○
阿部参考人 委員長、どうもありがとうございます。
国際人権保障という観点から、私は
意見を申し述べます。
出入国管理及び
難民認定法の一部を
改正する
法律案提案理由説明によれば、
法律案の要点の第一は、
テロの
未然防止のための
規定の整備でありまして、これは平成十六年十二月に策定された
テロの
未然防止に関する
行動計画に沿ってのことであるとされています。九・一一以来、各国は
テロ対策を強化してきておりまして、今回の
入管法改正には、そうした
テロ対策における
国際協調という側面もあらわれ出ているように思います。
テロ対策について
国際的に主導的役割を担ってきているのは
国連安全
保障理事会であり、二〇〇二年一月十八日にはカウンター
テロリズム委員会が安全
保障理事会の枠内で設置されたことは周知のとおりです。法務省の作成した
出入国管理及び
難民認定法の一部を
改正する
法律案資料にも、
参考資料として関連安保理決議が幾つか抜粋の上、掲載されています。
これらを一読して若干違和感を覚えたのは、安保理が
テロ対策をとる際に各国に繰り返し遵守を呼びかけてきている義務の存在に関心が払われていないことです。例えば、安全
保障理事会決議一四五六が採択された際に、安全
保障理事会は、各国は、
テロリズム撲滅のためにとられるいかなる
措置も
国際法上の義務に適合していることを確保しなくてはならず、
国際法、特に
国際人権、難民、人道法に従ってそうした
措置をとるべきであるということを強調していました。
テロリズム対策が
国際人権法や難民法上の義務を逸脱してはならないということは、昨年九月に招集された
国連サミットで採択された成果文書であるとか、あるいは安保理サミットで採択された決議一六二四などで再三再四確認されています。
今般の
入管法改正は、
テロの
未然防止を第一の要点に掲げている以上、
法案審議に当たっては、安保理決議や
国連サミット成果文書に従い、
国際人権法、難民法などとの適合性審査を十分に行う必要があります。この観点からの
審議を尽くすということは、
日本が
国際法上負っている義務の履行という
意味で、殊のほか重要であると考えます。
今般の
法律改正案は、
一定の人たちを除くすべての
外国人に対し、
上陸審査時に
指紋等
個人識別情報の
提供を義務づけるものです。これらは
テロの
未然防止のためにとられる
措置であるため、必然的にこうした
外国人はいわば
テロ予備軍と認識されることになります。また、
退去強制事由にも、
テロ対策として新たな
規定が付加されることになっています。
要するに、危険な
テロリストを選別し、国境の外に排出するということなわけですが、これは、人間を
管理し、危険な人間を排除するという発想に裏づけられており、実際には、特定の人種、宗教、民族集団に不均衡な不
利益を生じさせる
危険性を伴っています。現下の世界情勢においては、すべての
外国人が均等に
テロリストという懐疑のまなざしを向けられるわけではなく、特定の人種的、宗教的集団に不
利益待遇が生ずるおそれが十分に考えられます。これはレーシャルプロファイリングと呼ばれるものであり、人種
差別の一形態として、その
防止と撲滅に向けた対策が強く求められる事象であります。
法務
委員会におけるこれまでの
審議を管見するに、例えば米国などで、
指紋押捺が既に実施されていることに注意を喚起する向きがあります。そのこと自体は事実なわけですが、ただ、見落としてならないことに、米国やあるいは欧州諸国は、
日本の何千倍あるいは何万倍もの難民を毎年継続的に受け入れてきています。最も困難な
状況に陥っている多くの人間たちに庇護の地を与え続ける営みは、
管理、排除に対置される寛容の精神に連なるものであり、それは、難民条約を初めとする
国際人権法、難民法の理念を体現する営みだと考えます。また、米国や欧州諸国には人種
差別や
外国人差別を禁止する法制度が整備されており、
テロ対策によって生ずるおそれのあるレーシャルプロファイリングに対抗する
仕組みも整備されています。
こうした諸国の営みと比較するまでもなく、今般の
入管法改正が典型的なように、
日本の
テロ対策には
国際人権法、難民法への関心が余りに希薄であり、
外国人を制度的に危険視する結果、国籍あるいは人種による
差別が一方的に増幅されていくおそれがあります。問題は、こうしたおそれが十分に認識されていないだけでなく、そうした事態を顕在化させないためにとられるべき
措置が全くと言っていいほど考慮されていないことではないかと思います。
指紋などの
採取は
個人情報の取得でありまして、その限りでプライバシーの規制となります。もっとも、プライバシーの規制は全く許されないわけではなく、市民的及び政治的権利に関する
国際規約第十七条は、プライバシーへの恣意的、不法な干渉を禁止しています。つまり、
指紋等の
採取に当たっては、それがプライバシーへの恣意的、不法な干渉に当たるかどうかが審査されなくてはなりません。
この点で留意すべきは、プライバシーを規制する
目的が具体的に存在しているかどうかということと、その
目的を達成するためにとられる手段がプライバシーの規制を最小限度にとどめているかということです。
テロの脅威が抽象的次元にとどまっている場合には
指紋採取の
必要性がなく、それにもかかわらず、なお
指紋が
採取される場合には、プライバシーへの恣意的な干渉に当たってしまいます。
その一方で、
テロの具体的脅威を立証し得たとしても、そうした脅威に対抗してとられるプライバシーの規制は最小限度のものでなくてはなりません。これは
国際人権規約の法的要請です。また、
国連安保理などが繰り返し強調してきているのは、まさにこうした
人権への配慮であるわけです。
しかし、
採取された
指紋が他の
行政機関や、場合によっては他国にまで
提供され、あるいは
入管当局により長
期間にわたって保有されるおそれがあるとなれば、プライバシーへの干渉は余りに広範であり、恣意的という評価を免れないかもしれません。いかに
テロ対策であっても、
人権の制約は、
目的を実現するために必要かつ最小限度のものでなくてはならないということを改めて確認しておく必要があります。
ところで、これまで私は
テロリストという言葉を何の定義もなく用いてまいりましたが、このことは、今般の
法案についても
相当程度に妥当することではないかと思います。
特に、
テロの
未然防止と言いながら、
上陸審査の場面で特定される
テロとは一体どのようなものなのか、それが法文からは明らかではありません。
退去強制の場面で登場する「
公衆等脅迫目的の
犯罪行為の
実行を容易にする
行為を行うおそれがあると認めるに足りる
相当の
理由がある者」という定義にしても、その境界線はかなりあいまいであり、ここにも深刻な問題が伏在しています。
いずれにせよ、
テロの
未然防止ということで国境における
入国規制が強化されるのであれば、上陸を禁止される者、つまりは上禁者がふえることは確かであります。
指紋採取を拒否した者や
テロリストとして上陸を禁止された者は、特別審理官による退去命令を受けた後、例えば空港では、送還便による送還までの間、上陸
防止施設で身柄を確保されることになります。身柄の確保という表現が
一般的に用いられていますが、しかし、これは実態は
身体の自由の制限でありまして、これもまた、市民的及び政治的権利に関する
国際規約の統制を受ける事象です。
市民的及び政治的権利に関する
国際規約は第九条で、
身体の自由の制限が恣意的であってはならないということを求めています。この
規定は、
上陸審査の局面にも妥当します。しかし、
退去強制の手続の場合とは異なり、上陸手続の際には、上陸
防止施設での身柄の収容を根拠づける明文の
規定は
入管法には存在していません。また、上陸
防止施設は国家の責任下にあるにもかかわらず、
身体の自由を制限される者についての処遇規則も整備されていません。
テロリストとして上陸を禁止される場合には、他国の例を見るまでもなく、非人道的な処遇を受けるおそれが高まる
危険性があります。そのためにも、上禁者の
身体の自由の拘束を正当化する法的根拠の明文化と処遇規則の整備その他適正手続の
保障が欠かせないはずだと考えます。しかし、残念ながら、この点についても、
法案では
人権への配慮が全くと言っていいほど見られません。
入国規制を強化する度合いに応じて、
人権面での法整備を同様に強化していくということを欠かしてはならないと考えます。
また、
テロリストとして上陸を禁止される者であっても、難民としての
保護を求めることはできます。難民条約は、難民性の欠格事由として、戦争
犯罪や人道に対する罪などを行ったこと、あるいは、避難国に
入国する前に重大な非政治的
犯罪を行ったことなどを挙げています。
テロリストとされる者が難民としての
保護を受けられない場合には、こうした条件のいずれかがなければなりませんが、その存否を
判断するには難民認定手続のもとでの審査が不可欠です。
テロリストとされた者が上陸を禁止される場合であっても、難民としての
保護を求めるとき、一体、難民認定手続への接続はどのように
保障されているのでしょう。また、上陸を禁止され退去命令を受けた場合、迫害や拷問を受けるおそれのある国に送還されないという手続的、制度的
保障が確保されているのかについても疑念が残ります。難民条約や拷問禁止条約により
日本に課せられた法的義務の遵守を確保するセーフガードが今般の
入管法改正案に見られないことに、私は、重大な懸念を表明しなくてはなりません。
最後に、
テロリストを排除することそれ自体が正当な
目的と認められる場合であっても、そのためにとられる
措置は、
国連安全
保障理事会が繰り返し言っているように、
国際人権法、難民法などと適合するものでなくてはなりません。今般の
入管法改正案には
テロ対策という側面が突出しており、
国際法によって要請される他の義務、とりわけ
国際人権法、難民法上の義務をどのように実現するのかについての配慮が、控え目に言っても不十分であるように見受けられます。
テロリズム対策の際に
人権保障の
必要性が強調されるのは、それが法的義務であるからということは言うまでもありませんが、これにさらにもう一つつけ加えるなら、
管理や排除ではなく寛容の精神を体現する
人権保障政策こそが、実は
テロの
防止と撲滅に最も
効果的であると広く考えられているからです。
テロの
未然防止を目指す
入管法改正に当たっても、こうした
人権保障の視座を軽視することがあってはならないと考えます。
以上です。どうもありがとうございました。(
拍手)