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参考人(
大日康史君)
国立感染症研究所の
大日と申します。よろしくお願いします。本日は、報告の機会を与えていただきましてありがとうございます。(
資料映写)
先ほどからタイトルだけ映していただいて非常に恥ずかしい限りなんですけれども、国立のしかも感染症研究所に属する者がこのようなタイトルで発表、報告することをちょっといぶかしく思われる方もおられるかと思うんですけれども、もちろん現在感染症対策が本業ではありますけれども、その一環として医療
経済学も行っておりまして、その中で今日のような御報告をさしていただきます。本職の方も
最後でちょろっと触れたいと思っております。
タイトルとしましては、「
高齢化による医療費高騰は不可避か?」ということで
お話しさせていただきたいと思います。
このグラフは非常によく見るどこでも出ているグラフで、「
国民医療費の推移」としまして、ほとんど右肩上がりで、折れ線の方が
国民所得比で、これも右肩上がりでずっと上がっているということが分かるかと思います。この最近の四年間、正確に言いますと九九年からの四年間ぐらいは、ちょっとここの、この部分ですね、この部分がちょうど足踏みしているような形ではありますが、これ介護保険が導入され、またその自己
負担率、サラリーマン、被保険者の自己
負担率三割に引き上げられたと、そのような効果がありまして若干足踏みもありますけれども、右肩上がりであるということは間違いありません。
最も最近の厚生労働省による
予測によりますと、昨年五月に出されたものによりますと、二〇二五年の
国民医療費というのは五十九兆円と
予測されておりまして、現在約三十兆円弱でありますので約三十兆円の増加、約倍増というのが
予測されております。その過程で
高齢者医療の
在り方に関する
議論というのも国会を始めいろんな、様々なところで
議論されていますが、その
高齢化が医療費を増加させるというのは、これはもう所与で、もう常識と。これ
自身疑い得ないようなところがあるかと思います。
そもそもこの
予測がどういうふうにされているかということに関してちょっと
お話しさしていただければなと思います。医療
経済学でもそれが、まあ思い込みというのはちょっと書き過ぎかと思いますけれども、過大ではないかという
議論があるので御紹介さしていただきます。
この厚生労働省の
予測ですけれども、
平成十六年度の予算を基にしまして、それに一人当たりの医療費の伸び、これは先ほどの足踏みしていた四年間を含まない
平成七年から十一年の実績で、
一般医療費と
高齢者医療費に分けて伸びを算定しております。それに
人口変動の
影響、これ
人口高齢化及び
人口増減、これからは
人口減少というのを考慮して推計されているものですので、例えば二〇〇一年、つい四年ぐらい前にはこの同じ方式で八十兆円と推定されておりまして、四年間で二十兆円削減に成功したということになりますけれども、これは本題ではないんですけれども、もうちょっと正確な
予測というのが将来の
高齢者医療あるいは医療の
在り方についての
議論には不可欠ではあるなというのが個人的な印象です。
ここで年齢別の一人当たり医療費というのをお示ししますと、この青線で書かれている部分です。
御存じのように、高齢に伴い、加齢に伴いぐんぐんぐんぐん上がっていくんですけれども、ちょうど八十歳前後をピークとして、それ以降若干下がると。九十歳、九十五歳では若干下がるというところが、この部分ですね、確認できるかと思います。これは、九十歳、九十五歳になると医療費が安くなるというわけでは決してございませんで、ただ高齢に伴って
基礎体力も
低下する、免疫力も
低下するということで、医療の施す対象といいますか、例えば侵襲的な、体にダメージ残るような外科的な手術というのはもう九十歳になるとかなり限定されてくるというようなところから医療の選択肢が狭まるという部分を反映していると思われます。
この同時に書かしていただいた赤い線というのは、これは死亡率でございまして、これもちろん、これは単純に右上がりにずっと上がっております。これ見ていただくと、非常に、医療費の伸びと死亡率の伸びというのはこの
最後の九十歳、九十五歳を除けば非常によく似た形をしているということが分かります。
この医療費見ていて、
高齢化で将来
高齢者が増えていくとどんどんどんどん医療費は増えていくなというのはこれを見ても明らかなのですが、逆に医療費は死亡率と高い相関があるというところから、そしてまた
平均寿命以上では医療費はむしろ
低下しているというところが先ほどのグラフから、簡単なグラフからでも読み取れるわけです。
この点に注目して、スイスのツバイフェルという方が、医療費というのは年齢とともに、加齢とともに増加するのではなくて、むしろ死亡に関連して多くの医療費が用いられている、一人当たり医療費が年齢とともに上がるように見えるのは死亡者が増えていくからだという、のではないかという
一つの疑問を問い掛けたわけです。
これに関しては非常によく知られていまして、結果的に死亡に至った患者の死亡前一年間と至らなかった患者の一年間の医療費を比較すると、アメリカでは約六倍、
日本でも約四倍の格差があるということが知られています。これは死亡に関連して非常に多くの医療費が使われているということを
意味しております。
実は、
高齢化というのは
寿命の延びととらえられているわけですけれども、これ永久に延び続けるわけではありません。例えば、
寿命が延びたからといって将来最高年齢が二百歳になるということはほぼ考えられません。むしろ生物学的な上限があると。これ百二十歳と大体考えられていますけれども、生物学的な限界の近くまで生きる人が増えるというのが
高齢化と言われています。という現象だと理解できるわけです。逆に言いますと、若くして亡くなられる人、早死にが少なくなって、生物学的限界の近く、具体的に言うと九十歳、百歳前後で亡くなられる方が増えるというのが
高齢化になるわけです。
そう考えますと、若い
世代の死亡前の治療というのは、これ非常に若ければ不慮の事故がほとんどの死因になりますので、ほとんど即死かそれに近い状態になりますので治療の施しようもありませんけれども、例えば四十代でありますと、体力的にも、またその便益的といいますか、治療の成果的にも多くのものが得られるということで積極的な医療が行われる、それによってより高額になると。しかし、
高齢化というのはこの早死にの層を減らしますので、この部分を減らすと。逆に八十歳以上、今だと平均年齢以上になるわけですけれども、九十歳、百歳の方の死亡を逆に増やしますと。
先ほど申しましたように、もちろん将来の九十歳、百歳の方は元気だとは思うんですけれども、物理的といいますか体力的なキャパシティーがなくなっていきますのでより医療の選択の幅が限定される、高度な医療が行えないということになります。そうするとより安価にならざるを得ないということで、
高齢化によって医療費はもちろん伸びるんですけれども、先ほど申しましたように、死亡の平均年齢が上がります。それによって行える医療の幅が小さくなるために、その分安くなるということがあるということですね。それによって、先ほどの厚生労働省の
予測を、まあ外挿といいますか、単純に平均的な増加率を伸ばしていったものよりも大きく下回る可能性があると言われております。ドイツでは、ドイツの研究例では、単純な
予測の六割
程度であろうとされています。つまり、六割は過大に見積もっているんではないかという指摘がされております。
日本でこれに
対応する研究というのは行われていませんけれども、私が数年前に行いました「
高齢化の医療費への
影響及び入院期間の分析」というので行った研究を紹介させていただきます。
これはまた別の研究からなんですけれども、死亡月、死亡された月の医療費をプロットしたもので、
二つの健保組合の五年ぐらいずつを見たものですけれども、ゼロ歳から、これは十歳刻みなんですけれども、二十歳未満が非常に高くて、ここら辺はもう不慮の事故がほとんどになるということですね。ちょっと消えていますけれども、四十歳、六十歳、六十歳前ぐらいがピークになって、後は下がっていくということがやはり観察されるわけです。
それで、非死亡例、死亡に至らなかった方の医療費というのは、これは
高齢化によって上がるとやはり思われます。
基礎疾患が増えていきますので、上がると。ただ、死亡例というのはその年齢によって変わってくるということです。そのような、それを国立
社会保障・
人口問題研究所の九七年、ちょっと古いんですけれども、
人口予測中位推計を使ってやりましたところ、外挿、これ厚生労働省の
予測ですけれども、よりも北海道で一五%、長野でしたら三〇%ぐらい増加率が低くなるという
予測がされております。
これを先ほどの増加額約三十兆円に当てはめますと、四・五兆円から九兆円の過大推定になりまして、二〇二五年時点での推定医療費というのは五十一兆円から五十五兆円というぐらいになると。今から見ますと二十兆円超の増加ではないかということですね。ドイツよりも
高齢化の
影響、
高齢化の
影響といいますか調整の
影響が小さいんですけれども、その理由はちょっと考察進んでおりませんけれども、
日本の方が
高齢化が急速であったというようなところも
一つあるのかなと個人的には思っております。
続きまして、先ほど申しましたように、その一五%から三〇%ぐらい厚生労働省の
予測は過大推定だとしても、残り七〇%から八五%は恐らく当たっていると思われますので、それに対して医療費を抑制できないかということについて私見を若干述べさせていただきます。
高齢化そのものを回避することは短期的には不可能ですので、これは受け入れざるを得ないということで、それに対して医療費高騰の抑制策としまして、潜在的な可能性として三つ、終末期医療の抑制、医療の効率化、予防の促進という点を挙げさせていただきます。
終末期医療の抑制というのは、これはよく聞く
お話なんですけれども、死亡時の医療費は高いのでこれを抑制しましょうと。その有効性、効率性に疑問だという
議論は割と古くから言われておられ、またある
程度の支持を集めているかと思います。
ただ、これの問題としまして、確かに死亡前の一か月が非常に多くの医療費を使うということが分かったとしても、どの患者が一か月後に死亡するかということは事前には分かりません。それの推測
自身も非常に不可能に近いことですし、また治療の中断と、もし分かったとして治療の中断ということで倫理的な問題も大きいということで、もしこういう側面から終末期医療の抑制というのを真剣に考えるのであれば、尊厳死、安楽死といった死の概念そのものを変更していくことが必要となるかと思うので、これはちょっと、短期的には全く無理かなということになるかと思います。
潜在的な可能性の第二の柱としまして申し上げたいのは、医療の効率化であります。
日本は
御存じのように
国民皆保険でありフリーアクセスです。したがって、医療費というのは、その需要側である
国民やあるいは供給側である医師、病院が自由に決められるということで、基本的には青天井、どんどん伸びていく可能性を秘めた
システムですので、非常に
高齢化には弱い
システムになっております。他方で、効率化を促するということで、競争原理の導入と、医療への競争原理の導入というのも選択肢としてはあり得るかと思うんですけれども、アメリカのようなスタイルですが、
日本ではなじむのかどうかというのはまた疑問があるかと思います。導入するとしてもハードルはちょっと高いだろうと思われます。
そこで、
一つ考えられるのは、国が行える、国の権限の及ぶ範囲としまして、医療行為の認可とか保険収載、医療技術、新しい医療技術の認可、保険収載ですね。あるいは、新薬の薬価やあるいは診療報酬の決定というところは、これは厚生労働省が行っておりますので、そこで「費用対効果に基づいた」と記しておりますが、費用に対して効果的なものだけを入れていくと。願わくば従来入っているものも効果的でないやつは落としていけばいいんですけれども、なかなかそれは既得権益ということで難しいということであれば、新しいものだけでも入口を絞っていくということですね。そういう費用に見合った効果があるという厳密なエビデンスを基づいた治療行為あるいは新薬のみを認可していくということはどうでしょうかということです。
これは比較的実行可能かと思われるのは、現にイギリス、オーストラリア、カナダ、韓国では、新薬に対して保険収載、薬価決定に関して既に実用化されております。イギリスにおいては治療行為に対しても実用化されておりますので、その方法論としてはかなりあるということです。
これは
国民医療費の増加率を
要因別に示したものです。これ、厚生労働省の発表ですけれども、青い線が
人口増減、ほぼ今までは増加ですね。赤い線が
高齢化、そして点々が診療報酬点数あるいは薬価基準の
改正による
影響、緑がその他ということですけれども、これは医療技術の進歩と考えられています。これは一九八五年から九五年までにかけてはその他というのが主
要因で、これよく自然増と申しておる部分ですけれども、主
要因で、九五年以降随分
低下してきておりますけれども、それでも
高齢化と並ぶあるいは
高齢化に次ぐ
要因であるということが見て取れるかと思います。
実は、欧米の医療
経済学者の間では、医療費高騰の主
要因は医療技術の進歩であると、さっきの自然増であるということが、八割以上の方が言われております。
高齢化よりも医療技術の進歩だということです。
日本においても先ほどお示ししました図からもそのことが見て取れるかと思います。
医療技術の進歩は制御可能かもしれないということです。研究
自身はいろんな学問の自由等も含めまして止めにくいということが
一つ指摘されておりますけれども、アメリカの研究者は補助金を使って抑制が、コントロールできると言っているアメリカの医療
経済学者もおられますが、ただ、先ほど申しましたように、研究は止めなくても、それを実用化する手前の段階、認可、保険収載、償還額の決定等の段階での抑制というのは可能でありますし、諸外国では実用化されているというところです。
日本ではどうかということですけれども、一九九九年の中医協、医療
政策を
議論する中医協で、費用対効果分析の研究を進め、その結論が得られれば、ルールの見直しを図り、それ以降上市される新医薬品等に適用するということがもう五年前に言われておるんですけれども、それ以降、実際に考慮された形跡はありませんので、今後の
高齢化対策としてのその費用対効果分析に基づいた保険収載等が期待されるところだと思います。
最後、時間も短いので手短にしますが、予防の促進としまして、まず何よりも、疾患を抑制して死亡を減らすことによる非金銭的な効果というのが予防によって得られるということですね。予防の効果というのが、従来どうも医療費の抑制という非常に短期的な視点に終始しがちであります。それをちょっと視点を広げた方が私は適当ではないかと思っております。
つまり、例えば死亡者が多いということは、逆に例えば
年金にとっては好都合なわけですし、医療にとっても好都合な部分もあります。それで、死亡を増やす、増やすというか減らさないことが医療費の抑制につながるという結論にもなりかねないので、そういうねじれた結論を防ぐためにもこの死亡を減らすと、あるいは疾患を減らすということが、金銭には代えられないかもしれないけれども、
社会は確かにその便益を得ているというふうに理解することがまず第一歩かと思います。
最も効果的な予防としましては、もう効果がある
程度実証されている予防接種あるいは禁煙という一次予防ですね、そもそも掛からないという予防策が望まれます。
予防接種、ここが私の本業に入ってくるところですけれども、水ぼうそうでは推定百六億円、おたふく風邪は七十一億円、インフルエンザ菌による肺炎等、肺炎、髄膜炎等で八億円使われております。他方、
社会的
負担、死亡とかも含めますと、水ぼうそうで五百二十二億円、おたふく風邪、三百七十九億円、インフルエンザ菌、これ死亡が非常に多くございますので千二十一億円という
社会的な
負担を掛けております。
これらに関しては、現在、定期予防接種と申しまして、予防接種法に基づく予防接種の対象とはなっておりません。水ぼうそう、おたふく風邪に関しては、任意接種、自発的な、自己責任で受ける予防接種となっておりますので、この定期接種化というのは厚生労働省でも
議論をしていただいているところでありますけれども、水ぼうそう、おたふく風邪でも予防接種に掛かる費用の三から五倍の便益を受けることができると。非常に効率的な投資であると思われます。
こういう
議論には必ず副反応への注意とか配慮というのは必要ですけれども、これはもちろん重要です。ただ、その副反応を取り立てて注意、意識を集中するというよりも、これは例えば水ぼうそう、おたふく風邪であれば、その罹患による
負担と同じ土俵で評価していくことが欧米では主流ですし、そのことが妥当ではないかということです。つまり、副反応が低い確率であるとしましても、それが
負担、費用の一部としまして、また逆にその五百二十二億円の
社会的
負担を水ぼうそうの予防接種によって減らせるという効果と比較して、どちらの方が有利かということで判断されるべきかと考える次第です。
禁煙
政策に関してもあれですけれども、禁煙関連の死亡が年間七・七万人と推定されております。総死亡が百万人
程度ですので、七%
程度が禁煙関連で死亡していると。医療費一・四兆円、
社会的
負担は八・四兆円という金額になっております。費用対効果的には、禁煙今すぐしましてもその効果が現れるのに時間も掛かりますし、予防接種ほど費用対効果的ではないんですけれども、最大で二千億円を超える便益、利益を
社会が享受できるということです。
最後まとめますと、厚生労働省による医療費
予測というのはミスリーディングになる可能性があって、
日本でも一五%から三〇%は過大推定でしょう。医療費の抑制策としては、費用対効果分析に基づく医療
政策やあるいは予防の推進というのが少なくとも重要です。これは、あくまで個人的な
意見ということで終わらせていただきます。
ありがとうございました。