○
近藤参考人 日本福祉大学の
近藤です。
お
手元に資料が用意してございます。これに沿って話を進めさせていただきます。
きょう私が
参考人として述べさせていただく
意見を一言でタイトルに要約すれば、今回の
医療制度改革の究極の目標といいますが、最も目立ってしまう目標、
医療費抑制、それに偏重した目標。
医療費抑制に目を配るということが避けて通れない時代だというのは、私もそう思っております。しかし、後ほど御紹介するように、それ以外にも
医療においては重視すべき目標があるのではないか。そちらが余り出てこなくて
医療費のことばかり出てきてしまう、それを指して偏重と表現しましたが、そういう
改革は、今生々しい現場の声がありましたけれ
ども、
医療の現場をさらにゆがめてしまうのではないか、そのことをぜひ国
会議員の皆さんに御承知おきいただいて、今回の
改革をどのようにするのか審議していただきたいということです。
時間が限られておりますので、きょうは、私、三点に絞って
意見を述べさせていただきます。
第一点が、
医療費抑制という目標が果たして妥当なのかという点。それから二番目が、今回導入が
検討されております
高齢者の自己
負担増加が果たして
医療費抑制に本当につながるのかということ、これを国際的な経験から考察を加えたいと思います。それから三点目、既に
日本も健康格差
社会になっております。それをどうしたらいいのかということについて
意見を述べさせていただきます。
まず、一点目の
医療費抑制という目標が果たして妥当か、これは今から言う三つの理由でとても心配だというふうに感じております。
まず
一つが、こういう論議のときに、
厚生労働省の方から基礎となる今後の
医療費の推計というのが出てきて、それに基づいてこのままでは大変だといって論議がされるわけですが、右のスライド四に書きましたように、過去の
厚生労働省から出た推計、意図があってかどうかは知りませんが、見事に常に高い推計でして、新しい推計値が出るたびに下がってきております。果たして今回の推計値はどの程度の、言うならば見通しのもとに出ているものなのか、その辺危惧するところです。
それから、二番目の理由が、国内の
状況を見て、実際に
医療の現場を見て、
医療費を抑え過ぎているゆがみがもう既に顕在化しているのではないかということです。例えば
医療事故、連日報道されておりますそういう
医療の質の問題ですけれ
ども、
国民は、もう少し
医療の質を高めてほしい、安全性を高めてほしいと願っております。しかし、それが守られていない
現状は、今も
奥田参考人の話が直前にありましたから
先生方御理解いただけたと思いますが、現場にいる
医師、
看護師は必死にやっているんです。もう個人の
努力ではどうしようもないところまで来ているんです。その背景には、
医師不足があり、
看護師不足があるんです。
今、世界に百九十ぐらい国がありますが、その中で人口当たりの
医師数、
日本は今六十三位だそうです。いわゆる先進国、七カ国の中で見ると、イギリスと並んで少ない国です。ここからさらに
医療費を抑えるということがどのような事態を招くのか、ぜひお考えいただきたいと思います。
あと、
医療事故で最も多いのは処方ミスであるということがわかっております。処方ミスを防ぐのに有効であるとあちこちの国で確認されたいわゆるエビデンスのある
対策があります。それはコンピューターを導入して処方内容をチェックすることです。しかし、これを今
日本でやろうと思いますと、大体ベッド一床当たり相場で百万円程度と言われております。つまり、百床の
病院に一億円情報化投資をすれば
医療事故は減るんです。
ところが、今それに対して国の方からそれを
整備するというようなのはなくて、一部補助金はありますが、各
病院の自助
努力というような形になっております。ぜひ、情報化戦略というのは国にとってもメリットがあるわけですから、
国民の
ニーズの高い
医療の安全性を高めるために、必要な投資はする、そういう視点を持って御
検討いただけないでしょうか。
それからもう
一つが、国際比較の視点で見ると、
日本の
医療費水準、
日本だけ見ていると高いようですが、ほかの国々に比べますと実は
日本の
医療費は低いという事実です。スライドの五に数字を並べましたが、これはOECDが出している国際比較のデータです。右端の二本を見ていただきたいんですが、OECD、先進国三十カ国が加盟しております。
今までの経験では、経済力が豊かになるほど
医療費により多くのお金をかける、これがいろいろな国々の経験です。ですから、三十カ国に比べますと右端の七カ国では
医療費がふえております。
日本の
医療費水準はどうかといいますと、左から二本目、これが二〇〇二年の数字ですが、実はOECD三十カ国の平均を下回っているのが
日本の現在の
医療費水準です。
厚生労働省が出している推計値でいきますと、二〇一五年、
医療費がふえて国が滅びるという雰囲気で言われておりますが、実はこれは現在のドイツの水準よりも低い
医療費水準です。さらに、二〇二五年、もう一二%を超えたら持続不可能だという論調ですが、これは現在のアメリカよりも低い水準です。ですから、今の
医療制度からさらに
医療費を抑制するようなことをしなくても、
日本が滅びるとはとても思えない、むしろ、ほかの国々の
医療費水準から見れば、大体一割ぐらい今
日本の
医療費水準は安いというような推計が出ております。
では、逆に、
日本よりも
医療費が低い国、このグラフでいうと左端のイギリスですが、そこで一体何が起きたのかということを、私もイギリスに一年滞在しておりましたので、そのとき見て驚いた話をごく一部御紹介したいと思います。
題して、「イギリス
医療荒廃の経験」としました。これについては後ろに論文の資料も添えてあります。「イギリスの
医療改革と
日本医療の
現状と
課題」という論文ですが、この前半
部分にイギリスの悲惨な
状況を幾つか書いてありますので、ぜひ後ほどお読みいただけたらと思います。
わかりやすい待機者リストのことを二、三例を挙げますと、例えば、救命
救急センターで医者が診て、この人は
入院が必要だと判断してからベッドにたどり着いて
入院できるまでの待機時間が三時間半です。これは、現場は必死にやっていますが、次々と
患者さんが来て、それに
対応する
医師、
看護師がいなければ、そこでウエーティングリストができてしまうという
現実があったわけです。
さらに、専門
医療の方でいきますと、何と
入院待機者が百三十万人、手術を一年半待っているという人が二百人というような
状況にまで陥ってしまいました。
このような
状況になって、さすがにイギリスの国会でも大問題になりまして、一体何が犯人なんだと。論議がされた結果、世界の他の先進国に比べて異常に抑え過ぎた
医療費、これが主因であるということで
国民の
意見が一致して、
日本からは想像できませんが、何と
医療費を五年間で一・五倍にするという
医療改革に現在取り組んでおります。
カナダも、このような
状況を経験して、
医療費をふやすという
医療改革に取り組んでおります。
先進国の中では、むしろ
医療費をふやす形で必要な投資をして、質を高めつつ効率を高めるという
医療改革を
検討している国々が多いんです。
日本だけが逆行しているんです。そういう大英断を
先生方はするのかどうか、ぜひ慎重に御
検討いただきたいと思います。
しかし、イギリスは
医療費をふやして
状況はよくなったかといいますと、後ろの論文で紹介しているように一部改善が見られております。しかし、待機者、かつて百三十万人いた人たちが、今まだ八十万人残っております。五十万人改善したといえば改善したのですが、まだ八十万人いるんです。
なぜ回復しないのか。これについては、現場の
医師たちからこのような声がランセットという有名な医学雑誌の巻頭言で紹介されております。国
会議員たちは、現場の労働者の士気の問題を余りに軽視している。現場の士気が一たん崩壊したら、それを取り戻すのには膨大な時間がかかるのだということをぜひ知っておいていただきたいと思います。
二枚目に行っていただいて、これはイギリスだけの経験ではありません。OECDに加盟する三十カ国で、
医療制度改革というのは世界共通の関心です。それで、いろいろな国々での経験を束ねて、一体どういうことが経験則として言えるのか、それを束ねた本が「世界の
医療制度改革」という本で、二〇〇四年に出されております。
その中を見てみますと、十九ページにこんなくだりがあります。
医療費、それに伴う価格とか賃金を低く抑えると、一番目、費用削減による
医療の質の低下を招く、これが国際的な経験です。これを今
先生方は選ぼうとしているわけです。それから二番目、人材の
確保、離職防止困難、これは前の
奥田参考人が言ったとおりです。それから三番目、
サービス、革新的医薬品の供給不足に陥る。こういう
リスクがある選択であるということを、十分自覚された上で選択していただきたいと思います。
それから二番目、このような論議をしますと、
医療費の総枠を減らせとは言っていない、公的に面倒を見るところだけ減らすと言っているんだ、アメリカのように
医療費総額ふえてもいいじゃないかというふうにおっしゃる方がいます。しかし、そういう方には次の点をよく聞いていただきたいと思います。
これもOECDに加盟する世界の経験です。
患者の自己
負担は果たしてコストの削減につながるかということです。意外なことに公的
医療費の削減にはつながらない可能性が高いというのが国際的な経験です。どういうことかといいますと、その理由は、
立場の弱いグループ、いわゆるお金のない人たち、その人たちには
医療を受けるなとはさすがに言えません、そうすると、そういう低所得者層については最低限のことは保障しようということになります。
その結果、どうなるかといいますと、アメリカでは
保険に入っていない人が今や四千万人です。その結果、長期的に見ると、その人たちのコストを結局公費で全額見るということになって、これは意外なことですが、公的
保険制度のないアメリカの税金のうち、
医療費に割いている割合は
日本以上に大きいんです。このことを知った上で、ぜひ御判断いただきたいと思います。
それからもう
一つ、
日本で、ではそういう低所得者が
医療にかかりにくい問題は起きていないのかといいますと、先日の朝日新聞のトップを飾ったように、現在、公立
病院の未収金、言うなら、
患者さんがお金を払えずにできたときに払うからと言って一年以上払えないでいる額が、この三年間で一・五倍にふえております。さらに自己
負担がふえれば、この額がふえて、それをだれかが肩がわりする、公的
病院が肩がわりすれば、結局税金で補てんすることになります。ですから、自己
負担をふやすことは決して公費での
医療費負担を減らすことにはつながらない、これが国際的な経験です。
それからもう
一つ、自己
負担増加がもたらすものですが、自己
負担をふやせば無駄な受診が減ると言われます。しかし、総
医療費に占める自己
負担割合、これは、実に意外なことに
日本の方がアメリカよりも高い水準になっております。自己
負担割合、公的には三割あるいは一割ですが、差額ベッド代、高いところですと一カ月に十万円になります。そういうような実質の
負担額がふえると、既にアメリカ以上の
負担割合だということを知っていただきたいと思います。
あとは、減るのが果たして不要な受診だけなのか、必要な受診は減らないのか、早期発見、早期治療がおくれて、結果的に
医療費はふえないのか。そういうことを、特に低所得者層に
負担が出ないのかという視点も、ぜひ御勘案いただきたいと思います。
そのデータを
二つだけ持ってまいりました。スライドの十、これは横軸が所得水準で、縦軸が要
介護認定割合です。見ていただくと、左の男性、右の女性で見ても、最低所得層に要
介護状態が多いという
現実があります。この格差、実に五倍です。もう
一つ、十一番のスライドを見ていただくと、これは男女一緒にしたグラフですが、やはり低所得者層でうつ状態の人が五倍も多い。これが
日本の
高齢者のデータです。
以上、示したように、
日本も既に五倍もの健康格差
社会になっています。さらに、
社会の格差拡大で、
国民全体のいわゆる勝ち組も含めた健康状態が悪化する危険が、この間、
社会疫学の
分野で蓄積されております。
与党の
先生方はなかなかこういう本は怖くて手にとらないと思ったので、この「健康格差
社会」という本、すべての厚生労働
委員の
先生方にお送りしてあります。見た覚えがないという方はぜひ秘書の方にお尋ねください。
そこにその理由がちゃんと書いてありますので、省きますが、今問われているのは、
日本が、一体今から言う
二つの道、どちらを目指すのかという選択だと思います。
一つがアメリカ型、
医療は
サービスだ、商品だ、お金持ちがいいもの買えて当たり前だ、貧乏人は安いもので我慢しろ、
サービスとして考えて、貧富の格差を認める
社会です。もう
一つがヨーロッパ型です。ヨーロッパでは、
医療や健康は人権だ、格差を認めるべきではない、命の差、貧富の差をつけるべきでない、そういう
社会を目指すのか、それを今回問われているんだと私は考えております。
三枚目に参りますが、実際にヨーロッパでどういう動きがあるか。イギリスの例を持ってまいりましたが、ヘルス・インイコーリティー、健康の不平等、それを阻止するようにタックルをかける、これは何とイギリスの厚生省が出している文書なんです。その序文にブレアが写真入りで出てきて、このような健康格差の問題はもはや無視できない、イギリス
政府はこれを阻止するといって行動プログラムを出している。
こういうヨーロッパの国が実際にあって、これはイギリスだけではありません。そういうヨーロッパ型を目指すのか、アメリカ
社会に近づけるのか、それをよく考えていただきたいと思います。
右に行きますが、では、
日本の世論はどうなっているか。見てみますと、
社会保障、
負担がふえてもいいから
現状を維持してほしい、さらに
充実してほしいという声が実は半分を超えているんですね。増税、
社会保険料をふやせというのは
先生方の
立場からなかなか言いにくいというのはよくわかりました。そういう
意味で、私
ども、露払いを務めたいと思いますが、
国民の潜在的な
意識としては、本当に安心できる
医療を受けられるんだったらふえてもいいという声がこれだけあるということも、一方で知っていただきたいと思います。
それから最後、私の専門とする
医療政策評価の
立場からぜひ御理解いただく点を強調して、終わりにしたいと思います。
政策
評価、経済的な
評価、効率の
評価だけでは一面的だということが指摘されております。それと同じぐらい大事な
医療の
評価の軸が、
一つが効果、これは
医療の質だとか安全性です。そしてもう
一つが公正です。これは必要な人に必要な
医療が届いているかどうかという視点です。
今論議されているもの、数値目標が明示されているのは何でしょうか。この一番に当たる
医療費抑制だけではないでしょうか。なぜ
医療の質に関する目標あるいは健康格差の是正に対する目標を掲げないのでしょうか。それを保障するのも国の責務ではないのでしょうか。
最後、そうはいってもなかなか
現実は厳しいということも理解しているつもりです。せめて、
国民への説明
責任を果たすような内容を附帯決議でも何でも加えていただけないかというのが
お願いです。
医療費抑制の目標達成度だけではなくて、
医療の質もモニタリングしてほしい。例えば
医療事故の件数がこれ以上ふえないのか。あと
医療従事者の時間外労働が労働基準法の規定を超えていないのか。実際には超えているということを二十一ページ、論文資料に入れておきましたが、これがさらにひどくならないのか。さらに、研修医の四割がうつ状態で働いております。長時間労働で働いている
医師の注意力、調べてみると、飲酒運転並みです。飲酒運転が禁じられているのに、なぜ長時間労働の
医師の労働は禁じられないのでしょうか。そういうこともぜひモニタリングして、
医療の質を担保していただきたいと思います。
それからもう
一つ、公正の視点です。
低所得者に受診抑制がふえないのか。さらに、ヨーロッパの国々では所得階層別の死亡率のデータを
政府が発表しております。しかし、この間調べましたが、
日本政府はそのようなデータをモニタリングすらしておりません。少なくとも公表しておりません。私のような研究者が分析したいからデータを出してほしいと言っても、データは出してもらえません。ぜひ、そのような
評価が可能な
環境を
整備していただきたいと思います。
具体的に言えば、
医療費の〇・一%で構いません。ぜひ、このような今回の
医療制度改革のインパクト、光の面も影の面も含めて総合的に
評価するために、〇・一%を振り向けていただくような制度も同時に入れていただきたいと思います。
最後、まとめです。現在の
日本の
医療費は他国に比べれば抑制し過ぎです。さらなる
医療費抑制は
医療の質を低下させる危険が極めて高いと思います。さらに、
日本は既に健康格差
社会です。これに自己
負担増加を加えれば、低所得者の受診を抑制して健康格差を助長する危険が高い、これが先進国の共通の経験なんです。しかも、公的
医療費は増大して
医療費抑制は成功しません。これがアメリカの経験なんです。こういうことを踏まえて、世界に例のないことにチャレンジするというのならば、それにふさわしい戦略を示していただきたいと思います。
医療費抑制、効率だけではなく、ぜひとも
医療の質の
向上、それから健康格差の是正、公正も重要なのですから、そういうこともしっかりモニタリングして、五年たった時点で、もし思わしくない結果が出た段階に、早くそれに気づいて軌道修正できるような仕組みも、ぜひ今回の法案に入れていただきたいと
お願いして、私の発言を終わりにします。(拍手)