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参考人(
松下和夫君) 御紹介いただきました京都大学の
松下でございます。地球環境
政策論を専門としております。よろしくお願いいたします。
私の
テーマは
人間と地球環境の
安全保障です。
人間の
安全保障の基本的な考え方につきましては先ほど
稲田先生から御説明がございましたので、私の方は、環境の
安全保障あるいは環境と
安全保障ということを
中心に
報告させていただきます。
環境
安全保障という
言葉が
世界的な注目を集めるようになったきっかけは、恐らく、一九八九年に当時ワシントンにありました
世界資源研究所の副所長をしていましたジェシカ・マシューズという人がフォーリン・アフェアーズという雑誌に
安全保障の再定義という論文を発表しております。これが非常に反響を呼んだわけであります。
この論文の中でマシューズは、環境破壊が直接
紛争と結び付くと、そういう新しい
安全保障の
概念の
必要性を提示したわけでございます。熱帯林の破壊あるいは砂漠化、水
資源の不足と、そういった問題が
世界各地で進行しております。それが
地域紛争の原因となったり、あるいは
安全保障の脅威となっていると。そして、環境を
安全保障の重要な
要素として加えるべきということを主張したわけであります。
典型的には、中東におけるイスラエルとアラブでの
紛争の背景には水
資源をめぐる
紛争がありますし、それからアフリカでも、環境難民の発生と部族対立にも森林の減少などがございます。例えば、一九七七年から七八年にかけて起こりましたソマリアとエチオピアの
紛争には、環境を破壊されて遊牧民が放牧をする行動半径が狭まりまして、その結果、土地や水をめぐって、定住している農民、定住部族と
紛争が激化して衝突が起こったということがあります。
ジェシカ・マシューズがこの論文を発表した一九八〇年代末から九〇年代初めはちょうど
冷戦構造が崩壊する時期でありまして、それと軌を一にするようにして、オゾン層破壊であるとか、あるいは地球温暖化の問題が国際
政治の重要
課題として出てきたわけです。
国連総会で、当時のモルディブのガユーム大統領が、地球温暖化によって自分の国は海面上昇によって絶滅の危機に瀕していると、そういった演説をしたということも非常に有名なエピソードとして残されております。
現実に、昨日のNHKのテレビのニュースにもございましたが、太平洋のサンゴ礁でできたツバルという国がありますが、平均標高恐らく二メーターぐらいだそうですが、高潮で国が随分水没していると、そういう危険にさらされていると、そういった
報告が報道されておりました。そのほか、環境問題が原因となって
国家の安全であるとか、あるいは国民の安全が脅かされるという
事例はたくさん
報告されています。
まず、旧ソ連の社会主義体制が崩壊した背景には、環境問題を放置して、それが、環境問題に取り組む民間団体の活動が
一つのきっかけとなって民主化なり体制崩壊につながったというふうに言われております。
それから、現在では極東ロシアであるとか、あるいはシベリアで森林の違法伐採が大変な問題となっております。ロシアの森林管理局の
中央政府からの
支援が乏しくなってきたということもありますし、それから背景には、中国で洪水が起こり、その結果、中国
政府が中国
国内における森林の伐採を規制したと、そうすると、その森林に対する需要をロシアに求めて、ロシアにおける不法伐採された森林が中国に入り、そこで加工された森林が
日本に入ってくると、そういった
関係がございます。
それから、インドネシアにおいては、毎年、ボルネオ島でいわゆる商業的な植林をするために火を入れて山を焼きます。それが、通常であると、雨期に入ると雨によって火が鎮火されるわけですが、雨が少ない年などは森林火災が長引いて、それが煙霧、ヘーズと言っていますが、煙となって海を越えて、マレーシアであるとかあるいはタイであるとかシンガポールに大気汚染を起こしたり、あるいは飛行機が飛べないであるとか、そういった国境を越えた問題を起こしております。
それから、最近の
フィリピンにおける洪水も、森林破壊がその被害を大きくしたということが言われております。
こういう問題が各
地域、各国で起こっておりますが、正に現在のオゾン層破壊であるとか気候変動などは地球の生態系自体を破壊するということで、人類の存亡の危機にかかわると、そういう問題であるというふうに思います。こういった問題については国際的な
取組が必要というふうになっているわけでございます。
そうすると、
人間の
安全保障といったことを考える場合、こういう国民の安全あるいは
国家の存立、それから
地域共同体の存立と、そういうことから考えると、環境の
安全保障が非常に重要な一環となってくる、それが新しい外交の
テーマあるいは国際
政治の
テーマになってきているということは当然のことではないかというふうに思います。
そういう中でどういうふうにして国際
協調関係を構築していけるか。特に
アジア地域において、言わば環境という面から見ると、
アジア地域は
政治体制であるとか、あるいは
経済的レベルは非常に多様でございますが、言わばすべてつながっている
一つの共同体でありますので、そういうアジア環境共同体をどう維持していけるかといったことが非常に大きい問題になってくると思います。
環境とそれから
紛争、平和というのは非常に深いかかわりがありまして、例えばペルーとエクアドルで長く国境を隔てた
紛争がありましたが、
紛争が解決した後で国境
地域を自然公園として、国際公園としてお互いに守っていくと、そういった仕組みもできております。
余談ですが、現在の朝鮮半島における三十八度線の周辺は、結果的には、非常に野鳥であるとかそういう自然が残されている
地域であるというふうに言われております。
こういった地球、まあ
人間の
安全保障ということを確保するために環境
安全保障をどういうふうに進めればいいかということについて考えてみたいと思います。
まず第一点は、狭い意味での国益というよりは、より幅広く、
貧困解消であるとかあるいは環境の悪化を防止すると、そういった普遍的な、まあ人類益といいますか、地球益といいますか、そういう立場で非常に高い理念を掲げて環境を軸とした外交、戦略的外交を展開していくべきだというふうに思います。これは国際環境
協力体制の
枠組みづくりへの積極的
関与ということになります。
ただ、これは裏返しますと、実は、例えば我が国でできたルールを、それを国際的なルールにしていくと。
国内で環境あるいは環境と
開発に関する成功する
事例を作っていって、それを国際的に展開していくということではないかと思います。かつて、我が国は公害問題に非常に苦しみましたが、そういう産業公害を克服する過程で産業公害に取り組むシステムであるとか技術を発展させまして、そういったものを生かして環境
ODAという形で
開発途上国に
協力し、それが評価されてまいりました。当時は、ヨーロッパの国も
日本の環境対策を勉強しに来るという状況であったわけでございます。
ただし、残念ながら、現在の状況を見ると、例えば環境管理システムとしてISO14001というシステムがありますし、それから化学物質に関する規制等もございます、地球温暖化に関する排出量取引という制度もできておりますが、そういった制度、国際的な
枠組みとかルールとか考え方は、
日本から出るというよりは、最近ではEUが主導となっております。そういう国際的な規範づくり、ルールづくりにおいて我が国は後れを取っているのではないかというふうに思います。
したがって、こういった高い理念を掲げて、なおかつ良い成功例を
国内で作り、それを国際的に発信していくと、そういった考え方が必要であろうと思います。
それから第二点目は、平和のための環境
協力。環境に関する
協力をすることが
地域の平和を醸成する、あるいは
地域の安定に寄与すると、そういう考え方でございます。
軍事的な競争による
安全保障ですと、一方が勝てば他方が負けると、そういったゼロサムゲームあるいはマイナスサムゲームでありますが、環境について
協力することは、
地域全体の安全とそれから福祉に寄与するということでありまして、やり方によっては
地域全体がプラスサムでありますし、両方が勝てる、ウイン・ウインであります。
現在、先ほど言いました中国であるとかロシアであるとか、森林問題もございますし、それから
資源エネルギーの問題もあります。中国では、旺盛な
経済成長に必要なエネルギーの確保であるとか、あるいは水
資源確保等で
国内あるいは国外に
資源開発が及んでおります。中国の輸出銀行というような組織がございますが、そういった組織も例えばメコン
地域で活動を活発にしております。
一方で、
世界銀行であるとかあるいはアジア
開発銀行であるとか
国際協力銀行、こういった先進国が
中心となった
開発機関は、過去においていわゆる
開発援助が環境破壊に結果的に結び付いたといった反省もありまして、いわゆる環境面の
配慮を相当高めています。
しかし、中国の輸銀などにおいてはまだそういった
配慮が十分ではないという指摘もされております。こういう中国あるいはロシアの
資源エネルギー
関係、
開発関係に対して、地球益あるいは環境保全という観点から国際的ルールをガイドラインとしてつくっていくということも
一つの必要な
分野であると思いますし、先ほど言いました東アジアにおける環境
協力、一衣帯水という
言葉がございますが、環境面から見ると、継ぎ目がない
一つの織物という形でアジアの環境は構成されております。中国で大気汚染物質が出れば、それが早晩、
日本にも影響が出てくるわけであります。
こういったことで、三点目として、東アジア環境共同体という考え方で外交を進めていくべきではないかというふうに思います。
現在、
日本政府の主唱で東アジアにおける有害廃棄物の不法な移動を取り締まったり、あるいは循環
資源を活用すると、そういう東アジアでの循環共同体という構想も出されておりますし、あるいは東アジアでよりクリーンなエネルギーを広げると、そういったイニシアティブを取っていくということも必要ではないかというふうに思います。
それから四点目としましては、先ほどの、太平洋の島々の例を出しましたが、
開発途上国は、気候変動であるとか森林の減少であるとか、そういった環境の変化に対して一番被害を被るという脆弱な諸国であります。そういった国に対する
協力あるいは
支援を強めていくべきであると思います。
環境
協力あるいは環境
ODAにおきましても、例えば海面の上昇であるとかあるいは気候変動に
対応した農業の
支援であるとか、そういった適応策も含めたインフラ整備あるいは
ODA供与といったことを考えていくべきであると思います。それから、地球観測であるとかコンピューターを使ったシミュレーションだとか、そういった
分野でも非常に
貢献が期待されているというふうに思います。
それから第五点目ですが、やはり外交というのは恐らく内政と一体化したものであろうと思います。
国内で、先ほど申し上げましたが、より進んだ技術とかあるいはシステム、制度、そういったものができていて初めて国際的に
貢献ができるわけであります。
ただし、現在の環境
政策であるとかあるいは温暖化対策等を見ておりますと、残念ながら
政策の国際競争力とか、あるいは制度をつくるスピード感といいますか、そういった
分野で
日本は今や環境
政策先進国ではないんではないかということを言わざるを得ないと思っております。先ほど言いましたように、国際的な環境ルールに関する規範をつくる力はEUが、あるいは
アメリカとの
関係で決まってきていると。最近の報道ですと、環境
関係の機材、機器の輸出高も
ドイツが
アメリカ、
日本を抜いて首位に立ったということが報道されております。
そういった面からも、公害対策では相当の成果を上げましたが、現在直面している地球環境問題において
政府全体、
経済全体として
対応できる進んだ企業あるいは進んだ自治体であるとか、そういった
取組を
支援できるシステムをつくっていくべきであるというふうに思います。
日本の
個々の企業は非常に優れた技術を持っていたり、あるいは
取組をしておりますし、国民も環境に対する意識は非常に高いと思います。そういう優れた技術であるとか高い意識を生かせる
政策、ルール、仕組みをつくっていく必要があるというふうに思います。
少し具体的に、気候変動を例として紹介したいと思います。少し大きい
資料で、スライドをコピーしたものをお配りしておりますが、そちらに最近の気候変動の例が出ております。IPCCという気候変動に関する
政府間パネルという
専門家が集まった組織がありますが、そこが出した
報告がございます。
この
資料で、四ページをごらんいただきたいと思いますが、四ページの上のスライドでは過去一千年間の北半球の平均気温の変化を見ております。過去一千年間、一八〇〇年代半ばぐらいまでは安定しておりましたが、過去百年ぐらいで急激に上昇しております。下のグラフが過去百年の変化ですが、大体百年間で〇・六度Cぐらい増えております。
五ページへ行きますと、これは将来を予測しておりまして、現在の状況が推移すると、二一〇〇年までには一・四度から五・八度上昇してしまうということが言われております。これは、非常に短い時間で人類にとって
経験のない高温の気候が起こるということになります。
現在いろいろな異常気象が起こっております。御記憶に新しいところでは、例えば昨年はハリケーン・カトリーナが
アメリカを襲いまして、ニューオーリンズが壊滅しました。それから、おととしは
日本には酷暑と台風が多数襲来しました。それから、二〇〇三年の八月にはヨーロッパを熱波が襲いまして、死者が三万五千人出たというふうに言われております。
こういった異常気象が地球温暖化の直接の結果であるということはまだ科学的には明らかではないわけですが、IPCCの
報告では、現状のまま推移すると、こういう異常気象が将来は多発するであろうというふうに言われております。
スライド二ページをごらんいただきたいと思いますが、これは大規模自然災害をミューニッヒ・リーという再保険会社がまとめたものでございますが、一九九〇年代に自然災害が急増しております。で、保険金の支払も急増しております。過去十年間の大規模災害をまとめたものがございますが、その上位十一件のうち、九・一一のテロとそれからインド洋の津波被害を除いたすべてが台風あるいはハリケーンなどの異常気象によるものでございます。二ページ下の図は、これは台風十八号の経路でございますが、これも
日本の損害保険史上最大の支払を要した案件であります。
これがどういうことが起こっているかといいますと、例えば
アメリカでは、テキサス州であるとかそういう南部の州で保険会社が撤退をしているということが起こっております。保険会社が保険金支払に耐えられなくなって撤退すると、そうすると一般の住民にとってみると、保険で被害をカバーしたいと思っても保険会社がない、あるいは、保険会社があったとしても大変高い保険料を取られるということが起こってしまっているわけです。したがって、先進国と言われる
アメリカでも、言わば災害から自らを守る手段を得られないという状況が出てきております。
それから、三ページもついでにごらんいただきたいと思いますが、これはヒマラヤの氷河の融解している状況でございます。二十年間で大幅に後退しております。こういったところでは、氷河でできた一種の湖が、氷が解けてダムが崩壊する形で洪水が起こるということも心配されているわけであります。
それから、その下に森林火災の
事例が出ておりますが、ロシアでは二〇〇三年に
日本の国土の六割に当たる森林が焼失しております。それから、
アメリカでは東京都の十四倍の面積が失われています。ポルトガルでは国土面積の八%が焼失するという形で、非常に高温とそれから火災によって森林が失われるという
事例が起こってきております。
こういった地球環境の危機が現実の脅威となっているわけですが、それではどういったことが必要かということでありますが、もちろん京都議定書が採択され、
日本政府も京都議定書目標達成に向けて計画を作り、取り組んでおります。しかし、そこで問題としては、京都議定書目標達成において、例えばEUのような排出量取引制度の導入が遅れているとか、あるいは環境税といった形で環境に配意をした活動を
支援する仕組みができていないとか、あるいは自然エネルギーの導入策が停滞していると、そういった問題があります。
それから、京都議定書自体は、これを完全に先進国が達成したとしても、温暖化に対する
取組の非常に小さい一歩でしかないということでございます。
八ページをちょっとごらんいただきたいと思いますが、スライドの八ページの上に図が書いてありますが、現在、人類、
人間の活動によって出ているCO2は六・三ギガトン、六十三億トンですが、自然によって吸収されているのは三・一ギガトンと、
人間が出している量が自然で吸収される量の二倍以上であるということでありまして、長期的には
人間が出す温室効果ガスを半分以下にする必要があるということが科学的には言われていることであります。
そうしますと、そういった脱温暖化社会に向けた長期目標を具体的に明らかにして、それに向けてビジョンを作り、温暖化対策に向けた公共投資であるとかあるいは民間投資、そういったこと、あるいは技術
開発を進めていく必要があると思います。そういうビジョンを作った上で技術革新と社会の構造を転換を率先すると。
先ほど申しましたが、こういう
一つの温暖化という問題を社会のチャレンジとして受け止めて、環境面で努力する企業やあるいは自治体が、あるいはNPOが報われると、そういう
政策なり仕組みをつくっていくべきであると思います。そういった
国内的に努力をして成功を蓄積した上で、国際的
枠組みへの
貢献が必要であろうと思います。
現在、国際的にはEUのポジションと
アメリカのポジションとやや乖離がありますが、長期的トレンドとしては、やはり化石燃料の依存を減らし、温暖化を防ぐことができる脱温暖化社会へ移行することが必要であろうと思います。
これはやはり、
国連を
中心とした多国間の
取組を
中心として進めていくべきでありましょうし、
幾つかの国で
協力するということはもちろん重要でありますが、あくまで
世界的な
枠組みの中で進めていくべきであろうということが必要だろうというふうに思います。
再度、繰り返しになりますが、環境問題の深刻化に伴いまして、環境からの脅威が
人間の
安全保障にとって非常に重要な
課題となっております。そういう現実に直面した我が国の
取組としては、高い理念を掲げた上で、言わば平和ということを
テーマにした環境
協力と戦略的外交を展開していくべきだというふうに思います。こういったことを通じて、国際環境
協力の
枠組み構築への
貢献ができると思います。
その前提として、
国内で競争力を持った
政策を構築していく必要があると思います。特に
アジア地域では、
経済体制あるいは
政治システムが違う国が共存しておりますが、そういう中で環境ということを
一つの
テーマとして、共通
課題として東アジア環境共同体的な
取組を模索していくべきであるというふうに思います。
それから、京都議定書の下で、国際
協力の仕組みとしてクリーン
開発メカニズムだとか共同
実施などが出ておりますが、こういった仕組みが、先ほどちょっと述べましたが、
国内制度が立ち後れているということで、国際舞台で我が国が立ち後れているというふうに言わざるを得ないと思います。非常に良いプロジェクトは既にヨーロッパなどが先に始めているという面もありますので、こういった面を早急にキャッチアップをしていく必要があると思います。
それから、脱温暖化社会へ向けまして、長期的な目標を明らかにしていく必要があるということであります。
それから、環境
分野で非常に進んでいる企業もたくさんありますので、そういった先進企業を
支援するような、そういう仕組みをつくっていくと、技術革新を促進し、それから社会の構造転換を率先して進めていく必要があると思います。
最後に、温暖化への影響が非常に深刻な
途上国に対する
協力を
強化していくということが必要であるというふうに思います。
以上で私の
意見表明を終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました。