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公述人(村田晃嗣君) ただいま御紹介にあずかりました同志社大学の村田でございます。
本日は、参議院の
予算委員会公聴会にお招きいただきまして、誠にありがとうございます。
伊豆見教授からは北朝鮮問題について精緻なお話がございましたけれども、私は、
日本の外交・防衛政策の中で、とりわけ日米関係を
中心に、限られた時間でございますけれども、所見を述べさせていただきたいと思います。
昨年の十月に、小泉総理大臣の私的諮問機関の安全保障と防衛に関する懇談会、座長のお名前を取って荒木
委員会と呼ばれておりますけれども、が荒木報告書というのを十月の四日であったと思いますが出しております。で、この荒木報告書の中で、二〇〇一年の九月十一日に安全保障にとっての二十一世紀が始まったという表現が盛り込まれております。実際、九・一一は、
アメリカにとっては、これは建国以来、本土の中枢部を外部勢力に攻撃をされたわけでありますから、大変な衝撃でありましたし、世界にとってもテロという、当然以前もありましたけれども、それが極めて深刻な安全保障上の脅威であるということを痛感をさせることになったわけであります。
自来、一期目のブッシュ政権は、いわゆるテロとの戦い、そしてアフガニスタンでの軍事行動、そして二〇〇三年にはイラクへの武力行使というふうに、慌ただしくその四年間を送ってきたわけであります。こうした中で、私はキーワード、もし
アメリカ外交をキーワードで表現するとするならば、それはおごりと恐怖であったろうというふうに思います。
御案内のように、今や
アメリカ一国の軍事
予算が世界全体の軍事
予算の四〇%を超えます。世界第二位から二十位までの国の軍事
予算を総計いたしましても、
アメリカ一国の軍事
予算がこれを超えるのであります。恐らく、有史以来、一国がこれほど圧倒的な軍事力を保持した時代はなかったと。そういう
意味で我々は、歴史上未曾有の事態に直面しているということであります。
そして、
経済に関しましても、もちろん
アメリカ経済には様々な弱点がございますけれども、依然として
アメリカ経済が世界の
GDPの三割を占めていることも間違いのないところでございます。さらに、今申し上げました軍事や
経済と並んで、実は国際政治を考えますときに大変重要な要素は、例えば情報ですとか、あるいは文化的な影響力といったことでございます。
この情報に関して申しましても、今世界じゅうをインターネットが包んでいるわけですね。詳しくお話しする時間はございませんけれども、我々が最近経験したイラク戦争というのは、人類がグローバルなインターネット時代に初めて経験した大規模な戦争だったと。湾岸戦争とはその点で根本的に違うと私は思いますけれども。
いずれにしましても、今、一年間で世界じゅうを行き来しているEメールの数は四兆件でございます。年間四兆件のEメールが世界じゅうを行き来しております。膨大な量のインターネット情報が世界を包んでおります。このうちの八五%は英語でございます。つまり、英語を母国語とする
人たち及びその国が情報の分野でいかに大きな優越を初めから享受をしているかということであります。
さらに、その文化というのも非常に多岐にわたりますけれども、例えば卑近な例を
一つだけ申し上げますと、世界じゅうの映画市場に占めるハリウッド映画の市場占有率は八五%というふうに言われております。
軍事、
経済、文化、情報、すべての面で
アメリカは大変圧倒的な優越を保持していると。ここからくるおごりというものと、そして、冒頭申し上げた九・一一で本土中枢部が攻撃をされた。何しろこの九・一一以降、
アメリカでも大変愛国主義的な、ある
意味で熱狂的な機運が高まってまいりましたけれども、しかしながら、世界最強の軍事大国を襲ったのがハイジャックによる攻撃という、極めてローテクな攻撃で
アメリカの中枢部が攻撃されたのであり、そして、九・一一以後の熱狂の中で
アメリカ人の多くが星条旗を振っておりましたけれども、その星条旗は実はメード・イン・チャイナという相互依存の中で我々は暮らしているわけでして、
アメリカの不安というものは非常に奥が深いものであると。このおごりと不安というのが
アメリカ外交のキーワードであろうというふうに思います。
そういうおごりと不安の中で、一期目のブッシュ政権は、その外交政策の実施と運用に際して幾つかの大きな誤りを犯してきたということは言えると思います。しかしながら、
アメリカの有権者は、そのブッシュ大統領を昨年の十一月に信任をいたしました。したがって、世界はブッシュ政権とあと四年間共存をしなければならない。
アメリカに対して様々な批判、あるいはブッシュ政権に対して様々な批判があることはもっともなことであります。しかしながら、
アメリカに対する、あるいはブッシュ政権に対するいかなる批判も、
アメリカとのより良き共存ということを根底に置いた批判でなければ、それは批判のための批判に堕するでありましょう。
そして、二期目のブッシュ政権は、幸いなことに一月のイラクでの総選挙が予想外に良い結果になり、さらに、二月にブッシュ大統領がヨーロッパを歴訪をして、イラク問題で対立機運にあったヨーロッパと少なくとも表面的には関係回復の基調が今見え出しているところでございます。
我々
日本外交を考えるに際して大事なことは、この今の機運というものをどうやって盛り立てていくのか、そのために
日本外交に何ができるのか、あるいは何をすべきなのかということであろうというふうに思います。
アメリカが再びより国際協調的にならなければならない。あるいは、ハーバード大学のジョゼフ・ナイ教授という方はハードパワーとソフトパワーという言い方をなさっておりまして、軍事力や
経済力というのは力ずくで人に言うことを聞かせることができるハードパワーであると、それに対して、魅力、人を引き付ける力、これをナイ教授はソフトパワーというふうに呼んでいるわけでありますけれども、冒頭申し上げたように、大変大きなハードパワーを持つに至った
アメリカがソフトパワー、人を引き付ける力というものの鍛錬あるいは行使をここ数年怠ってきたのではないかという批判をナイ教授はなさっているわけであります。
アメリカを国際協調にいざなう、そしてソフトパワーに目を向けさせると、そのために一体
日本には何ができるのかということを我々は考えていかなければならない、そのための環境づくりというものを考えていかなければならないのだろうと思います。逆に言いますと、
アメリカほど大きな力を持った国を我々がハードパワーで国際協調に導くことはできないのであって、我々が
アメリカに対してどんなソフトパワーを持ち得るのかということを真剣に考えていかなければならないだろうというふうに思います。
さて、その日米の安全保障関係でございますけれども、去る二月に日米の外交・安全保障の閣僚の、関係閣僚の
会議、いわゆる2プラス2がワシントンで開かれました。これも御案内のように、今
アメリカはグローバルなスケールで米軍の変革・再編、トランスフォーメーションというものを進めております。そして、それは当然在日米軍にも大きな影響を与えるところであります。
このトランスフォーメーション、米軍の再編というものの背景でございますけれども、私は大きく言って三つあるかと思います。
一つは、言うまでもなく、近年急速に進んでいるところの軍事技術の革新ということであります。専門家は軍事技術革命というふうに言っておりますが、コンピューターを軸にした軍事技術の革新ということであります。
この軍事技術革命というのは歴史上何度も起こっているわけでありまして、核兵器が開発されたときにもこれは軍事技術革命でございましたし、銃が開発されたときにも軍事技術革命でありましたし、もっと歴史をさかのぼって弓のようなものが開発されたときにもやはり軍事技術革命であったわけですけれども、このコンピューターを軸にしたハイテク兵器の導入という大変大きな軍事技術革命が今起こっていると。で、
アメリカがそこでは一頭ぬきんでて先を行っているということであります。
二番目は、言うまでもなく、冷戦終えん後、ソ連というこれまでの大きな軍事的脅威が変わったと、軍事的脅威の対象が大きく変わったということであります。米軍の再編の最大のターゲットがドイツと朝鮮半島であることは、その冷戦の終えんということを考えれば当然であろうというふうに思われます。
それから三番目は、やはりこれはイラクとテロということなんだと思うんです。
つまり、何といいましても、
状況が少し良くなったとはいいましても、依然として米軍はイラクに十数万の兵力を張り付けたままでございます。そして、このテロの脅威というものはグローバルに広がっているというわけでありまして、ここ数年間、確かに
アメリカは国防
予算を大きく伸ばしておりますけれども、それでもイラクに十数万の兵力を張り付け、世界じゅうのテロと戦うということになると、
アメリカの、米軍が抱えるミッションというのはどんどんどんどん広がっていく。それに呼応して必ずしも
予算は増えていないわけでして、モア・ウイズ・レス、より多くのことをより少ない人員と
予算でやらなければならないという
状況に置かれていると。これが再編の大きな理由であろうと思います。
さて、では、その
日本との関係ではどうなるのかということでありますけれども、まず、
アメリカがグローバルにトランスフォーメーションを考えているということは、在日米軍の整理、とりわけ大変大きな
負担を長い間強いられてきた沖縄の米軍基地の整理統合にとっては、これは千載一遇のチャンスであると。この
アメリカのグローバルなトランスフォーメーションに
日本が積極的かつ迅速に対応できるかどうかということは、沖縄の基地問題を考える上でも極めて重要なことであろうかと思います。
とりわけ沖縄では普天間の基地の移設ということが大きな
課題になっておりまして、現在では辺野古への移転というのが既定路線でございますけれども、そこには実務的に考えて様々に難しい問題があって、この際、辺野古も含みながらありとあらゆるシナリオというものを我々は考えてみる必要があるのではないかというふうに思うところであります。
それから、そのトランスフォーメーションの中で
アメリカ軍は陸海空と海兵隊の統合、つまり、陸軍は陸軍、海軍は海軍というのではなくって、限られた
予算と人員でより効率的に
仕事をするために四軍の統合というのを積極的に進めております。これに呼応して、我が陸海空の自衛隊の統合というものをどれだけ進めることができるのかと、これも大変重要な
課題でございます。更に申しますと、米軍と自衛隊との協力、これは別の
意味での統合でありますけれども、これをどう円滑に進めていくのかというのも大変重要な
課題でございます。
在日米軍基地の整理と縮小や統合に当たっては、その一部を自衛隊と米軍が共同使用するということがこれから本格的に
議論されていくであろうと思いますけれども、米軍の中の統合、自衛隊の中の統合と、日米両方の協力関係というものを同時に追求をしていかなければならないということであろうと思います。
さらに、私どもはどうしても沖縄の基地問題ですとかあるいは在日米軍の基地の問題を
中心に考えがちでありますけれども、
アメリカはグローバルな視野で米軍の再編を進めております。これに呼応するためには、
日本側としては少なくとも、このトランスフォーメーションの問題を我々がグローバルに考えるというのは難しいかもしれませんけれども、少なくともリージョナルな、
日本だけではないですね、東アジア全域を視野に収めた中でこの問題を考えていかなければならない。とりわけ、米軍が進めようとしている在韓米軍の縮小や整理というものが在日米軍のそれにどのような影響を与えるのかということを複眼的に考えていく必要があろうかというふうに思います。
さて、その
日本外交についてでございますけれども、先ほど伊豆見教授から北朝鮮問題について詳しいお話がございました。北朝鮮の核開発問題が大変深刻な脅威であることは言うをまちません。伊豆見先生のお話では、この問題に
日本人が、
日本人がといいますか
日本が鈍感であるという御指摘でございましたけれども、ただ、一般の世論のレベルでは、どう対応するべきかということは別にして、北朝鮮に対する関心というものは大変高まっているように私は思うのでございます。
皮肉な言い方をすれば、一九五一年に日米安全保障条約を結んで以来五十年間、半世紀にわたって
アメリカが
日本に防衛力の増強を求めていわゆる外圧を掛け続けてきた。五十年間の
アメリカの外圧よりも、過去十年間の北朝鮮の挑発行為の方がより大きく
日本の安全保障政策と世論を変えたと言うことはできるんだろうというふうに思います。北朝鮮については漠然とした不安や脅威というものを国民はかなり持っている。それから、もちろん拉致問題に対する大変なこの憤りということも言うまでもございません。
こういう我が国の国土防衛、つまりミサイルが飛んでくるとかいう話でございますから、我が国の領域防衛に直接かかわる問題については、
日本人は、あるいは肝心なときには
アメリカは役に立たないんじゃないかと。肝心なときには、拉致の問題でも核の問題でも
アメリカは
日本の頭越しにですね、北朝鮮とあるいは中国と取引をしてしまうんじゃないか、本当に
アメリカは助けてくれるのかと。ある
意味で見捨てられるかもしれないという不安を漠然と国民は持っているんではないかと思うんです。
ところが、他方で、例えばテロの問題、さらには大量兵器の拡散の問題、イラクを始めとした中東の安定の問題というグローバルな安全保障の問題では、こういう問題で積極的に
アメリカに協力すると
アメリカの世界戦略に巻き込まれてしまうんじゃないか、あるいはそのために
日本がテロのターゲットになっちゃうんじゃないかと。逆に、ここでは巻き込まれる恐怖というものをかなり深刻に持っているというので、
日本人の安全保障についての考え方がかなり分裂をしておりまして、自分
自身にかかわる身の回りの問題では
アメリカに見捨てられるかもしれない、しかしグローバルな問題では
アメリカに巻き込まれるかもしれないという、そういう非常にこのディレクションの違う不安を
日本人は今持っているのだろうと思います。
なぜこういうことが起こるのかということでございますけれども、恐らくそれは国際政治の中の
日本という、
日本人
自身の自己
イメージが不安定であるからだと思います。
一方では、我が国は世界第二の
経済大国ではございますけれども、食料の自給率ではカロリーベースでわずか四〇%、一次エネルギーの自給率では二〇%、そして原油の八六%は中東に頼っていると、大変脆弱な国でございます。そういう
日本に一体何ができるのかという不安感。そして、ところが、その様々な脆弱性を抱えて三十八万平方キロメートルの国土に一億二千万がひしめき合うこの
日本の国際的な権益、利益というものは文字どおりグローバルに広がっているわけであります。今や年間一千万人の人間が海外に旅行をしておりますし、海外に住んでいる
日本人の数も百万人に上るわけでありまして、そういう
意味で我が国は本質的に極めて脆弱なところを持っているけれども、我が国及び我が国の国民、そして企業の活動はグローバルに及んでいるという非常にインバランスな
状況に置かれている。一方で巻き込まれを恐れながら、一方で見捨てられることを恐れるという
状況になっているのだろうというふうに思います。
こういう
状況から脱却する簡単な方法はございません。できる限り我が国の国力をバランス良く発展をさせていくと、そしてその中で日米関係を
中心として緊密な国際協調を求めていくということしか私にはないように思います。外交には秘策というものはないのだろうというふうに思います。
そういう
意味で、ややこの国会でこういう説教めいたことを申し上げるのは大変恐縮でございますけれども、福沢諭吉がかつてこういうことを言っております。
外交の事を記し又これを論ずるに当りては自ら外務大臣たるの心得を以てするが故に一身の私に於ては世間の人気に投ず可き壮快の説なきに非ざれども紙に臨めば自ら筆の不自由を感じて自ら躊躇するものなり。苟も国家の利害を思ふものならんには此心得なかる可らず。此心得あるものにして始めて共に今の外交を論ず可きのみ
つまり、外交というものを考える際には、自分
自身が外務大臣になったつもりにならなければならない。すると、いかに外交というのが多くの制約を抱えているかということが分かる。個人の立場ではすかっとした格好いいことを言うことはできるけれども、国益の重要な問題にかかわればかかわるほど人間の発言というのは慎重にならなければならない、そういう自制心を持った人間だけが外交を語ることができるということでございます。そういう
日本外交が持っているポテンシャルな限界に対する自制心と同時に希望というものを持っていかなければならないのであろうと思います。
最後に、冒頭、私、ソフトパワーというお話を申し上げました。で、戦後長らく我が国は
経済大国でありながら十分な防衛力、軍事力を持ってこなかったと。
経済力と軍事力との間に大きなギャップがあったというふうに言われてきたわけでして、それはおおむね事実であろうと思いますけれども、しかし、実はもっと大きなギャップがあったのは
経済力と我が国の文化情報発信能力ではないかと思うのであります。戦前は軍事において、戦後は
経済において大国になりましたけれども、文化や情報という面について
日本はこれまでややこれを軽視してきたのではないかと。
そういう
意味で、我が国の文化外交といいますか、あるいはソフトパワーの育成というものが長期的に
日本外交にとって非常に重要であって、例えば我が国でも文化庁もございますし、あるいは国際交流基金のようなところが非常に地道な草の根の民間の交流や様々な学術レベルでの交流をなさっていますけれども、そういうところの、
予算委員会ですからあえて申しますと、文化外交に対する
予算的配慮というのが
日本外交には欠けるのではないか。しかし、長期的にはこのソフトパワーというものが一国の外交にとって極めて重要なものになろうというふうに存じます。
ほぼ時間でございますので、これで終わらせていただきます。
ありがとうございました。