使うとなぜばかになるかを絵にかきました。これは、地図が、元々は頭の中に地図を作ってから運転していたんです。ところが、地図なしでも動くようになったから、頭は空っぽでもブレーキとアクセルとハンドルで動くつもりになっています。
以上です。