○
賀来参考人 東北大学の
賀来でございます。
私は、東北大学で
感染症の診断、
治療、また
感染症の
対策に
対応しているといいますか、臨床現場の医師でございます。
きょう、先生方にぜひお話ししたいことといいますか、御
意見を申し上げたいことがございまして、済みません、非常に多い資料なんですが、三つも用意してまいりました。ぜひ先生方に少し見ていただいて、現場の医師の危機感、あるいはぜひ要望したいこと、こういった
感染症の新しい
法律をつくっていただく中でぜひ御
審議いただきたいこと、なお加えて、将来にわたって
感染症の重要性をぜひ御認識いただきたいということで、まず、このような機会をいただきましたことを改めて感謝申し上げたいと思います。
私は、長崎大学の出身でございまして、ここには私の大先輩もおられますが、ずっと
感染症の診療に携わっておりました。
この三つの資料を取りまぜながらお話ししますので、先生方、申しわけございません、時々資料の一から
参考資料に行きましたり、資料の二に行きましたりすることをおわび申し上げたいと思います。
まず、私の
意見としては、このパワーポイントの六枚つづりの資料をちょっと見ていただきたいというふうに思います。本日、三つのポイントで私の
意見を述べさせていただきます。まず、資料の一—二にございますが、
感染症の危機管理がいかに重要であるかということを現場の医師として強く訴えたいと思います。
資料の一—三にありますように、実は
感染症につきましては、先ほど
岡部先生もお話しになりましたように、さまざまな大きな問題が出てまいりました。新たな
病原体の出現といいますのは
SARSや
インフルエンザであります。私も、
WHOの要請で、
SARSの
対応でマニラに行ってまいりましたけれども、本当にパニックのような状態でございました。
また、環境問題というものがございますが、これは、私
たちが
日本で経験したことがないような
感染症も、今
日本の中に入りつつあります。先日私も、救命救急部で劇症型の髄膜炎菌
感染症の
患者さんの診療に当たりました。ほとんど意識がなく、出血傾向があり、本当に重篤な
患者さんでしたが、ようやく一命を取りとめたんですけれども、全く感染経路がわかりません。あるいは、そこに書いてありますように、
バイオテロも非常に大きな問題であります。今回の
感染症の新しい
法律の中に
バイオテロ対策ということを盛り込んでいただいたのは、非常に私
たち現場にとってはありがたいことかと思います。
また、薬剤耐性株、先般あるいは最近でも、東京あるいはいろいろな大学の
多剤耐性緑膿菌の問題が取りざたされておりますが、これは、実はそこにも書いてありますように、病院の中だけではなく、もう既に市中、すなわち地域社会の中にどんどん広がっていっているような様相があるわけであります。すなわち、そこに書いてありますが、
感染症の危機管理の範囲は、私
たち現場の医師が病院の中で
対応することをもうはるかに超えてしまっている。そこに市中感染という
言葉が書いてありますが、これは地域社会で起こってくる
感染症であります。地域社会で起こってくる
感染症と病院の中で起こっている
感染症がもう区別がつかなくなってきているということでありまして、危機的な
状況にあると言っても過言でないと思います。
一—五に
SARSの
問題点をお示ししました。
実は、そこに黒く塗りましたのは、
SARSという
病気は、もちろん先生方御存じのように、中国の広州から世界的に伝播したわけですけれども、遠く離れたカナダでは、何とこの黒でお示ししましたところは職業感染、すなわち、これは医師や看護師が施設の中で、職場の中でかかってくる職業感染の率が八割を占めていたということでありまして、こういうことで、
感染症に対して、多くの臨床に携わっている者
たちは今や恐怖感を抱いているというようなところがあるわけであります。
また、資料の一—六には
バイオテロのシミュレーションをお示ししました。
私も、この二〇〇一年、ちょうど
バイオテロが起こったすぐ直前の学会、アメリカの学会でしたけれども、そこに書いてありますように、例えば、ショッピングモール内で一万人の方がいて九千名の方が換気システムを通じて炭疽菌を吸い込んだ、そして不幸中の幸いに、テロリストが犯行声明を出したので抗生物質を飲むことができたわけですけれども、それでも実は、次のページにありますように、五千名の方が
入院する、そして、重症で人工呼吸器をつけなければいけない
患者さんは何と二千六百名に相当する。
そして、資料の一—八に書いてありますように、NBC兵器の中で、核兵器一メガトンの核爆弾で死亡する方が約五十万から二百万と言われていますけれども、百キロの炭疽菌の芽胞をまくという行為をしますと、何と百万から三百万という死亡に当たるということで、このNBC兵器の中でも
バイオテロというのは極めてインパクトが大きいものであります。
また、先ほど
岡部先生も言われましたが、耐性菌の問題、これはアメリカでもイギリスでも大問題になっております。先生方にもぜひ御記憶いただきたいのが、市中感染型MRSAと言われるもので、実は、これは、今まで私
たちが病院の中で見ていたMRSAとは全く遺伝的な
背景が違う菌が、何と市中にまで広がっている。先日のCNNの放送では、アメリカでは、小中高の学校がこの市中感染型の感染のために閉鎖になったという報道がございました。
また、資料一—一〇には、私の母校であります長崎大学でも
院内感染で五人死亡したと。長崎大学は、実は全国的にも
感染症の
専門家が最も多いところであります。そこですらこの耐性菌の問題を防ぎ得なかったということでありまして、私が今
東北地方でネットワークをさまざま組ませていただいておりますが、資料の一—一一にありますように、そこの左の方に小さく書いてありますが、実はここが非常に大きい問題でございます。介護や老健施設からもこの耐性菌が出てきているという
状況であります。すなわち、今やもう病院感染という
言葉が死語に近くなってまいりました。
先生方のところに一—一二にお示ししておりますように、
医療関連感染、すなわち病院だけではなくクリニックや診療所、さらに長期療養施設まで含めた形での
感染症の問題が広がっているということであります。
次の資料を見ていただきたいんですが、実は
感染症といいますのは、もう御存じだと思いますが、他の
疾患とは全く異なります。これは原因微生物が伝播するからであります。例えば、脳卒中がうつったとか心筋梗塞がうつってしまったという話は聞きません。しかし、
感染症はうつります。そして、すぐには症状が出ませんので、わからないうちに感染の拡大が起こってしまうという事実があります。
すなわち、今、先ほども申し上げましたが、この病院の中で見る
感染症と社会での
感染症はもう壁がなくなった。資料一—一五にお示ししておりますように、
感染症はすべての壁を越えます。私
たちは、さまざま、先生方も御存じのように、診療科の壁、内科と外科、産婦人科、それぞれの考え方は違うかもしれませんが、実はもうそういうことを言ってはおれない
疾患であります。すなわち、ここに書いてありますように、
個人の
疾患を越え、社会全体のパニックにつながる、すなわち社会全体の共通リスクとして、私
たちは、現場で
対応している者は本当に極めて大きな問題として受けとめているわけであります。
そういった中で、今度、先生方が今
審議をなさっておられます新
感染症予防法が改定されるわけでありますけれども、これは非常にありがたいというところもありますし、現場の医師としては少し難しいところもあるというところを次にお話ししたいと思います。
資料の一—一七ですが、先生方のお手元、前後して申しわけございません、
厚生労働委員会の
参考資料というところも見ていただきたいんですけれども、実は
感染症新法というのは、
感染症を一類から五類まで分類して、そして
対応していくものであります。そういう考え方は非常に重要であります。しかし、現実に
感染症を診断するのは現場の医師であります。その医師が検査を依頼するときに、検査能力には、実は
医療現場には限界がございます。
そういった意味で、そこの一—一七には、
医療施設において検査能力の限界があるので、このようにさまざまな
疾患を分類化することは重要なんですけれども、うまく届け出ができないかもしれないということがあります。ですから、そういう意味では、国や地域自治体の協力が必要不可欠でありますし、後でもお話し申し上げますが、各ブロックに国の
研究施設を置く、例えば東北、北海道、関東、近畿というように、そういうふうなところに検査センターを置くということが重要になってまいります。
また、資料の一—一八にありますように、指定
医療機関でいろいろな診断あるいは
治療を行うんですけれども、そこでのやはり
専門家の数が決定的に少ないということが問題として上げられます。そういう中で、トレーニングも受けていない、また、全く見たこともない
感染症もあり得るということで、そういう意味でも、ここでも書いてありますが、各ブロックに
感染症のセンターを置く必要があろうかと思います。
また、次のページをめくっていただきますと、一般の
医療機関、これは
専門機関でない場合も、検査が十分に行えない、また
専門家が少ないということで、良質かつ適切な
医療の提供が行い得る
状況にはないのではないかということを、現場の医師としては非常に懸念をしております。
一方、
バイオテロ対策がこの
感染症法に取り入れられたということは、危機管理の面からも非常に重要なことだろうと思います。ただ、多分、法案の中でも見ていただきたいと思うんですけれども、
病原体の取り扱いそのほかについて、かなり厳しい基準になっております。そういったような基準を臨床現場に当てはめますと、かなり無理があるということも事実でございます。例えば、
多剤耐性結核菌の場合は、
結核菌を診断した後、かなり時間を置いてわかってくるものでありますので、そのあたりの取り扱いをどうするのかということもこれから詰めていかなければなりません。
最後に、今のような危機的な
状況の中でぜひ先生方にお願いしたいことを次に長々と書いてまいりました。資料の一—二二にありますように、
我が国におきましてはさまざまな課題がございます。先ほど申し上げました、
感染症の
専門家が極めて少ない、また、
岡部先生また
厚生労働省あるいは国立
医療センターの先生方、非常に頑張っていただいているんですけれども、もっとその先生方の力を集約した危機管理局といったものが必要になります。
そういった課題の中で、四つ上げさせていただきましたけれども、まず一番は、
感染症危機管理センター、これはもう必須であります。
アメリカやイギリスは、もう
感染症対策は国家の危機管理として特別に危機管理センターを置いております。
感染症危機管理局と言ってもいいものを
日本でも絶対につくるべきだろうと思います。そして、今、先生方御存じのように、がんセンターが地域にありますが、なぜ
感染症センターがないんでしょう。東北
感染症センター、北海道
感染症センター、関東
感染症センターがあってもいいと私は思っております。
次に、ここにもありますように、人材の育成も非常に重要であります。
我が国の
感染症の
専門医の数は、ことしの十月で八百三十九名であります。アメリカの
感染症医は六千名であります。七倍の開きがあります。これだけではありません。さまざまなところで
感染症の
専門家が圧倒的に少ない。すなわち、大学の中に
感染症科や
感染制御科というものをつくり、これは文部科学省にお願いをしなければなりませんが、そのようなことを通じて人材の育成を図っていかなければなりません。
また、次の資料ですけれども、地域ネットワーク、これも非常に重要になります。
これも後で見ていただきたいんですが、資料の二として、十月二十一日の
日本医事新報に、私
たちが今東北地域で取り組んでいる地域連携の記事が載っております。一枚めくっていただきますと、まさにその最初のところに、「
一つの施設だけで
対応する「院内」感染
対策から、
感染症を地域全体の共通リスクとして捉え、各施設が「連携」して取り組む
体制へ。」すなわち、
感染症のパラダイムシフトが始まっているということでありまして、この地域ネットワークをいかに充実させていくかも、先生方の力をおかりしてぜひ充実させていかなければならないことだろうと思います。
そして最後に、リスクコミュニケーションという
言葉であります。
これももう御存じの先生方も多いと思いますが、これが今最も注目をされております。
WHOでも、
新型インフルエンザの場合に、そのリスクをどう国民の方に正しく伝えることができるかということがリスクコミュニケーションであります。これを正しく伝えなければパニックになりますし、
感染症に罹患しているということからの差別や偏見や診療拒否にもつながってまいります。ぜひ、この
感染症に関する
情報の共有化をしていただきたい。それをリスクコミュニケーションという
言葉で言っております。
私
たちは、東北地区で小学校の子供さんを
対象にキッズかんせんセミナーというのを行っております。子供さん
たちに集まっていただいて、微生物を見ていただいたり、お母さんや自分
たちの鼻の中の菌を見ていただいたりしています。
ぜひ、現場の医師として、危機的な
状況にあるということ、そして、この
感染症新法が先生方の
審議によってさらに充実したものになることを願っております。
最後に、
WHOは、「我々は今や地球規模で
感染症による危機に瀕している。もはやどの国も安全ではない」という警告を、一九九六年、もう十年前に出しております。
感染症の危機管理システム構築は、
我が国における、国家における最重要課題だろうと思います。
宮城県では、御存じのように、宮城県沖地震というものに非常に力を注いでおります。ただ、今言えることは、もし
感染症が伝播したら、もうどこからも救援することができない、すなわち、
感染症の場合の
広がり方というのは災害を超える可能性があるということをぜひ最後にお伝えして、先生方、これからこの
感染症新法の御
審議に当たっていただきたいというように思います。
御清聴どうもありがとうございました。(拍手)